短編・中編
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晩夏のテンプテーション
夏休みの終わり――8月最後の日。地方の合宿所から都内まで戻ってきた俺は、上下ジャージ姿のまま鼻歌交じりでに夜道を歩いていた。
合宿所を出てまず海常高校に戻り、ミーティングを終えてからそのまま向かっているから私服に着替えてる時間などなかったのだ。
疲労しているはずなのに目的地に向かう足取りは自然と軽くなる。
目指すは、愛しい彼女のもとへ。
夜の9時を回ったところだが、さすがにこの時間ならまだ寝てはいないだろう。
今頃何をしているかなぁ、なんて…今までは女の子に好かれる側ばかりだった俺が、一人の女性に思いを馳せる側になる日が来ようとは。
…ちょっと会えないだけでこんなにも、何か足りなくなるもんなのかな。
女の子にモテるが故に、恋愛面において自分から寂しいや会いたいなどど思ったことがなかった。
いやまぁ、あったといえばあったんだろうけど、ここまでハッキリと思うのは彼女が初めてだった。
海常高校バスケ部恒例の合宿は地方の民宿と体育館を借りて行われた。
インターハイで桐皇学園に破れた後だが、気落ちしてなどいられない。WCでリベンジを果たすそのために、今年の強化合宿は特に熱が入る。
みんなのやる気もこれまでにないぐらいだった。
合宿はキツかったし通常の練習の何倍もハードだったけど、各々の課題もクリアできた収穫のある合宿になったと思う。
さすがに体は疲れ、動く度にギシギシと筋肉が軋む音をたてるかのようぐったりしていた。
本当ならまっすぐ帰って休みたいところだけど、民宿のロビー売ってたちょっとしたお菓子を土産に、俺は琴音さんの住むアパートまで押し掛けようとしている。
疲れよりも会いたい気持ちのが勝って『今からお土産渡しに行くから待ってて』と、メールを1通送っておいた。
もちろん、土産を渡したいだなんてのは会うための口実だ。
一方的なメールに苦笑している彼女を想像して胸が温かくなる。
「来るの知ってたらちゃんと片付けて待ってたのに」とかブツブツ言いつつも迎え入れてくれるに違いない。
しかし、メールの返信はすぐになかった。
もしかしたらこの時間はお風呂にでも入ってるんだろうか。風呂上がりの琴音さんが見れたらラッキーだ。もしくは、まだ外出中?
もし、行ってみて留守なら帰ってくるまで待ってようかな。迷惑、かな?
――なんてことを考えながら歩いていたら、あっと言う間に彼女のアパートに到着した、ら、
「んな…っ!」
相変わらず、彼女は俺の予想の斜め45度を行く。
そう、そのまま予想は突き抜けて大気圏を出てしまうほどに。
彼女のアパートの部屋の扉まで辿り着くと、ドア前で琴音さんは座り込んでいた。
それを見た瞬間、咄嗟に彼女に駆け寄ったが、ある音によって俺の開いた口は塞がらなかった。
すうすう、すうすうと、規則正しく繰り返されるその音は、寝息。
彼女は自分の部屋の前で寝息をたてて眠っていた。
信じられないことに、玄関のドアには自室の鍵が差しっぱなし。
きっと鍵を開けて入ろうとしたところに激しい睡魔に襲われてその場に座り込んでしまったのだろう。そして寝た。
まぁこんなことは誰にだってよくあることだ――って、いやいやいや、ねぇっスよ、これは!
