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青春を君に捧ぐ
►北 信介
高三の登校日初日――待ちに待った今日という日は心地の良い晴天。
正門を通り過ぎた際に、風で飛んで来た花弁が前髪にくっついた。あたたかな陽気に桜舞う並木道、花壇に咲く鮮やかなパンジー。心躍るカラフルな季節の到来と裏腹に、私は緊張していた。
大丈夫…、自分の心模様も今朝の天気と同じになりますようにと、通学路の神社に寄って祈って来たんだ。
拳を固く握り締め重い足取りで昇降口へ向かい、人が群がってる掲示板の前で立ち止まった。顔を上げて視線だけ動かし、端から端まで自分の名前を探し出す。
――『3年7組』。その中に苗字と名前が記されていた。
すぐさま一覧に並ぶ男子の名前を確認し始める。苗字が“カ行”のその人の名があれば、きっと上の方載ってるはずだ。
「――お、また同じクラス。よろしゅうな」
不意に、隣に並んだ気配に首を傾け見上げれば、そこには名前を探していた当人が柔らかく微笑んでいた。
瞬きを数度繰り返してから掲示板へと視線を戻せば、3年7組の一覧に『北信介』という名前が確かにあった。
昨夜は心配であまり眠れなかったせいで、多分、目の下にクマがある。至近距離で見られたら恥ずかしい。そんなことよりも、同じクラスになれた喜びのが上回って、つられるように私も笑顔になっていた。
「うん、よろしくね!」
「三年間同じクラスて、偶然やなぁ」
「ほんと偶然だよね。今年こそ、北くんに勝たせてもらうからね」
「去年の学期末は危なかったわ。数点差やったもんな」
「次のテストで、北くんの回答欄がズレてますよーに」
「そんなお願いせんといてや。罰当たるで?」
「そうだった……。学問の神様が見てるね」
「おん、見とるよ。真上から」
小さく笑いながら彼は私の肩をそっと叩いて、先に教室に向かって行った。三度もクラスが同じになったからと言って並んで歩くわけにはいかない。揃って教室に入っただけでもあらぬ噂を立てられてしまうかも知れないし。北くんは後輩からも慕われる人気者だ。確かに噂されては困るから、正しい判断だと思った。
三年間、北くんと私はただのクラスメイトで、バレー部の部員同士。それ以上でもそれ以下でもない。
透き通る白い肌も、綺麗な眉毛の形も、全てを見透かしてるような琥珀色に煌めく美しい瞳の色も、すべてが愛おしい。私にとって北くんは憧れの対象だった。
一年生の登校日初日、一目惚れをしたあの日から。
■ ■ ■
中学二年の二学期から、親の転勤で都内から兵庫へ転校してきた。
思い返せば、東京から来たってだけでいじられることが多かった。おもろないなぁとか反応わる、とか、棘のあることを言われたりもした。面倒に感じながらもちょっとしたジョークは受け流しつつ、日常をやり過ごした。結局、卒業までクラスに馴染み切ることは出来ず、特別仲の良い友達も出来ずに終わった一年半。転校生なんてそんなもんだよねと割り切っていたが、振り返ってみればもっと色々頑張れたんじゃないかと反省した。
例えば自分磨きとか、友達作り以外のことだってチャンレジしてみてもよかったのかも…って、過ぎた時間を悔やんでも後の祭りだった。
稲荷崎高校へ進学したら、今度こそは充実した三年間を過ごしてみたい――逸る気持ちを抑え、訪れた高校一年の春。
入学式の後、新入生向けにあらかじめ渡されていた書類に記載されていたクラス分けの一覧を確認しながら教室へ向かった。既に何人か席についている。黒板に貼ってある座席表を見て椅子に腰かけて早々に、斜め向かいの席に同じ中学出身の苦手な男子が居ることに気が付いた。
「汐見やんか。お前まだそんなごっついダサ眼鏡かけとんのか?」
開口一番、中学時代の記憶がフラッシュバックする。また、“いじり”が始まるのかと懸念が過った。人目がある中で苦渋を味わうのは勘弁したい。
