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青春を君に捧ぐ
-2-
自分自身に誓った通り、自己研鑽に努めた二年間。
友達もそれなりに出来たし、バレー部のマネージャーの中でも特別仲の良い関係になれた子もいた。なにより、北くんと三年間同じクラスになれたのは最たる幸運だった。
三年になると、ほぼ全員が受験モードとなり夏休みはガッツリ受験勉強にあてることになる。部活の引退時期についても、運動部はだいたい夏休み明けで文化部は文化祭後というのが定番だが、実質、夏休み前から二年が中心になることが多い。
だが、春高を目指すバレー部だけは例外だ。三年生も全員、全国を見据え日々の練習を重ねている。目指すは全国優勝。夏休み中に練習があるのはもちろん、三年の部員も彼らを支えるマネージャーも、部活と勉強を同じぐらいこなす必要があった。『部活に集中してたら志望校落ちて来年から浪人生です!』…というワケにはいかないからだ。
勿論、三年の部員の中にも受験に集中したいからと夏を待たずに引退する者もいた。皆、それぞれの都合があるので誰も責められはしなかった。
……そんなこんなで多忙な夏休み前。
私は、校舎裏でとある男子生徒と向かい合っていた。
「俺たち付き合わんか?」
「いやです」
コンマ数秒と置かずに断ると、目の前の相手は舌打ちをしてこちらを睨みつけた。負けじと睨み返してやりたかったが、一刻も早くこの場を去りたかったので張り合うことはしなかった。
私に告白してきたのは、入学式初日に教室で眼鏡をからかってきた同じ中学出身の男子生徒だった。校舎裏に呼び出しなんてベタな展開だと予想はしていたけれど、応じるんじゃなかった。誰彼構わず付き合いたくて言ってるだけっぽいし。部活前の僅かな貴重な時間、早く体育館へ向かいたかったのに運悪く呼び止められてしまった。ついてない。
「……何でダメなん?」
「だって、たいして仲良くないし」
「お前がどうせ誰とも付き合うたことあれへんやろうから、言うたってんのに」
「ほんとに余計なお世話だから」
ギリと奥歯を噛み締める音が聴こえた。過去にからかわれたからって、恨んでるわけじゃない。そんな昔のことは今の私には些細なことだ。人を見下した上に告白とか、OKを貰えるって自信はどこから来てるのか。逆に、その無駄に屈強なメンタルが羨ましい。
二年間で外見が多少変化した私に興味を持ったんだろう。変化と言っても整形をしたわけじゃない。ネットや雑誌でスキンケアやメイクについての勉強をしただけだ。先生に注意されない程度に淡く化粧をしてきてるけど、透明なマスカラに薄く色づくリップぐらい、女子なら誰でもやってるようなメイクの範疇だ。
成績も学年上位、外見にも気を遣い、バレー部のマネージャーの中ではリーダー的ポジションにまでなった。娯楽の時間をすべて削って自分磨きにあてて努力した。それでも、“反復・継続・丁寧”を当たり前のようにこなす北くんには敵わない。彼を見ていると、自分ももっと頑張らないと!って気になってくる。
「私、誰とも付き合う気ないから。もう行くね」
冷たく言い放ち踵を返そうしたら、ぐいっと引っ張られて態勢が後方へ崩れた。調子に乗んなよ!――という怒号と共に、手首を強く掴まれ引き止められた。指の圧が軋んで痛い。
軸足を踏ん張れたから転ばなかったけれど、危なかった。よほどプライドが傷ついたのか離してくれそうにない。
前進するのを諦めて肩の力を抜いた瞬間、男子生徒の力が緩んだ――その隙に、体の方向を捻って再び対面する形になった。
捕まれていない方の手を手刀の形にして彼の肘の裏側に向けて真っ直ぐに勢いをつけて下ろした。痛みにうめき、掴まれた手が完全に離れたらあとは足払いをして転ばせるだけ。ドンッ!と音を立てて尻もちをついた男子生徒は、驚きのあまり言葉を失っていた。
最近習い始めた護身術に加えて、来週からテコンドーも追加しようかなと考えながら私は校舎裏を後にした。ああ、ほんとイヤ。堪らなく嫌気がさす。見た目が変わっただけで、ちょっと成績が良くなっただけですぐ手の平を返す。からかっていた女に告白するのってどういう思考回路?しかも上から?結局、そういう人間はどこまでも自分の事しか考えていないし、無駄に自己評価も高い。
――その点、北くんは違う。人を見た目で判断したりしない。そもそも同い年の男子ともどこか違うしいつも冷静で大人びている。