もし俺が見つけなかったら変な奴に襲われてたかもしれないし、鍵も指しっぱなしだし泥棒に部屋に入られてたかもしれないのに、この人は危機感をいったいどこの道端に落としてきてしまったのか。
今すぐ拾いにいって彼女に戻して、今度こそしっかり持ってもらわないと。
話しかけてもすぐに起きてくれそうになかったので、とりあえず俺は琴音さんをそっと抱え上げ部屋に入った。
おそるおそる部屋に入り、電気をつける。
部屋の中に誰もいないことを確認すると俺はようやく息をついた。
よかった。本当に今日来てよかった。
俺が来てなかったらどうなっていたことか…嫌な想像ばかりが浮かんでゾッとした。
アパートには他の人も住んでいるのだ。もちろん、男だって。
琴音さんの部屋に入るのは初めてではないけれど、入る度にドキドキしてしまう。
先程までひやひやしていたのに、今度は違う意味で心臓が高鳴った。
女子の部屋にしては物が少なく、ファンシーな小物もあまり置いてないシンプルな部屋だが、俺はこういう部屋、嫌いじゃない。
寝ている琴音さんをベッドに横たわらせると、俺は座り込んで寝顔を見つめた。
頬が赤く、寝息から少しアルコールの香り。大学の友達と飲み会でも行ってたんだろうか。
『WCが終わるまでキス以上のことは一切させない』とルールを決めるぐらいガードが固い彼女が、まさか自分が19歳なのに故意に酒を飲むはずがない。ウーロン茶とウーロンハイを店員が間違えて持ってきてそれに気づかず飲んで、酔っぱらった。まぁそんなところだろう。
ドアの前で寝てるってのは予想外過ぎたけど、そこまでに至る経緯は単純に予想がついた。
「ドジっ子にもほどがあるっスよ」
寝顔を見つめながら指で前髪を撫でると、むにゃむにゃと彼女の口が動いた。ネコみたいだな。
癒しオーラがこの空間に満たされて、疲れが吹っ飛びそうだ。
クス、と小さく笑ったと同時に、琴音さんの目がパチリと急に開いた。
その瞳はきょろきょろと左右を見渡てから俺を捉えて、バチリと目が合う。
俺の肩がビクリと震え、しばらく目が合ったまましばらく沈黙。何か言葉を発してこの沈黙を破らなければならないような気がした。
「お土産渡そうと思って俺が来たら琴音さんがドアの前でしゃがみこんで寝てるし、ドアに鍵も差しっぱなしだし!もー何やってるん……ス、…か?」
呆れ口調は最初の方だけで、俺の声量は徐々に小さくなり、目を見開いて口を開けたまま固まった。
琴音さんは俺の言葉など聞く耳を持たず、低い唸り声をあげて寝ぼけ眼で半身を起こし、上に着ていたチュニックとキャミソールを脱ぎ始めた。
脱いで、その服たちをベッドの上に投げ散らかした。
「あつい」
唇を歪ませてむにゃむにゃと寝言みたいに唸り、琴音さんはそのまま眠たそうな瞳でこちらを見ていた。
目の前には好きな子がベッドの上で、ショートパンツはさすがに脱がなかったものの上半身はブラだけの状態。
ピンクの、フリフリのリボンがついた可愛いやつ。
部屋はシンプルなのに下着は意外とファンシーだということを、今知った。目が一点に釘付けになる。
未だ触らせてもらったことのない彼女の胸は、思っていたより大きくて柔らかそうで、触りたい…って、そうじゃない、そうじゃないだろ。
会いたくて、そのための口実で土産を届けにきたはずなのに――どーゆー状況??
「ちょ!琴音さん!嬉しいけど!ふ、服着て!?」
「…りょーたくん。なぜ?」
小首をかしげて前のめりに俺との距離をつめてくる琴音さんに、俺は目を白黒させながら胡座を崩し後ずさる。
谷間が目の前に、目の前に谷間が。いや、見てはいけない、見続けたら俺の理性ははじけ飛ぶ。
そもそも、彼女との間のルールがなければきっともう俺から手を出していたと思う。
互いを求めて夢中になってしまえばきっとWCへの集中の妨げになるから、と、全ては俺を気遣ってのルールなわけだから無下にするわけにもいかず、その条件にもちろん承諾はしたのだが。
男と女では忍耐にも差がある、って、琴音さんは気づいてんスか?
