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ピカピカの魔法
►財前光
四月二十九日、祝日・昭和の日――部活も休みの本日。ギリギリ昭和生まれの俺と、言わずもがな昭和生まれの琴音さんは、二人で買い物へ出かけることになった。
キッカケは『勝負服を買いたいから一緒に見に行って欲しい!』と俺に懇願してきた彼女の一言がはじまり。部室でたまたま二人きりになった時に頼まれ、成り行きで買い物の付き添いとなったワケや。片思い中の相手と二人きりで出かけるという一大イベントを約束したものの、琴音さんが俺を誘った理由は“センスが良いから”という理由に他ならない。それでも二人で会えることには変わりないが、素直に喜べるほどピュアな気持ちはもう持ち合わせとらん。なのに何でOKしてまうんや、俺。アホか。そもそもなんやねん、勝負服て。鼻で笑って聞き流すことも出来たのに、断れないのも惚れた弱みか。
でもって当日に、律儀に待ち合わせ時間前に到着してる自分が居る。春晴れのあたたかな陽気の中で欠伸を噛み殺し、イヤホンで音楽を聴きながら駅前で琴音さんを待っていた。昨夜は妙に緊張して眠れなかったせいで、今頃眠気が襲って来とる。彼女を前にしたら嫌でもシャキッと目覚めることやろうからまぁ心配ない。
琴音さんは十分ばかり遅刻してやって来た。こんぐらいの遅刻なら想定内。相手が俺やからよかったけど、せっかちな謙也さんやったら怒っとるやろなァ。内心で毒づきながらイヤホンを外して、こちらに駆け寄ってくる彼女の方へ歩き出した。
「ごめんね、お待たせしました…!」
「琴音さん、頼んだ方が待たせんのなしやろ」
「ホントごめん!何かご馳走するから許して…!」
顔の前で両手をパチンを合わせる仕草を見たら、思わず許してあげたくなる。俺より6つも年上なのに、素直に真剣に謝ってしまうところも、琴音さんのかわいいとこやなんて思う。
「マクドじゃイヤですよ」と一言付け足したら、安堵した笑顔を向けて彼女はゆっくり頷いた。
実のところ、俺も女性と二人で出かけるのは初めてだったりする。男女のグループで出かけたりしたことはあったが、二人きりは経験がない。ましてや、意中の女性とやなんて。
ショップに連れて来られ、当たり前だが居るのは女性客ばかりで気後れしたが、今日は頼られてやって来たんだという事を思い出し、気合を入れ直した。今日は琴音さんの“勝負服”を買うという目的がある。買い物に付き合って欲しいと頼まれた時、反射的に二つ返事でOKしたのこともあって、納得いくまで付き合うつもりや。
彼女が熱心に洋服を選んでいる間、「その私服オシャレですね~」と店員に褒められたりもして、悪い気はしないが内心ドギマギした。俺もまだチューボーらしいとこあったんやなぁ。
「これどう?似合う?」
服をハンガーごと持って来ては鏡の前に立ち、自分の体にあててみる……のを1セットとしたら、琴音さんはもうこの店で8セットぐらいそれをやって迷っている様子だった。一生懸命な彼女には悪いが、まるでセンスのない組み合わせを持ってくるので「全部却下」とバッサリぶった斬った後、俺は適当な服をいくつか持ってきて合わせて見せた。
「あ、いいねそれ」
「あと、こんな組み合わせもアリやと思うんけど。これとも着回しできそやし」
「うん、かわいい!よく思いつくねぇ」
自分が選んだものに対して全部却下されたのも忘れ、琴音さんは目を爛々と輝かせて俺が選んだ服に感心していた。
「これにアイボリーのパンプスとか合うと思います」
「確かに!」
「あとこのベルトはこの色じゃない方がいいです。もっとアクセント効いた色で」
「うんうん!」
