短編・中編
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road to reward!
八月後半、夏真っ盛り。
インターハイで三位の実績を残したすぐ後も、バスケ部の練習は変わらない。夏休み中も練習はあるし、強化合宿も無事終えて、その後もまた練習がある。バスケの強豪校というだけあって陽泉の練習量はとにかく多い。時々オフがあるけれど、この時期は宿題を消化したりして終わってしまう。
夏休みの宿題、最終日までにちゃんと終わるかちょっと心配だ。
都会より湿度は低いけど、秋田の夏もすごく暑い。学校周辺には高層ビルや遮るものがないので、容赦なく太陽が照りつけるし、体育館も蒸し返すような暑さだ。
熱中症にならないように夏は部員たちにはいつもの二倍は水分を補給するように促しているし、ドリンクも倍作らなければいけない。暑さに耐えて、仕事は二倍。マネージャーとして支えてあげられることは少ないけれど、私は私の出来ることを一生懸命やるしかない。
ジリジリと日が照りつける中、体育館から大量の空のボトルを部室まで運んでいるときに、顔にも体にも汗がダラダラと流れた。
買い出しもあるし、やることがてんこもりだというのに暑さで疲労が加速してちょっとフラフラしてきた。
気力が削がれそうになったとき、私はやる気を後押しする人物を頭の中に思い浮かべた。身長が高くて体も大きいのに、子供みたいな無邪気さ可愛い、東京からスカウトされてきた天才プレイヤー。いつも眠たげな表情が、また魅力的なのだ。
……うん、敦くんの為ならやれる!頑張る!
――地道に努力する私を、天は見ていたのだと感謝したくなったのはその数時間後のこと。
「駅前にジェラートのお店が出来たんだってー。マネジも行かない?」
「わ、わたし?」
「うん」
夕暮れ時、部活が終わった後の部室前にて。
彼の一言で今日の疲れが一気に、一瞬で吹っ飛んでいった。
今日は特に頑張った甲斐あってか、私の心の支えである「あの人」こと敦くんからまさかのお誘いが、来た。実際、内心では冷静ではいられなかった。喜びで叫びだしたい衝動に駆られたが、グッと飲み込んだ。
これは、今日頑張ったご褒美か。天は見てる。神様はいる。きっといる!
「行く、行くよ、絶対行く!」
「んじゃあとで校門でね~」
拳をギュッと握って半ば前のめりに声を出してしまった。身長2mを越える敦くんを見上げると、つい、つま先立ちになってしまう。
敦くんはまいう棒を食べながら誘ってきたのでめんたい味の香りが漂ってきた。彼はお菓子が大好きだから、歩きながらでもよく食べている。これからジェラートを食べに行くとしても、それはまた別腹なのだ。彼の中には別腹がいくつあるんだろう。
今年の春、都内から秋田の高校にやってきた敦くんは十年に一人の逸材・キセキの世代と呼ばれたうちの一人。監督がスカウトしての入部となり、もともと強豪校だった陽泉がさらにパワーアップできる選手が入ってきたわけだから、とても喜ばしいことだ。
キセキの世代の噂は聞いている。敦くんは夏のインターハイには出なかったが、ウィンターカップには出場するので百人力は間違いなしだ。
体は大きいのに中身はまるで子供。
私だけじゃなく、他の上級生にも監督にさえもタメ語だけど、なぜか敦くんだと許せちゃう。許せてしまうのはその特別な末っ子気質のせいだろうか。だるい、めんどい、と言いつつも練習はしっかりこなし、何だかんだで真面目。勉強もしっかりできて、成績も上位の方だという。そんなギャップも魅力的に感じてしまう。
好きなのかなぁと気づいたのはつい最近。
……好き、というか、何だか可愛くて。
今まで周囲にいないタイプだったし、見ていておもしろいなという興味からはじまり、それから目で追うようになってから恋に落ちるまではあっと言う間だった。
夏でよかった!ジェラート屋さんができてよかった!
