短編・中編
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君へのカウントダウン
「ごめんください!ごはんください!」
インターホンを押しながら言うと、少し経ってからガチャリと扉が開いた。そこには部屋着姿の火神くんの姿。
私はモッズコートにマフラーをぐるぐると巻いてニット帽をかぶった真冬の格好。
や!と右手をあげてニッコリ笑うと火神くんは驚きを通り越して唖然としていた。
今日は12月31日。大晦日。
新年を迎えるまであと1時間きっている。
そんな間際の時間にまさかアポなしで誰かがやって来るなんて予想もしていなかったのだろう。驚くのも無理はない。
私のお腹がぐるる~と鳴ったところで、火神くんは「どぞ」と扉を大きく開けてくれた。
何故突然、こんな日に火神くんの家にやってきたのかというと、ただの、思い付きだった。
海外での仕事があり両親ともに年末年始も日本には帰ってこれないという話を以前火神くんに話したとき、「俺も」と言っていたのをバイト中に思い出したのだ。
今年最後の日も、わりとお客さんが入って賑わったのでバイトが終わるのが夜遅くなってしまった。ファミレスは時期問わずいつだって混み合う。友達や仲間とご飯を食べながら新年を迎える人もいるのだろう。
私はというと、大学生になってからは祖父母の家にお世話になっているのだが、祖父母は大晦日から三が日にかけて温泉旅行に行っているので帰宅しても一人で紅白見ながらインスタントのそばをすするだけ…。
ならば、と思い立って火神くんの家にやって来たのだ。
本当は内心、ドキドキしている。
思い立って本当にやって来てしまった自分の行動力に。大胆さに。
追い返されるのも覚悟していたのになぁ。
少し前に一度だけバスケ部のみんなと訪れたことがある彼の部屋は相変わらず整頓されていた。
豪快な性格からはなかなか想像できなかったので、最初に見たときは驚いた。
「今までバイトだったんすか?」
「うん。あ、コーヒーありがと」
コートを脱いで絨毯の上に座ると、火神くんはテーブルの上にコーヒーを置いてくれた。
カップからの湯気が鼻を掠めて、冷えていた顔が解凍されていくみたいだった。
ふーふーと息で冷ましながら飲んでいると視線を感じたのでその方向を見ると、火神くんがこちらを見ていた。
「何も食ってねーんだろ?今、テキトーに何か作っから待ってろ…です」
「わーい、ありがとう!相変わらず優しいね。火神くん好き!」
とか言いつつ、最初からご飯をいただく予定だったんだけど。そういえば、と思い出したように持ってきたお土産を渡しに近づくと、火神くんは紅潮させた顔を見せまいとそっぽを向いてキッチンに戻っていた。
「あんたって色々反則だよな」
反則の意味とは?…なんて、彼が私に好意を向けているのをわかっているのにわざわざ聞くのは意地悪だろう。それがライクなのか、ラブなのか、どの類の好意なのかはっきりとはしていないけれど。
火神くんは口も悪いし態度もでかい。
態度だけじゃなく体もでかい。でも本当は優しくて繊細で頼まれたら断れないタイプで、こんな突然押し掛けてくる奴にもご飯を作ってくれる。
何ていい後輩なんだろう。むしろ、作らざるを得ない状況を作ったこの私の性格の悪さたるや・・・。
大晦日を一人で過ごすのは寂しいなって思ったし、ワガママに付き合わせてしまって申し訳ないけれど、迎え入れてくれたのはとても嬉しかった。
リビングでテレビを見ながらのんびり待たせてもらっていると、キッチンからいい香りが。フライパンを傾けて炒め物をしている音。ぐつぐつと煮えている音。
いい香りでよけいにお腹が空いてきた。その時、よし、と火神くんのかけ声。
「材料もあんまなかったからこんなんしか作れなかったスけど」
運ばれてきたのはおいしそうなピラフとスープ。香りだけで涎が垂れてきそうだ。
