短編・中編
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sweet heart
家庭の事情で、都内で一人暮らしをはじめた先月。引っ越しが無事終わるも忙しい日々が続いた。特にここ最近は、大学にバイトにと目まぐるしくも充実した日々。帰宅が遅くなるのもしばしば。今日はたまたま夜七時頃帰宅できたので、久々に自炊しようと夕飯を作っているときに玄関のインターホンが鳴った。
荷物の宅配予定もないはずだけれど、こんな時間に誰だろう…?女の一人暮らしは物騒と聞いていたので、警戒しつつチェーンをかけてドアを開けると、突然の来訪者が満面の笑みで立ってた。
「毎度っス!黄瀬涼太くんをお届けにあがりました!」
隙間から見えた眩しいイケメンの笑顔。上下とも海常バスケ部のジャージ姿の彼が目に飛び込んできた。が、私はジト目で一瞥してから静かにドアを閉めた。外から「えええ!?」と驚きの声が上がる。何でそこで閉めるの!?という悲痛な声がさらにドアの外から聞こえたが、私はドアを開けようとしなかった。
直後、五回立て続けにインターホン鳴らされてしまったので、ようやくチェーンを外してドアを開けた。
そこにはしょんぼりとした涼太くんの姿。彼に犬耳がついていたら間違いなくしょんぼりと垂れていただろう。
「何でいわじるするんスかぁ」
「ごめんごめん、からかいたくなっちゃった。さ、どうぞ入って」
「…おじゃましまーす」
私が笑うのを堪えていると涼太くんはまだ落ち込んだ様子で部屋に入ってきた。私に意地悪されたのがそんなに悲しかったのだろうか。ちょっとからかっただけなのに、いちいちかわいいな可愛い。
とりあえず何か飲み物でも用意しようと思ったのも束の間、後ろから抱きしめられた。
ちょっとやそっとの力じゃ振り切れないほどの力なので、私はおとなしく抱きしめさせることにした。
私より背も20cm以上高いので、抱きしめられているというよりは包まれている感じに近かった。
包まれる、包まれる…まるで餃子の皮に包まれている具のような気分。夕飯は、餃子もいいなぁなんて思ったりして。
「この感じ、久しぶりっスね」
「そうだね。最近お互い忙しくて会えてなかったからね」
「ホント、一日が48時間あったらいいのに…」
48時間あったらあっただけ、限界まで練習に没頭してしまうのでは?と思ったが、私は口には出さなかった。
海常バスケ部はWCに向けて練習がさらにハードになり、涼太くんはモデルの仕事もそっちのけで練習に集中して毎日遅くまで部活に打ち込んでいる。
お付き合いをするにあたり、夏を過ぎてから二人の間で決めた約束事がある。
ひとつ・練習で疲れている時は無理して会わないこと。
ふたつ・お互い都合がつかない時は『会いたい』と我儘言わないこと。
ふたつ目の約束は、「そんなかわいいワガママなら言ってもらったほうがいいっスよ」って言われたけれど、約束は約束。そりゃ会えない日が続いて寂しくても、私は決して約束を破ることはなかった。会いたいと願ってすぐ会えるならばいい。
それが実現出来ないのに口にするなんて、寂しさやもどかしさがより募ってしまうから。言葉にするとしないとでは、実感のレベルが違う。
それと、忙しいのは涼太くんだけではないのも理由のひとつ。
大学の授業、その後にバイトをしつつ私も忙しくなって来て、その上この時期に急に決まった一人暮らし。引っ越しのせいでバタバタして、ここ最近はさらに二人の会える頻度は減っていた。
そして今日、久々に会えたというのに、涼太くんの相変わらずのテンションのまま訪問。思わずそれを見てガチャリとドアを閉めて意地悪してしまった私。本当は突然やってきて驚いたし嬉しかったのに、気持ち高まった結果ドアを一端閉めてしまった。
普通の女の子なら、嬉しくて自分から抱きつくシーンだろう。
私にはそれは出来ない代わりについ、意地悪したくなってしまうのだ。