彼に出会えて、努力して変わること出来た自分が誇らしかった。
・・・
・・・・・
・・・・・・
「……汐見。手首、どうしたん?赤くなっとる」
重曹スプレーを片手にボトルを洗ってる最中、部室棟の手洗い場で北くんは袖をまくっている私の手首に視線を落とした。
痣になるぐらい強く掴まれていたのらしく、後になってジンジンと痛み出したけれど気に留めていなかった。ボトルを洗いがてら手首が冷やせるし効率的だなーって軽く考えてたぐらいで。
しかし、普段なら話せることが嬉しいのに見られたくない痕を見られてしまった。なんでもないと言えればいいけれど、北くんの観察眼の前では難しい。
「えらい強く掴まれたんやな。湿布貼らな」
「ううん、大丈夫だよ。丁度水仕事ついでに冷やせてるから…」
「…そか。後からでもええ、貼っておき」
「うん、ありがとう」
目を合わせることが出来ず、手は止めることなくボトルを洗い続けた。勘のいい北くんならば、言わずとも察しているはず。
男の強い力で手首を掴まれた痕だと。無理に聞き出したりしないのは彼の優しい一面だ。詮索もしてこない。
もしも真剣な眼差しを向けられ問い詰められたとしても、私は口を割らないだろう。なぜなら、内容がくだらなすぎて北くんに聞かせるようなレベルの話じゃないからだ。せっかく話をするのなら、笑みが零れてしまうような日常の話とか有意義に部活の話とか、北くんが最近食べた美味しい物の話とかがいい。
「困ったことがあったら相談しや」
柔らかい声で告げ、それ以上何も聞くことなく北くんは体育館に戻って行った。
言葉をかけてくれたのは、三年間クラスメイトのよしみから生まれた情。もしくは、痛々しいものをみた際の哀れみ。
私には勿体ない恩恵を受けた気分だ。
青春のすべてを捧げる――その意味は、根底にある原動力は憧れの北くんだということ。理想の自分を目指す理由も、かける時間も、捻り出す思考もすべて一人の人物を糧としている。
頑張った分だけ、努力のリターンは自分に返ってきていた。だから、北くんから貰いたいものなんてなにひとつない。情ひとつかけてくれなくたって、私の気持ちが揺れることはないのだ。
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自分自身に誓った通り、自己研鑽に努めた二年間。
友達もそれなりに出来たし、バレー部のマネージャーの中でも特別仲の良い関係になれた子もいた。なにより、北くんと三年間同じクラスになれたのは最たる幸運だった。
三年になると、ほぼ全員が受験モードとなり夏休みはガッツリ受験勉強にあてることになる。部活の引退時期についても、運動部はだいたい夏休み明けで文化部は文化祭後というのが定番だが、実質、夏休み前から二年が中心になることが多い。
だが、春高を目指すバレー部だけは例外だ。三年生も全員、全国を見据え日々の練習を重ねている。目指すは全国優勝。夏休み中に練習があるのはもちろん、三年の部員も彼らを支えるマネージャーも、部活と勉強を同じぐらいこなす必要があった。『部活に集中してたら志望校落ちて来年から浪人生です!』…というワケにはいかないからだ。
勿論、三年の部員の中にも受験に集中したいからと夏を待たずに引退する者もいた。皆、それぞれの都合があるので誰も責められはしなかった。
……そんなこんなで多忙な夏休み前。
私は、校舎裏でとある男子生徒と向かい合っていた。
「俺たち付き合わんか?」
「いやです」
コンマ数秒と置かずに断ると、目の前の相手は舌打ちをしてこちらを睨みつけた。負けじと睨み返してやりたかったが、一刻も早くこの場を去りたかったので張り合うことはしなかった。
私に告白してきたのは、入学式初日に教室で眼鏡をからかってきた同じ中学出身の男子生徒だった。校舎裏に呼び出しなんてベタな展開だと予想はしていたけれど、応じるんじゃなかった。誰彼構わず付き合いたくて言ってるだけっぽいし。部活前の僅かな貴重な時間、早く体育館へ向かいたかったのに運悪く呼び止められてしまった。ついてない。
「……何でダメなん?」
「だって、たいして仲良くないし」
「お前がどうせ誰とも付き合うたことあれへんやろうから、言うたってんのに」
「ほんとに余計なお世話だから」