はじめて自分から好きになった女の子に迫られて理性が保つ男なんてそうそういないのに。
「酔っぱらってんスね!?でなきゃこんな…っ!」
ドサ、っという音と共に、視界に天井が映る。
俺に詰め寄ってきた琴音さんはついにベッドの端から落っこちてそのまま俺に多い被さってきた。
その拍子にバランスを崩した俺は結果、彼女に押し倒される体勢になってしまった。
彼女は力を抜いて遠慮なしにそのまま体重を俺に預けている。
あーもう!人の気持ちも知らないで、生殺しなんてひどいっス!…って怒鳴ってやりたくなったが、柔らかなその感触が自分の心臓の上に乗っかっていて、心臓がバクバクと忙しなく鳴り始めた。
瞬時に、顔が赤くなるのが自分でもわかった。
叫ぶ声もでない。いつもは俺の方が彼女を赤面させてるってのに、今日は逆だ。
気がついたら覆い被さられてしまったわけだが、ベッドから落っこちてきたときに抱き止めようと反射的に伸びた手が今、彼女の背中に触れている。
直の肌の感触。手を動かしてすべすべしているのを確認してしまった時に、ブラのホック部分の感触が指を掠めた。
ドッ、と一際心臓が大きく、高鳴る。
俺の上で無防備に目をトロンとさせている琴音さんがこちらを見ていた。
酔っぱらっていたとしても、だ。その気がなけりゃ脱いだりしないだろう。
…していいの?
誰に許可を得たつもりでもない。自分にそう言い聞かせて、気がつくと俺は指を曲げてホックに手をかけていた。
しかしその直後、琴音さんが唸ったので俺は慌てて手を離した。
う、うぉぉ……あ、あぶなかった…!
ドバッと、顔から、背中から汗が再び吹き出た。
な、な、何やってんだ!約束しただろ、WCまで手は出さないって。
二人の間のルールを、琴音さんが意図せず酔っ払ってる時に破るつもりか。
いや、しかし、でも、この状況で我慢は――
数秒の間で俺は、もう一人の俺と対峙しつつ押し問答を繰り返す。
理性を守るための葛藤も虚しく、柔らかな感触に否応なしに下半身が反応する。高ぶりに負けてしまう。ダメだ、ダメだ、オレの…!
「りょーたくん」
固く目を閉じていたのだが優しい声に名前を呼ばれて目を開くと、目前に琴音さんの顔。
鼻先が触れるほどの距離で彼女は薄く笑っていた。ただ、いつもの声よりもっと優しくてゆっくりで甘い呼び方。
まだ酔っていることは明確だった。
「ハ、…ハイ」
思わず敬語で返事をしてしまった。主導権が今日は完全に彼女だ。
ハッキリ断言するとすれば、あの二人の間のルールがなければもうとっくに襲ってるとこだ。多分。
石のように動けなくなった俺に琴音さんはキスを…しそうで、しない。
何度か触れないようなキスのフリをしたあと、彼女は俺の肩に顔をうずめる。
ふふふ、と彼女が少し笑うと首筋にその息がかかって、俺は肌はぞわりと粟立った。
ていうかこれ、本当に酔ってる?俺、試されてるんスか?これがわざと俺の理性を試しているんだとしたら、もう、これはタダじゃおかない。
…と、俺の脳内でさらによからぬ考えが頭を過ぎったその時、彼女は耳元でこう囁いた。
「おかえり。合宿、おつかれさま…」
そしてそのまま、再びすうすうと彼女が眠りについたオチは、言うまでもない。
――こんなオチ、どっかでわかってたような気はするんスけど…。
はぁ、とため息をついて心の中でボヤいてから、俺は自分の熱が何とか納まるのを待ってから、再び琴音さんをベッドへと横たわらせた。
なるべく彼女の下着姿が自分の視界に入らないように、その上にスポーツバッグに入れておいた未使用の予備ジャージの上着を体にかけた。
ベッドの上にあるタオルケットをかけてあげればよかったのに、何故わざわざジャージをかけたかというと、せめて俺がここにきたという痕跡を残すためのただの意地悪だ。
だって、あんだけ理性を揺らされたんだ。このぐらいお返ししてもバチは当たらないスよね。
□ □ □