会えない時間がもどかしかったと言わんばかりに「うううーー」っと唸りながら、私の髪に頬をすり寄せてくる涼太くん。
後ろから抱きしめられている手は私のお腹に回っていた。
大きな手の平は私のお腹を撫でてきて、くすぐったいよ、と言っても止める様子もなく、涼太くんはご機嫌に鼻歌交じりで私の髪にキスを落とした。
そして、手が少しずつ上に上がってきて胸を包むような手の形で触ろうとした時、私は涼太くんの頬を後ろ手で容赦なくつねってやった。
思い切り、ぎゅむっと、イケメンの顔をつねってしまった。
しかし悪いことをしたとは思わない。こういうことは、早めに制止しないと調子乗って触ってくるのを分かっているから私は早めに対策を打つことにしている。
「いだっ…!」
「はい、サービスタイムおしまいでーす」
苦痛の声を漏らす彼の隙をついて腕をすり抜けると、私はキッチンの方へ戻った。これから夕飯を作るところだったのだ。
涼太くんも夕飯まだなら食べる?、と聞くと、彼はつねられた頬を押さえながら頷いた。痛がってはいるが、表情は嬉しそう。
このWC前の大事な時期に色んな事で依存してはいけないとか、色々私の中での葛藤をした結果、キスは許してもそれ以上はまだ許してはいないのだ。
――それにしても。
来るとわかっていればもう少しまともな料理でもご馳走できたのに…。突然やって来たものだからロクな食材がない。自分一人しか食べないと思っていたので本当に簡単なものを作る程度の材料しかなかった。申し訳ないなと思いつつも、とりあえず私は冷蔵庫にあった具材を切り始めた。
チャーハンをささっと作ってあとは、たまごスープ、かなぁ。
時間をかけずに作る簡単料理というと私の定番はコレだ。あとは、焼くだけの冷凍の餃子もあったはず。材料がないから、彼の好物のオニオングラタンスープが作ってあげられなくて、私も残念。
晩ご飯を作っている間、涼太くんにはテレビでも見て寛いでもらうことにした。きっと練習後にそのままやって来たんだろう。その証拠に上下ジャージ姿のままだ。チャーハンを炒めつつ、後ろを振り返るとテレビはついてるのに涼太くんは私を見てニタニタしていた。
「テレビ見ないの?ごはん出来るまで横になっててもいいんだよ?」
「いーのいーの。テレビよりカノジョが料理してる後ろ姿見てたほうが癒されるから」
ふーん…と、素っ気なく返して私はまた炒める作業に戻った。
背後からの視線を感じると集中できないけれど、料理中は手元が狂わないように気を付けなければ。
本当は嬉しいけれど、照れた顔を見せまいと私はひたすら料理に集中したら、おかげで完成時間がだいぶ短縮された。
涼太くんは料理ができあがるまで本当に終始、私の後ろ姿を見ていたようだった。
長い人生の中、イケメンに長い時間後ろ姿を見つめられる機会もそうそうないだろうな。できた料理を運ぶと満面の笑みで喜ぶ彼。練習後で疲れてるはずなのにテンション高めだ。そこまで喜んでもらえると作った甲斐があったと、私も嬉しくなった。
□ □ □
夕飯を食べて、テレビを見つつ少し食休みをしてから片づけをした。私が食器を洗って涼太くんが拭く係。
手伝わなくてもいいよと言ったけれど、彼は「作るのまで全部やってもらったのに、何もしないわけにはいかない」と食い下がった。
そのおかげで片づけも早く終わって、私たちはコーヒーを飲みながら二人並んでソファに座りながらまったりとした時間を過ごした。
会えない間、お互いに話したい話も聞きたい話も積もる。
テレビは何となくつけているものの、微かなBGMの代わりだ。
時間はあっという間に過ぎていき、時計の針は11時近くになっていた。お家の人も心配するし、もう少し経ったら帰さないとなぁ。
最近の部活の話が一区切りついたところで、涼太くんはハァァと、長く、大袈裟なため息をついた。
そして、ごめんね、と一言。
…なんで謝るの?何か悪いことでもしたの?