盛りつけも丁寧に、ピラフには小くしたパセリまで添えられていた。
火神くんは「こんなんしか」と言っていたけど、とんでもない。この短時間でこれだけ作ってもらえたら充分。ご馳走だ。
いただきます!と手を合わせて食べ、思わず目を見開いた。
「…すごく美味しいよ火神くん、天才」
「んな大げさな」
「大げさなんかじゃないよ。こんなに料理が上手な子、お婿さんに来て欲しいよ」
もぐもぐと食べながら、その美味しさから思わず笑顔になってしまう。思ったままを正直に伝えると火神くんはまた照れたようにそっぽを向いてしまった。
本当にこのピラフもスープも毎日食べたいほどにおいしい。後でレシピを教えてもらわなくちゃ。
1年の終わりに食べたものが一番美味しかった気がする。火神くんはバスケの才能もあるが、料理も立派な才能だ。
□ □ □
その後、後片付けぐらいはやらせて、と言ってキッチンから火神くんを追い出した。
部屋と同じでキッチンもきれいに整えられている。食器の片付けが終わった後、コーヒーを淹れてテーブルまで運んだら、既にリビングにまで豆の良い香りが漂っていた。
「あと10分で今年が終わるね」
並んで座ってコーヒーを飲みながら、私は息をついた。テレビでは年末の生放送特番がやっていて、カウントダウンに向けてスタジオのテンションも上がってきている様子だ。
火神くんはチャンネルを回しながら「そースね」と私に素っ気なく返事だけした。
さっきから同じチャンネルに留まらず少し経ってはチャンネルを変えを繰り返していてどうも落ち着きがない様子だ。動揺が全身に出ているみたいだった。
「ありがとうね。帰っても今日は誰もいないし、大晦日に一人寂しくコンビニご飯を食べるところだったよ」
「俺も一人だったんで別にいいスよ。気にしなくて」
その言葉に思わず顔がニンマリとなる。
うれしいな、うれしいな。
私がカップをテーブルの上におくと同時に、彼もリモコンを置いてこちらに顔を向けた。視線を感じて私もそちらを向けば、二人並んで至近距離で見つめあう形になってしまい、心臓がドキ、と大きく鳴った。
「なぁ、…あんたはどんな一年間だった?」
彼の瞳はいつも、炎が灯ったような熱いオーラが漂っている。
今日は試合の時と違って穏やかだ。こんなに近くで火神くんの目を見るのは初めてだった。
「わたし?私はねぇ…、誠凛のみんなに出会えて素敵な年だったよ。火神くんにも会えたし」
ドキドキしつつも笑顔でそう返すと、火神くんは驚いたような顔をして、それから少しはにかんだ。
「俺も。仲間と会えて、マネージャーと会えて、WCで優勝して……、最高の1年だった」
見たことのない表情がそこにあった。途端、射すくめられたように動けなくなる。
彼の方をぼんやりと見つめながら動かなくなった私に、火神くんは不思議そうに首を傾げた。
……今日私がここにやってきた理由がわかった。
都合のつく相手なら誰でもよかったわけじゃない。火神くんがよかったから、彼に会いたくなったからここに来たんだ。
もうすぐ今年が終わるというのに、何故今まで気づかなかったのか。
この感情の正体こそ、彼の家にまで押し掛ける原動力なのに。
練習の姿、試合の姿、合宿でも、部活帰りの寄り道でも、いろんな火神くんの顔を見てきたはずなのに。今になってわかるなんて。
「大丈夫スか?」
「あ、あ、うん。だいじょうぶ。ちょっと色んなこと思い出しちゃって」
慌ててコーヒーを飲んで誤魔化したものの、今度は私が彼以上に動揺していた。
私に好意を向けている彼。無意識に彼に惹かれていたことを今知った私。
例えばお互いが雰囲気を察して、「好き」と言葉にしてしまえば1つのけじめになるのだけれど、それはまだもう少し先になりそうだ。そもそも、こんなに優しくてカッコイイ男の子に好意を向けられて振り向かないはずがなかったのに何で気づかなかったかな。
WCが終わって私の中で錠をかけていた気持ちが解放されたから、やっと気づけたのかな?