鍵をかけて、その鍵を外からポストに入れ、メールを1通送って、俺はアパートを後にした。
琴音さんが目を覚ましたらどんな顔をするだろう。酔っていた時の記憶があるにしてもないにしても、慌てふためくどころの騒ぎではないかもしれない。
顔を真っ赤にして恥ずかしがってしまうんだろう。
想像したら、俺は帰り道を歩きながら笑いが込み上げてきて吹き出した。
通りすがりざまに歩いていたサラリーマンに不審な目で見られてしまったけれど、気にしない。
ジャージを返してもらう時、彼女のことだから精一杯謝ってくるだろう。
恥ずかしさから俺の顔を見れず目も合わせてくれなかったとしても、キスの1つくらいは貰うつもりだ。
夏休みの終わり――8月最後の日。地方の合宿所から都内まで戻ってきた俺は、上下ジャージ姿のまま鼻歌交じりでに夜道を歩いていた。
合宿所を出てまず海常高校に戻り、ミーティングを終えてからそのまま向かっているから私服に着替えてる時間などなかったのだ。
疲労しているはずなのに目的地に向かう足取りは自然と軽くなる。
目指すは、愛しい彼女のもとへ。
夜の9時を回ったところだが、さすがにこの時間ならまだ寝てはいないだろう。
今頃何をしているかなぁ、なんて…今までは女の子に好かれる側ばかりだった俺が、一人の女性に思いを馳せる側になる日が来ようとは。
…ちょっと会えないだけでこんなにも、何か足りなくなるもんなのかな。
女の子にモテるが故に、恋愛面において自分から寂しいや会いたいなどど思ったことがなかった。
いやまぁ、あったといえばあったんだろうけど、ここまでハッキリと思うのは彼女が初めてだった。
海常高校バスケ部恒例の合宿は地方の民宿と体育館を借りて行われた。
インターハイで桐皇学園に破れた後だが、気落ちしてなどいられない。WCでリベンジを果たすそのために、今年の強化合宿は特に熱が入る。
みんなのやる気もこれまでにないぐらいだった。
合宿はキツかったし通常の練習の何倍もハードだったけど、各々の課題もクリアできた収穫のある合宿になったと思う。
さすがに体は疲れ、動く度にギシギシと筋肉が軋む音をたてるかのようぐったりしていた。
本当ならまっすぐ帰って休みたいところだけど、民宿のロビー売ってたちょっとしたお菓子を土産に、俺は琴音さんの住むアパートまで押し掛けようとしている。
疲れよりも会いたい気持ちのが勝って『今からお土産渡しに行くから待ってて』と、メールを1通送っておいた。
もちろん、土産を渡したいだなんてのは会うための口実だ。
一方的なメールに苦笑している彼女を想像して胸が温かくなる。
「来るの知ってたらちゃんと片付けて待ってたのに」とかブツブツ言いつつも迎え入れてくれるに違いない。
しかし、メールの返信はすぐになかった。
もしかしたらこの時間はお風呂にでも入ってるんだろうか。風呂上がりの琴音さんが見れたらラッキーだ。もしくは、まだ外出中?
もし、行ってみて留守なら帰ってくるまで待ってようかな。迷惑、かな?
――なんてことを考えながら歩いていたら、あっと言う間に彼女のアパートに到着した、ら、
「んな…っ!」
相変わらず、彼女は俺の予想の斜め45度を行く。
そう、そのまま予想は突き抜けて大気圏を出てしまうほどに。
彼女のアパートの部屋の扉まで辿り着くと、ドア前で琴音さんは座り込んでいた。
それを見た瞬間、咄嗟に彼女に駆け寄ったが、ある音によって俺の開いた口は塞がらなかった。
すうすう、すうすうと、規則正しく繰り返されるその音は、寝息。
彼女は自分の部屋の前で寝息をたてて眠っていた。
信じられないことに、玄関のドアには自室の鍵が差しっぱなし。
きっと鍵を開けて入ろうとしたところに激しい睡魔に襲われてその場に座り込んでしまったのだろう。そして寝た。
まぁこんなことは誰にだってよくあることだ――って、いやいやいや、ねぇっスよ、これは!
