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青春を君に捧ぐ
-4-
一目惚れした相手から、明らかに“好意”を向けられている場合、普通はどう答えるのが正解か?
北くんへの想いを糧に、理想の自分へ近づきたい一心で努力してきた。その結果、成績上位の枠に入り自分磨きにも成功した。だとしても、告白は絶対にしないと決めていた。好かれたくて、付き合いたくて努力するわけじゃない。せっかく信頼関係を築いてきたのに、亀裂を入れるような真似はしたくないと――そう自分自身に言い聞かせて過ごしてきた。
彼の一言一句、意味は理解できている。だけど、想定外の事態に動揺して、グラスの外側の水滴が指にポタリと垂れたのに冷たさを感じない。きっと喜んでいい場面なのに、全身が凍るような感覚だ。言葉を詰まらせ、頭が真っ白になった。沈黙の後、あの、…と、喉から出た震え声。耐え切れず視線を逸らして俯く私の耳に、北くんが息を吐いた音が耳を掠める。
「困ったことがあったら相談しろ言うといて、俺が困らせてしもたな。すまん」
――あ……
謝らせてしまった。
自分の顔が青ざめていくのを感じる。頭の片隅で、あったかい飲み物を頼んでおけばよかった、と、見当違いな事が浮かんだ。自嘲気味に笑って眉根を寄せた北くんの顔を、正面から見ることが出来なかった。
その後、北くんは沈黙を招くような事態などなかったかのように気まずい空気を切り替え、いつもと変わらずハキハキと話して丁寧に勉強を教えてくれた。微力ながら私からも教えることはないかと尋ねたら、苦手な公式があると言ったので解き方をアドバイスさせてもらった。彼に不快な思いをさせてしまった上に、店を出る際にはご馳走までされて申し訳ない気持ちで泣きそうだった。
“また明日”――夕暮れが照らす遊歩道を一緒に歩き、分かれ道で互いに手を振って解散した。明日から三年生の二学期が始まる。
クラスメイトだから教室で、同じ部活だから体育館で、毎日のように顔を合わせるんだ。それなら気まずさなどない方がいいと、北くんは気遣ってくれたんだ。
本当はどんな気持ちだった?――なんて、傷つけたのは私の方なのだから、今更、察する真似は偽善だ。
『また明日』と手を振れない日がやって来る。その時は、どんな言葉を最後に選ぶのだろう。元気でね、頑張ってね、忘れないよ――どれもこれも、それぞれの道を歩み始める別れの言葉。
北くんの隣に立っても恥ずかしくないような自分で在りたいと願い、努力して変わっていく自分が好きだった。頑張ることが出来るんだって証明できた。
――しかし、どれだけ努力しても所詮はりぼてなのだと、どこかで感じていた。その動力源は自分の為というよりは人を当てにしてるからだ。私の影響をこれっぽっちも受けて欲しくないと思ったのも、告白は絶対にしないと決めていたのも、北くんの好意を受け取れないのも、すべては自信のなさからからくる不安だ。北くんに好かれていたとしても、友達以上の関係になって、自分を深く知られて幻滅されたくなかった。
高校生活のモチベーションは北くんの存在だった。だから、高校を卒業したら途端に、私はありのままの自分に成り下がる。残るものは“理想の自分になれたわたし”――とんだ勘違いだ。
上っ面だけで固めてきたステータスは剥がれ落ちていき、鍛えきれなかったメンタル面が炙り出される。やる気は削がれ大学の勉強にだってについていけなくなる。
――三年間の青春のすべてを北くんへ捧げて、捧げ終えたら、本来の自分に戻るだけ。ごっついダサ眼鏡をかけて、北くんのいない場所で地味で目立たない真っ暗な四年間の大学生活を送っていく。そんな未来が、私には似合ってるのかも知れない。
・・・
・・・・・
・・・・・・
思いがけない偶然に嬉しくなるはずだった夏休み最後の日、太陽が沈み辺りが暗くなってからも、私は肩を落として行く当てもなく駅周辺をフラフラと彷徨っていた。表情が消え体が重く感じる。目的なく歩いていたせいで、レースのワンピースに合わせて履いてきたミュールのかかと部分が痛い。駅前広場の街灯の下、アーチ形の車止めに腰掛けたその時――、溌剌とした呼びかけが背後から聞こえてきた。
「マネやん!」
「ほんまや!どこのお嬢かと思た」
部活は休みなのに自主練でもしていたのか、Tシャツにジャージ姿の宮兄弟に背後から呼びかけられた。私の私服姿に二人して目を丸くしている。見慣れた顔に安堵して、張り詰めていた糸が急に緩み出す。
