短編・中編
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スローワルツ
ポリポリ、パリパリ。
小気味いい音が今日も部室に響いている。その咀嚼音を耳にして、私の心は不思議と落ち着いていた。今日も無事、部活が終わった。
放課後からの全体練習が終わって、皆が帰った後に私は部室の片隅で部誌を書くのが日課になっていた。部員達や主将の岡村くん、監督からと話したこれからの課題や目標などもここに忘れずに記載しておく。髪をシュシュでまとめて、ノートにペンを走らせていると、ふと真横に大きな存在感。
敦くんが私の隣に移動して来た事に気づいたものの、書き終えるまで集中しなきゃと思い特に一瞥もしなかった。代わりに、口元がふっと緩んでしまう。耳の傍でお菓子を食べる音がより近くで聞こえる。本当に、彼はお菓子が大好きなんだなぁ。あんなに食べているのにまったく太らないのは、体が大きくてエネルギーの消費がすごく早いからだ。羨ましい。
私が書き終えたのを見計らってから、敦くんは指で私の頬をつついてきた。何度もつついて、私が戸惑っていると彼は少し笑った。
「やわらか~い。おもちみたい」
「もう、失礼だなぁ」
「えー誉めてるんだけど」
誉められてる気がしないよと思わず苦笑すると、敦くんはポッキーを私の方に一本向けてきたので、反射的にそれをパクリと食べた。新商品のキャラメル味だ。さすが、新商品は欠かさずチェックしているみたい。
「これ美味しいね。私も今度買ってみよう」
「俺もこの味好き。ねぇ、もう帰れんの~?」
「うん、終わったよ」
もぐもぐと食べながら尋ねてきた返事に、私は頷いて椅子から立ち上がった。敦くんはいつもこうして絶えずお菓子を食べながら、私の仕事が終わるまで待っていてくれるのだ。
机の上を整頓し、最後にドアの鍵をかけて私は職員室まで鍵を届けて校門に向かうと、先に校門で敦くんが待っていてくれた。寒い寒いと身をかがめている姿がかわいらしくて、心が温かくなる。
彼の長身に、通り過ぎる生徒たちも思わず視線を向けていた。やっぱりどこに居ても目立つなぁ。
「敦くんお待たせ」
「うん、じゃ行こっかー」
□ □ □
東北の秋は寒い。十一月ともなると風もすっかり冷たく、あと少ししたら冬に向けてコートを準備しおかなくちゃと私は内心で独り言ちた。
陽泉バスケ部のマネージャーになったキッカケは、監督からの直々のお誘いだった。たまたま学校帰りに、迷子になって泣いてる子供をあやして、一緒にその子のお母さんを捜しているところを監督に目撃されていたらしく、後日誘われたのだ。何というか、単純に「こいつは真面目そうだ!」と思われてマネージャーにスカウトされたってだけの話だ。
私の単純なスカウトとは打って変わって、敦くんは名選手として東京からスカウトされてきた天才だ。彼がバスケ部に入部して間もなく、私の何が気に入ったのか分からないけれど、よく話しかけてくれるようになった。
私もお菓子が好きで、敦くんと話すときはよくお菓子の話題がでていたので、「お菓子好きの仲間がいる!」と思ってくれたんだろうか。仲良くなってしばらく経つと、私のマネージャーの仕事が終わるまで待っていてくれたり、寮までの道の途中まで一緒に帰ったりするようになった。
何日もそんな日が続いて、いつのまにかこれが習慣になっていたのだ。三年の私から見たら敦くんはとてもかわいい後輩だった。
びゅうと吹いた北風が素足を撫でてて、思わず身震いしてしまった。そろそろ制服用のタイツも準備しておかないと、秋田の冬はとっても寒いから。せっかくだから温かいものでも飲んで帰ろうか?――と、寄り道を提案しようと並んで彼を見上げようとすると、敦くんは歩きながら私の手をギュッと握ってきた。
子供のような体温。ぽかぽかと手から暖かい熱が伝わってくる。眠い子供の手ってあったかいっていうけどあれは本当だったんだ。しかし、こんなに大きな子供みたことないなぁ。