敦くんが私を誘ったのは気まぐれだというのもわかっている。たまたま部室を出たら私がいて、だから誘っただけなんだと思うから、決してうぬぼれたりなんてしてないけれど、純粋に、嬉しかった。
特別好かれてる感じはしないけど、誘ってもらえるということは嫌われてもないってことだ。
□ □ □
敦くんと校門前で待ち合わせ、んじゃ行こっか~、と彼のゆるい口調で私たちは駅に向かって歩きだそうとしていたその時、予想外な人物が私と敦くんの間に割り込んできた。
「俺も行くよ」
私は、反射的に、ゲッ!っと言わんばかりの苦い表情が出てしまった。そしてその私の顔を間近で氷室くんに一瞥されてしまった。
一瞬の出来事だったので油断した、迂闊だった。
艶やかな黒髪、容姿端麗で目の下には色気のある泣きボクロが特徴の美青年――私と敦くんの間に割り込んできた人物は、氷室くんだった。
夏のインターハイ後、編入してきた彼はあっという間にバスケ部にとけ込んで、キセキの世代に近いその実力もみんなから認められていた。人との接し方も上手く、世渡り上手なタイプゆえ、部員達とも、敦くんとも仲良くなるのはすぐだったように思える。確かに彼は優しくてイケメンでいい人…のはず、だけど、しかし、だからってこのタイミングで割り込んでくるのはあんまりだ。
「室ちん、いたの?」
「今来たんだよ。ジェラート食べにいくんだって?さっき聞こえた。俺も行っていいかな?」
んなあァァーーー!!!って、叫びしそうになったのをギリギリのところで堪えたかわりに目を思い切り見開いて私は驚いた。
あっさりとお願いする氷室くんに、敦くんは小さく頷いてOKしていた。
私の全身は凍り付くように固まる。そんな、そんな、せっかく二人で行こうとしていたのに。
私がショックのあまり思わず足を止めてしまうと少し先に進んだ二人は振り返ってこちらを見た。
あからさまにしょんぼりした態度をとってはいけないのはわかっていたが、もう表情にも出てしまっているのを氷室くんに見られたので取り繕っても遅いだろう。それに勘のいい彼には気づかれていると思う。……ならば、隠し続けるのは無意味だ。
「ひ、氷室くんは来ちゃダメ…!今日は敦くんと私で行くから!」
声を張って告げれば氷室くんは肩をすくめて視線を私から敦くんに移した。“彼女、こう言ってるけど?”って、聞いてるみたい。
「ん~どっちでもいいけど、珍しくマネジがそう言ってるんじゃ、今日は室ちんやめといたほうがいいんじゃん?」
「そうそう、さそり座のA型が今日ジェラートを食べると災いが起こるよ!」
頷きながら今思いついた適当な占いを力説すると、敦くんが「ミドちんみたい~」と言いながらまた新しいまいう棒を食べ始めた。
ミドちんって何だろう!?って、頭の片隅で疑問に思ったが、今はそれどころじゃないので、ミドちんについては後で質問してみよう。
氷室くんの星座とか血液型をたまたま覚えていたのは、つい先日、部員たちの間で占いの話題になったからだ。咄嗟にでてきた嘘にしてはまぁいいほうだが、氷室くんには私の嘘も見抜かれているだろう。それでもいい、それでもどうにか、一緒について来られることだけは阻止したかった。確かに私と敦くんは恋人でもないけれど、なかなかないチャンスなので二人きりでデートさせて欲しかった。
氷室くんは苦笑すると、口角を少し上げて微笑んだ。余裕があるその表情に、私の心にもやっと影が差す。
私たちの間に突然割り込んできたことに作意的なものを感じていた――それは気のせいじゃなかったと、次の彼の言葉で私は確信することになる。
「君は、俺がいたら何か不都合でもあるのかい?敦と二人じゃなきゃイヤだとか、それってただの“ワガママ”?それとも他に何か理由が?」
それを私が正直に答えてしまったら、それはもう、告白してることになってしまう。
分かっていて、どうしてそんな意地悪な質問をするんだろう。絶句したまま一気に顔が赤くなって何も言い返せなくなった私に、氷室くんはさらに追い打ちをかけるつもりだ。
2mを越える長身の一年生と、編入してきた噂の美青年と、校門を出たすぐところで立ち止まってこんなやりとりをしているわけだから、当然、目立つ。
気が付けば氷室くんの周りに女子の人だかりが出来ていた。この状況をわかっている上で、彼はその女子たちをザワつかせるのに充分な一言を私に放ってきた。
「君は俺を捨てるんだね」
「……はぁ?」
その刹那、熱くなっていた顔が今度は一気に青ざめた。同時に周囲にいた女子たちが騒ぎだす。
『捨てるってなに!?』、『あの二人つきあってたの?』、『てゆーかあの子、二股?!』、『あの子、二股できるほど可愛くないよね!?』――ってオイオイ!全部聞こえてるから!
