短編・中編
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Limit
サラリと艶めく黒髪。優しそうな瞳に目の下には色っぽいの泣きボクロ。
整った目鼻立ち。ミステリアスな微笑み。
いわゆる、美形。360度死角なし――そんな氷室くんは夏のインターハイ後に陽泉に編入してきた。ここまで聞けばお察しの通り、彼が女の子にモテるのは必然だった。
バスケ部のマネージャーだからという理由で、見知らぬ同級生の女子にラブレターを渡して欲しいと頼まれたことは10回以上。
今時ラブレターなんて古風だなぁとは思うけど、バスケ部には屈強な男子が多くて近寄り難く、本人を待ち伏せて言うこともできず、メールアドレスも知らない。となると、手段はラブレターしかないのだろう。
必死の形相で頼んでくる女子もれば、顔を赤らめておずおずと渡してくる子もいる。3年生の私は、そんな後輩学年の女子を見ると、恋する乙女はかわいいなぁと思ってしまう。
頼まれる度に「本当に、渡すだけだからね?」と念を押してラブレターだけ氷室くんに渡すようにしていた。
この現場に岡村くんがいると妬みでぎゃあぎゃあと騒ぎ始めるので、私は決まって氷室くんと二人きりになったときだけ渡すようにしていた。
氷室くんはラブレターを私から受け取ると、「どうも」と素っ気ない返事をして……その後しばらく黙り込む。
そしてまた時間経つといつもの氷室くんに戻っている。
私は本当に、頼まれた手紙を“渡すだけ”。
それ以上は干渉をしないと、干渉してはいけないと自分で決めていたはずなのに――何故か、この日は聞いてしまった。
夏が過ぎて秋がきて、ウィンターカップも間近という頃。東北の秋は涼しいを通りて寒い。練習後に部室で温かいコーヒーを淹れながら私と氷室くんは机を挟んで向かい合って座っていた。
部誌をつけ終えた頃に、私はタイミングを見計らって、またラブレターを彼に渡した。
「返事はいつも書いてるの?」
本当は誰かの手紙を渡すたびに気になっていたことが、自然と口から出てしまっていた。
今日渡した手紙は3年生の中でもとびきり美人だと評判の子からだったから、何となく魔が差して干渉してしまったのだ。
「返事はNo。書いてないよ。ラブレターの場合は特に。断るのに、返事を書くと余計気を持たせてしまうだろうしね」
「うーん、確かにそうかも」
妙な沈黙が続いた後、私から切り出した。
ずっと考えていたことがある。
「あの…、もし氷室くんが困るなら今後からは頼まれても引き受けないようにしようか?『監督からの指示で禁止になったんだ』って言えば、たいていの子は諦めてくれると思うんだ」
私の視線は両手で持ったマグカップの中へ。水面に自分の顔が写っていた。指先からコーヒーの温度が伝わってきた。
言い出し辛かったことを告げた後みたいに、何となく気まずくて氷室くんの顔を見れなかった。
「へぇ、頼もしいね」
「部活外で部員を助けるのもマネージャーの役目ですから」
「“部員を助ける”って…、君にとって俺はただの部員?」
その言葉に思わずハッと顔を上げると、氷室くんは微笑んでこちらを見つめていた。
その瞬間、指先だけでなく顔にまで熱が昇ってきて私は再び俯いた。
「俺がどのラブレターも見向きはしないのは誰のせいかな」
ガタリ。と机が揺れたのを横目でみると、氷室くんは立ち上がり私の方へ回り込んできた。
反射的に私も椅子から立ち上がり部室のドアの方へ足が進むが、それは氷室くんの手によっていとも簡単に阻止された。
振り向けばすぐそこに彼がいて壁に手をついている。その隙間に閉じ込められたかのように私がいた。反射的に逃げてしまったのがまずかったのかと思っても今更気づいても遅い。
至近距離で見つめられて私は射すくめられたように動けない。顔も逸らせない。
「意地悪だな。気づいてたくせに」
そういって少し悲しそうに笑う顔もキレイだった。私は返す言葉もなかった。
――本当は気づいていたんだ。
氷室くんの視線に。
例えば「視線」というものに色があるとして、氷室くんが私に向ける視線が少しずつ少しずつ変化していった。
青から赤にかわるグラデーションのように。
それは、群青色の空と夕焼けを彷彿とさせるような色だと想像した。夜から夕方へ時間を巻き戻したような色の変わり方。
あんなにラブレターをもらっているのだ。中には直接告白しにきた人だっていたはずだ。その中には可愛い子だっていたはずなのに。見向きもしないで、どこを見ているの?私なんか見ていていいの?