店の中であることを忘れて、ついファッションアドバイスが白熱し、その甲斐あって俺が選んだものを彼女はほとんどレジに持って行って購入していた。俺が店員やったらバカ売れやなぁ。才能あるかもしれん。その後も複数の店舗を回って、琴音さんが迷ったらアドバイスを繰り返し、勝負服とやらは揃ったようだった。
・・・・・・
休憩にと入ったスタバで、約束通り琴音さんは俺の分まで奢ってくれた。飲み物だけでなくマフィンも付けてくれた。甘いもん好きやからラッキーやなァ。
「今日は付き合ってくれてありがとう。おかげで大満足な買い物ができたよ。財前くんが選んだものほとんど買っちゃった。夏服も買えて、着るの楽しみだよ」
「そら、まいどおおきに。今後ともご贔屓によろしゅう」
「ふふっ、商売上手だね」
声を立てて笑う琴音さんはとても嬉しそうで、俺も協力してよかったなぁと心底思った。だが、ひとつ不満があるとすれば、『デート』と呼べるようなものじゃなかったこと。
今年の七月で十四歳になる俺、次の誕生日で十九歳になる琴音さん。これだけの歳の差や。弟が姉の買い物に付き合わされている図と言った方がしっくり来る。こんな時、白石部長のような大人びた顔立ちだったらなと思うし、千歳先輩ぐらい背が高かったら、きっと周囲から見える関係も違ったはずや。もっと早く生まれてば…なんて不毛な事を考えても仕方ないし、どうやっても埋まらない年の差にもどかしさを感じてしまう。
自分への苛立ちと劣等感が相まってガキっぽく口をついて出た言葉は、「今日って、デートですか?」という希望的な問いかけだった。すると、聞き返すような相槌が返ってきて、思わず口を噤んだ。感情まかせに発してしまった言葉は、声に出てしまった以上取返しがつかない。内心で慌てそうになるも、間を置かずに琴音さんからはバカ真面目な回答が返ってきた。
「財前くんは私に連れ回されただけだよ!?アドバイスもらえてすごく助かったけど…、デートってもっとお互い楽しいものだよ、きっと」
「俺はめっちゃ楽しかったですよ」
「…めっちゃ?」
小首を傾げて頭にハテナマークを浮かべながら、彼女はキャラメルフラペチーノをゴクリと飲んだ。ストローから唇を離し、考え込むように視線を左右に動かしてから、その視線は俺を真っ直ぐに見つめてくる。
「いや、めっちゃっ、ちゅーか、……わりと」
純粋な瞳に射すくめられたように、声が意図せず小さくなってしまった。天邪鬼な俺は、どうにも本音を隠してしまう。
「じゃあ次のおでかけは財前くんの行きたい場所に行こうよ。今度は私を連れ回していいからね」
思いがけず次の約束を取り付ける展開になり、俺は口元のニヤけを必死に堪えながら一言返すだけで精一杯やった。
「マジっすか」
チャンスはどこに眠っているかわらかないもんやなぁと思う。
でもきっと次も買い物になっちゃうような気がするよ、と、彼女は苦笑交じりに告げた。センスいいし色の組み合わせ考えるのも上手だし!って褒めるものだから、「ま、当たり前ッスわ」と俺は調子に乗ってみせた。
好きな人に褒められるはこんなに気分がいいもんなのか、とじんわり手の平が熱くなるのを感じる。
琴音さんは、俺と味の違うマフィンを自分用にも頼んだみたいで、それを半分に割って幸せそうに頬張る姿が、貝を割って食べるラッコと重なった。
「財前くんが選ぶものはみんな良く見えるよね。魔法みたい」
ラッコかわいいなぁってほのぼのしてたら、またしても虚を突くような発言に、ピアスに火がつくかと思うほど全身が熱くなった。
なんちゅー恥ずかしいことを言うんや、この人…!恥ずかしさ半分、嬉しさ半分で、赤くなった顔を見せたくなくて俺は俯いてしまった。いや、好きな相手にこんな言われたら普通こうなるて。
「…魔法なんて使うてませんよ。センス、です」