テレビの中ではカウントダウンがはじまる。
20、19、18ーー
ちょうどつけたチャンネルではアイドルグループのコンサート会場。観客が一気にヒートアップする割れんばかりの歓声がテレビから響いた。
「もう気づいてると思うけどさ」
ふと、火神くんが意を決したように口を開いた。
15、14、13ーーー
「来年はーー」
「来年は?」
「容赦しねーんで、そのつもりで」
「……はい」
1年の終わり間際にそんな宣戦布告をかまされ、私の顔が赤くなった。これじゃいつもと逆だなぁ。
火神くんの好意に私が気づいてるってこと、本人もわかっていたんだ。
カウントがゼロになった瞬間、火神くんは流暢な英語発音で「ハッピーニューイヤー」を告げ、笑いながら私の紅潮した頬にそっと手で触れた。
結局、この後バスケ部メンバーが火神くんの家に押し掛けてきてみんなで楽しい時間を過ごし、みんなで初詣に行くことになった。
私が火神くんのマンションにいることに驚いた部員らが彼をからかっていたけれど、悪い気はしなかった。くすぐったいような、そんな気分。
今年はどれくらい火神くんとの距離が縮まるだろうか。容赦してもらえなそうなので、覚悟しなくては。
「ごめんください!ごはんください!」
インターホンを押しながら言うと、少し経ってからガチャリと扉が開いた。そこには部屋着姿の火神くんの姿。
私はモッズコートにマフラーをぐるぐると巻いてニット帽をかぶった真冬の格好。
や!と右手をあげてニッコリ笑うと火神くんは驚きを通り越して唖然としていた。
今日は12月31日。大晦日。
新年を迎えるまであと1時間きっている。
そんな間際の時間にまさかアポなしで誰かがやって来るなんて予想もしていなかったのだろう。驚くのも無理はない。
私のお腹がぐるる~と鳴ったところで、火神くんは「どぞ」と扉を大きく開けてくれた。
何故突然、こんな日に火神くんの家にやってきたのかというと、ただの、思い付きだった。
海外での仕事があり両親ともに年末年始も日本には帰ってこれないという話を以前火神くんに話したとき、「俺も」と言っていたのをバイト中に思い出したのだ。
今年最後の日も、わりとお客さんが入って賑わったのでバイトが終わるのが夜遅くなってしまった。ファミレスは時期問わずいつだって混み合う。友達や仲間とご飯を食べながら新年を迎える人もいるのだろう。
私はというと、大学生になってからは祖父母の家にお世話になっているのだが、祖父母は大晦日から三が日にかけて温泉旅行に行っているので帰宅しても一人で紅白見ながらインスタントのそばをすするだけ…。
ならば、と思い立って火神くんの家にやって来たのだ。
本当は内心、ドキドキしている。
思い立って本当にやって来てしまった自分の行動力に。大胆さに。
追い返されるのも覚悟していたのになぁ。
少し前に一度だけバスケ部のみんなと訪れたことがある彼の部屋は相変わらず整頓されていた。
豪快な性格からはなかなか想像できなかったので、最初に見たときは驚いた。
「今までバイトだったんすか?」
「うん。あ、コーヒーありがと」
コートを脱いで絨毯の上に座ると、火神くんはテーブルの上にコーヒーを置いてくれた。
カップからの湯気が鼻を掠めて、冷えていた顔が解凍されていくみたいだった。
ふーふーと息で冷ましながら飲んでいると視線を感じたのでその方向を見ると、火神くんがこちらを見ていた。
「何も食ってねーんだろ?今、テキトーに何か作っから待ってろ…です」
「わーい、ありがとう!相変わらず優しいね。火神くん好き!」
とか言いつつ、最初からご飯をいただく予定だったんだけど。そういえば、と思い出したように持ってきたお土産を渡しに近づくと、火神くんは紅潮させた顔を見せまいとそっぽを向いてキッチンに戻っていた。
「あんたって色々反則だよな」
反則の意味とは?…なんて、彼が私に好意を向けているのをわかっているのにわざわざ聞くのは意地悪だろう。それがライクなのか、ラブなのか、どの類の好意なのかはっきりとはしていないけれど。
火神くんは口も悪いし態度もでかい。
態度だけじゃなく体もでかい。でも本当は優しくて繊細で頼まれたら断れないタイプで、こんな突然押し掛けてくる奴にもご飯を作ってくれる。
何ていい後輩なんだろう。むしろ、作らざるを得ない状況を作ったこの私の性格の悪さたるや・・・。
大晦日を一人で過ごすのは寂しいなって思ったし、ワガママに付き合わせてしまって申し訳ないけれど、迎え入れてくれたのはとても嬉しかった。
リビングでテレビを見ながらのんびり待たせてもらっていると、キッチンからいい香りが。フライパンを傾けて炒め物をしている音。ぐつぐつと煮えている音。
いい香りでよけいにお腹が空いてきた。その時、よし、と火神くんのかけ声。
「材料もあんまなかったからこんなんしか作れなかったスけど」
運ばれてきたのはおいしそうなピラフとスープ。香りだけで涎が垂れてきそうだ。
盛りつけも丁寧に、ピラフには小くしたパセリまで添えられていた。