ギリと奥歯を噛み締める音が聴こえた。過去にからかわれたからって、恨んでるわけじゃない。そんな昔のことは今の私には些細なことだ。人を見下した上に告白とか、OKを貰えるって自信はどこから来てるのか。逆に、その無駄に屈強なメンタルが羨ましい。
二年間で外見が多少変化した私に興味を持ったんだろう。変化と言っても整形をしたわけじゃない。ネットや雑誌でスキンケアやメイクについての勉強をしただけだ。先生に注意されない程度に淡く化粧をしてきてるけど、透明なマスカラに薄く色づくリップぐらい、女子なら誰でもやってるようなメイクの範疇だ。
成績も学年上位、外見にも気を遣い、バレー部のマネージャーの中ではリーダー的ポジションにまでなった。娯楽の時間をすべて削って自分磨きにあてて努力した。それでも、“反復・継続・丁寧”を当たり前のようにこなす北くんには敵わない。彼を見ていると、自分ももっと頑張らないと!って気になってくる。
「私、誰とも付き合う気ないから。もう行くね」
冷たく言い放ち踵を返そうしたら、ぐいっと引っ張られて態勢が後方へ崩れた。調子に乗んなよ!――という怒号と共に、手首を強く掴まれ引き止められた。指の圧が軋んで痛い。
軸足を踏ん張れたから転ばなかったけれど、危なかった。よほどプライドが傷ついたのか離してくれそうにない。
前進するのを諦めて肩の力を抜いた瞬間、男子生徒の力が緩んだ――その隙に、体の方向を捻って再び対面する形になった。
捕まれていない方の手を手刀の形にして彼の肘の裏側に向けて真っ直ぐに勢いをつけて下ろした。痛みにうめき、掴まれた手が完全に離れたらあとは足払いをして転ばせるだけ。ドンッ!と音を立てて尻もちをついた男子生徒は、驚きのあまり言葉を失っていた。
最近習い始めた護身術に加えて、来週からテコンドーも追加しようかなと考えながら私は校舎裏を後にした。ああ、ほんとイヤ。堪らなく嫌気がさす。見た目が変わっただけで、ちょっと成績が良くなっただけですぐ手の平を返す。からかっていた女に告白するのってどういう思考回路?しかも上から?結局、そういう人間はどこまでも自分の事しか考えていないし、無駄に自己評価も高い。
――その点、北くんは違う。人を見た目で判断したりしない。そもそも同い年の男子ともどこか違うしいつも冷静で大人びている。
彼に出会えて、努力して変わること出来た自分が誇らしかった。
・・・
・・・・・
・・・・・・
「……汐見。手首、どうしたん?赤くなっとる」
重曹スプレーを片手にボトルを洗ってる最中、部室棟の手洗い場で北くんは袖をまくっている私の手首に視線を落とした。
痣になるぐらい強く掴まれていたのらしく、後になってジンジンと痛み出したけれど気に留めていなかった。ボトルを洗いがてら手首が冷やせるし効率的だなーって軽く考えてたぐらいで。
しかし、普段なら話せることが嬉しいのに見られたくない痕を見られてしまった。なんでもないと言えればいいけれど、北くんの観察眼の前では難しい。
「えらい強く掴まれたんやな。湿布貼らな」
「ううん、大丈夫だよ。丁度水仕事ついでに冷やせてるから…」
「…そか。後からでもええ、貼っておき」
「うん、ありがとう」
目を合わせることが出来ず、手は止めることなくボトルを洗い続けた。勘のいい北くんならば、言わずとも察しているはず。
男の強い力で手首を掴まれた痕だと。無理に聞き出したりしないのは彼の優しい一面だ。詮索もしてこない。
もしも真剣な眼差しを向けられ問い詰められたとしても、私は口を割らないだろう。なぜなら、内容がくだらなすぎて北くんに聞かせるようなレベルの話じゃないからだ。せっかく話をするのなら、笑みが零れてしまうような日常の話とか有意義に部活の話とか、北くんが最近食べた美味しい物の話とかがいい。
「困ったことがあったら相談しや」
柔らかい声で告げ、それ以上何も聞くことなく北くんは体育館に戻って行った。
言葉をかけてくれたのは、三年間クラスメイトのよしみから生まれた情。もしくは、痛々しいものをみた際の哀れみ。
私には勿体ない恩恵を受けた気分だ。
青春のすべてを捧げる――その意味は、根底にある原動力は憧れの北くんだということ。理想の自分を目指す理由も、かける時間も、捻り出す思考もすべて一人の人物を糧としている。
頑張った分だけ、努力のリターンは自分に返ってきていた。だから、北くんから貰いたいものなんてなにひとつない。情ひとつかけてくれなくたって、私の気持ちが揺れることはないのだ。