黒子くんと大学生マネージャー
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mellow parade
いつか“その日”がやって来るのは頭では理解していたが、日々、誠凛のみんなと過ごす心地よさで忘れていた。自分が臨時マネージャーであることを。正式なマネージャーが来たら、自分は去らなければならないことを。
これは最初から顧問であるおじいちゃんと約束していたことだから。
ウィンターカップ優勝後はそのまま冬休みに入り、三学期が始まった頃、校内ではバスケ部優勝の話題で持ち切りになっていたようだ。
新学期のバスケ部恒例の“あの出来事”を覚えてる生徒からしたら『宣言通り本当に優勝した!』と大盛り上がりだろう。
あの出来事とは――バスケ部の本入部の条件として、全体朝礼の日に屋上から全校生徒の前でひとりずつ宣言するという、想像しただけでも緊張で体が強張るような行事だ。
黒子くんの場合は声を張るのが苦手だからと拡声器を準備していたみたいだけれど、実行する前に先生に見つかってしまい説教となり断念したそうだ。
新設校が優勝したことで、来年の入学志願者も増え学校も活気付く。…となると、常々募集をしていたのに空席だった正式マネージャーの応募も来るわけで――…
「入部希望自体は冬休み明けに結構来てたんですけどねぇ…」
部室の備品を点検が終わったタイミングで、休憩時間に私のところまでやって来たリコちゃんが長椅子に腰掛け溜息を漏らした。
どうやらマネージャーの入部希望はちょくちょく来るものの、選考で悩んでいるようだった。現状の部員数を考えても多い人数は要らないので、希望者全員を入部されるわけにはいかなかった。
しかもこの時期の入部希望者は明らかに『ウィンターカップ優勝』の話題性でつられてきた人がほとんどだと、リコちゃんは項垂れていた。
入部希望者には“全国目指してガチでバスケをやる部員たちをサポートする覚悟”が求められる。それが無理なら同好会もあるからそっちへどうぞ!と言うのがお決まりのようだ。“覚悟”と聞くと、急に重たくなるような…。ヒアリングしてみればやはりそこまで強い意志がある子はいないようだった。
「私もおじいちゃん…えーと、武田先生に頼まれたのがキッカケだし、些細な興味から入ったとしても仕事に慣れていくうちにきっと気持ちも追いついてくると思うよ。一生懸命なみんなを見てたら応援したくなるもの」
「そうですかぁ?琴音さんがレアケースだったのかも…」
私が思った以上の働きが出来たのだとしたら、それは本当にみんなのおかげなのに。毎日来てるわけじゃないのに、過大評価を受けている気がする。
「うちがガチ部活って事は希望者には説明してるんです。それを聞いてやっぱやめた!って言う子もいるから、選考においては必須の確認事項なんですけど…」
先程より深い溜息をついていたリコちゃんの隣に座って背中を撫でると、突然ガバッと抱きつかれた。
「琴音さん!辞めないで!」
「私だっていつまでもみんなと居たいけど…」
「毎日見に来てください!」
「それじゃ後任の子の立場なくなっちゃうよ?」
いつもはカントクらしく強気に溌剌として、練習メニューも厳しく男勝りだが、時々甘えるような仕草が妹のように感じてとても可愛らしかった。
よしよしと頭を撫でて宥めながらも、引き止めてもらえる存在になるなんて、ありがたいなぁと心が温かくなる。
誠凛が優勝して日本一のチームになった時、こうなることはわかっていた。話題性でも何でもバスケ部は注目され、マネージャーの応募も来るだろうと。その時が来たら臨時マネージャーは去るべきだ。
日本一のチームにはマネージャーとして同じ学校の生徒で、彼らともっと時間を共に過ごせるサポート役が必要だと思っていた。
私自身は、大学生活を送りながらバイトもしつつ、合間を縫ってお手伝いさせてもらってるだけの一時的なポジション。
本来ならマネージャー業に打ち込める人が最初から存在していたのなら、彼らをもっとサポートできたのに。
…そう思う反面、マネージャーがいなかったおかげでおじいちゃんに声をかけてもらえたし、誠凛バスケ部のみんなとも――黒子くんとも出会えた。
心底感謝している。かけがえのない青春を過ごしたような、時間がたっても色褪せないような思い出をもらったと、そんな気持ちになる。
リコちゃんは寂しがってくれているし、ありがたいことに部員のみんなもいい子ばかりだから、同じように思ってくれているだろう。
だが、新しいマネージャーが決まるのも時間の問題だ。希望者多数ならば、その中に確固たる熱意を持ってる女子だって必ず居るだろう。
引継ぎ作業が慌ただしく始まってそれが終わったら、私が大学の授業終わりやバイト前、お休みの日にも誠凛バスケ部を手伝いに来ることはなくなる。
考えただけでも切ない感情が胸中でジワジワ染み込んで広がっていく。けれど、その時はあっという間に訪れてしまうんだろうな。
□ □ □