唇を震わせて何か言いかけるより先に、気が付けば、私はみっともなく泣いていた。手の甲で拭ってもぽろぽろと大粒の涙が零れてくる。薄暗くてもさすがに誤魔化せない。
「ちょぉっ…、どしたぁ!?」
「何したんやサム!?」
「俺は何もしてへん!」
「おし、マネが泣きやむようコンビニでアイス買うて来い」
「よっしゃ!って子供か!」
私の情けない泣き声をかき消すように、目の前で双子コントが繰り広げられる。二人とも、珍しく慌てた様子だ。出会い頭に泣き出す先輩を目の当たりにしてるのだから、焦りもするか。コントをしながらも、治くんはハンカチを貸してくれたし、侑くんは泣いてる私が周囲から見えないように両手を上げてガードしてくれた。そのうち、どっちがアイス買いに行くかで言い合いになりそうになったタイミングで徐々に涙は引いていった。
「……お……、奢るから、アイス食べに行かない?今ならダブルをトリプルに出来るし」
ぐすっと、鼻をすすりながら告げると、二人は目を輝かせて頷いた。声かけられた途端に泣き始めるなんて、後輩に心配かけてしまった。……ああ、かなり恥ずかしい。
駅ビルへ移動し店舗まで向かうと、カラフルなアイスがズラリと並ぶショーケース前には列が出来ていた。キャンペーン中ということもあってお得に食べたいのは皆同じだ。私の場合は、キャンペーンの有無関係なく連れて来てたんだろうけど。
「北さんとケンカでもしたん?」
「……なんで北くんが出てくるの?」
「やって仲ええし。なぁ、ツム」
列に並ぶ途中、治くんがいつもの調子で質問してきた。“北さん”というワードが予告なく出てきたので、内心でギクリとしたけど、表には出さないよう冷静に聞き返す。治くんは本能的に核心をつくのが上手い人だ。それに、喧嘩じゃないし。答えるまで妙な間ができてしまったことで、疑われてないか心配だった。
「これとこれ…ほぼ同じやん?……チョコナッツとチョコミントとチョコチップ……ほぼ同じ系統…あ~好きなもん似てまうなぁ~~」
「あかんわ。アイスに夢中で聞いてへん」
話を振られたが全く聞いてない。ひとつ上の部活の先輩が、人目もはばからず泣いたことなど侑くんとってたいしたことではないらしい。バレー以外のことは大らかに受け止めて貰えて助かる。治くんも何の気なしに聞いただけなのかも。赤くなった目で治くんを見上げながら、かぶりを振った。
「ちょっと色々あって落ち込んでただけ。取り乱してごめんね」
「普段はしっかりしとんのにギャップで落としに来とるっちゅーことです?」
「何言ってんの。ほら、治くんも好きなの選んで」
気恥ずかしくなって、後輩の背中をグイグイ押してショーケースに近づけた。二十種以上のフレーバー、どれも美味しそうだ。期間限定の味もいくつかあって目移りしちゃう。――のに、注文する為の商品名はすでに頭の中に入っていた。
「来る度に、今度は食べたことない味にしよって思うのに、結局同じ組み合わせになっちゃう」
「あ~、わかるわそれ」
「好きな味はいつ食うても美味いしな」
「一途な味覚ってことだよね」
「んで、一途通して振られて泣いてたん?」
「あ。ちゃうて、ツム!アホ!」
「…………あ、お会計は別で」
「「ゴチになりますっ!!!」」
二人は後ろ手を組んで、さながら体育会系の挨拶のポーズ。声を揃えて張り上げ、私の言葉を遮った。声量が周囲を驚かせ、他のお客さんからも注目を浴びてしまった。宮兄弟、どこにいても目立つのは天性か。ファンに見られたらマズイよなぁと思いつつも、堪え切れず可笑しくて吹き出してしまった。
過ぎた事を悔やんでも仕方ない。自分も気持ちを切り替えないと。
北くんが気持ちの片鱗を見せてくれたのに、私は自信のなさから応えられなかった。それならば、憧れは憧れのままで、卒業式という別れの日を待つのが最適解だ。思い出はたくさん貰ったし、部活はまだ引退しないからこれからも北くんに纏わる記憶は増える。それで充分じゃないか。
――『心配しなくても、私には北くんしか見えてないよ』
って、
はにかんで、頬を染めて伝えられたのならよかったのに。可愛らしく喜んで素直に一言、すぐに返せるような女の子が、彼の隣に並ぶのに相応しいと思った。
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一目惚れした相手から、明らかに“好意”を向けられている場合、普通はどう答えるのが正解か?
