黒子くんと大学生マネージャー
name change
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
ラブコール・バースデー
テツヤくんの20回目の誕生日に備えて――
普段は行けないようなちょっといいレストランを予約して、美味しいデザートを食べてお祝いする予定だった…はずなんだけど。
テツヤくんより3つ年上の私は社会人一年目で、今はお給料もバイトの時とは比べものにならないぐらい貰っている。
その代わりに毎日忙しく残業もそこそこに、はじめは慣れないことも多くて大変だったけれど、今の収入のおかげで学生の時には出来なかったちょっとした贅沢が出来るのはのは嬉しいことだ。
ささやかだけれど先月は冬のボーナスが出たので、ちゃんとテツヤくんのプレゼント代と、当日のレストランのお金はしっかりと別にしてとっておいた。
さぁ、プレゼント買いに行こう!レストラン予約をしよう!…と意気込んでいたのだが、テツヤくんの誕生日の夜、二人きりで過ごすことは叶わなかった。
――というのも、以前からバスケ部のみんなで集まろうという話が出ていて、その予定が1月31日になってしまったのだ。
みんなそれぞれ忙しいので、いくつか集まれそうな候補日を出しながらやりとりをしていたのだが、ちょうどみんなが集まれる日が1月31日にほぼ確定となった。
私もテツヤくんもその日は二人で誕生日をお祝いする予定だったが、なかなかみんなと集まれる機会もないということで、そっちの予定を優先することにしたのだ。
それに、みんなもテツヤくんの誕生日を知っているからお祝い自体は出来る。集まりも兼ねて必ず誕生日会をやるはずだ。
二人で過ごす時間もいいけど、久しぶりにバスケ部のみんなに会えるのも楽しみだし、賑やかなお祝いになりそうでわくわくしてきた。
優しくて、面白くて、思いやりが強いメンバーが集まった誠凛バスケ部は本当にいい仲間たちが揃った部だ。
私が『臨時マネージャー』というポジションで約1年間和気藹々と楽しく過ごせたのも彼らのおかげだと思う。
私も仲間の一員として受け入れてもらえたことが本当に嬉しかった。
大学生活とバイトも並行してのバスケ部のお手伝い――忙しくも、楽しく、充実した毎日だった。
何故1年の間だけだったかというと、テツヤくんたちが優勝したWCを終えてからのお正月明けにはマネージャーとして入部を希望する女子生徒が数人現れたからだ。
私はバスケ部顧問であるおじいちゃんの伝でバスケ部を手伝うことになったけれど、それはあくまで『新しいマネージャーが見つかるまで』という条件だった。
新しいマネージャーがいるのならば私がバスケ部を手伝う理由もなくなり、手伝いたくても大学二年になれば就職を見据えて忙しくなってくる頃だ。
頭ではわかっていたけど、いざ、臨時マネージャーという立場から離れるとなった時、すごく寂しくなった。
みんなと過ごした時間がかけがなえのないものに思えた。
臨時マネージャーじゃなくなった後も、時々バスケ部の練習は時々見に行っていたし、顔を出せばみんなも相変わらず仲良くしてくれたなぁ。
テツヤくんとは相変わらず順調なお付き合いをさせてもらっている。
よく、飽きずに呆れずに私と一緒にいてくれているなぁと、感謝ばかりだ。
愛想を尽かされないように、日々ちゃんと感謝の気持ちを伝えるようにはしているけれど…、うまく伝えられているのだろうか。
私は、彼と出会ってから良い意味でも悪い意味でも相変わらずだというのに、テツヤくんはどんどんカッコよくなっていく。
前から男前だったんだけどさらに磨きがかかってきたというか…幼さを残していた顔立ちが今やすっかり青年に。
歳よりは幼くは見えるが、ちゃんと大人っぽくなってきている。
大学生のテツヤくんが、私よりも同い年の子たちにモテてしまったら…私のことは見てくれなくなるんじゃないかとか、自分が置いてけぼりになってしまうみたいで心配になってしまう。
この前彼が泊まりに来た時に正直に話してみたら、テツヤくんからは「それは僕も同じです」と言われてしまった。
「社会人になった琴音さんから見れば、僕はきっと子供に見えるでしょうから、年上の男性に琴音さんを取られたりしないか心配です。僕も早く社会人になれたらいいんですが…」