とっぷりと日が暮れた群青色の夜空の下、街頭で照らされた歩道を二人並んで手を繋いで歩いた。いつもよりゆっくりとしたペースで歩いてる気がして、黒子くんを見つめていたら、ふ、と白い息を吐いた。
冬真っただ中で最高気温も毎日一桁。触れている手は温かいが、歩いていると鼻先が冷たくなるのを感じていた。
「あの、マジバに寄っていきませんか?」
「うん、賛成!」
部活帰り、二人でいつもの寄り道。こうして一緒に帰ることもなくなるのかなぁと思うと寂しさが込みあげてくる。
店内に入ると寒暖差に耳がじんわりと解けていくようだった。ホットコーヒーとアップルパイを頼み、夕飯前におやつの時間のようなメニューを向かい合った席で囲んだ。
熱々のコーヒーが喉を通ると、自然とリラックスして息をついた。
リコちゃんがマネージャー選びに難航していた数日後、無事に一年生と二年生から一人ずつ入部が決まったと彼女自身から連絡を受けた。
二人とも高校では部活は未所属だったが、中学の時にバスケ経験があったり、他の運動部だがマネージャー経験があったりと、いかにも即戦力になりそうな感じだ。途中入部だとしても、バスケ部のサポートをしたいという彼女たちなりの熱意もリコちゃんに伝わったそうだ。経験者で要領のよさそうな女子二人に教えたら、すぐに引き継ぎも終わっちゃいそうだなと思った。
決定事項は部員たちにも私の目の前で伝えられたので、目前に座っている黒子くんも既に理解していた。だからここ最近、二人で帰る時になんとなく歩くのがゆっくりだったり寄り道を提案したりが多かったのかな。
「琴音さんと部活で顔を合わせなくなるなんて、あまり実感が湧きません」
「うん、私もなんかヘンな感じだよ。バスケ部に行くのが習慣みたいになってたから」
黒子くんが寂しげな様子で伝えてくるので、私も何だか胸が詰まってしまう。黒子くんは彼氏なので、これからもお互いの休日に会ったり出来るだろう。しかし、部活での彼をサポートすることはもう出来ない。思い返せば、専門的な事は特にやっておらず誰もが出来るような雑務しかこなしていなかったが、それでも誰かの役に立つことは純粋に嬉しかった。部員のみんなも明るくて優しくて、楽しい時間を過ごせたのは彼らのおかげだろう。
考えるほど込み上げてきそうな気持ちが落ち着かないけれど、アップルパイをつつきながらしんみりするのはまだ早い!と気持ちを切り替えることにした。せっかく、黒子くんが寄り道に誘ってくれたんだから。それに、美味しいものを食べてる時にしんみりするのも何か違うし。
「すごく寂しいって思うんだけど、それだけ楽しかったってことだよね」
「はい、そうだと思います。僕たちは琴音さんに支えてもらってばかりですが、そんな風に言ってもらえるなんて光栄です」
柔らかい視線を向けられて頷きながら微笑んだ彼を見て、安堵した。
支えてきたなんて自分で思うのは烏滸がましいけれど、きっと黒子くん以外のメンバーも同じように感じてくれているのだろうか。大学生活と両立しながらだったけど、やってきたことが誠心誠意伝わった。
それだけで自分が居た意味があったんだと救われた気持ちになる。気が抜けたように自然に口角が上がってしまう。
コーヒーを飲みながら部活の思い出話をぽつりぽつりとしていたら、ふと黒子くんが神妙な面持ちになった。
「……以前から気になっていた事を聞いてもいいですか?」
「うん、なぁに?」
「お付き合いするようになってからも僕のことを苗字で呼んでいたのは、何か理由があったんですか?」
穏やかなトーンで告げる声から、怒ってるでも拗ねてるわけでもないことを察した。勿論、彼がこんなことで拗ねたりしないことは理解しているが、以前から気になっていたはずなのにずっと聞かないでいてくれた気遣いが黒子くんらしい。
私は部活の時もそれ以外でも“黒子くん”と呼ぶことがほとんどで、デートでは時々、無意識に名前呼びが混ざる。本人からしたら定まらない呼び方に何か思うことがあっただろうけど、特に質問されたことはなかった。
「部活を手伝いに来てるのに公私混同したらマズイかなーと思って、みんなと同じように苗字呼びにしてたの。私たちが付き合っている事は知られてたけど、一応ね。…でも、正式なマネージャーも決まったことだし、これからは堂々と“テツヤくん”って呼ぶね」
隠しているわけでもなかったし正直に理由を説明しつつ、彼の名前をさりげなく呼んでみると、慣れない感じがしてそわそわしてしまう。
コーヒーをゆっくり一口飲んで心を落ち着かせてから改めて確認すると、黒子くんは黙ってしまった。彼氏彼女の仲で名前で呼ばれる事が嫌だってことはないはずだけど、謎の沈黙に私も言葉が出てこない。
妙な間を置いてから、話し出したのは黒子くんだった。
「……不意打ちを食らった気分です」
「え、どういう……ダメってこと?」
「ダメじゃないです、むしろ感動してます」
「そんなたいしたことじゃないと思うけど…。それより付き合ってるのに名前で呼ばない事の方が違和感あったよね。ごめんね」
「いえ、琴音さんらしい理由で嬉しくなりました。周りを気遣ってのことだったんですね」
