短編・中編
name change
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
best position
►『I wish.』の話で付き合うことになったその後。
ついこの間まで俺たちは幼なじみに近いような仲だったはずだ。
それが、ほんの少し前に進んだ関係になっただけでこんなにも景色が変わっちまうとは、俺自身驚いた。
玄関をあけるとそこには、化粧をしてめかしこんだ――俺の彼女が立っていた。“カノジョ”と呼ぶのさえこそばゆい。
「おはよう」
ちょうどインターホンを押すところだったらしく、押す前に俺がドアを開けた。ジャストタイミング。
頬はピンク色、唇もつやっぽい、まつげもバシバシ……しっかりと化粧をしてるようだった。
なにめかしこんでやがる、って、いつもなら言ってるところだ。
もしこのままやれ合コンだの飲み会だの行くというのであれば、遠まわしに邪魔して止めているところだ。
だが今日は違う。
今日は俺と出かけるためにめかしこんだのだ。
何とも言えない満足感が心を満たしていくのが分かった。
「大輝くん、映画はじまっちゃうよ」
「…おう。んじゃちっと急ぐか」
今日は……付き合ってからはじめてのデートってやつだ。
WCの後、ストリートバスケのコートで俺の手を弱々しく掴んで「欲しいものがある」と言ったあいつの言葉は確かに告白の意味で、あの時、心臓が止まるかと思った。
それは俺が、俺が気持ちを固めたときにお前に言おうと、とっておいた台詞だったからだ。
俺とさつき、そんで、俺たちをいつも見守っていたお前。
お前は、俺たちと並ぶことなく出しゃばることなく、年上らしく一歩後ろに下がって見守っていた。
振り返ればそこに居るんだという安堵感とは別にいつからか芽生えていた別の感情こそ、俺が伝えたかったものなのに。
ただ、伝えてしまえば、今までの心地よい関係が、後に修復されるとしてもその時に崩れてしまうのは必至で、さすがに後先考えずに動くタイプの俺も伝えるのを躊躇っていたのに。
まさか、あいつから先に言われてしまうなんて夢にも思わなかった。
完全にヤンチャな「弟」の位置づけで見られていると思っていたし。
時々あいつが言う「大輝くんとさつきちゃんてお似合いだねぇ」という言葉はやたらマジに聞こえたから。
異性として眼中にねぇもんかと。
正直、告白された時は先を越された気分で、どうしたもんかと思った。
お互い同じ気持ちを抱えてたことが分かり、俺は心ごと全部、くれてやるっつったらあいつは喜んでいた。
柄にもなく夢なんじゃねぇかと信じられなくなる時が時々ある。
俺がこいつを好きなことも不思議。こいつが俺を好きなことも不思議だ。
セミ獲りだのザリガニ釣りだので遊んでいたちっせぇガキのころから一緒に居たんだ。
妙な感じになるのも無理はない。だが、俺はいつからかあいつを異性として見ていたことは確かで、互いに互いを選んだのは間違いなく現実だ。
映画見て、飯食って、フラフラして、ってのが今日のプラン…か?
こんなの付き合う前だって、さつきを含めた3人でも、さつき抜きでの二人でもでかけたことがあったのに今日はやたらと心が落ち着かないのが自分でもわかった。
駅まで向かう途中、横目で見ると上から長い睫が見えた。
冬休み真っ只中。ハァ、と吐く息は白くなるほど冷たい。
何が楽しいのか、あいつは息を吐いてはその白くなって登っては消える息を見つめては繰り返していた。
それ何か楽しーのか?って聞きたくなった。俺より年上なのに時々意味もなくやることなすことアホだなって思えるこいつが今とんでもなく可愛く見える俺も、最高にアホだなと思う。
「今日は一段と寒いね。大輝くんがこんな寒い日におでかけ付き合ってくれると思わなかったよ。さみーからやだよ、って絶対断られるかと思ったんだ」
ニコニコと本当に嬉しそうに笑う顔を見ていると、口には出さないが、寒さなんて忘れちまいそうだった。「まぁ、たまにはな」なんてテキトーに返しておいた。
昔から近くで見てきたから気づかなかった。化粧してない顔を見慣れているせいで、化粧をしてるこいつを見るとなんだか不思議な気分だ。笑うとケッコーかわいい。
大学には化粧をしていってるだろうから、いつナンパされてもおかしくなかったろうし、そんで、それをキッカケに他の男と付き合うことになっていたら、俺の恋は成就しなかったかもしれねぇなと内心で独り言ちた。
何か今日はヘンだ。何考えてんだ俺は。
「そういえば、さつきちゃんにはいつ言おうか…。言う前に気づかれちゃうかもしれないけどね」
ぽつりと呟かれたその一言に俺の足は止まりそうになった。
そうだ。すっかり忘れていた。
さつきに知られる、ということは俺のおふくろにもいずれ知られることになる。
これだけ長い近所付き合いの末にお互いの子供同士が付き合うことになったと知ったら、俺の親の場合はからかってくるに決まってる。あぁ、めんどくせーなぁ。
だったらもっと面倒でない女と付き合えばよかったんだ、と思うが、そんな簡単な話でもない。俺ぁこいつじゃなきゃヤダし。
他の女に目がいかなかったわけじゃない。傍にいて欲しいと心から願ったときにあいつが頭に浮かんでくる人物だった。それだけのことだ。
にしても、身内にしばらくはからかわれるのを想像すると腹が立つな。
ハァ、と思わず漏れたため息に視線を感じた。どうしたの?と小首を傾げるなんてことない仕草に胸が鳴った。
前は、なんともなかったのに、なんでだ。
なんでだこれ。この不意打ち、なんだ…!?