はぁ、と深いため息をついて項垂れたテツヤくんを見て、私は一瞬固まる。
私には勿体ないほどの言葉を真に受けて私は思わず両頬を覆って感動してしまった。
テツヤくんが心配してるようなことは万が一にも起きない気がするし、私の心の矢印はテツヤくんばかりに向いているので、他の人から好意を受けてもスルーできる自信はある。
真剣に心配している様子のテツヤくんには、私はどんな風に見えているんだろうか。
キラキラして見えてるんだろうか。まるで解けない魔法にかかったみたいに。
「テツヤくんが心配することなんて何1つないから、安心していいよ?」
「…無理ですよ。安心できません」
苦笑して返すと、眉間に皺を寄せてムッとした表情でそのまま抱きしめられた。
何か言いたそうにテツヤくんの腕に力が込められる。
「いつも傍に居られないのがもどかしいです」
ああ、これは本気で心配してくれてるんだ。社会人になって飲み会があったり残業があったり、今務めている会社は男性のが多いって事実に、きっと彼は色々考えてしまったのかなぁ。
既に23歳の私と、これから二十歳を迎えるテツヤくん。
お互い歳を重ねる度に追いついて離されて、当たり前だけれどこの3歳差は埋まることがない。
「追いつきたい」と、願ってもどうにもならないことを思ってしまうことがあると、前にテツヤくんは話してくれた。
大事に想われているってわかるから、私には充分過ぎる程の言葉だ。
惜しみなく愛を与えられている気分になる。そんなに私を甘やかしてはいけないけれど、真っ直ぐな好意は純粋にとても嬉しいものだ。
益々寒くなっていく冬本番、お互い忙しい日常の中で会えるわずかな時に、私は幸せを噛み締めていた。
□ □ □
…そして1月31日、誕生日当日の夜。
テツヤくんだけに遅めの集合時間を教えて、火神くんのマンションへ集合。
一年のほとんどをアメリカで過ごしてる火神くんも、わざわざ今回に合わせて数日前に日本に戻ってきてくれた。
日本では相変わらずだだっ広いマンションの一室をほぼ一人で使っているようで、今回の集まりの場所もありがたいことに率先して場所を貸してくれた。
部活帰り、時々ここに集まって試合相手の学校のスカウティングをしたり、ミーティングもしたなぁ。
リクエストをすれば決まって火神くんが手料理を振舞ってくれて、どれもこれも美味しくて感動したものだ。
既にテツヤくん以外のみんなと料理の準備をして、夜7時になりインターホンが鳴った。
開いてるから入って来いよと、久々だけれどぶっきらぼうな物言いで火神くんがインターホンマイクでテツヤくんに伝えた。
リビングに続くドアに影がかかった瞬間、私たちは手の中にあるクラッカーの紐に力を込めた。
パンッ!と弾けた音とテツヤくんがリビングへ入ってきたのはほぼ同時。
「「「ハッピーバースデー!!」」」
次々にクラッカーを鳴らして拍手で本日お誕生日のテツヤくんを迎えれば、彼は唖然として目を見開いていた。
クラッカーの最初の音に、珍しく「わぁ!」と声を上げて驚いた後、口元を緩ませて笑っている。
口々に「黒子おめでと~!」と先輩や同級生からの声に、私もおめでとうと声を重ねてまた拍手を送った。
「びっくりしました…。みなさん、ありがとうございます。感無量です」
目を細めて微笑むテツヤくんに、みんな珍しいものでも目撃したみたいなリアクションだ。
普段、あまり感情を表に出さないクールな印象が強かったものだから、それに驚いているのだろう。
私はよくこの表情を見ているけれど、やはり見る度にドキリとしてしまう。
二十歳になったテツヤくんの、益々端正になった顔立ちに繊細な微笑みはよく似合っている。
火神くんが作った料理の数々、持ち寄った食べ物を並べるとテーブルに乗りきらないほど豪華。
火神くんの料理の腕は相変わらずすごい。私も少し手伝わせてもらったけれど、彼は手早な上に調味料とかも凝っていて、ちょっとした一工夫もまるでお料理番組みたいだった。、間近で見ているととても勉強にになる。
リコちゃんが作ったものを自ら進んで日向くんが食べていたけど、真っ青な顔で「イケル!」と親指を立てていた。
日向くんにみんな敬意を払って拍手していたのを、リコちゃんが顔を真っ赤にして「何でよもう!」って大声で抗議したり。