よくよく見ると、気付かないぐらいに黒子くんは静かに狼狽していた。少しだけ耳が赤くなっている。
自分が”琴音さん”と、ごく自然に最初からそう呼ばれていたから気づかなかったけれど、自分が呼ぶ側になってみると、恋人同士になって改めて彼の名前を呼ぶことはとても特別に感じる。
声に音に、自然と愛しい気持ちが上乗されていく。面と向かって『テツヤくん』と呼ぶ許可を得るなんて、俯瞰して見たら不思議な状況だ。
これからは恋人らしく、もっとたくさん呼びたいな。
しばらくは慣れない感じに照れてしまうだろうなと、想像して笑みが零れそうになった時、息をついて気を取り直した黒子くんが独り言のように告げたのを聞き逃さなかった。
「てっきり、苗字が同じにならない限りは呼び方が――」
私が、え、と声を上げるとお互い真っ直ぐに見つめ合う形になり、テツヤくんは耳だけでなく頬の色もみるみる紅潮していった。
心の中で呟いたはずが無意識に声に出ていたのだろう。声は途切れたが、意味を成さないほどに台詞のほとんどが聞こえていた。
顔が赤らんで目が泳ぐ様子に、その意味に、ワンテンポ遅れて私の頬も伝播するように熱を帯びていった。
「あの、勝手に気が早くてすいません。…でも僕は、決して限定的な関係とは思いたくないんです」
「それはすごく嬉しいけど、ずいぶん未来の話だね…」
「ずっと琴音さんの事が好きですから。好きでい続ける自信がありますから…、誰よりも」
彼のアクアブルーの瞳に映る自分の姿が見えて、嬉しさと気恥ずかしさで変な声が出てしまいそうで両手で口を覆いたくなるのをグッと堪えた。
どうしてそんなに、真っ直ぐ私を好きでいてくれるんだろう。
未来の事なんて誰もわからないけれど、テツヤくんの強い意志に引き込まれてしまう。信じてしまう。“そう”なればいいと願ってしまう。
寒い外の空気とは逆に、店内でもこの空間だけは室温が上がっている気がするのは、顔が熱いせいだろう。
「何してんだ?黙って向かい合って」
「「っ!!」」
言葉を返さなければと思考を巡らせていた最中、テーブルに山盛りのハンバーガーが乗ったトレーを置かれたと同時に聞き覚えのある声がした。
見上げれば、火神くんが呆れ顔で私たちを見下ろしていた。ドカッと隣の椅子に腰を下ろすと、テツヤくんは我に返ったように頬の赤らみは落ち着かないまま少しムスッとした表情になっていた。
「いきなり出てきて驚かすのやめてください、火神くん」
「おーおー、そっくりそのまま返してやらぁ。いつも驚かされてんのはコッチだっての。…つーか、邪魔しちまった、ですか?」
「ぜ、ぜんぜん!そんなことない!一緒に食べよ!」
会話をどこまで聞かれていたのか…と思うと背中に汗が伝う。目の前で両手を振って苦笑いになってる私を見て、火神くんは会釈で返してくれた。改めて見ると、私が年上ってこともあってか火神くんは結構礼儀正しく接してくれている。彼の相変わらずの食べっぷりで、たくさんあるハンバーガーを掴んでは食べ掴んで食べとみるみる数が減っていった。減るスピードがもはや飲み物のようだ。
「部活にマネージャー来ないとお前のモチベーション上がらねーだろ」
「それは確かです」
「おい、惚気んのはいいけどちゃんとやれよ!?」
「いつだって僕は全力です」
食べながらテツヤくんを煽る火神くんを見てると相変わらず、この二人はバスケ以外では性格が合わないのかなと苦笑してしまう。
心の中では互いを信頼しているからこそ、何でも言い合える仲なのだろう。嫌味も軽く流したりサラッと冗談に出来ちゃう男の子同士のやりとりに憧れてしまう。
いつも私には紳士的なテツヤくんが、火神くんだとツンとした対応をするのも毎回見ていて新鮮だ。
せっかくだから三人でもっとおしゃべりしたいな、と私が伝えると、二人とも頷いてくれて嬉しかった。体温が上がったせいで喉もカラカラだ。せめてご馳走させて欲しいと、バニラシェイクを追加で頼もうと私は足取り軽くカウンターへ向かった。
レジに並びながら頭の中でテツヤくんの声がリフレインする。未来の約束…みたいな言葉を、思い返しては心が弾んでいた。
□ □ □
「かわいい女子からの手作りチョコよ!喜べ男子ども!」
来るバレンタイン当日――、私はリコちゃんと協力して作ったスペシャルチョコを部員のみんなに配りはじめた。リコちゃんの威勢のいい声が体育館に響き渡ると、彼女と私が手にしてる大きめの紙袋にみんなの注目が自然と集まる。
以前から何度か打ち合わせを重ね、バレンタイン直近の休日に武田家に来てもらって一緒に手作りしたのだ。リコちゃんは『顧問の武田先生の家に行くなんて、なかなかない事だから…!』と、緊張していたようだった。
快くキッチンを貸してくれた祖父母にも感謝の気持ちを込めて、作ったチョコを渡してから今日は部活にやって来た。
可愛くラッピングしたチョコの箱には直筆のメッセージカードを添え、ひとりひとりに違う文章を、感謝の気持ちを込めて書いた。リコちゃんには、彼女が帰ったあとこっそり別で作ったものを手紙を添えて彼女に渡した。とても喜んでくれたので、ちょっとしたサプライズになったかな?