「別に何でもねーよ」
「何でもある」
「何でもねぇって言ってんだろ」
「…後悔してる?」
はぁ?、と聞き返すと、あいつは俺から視線を外して地面を見つめていた。
映画を見るために駅前に向かっていて、映画の時間も迫っているから少し急がなければならないのに、やけに足取りが重い。まぁ、もし映画に間に合わなきゃ先に飯にして次の上映を見りゃいい。
それは問題ないとして、それよりもこっちのが気になる。
「今までみたいな関係でいられなくなったこと」
俯いているせいで表情まではわからない。ただ、きっと自嘲気味に笑っているはずだと思った。
今までの関係を壊してまで自分の気持ちを伝えたあの夜、こいつはどんなに怖かったろう。
今そのことに改めて気がついて心が震えた。もっと縁遠い他人だったならどんなに楽か。
俺に気持ちを伝えるということをは、好きを伝える勇気とは別に、築いてきたものを壊す勇気が要る。
あいつはあの夜から、俺が後悔してないかばかり、考えていたのか?
俺だって同じ気持ちだった。あの夜、半端な気持ちで「くれてやる」と告げたわけじゃない。
遠回りしてやっと出会えたのに、また道を引き返す気なんてさらさらねぇんだ。
ハッ、と俺が笑うと、隣にいた小さな肩が震えたのが横目に見えた。
「後悔なんて誰がするかよ」
一言、はっきり告げるとあいつは目を見開いてこちらを見た。俺もあいつの顔をのぞき込むようにすると、今日会ってからやっとまともに目を合わせられたことに気がついた。
「それに、まだなんっにも手ェだしてねーっつのに既に何か起こった関係みたいな深刻な言い方すんな。色々すんのはこれからだろ」
「…大輝くん、もうちょっとオブラートに包んで言ってほしいな」
包み隠さず本音を言うと、傍にいた肩は少し警戒するように離れていった。おい、正直だな。
隠したってしかたねーだろ。極端な話、そういう色々したいって意味での「好き」だ。
別に俺にはオブラートなんて必要ねーけど。些細なジョーク(色々したいっつーのはマジだが)を聞いて赤面する横顔が目に入ったとき胸がまたドクンと鳴った。同時に、今朝から思っていたことがようやく一文に整った。
こいつ、こんなかわいかったか?