火神くんは「こんなんしか」と言っていたけど、とんでもない。この短時間でこれだけ作ってもらえたら充分。ご馳走だ。
いただきます!と手を合わせて食べ、思わず目を見開いた。
「…すごく美味しいよ火神くん、天才」
「んな大げさな」
「大げさなんかじゃないよ。こんなに料理が上手な子、お婿さんに来て欲しいよ」
もぐもぐと食べながら、その美味しさから思わず笑顔になってしまう。思ったままを正直に伝えると火神くんはまた照れたようにそっぽを向いてしまった。
本当にこのピラフもスープも毎日食べたいほどにおいしい。後でレシピを教えてもらわなくちゃ。
1年の終わりに食べたものが一番美味しかった気がする。火神くんはバスケの才能もあるが、料理も立派な才能だ。
□ □ □
その後、後片付けぐらいはやらせて、と言ってキッチンから火神くんを追い出した。
部屋と同じでキッチンもきれいに整えられている。食器の片付けが終わった後、コーヒーを淹れてテーブルまで運んだら、既にリビングにまで豆の良い香りが漂っていた。
「あと10分で今年が終わるね」
並んで座ってコーヒーを飲みながら、私は息をついた。テレビでは年末の生放送特番がやっていて、カウントダウンに向けてスタジオのテンションも上がってきている様子だ。
火神くんはチャンネルを回しながら「そースね」と私に素っ気なく返事だけした。
さっきから同じチャンネルに留まらず少し経ってはチャンネルを変えを繰り返していてどうも落ち着きがない様子だ。動揺が全身に出ているみたいだった。
「ありがとうね。帰っても今日は誰もいないし、大晦日に一人寂しくコンビニご飯を食べるところだったよ」
「俺も一人だったんで別にいいスよ。気にしなくて」
その言葉に思わず顔がニンマリとなる。
うれしいな、うれしいな。
私がカップをテーブルの上におくと同時に、彼もリモコンを置いてこちらに顔を向けた。視線を感じて私もそちらを向けば、二人並んで至近距離で見つめあう形になってしまい、心臓がドキ、と大きく鳴った。
「なぁ、…あんたはどんな一年間だった?」
彼の瞳はいつも、炎が灯ったような熱いオーラが漂っている。
今日は試合の時と違って穏やかだ。こんなに近くで火神くんの目を見るのは初めてだった。
「わたし?私はねぇ…、誠凛のみんなに出会えて素敵な年だったよ。火神くんにも会えたし」
ドキドキしつつも笑顔でそう返すと、火神くんは驚いたような顔をして、それから少しはにかんだ。
「俺も。仲間と会えて、マネージャーと会えて、WCで優勝して……、最高の1年だった」
見たことのない表情がそこにあった。途端、射すくめられたように動けなくなる。
彼の方をぼんやりと見つめながら動かなくなった私に、火神くんは不思議そうに首を傾げた。
……今日私がここにやってきた理由がわかった。
都合のつく相手なら誰でもよかったわけじゃない。火神くんがよかったから、彼に会いたくなったからここに来たんだ。
もうすぐ今年が終わるというのに、何故今まで気づかなかったのか。
この感情の正体こそ、彼の家にまで押し掛ける原動力なのに。
練習の姿、試合の姿、合宿でも、部活帰りの寄り道でも、いろんな火神くんの顔を見てきたはずなのに。今になってわかるなんて。
「大丈夫スか?」
「あ、あ、うん。だいじょうぶ。ちょっと色んなこと思い出しちゃって」
慌ててコーヒーを飲んで誤魔化したものの、今度は私が彼以上に動揺していた。
私に好意を向けている彼。無意識に彼に惹かれていたことを今知った私。
例えばお互いが雰囲気を察して、「好き」と言葉にしてしまえば1つのけじめになるのだけれど、それはまだもう少し先になりそうだ。そもそも、こんなに優しくてカッコイイ男の子に好意を向けられて振り向かないはずがなかったのに何で気づかなかったかな。
WCが終わって私の中で錠をかけていた気持ちが解放されたから、やっと気づけたのかな?
テレビの中ではカウントダウンがはじまる。
20、19、18ーー
ちょうどつけたチャンネルではアイドルグループのコンサート会場。観客が一気にヒートアップする割れんばかりの歓声がテレビから響いた。
「もう気づいてると思うけどさ」
ふと、火神くんが意を決したように口を開いた。
15、14、13ーーー
「来年はーー」
「来年は?」
「容赦しねーんで、そのつもりで」
「……はい」
1年の終わり間際にそんな宣戦布告をかまされ、私の顔が赤くなった。これじゃいつもと逆だなぁ。
火神くんの好意に私が気づいてるってこと、本人もわかっていたんだ。
カウントがゼロになった瞬間、火神くんは流暢な英語発音で「ハッピーニューイヤー」を告げ、笑いながら私の紅潮した頬にそっと手で触れた。
結局、この後バスケ部メンバーが火神くんの家に押し掛けてきてみんなで楽しい時間を過ごし、みんなで初詣に行くことになった。
私が火神くんのマンションにいることに驚いた部員らが彼をからかっていたけれど、悪い気はしなかった。くすぐったいような、そんな気分。
今年はどれくらい火神くんとの距離が縮まるだろうか。容赦してもらえなそうなので、覚悟しなくては。