私は訝しげな表情で小首をかしげながらその意味を訪ねた。
「ホントはもっとこーゆー時間を作りたいなって思ってるんスよ。でもそれが出来てないのが現実で…最近はちゃんとしたデートもできてないしさぁ」
「別に気にしてないよ?それより今は練習のが大事だよ」
「そう言ってもらえるのはありがたいんだけど…琴音さんは物わかり良すぎっス。オレはそんなに大人になれないよ」
再び彼はため息をついた。
物わかりがいいという私を責めているわけじゃない。どちらかというと、聞き分けのない子供のような感情を抱く自分が情けないといったような、自省するため息だ。
学校も練習も今ではほとんど減らしているモデルの仕事も、彼にとっては必要なものだから――『仕方ない』。
この言葉が思わず出そうになったが、私は飲み込んだ。
今、それを言っても涼太くんを慰めにもならず、一言で簡単に割り切れるわけもないだろうから。
私だって大人なんかじゃない。
しかし事実、彼より年上なわけだから、涼太くんよりは大人だとして…、ならば、何と言えば彼に安堵感を与えられるのか?
なんて――本当はわかっているくせに、と私は自分を胸中で責めた。素直になれない自分を呪いたくなる。
素直になれないのは恥ずかしいから。
可愛いことを言っても自分には似合わないと卑屈になってしまうから。
だから、彼が私にくれる甘い言葉のほんの少しも返せていないのだ。
――でも、今日は頑張りたい。ほんの少しでも返せるように。
「気にしてないとは言ったけど、寂しくないとは言ってないよ」
呟くような小さな声に、彼は目を見開いて反応した。
今までも、心の奥底では伝えたいことがあるのに、声にならず、喉から出てこなかったことは何度もあった。
ただ、今度会えるのはいつになるのか…と思うと、胸が締め付けられるように苦しい。ずっと思っていたことを伝えるならば、今だ。
「本当は、すごく寂しかった。会えなくて寂しかったよ。…涼太くんに、会いたかった」
喉から絞り出すように私は告げた。告げると言うにはハッキリとはしていない声量と、たどたどしい口調になってしまった。
視線は泳ぎ、チラチラと彼の目と、自分の足元を見るのが精一杯。
顔の熱っぽさを感じて自分の頬を触ってみるとやっぱり熱かった。
「………へ?」
涼太くんを見ると彼は瞬きするのも忘れて、しばらく間をおいてから間の抜けた声をあげた。
それから、ハッ!としたように呆けていた顔が一気に真顔に戻って涼太くんは私に詰め寄ってくた。
二人掛けの狭いソファなので私は後ろに行き場がなく、前のめりに驚く彼に対し体勢を少し仰け反らせた。
ち、近い。
「…で、で、デレた!?何スかどうしたんスか急に!もっかい言って!?」
「も、もう言わない。デレたわけじゃないし。いつも思ってることだよ」
「…普段そーゆーこと言わない分、攻撃力はんぱないっス…」
ずい、と迫ってくる涼太くんに、私はソファの上で半ば押し倒されたようになってしまった。ドッ、と心臓が高鳴る。
「そんなこと言われると帰りたくなくなるよ?」
彼の顔が近づいてきて私は自然と目を閉じた。唇が触れて離れて、また触れる。
角度を変えてまた唇が重ねられようとした時、私は彼の頬をやんわりとつねった。
ダメ、と制止の意味というのは彼もわかっているが、どうもこのタイミングでそれをやられると拗ねずにはいられないようだ。
涼太くんはムスッとした表情になって唇を尖らせた。
私が一人暮らしをはじめたとはいえ、それを利用しない手もないのだけれど…そういう問題じゃない。
帰りたくなくても、帰さなくてはいけない。
それはお互いにわかっていた。時計の針はちょうど11時だった。
離れるのが名残惜しいというのに涼太くんは押し倒したままの私をギュッと抱きしめた。
あと数秒、こうしたら彼は素直に離れるだろう。
「年末、色んな事が終わって落ち着いたらうちに泊まりにおいで」
「…泊ま…………」
この離れがたい寂しさの救済処置として私がそう告げると、彼は間の抜けた声を出して固まった。
「もう言わない」
「い、今聞いたから!絶対に絶対の約束!」