周囲の女子は遠慮なしに騒いでいた。おかしな噂が立って明日から何言われるかと思うと冷や汗が出てくる。
氷室くん、ここまで意地悪だとは思わなかった。彼の言葉のひとつひとつつから、やはり私が敦くんのことを好きなことをすでに察してる。そんでもって、私をむやみに困らせようとしている。からかってるんだ。顔はキレイなのに、なんって意地悪な奴!
何も言い返せずにいる私を見て、クッと喉を鳴らして笑い出す氷室くん。一応、私は先輩なのに、からかわれたりして悔しいなぁ。唇を尖らせている私の頭の上に大きな手がポンッと置かれた。敦くんの手だ。体温がそこから伝わって、子供みたいなあたたかい体温だった。よしよし、と拗ねた子供を慰めるみたいに彼は私の頭を撫でてくれた。優しい。天使すぎる。
するとどうだろう。トゲトゲしてた心が丸くなっていく。心の中が落ち着いてきたと同時に、少しだけドキドキと心臓が高鳴りはじめた。
「よくわかんないけど、マネジいじめないでよ。もう室ちんは今日つれてかないし」
私の頭をなでていた手がスッと離れると、今度は私の手を掴んで歩きだした。私よりもひとまわり以上大きな手にすっぽりと包まれて、私は手を引かれて歩くというよりは半ば引きずられるように敦くんと駅前に向かった。
後ろを振り返れば氷室くんは相変わらず微笑んでいた。目が合えば、口パクで「がんばって、」とか言ってるし…余計に腹が立った。
もしかして彼は、本当は最初からついてくる気なんてなかったんじゃないかな?そうだとしてもあのからかい方はやりすぎている。本人も、やりすぎだと反省してくれているのなら、今頃周囲の女子たちへの誤解ぐらい解いてくれているだろう。そうでないと、明日から私への嫌がらせが止まらなくて困る。
何にせよ、敦くんが助け舟をだしてくれたから、氷室くんを置いて行くことができて本当によかった。
駅前に辿り着く頃、敦くんは私の手を離してピタリと立ち止まり、手を引っ張って痛くなかったかどうか心配してくれた。大丈夫だよ、と私が笑うと、敦くんは小さく安堵の息をついた。わざわざ気にかけてくれていたことが嬉しい。包まれた手の中に、あたたかさと力強さの感触が残っていた。
「ジェラート楽しみだね。どんな味があるかな。色々食べたいから、お互い味見しようね」
ふふ、と私が笑うと、敦くんも同じ事を考えていたようで、途端に彼は目を見開いてぶんぶんと首を縦に振った。
かわいい、かわいい。わくわして待ちきれない子供みたいだ。
“どうしても二人きりで食べに行きたかったの”――この一言が言えなくて、喉につまる。
『二人きりで行きたかったから、氷室くんに嘘ついたんだよ』って、いつか今日のことも正直に伝えられる日が来たらいいな。そう願って、今度は私の方から敦くんの手を取って歩き始めた。
八月後半、夏真っ盛り。
インターハイで三位の実績を残したすぐ後も、バスケ部の練習は変わらない。夏休み中も練習はあるし、強化合宿も無事終えて、その後もまた練習がある。バスケの強豪校というだけあって陽泉の練習量はとにかく多い。時々オフがあるけれど、この時期は宿題を消化したりして終わってしまう。
夏休みの宿題、最終日までにちゃんと終わるかちょっと心配だ。