確かに、私のメガネは今時にしてはダサい。レンズが分厚くフレームも黒。華の女子高生がかけるものにしては地味過ぎた。
春休みにコンタクトデビューしようと考えていたのだけれど、美容院に行って初めてヘアカラーをしたらお小遣いが尽きたのだ。
肩を落として溜息を漏らす。何か言い返そうにも思いつかない。
周囲に仲が良いと勘違いされたくないし無視を決め込もうと黙っていたら、右隣から淡々とした声が響いた。反射的に顔をそちらに向ければ――
「ええやん。チャームポイントやろ」
隣の席の彼と視線が通った時、宝石みたいな輝きが飛び込んできた。窓から差し込む光に反射して、瞳は金色に、グレーの髪が銀色のようにキラキラと光って見える。人間界に遊びに来た神様の使いが、そこに座っているのかと錯覚した。
穏やかな声色の反面、確実に言い返す気力を静かな圧で潰していた。気圧された相手が口を噤んだタイミングで担任の先生が教室に入って来て、自己紹介と共に最初のホームルームが始まった。
同中の男子は、それ以上私に何かを言ってくることはなかった。
出席番号順に自己紹介が行われ、隣の席の彼が『北信介』という名前の男子だと知った。
明日からの授業についてのプリントが配られ、ホームルームは終了となった。チャイムが鳴るとクラスの皆は各々に動き出す。
集まって雑談を楽しむ人、携帯を取り出して連絡先を交換し合う人、部活勧誘のチラシを机に広げて悩んでる人。隣の席をさりげなく一瞥すると、北くんは足早にどこかへ向かったようで、気付いたらもう教室を出て行った後だった。
部活は強制ではないが、行動パターンとしてたいていの生徒はまず部活の見学に行く。北くんもそうなのかな。再び視線が通うことはなかったけれど、私にとって忘れられない始まりの日となった。
(……一目惚れってホントにあるんだ)
――多分、その後はどこも寄らずに真っ直ぐ帰宅したと思う。心がふわふわして記憶が曖昧で、体温が僅かに上昇して顔が火照っていた。確かなのは、一度帰宅してからすぐに保険証を持って、近所の眼科へ行ってコンタクトを作りに行ったことだけ。親にお小遣いの前借りを頼み込んで、どうにかお金を工面した。
何故、入学初日から北くんに惹かれたの?まだどんな人か知らないのに?からかわれたことを庇ってくれたから?
勿論それもあるが、実際はそうじゃない。目が合った刹那、吸い込まれそうな瞳に魅了された。直感的に稲妻が落ちたような感覚。それはまるで天啓。春の陽気にあてられたせいだとしても、今日を境に芽生えた感情は消すことは出来きそうにない。
翌日、コンタクトにして世界が変わった。かなりよく見える。髪を耳にをかける際に指先に触れるテンプルの煩わしさも、鼻パッドの重みもなく視界良好。もっと早く作っておけばよかった。
胸の騒めきを抑えつつ、かなり早く登校したらすでに一人の生徒が窓を開けて教室内を換気していた。後ろ姿で誰だか分かる。
教室の入り口で立ち止まった私の気配を感じ取ってか、その人物は振り向いた。空から照らす太陽の光が、まるで後光のよう。
「おはようさん。早いな」
「おはよう。こんなに早く登校してる人がいるなんて思わなかった…」
「俺も。しばらく誰も来んかと思った」
はたと気付いて、北くんは目を見開いた。
「ん……、チャームポイントどこいったん?」
「昨日、眼科行って作ったの。今日からコンタクトデビュー」
「そか。ほんなら昨日、俺は貴重な姿拝めたんやな」
「……それはさすがにお世辞ってわかるよ?」
緊張していたはずなのに、彼の冗談に自然と笑みが零れた。
「汐見さん、東京ことばやね」
私が席について鞄を机の上に置くと、北くんも自分の椅子に腰かけて体ごとこちらに向けた。ほんの僅かな好奇心が瞳の奥に垣間見える。
新学期二日目の朝。彼の一言を皮切りに、私達は時々、早朝に教室で二人になると他愛のない会話をした。言葉を交わし合った瞬間、錯覚じゃなかったのだと改めて確信に変わる。一目惚れは本当にあったのだ、と。