「はいはい」
「WC優勝と共に俺をお届けするッスよ」
「そしたらまた今日みたいにドア閉めるね」
「ひど…っ!」
抱きしめられたまま吹き出して、私は笑った。
涼太くんのしょんぼりした声とか落ち込む声が、なんだか面白くて可愛くて。私の笑い声につられて涼太くんもクッ、と笑い出した。
ああ、あたたかい気持ちで心が満たされていくなぁ。
お互いの心が繋がっているならきっと大丈夫。会えない時間も寂しさも乗り越えていけると思った。
家庭の事情で、都内で一人暮らしをはじめた先月。引っ越しが無事終わるも忙しい日々が続いた。特にここ最近は、大学にバイトにと目まぐるしくも充実した日々。帰宅が遅くなるのもしばしば。今日はたまたま夜七時頃帰宅できたので、久々に自炊しようと夕飯を作っているときに玄関のインターホンが鳴った。
荷物の宅配予定もないはずだけれど、こんな時間に誰だろう…?女の一人暮らしは物騒と聞いていたので、警戒しつつチェーンをかけてドアを開けると、突然の来訪者が満面の笑みで立ってた。
「毎度っス!黄瀬涼太くんをお届けにあがりました!」
隙間から見えた眩しいイケメンの笑顔。上下とも海常バスケ部のジャージ姿の彼が目に飛び込んできた。が、私はジト目で一瞥してから静かにドアを閉めた。外から「えええ!?」と驚きの声が上がる。何でそこで閉めるの!?という悲痛な声がさらにドアの外から聞こえたが、私はドアを開けようとしなかった。
直後、五回立て続けにインターホン鳴らされてしまったので、ようやくチェーンを外してドアを開けた。
そこにはしょんぼりとした涼太くんの姿。彼に犬耳がついていたら間違いなくしょんぼりと垂れていただろう。
「何でいわじるするんスかぁ」
「ごめんごめん、からかいたくなっちゃった。さ、どうぞ入って」
「…おじゃましまーす」
私が笑うのを堪えていると涼太くんはまだ落ち込んだ様子で部屋に入ってきた。私に意地悪されたのがそんなに悲しかったのだろうか。ちょっとからかっただけなのに、いちいちかわいいな可愛い。
とりあえず何か飲み物でも用意しようと思ったのも束の間、後ろから抱きしめられた。
ちょっとやそっとの力じゃ振り切れないほどの力なので、私はおとなしく抱きしめさせることにした。
私より背も20cm以上高いので、抱きしめられているというよりは包まれている感じに近かった。
包まれる、包まれる…まるで餃子の皮に包まれている具のような気分。夕飯は、餃子もいいなぁなんて思ったりして。
「この感じ、久しぶりっスね」
「そうだね。最近お互い忙しくて会えてなかったからね」
「ホント、一日が48時間あったらいいのに…」
48時間あったらあっただけ、限界まで練習に没頭してしまうのでは?と思ったが、私は口には出さなかった。
海常バスケ部はWCに向けて練習がさらにハードになり、涼太くんはモデルの仕事もそっちのけで練習に集中して毎日遅くまで部活に打ち込んでいる。
お付き合いをするにあたり、夏を過ぎてから二人の間で決めた約束事がある。
ひとつ・練習で疲れている時は無理して会わないこと。
ふたつ・お互い都合がつかない時は『会いたい』と我儘言わないこと。
ふたつ目の約束は、「そんなかわいいワガママなら言ってもらったほうがいいっスよ」って言われたけれど、約束は約束。そりゃ会えない日が続いて寂しくても、私は決して約束を破ることはなかった。会いたいと願ってすぐ会えるならばいい。
それが実現出来ないのに口にするなんて、寂しさやもどかしさがより募ってしまうから。言葉にするとしないとでは、実感のレベルが違う。
それと、忙しいのは涼太くんだけではないのも理由のひとつ。
大学の授業、その後にバイトをしつつ私も忙しくなって来て、その上この時期に急に決まった一人暮らし。引っ越しのせいでバタバタして、ここ最近はさらに二人の会える頻度は減っていた。
そして今日、久々に会えたというのに、涼太くんの相変わらずのテンションのまま訪問。思わずそれを見てガチャリとドアを閉めて意地悪してしまった私。本当は突然やってきて驚いたし嬉しかったのに、気持ち高まった結果ドアを一端閉めてしまった。