もぐもぐと口を動かし相槌を打てないまま、口角だけ上げて機嫌良く俺を見つめてくるものだから、俺は何だか堪らなくなって、話題を変えようと早口で捲くし立てた。
「だいたい勝負服なんてどこに着てくつもりやったんですか?好きな男んとこですか?出かける予定でも?」
咀嚼しながらも首を横に振って否定するが、微かに赤らんだ頬色を見逃さなかった。うまく誤魔化したつもりやろうけど、琴音さんの答えは、俺が彼女を好きになる前からとっくに分かっとった。
勝負服なんて買うのも、全部あんたが大好きなオサムちゃんのためやろうが。そんなんとっくの昔に知っとったつもりやったのに、改めて知って自分の首絞めてどないすんねん俺は。
――でも、こないな人そうそうおらへんし、諦められへんやろ。
「…この後、寄りたい店あるんでちょっと付きおうてもらいますよ」
・・・
・・・・・
・・・・・・
俺が生きてきた十三年間の経験をフル稼動させて、色々考えた。
たくさん悩んだし、これ以上悩んだら師範みたいな頭になってまうって思うぐらい悩んだ。途中、琴音さんのことで悩んでハゲるんも悪ないかなって思ったり――結局のところ、頭で考えるより行動が先走ってしまった。
スタバを出た後は再びショッピングモールに戻って、俺のリクエストでアクセサリーショップに寄ってもらった。購入したものをギフトとして包んでもらい、駅前で別れる際に、琴音さんの前に差し出した。リボンが装飾された小さな箱。“今日、でかけた記念に”…って、ベタな台詞と共に。正直、心臓はバクバクやった。
「えっ、いいよ!そんな…付き合ってもらったのは私の方なのに、貰えないよ」
「買った後にそないなこと言われるとキツイっすわ」
「だ、だって、好きな子に贈るプレゼント選んでるのかと思ってたんだよ?」
「細かい事は気にせんで、はよ受け取って下さい。俺が持っててもしゃーないんで」
彼女の手を取って無理矢理渡すと、琴音さんは申し訳なさそうにプレゼントを受け取ってくれた。多分、困らせてる。好意を押し付けるってこういうことを言うのかも知れん。今はそれでもええ。押し付ける以外、出来へんし。申し訳なさそうにしていたわりに、受け取ったら受け取ったで喜んでくれとるし、何度もお礼を告げられて照れくさくなってきた。
同級生の好きな子にプレゼントすると思い込んでいた琴音さんは、俺が選んだネックレスを素敵だねと絶賛していた。それを貰ったわけだから、嬉しそうな顔にも納得やな。
「今日はデートってことでええですよね?」
「デ………、えっ?」
「別れ際に、男から女へのサプライズプレゼントはデート以外ないです」
「そ、そうなの…?えーと、どうしよう…」
「嘘や嘘。いちいち関西人のジョーク、マジにしとったら持たへんよ」
冗談だとわかってホッとした様子の琴音さんを見て、幸せを見守る自分も何かと頼られるこの立ち位置も悪ないかなんてほんの少しだけ思った。まぁ、現状維持で終わる気もないし、オサムちゃんに負ける気なんてサラサラ無いけどな。
「今日買うたあのコーデに、そのネックレスつけたら勝負勝ち確っスわ」
小さく個装した箱を指差してニッと笑ったら、琴音さんは照れくさそうに微笑んだ。俺が選んだ服着て、魔法にかかったみたいにピカピカに可愛くなれば最高やな。そんでネックレスは特別な仕上げになれば、満点。
「惚れ直す」
「えっ?」
「…いやこっちの話」
オシャレした愛らしい彼女の姿を想像して口走った呟きは聞こえんかったようで、琴音さんは不思議そうに瞬きしていた。もう一度ハッキリと伝える勇気はまだない。でも、きっといつかちゃんと伝えたる。人を好きになるんに年上も年下も関係ないし。
人知れず胸中で決心し、俺は明後日の方を向いて小声で濁した。しかし、聞こえなかったのは幸か不幸か。琴音さん、なんぼなんでも耳遠すぎ。