ちなに、テツヤくんにはまた別で用意してるものがあるので帰り道で渡す予定だ。
2号くんにもバレンタイン用にとワンちゃんが食べれるスイーツを買ってきた。チラッと見せたらすぐに尻尾を振って近づいてきたので、久々にふわふわとした感触を堪能する。
「これでホワイトデーにここに来る理由が出来たよね?」
2号くんを撫でながら、喜んでくれた部員のみんなに冗談めかして笑いながら告げると、何故だか感嘆に近いような呆れてるような、複数の種類の声が各々から聞こえてきた。ホワイトデーのお返しをねだるのはジョークなのに、通じなかったのだろうか?と一瞬だけ懸念したが、それは考えすぎだったとすぐさま知ることになる。
「は~、たらし込まれてんなぁ俺たち。なぁ水戸部?お、珍しく頷くじゃんか!」
「年上なのに可愛いってずるくないか?天然ってやつか?」
「お前もなかなか人たらしだぞ、木吉。あと天然ってお前には言われたくないと思うぞ」
「彼女持ちの土田は女子へのときめき耐性があるとしても、俺たちは別だ。キュートな先輩に心臓をキュッとさせられるな!」
「黙れ伊月。ダジャレはつまんねーけど確かにそうだな」
口々に呟く内容を聞いてみたらどちらかといえば褒めてくれているようだった。何だか恥ずかしいな。ホワイトデーを理由にしてみんなに会いに来てもいい?って意図は、説明しなくても伝わっていたようだ。
しかし決してたらし込んだワケじゃないのに解釈が誇大されてるような気がする。喜んでいいものか?と戸惑っていたら、突然、テツヤくんが両手いっぱい広げて私の前に背を向けて現れた。二年生の先輩たちから私をガードしてくれてるみたいなポーズだ。
「先輩たちでも、琴音さんだけはダメです」
「お?黒子ぉ、いきなり彼氏面か?」
「彼氏ですから」
「自慢やめろ!土田以外の彼女ナシ組が可哀想だろーが!」
「そーだそーだ!」
「いや、俺は別に羨ましくねーですけど」
「強がりはやめろ火神!あと何か羨ましくないとか失礼だぞ!」
「いや、そんなつもりじゃ…!」
「羨ましがられても渡しませんよ」
「黒子てめぇ…いちいち煽んな!」
ワイワイと盛り上がりはじめるみんなのやりとりが楽しくて、私は声を立てて笑ってしまった。私が臨時マネージャーとして居心地よくお手伝いできたのも、誠凛バスケ部の雰囲気のよさがあってのことだったんだろうなと改めて感じた。
キャプテンからの掛け声でそれぞれのポジショニングについて、間もなく始まるミニゲーム。日向くんは私が首からかけているホイッスルを指さして審判頼むって合図を出してきた。
「しっかり平等に頼むぜ、マネージャー。黒子がいるからって一年チームばっか贔屓すんのなしで!判定は厳しく!」
「うん、もちろん!任せて!」
「……意気揚々と言われると少しショックです」
「えっ、あ、ごめんね?」
「琴音さん!黒子くんを甘やかしすぎ!」
リコちゃんの鋭いツッコミに赤面しつつ、TipOff!の掛け声と同時にボールを高く真っ直ぐ上に投げて、一年生VS二年生の試合が開始された。
指折り数えて惜しんでも、終わりの日は訪れる。もう間もなく、バスケ部に通わなくなる日が近づいてる。私がマネージャーじゃなくなっても、この場所で築いた絆は消えない。いずれは卒業して離れ離れになる仲間とも、集まれば和気藹々とした楽しく優しい空気に包まれるだろう。そうに決まってる。
いつだって帰って来れるんだ。思いを馳せればいつだってまた会える。ずっとずっと先まで続く、パレードみたいな場所へ。
いつか“その日”がやって来るのは頭では理解していたが、日々、誠凛のみんなと過ごす心地よさで忘れていた。自分が臨時マネージャーであることを。正式なマネージャーが来たら、自分は去らなければならないことを。
これは最初から顧問であるおじいちゃんと約束していたことだから。
ウィンターカップ優勝後はそのまま冬休みに入り、三学期が始まった頃、校内ではバスケ部優勝の話題で持ち切りになっていたようだ。
新学期のバスケ部恒例の“あの出来事”を覚えてる生徒からしたら『宣言通り本当に優勝した!』と大盛り上がりだろう。
あの出来事とは――バスケ部の本入部の条件として、全体朝礼の日に屋上から全校生徒の前でひとりずつ宣言するという、想像しただけでも緊張で体が強張るような行事だ。
黒子くんの場合は声を張るのが苦手だからと拡声器を準備していたみたいだけれど、実行する前に先生に見つかってしまい説教となり断念したそうだ。
新設校が優勝したことで、来年の入学志願者も増え学校も活気付く。…となると、常々募集をしていたのに空席だった正式マネージャーの応募も来るわけで――…