・・・・・・
高校では友達出来るといいなぁなんて、そんなありきたりな望みを持って稲荷崎高校に入学したはずだった。だが、突如現れたのは気の合いそうな女子のクラスメイトでなかった。思いも寄らない一目惚れという、急展開。
親しみをもって“汐見”と呼ばれるのも、北くんへの恋心が加速するのも、そう時間はかからなかった。当たり前のように彼が入部したバレー部へ、続くようにマネージャーとして入部した。一年の二学期以降、席替えがあったとしても進級してクラスが別々になっても、同じ部活にいれば話すチャンスはあるだろうと先を見越しての策だった。
北くんへの想いを糧に理想の自分へ近づきたい――高校生活三年間の中で、大きな目標をひとつ掲げるとするならば、それだ。
精一杯勉強して学年上位を目指し、授業の予習復習は怠らない。部活にも打ち込み、黙々とマネージャーの仕事をこなしてみせる。
料理も頑張って、手作りのお弁当を毎日持ってこよう。流行りもそれなりにチェックして年頃らしく外見もセンスも磨けたなら、もう誰にもダサ眼鏡とは呼ばせない。
ただし、理想の自分になれたとしても告白は絶対にしないと心に決めていた。“あの人の隣に立っても恥ずかしくないように…”、と思いつつも決して隣に立つことはないだろう。私は、彼と付き合いたくて努力をするわけじゃない。好かれたいなんて図々しい。
理屈じゃない一目惚れは恋愛につながる強い感情ではあるけれど、私の場合はもっと信仰的なものに近かった。
――三年間、青春のすべてを北くんへ捧げよう。そんな気概で、努力は惜しまない。恐らくおかしな方向の熱意と類ないモチベーションを高めながら、高校生活の幕は開けたのだった。
►北 信介
高三の登校日初日――待ちに待った今日という日は心地の良い晴天。
正門を通り過ぎた際に、風で飛んで来た花弁が前髪にくっついた。あたたかな陽気に桜舞う並木道、花壇に咲く鮮やかなパンジー。心躍るカラフルな季節の到来と裏腹に、私は緊張していた。
大丈夫…、自分の心模様も今朝の天気と同じになりますようにと、通学路の神社に寄って祈って来たんだ。
拳を固く握り締め重い足取りで昇降口へ向かい、人が群がってる掲示板の前で立ち止まった。顔を上げて視線だけ動かし、端から端まで自分の名前を探し出す。
――『3年7組』。その中に苗字と名前が記されていた。
すぐさま一覧に並ぶ男子の名前を確認し始める。苗字が“カ行”のその人の名があれば、きっと上の方載ってるはずだ。
「――お、また同じクラス。よろしゅうな」
不意に、隣に並んだ気配に首を傾け見上げれば、そこには名前を探していた当人が柔らかく微笑んでいた。
瞬きを数度繰り返してから掲示板へと視線を戻せば、3年7組の一覧に『北信介』という名前が確かにあった。
昨夜は心配であまり眠れなかったせいで、多分、目の下にクマがある。至近距離で見られたら恥ずかしい。そんなことよりも、同じクラスになれた喜びのが上回って、つられるように私も笑顔になっていた。
「うん、よろしくね!」
「三年間同じクラスて、偶然やなぁ」
「ほんと偶然だよね。今年こそ、北くんに勝たせてもらうからね」
「去年の学期末は危なかったわ。数点差やったもんな」
「次のテストで、北くんの回答欄がズレてますよーに」
「そんなお願いせんといてや。罰当たるで?」
「そうだった……。学問の神様が見てるね」
「おん、見とるよ。真上から」
小さく笑いながら彼は私の肩をそっと叩いて、先に教室に向かって行った。三度もクラスが同じになったからと言って並んで歩くわけにはいかない。揃って教室に入っただけでもあらぬ噂を立てられてしまうかも知れないし。北くんは後輩からも慕われる人気者だ。確かに噂されては困るから、正しい判断だと思った。
三年間、北くんと私はただのクラスメイトで、バレー部の部員同士。それ以上でもそれ以下でもない。