北くんへの想いを糧に、理想の自分へ近づきたい一心で努力してきた。その結果、成績上位の枠に入り自分磨きにも成功した。だとしても、告白は絶対にしないと決めていた。好かれたくて、付き合いたくて努力するわけじゃない。せっかく信頼関係を築いてきたのに、亀裂を入れるような真似はしたくないと――そう自分自身に言い聞かせて過ごしてきた。
彼の一言一句、意味は理解できている。だけど、想定外の事態に動揺して、グラスの外側の水滴が指にポタリと垂れたのに冷たさを感じない。きっと喜んでいい場面なのに、全身が凍るような感覚だ。言葉を詰まらせ、頭が真っ白になった。沈黙の後、あの、…と、喉から出た震え声。耐え切れず視線を逸らして俯く私の耳に、北くんが息を吐いた音が耳を掠める。
「困ったことがあったら相談しろ言うといて、俺が困らせてしもたな。すまん」
――あ……
謝らせてしまった。
自分の顔が青ざめていくのを感じる。頭の片隅で、あったかい飲み物を頼んでおけばよかった、と、見当違いな事が浮かんだ。自嘲気味に笑って眉根を寄せた北くんの顔を、正面から見ることが出来なかった。
その後、北くんは沈黙を招くような事態などなかったかのように気まずい空気を切り替え、いつもと変わらずハキハキと話して丁寧に勉強を教えてくれた。微力ながら私からも教えることはないかと尋ねたら、苦手な公式があると言ったので解き方をアドバイスさせてもらった。彼に不快な思いをさせてしまった上に、店を出る際にはご馳走までされて申し訳ない気持ちで泣きそうだった。
“また明日”――夕暮れが照らす遊歩道を一緒に歩き、分かれ道で互いに手を振って解散した。明日から三年生の二学期が始まる。
クラスメイトだから教室で、同じ部活だから体育館で、毎日のように顔を合わせるんだ。それなら気まずさなどない方がいいと、北くんは気遣ってくれたんだ。
本当はどんな気持ちだった?――なんて、傷つけたのは私の方なのだから、今更、察する真似は偽善だ。
『また明日』と手を振れない日がやって来る。その時は、どんな言葉を最後に選ぶのだろう。元気でね、頑張ってね、忘れないよ――どれもこれも、それぞれの道を歩み始める別れの言葉。
北くんの隣に立っても恥ずかしくないような自分で在りたいと願い、努力して変わっていく自分が好きだった。頑張ることが出来るんだって証明できた。
――しかし、どれだけ努力しても所詮はりぼてなのだと、どこかで感じていた。その動力源は自分の為というよりは人を当てにしてるからだ。私の影響をこれっぽっちも受けて欲しくないと思ったのも、告白は絶対にしないと決めていたのも、北くんの好意を受け取れないのも、すべては自信のなさからからくる不安だ。北くんに好かれていたとしても、友達以上の関係になって、自分を深く知られて幻滅されたくなかった。
高校生活のモチベーションは北くんの存在だった。だから、高校を卒業したら途端に、私はありのままの自分に成り下がる。残るものは“理想の自分になれたわたし”――とんだ勘違いだ。
上っ面だけで固めてきたステータスは剥がれ落ちていき、鍛えきれなかったメンタル面が炙り出される。やる気は削がれ大学の勉強にだってについていけなくなる。
――三年間の青春のすべてを北くんへ捧げて、捧げ終えたら、本来の自分に戻るだけ。ごっついダサ眼鏡をかけて、北くんのいない場所で地味で目立たない真っ暗な四年間の大学生活を送っていく。そんな未来が、私には似合ってるのかも知れない。
・・・
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・・・・・・
思いがけない偶然に嬉しくなるはずだった夏休み最後の日、太陽が沈み辺りが暗くなってからも、私は肩を落として行く当てもなく駅周辺をフラフラと彷徨っていた。表情が消え体が重く感じる。目的なく歩いていたせいで、レースのワンピースに合わせて履いてきたミュールのかかと部分が痛い。駅前広場の街灯の下、アーチ形の車止めに腰掛けたその時――、溌剌とした呼びかけが背後から聞こえてきた。
「マネやん!」
「ほんまや!どこのお嬢かと思た」
部活は休みなのに自主練でもしていたのか、Tシャツにジャージ姿の宮兄弟に背後から呼びかけられた。私の私服姿に二人して目を丸くしている。見慣れた顔に安堵して、張り詰めていた糸が急に緩み出す。