►財前光
四月二十九日、祝日・昭和の日――部活も休みの本日。ギリギリ昭和生まれの俺と、言わずもがな昭和生まれの琴音さんは、二人で買い物へ出かけることになった。
キッカケは『勝負服を買いたいから一緒に見に行って欲しい!』と俺に懇願してきた彼女の一言がはじまり。部室でたまたま二人きりになった時に頼まれ、成り行きで買い物の付き添いとなったワケや。片思い中の相手と二人きりで出かけるという一大イベントを約束したものの、琴音さんが俺を誘った理由は“センスが良いから”という理由に他ならない。それでも二人で会えることには変わりないが、素直に喜べるほどピュアな気持ちはもう持ち合わせとらん。なのに何でOKしてまうんや、俺。アホか。そもそもなんやねん、勝負服て。鼻で笑って聞き流すことも出来たのに、断れないのも惚れた弱みか。
でもって当日に、律儀に待ち合わせ時間前に到着してる自分が居る。春晴れのあたたかな陽気の中で欠伸を噛み殺し、イヤホンで音楽を聴きながら駅前で琴音さんを待っていた。昨夜は妙に緊張して眠れなかったせいで、今頃眠気が襲って来とる。彼女を前にしたら嫌でもシャキッと目覚めることやろうからまぁ心配ない。
琴音さんは十分ばかり遅刻してやって来た。こんぐらいの遅刻なら想定内。相手が俺やからよかったけど、せっかちな謙也さんやったら怒っとるやろなァ。内心で毒づきながらイヤホンを外して、こちらに駆け寄ってくる彼女の方へ歩き出した。
「ごめんね、お待たせしました…!」
「琴音さん、頼んだ方が待たせんのなしやろ」
「ホントごめん!何かご馳走するから許して…!」
顔の前で両手をパチンを合わせる仕草を見たら、思わず許してあげたくなる。俺より6つも年上なのに、素直に真剣に謝ってしまうところも、琴音さんのかわいいとこやなんて思う。
「マクドじゃイヤですよ」と一言付け足したら、安堵した笑顔を向けて彼女はゆっくり頷いた。
実のところ、俺も女性と二人で出かけるのは初めてだったりする。男女のグループで出かけたりしたことはあったが、二人きりは経験がない。ましてや、意中の女性とやなんて。
ショップに連れて来られ、当たり前だが居るのは女性客ばかりで気後れしたが、今日は頼られてやって来たんだという事を思い出し、気合を入れ直した。今日は琴音さんの“勝負服”を買うという目的がある。買い物に付き合って欲しいと頼まれた時、反射的に二つ返事でOKしたのこともあって、納得いくまで付き合うつもりや。
彼女が熱心に洋服を選んでいる間、「その私服オシャレですね~」と店員に褒められたりもして、悪い気はしないが内心ドギマギした。俺もまだチューボーらしいとこあったんやなぁ。
「これどう?似合う?」
服をハンガーごと持って来ては鏡の前に立ち、自分の体にあててみる……のを1セットとしたら、琴音さんはもうこの店で8セットぐらいそれをやって迷っている様子だった。一生懸命な彼女には悪いが、まるでセンスのない組み合わせを持ってくるので「全部却下」とバッサリぶった斬った後、俺は適当な服をいくつか持ってきて合わせて見せた。
「あ、いいねそれ」
「あと、こんな組み合わせもアリやと思うんけど。これとも着回しできそやし」
「うん、かわいい!よく思いつくねぇ」
自分が選んだものに対して全部却下されたのも忘れ、琴音さんは目を爛々と輝かせて俺が選んだ服に感心していた。
「これにアイボリーのパンプスとか合うと思います」
「確かに!」
「あとこのベルトはこの色じゃない方がいいです。もっとアクセント効いた色で」
「うんうん!」