もし俺が見つけなかったら変な奴に襲われてたかもしれないし、鍵も指しっぱなしだし泥棒に部屋に入られてたかもしれないのに、この人は危機感をいったいどこの道端に落としてきてしまったのか。
今すぐ拾いにいって彼女に戻して、今度こそしっかり持ってもらわないと。
話しかけてもすぐに起きてくれそうになかったので、とりあえず俺は琴音さんをそっと抱え上げ部屋に入った。
おそるおそる部屋に入り、電気をつける。
部屋の中に誰もいないことを確認すると俺はようやく息をついた。
よかった。本当に今日来てよかった。
俺が来てなかったらどうなっていたことか…嫌な想像ばかりが浮かんでゾッとした。
アパートには他の人も住んでいるのだ。もちろん、男だって。
琴音さんの部屋に入るのは初めてではないけれど、入る度にドキドキしてしまう。
先程までひやひやしていたのに、今度は違う意味で心臓が高鳴った。
女子の部屋にしては物が少なく、ファンシーな小物もあまり置いてないシンプルな部屋だが、俺はこういう部屋、嫌いじゃない。
寝ている琴音さんをベッドに横たわらせると、俺は座り込んで寝顔を見つめた。
頬が赤く、寝息から少しアルコールの香り。大学の友達と飲み会でも行ってたんだろうか。
『WCが終わるまでキス以上のことは一切させない』とルールを決めるぐらいガードが固い彼女が、まさか自分が19歳なのに故意に酒を飲むはずがない。ウーロン茶とウーロンハイを店員が間違えて持ってきてそれに気づかず飲んで、酔っぱらった。まぁそんなところだろう。
ドアの前で寝てるってのは予想外過ぎたけど、そこまでに至る経緯は単純に予想がついた。
「ドジっ子にもほどがあるっスよ」
寝顔を見つめながら指で前髪を撫でると、むにゃむにゃと彼女の口が動いた。ネコみたいだな。
癒しオーラがこの空間に満たされて、疲れが吹っ飛びそうだ。
クス、と小さく笑ったと同時に、琴音さんの目がパチリと急に開いた。
その瞳はきょろきょろと左右を見渡てから俺を捉えて、バチリと目が合う。
俺の肩がビクリと震え、しばらく目が合ったまましばらく沈黙。何か言葉を発してこの沈黙を破らなければならないような気がした。
「お土産渡そうと思って俺が来たら琴音さんがドアの前でしゃがみこんで寝てるし、ドアに鍵も差しっぱなしだし!もー何やってるん……ス、…か?」
呆れ口調は最初の方だけで、俺の声量は徐々に小さくなり、目を見開いて口を開けたまま固まった。
琴音さんは俺の言葉など聞く耳を持たず、低い唸り声をあげて寝ぼけ眼で半身を起こし、上に着ていたチュニックとキャミソールを脱ぎ始めた。
脱いで、その服たちをベッドの上に投げ散らかした。
「あつい」
唇を歪ませてむにゃむにゃと寝言みたいに唸り、琴音さんはそのまま眠たそうな瞳でこちらを見ていた。
目の前には好きな子がベッドの上で、ショートパンツはさすがに脱がなかったものの上半身はブラだけの状態。
ピンクの、フリフリのリボンがついた可愛いやつ。
部屋はシンプルなのに下着は意外とファンシーだということを、今知った。目が一点に釘付けになる。
未だ触らせてもらったことのない彼女の胸は、思っていたより大きくて柔らかそうで、触りたい…って、そうじゃない、そうじゃないだろ。
会いたくて、そのための口実で土産を届けにきたはずなのに――どーゆー状況??
「ちょ!琴音さん!嬉しいけど!ふ、服着て!?」
「…りょーたくん。なぜ?」
小首をかしげて前のめりに俺との距離をつめてくる琴音さんに、俺は目を白黒させながら胡座を崩し後ずさる。
谷間が目の前に、目の前に谷間が。いや、見てはいけない、見続けたら俺の理性ははじけ飛ぶ。
そもそも、彼女との間のルールがなければきっともう俺から手を出していたと思う。
互いを求めて夢中になってしまえばきっとWCへの集中の妨げになるから、と、全ては俺を気遣ってのルールなわけだから無下にするわけにもいかず、その条件にもちろん承諾はしたのだが。
男と女では忍耐にも差がある、って、琴音さんは気づいてんスか?