「ありがとう」
「…別に」
微笑んでお礼を告げても、敦くんは素っ気なく呟いた。並んで歩いて帰るだけの毎日の中で、こうして手を繋がれたの初めてのことだった。寒がった私に気を遣ってくれたのだろう。
「敦くんの手あったかいね」
「んー」
「冬になったら人気者だね」
「んー」
「みんな敦くんにくっついて湯たんぽ代わりにしちゃうかもね」
「……あのさー」
手を握り返しつつ話しかけても敦くんからの返事は短く淡々としている。いつもこんな感じといえばそうだが、少しばかり声色は苛立っているように感じた。
「誰にでもこんなことすると思ってんの?」
「え?」
「手ぇ、つなぐとかさ」
見上げると敦くんは拗ねてしまったようでそっぽを向いていた。私と目も合わせてくれない。だが、不機嫌になりつつも繋がれた手はそのままだった。私が手を離そうとしても離せない程度には力がこめられて握られている。あたたかい、を通り越して指先が熱い。手が汗ばんできた。
「あ、あの…手、もう……」
何で彼が不機嫌になってしまったかわからないまま、私はとにかく手を離そうとしたけれど敦くんは繋がれた私の手を、自分の方へ引っ張った。体がトン、とぶつかって私が敦くんに寄りかかる体勢になってしまった。長身で逞しく大きな体はびくともしない。
彼と仲良くなってから、お菓子を貰ったりノリで食べさせてもらったり、からかうように頬をつつかれたことは何度かあった。ただ手を繋がれたり引き寄せられて体が密着したのは今日が初めてだ。
懐いてくれる仲良しのかわいい後輩――と、今まで思っていたけれど、私の勘違いだった。敦くんは、後輩の前に“男の子”だ。意識したことなかったのに、今更気づくなんて。
日が落ち、辺りはすっかり暗くなって街頭だけが照らす夜道。
体を寄せて立ち止まっている二人の姿は、通りかかった人が見たらまるでカップルに見えるだろう。
何も言えずそのまま固まっている私の頭上から、敦くんの咳払いが一度響いた。ゴホン!って、わざとらしく似合わない咳払いを。
「にぶいなー、ほんとに」
先程まで明後日の方向を向いていた彼の瞳は、既に私を捕らえていた。顔を上げた私の視線も重なり合う。
お菓子を食べて上機嫌な顔、コンビニに寄ってお菓子を選んでいるときの嬉々とした顔、部活前のダルそうな顔、監督に注意されてふて腐れている顔、眠そうな顔……私が見上げた今の彼の顔は、これまでのどの表情とも違った顔をしていた。
唇を少し尖らせて、照れを隠しているような表情。
「……でもそーゆーとこ含めていいなって思ってんだけどさー。でもさぁ、そろそろこれで分かってよ」
普通に手の平を重ねるだけの繋ぎ方をしていた手を一度ほどいて、敦くんは指と指を絡めるように手を繋ぎ直した。私よりもひとまわりもふたまわりも大きな彼の手が、指が、私の手をそのまま閉じこめるように絡む。手が熱い。
途端、脳内で意味を理解すると私の顔はみるみる紅潮していった。
ああ、そうか、そうだったんだ。私は敦くんを「かわいい後輩」だなんて思ってみていたから、彼も「話の合う先輩」程度に見てくれているのかと思ったけれどそうじゃなかった。
赤らんだ私の顔を見て、敦くんは一度だけ頷いてから手を離した。私の様子を見て意味がわかってもらえたと思ったのだろう。
「もう我慢とかしないから。オレ我慢とか苦手だし」
手の熱から想いが伝わってくるようだった。離れても尚、私の手からは敦くんの熱が消えない。いつから?どうして?わたしを?――聞きたいことは心の中で反芻されるばかり、声に出せなかった。
可愛い後輩という敦くんのポジションは、つい先ほどで幕を下ろした。“我慢が苦手”と宣言されたのだから、明日からは待ったなしで敦くんが本気を出してくるはずだ。為す術なく魅力的な彼に翻弄される日々に、私の胸の高鳴りは止みそうにない。