景色が変わる。ビジョンが煌めきがかり、寒いのに寒さを感じねぇ。不思議だ。
言葉で安心出来るならいくらでもくれてやる。俺がいかにお前を好きなのかそのうち分からせてやれば、きっとくだらねぇ質問なんてしてこなくなるだろ。
二、三歩先に進んで振り向くと俺はあいつの前に手を差し出した。ほらよ、と言って伸ばした手に、控えめに小さな手が乗っかった。
「後悔もしねぇ。させるつもりもねーよ。くだらねぇこと聞くのはもうナシだ」
小さな手を握って俺の方に引っ張るとバランスが傾きそのまま俺の方に飛び込んでくる。支えたついでに思い切り抱きしめてやると、とうとうおとなしくなったので俺は声を立てて笑った。
――ふと、デジャヴを感じた。
この抱きしめ方も、展開も、告白してきた日とまったく同じだ。
もう、あの頃の関係には戻らない。
戻れない、んじゃねぇ。戻らないんだ。
互いにどの立ち位置がベストかって、充分わかっただろうが。
わかった上で今更、過去に戻る必要はねぇんだ。
俺はきっと小さい頃からこいつに、俺が想像してるよりずっと、大事に大事に想われてきたんだろう。
ならば今度は俺がこいつを、大事にする番だ。
心から誓おう。らしくなかろーが、そんぐらいしたって罰はあたらねぇはずだろ。
►『I wish.』の話で付き合うことになったその後。
ついこの間まで俺たちは幼なじみに近いような仲だったはずだ。
それが、ほんの少し前に進んだ関係になっただけでこんなにも景色が変わっちまうとは、俺自身驚いた。
玄関をあけるとそこには、化粧をしてめかしこんだ――俺の彼女が立っていた。“カノジョ”と呼ぶのさえこそばゆい。
「おはよう」
ちょうどインターホンを押すところだったらしく、押す前に俺がドアを開けた。ジャストタイミング。
頬はピンク色、唇もつやっぽい、まつげもバシバシ……しっかりと化粧をしてるようだった。
なにめかしこんでやがる、って、いつもなら言ってるところだ。
もしこのままやれ合コンだの飲み会だの行くというのであれば、遠まわしに邪魔して止めているところだ。
だが今日は違う。
今日は俺と出かけるためにめかしこんだのだ。
何とも言えない満足感が心を満たしていくのが分かった。
「大輝くん、映画はじまっちゃうよ」
「…おう。んじゃちっと急ぐか」
今日は……付き合ってからはじめてのデートってやつだ。
WCの後、ストリートバスケのコートで俺の手を弱々しく掴んで「欲しいものがある」と言ったあいつの言葉は確かに告白の意味で、あの時、心臓が止まるかと思った。
それは俺が、俺が気持ちを固めたときにお前に言おうと、とっておいた台詞だったからだ。
俺とさつき、そんで、俺たちをいつも見守っていたお前。
お前は、俺たちと並ぶことなく出しゃばることなく、年上らしく一歩後ろに下がって見守っていた。
振り返ればそこに居るんだという安堵感とは別にいつからか芽生えていた別の感情こそ、俺が伝えたかったものなのに。
ただ、伝えてしまえば、今までの心地よい関係が、後に修復されるとしてもその時に崩れてしまうのは必至で、さすがに後先考えずに動くタイプの俺も伝えるのを躊躇っていたのに。
まさか、あいつから先に言われてしまうなんて夢にも思わなかった。
完全にヤンチャな「弟」の位置づけで見られていると思っていたし。
時々あいつが言う「大輝くんとさつきちゃんてお似合いだねぇ」という言葉はやたらマジに聞こえたから。
異性として眼中にねぇもんかと。
正直、告白された時は先を越された気分で、どうしたもんかと思った。
お互い同じ気持ちを抱えてたことが分かり、俺は心ごと全部、くれてやるっつったらあいつは喜んでいた。
柄にもなく夢なんじゃねぇかと信じられなくなる時が時々ある。
俺がこいつを好きなことも不思議。こいつが俺を好きなことも不思議だ。
セミ獲りだのザリガニ釣りだので遊んでいたちっせぇガキのころから一緒に居たんだ。
妙な感じになるのも無理はない。だが、俺はいつからかあいつを異性として見ていたことは確かで、互いに互いを選んだのは間違いなく現実だ。
映画見て、飯食って、フラフラして、ってのが今日のプラン…か?
こんなの付き合う前だって、さつきを含めた3人でも、さつき抜きでの二人でもでかけたことがあったのに今日はやたらと心が落ち着かないのが自分でもわかった。
駅まで向かう途中、横目で見ると上から長い睫が見えた。
冬休み真っ只中。ハァ、と吐く息は白くなるほど冷たい。
何が楽しいのか、あいつは息を吐いてはその白くなって登っては消える息を見つめては繰り返していた。
それ何か楽しーのか?って聞きたくなった。俺より年上なのに時々意味もなくやることなすことアホだなって思えるこいつが今とんでもなく可愛く見える俺も、最高にアホだなと思う。
「今日は一段と寒いね。大輝くんがこんな寒い日におでかけ付き合ってくれると思わなかったよ。さみーからやだよ、って絶対断られるかと思ったんだ」
ニコニコと本当に嬉しそうに笑う顔を見ていると、口には出さないが、寒さなんて忘れちまいそうだった。「まぁ、たまにはな」なんてテキトーに返しておいた。
昔から近くで見てきたから気づかなかった。化粧してない顔を見慣れているせいで、化粧をしてるこいつを見るとなんだか不思議な気分だ。笑うとケッコーかわいい。
大学には化粧をしていってるだろうから、いつナンパされてもおかしくなかったろうし、そんで、それをキッカケに他の男と付き合うことになっていたら、俺の恋は成就しなかったかもしれねぇなと内心で独り言ちた。
何か今日はヘンだ。何考えてんだ俺は。
「そういえば、さつきちゃんにはいつ言おうか…。言う前に気づかれちゃうかもしれないけどね」
ぽつりと呟かれたその一言に俺の足は止まりそうになった。
そうだ。すっかり忘れていた。
さつきに知られる、ということは俺のおふくろにもいずれ知られることになる。
これだけ長い近所付き合いの末にお互いの子供同士が付き合うことになったと知ったら、俺の親の場合はからかってくるに決まってる。あぁ、めんどくせーなぁ。
だったらもっと面倒でない女と付き合えばよかったんだ、と思うが、そんな簡単な話でもない。俺ぁこいつじゃなきゃヤダし。
他の女に目がいかなかったわけじゃない。傍にいて欲しいと心から願ったときにあいつが頭に浮かんでくる人物だった。それだけのことだ。
にしても、身内にしばらくはからかわれるのを想像すると腹が立つな。
ハァ、と思わず漏れたため息に視線を感じた。どうしたの?と小首を傾げるなんてことない仕草に胸が鳴った。
前は、なんともなかったのに、なんでだ。
なんでだこれ。この不意打ち、なんだ…!?