透き通る白い肌も、綺麗な眉毛の形も、全てを見透かしてるような琥珀色に煌めく美しい瞳の色も、すべてが愛おしい。私にとって北くんは憧れの対象だった。
一年生の登校日初日、一目惚れをしたあの日から。
■ ■ ■
中学二年の二学期から、親の転勤で都内から兵庫へ転校してきた。
思い返せば、東京から来たってだけでいじられることが多かった。おもろないなぁとか反応わる、とか、棘のあることを言われたりもした。面倒に感じながらもちょっとしたジョークは受け流しつつ、日常をやり過ごした。結局、卒業までクラスに馴染み切ることは出来ず、特別仲の良い友達も出来ずに終わった一年半。転校生なんてそんなもんだよねと割り切っていたが、振り返ってみればもっと色々頑張れたんじゃないかと反省した。
例えば自分磨きとか、友達作り以外のことだってチャンレジしてみてもよかったのかも…って、過ぎた時間を悔やんでも後の祭りだった。
稲荷崎高校へ進学したら、今度こそは充実した三年間を過ごしてみたい――逸る気持ちを抑え、訪れた高校一年の春。
入学式の後、新入生向けにあらかじめ渡されていた書類に記載されていたクラス分けの一覧を確認しながら教室へ向かった。既に何人か席についている。黒板に貼ってある座席表を見て椅子に腰かけて早々に、斜め向かいの席に同じ中学出身の苦手な男子が居ることに気が付いた。
「汐見やんか。お前まだそんなごっついダサ眼鏡かけとんのか?」
開口一番、中学時代の記憶がフラッシュバックする。また、“いじり”が始まるのかと懸念が過った。人目がある中で苦渋を味わうのは勘弁したい。
確かに、私のメガネは今時にしてはダサい。レンズが分厚くフレームも黒。華の女子高生がかけるものにしては地味過ぎた。
春休みにコンタクトデビューしようと考えていたのだけれど、美容院に行って初めてヘアカラーをしたらお小遣いが尽きたのだ。
肩を落として溜息を漏らす。何か言い返そうにも思いつかない。
周囲に仲が良いと勘違いされたくないし無視を決め込もうと黙っていたら、右隣から淡々とした声が響いた。反射的に顔をそちらに向ければ――
「ええやん。チャームポイントやろ」
隣の席の彼と視線が通った時、宝石みたいな輝きが飛び込んできた。窓から差し込む光に反射して、瞳は金色に、グレーの髪が銀色のようにキラキラと光って見える。人間界に遊びに来た神様の使いが、そこに座っているのかと錯覚した。
穏やかな声色の反面、確実に言い返す気力を静かな圧で潰していた。気圧された相手が口を噤んだタイミングで担任の先生が教室に入って来て、自己紹介と共に最初のホームルームが始まった。
同中の男子は、それ以上私に何かを言ってくることはなかった。
出席番号順に自己紹介が行われ、隣の席の彼が『北信介』という名前の男子だと知った。
明日からの授業についてのプリントが配られ、ホームルームは終了となった。チャイムが鳴るとクラスの皆は各々に動き出す。
集まって雑談を楽しむ人、携帯を取り出して連絡先を交換し合う人、部活勧誘のチラシを机に広げて悩んでる人。隣の席をさりげなく一瞥すると、北くんは足早にどこかへ向かったようで、気付いたらもう教室を出て行った後だった。
部活は強制ではないが、行動パターンとしてたいていの生徒はまず部活の見学に行く。北くんもそうなのかな。再び視線が通うことはなかったけれど、私にとって忘れられない始まりの日となった。
(……一目惚れってホントにあるんだ)
――多分、その後はどこも寄らずに真っ直ぐ帰宅したと思う。心がふわふわして記憶が曖昧で、体温が僅かに上昇して顔が火照っていた。確かなのは、一度帰宅してからすぐに保険証を持って、近所の眼科へ行ってコンタクトを作りに行ったことだけ。親にお小遣いの前借りを頼み込んで、どうにかお金を工面した。
何故、入学初日から北くんに惹かれたの?まだどんな人か知らないのに?からかわれたことを庇ってくれたから?