…みんな変わらないなぁ。このわいわいとした居心地のよい空気にほっとする。
そういえば、リコちゃんと日向くんは時期は定かではないけれどお付き合いをしているようだ。すごくお似合いのカップルだし、高校のころからリコちゃんのことを好きだった日向くん、想いが報われてよかったなとしみじみと思う。
しばらくの間、料理を食べお酒を飲みつつ、近況や思い出話に花を咲かせながら盛り上がった。
テツヤくんが二十歳になったということで「これでやっと、全員で乾杯ができる!」、と、嬉々として乾杯の音頭を取る小金井くんに続いて、みんなも高々とグラスを掲げる。
もう既にテツヤくん以外は食事と共にお酒を飲んでいるというのに、またしきり直して乾杯だ。
テツヤくんはグラスを渡され、小金井くんになみなみと瓶ビールを注がれていた。
ちょっと戸惑った様子を見せたけど、今日の主役なので飲まないわけにはいかない。
『お酒は二十歳になってから』…を、ちゃんと守っていそうなテツヤくんはきっと、この一口がはじめてのお酒だろう。まぁ、甘酒とかを除いたとして…。
私はみんなより年上なのでそんなに強くはないけれど普通程度に飲めるし、去年二十歳になっているリコちゃんたちは飲み慣れているようだ。
この中でもっとも最後に二十歳を迎えたのはテツヤくんだった。
「おう、主役っ、飲み干せ!」
「では、いただきます」
テツヤくんは男らしくグッとジョッキを傾けると見事に一気飲みをした。
…だ、大丈夫かな!?
フルーツサワーを飲みながら隣に座る彼を心配しつつ私は彼の顔を覗き込めば、テツヤくんの顔はすぐに赤くなっていた。
もともと甘党のテツヤくんは初ビールの感想は「苦い…」と呟いただけだった。そして目がとろんとしてゆっくり瞬きをしている。
ああ、これはもしかしたらテツヤくんは一番先に寝ちゃうかもしれないなぁと悟った。
「一気飲みとはやるじゃねーか、黒子ぉ。俺も先輩として負けられない!」
既に酔いがまわって目が据わっている状態の小金井くんは、テツヤくんと肩を組みつつテンション高く意気込んだ。
テツヤくんの飲みっぷりに気をよくした日向くんたちは、自分らも飲みつつ、テツヤくんにどんどんお酒を次いでいた。ビールがダメならサワーだ!カクテルだ!と甘い系のお酒を回すも、甘いお酒も結構アルコール度数が高いものも中にはある。
仲の良かったバスケ部メンバーが、みんな揃って二十歳以上になってお酒を飲み交わせば、それはもう何時間でも盛り上がれるぞってぐらいってワイワイと騒いだ。私も気が緩んで結構お酒が進んでしまった。あまり強い方じゃないけれど、火神くんがササッと作ってくれたおつまみがすごく美味しくて、みんなお酒も進んでしまう。お酒がなくなったら、降旗くんたちがコンビニへ買い出しにいって、またどっさりとお酒を買って戻ってきた。
――まるであの頃に戻ったみたいな、この楽しく心地よい空気。
時計を見るのも忘れて、食べて飲んで笑って、あっと言う間に夜は更けていった。
・・・
・・・・・
・・・・・・
夜11時を回ったところで、日向くんはリコちゃんを送っていくといって帰って行った。
酔いが回ったリコちゃんは「泊まる~~!帰りたくない~~!」と駄々っ子みたいになっていたのが可愛かった。
でも、リコちゃんのお父さん厳しい人だったはずだ。玄関で仁王立ちでもして娘の帰りを待ってるんじゃないだろうか。…ってことは、日向くん、無事に帰れるかな。
二人を皮切りに、次の日早朝からバイトがあるからと帰っていく人が数名。
家の用事があるからと、水戸部くん。明日定期通院があるからと木吉くんも帰っていった。
残ったメンバーは「朝まで飲むぞ!」と意気揚々。
既に出来上がった空気で、懐かしい話とか、実は今だから言える笑い話でさらに盛り上がり、お酒のテンションもあって楽しい時間はまだまだ続きそうだ。
「泊まってける奴は泊まってっていいぜ。ただし、雑魚寝だけどな。あ、マネージャーは別の部屋あるんでそこ使ってくれ、…です」
この中で女一人だけになった私に気を遣ってそう伝える火神くんは、あの頃と変わらず私を“マネージャー”と呼ぶ。
もう、臨時マネージャーじゃなくなってから何年も経つというのに。でもそう呼ばれ続けるのは何だかこそばゆくなる。愛称みたいなものだ。