はじめて自分から好きになった女の子に迫られて理性が保つ男なんてそうそういないのに。
「酔っぱらってんスね!?でなきゃこんな…っ!」
ドサ、っという音と共に、視界に天井が映る。
俺に詰め寄ってきた琴音さんはついにベッドの端から落っこちてそのまま俺に多い被さってきた。
その拍子にバランスを崩した俺は結果、彼女に押し倒される体勢になってしまった。
彼女は力を抜いて遠慮なしにそのまま体重を俺に預けている。
あーもう!人の気持ちも知らないで、生殺しなんてひどいっス!…って怒鳴ってやりたくなったが、柔らかなその感触が自分の心臓の上に乗っかっていて、心臓がバクバクと忙しなく鳴り始めた。
瞬時に、顔が赤くなるのが自分でもわかった。
叫ぶ声もでない。いつもは俺の方が彼女を赤面させてるってのに、今日は逆だ。
気がついたら覆い被さられてしまったわけだが、ベッドから落っこちてきたときに抱き止めようと反射的に伸びた手が今、彼女の背中に触れている。
直の肌の感触。手を動かしてすべすべしているのを確認してしまった時に、ブラのホック部分の感触が指を掠めた。
ドッ、と一際心臓が大きく、高鳴る。
俺の上で無防備に目をトロンとさせている琴音さんがこちらを見ていた。
酔っぱらっていたとしても、だ。その気がなけりゃ脱いだりしないだろう。
…していいの?
誰に許可を得たつもりでもない。自分にそう言い聞かせて、気がつくと俺は指を曲げてホックに手をかけていた。
しかしその直後、琴音さんが唸ったので俺は慌てて手を離した。
う、うぉぉ……あ、あぶなかった…!
ドバッと、顔から、背中から汗が再び吹き出た。
な、な、何やってんだ!約束しただろ、WCまで手は出さないって。
二人の間のルールを、琴音さんが意図せず酔っ払ってる時に破るつもりか。
いや、しかし、でも、この状況で我慢は――
数秒の間で俺は、もう一人の俺と対峙しつつ押し問答を繰り返す。
理性を守るための葛藤も虚しく、柔らかな感触に否応なしに下半身が反応する。高ぶりに負けてしまう。ダメだ、ダメだ、オレの…!
「りょーたくん」
固く目を閉じていたのだが優しい声に名前を呼ばれて目を開くと、目前に琴音さんの顔。
鼻先が触れるほどの距離で彼女は薄く笑っていた。ただ、いつもの声よりもっと優しくてゆっくりで甘い呼び方。
まだ酔っていることは明確だった。
「ハ、…ハイ」
思わず敬語で返事をしてしまった。主導権が今日は完全に彼女だ。
ハッキリ断言するとすれば、あの二人の間のルールがなければもうとっくに襲ってるとこだ。多分。
石のように動けなくなった俺に琴音さんはキスを…しそうで、しない。
何度か触れないようなキスのフリをしたあと、彼女は俺の肩に顔をうずめる。
ふふふ、と彼女が少し笑うと首筋にその息がかかって、俺は肌はぞわりと粟立った。
ていうかこれ、本当に酔ってる?俺、試されてるんスか?これがわざと俺の理性を試しているんだとしたら、もう、これはタダじゃおかない。
…と、俺の脳内でさらによからぬ考えが頭を過ぎったその時、彼女は耳元でこう囁いた。
「おかえり。合宿、おつかれさま…」
そしてそのまま、再びすうすうと彼女が眠りについたオチは、言うまでもない。
――こんなオチ、どっかでわかってたような気はするんスけど…。
はぁ、とため息をついて心の中でボヤいてから、俺は自分の熱が何とか納まるのを待ってから、再び琴音さんをベッドへと横たわらせた。
なるべく彼女の下着姿が自分の視界に入らないように、その上にスポーツバッグに入れておいた未使用の予備ジャージの上着を体にかけた。
ベッドの上にあるタオルケットをかけてあげればよかったのに、何故わざわざジャージをかけたかというと、せめて俺がここにきたという痕跡を残すためのただの意地悪だ。
だって、あんだけ理性を揺らされたんだ。このぐらいお返ししてもバチは当たらないスよね。
□ □ □
鍵をかけて、その鍵を外からポストに入れ、メールを1通送って、俺はアパートを後にした。
琴音さんが目を覚ましたらどんな顔をするだろう。酔っていた時の記憶があるにしてもないにしても、慌てふためくどころの騒ぎではないかもしれない。
顔を真っ赤にして恥ずかしがってしまうんだろう。
想像したら、俺は帰り道を歩きながら笑いが込み上げてきて吹き出した。
通りすがりざまに歩いていたサラリーマンに不審な目で見られてしまったけれど、気にしない。
ジャージを返してもらう時、彼女のことだから精一杯謝ってくるだろう。
恥ずかしさから俺の顔を見れず目も合わせてくれなかったとしても、キスの1つくらいは貰うつもりだ。