店の中であることを忘れて、ついファッションアドバイスが白熱し、その甲斐あって俺が選んだものを彼女はほとんどレジに持って行って購入していた。俺が店員やったらバカ売れやなぁ。才能あるかもしれん。その後も複数の店舗を回って、琴音さんが迷ったらアドバイスを繰り返し、勝負服とやらは揃ったようだった。
・・・・・・
休憩にと入ったスタバで、約束通り琴音さんは俺の分まで奢ってくれた。飲み物だけでなくマフィンも付けてくれた。甘いもん好きやからラッキーやなァ。
「今日は付き合ってくれてありがとう。おかげで大満足な買い物ができたよ。財前くんが選んだものほとんど買っちゃった。夏服も買えて、着るの楽しみだよ」
「そら、まいどおおきに。今後ともご贔屓によろしゅう」
「ふふっ、商売上手だね」
声を立てて笑う琴音さんはとても嬉しそうで、俺も協力してよかったなぁと心底思った。だが、ひとつ不満があるとすれば、『デート』と呼べるようなものじゃなかったこと。
今年の七月で十四歳になる俺、次の誕生日で十九歳になる琴音さん。これだけの歳の差や。弟が姉の買い物に付き合わされている図と言った方がしっくり来る。こんな時、白石部長のような大人びた顔立ちだったらなと思うし、千歳先輩ぐらい背が高かったら、きっと周囲から見える関係も違ったはずや。もっと早く生まれてば…なんて不毛な事を考えても仕方ないし、どうやっても埋まらない年の差にもどかしさを感じてしまう。
自分への苛立ちと劣等感が相まってガキっぽく口をついて出た言葉は、「今日って、デートですか?」という希望的な問いかけだった。すると、聞き返すような相槌が返ってきて、思わず口を噤んだ。感情まかせに発してしまった言葉は、声に出てしまった以上取返しがつかない。内心で慌てそうになるも、間を置かずに琴音さんからはバカ真面目な回答が返ってきた。
「財前くんは私に連れ回されただけだよ!?アドバイスもらえてすごく助かったけど…、デートってもっとお互い楽しいものだよ、きっと」
「俺はめっちゃ楽しかったですよ」
「…めっちゃ?」
小首を傾げて頭にハテナマークを浮かべながら、彼女はキャラメルフラペチーノをゴクリと飲んだ。ストローから唇を離し、考え込むように視線を左右に動かしてから、その視線は俺を真っ直ぐに見つめてくる。
「いや、めっちゃっ、ちゅーか、……わりと」
純粋な瞳に射すくめられたように、声が意図せず小さくなってしまった。天邪鬼な俺は、どうにも本音を隠してしまう。
「じゃあ次のおでかけは財前くんの行きたい場所に行こうよ。今度は私を連れ回していいからね」
思いがけず次の約束を取り付ける展開になり、俺は口元のニヤけを必死に堪えながら一言返すだけで精一杯やった。
「マジっすか」
チャンスはどこに眠っているかわらかないもんやなぁと思う。
でもきっと次も買い物になっちゃうような気がするよ、と、彼女は苦笑交じりに告げた。センスいいし色の組み合わせ考えるのも上手だし!って褒めるものだから、「ま、当たり前ッスわ」と俺は調子に乗ってみせた。
好きな人に褒められるはこんなに気分がいいもんなのか、とじんわり手の平が熱くなるのを感じる。
琴音さんは、俺と味の違うマフィンを自分用にも頼んだみたいで、それを半分に割って幸せそうに頬張る姿が、貝を割って食べるラッコと重なった。
「財前くんが選ぶものはみんな良く見えるよね。魔法みたい」
ラッコかわいいなぁってほのぼのしてたら、またしても虚を突くような発言に、ピアスに火がつくかと思うほど全身が熱くなった。
なんちゅー恥ずかしいことを言うんや、この人…!恥ずかしさ半分、嬉しさ半分で、赤くなった顔を見せたくなくて俺は俯いてしまった。いや、好きな相手にこんな言われたら普通こうなるて。
「…魔法なんて使うてませんよ。センス、です」