「好きだよ」
囁くような甘い声に、体中の血が熱くなっていくのと、自分の顔が一気に紅潮するのがわかった。
閉じ込められて体が固まったように動けなかったが、私はようやく視線だけ外すことができた。
なんで?どうして?――聞きたいことがあるはずなのに喉からつまって出てこない。
氷室くんが私を好きだと気づいていたはずなのに、いざ面と向かって言われると動揺して何も言い返せないなんて、情けない。
ラブレターに対して『返事はいつも書いてるの?』と聞いた私の隙を彼は見逃してはくれなかった。
私もきっと氷室くんが気になっているんだ。ただそれは、現状、『部員以上、好きな人未満』というような曖昧なものだ。
好き、なのだろうか。彼に好かれていることは嫌ではない。でもそれは、「私も彼が好き」とイコールにはならない。
――などど、色々と思考をめぐらせたところで、私は不本意にも仕掛けてしまったのだ。
「俺のことが嫌なら突き飛ばして逃げればいい」
「…そんなこと出来ないよ」
「君は優しいからね。俺はそれでも君の優しさにつけ込むよ?」
「優しくなんてないよ」
私の内情もおかまいなしに、彼は私の頬に手を添えて顔を近づけてきた。
何をされるのかはわかっているのに、慌てさせてもくれない程の威圧感を感じた。肩が少しだけ震える。
「あの、あのね、私」
「Time over。突き飛ばす間は与えたはずだよ」
彼の影が私の顔に降りてくる。
私の体は固まったように動かない。
せめて顔だけでも逸らしたら――とも思ったが、きっと彼をひどく傷つけてしまうだろう。
――それとも、もう、傷つけてしまっている?
唇が触れて離れたら、二人の関係は変わっているだろうか。
サラリと艶めく黒髪。優しそうな瞳に目の下には色っぽいの泣きボクロ。
整った目鼻立ち。ミステリアスな微笑み。
いわゆる、美形。360度死角なし――そんな氷室くんは夏のインターハイ後に陽泉に編入してきた。ここまで聞けばお察しの通り、彼が女の子にモテるのは必然だった。
バスケ部のマネージャーだからという理由で、見知らぬ同級生の女子にラブレターを渡して欲しいと頼まれたことは10回以上。
今時ラブレターなんて古風だなぁとは思うけど、バスケ部には屈強な男子が多くて近寄り難く、本人を待ち伏せて言うこともできず、メールアドレスも知らない。となると、手段はラブレターしかないのだろう。
必死の形相で頼んでくる女子もれば、顔を赤らめておずおずと渡してくる子もいる。3年生の私は、そんな後輩学年の女子を見ると、恋する乙女はかわいいなぁと思ってしまう。
頼まれる度に「本当に、渡すだけだからね?」と念を押してラブレターだけ氷室くんに渡すようにしていた。
この現場に岡村くんがいると妬みでぎゃあぎゃあと騒ぎ始めるので、私は決まって氷室くんと二人きりになったときだけ渡すようにしていた。
氷室くんはラブレターを私から受け取ると、「どうも」と素っ気ない返事をして……その後しばらく黙り込む。
そしてまた時間経つといつもの氷室くんに戻っている。
私は本当に、頼まれた手紙を“渡すだけ”。
それ以上は干渉をしないと、干渉してはいけないと自分で決めていたはずなのに――何故か、この日は聞いてしまった。
夏が過ぎて秋がきて、ウィンターカップも間近という頃。東北の秋は涼しいを通りて寒い。練習後に部室で温かいコーヒーを淹れながら私と氷室くんは机を挟んで向かい合って座っていた。
部誌をつけ終えた頃に、私はタイミングを見計らって、またラブレターを彼に渡した。
「返事はいつも書いてるの?」
本当は誰かの手紙を渡すたびに気になっていたことが、自然と口から出てしまっていた。
今日渡した手紙は3年生の中でもとびきり美人だと評判の子からだったから、何となく魔が差して干渉してしまったのだ。
「返事はNo。書いてないよ。ラブレターの場合は特に。断るのに、返事を書くと余計気を持たせてしまうだろうしね」