部員とマネージャ―という関係以上になるのも、時間の問題だった。
ポリポリ、パリパリ。
小気味いい音が今日も部室に響いている。その咀嚼音を耳にして、私の心は不思議と落ち着いていた。今日も無事、部活が終わった。
放課後からの全体練習が終わって、皆が帰った後に私は部室の片隅で部誌を書くのが日課になっていた。部員達や主将の岡村くん、監督からと話したこれからの課題や目標などもここに忘れずに記載しておく。髪をシュシュでまとめて、ノートにペンを走らせていると、ふと真横に大きな存在感。
敦くんが私の隣に移動して来た事に気づいたものの、書き終えるまで集中しなきゃと思い特に一瞥もしなかった。代わりに、口元がふっと緩んでしまう。耳の傍でお菓子を食べる音がより近くで聞こえる。本当に、彼はお菓子が大好きなんだなぁ。あんなに食べているのにまったく太らないのは、体が大きくてエネルギーの消費がすごく早いからだ。羨ましい。
私が書き終えたのを見計らってから、敦くんは指で私の頬をつついてきた。何度もつついて、私が戸惑っていると彼は少し笑った。
「やわらか~い。おもちみたい」
「もう、失礼だなぁ」
「えー誉めてるんだけど」
誉められてる気がしないよと思わず苦笑すると、敦くんはポッキーを私の方に一本向けてきたので、反射的にそれをパクリと食べた。新商品のキャラメル味だ。さすが、新商品は欠かさずチェックしているみたい。
「これ美味しいね。私も今度買ってみよう」
「俺もこの味好き。ねぇ、もう帰れんの~?」
「うん、終わったよ」
もぐもぐと食べながら尋ねてきた返事に、私は頷いて椅子から立ち上がった。敦くんはいつもこうして絶えずお菓子を食べながら、私の仕事が終わるまで待っていてくれるのだ。
机の上を整頓し、最後にドアの鍵をかけて私は職員室まで鍵を届けて校門に向かうと、先に校門で敦くんが待っていてくれた。寒い寒いと身をかがめている姿がかわいらしくて、心が温かくなる。
彼の長身に、通り過ぎる生徒たちも思わず視線を向けていた。やっぱりどこに居ても目立つなぁ。
「敦くんお待たせ」
「うん、じゃ行こっかー」
□ □ □
東北の秋は寒い。十一月ともなると風もすっかり冷たく、あと少ししたら冬に向けてコートを準備しおかなくちゃと私は内心で独り言ちた。
陽泉バスケ部のマネージャーになったキッカケは、監督からの直々のお誘いだった。たまたま学校帰りに、迷子になって泣いてる子供をあやして、一緒にその子のお母さんを捜しているところを監督に目撃されていたらしく、後日誘われたのだ。何というか、単純に「こいつは真面目そうだ!」と思われてマネージャーにスカウトされたってだけの話だ。
私の単純なスカウトとは打って変わって、敦くんは名選手として東京からスカウトされてきた天才だ。彼がバスケ部に入部して間もなく、私の何が気に入ったのか分からないけれど、よく話しかけてくれるようになった。
私もお菓子が好きで、敦くんと話すときはよくお菓子の話題がでていたので、「お菓子好きの仲間がいる!」と思ってくれたんだろうか。仲良くなってしばらく経つと、私のマネージャーの仕事が終わるまで待っていてくれたり、寮までの道の途中まで一緒に帰ったりするようになった。
何日もそんな日が続いて、いつのまにかこれが習慣になっていたのだ。三年の私から見たら敦くんはとてもかわいい後輩だった。
びゅうと吹いた北風が素足を撫でてて、思わず身震いしてしまった。そろそろ制服用のタイツも準備しておかないと、秋田の冬はとっても寒いから。せっかくだから温かいものでも飲んで帰ろうか?――と、寄り道を提案しようと並んで彼を見上げようとすると、敦くんは歩きながら私の手をギュッと握ってきた。
子供のような体温。ぽかぽかと手から暖かい熱が伝わってくる。眠い子供の手ってあったかいっていうけどあれは本当だったんだ。しかし、こんなに大きな子供みたことないなぁ。