ありがとう、と微笑むと火神くんは私からパっと目を逸らした。何だかいつもと様子が違う彼に首を傾げると、降旗くんがクッと笑い出した。
「火神の奴、あの頃から琴音さんに対してそんな感じだよなぁ。緊張してんのか…もしかして狙ってるとか!?」
からかうように告げたので、火神くんはさらに顔が赤くなっていた。
降旗くんに続いて福田くんも「そーだそーだ」と頷いている。お酒のテンションでみんな口が軽くなっているようだ。
またまた冗談を!、と、私は苦笑しつつも戸惑いながら火神くんに目を向ければ、やはり照れた顔でそっぽを向いていた。
お酒で赤くなっているのか、本気で照れているのか分からないけれど、何も言い返さないということは…やはり本当なのだろうか。
笑いを含んだ声でみんなが勝手なことを口々に喋り出したので、さすがに火神くんもこちらに向き直ってテーブルをドン!と叩いた。
私の隣でうつらうつらしていたテツヤくんの肩がビクリと震えたのを、視界の端っこで捉えた。
ぼうっとどこか虚空を見つめているテツヤくんは唇も微動だにせず。
はじめてのアルコールで結構ガッツリ飲んだので、お酒を飲んで眠くなるという感覚もはじめてだろう。
「狙ってるとかおかしな言い方すんな!…俺の身近な女子に普通の人いなかったからな。ほら、カントクもあんなだしアレックスもあんなだろ!?だからマネージャーの、お、おしとやかな感じが貴重っつーか…とにかく、そんだけだ」
「カントクが“あんな”って…、火神、今ここにカントクいなくてよかったな。ぶっ飛ばされてたと思う」
「日向先輩にもな。カントクは今、日向先輩の彼女だぞ」
「おいお前ら、絶対言うなよ」
あぁ、そういう意味のだったのか。内心、ほっとしつつ私も正直過ぎる火神くんの物言いに笑ってしまった。
「あんなだし」なんて失礼だけれど、確かにリコちゃんやアレックスさんやインパクト強いもんなぁ。
比べたら私はどこにでもいるような「普通」の女子だろう。
女視点で女性を見た場合と、男視点で女性を見た場合じゃまったく重点が変わってくるものだ。
「おしとやかだなんて全然そんなことないのに。火神くんお世辞うまいなぁ」
向かいに座る火神くんに、一応誉めて貰ったお礼を告げれば、彼はまた私から視線を逸らした。
男の子のこういう反応は、初々しくてかわいいなぁって思ってしまうほどには私も歳をとったものだ。と言っても23歳…社会人1年目だし世間的にも充分若い方だろうけど、今日集まった面子では私が一番年上なので年上だからつい錯覚してしまう。
前々から火神くんが関わる女性は結構個性的な人が多いのは聞いていたけど、それは今も変わらないらしい。
それ故に、久々に会った「普通」の私がレアキャラに見えたのだろう。そうだ。うん。むしろ、そうでないと困る。意識したら変な汗が顔から吹き出しそうだ。
「…おっ、お世辞じゃねーです。酔ってるから言うってわけじゃねーけど、俺はホントはアンタみたいな――」
テーブルから身を乗り出した火神くんが私に詰め寄るように言葉を向けたその時、私の隣の席でさきほどまで眠たそうにしていたテツヤくんが突然、私の腰にガッシリと両腕を回してしがみついた。
一瞬、テーブル越しに詰め寄られて仰け反りかけた私の動きが止まる。
「だめです。火神くんにも誰にも琴音さんは渡しません」
声のトーンはいつもと同じなのだが、ゆっくりと話すその口調は明らかに酔っている事が分かった。
「僕が一番琴音さんのことを好きですから。絶対離しません。これからもずっと大事にします」
倒れ込むみたいな体勢で状態の私にしがみついてくる…だけかと思えば、そのままテツヤくんは私の胸元に顔を寄せてさらに力強く抱きしめた。
押しつけられた顔の部分に今日着てきたニット生地の皺が寄っている。
わ、わ、わ、と慌てて引き離そうとしてもまったく離れずテツヤくんはそのままの状態で喋りはじめる。
黒子、うらやましいぞー!なんて囃されて私は顔が真っ赤になってしまった。
テツヤくんが16歳のときからお付き合いさせてもらっている事をみんなも知っているけど、みんなの前でイチャつくのは辞めようって約束して、ずっとそれを守り抜いてきたのに、何故、今ここで突然!?