「入部希望自体は冬休み明けに結構来てたんですけどねぇ…」
部室の備品を点検が終わったタイミングで、休憩時間に私のところまでやって来たリコちゃんが長椅子に腰掛け溜息を漏らした。
どうやらマネージャーの入部希望はちょくちょく来るものの、選考で悩んでいるようだった。現状の部員数を考えても多い人数は要らないので、希望者全員を入部されるわけにはいかなかった。
しかもこの時期の入部希望者は明らかに『ウィンターカップ優勝』の話題性でつられてきた人がほとんどだと、リコちゃんは項垂れていた。
入部希望者には“全国目指してガチでバスケをやる部員たちをサポートする覚悟”が求められる。それが無理なら同好会もあるからそっちへどうぞ!と言うのがお決まりのようだ。“覚悟”と聞くと、急に重たくなるような…。ヒアリングしてみればやはりそこまで強い意志がある子はいないようだった。
「私もおじいちゃん…えーと、武田先生に頼まれたのがキッカケだし、些細な興味から入ったとしても仕事に慣れていくうちにきっと気持ちも追いついてくると思うよ。一生懸命なみんなを見てたら応援したくなるもの」
「そうですかぁ?琴音さんがレアケースだったのかも…」
私が思った以上の働きが出来たのだとしたら、それは本当にみんなのおかげなのに。毎日来てるわけじゃないのに、過大評価を受けている気がする。
「うちがガチ部活って事は希望者には説明してるんです。それを聞いてやっぱやめた!って言う子もいるから、選考においては必須の確認事項なんですけど…」
先程より深い溜息をついていたリコちゃんの隣に座って背中を撫でると、突然ガバッと抱きつかれた。
「琴音さん!辞めないで!」
「私だっていつまでもみんなと居たいけど…」
「毎日見に来てください!」
「それじゃ後任の子の立場なくなっちゃうよ?」
いつもはカントクらしく強気に溌剌として、練習メニューも厳しく男勝りだが、時々甘えるような仕草が妹のように感じてとても可愛らしかった。
よしよしと頭を撫でて宥めながらも、引き止めてもらえる存在になるなんて、ありがたいなぁと心が温かくなる。
誠凛が優勝して日本一のチームになった時、こうなることはわかっていた。話題性でも何でもバスケ部は注目され、マネージャーの応募も来るだろうと。その時が来たら臨時マネージャーは去るべきだ。
日本一のチームにはマネージャーとして同じ学校の生徒で、彼らともっと時間を共に過ごせるサポート役が必要だと思っていた。
私自身は、大学生活を送りながらバイトもしつつ、合間を縫ってお手伝いさせてもらってるだけの一時的なポジション。
本来ならマネージャー業に打ち込める人が最初から存在していたのなら、彼らをもっとサポートできたのに。
…そう思う反面、マネージャーがいなかったおかげでおじいちゃんに声をかけてもらえたし、誠凛バスケ部のみんなとも――黒子くんとも出会えた。
心底感謝している。かけがえのない青春を過ごしたような、時間がたっても色褪せないような思い出をもらったと、そんな気持ちになる。
リコちゃんは寂しがってくれているし、ありがたいことに部員のみんなもいい子ばかりだから、同じように思ってくれているだろう。
だが、新しいマネージャーが決まるのも時間の問題だ。希望者多数ならば、その中に確固たる熱意を持ってる女子だって必ず居るだろう。
引継ぎ作業が慌ただしく始まってそれが終わったら、私が大学の授業終わりやバイト前、お休みの日にも誠凛バスケ部を手伝いに来ることはなくなる。
考えただけでも切ない感情が胸中でジワジワ染み込んで広がっていく。けれど、その時はあっという間に訪れてしまうんだろうな。
□ □ □
とっぷりと日が暮れた群青色の夜空の下、街頭で照らされた歩道を二人並んで手を繋いで歩いた。いつもよりゆっくりとしたペースで歩いてる気がして、黒子くんを見つめていたら、ふ、と白い息を吐いた。
冬真っただ中で最高気温も毎日一桁。触れている手は温かいが、歩いていると鼻先が冷たくなるのを感じていた。
「あの、マジバに寄っていきませんか?」
「うん、賛成!」
部活帰り、二人でいつもの寄り道。こうして一緒に帰ることもなくなるのかなぁと思うと寂しさが込みあげてくる。
店内に入ると寒暖差に耳がじんわりと解けていくようだった。ホットコーヒーとアップルパイを頼み、夕飯前におやつの時間のようなメニューを向かい合った席で囲んだ。
熱々のコーヒーが喉を通ると、自然とリラックスして息をついた。
リコちゃんがマネージャー選びに難航していた数日後、無事に一年生と二年生から一人ずつ入部が決まったと彼女自身から連絡を受けた。