勿論それもあるが、実際はそうじゃない。目が合った刹那、吸い込まれそうな瞳に魅了された。直感的に稲妻が落ちたような感覚。それはまるで天啓。春の陽気にあてられたせいだとしても、今日を境に芽生えた感情は消すことは出来きそうにない。
翌日、コンタクトにして世界が変わった。かなりよく見える。髪を耳にをかける際に指先に触れるテンプルの煩わしさも、鼻パッドの重みもなく視界良好。もっと早く作っておけばよかった。
胸の騒めきを抑えつつ、かなり早く登校したらすでに一人の生徒が窓を開けて教室内を換気していた。後ろ姿で誰だか分かる。
教室の入り口で立ち止まった私の気配を感じ取ってか、その人物は振り向いた。空から照らす太陽の光が、まるで後光のよう。
「おはようさん。早いな」
「おはよう。こんなに早く登校してる人がいるなんて思わなかった…」
「俺も。しばらく誰も来んかと思った」
はたと気付いて、北くんは目を見開いた。
「ん……、チャームポイントどこいったん?」
「昨日、眼科行って作ったの。今日からコンタクトデビュー」
「そか。ほんなら昨日、俺は貴重な姿拝めたんやな」
「……それはさすがにお世辞ってわかるよ?」
緊張していたはずなのに、彼の冗談に自然と笑みが零れた。
「汐見さん、東京ことばやね」
私が席について鞄を机の上に置くと、北くんも自分の椅子に腰かけて体ごとこちらに向けた。ほんの僅かな好奇心が瞳の奥に垣間見える。
新学期二日目の朝。彼の一言を皮切りに、私達は時々、早朝に教室で二人になると他愛のない会話をした。言葉を交わし合った瞬間、錯覚じゃなかったのだと改めて確信に変わる。一目惚れは本当にあったのだ、と。
・・・・・・
高校では友達出来るといいなぁなんて、そんなありきたりな望みを持って稲荷崎高校に入学したはずだった。だが、突如現れたのは気の合いそうな女子のクラスメイトでなかった。思いも寄らない一目惚れという、急展開。
親しみをもって“汐見”と呼ばれるのも、北くんへの恋心が加速するのも、そう時間はかからなかった。当たり前のように彼が入部したバレー部へ、続くようにマネージャーとして入部した。一年の二学期以降、席替えがあったとしても進級してクラスが別々になっても、同じ部活にいれば話すチャンスはあるだろうと先を見越しての策だった。
北くんへの想いを糧に理想の自分へ近づきたい――高校生活三年間の中で、大きな目標をひとつ掲げるとするならば、それだ。
精一杯勉強して学年上位を目指し、授業の予習復習は怠らない。部活にも打ち込み、黙々とマネージャーの仕事をこなしてみせる。
料理も頑張って、手作りのお弁当を毎日持ってこよう。流行りもそれなりにチェックして年頃らしく外見もセンスも磨けたなら、もう誰にもダサ眼鏡とは呼ばせない。
ただし、理想の自分になれたとしても告白は絶対にしないと心に決めていた。“あの人の隣に立っても恥ずかしくないように…”、と思いつつも決して隣に立つことはないだろう。私は、彼と付き合いたくて努力をするわけじゃない。好かれたいなんて図々しい。
理屈じゃない一目惚れは恋愛につながる強い感情ではあるけれど、私の場合はもっと信仰的なものに近かった。
――三年間、青春のすべてを北くんへ捧げよう。そんな気概で、努力は惜しまない。恐らくおかしな方向の熱意と類ないモチベーションを高めながら、高校生活の幕は開けたのだった。