テツヤくんは酔ってるんだ。酔った勢いでこうなってるんだ。
「いつも僕のことを真っ直ぐ見つめてくれる瞳も、優しいところも、あとそうですね…まぁ全部好きなんですが…キスする時に僕のシャツを握るところとか、震えた睫とか好きです」
私を抱きしめながらそのまま喋るので、息がかかって胸元が熱い。
みんなに言い聞かせるように告げるテツヤくんの声に、血が沸騰する。
そんな事みんなに教えてもどうーでもいい情報でしょ!とツッコミを入れたかったが、周囲は面白がって更に囃し立てるので、恥ずかしさでか小声になる私の異議などみんなの声でかき消えてしまう。
「それに感じてる時の声が堪らなく可愛いのでさらに苛めたくなっ」
「わァァーッ!ちょちょ、ちょ!テツヤくん!」
耳まで真っ赤になってしまった私にお構いなしにさらに過激な発言を淡々と告げようとしていたので、私は自分でもびっくりするぐらいの大きな声を出してテツヤくんの耳をつねって制止した。
私の腰にしがみついていた手の力を少し緩め、もぞ、と顔が胸元で動いて上目遣いで見上げてきた。
焦点が定まってないようなぼんやりとした瞳が今度こそしっかり私を捉えて、その瞳の中に恥ずかしさで遣りきれないといった私の表情が写る。
「何を言ってるの何を!完全に酔ってるね!?」
「酔ってません。酔ってませんから…それに全部事実です。なので火神くん諦めてください」
結局それが言いたかったのだろうか。テツヤくんは視線は私と交わしたままの状態で告げた。
「取らねーよ!邪魔もしねーから安心しとけ!」
噛みつくように声を荒げてから火神くんは大きくため息をついていた。
どうか、火神くんにも『どこにでもいる普通の女性』と恋の縁がありますように…私は心の中でそう願った。
高校卒業後も、火神くんが関わる女性はやっぱり個性的な人が多いみたいだ。
それも縁といえば縁だと思うんだけど、やはり本人はおしとやかな女性に憧れ続けているらしい。
普段なこんな話もできないけれど、お酒の席で知らなかったみんなの新しい一面が垣間見えた。
…しかし、私をガッシリとホールドしているテツヤくんをどうするか。
私の胸に顔を押しつけてくる、まるで縋るような体勢でしがみつかれたかと思えば、むくっと起きて今度はちゃんと座り直して正面からギュッとされてしまった。
抱きしめる力は緩めてくれたけれど酔った勢いなのか、みんなの前だというのに私を離してくれる気はないみたいだ。
□ □ □
「離して!」と、強く言おうが優しく言おうがまったく離してくれる気配がなかったので、結局酔っぱらったテツヤくんを連れて別の部屋で一眠りさせることにした。
あのままの体勢だと私も苦しかったし、あそこで眠ってしまうよりはいいだろう。
「テツヤくんの酔いが醒めるまでちょっと休ませてもらうね。本当に何させないので安心して」
広いリビングから出る前に念のため伝えると、火神くんはちょっと間をおいてから頷いた。
具体的なことは言わないけれどどういう意味なのかわかってくれているだろう。
テツヤくんが酔っぱらったせいでみんなに恥ずかしいところを見られてしまったけれど、お酒の力で明日になったらみんなの記憶も曖昧になっていればいいのにと願うしかない。さっきのことはみんな忘れて欲しいものだ。
私が大声を出してテツヤくんの言葉を遮ってなかったら、何をバラされていたのかわかったもんじゃない。
愛しい恋人だけれど、何をされても怒らないわけじゃないし、他の人に知られたら恥ずかしいことだってあるのに…!