もぐもぐと口を動かし相槌を打てないまま、口角だけ上げて機嫌良く俺を見つめてくるものだから、俺は何だか堪らなくなって、話題を変えようと早口で捲くし立てた。
「だいたい勝負服なんてどこに着てくつもりやったんですか?好きな男んとこですか?出かける予定でも?」
咀嚼しながらも首を横に振って否定するが、微かに赤らんだ頬色を見逃さなかった。うまく誤魔化したつもりやろうけど、琴音さんの答えは、俺が彼女を好きになる前からとっくに分かっとった。
勝負服なんて買うのも、全部あんたが大好きなオサムちゃんのためやろうが。そんなんとっくの昔に知っとったつもりやったのに、改めて知って自分の首絞めてどないすんねん俺は。
――でも、こないな人そうそうおらへんし、諦められへんやろ。
「…この後、寄りたい店あるんでちょっと付きおうてもらいますよ」
・・・
・・・・・
・・・・・・
俺が生きてきた十三年間の経験をフル稼動させて、色々考えた。
たくさん悩んだし、これ以上悩んだら師範みたいな頭になってまうって思うぐらい悩んだ。途中、琴音さんのことで悩んでハゲるんも悪ないかなって思ったり――結局のところ、頭で考えるより行動が先走ってしまった。
スタバを出た後は再びショッピングモールに戻って、俺のリクエストでアクセサリーショップに寄ってもらった。購入したものをギフトとして包んでもらい、駅前で別れる際に、琴音さんの前に差し出した。リボンが装飾された小さな箱。“今日、でかけた記念に”…って、ベタな台詞と共に。正直、心臓はバクバクやった。
「えっ、いいよ!そんな…付き合ってもらったのは私の方なのに、貰えないよ」
「買った後にそないなこと言われるとキツイっすわ」
「だ、だって、好きな子に贈るプレゼント選んでるのかと思ってたんだよ?」
「細かい事は気にせんで、はよ受け取って下さい。俺が持っててもしゃーないんで」
彼女の手を取って無理矢理渡すと、琴音さんは申し訳なさそうにプレゼントを受け取ってくれた。多分、困らせてる。好意を押し付けるってこういうことを言うのかも知れん。今はそれでもええ。押し付ける以外、出来へんし。申し訳なさそうにしていたわりに、受け取ったら受け取ったで喜んでくれとるし、何度もお礼を告げられて照れくさくなってきた。
同級生の好きな子にプレゼントすると思い込んでいた琴音さんは、俺が選んだネックレスを素敵だねと絶賛していた。それを貰ったわけだから、嬉しそうな顔にも納得やな。
「今日はデートってことでええですよね?」
「デ………、えっ?」
「別れ際に、男から女へのサプライズプレゼントはデート以外ないです」
「そ、そうなの…?えーと、どうしよう…」
「嘘や嘘。いちいち関西人のジョーク、マジにしとったら持たへんよ」
冗談だとわかってホッとした様子の琴音さんを見て、幸せを見守る自分も何かと頼られるこの立ち位置も悪ないかなんてほんの少しだけ思った。まぁ、現状維持で終わる気もないし、オサムちゃんに負ける気なんてサラサラ無いけどな。
「今日買うたあのコーデに、そのネックレスつけたら勝負勝ち確っスわ」
小さく個装した箱を指差してニッと笑ったら、琴音さんは照れくさそうに微笑んだ。俺が選んだ服着て、魔法にかかったみたいにピカピカに可愛くなれば最高やな。そんでネックレスは特別な仕上げになれば、満点。
「惚れ直す」
「えっ?」
「…いやこっちの話」
オシャレした愛らしい彼女の姿を想像して口走った呟きは聞こえんかったようで、琴音さんは不思議そうに瞬きしていた。もう一度ハッキリと伝える勇気はまだない。でも、きっといつかちゃんと伝えたる。人を好きになるんに年上も年下も関係ないし。
人知れず胸中で決心し、俺は明後日の方を向いて小声で濁した。しかし、聞こえなかったのは幸か不幸か。琴音さん、なんぼなんでも耳遠すぎ。