普通の女の子なら、嬉しくて自分から抱きつくシーンだろう。
私にはそれは出来ない代わりについ、意地悪したくなってしまうのだ。
会えない時間がもどかしかったと言わんばかりに「うううーー」っと唸りながら、私の髪に頬をすり寄せてくる涼太くん。
後ろから抱きしめられている手は私のお腹に回っていた。
大きな手の平は私のお腹を撫でてきて、くすぐったいよ、と言っても止める様子もなく、涼太くんはご機嫌に鼻歌交じりで私の髪にキスを落とした。
そして、手が少しずつ上に上がってきて胸を包むような手の形で触ろうとした時、私は涼太くんの頬を後ろ手で容赦なくつねってやった。
思い切り、ぎゅむっと、イケメンの顔をつねってしまった。
しかし悪いことをしたとは思わない。こういうことは、早めに制止しないと調子乗って触ってくるのを分かっているから私は早めに対策を打つことにしている。
「いだっ…!」
「はい、サービスタイムおしまいでーす」
苦痛の声を漏らす彼の隙をついて腕をすり抜けると、私はキッチンの方へ戻った。これから夕飯を作るところだったのだ。
涼太くんも夕飯まだなら食べる?、と聞くと、彼はつねられた頬を押さえながら頷いた。痛がってはいるが、表情は嬉しそう。
このWC前の大事な時期に色んな事で依存してはいけないとか、色々私の中での葛藤をした結果、キスは許してもそれ以上はまだ許してはいないのだ。
――それにしても。
来るとわかっていればもう少しまともな料理でもご馳走できたのに…。突然やって来たものだからロクな食材がない。自分一人しか食べないと思っていたので本当に簡単なものを作る程度の材料しかなかった。申し訳ないなと思いつつも、とりあえず私は冷蔵庫にあった具材を切り始めた。
チャーハンをささっと作ってあとは、たまごスープ、かなぁ。
時間をかけずに作る簡単料理というと私の定番はコレだ。あとは、焼くだけの冷凍の餃子もあったはず。材料がないから、彼の好物のオニオングラタンスープが作ってあげられなくて、私も残念。
晩ご飯を作っている間、涼太くんにはテレビでも見て寛いでもらうことにした。きっと練習後にそのままやって来たんだろう。その証拠に上下ジャージ姿のままだ。チャーハンを炒めつつ、後ろを振り返るとテレビはついてるのに涼太くんは私を見てニタニタしていた。
「テレビ見ないの?ごはん出来るまで横になっててもいいんだよ?」
「いーのいーの。テレビよりカノジョが料理してる後ろ姿見てたほうが癒されるから」
ふーん…と、素っ気なく返して私はまた炒める作業に戻った。
背後からの視線を感じると集中できないけれど、料理中は手元が狂わないように気を付けなければ。
本当は嬉しいけれど、照れた顔を見せまいと私はひたすら料理に集中したら、おかげで完成時間がだいぶ短縮された。
涼太くんは料理ができあがるまで本当に終始、私の後ろ姿を見ていたようだった。
長い人生の中、イケメンに長い時間後ろ姿を見つめられる機会もそうそうないだろうな。できた料理を運ぶと満面の笑みで喜ぶ彼。練習後で疲れてるはずなのにテンション高めだ。そこまで喜んでもらえると作った甲斐があったと、私も嬉しくなった。
□ □ □
夕飯を食べて、テレビを見つつ少し食休みをしてから片づけをした。私が食器を洗って涼太くんが拭く係。
手伝わなくてもいいよと言ったけれど、彼は「作るのまで全部やってもらったのに、何もしないわけにはいかない」と食い下がった。
そのおかげで片づけも早く終わって、私たちはコーヒーを飲みながら二人並んでソファに座りながらまったりとした時間を過ごした。
会えない間、お互いに話したい話も聞きたい話も積もる。
テレビは何となくつけているものの、微かなBGMの代わりだ。
時間はあっという間に過ぎていき、時計の針は11時近くになっていた。お家の人も心配するし、もう少し経ったら帰さないとなぁ。
最近の部活の話が一区切りついたところで、涼太くんはハァァと、長く、大袈裟なため息をついた。
そして、ごめんね、と一言。
…なんで謝るの?何か悪いことでもしたの?