私もお酒が入って少し酔っているけれど、その点に関してはしっかり怒りが湧いていた。
かと言って、私の何倍も酔っているテツヤくんに今怒ってもあまり効果はなさそうだ。
明日になって「僕そんな事言ったんですか?覚えてません」とか言われたら、怒り損だ。
別室の片隅に布団が重ねてあったので、それを簡単に敷いてからとりあえず横になって休むことにした。
このまま寝ちゃいそうだけど、少し眠って酔いが醒めるならそれもいいか。どのみち、あのまま飲み続けていてもリビングで寝ていたような気もする。
先に一組の布団を敷いてテツヤくんを寝かせてあげてから私がもう一組敷こうとすると、後ろから手を引っ張られて私はテツヤくんの胸元へ転がり込んでしまった。
「こうするので一組だけでいいですよ」
くるりと体を反転させられ、あっと言う間にテツヤくんの腕の中にすっぽりと、まるで抱き枕のように包まれてしまった。
くっついた体温があったかい。どうやら彼の酔いは少しも醒めてないようだ。
「テツヤくん、はじめてのお酒で悪酔いしちゃったね…」
諦めて体の力を抜いておとなしくしていると、フッと笑った息が頭上から聞こえてきた。
「すごく酔ってるわけではないんですよ。本当に少しだけで…」
「…え?」
思わず、驚きがそのまま声に出た。あれで、あの状態で酔ってないとしたら一体アレは何だったんだ。
みんなの前でかなり恥ずかしかったんだけど。私が何か言う前にテツヤくんは私の背中に回した手に少し力を込めてもっと近くにと抱き寄せた。
鼻先がテツヤくんの鎖骨に触れて、ほわりとお酒の香りが漂う。
「酔ったフリをして牽制しました。他のみんなが琴音さんに手を出さないようにと」
「みんなそんなことしないよ?私とテツヤくんが長く付き合ってるの知ってるんだし」
「知ってたって、好きになったらきっと手は出しますよ。僕だったらそうします。もし、あなたが僕以外の誰かと付き合っていたとしても、目の前に琴音さんの手が握れるチャンスがあるなら僕は迷わず握ります」
先程の、明らかに酔っていた口調とは違い、いつものような淡々とした口調に戻っていた。
酔ったフリ…にしてはホントに酔ってるみたいだけど、お酒の勢いを利用して言いたいことを言ってやった、という感じだろうか。
きっと、火神くんと私の会話を聞いていたからだろう。
両手をテツヤくんの胸に当てると、心臓がドクンドクンと早いリズムを刻んでいた。
お酒のせいもあるけれど、もしかして、ちょっと緊張してる――?
「琴音さんが僕の大事な人だと、知らしめたかったんです。普段だったらあんな事みんなの前で言わないんですが、誕生日だし許してもらえるだろうと思って…。あなたが思っている以上に、僕は我が儘で独占欲が強くて狡い奴なんです」
はぁ、と熱のこもった息をついて、テツヤくんは首を傾けて私の肩口に顔を埋めた。
まるで、自分の汚い部分を吐露しているみたいだ。同時に反省もしているように聞こえた。
「本当に狡い人は自分のこと狡いなんて言ったりしないし、本音だって打ち明けないよ?」
そんな彼が可愛くて、私はクス、と笑いが漏れる。付き合いが長くなって、こうやって独占欲を時々さらけ出してくるテツヤくんが愛おしくて堪らない。
時折、今回のように予想以上のことをされて驚くときもあるけれど。
今回の場合は酔った勢いに任せてああなってしまったけれど、行動の真意の根元はやはり彼の純粋さ故なんだろう。
「独占なんてしなくても、私はもうテツヤくん以外見えてないのに」
テツヤくんが私の言葉に反応して、サラリと細くてキレイな水色の髪が私の頬を掠めた。
彼が安心するように、私は彼の胸に置いていた手を伸ばして頭を撫でてあげた。先程、彼が告げたのはまるで弱音のようだった。
許して欲しい、受け入れて欲しい、そんな物言いだったから。
頼まれなくたって私はテツヤくんのありのままを受け入れる。もう付き合って5年も経つんだ。