都会より湿度は低いけど、秋田の夏もすごく暑い。学校周辺には高層ビルや遮るものがないので、容赦なく太陽が照りつけるし、体育館も蒸し返すような暑さだ。
熱中症にならないように夏は部員たちにはいつもの二倍は水分を補給するように促しているし、ドリンクも倍作らなければいけない。暑さに耐えて、仕事は二倍。マネージャーとして支えてあげられることは少ないけれど、私は私の出来ることを一生懸命やるしかない。
ジリジリと日が照りつける中、体育館から大量の空のボトルを部室まで運んでいるときに、顔にも体にも汗がダラダラと流れた。
買い出しもあるし、やることがてんこもりだというのに暑さで疲労が加速してちょっとフラフラしてきた。
気力が削がれそうになったとき、私はやる気を後押しする人物を頭の中に思い浮かべた。身長が高くて体も大きいのに、子供みたいな無邪気さ可愛い、東京からスカウトされてきた天才プレイヤー。いつも眠たげな表情が、また魅力的なのだ。
……うん、敦くんの為ならやれる!頑張る!
――地道に努力する私を、天は見ていたのだと感謝したくなったのはその数時間後のこと。
「駅前にジェラートのお店が出来たんだってー。マネジも行かない?」
「わ、わたし?」
「うん」
夕暮れ時、部活が終わった後の部室前にて。
彼の一言で今日の疲れが一気に、一瞬で吹っ飛んでいった。
今日は特に頑張った甲斐あってか、私の心の支えである「あの人」こと敦くんからまさかのお誘いが、来た。実際、内心では冷静ではいられなかった。喜びで叫びだしたい衝動に駆られたが、グッと飲み込んだ。
これは、今日頑張ったご褒美か。天は見てる。神様はいる。きっといる!
「行く、行くよ、絶対行く!」
「んじゃあとで校門でね~」
拳をギュッと握って半ば前のめりに声を出してしまった。身長2mを越える敦くんを見上げると、つい、つま先立ちになってしまう。
敦くんはまいう棒を食べながら誘ってきたのでめんたい味の香りが漂ってきた。彼はお菓子が大好きだから、歩きながらでもよく食べている。これからジェラートを食べに行くとしても、それはまた別腹なのだ。彼の中には別腹がいくつあるんだろう。
今年の春、都内から秋田の高校にやってきた敦くんは十年に一人の逸材・キセキの世代と呼ばれたうちの一人。監督がスカウトしての入部となり、もともと強豪校だった陽泉がさらにパワーアップできる選手が入ってきたわけだから、とても喜ばしいことだ。
キセキの世代の噂は聞いている。敦くんは夏のインターハイには出なかったが、ウィンターカップには出場するので百人力は間違いなしだ。
体は大きいのに中身はまるで子供。
私だけじゃなく、他の上級生にも監督にさえもタメ語だけど、なぜか敦くんだと許せちゃう。許せてしまうのはその特別な末っ子気質のせいだろうか。だるい、めんどい、と言いつつも練習はしっかりこなし、何だかんだで真面目。勉強もしっかりできて、成績も上位の方だという。そんなギャップも魅力的に感じてしまう。
好きなのかなぁと気づいたのはつい最近。
……好き、というか、何だか可愛くて。
今まで周囲にいないタイプだったし、見ていておもしろいなという興味からはじまり、それから目で追うようになってから恋に落ちるまではあっと言う間だった。
夏でよかった!ジェラート屋さんができてよかった!