私は訝しげな表情で小首をかしげながらその意味を訪ねた。
「ホントはもっとこーゆー時間を作りたいなって思ってるんスよ。でもそれが出来てないのが現実で…最近はちゃんとしたデートもできてないしさぁ」
「別に気にしてないよ?それより今は練習のが大事だよ」
「そう言ってもらえるのはありがたいんだけど…琴音さんは物わかり良すぎっス。オレはそんなに大人になれないよ」
再び彼はため息をついた。
物わかりがいいという私を責めているわけじゃない。どちらかというと、聞き分けのない子供のような感情を抱く自分が情けないといったような、自省するため息だ。
学校も練習も今ではほとんど減らしているモデルの仕事も、彼にとっては必要なものだから――『仕方ない』。
この言葉が思わず出そうになったが、私は飲み込んだ。
今、それを言っても涼太くんを慰めにもならず、一言で簡単に割り切れるわけもないだろうから。
私だって大人なんかじゃない。
しかし事実、彼より年上なわけだから、涼太くんよりは大人だとして…、ならば、何と言えば彼に安堵感を与えられるのか?
なんて――本当はわかっているくせに、と私は自分を胸中で責めた。素直になれない自分を呪いたくなる。
素直になれないのは恥ずかしいから。
可愛いことを言っても自分には似合わないと卑屈になってしまうから。
だから、彼が私にくれる甘い言葉のほんの少しも返せていないのだ。
――でも、今日は頑張りたい。ほんの少しでも返せるように。
「気にしてないとは言ったけど、寂しくないとは言ってないよ」
呟くような小さな声に、彼は目を見開いて反応した。
今までも、心の奥底では伝えたいことがあるのに、声にならず、喉から出てこなかったことは何度もあった。
ただ、今度会えるのはいつになるのか…と思うと、胸が締め付けられるように苦しい。ずっと思っていたことを伝えるならば、今だ。
「本当は、すごく寂しかった。会えなくて寂しかったよ。…涼太くんに、会いたかった」
喉から絞り出すように私は告げた。告げると言うにはハッキリとはしていない声量と、たどたどしい口調になってしまった。
視線は泳ぎ、チラチラと彼の目と、自分の足元を見るのが精一杯。
顔の熱っぽさを感じて自分の頬を触ってみるとやっぱり熱かった。
「………へ?」
涼太くんを見ると彼は瞬きするのも忘れて、しばらく間をおいてから間の抜けた声をあげた。
それから、ハッ!としたように呆けていた顔が一気に真顔に戻って涼太くんは私に詰め寄ってくた。
二人掛けの狭いソファなので私は後ろに行き場がなく、前のめりに驚く彼に対し体勢を少し仰け反らせた。
ち、近い。
「…で、で、デレた!?何スかどうしたんスか急に!もっかい言って!?」
「も、もう言わない。デレたわけじゃないし。いつも思ってることだよ」
「…普段そーゆーこと言わない分、攻撃力はんぱないっス…」
ずい、と迫ってくる涼太くんに、私はソファの上で半ば押し倒されたようになってしまった。ドッ、と心臓が高鳴る。
「そんなこと言われると帰りたくなくなるよ?」
彼の顔が近づいてきて私は自然と目を閉じた。唇が触れて離れて、また触れる。
角度を変えてまた唇が重ねられようとした時、私は彼の頬をやんわりとつねった。
ダメ、と制止の意味というのは彼もわかっているが、どうもこのタイミングでそれをやられると拗ねずにはいられないようだ。
涼太くんはムスッとした表情になって唇を尖らせた。
私が一人暮らしをはじめたとはいえ、それを利用しない手もないのだけれど…そういう問題じゃない。
帰りたくなくても、帰さなくてはいけない。
それはお互いにわかっていた。時計の針はちょうど11時だった。
離れるのが名残惜しいというのに涼太くんは押し倒したままの私をギュッと抱きしめた。
あと数秒、こうしたら彼は素直に離れるだろう。
「年末、色んな事が終わって落ち着いたらうちに泊まりにおいで」
「…泊ま…………」
この離れがたい寂しさの救済処置として私がそう告げると、彼は間の抜けた声を出して固まった。
「もう言わない」
「い、今聞いたから!絶対に絶対の約束!」
「はいはい」
「WC優勝と共に俺をお届けするッスよ」
「そしたらまた今日みたいにドア閉めるね」
「ひど…っ!」
抱きしめられたまま吹き出して、私は笑った。
涼太くんのしょんぼりした声とか落ち込む声が、なんだか面白くて可愛くて。私の笑い声につられて涼太くんもクッ、と笑い出した。
ああ、あたたかい気持ちで心が満たされていくなぁ。
お互いの心が繋がっているならきっと大丈夫。会えない時間も寂しさも乗り越えていけると思った。