今更、テツヤくんから離れることはできないし、離れる必要もない。彼以外、知りたいとも思わないのだと心から誓える。
「テツヤくんお誕生日おめでとう。これからもそのままの素敵なテツヤくんでいてね」
テツヤくんの胸に当てていた両手の上から私は静かに顔を寄せた。心臓の鼓動が耳にまで伝わってきそうだ。
服越しに伝わるテツヤくんの体温があったかくて私もつい、微睡んでしまう。
「ありがとうございます」
抱きしめられながら耳元で囁かれくすぐったさに身を捩ると、さらにギュッとされた。
「しかし、…この状況でこれ以上のことが出来ないのが辛いです」
「人様の家でこれ以上イチャつくのはルール違反だから、我慢してね?」
「何かの試練ですか…」
酔った勢いで恥ずかしい事をみんなの前で言われたのだ。これぐらいお灸を据えてやってもいいだろう。
肝心な誕生日プレゼントは自分のアパートに置いてきた。
帰りにうちに寄ってもらって渡したいと伝えると、「プレゼントと泊まりはセットですよね?」と念を押された。
こーゆーことをサラリと言ってしまうところが存外男らしくて私は思わず苦笑しまう。
彼の言葉の意味は、考えなくてもすぐにわかるだけに、私は顔に熱がこもるのを感じながらゆっくりと頷いた。
二人分の体温がとてもあたたかい。うとうと、心地いい眠気がやって来て思わず目を閉じた。
――来年も、再来年も、
一年に1度、キミが生まれてきてくれたことをお祝いするとても素晴らしき日に、心をこめて『おめでとう』を伝えよう。
これからもずっと、二人が大人になってもおじいちゃんとおばあちゃんになっても、毎年誕生日をお祝いして感謝して一緒に居られたらいいな。
私はずっとずっと先の未来まで想いを馳せた。
テツヤくんの20回目の誕生日に備えて――
普段は行けないようなちょっといいレストランを予約して、美味しいデザートを食べてお祝いする予定だった…はずなんだけど。
テツヤくんより3つ年上の私は社会人一年目で、今はお給料もバイトの時とは比べものにならないぐらい貰っている。
その代わりに毎日忙しく残業もそこそこに、はじめは慣れないことも多くて大変だったけれど、今の収入のおかげで学生の時には出来なかったちょっとした贅沢が出来るのはのは嬉しいことだ。
ささやかだけれど先月は冬のボーナスが出たので、ちゃんとテツヤくんのプレゼント代と、当日のレストランのお金はしっかりと別にしてとっておいた。
さぁ、プレゼント買いに行こう!レストラン予約をしよう!…と意気込んでいたのだが、テツヤくんの誕生日の夜、二人きりで過ごすことは叶わなかった。
――というのも、以前からバスケ部のみんなで集まろうという話が出ていて、その予定が1月31日になってしまったのだ。
みんなそれぞれ忙しいので、いくつか集まれそうな候補日を出しながらやりとりをしていたのだが、ちょうどみんなが集まれる日が1月31日にほぼ確定となった。
私もテツヤくんもその日は二人で誕生日をお祝いする予定だったが、なかなかみんなと集まれる機会もないということで、そっちの予定を優先することにしたのだ。
それに、みんなもテツヤくんの誕生日を知っているからお祝い自体は出来る。集まりも兼ねて必ず誕生日会をやるはずだ。
二人で過ごす時間もいいけど、久しぶりにバスケ部のみんなに会えるのも楽しみだし、賑やかなお祝いになりそうでわくわくしてきた。
優しくて、面白くて、思いやりが強いメンバーが集まった誠凛バスケ部は本当にいい仲間たちが揃った部だ。
私が『臨時マネージャー』というポジションで約1年間和気藹々と楽しく過ごせたのも彼らのおかげだと思う。
私も仲間の一員として受け入れてもらえたことが本当に嬉しかった。
大学生活とバイトも並行してのバスケ部のお手伝い――忙しくも、楽しく、充実した毎日だった。
何故1年の間だけだったかというと、テツヤくんたちが優勝したWCを終えてからのお正月明けにはマネージャーとして入部を希望する女子生徒が数人現れたからだ。