敦くんが私を誘ったのは気まぐれだというのもわかっている。たまたま部室を出たら私がいて、だから誘っただけなんだと思うから、決してうぬぼれたりなんてしてないけれど、純粋に、嬉しかった。
特別好かれてる感じはしないけど、誘ってもらえるということは嫌われてもないってことだ。
□ □ □
敦くんと校門前で待ち合わせ、んじゃ行こっか~、と彼のゆるい口調で私たちは駅に向かって歩きだそうとしていたその時、予想外な人物が私と敦くんの間に割り込んできた。
「俺も行くよ」
私は、反射的に、ゲッ!っと言わんばかりの苦い表情が出てしまった。そしてその私の顔を間近で氷室くんに一瞥されてしまった。
一瞬の出来事だったので油断した、迂闊だった。
艶やかな黒髪、容姿端麗で目の下には色気のある泣きボクロが特徴の美青年――私と敦くんの間に割り込んできた人物は、氷室くんだった。
夏のインターハイ後、編入してきた彼はあっという間にバスケ部にとけ込んで、キセキの世代に近いその実力もみんなから認められていた。人との接し方も上手く、世渡り上手なタイプゆえ、部員達とも、敦くんとも仲良くなるのはすぐだったように思える。確かに彼は優しくてイケメンでいい人…のはず、だけど、しかし、だからってこのタイミングで割り込んでくるのはあんまりだ。
「室ちん、いたの?」
「今来たんだよ。ジェラート食べにいくんだって?さっき聞こえた。俺も行っていいかな?」
んなあァァーーー!!!って、叫びしそうになったのをギリギリのところで堪えたかわりに目を思い切り見開いて私は驚いた。
あっさりとお願いする氷室くんに、敦くんは小さく頷いてOKしていた。
私の全身は凍り付くように固まる。そんな、そんな、せっかく二人で行こうとしていたのに。
私がショックのあまり思わず足を止めてしまうと少し先に進んだ二人は振り返ってこちらを見た。
あからさまにしょんぼりした態度をとってはいけないのはわかっていたが、もう表情にも出てしまっているのを氷室くんに見られたので取り繕っても遅いだろう。それに勘のいい彼には気づかれていると思う。……ならば、隠し続けるのは無意味だ。
「ひ、氷室くんは来ちゃダメ…!今日は敦くんと私で行くから!」
声を張って告げれば氷室くんは肩をすくめて視線を私から敦くんに移した。“彼女、こう言ってるけど?”って、聞いてるみたい。
「ん~どっちでもいいけど、珍しくマネジがそう言ってるんじゃ、今日は室ちんやめといたほうがいいんじゃん?」
「そうそう、さそり座のA型が今日ジェラートを食べると災いが起こるよ!」
頷きながら今思いついた適当な占いを力説すると、敦くんが「ミドちんみたい~」と言いながらまた新しいまいう棒を食べ始めた。
ミドちんって何だろう!?って、頭の片隅で疑問に思ったが、今はそれどころじゃないので、ミドちんについては後で質問してみよう。
氷室くんの星座とか血液型をたまたま覚えていたのは、つい先日、部員たちの間で占いの話題になったからだ。咄嗟にでてきた嘘にしてはまぁいいほうだが、氷室くんには私の嘘も見抜かれているだろう。それでもいい、それでもどうにか、一緒について来られることだけは阻止したかった。確かに私と敦くんは恋人でもないけれど、なかなかないチャンスなので二人きりでデートさせて欲しかった。
氷室くんは苦笑すると、口角を少し上げて微笑んだ。余裕があるその表情に、私の心にもやっと影が差す。
私たちの間に突然割り込んできたことに作意的なものを感じていた――それは気のせいじゃなかったと、次の彼の言葉で私は確信することになる。
「君は、俺がいたら何か不都合でもあるのかい?敦と二人じゃなきゃイヤだとか、それってただの“ワガママ”?それとも他に何か理由が?」
それを私が正直に答えてしまったら、それはもう、告白してることになってしまう。
分かっていて、どうしてそんな意地悪な質問をするんだろう。絶句したまま一気に顔が赤くなって何も言い返せなくなった私に、氷室くんはさらに追い打ちをかけるつもりだ。
2mを越える長身の一年生と、編入してきた噂の美青年と、校門を出たすぐところで立ち止まってこんなやりとりをしているわけだから、当然、目立つ。
気が付けば氷室くんの周りに女子の人だかりが出来ていた。この状況をわかっている上で、彼はその女子たちをザワつかせるのに充分な一言を私に放ってきた。
「君は俺を捨てるんだね」
「……はぁ?」
その刹那、熱くなっていた顔が今度は一気に青ざめた。同時に周囲にいた女子たちが騒ぎだす。
『捨てるってなに!?』、『あの二人つきあってたの?』、『てゆーかあの子、二股?!』、『あの子、二股できるほど可愛くないよね!?』――ってオイオイ!全部聞こえてるから!