「別に何でもねーよ」
「何でもある」
「何でもねぇって言ってんだろ」
「…後悔してる?」
はぁ?、と聞き返すと、あいつは俺から視線を外して地面を見つめていた。
映画を見るために駅前に向かっていて、映画の時間も迫っているから少し急がなければならないのに、やけに足取りが重い。まぁ、もし映画に間に合わなきゃ先に飯にして次の上映を見りゃいい。
それは問題ないとして、それよりもこっちのが気になる。
「今までみたいな関係でいられなくなったこと」
俯いているせいで表情まではわからない。ただ、きっと自嘲気味に笑っているはずだと思った。
今までの関係を壊してまで自分の気持ちを伝えたあの夜、こいつはどんなに怖かったろう。
今そのことに改めて気がついて心が震えた。もっと縁遠い他人だったならどんなに楽か。
俺に気持ちを伝えるということをは、好きを伝える勇気とは別に、築いてきたものを壊す勇気が要る。
あいつはあの夜から、俺が後悔してないかばかり、考えていたのか?
俺だって同じ気持ちだった。あの夜、半端な気持ちで「くれてやる」と告げたわけじゃない。
遠回りしてやっと出会えたのに、また道を引き返す気なんてさらさらねぇんだ。
ハッ、と俺が笑うと、隣にいた小さな肩が震えたのが横目に見えた。
「後悔なんて誰がするかよ」
一言、はっきり告げるとあいつは目を見開いてこちらを見た。俺もあいつの顔をのぞき込むようにすると、今日会ってからやっとまともに目を合わせられたことに気がついた。
「それに、まだなんっにも手ェだしてねーっつのに既に何か起こった関係みたいな深刻な言い方すんな。色々すんのはこれからだろ」
「…大輝くん、もうちょっとオブラートに包んで言ってほしいな」
包み隠さず本音を言うと、傍にいた肩は少し警戒するように離れていった。おい、正直だな。
隠したってしかたねーだろ。極端な話、そういう色々したいって意味での「好き」だ。
別に俺にはオブラートなんて必要ねーけど。些細なジョーク(色々したいっつーのはマジだが)を聞いて赤面する横顔が目に入ったとき胸がまたドクンと鳴った。同時に、今朝から思っていたことがようやく一文に整った。
こいつ、こんなかわいかったか?
景色が変わる。ビジョンが煌めきがかり、寒いのに寒さを感じねぇ。不思議だ。
言葉で安心出来るならいくらでもくれてやる。俺がいかにお前を好きなのかそのうち分からせてやれば、きっとくだらねぇ質問なんてしてこなくなるだろ。
二、三歩先に進んで振り向くと俺はあいつの前に手を差し出した。ほらよ、と言って伸ばした手に、控えめに小さな手が乗っかった。
「後悔もしねぇ。させるつもりもねーよ。くだらねぇこと聞くのはもうナシだ」
小さな手を握って俺の方に引っ張るとバランスが傾きそのまま俺の方に飛び込んでくる。支えたついでに思い切り抱きしめてやると、とうとうおとなしくなったので俺は声を立てて笑った。
――ふと、デジャヴを感じた。
この抱きしめ方も、展開も、告白してきた日とまったく同じだ。
もう、あの頃の関係には戻らない。
戻れない、んじゃねぇ。戻らないんだ。
互いにどの立ち位置がベストかって、充分わかっただろうが。
わかった上で今更、過去に戻る必要はねぇんだ。
俺はきっと小さい頃からこいつに、俺が想像してるよりずっと、大事に大事に想われてきたんだろう。
ならば今度は俺がこいつを、大事にする番だ。
心から誓おう。らしくなかろーが、そんぐらいしたって罰はあたらねぇはずだろ。