二人とも高校では部活は未所属だったが、中学の時にバスケ経験があったり、他の運動部だがマネージャー経験があったりと、いかにも即戦力になりそうな感じだ。途中入部だとしても、バスケ部のサポートをしたいという彼女たちなりの熱意もリコちゃんに伝わったそうだ。経験者で要領のよさそうな女子二人に教えたら、すぐに引き継ぎも終わっちゃいそうだなと思った。
決定事項は部員たちにも私の目の前で伝えられたので、目前に座っている黒子くんも既に理解していた。だからここ最近、二人で帰る時になんとなく歩くのがゆっくりだったり寄り道を提案したりが多かったのかな。
「琴音さんと部活で顔を合わせなくなるなんて、あまり実感が湧きません」
「うん、私もなんかヘンな感じだよ。バスケ部に行くのが習慣みたいになってたから」
黒子くんが寂しげな様子で伝えてくるので、私も何だか胸が詰まってしまう。黒子くんは彼氏なので、これからもお互いの休日に会ったり出来るだろう。しかし、部活での彼をサポートすることはもう出来ない。思い返せば、専門的な事は特にやっておらず誰もが出来るような雑務しかこなしていなかったが、それでも誰かの役に立つことは純粋に嬉しかった。部員のみんなも明るくて優しくて、楽しい時間を過ごせたのは彼らのおかげだろう。
考えるほど込み上げてきそうな気持ちが落ち着かないけれど、アップルパイをつつきながらしんみりするのはまだ早い!と気持ちを切り替えることにした。せっかく、黒子くんが寄り道に誘ってくれたんだから。それに、美味しいものを食べてる時にしんみりするのも何か違うし。
「すごく寂しいって思うんだけど、それだけ楽しかったってことだよね」
「はい、そうだと思います。僕たちは琴音さんに支えてもらってばかりですが、そんな風に言ってもらえるなんて光栄です」
柔らかい視線を向けられて頷きながら微笑んだ彼を見て、安堵した。
支えてきたなんて自分で思うのは烏滸がましいけれど、きっと黒子くん以外のメンバーも同じように感じてくれているのだろうか。大学生活と両立しながらだったけど、やってきたことが誠心誠意伝わった。
それだけで自分が居た意味があったんだと救われた気持ちになる。気が抜けたように自然に口角が上がってしまう。
コーヒーを飲みながら部活の思い出話をぽつりぽつりとしていたら、ふと黒子くんが神妙な面持ちになった。
「……以前から気になっていた事を聞いてもいいですか?」
「うん、なぁに?」
「お付き合いするようになってからも僕のことを苗字で呼んでいたのは、何か理由があったんですか?」
穏やかなトーンで告げる声から、怒ってるでも拗ねてるわけでもないことを察した。勿論、彼がこんなことで拗ねたりしないことは理解しているが、以前から気になっていたはずなのにずっと聞かないでいてくれた気遣いが黒子くんらしい。
私は部活の時もそれ以外でも“黒子くん”と呼ぶことがほとんどで、デートでは時々、無意識に名前呼びが混ざる。本人からしたら定まらない呼び方に何か思うことがあっただろうけど、特に質問されたことはなかった。
「部活を手伝いに来てるのに公私混同したらマズイかなーと思って、みんなと同じように苗字呼びにしてたの。私たちが付き合っている事は知られてたけど、一応ね。…でも、正式なマネージャーも決まったことだし、これからは堂々と“テツヤくん”って呼ぶね」
隠しているわけでもなかったし正直に理由を説明しつつ、彼の名前をさりげなく呼んでみると、慣れない感じがしてそわそわしてしまう。
コーヒーをゆっくり一口飲んで心を落ち着かせてから改めて確認すると、黒子くんは黙ってしまった。彼氏彼女の仲で名前で呼ばれる事が嫌だってことはないはずだけど、謎の沈黙に私も言葉が出てこない。
妙な間を置いてから、話し出したのは黒子くんだった。
「……不意打ちを食らった気分です」
「え、どういう……ダメってこと?」
「ダメじゃないです、むしろ感動してます」
「そんなたいしたことじゃないと思うけど…。それより付き合ってるのに名前で呼ばない事の方が違和感あったよね。ごめんね」
「いえ、琴音さんらしい理由で嬉しくなりました。周りを気遣ってのことだったんですね」
よくよく見ると、気付かないぐらいに黒子くんは静かに狼狽していた。少しだけ耳が赤くなっている。
自分が”琴音さん”と、ごく自然に最初からそう呼ばれていたから気づかなかったけれど、自分が呼ぶ側になってみると、恋人同士になって改めて彼の名前を呼ぶことはとても特別に感じる。
声に音に、自然と愛しい気持ちが上乗されていく。面と向かって『テツヤくん』と呼ぶ許可を得るなんて、俯瞰して見たら不思議な状況だ。