唇を震わせて何か言いかけるより先に、気が付けば、私はみっともなく泣いていた。手の甲で拭ってもぽろぽろと大粒の涙が零れてくる。薄暗くてもさすがに誤魔化せない。
「ちょぉっ…、どしたぁ!?」
「何したんやサム!?」
「俺は何もしてへん!」
「おし、マネが泣きやむようコンビニでアイス買うて来い」
「よっしゃ!って子供か!」
私の情けない泣き声をかき消すように、目の前で双子コントが繰り広げられる。二人とも、珍しく慌てた様子だ。出会い頭に泣き出す先輩を目の当たりにしてるのだから、焦りもするか。コントをしながらも、治くんはハンカチを貸してくれたし、侑くんは泣いてる私が周囲から見えないように両手を上げてガードしてくれた。そのうち、どっちがアイス買いに行くかで言い合いになりそうになったタイミングで徐々に涙は引いていった。
「……お……、奢るから、アイス食べに行かない?今ならダブルをトリプルに出来るし」
ぐすっと、鼻をすすりながら告げると、二人は目を輝かせて頷いた。声かけられた途端に泣き始めるなんて、後輩に心配かけてしまった。……ああ、かなり恥ずかしい。
駅ビルへ移動し店舗まで向かうと、カラフルなアイスがズラリと並ぶショーケース前には列が出来ていた。キャンペーン中ということもあってお得に食べたいのは皆同じだ。私の場合は、キャンペーンの有無関係なく連れて来てたんだろうけど。
「北さんとケンカでもしたん?」
「……なんで北くんが出てくるの?」
「やって仲ええし。なぁ、ツム」
列に並ぶ途中、治くんがいつもの調子で質問してきた。“北さん”というワードが予告なく出てきたので、内心でギクリとしたけど、表には出さないよう冷静に聞き返す。治くんは本能的に核心をつくのが上手い人だ。それに、喧嘩じゃないし。答えるまで妙な間ができてしまったことで、疑われてないか心配だった。
「これとこれ…ほぼ同じやん?……チョコナッツとチョコミントとチョコチップ……ほぼ同じ系統…あ~好きなもん似てまうなぁ~~」
「あかんわ。アイスに夢中で聞いてへん」
話を振られたが全く聞いてない。ひとつ上の部活の先輩が、人目もはばからず泣いたことなど侑くんとってたいしたことではないらしい。バレー以外のことは大らかに受け止めて貰えて助かる。治くんも何の気なしに聞いただけなのかも。赤くなった目で治くんを見上げながら、かぶりを振った。
「ちょっと色々あって落ち込んでただけ。取り乱してごめんね」
「普段はしっかりしとんのにギャップで落としに来とるっちゅーことです?」
「何言ってんの。ほら、治くんも好きなの選んで」
気恥ずかしくなって、後輩の背中をグイグイ押してショーケースに近づけた。二十種以上のフレーバー、どれも美味しそうだ。期間限定の味もいくつかあって目移りしちゃう。――のに、注文する為の商品名はすでに頭の中に入っていた。
「来る度に、今度は食べたことない味にしよって思うのに、結局同じ組み合わせになっちゃう」
「あ~、わかるわそれ」
「好きな味はいつ食うても美味いしな」
「一途な味覚ってことだよね」
「んで、一途通して振られて泣いてたん?」
「あ。ちゃうて、ツム!アホ!」
「…………あ、お会計は別で」
「「ゴチになりますっ!!!」」
二人は後ろ手を組んで、さながら体育会系の挨拶のポーズ。声を揃えて張り上げ、私の言葉を遮った。声量が周囲を驚かせ、他のお客さんからも注目を浴びてしまった。宮兄弟、どこにいても目立つのは天性か。ファンに見られたらマズイよなぁと思いつつも、堪え切れず可笑しくて吹き出してしまった。
過ぎた事を悔やんでも仕方ない。自分も気持ちを切り替えないと。
北くんが気持ちの片鱗を見せてくれたのに、私は自信のなさから応えられなかった。それならば、憧れは憧れのままで、卒業式という別れの日を待つのが最適解だ。思い出はたくさん貰ったし、部活はまだ引退しないからこれからも北くんに纏わる記憶は増える。それで充分じゃないか。
――『心配しなくても、私には北くんしか見えてないよ』
って、
はにかんで、頬を染めて伝えられたのならよかったのに。可愛らしく喜んで素直に一言、すぐに返せるような女の子が、彼の隣に並ぶのに相応しいと思った。