「うーん、確かにそうかも」
妙な沈黙が続いた後、私から切り出した。
ずっと考えていたことがある。
「あの…、もし氷室くんが困るなら今後からは頼まれても引き受けないようにしようか?『監督からの指示で禁止になったんだ』って言えば、たいていの子は諦めてくれると思うんだ」
私の視線は両手で持ったマグカップの中へ。水面に自分の顔が写っていた。指先からコーヒーの温度が伝わってきた。
言い出し辛かったことを告げた後みたいに、何となく気まずくて氷室くんの顔を見れなかった。
「へぇ、頼もしいね」
「部活外で部員を助けるのもマネージャーの役目ですから」
「“部員を助ける”って…、君にとって俺はただの部員?」
その言葉に思わずハッと顔を上げると、氷室くんは微笑んでこちらを見つめていた。
その瞬間、指先だけでなく顔にまで熱が昇ってきて私は再び俯いた。
「俺がどのラブレターも見向きはしないのは誰のせいかな」
ガタリ。と机が揺れたのを横目でみると、氷室くんは立ち上がり私の方へ回り込んできた。
反射的に私も椅子から立ち上がり部室のドアの方へ足が進むが、それは氷室くんの手によっていとも簡単に阻止された。
振り向けばすぐそこに彼がいて壁に手をついている。その隙間に閉じ込められたかのように私がいた。反射的に逃げてしまったのがまずかったのかと思っても今更気づいても遅い。
至近距離で見つめられて私は射すくめられたように動けない。顔も逸らせない。
「意地悪だな。気づいてたくせに」
そういって少し悲しそうに笑う顔もキレイだった。私は返す言葉もなかった。
――本当は気づいていたんだ。
氷室くんの視線に。
例えば「視線」というものに色があるとして、氷室くんが私に向ける視線が少しずつ少しずつ変化していった。
青から赤にかわるグラデーションのように。
それは、群青色の空と夕焼けを彷彿とさせるような色だと想像した。夜から夕方へ時間を巻き戻したような色の変わり方。
あんなにラブレターをもらっているのだ。中には直接告白しにきた人だっていたはずだ。その中には可愛い子だっていたはずなのに。見向きもしないで、どこを見ているの?私なんか見ていていいの?
「好きだよ」
囁くような甘い声に、体中の血が熱くなっていくのと、自分の顔が一気に紅潮するのがわかった。
閉じ込められて体が固まったように動けなかったが、私はようやく視線だけ外すことができた。
なんで?どうして?――聞きたいことがあるはずなのに喉からつまって出てこない。
氷室くんが私を好きだと気づいていたはずなのに、いざ面と向かって言われると動揺して何も言い返せないなんて、情けない。
ラブレターに対して『返事はいつも書いてるの?』と聞いた私の隙を彼は見逃してはくれなかった。
私もきっと氷室くんが気になっているんだ。ただそれは、現状、『部員以上、好きな人未満』というような曖昧なものだ。
好き、なのだろうか。彼に好かれていることは嫌ではない。でもそれは、「私も彼が好き」とイコールにはならない。
――などど、色々と思考をめぐらせたところで、私は不本意にも仕掛けてしまったのだ。
「俺のことが嫌なら突き飛ばして逃げればいい」
「…そんなこと出来ないよ」
「君は優しいからね。俺はそれでも君の優しさにつけ込むよ?」
「優しくなんてないよ」
私の内情もおかまいなしに、彼は私の頬に手を添えて顔を近づけてきた。
何をされるのかはわかっているのに、慌てさせてもくれない程の威圧感を感じた。肩が少しだけ震える。
「あの、あのね、私」
「Time over。突き飛ばす間は与えたはずだよ」
彼の影が私の顔に降りてくる。
私の体は固まったように動かない。
せめて顔だけでも逸らしたら――とも思ったが、きっと彼をひどく傷つけてしまうだろう。
――それとも、もう、傷つけてしまっている?
唇が触れて離れたら、二人の関係は変わっているだろうか。