これからは恋人らしく、もっとたくさん呼びたいな。
しばらくは慣れない感じに照れてしまうだろうなと、想像して笑みが零れそうになった時、息をついて気を取り直した黒子くんが独り言のように告げたのを聞き逃さなかった。
「てっきり、苗字が同じにならない限りは呼び方が――」
私が、え、と声を上げるとお互い真っ直ぐに見つめ合う形になり、テツヤくんは耳だけでなく頬の色もみるみる紅潮していった。
心の中で呟いたはずが無意識に声に出ていたのだろう。声は途切れたが、意味を成さないほどに台詞のほとんどが聞こえていた。
顔が赤らんで目が泳ぐ様子に、その意味に、ワンテンポ遅れて私の頬も伝播するように熱を帯びていった。
「あの、勝手に気が早くてすいません。…でも僕は、決して限定的な関係とは思いたくないんです」
「それはすごく嬉しいけど、ずいぶん未来の話だね…」
「ずっと琴音さんの事が好きですから。好きでい続ける自信がありますから…、誰よりも」
彼のアクアブルーの瞳に映る自分の姿が見えて、嬉しさと気恥ずかしさで変な声が出てしまいそうで両手で口を覆いたくなるのをグッと堪えた。
どうしてそんなに、真っ直ぐ私を好きでいてくれるんだろう。
未来の事なんて誰もわからないけれど、テツヤくんの強い意志に引き込まれてしまう。信じてしまう。“そう”なればいいと願ってしまう。
寒い外の空気とは逆に、店内でもこの空間だけは室温が上がっている気がするのは、顔が熱いせいだろう。
「何してんだ?黙って向かい合って」
「「っ!!」」
言葉を返さなければと思考を巡らせていた最中、テーブルに山盛りのハンバーガーが乗ったトレーを置かれたと同時に聞き覚えのある声がした。
見上げれば、火神くんが呆れ顔で私たちを見下ろしていた。ドカッと隣の椅子に腰を下ろすと、テツヤくんは我に返ったように頬の赤らみは落ち着かないまま少しムスッとした表情になっていた。
「いきなり出てきて驚かすのやめてください、火神くん」
「おーおー、そっくりそのまま返してやらぁ。いつも驚かされてんのはコッチだっての。…つーか、邪魔しちまった、ですか?」
「ぜ、ぜんぜん!そんなことない!一緒に食べよ!」
会話をどこまで聞かれていたのか…と思うと背中に汗が伝う。目の前で両手を振って苦笑いになってる私を見て、火神くんは会釈で返してくれた。改めて見ると、私が年上ってこともあってか火神くんは結構礼儀正しく接してくれている。彼の相変わらずの食べっぷりで、たくさんあるハンバーガーを掴んでは食べ掴んで食べとみるみる数が減っていった。減るスピードがもはや飲み物のようだ。
「部活にマネージャー来ないとお前のモチベーション上がらねーだろ」
「それは確かです」
「おい、惚気んのはいいけどちゃんとやれよ!?」
「いつだって僕は全力です」
食べながらテツヤくんを煽る火神くんを見てると相変わらず、この二人はバスケ以外では性格が合わないのかなと苦笑してしまう。
心の中では互いを信頼しているからこそ、何でも言い合える仲なのだろう。嫌味も軽く流したりサラッと冗談に出来ちゃう男の子同士のやりとりに憧れてしまう。
いつも私には紳士的なテツヤくんが、火神くんだとツンとした対応をするのも毎回見ていて新鮮だ。
せっかくだから三人でもっとおしゃべりしたいな、と私が伝えると、二人とも頷いてくれて嬉しかった。体温が上がったせいで喉もカラカラだ。せめてご馳走させて欲しいと、バニラシェイクを追加で頼もうと私は足取り軽くカウンターへ向かった。
レジに並びながら頭の中でテツヤくんの声がリフレインする。未来の約束…みたいな言葉を、思い返しては心が弾んでいた。
□ □ □
「かわいい女子からの手作りチョコよ!喜べ男子ども!」
来るバレンタイン当日――、私はリコちゃんと協力して作ったスペシャルチョコを部員のみんなに配りはじめた。リコちゃんの威勢のいい声が体育館に響き渡ると、彼女と私が手にしてる大きめの紙袋にみんなの注目が自然と集まる。
以前から何度か打ち合わせを重ね、バレンタイン直近の休日に武田家に来てもらって一緒に手作りしたのだ。リコちゃんは『顧問の武田先生の家に行くなんて、なかなかない事だから…!』と、緊張していたようだった。
快くキッチンを貸してくれた祖父母にも感謝の気持ちを込めて、作ったチョコを渡してから今日は部活にやって来た。
可愛くラッピングしたチョコの箱には直筆のメッセージカードを添え、ひとりひとりに違う文章を、感謝の気持ちを込めて書いた。リコちゃんには、彼女が帰ったあとこっそり別で作ったものを手紙を添えて彼女に渡した。とても喜んでくれたので、ちょっとしたサプライズになったかな?