周囲の女子は遠慮なしに騒いでいた。おかしな噂が立って明日から何言われるかと思うと冷や汗が出てくる。
氷室くん、ここまで意地悪だとは思わなかった。彼の言葉のひとつひとつつから、やはり私が敦くんのことを好きなことをすでに察してる。そんでもって、私をむやみに困らせようとしている。からかってるんだ。顔はキレイなのに、なんって意地悪な奴!
何も言い返せずにいる私を見て、クッと喉を鳴らして笑い出す氷室くん。一応、私は先輩なのに、からかわれたりして悔しいなぁ。唇を尖らせている私の頭の上に大きな手がポンッと置かれた。敦くんの手だ。体温がそこから伝わって、子供みたいなあたたかい体温だった。よしよし、と拗ねた子供を慰めるみたいに彼は私の頭を撫でてくれた。優しい。天使すぎる。
するとどうだろう。トゲトゲしてた心が丸くなっていく。心の中が落ち着いてきたと同時に、少しだけドキドキと心臓が高鳴りはじめた。
「よくわかんないけど、マネジいじめないでよ。もう室ちんは今日つれてかないし」
私の頭をなでていた手がスッと離れると、今度は私の手を掴んで歩きだした。私よりもひとまわり以上大きな手にすっぽりと包まれて、私は手を引かれて歩くというよりは半ば引きずられるように敦くんと駅前に向かった。
後ろを振り返れば氷室くんは相変わらず微笑んでいた。目が合えば、口パクで「がんばって、」とか言ってるし…余計に腹が立った。
もしかして彼は、本当は最初からついてくる気なんてなかったんじゃないかな?そうだとしてもあのからかい方はやりすぎている。本人も、やりすぎだと反省してくれているのなら、今頃周囲の女子たちへの誤解ぐらい解いてくれているだろう。そうでないと、明日から私への嫌がらせが止まらなくて困る。
何にせよ、敦くんが助け舟をだしてくれたから、氷室くんを置いて行くことができて本当によかった。
駅前に辿り着く頃、敦くんは私の手を離してピタリと立ち止まり、手を引っ張って痛くなかったかどうか心配してくれた。大丈夫だよ、と私が笑うと、敦くんは小さく安堵の息をついた。わざわざ気にかけてくれていたことが嬉しい。包まれた手の中に、あたたかさと力強さの感触が残っていた。
「ジェラート楽しみだね。どんな味があるかな。色々食べたいから、お互い味見しようね」
ふふ、と私が笑うと、敦くんも同じ事を考えていたようで、途端に彼は目を見開いてぶんぶんと首を縦に振った。
かわいい、かわいい。わくわして待ちきれない子供みたいだ。
“どうしても二人きりで食べに行きたかったの”――この一言が言えなくて、喉につまる。
『二人きりで行きたかったから、氷室くんに嘘ついたんだよ』って、いつか今日のことも正直に伝えられる日が来たらいいな。そう願って、今度は私の方から敦くんの手を取って歩き始めた。