「ありがとう」
「…別に」
微笑んでお礼を告げても、敦くんは素っ気なく呟いた。並んで歩いて帰るだけの毎日の中で、こうして手を繋がれたの初めてのことだった。寒がった私に気を遣ってくれたのだろう。
「敦くんの手あったかいね」
「んー」
「冬になったら人気者だね」
「んー」
「みんな敦くんにくっついて湯たんぽ代わりにしちゃうかもね」
「……あのさー」
手を握り返しつつ話しかけても敦くんからの返事は短く淡々としている。いつもこんな感じといえばそうだが、少しばかり声色は苛立っているように感じた。
「誰にでもこんなことすると思ってんの?」
「え?」
「手ぇ、つなぐとかさ」
見上げると敦くんは拗ねてしまったようでそっぽを向いていた。私と目も合わせてくれない。だが、不機嫌になりつつも繋がれた手はそのままだった。私が手を離そうとしても離せない程度には力がこめられて握られている。あたたかい、を通り越して指先が熱い。手が汗ばんできた。
「あ、あの…手、もう……」
何で彼が不機嫌になってしまったかわからないまま、私はとにかく手を離そうとしたけれど敦くんは繋がれた私の手を、自分の方へ引っ張った。体がトン、とぶつかって私が敦くんに寄りかかる体勢になってしまった。長身で逞しく大きな体はびくともしない。
彼と仲良くなってから、お菓子を貰ったりノリで食べさせてもらったり、からかうように頬をつつかれたことは何度かあった。ただ手を繋がれたり引き寄せられて体が密着したのは今日が初めてだ。
懐いてくれる仲良しのかわいい後輩――と、今まで思っていたけれど、私の勘違いだった。敦くんは、後輩の前に“男の子”だ。意識したことなかったのに、今更気づくなんて。
日が落ち、辺りはすっかり暗くなって街頭だけが照らす夜道。
体を寄せて立ち止まっている二人の姿は、通りかかった人が見たらまるでカップルに見えるだろう。
何も言えずそのまま固まっている私の頭上から、敦くんの咳払いが一度響いた。ゴホン!って、わざとらしく似合わない咳払いを。
「にぶいなー、ほんとに」
先程まで明後日の方向を向いていた彼の瞳は、既に私を捕らえていた。顔を上げた私の視線も重なり合う。
お菓子を食べて上機嫌な顔、コンビニに寄ってお菓子を選んでいるときの嬉々とした顔、部活前のダルそうな顔、監督に注意されてふて腐れている顔、眠そうな顔……私が見上げた今の彼の顔は、これまでのどの表情とも違った顔をしていた。
唇を少し尖らせて、照れを隠しているような表情。
「……でもそーゆーとこ含めていいなって思ってんだけどさー。でもさぁ、そろそろこれで分かってよ」
普通に手の平を重ねるだけの繋ぎ方をしていた手を一度ほどいて、敦くんは指と指を絡めるように手を繋ぎ直した。私よりもひとまわりもふたまわりも大きな彼の手が、指が、私の手をそのまま閉じこめるように絡む。手が熱い。
途端、脳内で意味を理解すると私の顔はみるみる紅潮していった。
ああ、そうか、そうだったんだ。私は敦くんを「かわいい後輩」だなんて思ってみていたから、彼も「話の合う先輩」程度に見てくれているのかと思ったけれどそうじゃなかった。
赤らんだ私の顔を見て、敦くんは一度だけ頷いてから手を離した。私の様子を見て意味がわかってもらえたと思ったのだろう。
「もう我慢とかしないから。オレ我慢とか苦手だし」
手の熱から想いが伝わってくるようだった。離れても尚、私の手からは敦くんの熱が消えない。いつから?どうして?わたしを?――聞きたいことは心の中で反芻されるばかり、声に出せなかった。
可愛い後輩という敦くんのポジションは、つい先ほどで幕を下ろした。“我慢が苦手”と宣言されたのだから、明日からは待ったなしで敦くんが本気を出してくるはずだ。為す術なく魅力的な彼に翻弄される日々に、私の胸の高鳴りは止みそうにない。
部員とマネージャ―という関係以上になるのも、時間の問題だった。