ちなに、テツヤくんにはまた別で用意してるものがあるので帰り道で渡す予定だ。
2号くんにもバレンタイン用にとワンちゃんが食べれるスイーツを買ってきた。チラッと見せたらすぐに尻尾を振って近づいてきたので、久々にふわふわとした感触を堪能する。
「これでホワイトデーにここに来る理由が出来たよね?」
2号くんを撫でながら、喜んでくれた部員のみんなに冗談めかして笑いながら告げると、何故だか感嘆に近いような呆れてるような、複数の種類の声が各々から聞こえてきた。ホワイトデーのお返しをねだるのはジョークなのに、通じなかったのだろうか?と一瞬だけ懸念したが、それは考えすぎだったとすぐさま知ることになる。
「は~、たらし込まれてんなぁ俺たち。なぁ水戸部?お、珍しく頷くじゃんか!」
「年上なのに可愛いってずるくないか?天然ってやつか?」
「お前もなかなか人たらしだぞ、木吉。あと天然ってお前には言われたくないと思うぞ」
「彼女持ちの土田は女子へのときめき耐性があるとしても、俺たちは別だ。キュートな先輩に心臓をキュッとさせられるな!」
「黙れ伊月。ダジャレはつまんねーけど確かにそうだな」
口々に呟く内容を聞いてみたらどちらかといえば褒めてくれているようだった。何だか恥ずかしいな。ホワイトデーを理由にしてみんなに会いに来てもいい?って意図は、説明しなくても伝わっていたようだ。
しかし決してたらし込んだワケじゃないのに解釈が誇大されてるような気がする。喜んでいいものか?と戸惑っていたら、突然、テツヤくんが両手いっぱい広げて私の前に背を向けて現れた。二年生の先輩たちから私をガードしてくれてるみたいなポーズだ。
「先輩たちでも、琴音さんだけはダメです」
「お?黒子ぉ、いきなり彼氏面か?」
「彼氏ですから」
「自慢やめろ!土田以外の彼女ナシ組が可哀想だろーが!」
「そーだそーだ!」
「いや、俺は別に羨ましくねーですけど」
「強がりはやめろ火神!あと何か羨ましくないとか失礼だぞ!」
「いや、そんなつもりじゃ…!」
「羨ましがられても渡しませんよ」
「黒子てめぇ…いちいち煽んな!」
ワイワイと盛り上がりはじめるみんなのやりとりが楽しくて、私は声を立てて笑ってしまった。私が臨時マネージャーとして居心地よくお手伝いできたのも、誠凛バスケ部の雰囲気のよさがあってのことだったんだろうなと改めて感じた。
キャプテンからの掛け声でそれぞれのポジショニングについて、間もなく始まるミニゲーム。日向くんは私が首からかけているホイッスルを指さして審判頼むって合図を出してきた。
「しっかり平等に頼むぜ、マネージャー。黒子がいるからって一年チームばっか贔屓すんのなしで!判定は厳しく!」
「うん、もちろん!任せて!」
「……意気揚々と言われると少しショックです」
「えっ、あ、ごめんね?」
「琴音さん!黒子くんを甘やかしすぎ!」
リコちゃんの鋭いツッコミに赤面しつつ、TipOff!の掛け声と同時にボールを高く真っ直ぐ上に投げて、一年生VS二年生の試合が開始された。
指折り数えて惜しんでも、終わりの日は訪れる。もう間もなく、バスケ部に通わなくなる日が近づいてる。私がマネージャーじゃなくなっても、この場所で築いた絆は消えない。いずれは卒業して離れ離れになる仲間とも、集まれば和気藹々とした楽しく優しい空気に包まれるだろう。そうに決まってる。
いつだって帰って来れるんだ。思いを馳せればいつだってまた会える。ずっとずっと先まで続く、パレードみたいな場所へ。