私はバスケ部顧問であるおじいちゃんの伝でバスケ部を手伝うことになったけれど、それはあくまで『新しいマネージャーが見つかるまで』という条件だった。
新しいマネージャーがいるのならば私がバスケ部を手伝う理由もなくなり、手伝いたくても大学二年になれば就職を見据えて忙しくなってくる頃だ。
頭ではわかっていたけど、いざ、臨時マネージャーという立場から離れるとなった時、すごく寂しくなった。
みんなと過ごした時間がかけがなえのないものに思えた。
臨時マネージャーじゃなくなった後も、時々バスケ部の練習は時々見に行っていたし、顔を出せばみんなも相変わらず仲良くしてくれたなぁ。
テツヤくんとは相変わらず順調なお付き合いをさせてもらっている。
よく、飽きずに呆れずに私と一緒にいてくれているなぁと、感謝ばかりだ。
愛想を尽かされないように、日々ちゃんと感謝の気持ちを伝えるようにはしているけれど…、うまく伝えられているのだろうか。
私は、彼と出会ってから良い意味でも悪い意味でも相変わらずだというのに、テツヤくんはどんどんカッコよくなっていく。
前から男前だったんだけどさらに磨きがかかってきたというか…幼さを残していた顔立ちが今やすっかり青年に。
歳よりは幼くは見えるが、ちゃんと大人っぽくなってきている。
大学生のテツヤくんが、私よりも同い年の子たちにモテてしまったら…私のことは見てくれなくなるんじゃないかとか、自分が置いてけぼりになってしまうみたいで心配になってしまう。
この前彼が泊まりに来た時に正直に話してみたら、テツヤくんからは「それは僕も同じです」と言われてしまった。
「社会人になった琴音さんから見れば、僕はきっと子供に見えるでしょうから、年上の男性に琴音さんを取られたりしないか心配です。僕も早く社会人になれたらいいんですが…」
はぁ、と深いため息をついて項垂れたテツヤくんを見て、私は一瞬固まる。
私には勿体ないほどの言葉を真に受けて私は思わず両頬を覆って感動してしまった。
テツヤくんが心配してるようなことは万が一にも起きない気がするし、私の心の矢印はテツヤくんばかりに向いているので、他の人から好意を受けてもスルーできる自信はある。
真剣に心配している様子のテツヤくんには、私はどんな風に見えているんだろうか。
キラキラして見えてるんだろうか。まるで解けない魔法にかかったみたいに。
「テツヤくんが心配することなんて何1つないから、安心していいよ?」
「…無理ですよ。安心できません」
苦笑して返すと、眉間に皺を寄せてムッとした表情でそのまま抱きしめられた。
何か言いたそうにテツヤくんの腕に力が込められる。
「いつも傍に居られないのがもどかしいです」
ああ、これは本気で心配してくれてるんだ。社会人になって飲み会があったり残業があったり、今務めている会社は男性のが多いって事実に、きっと彼は色々考えてしまったのかなぁ。
既に23歳の私と、これから二十歳を迎えるテツヤくん。
お互い歳を重ねる度に追いついて離されて、当たり前だけれどこの3歳差は埋まることがない。
「追いつきたい」と、願ってもどうにもならないことを思ってしまうことがあると、前にテツヤくんは話してくれた。
大事に想われているってわかるから、私には充分過ぎる程の言葉だ。
惜しみなく愛を与えられている気分になる。そんなに私を甘やかしてはいけないけれど、真っ直ぐな好意は純粋にとても嬉しいものだ。
益々寒くなっていく冬本番、お互い忙しい日常の中で会えるわずかな時に、私は幸せを噛み締めていた。
□ □ □
…そして1月31日、誕生日当日の夜。
テツヤくんだけに遅めの集合時間を教えて、火神くんのマンションへ集合。
一年のほとんどをアメリカで過ごしてる火神くんも、わざわざ今回に合わせて数日前に日本に戻ってきてくれた。
日本では相変わらずだだっ広いマンションの一室をほぼ一人で使っているようで、今回の集まりの場所もありがたいことに率先して場所を貸してくれた。
部活帰り、時々ここに集まって試合相手の学校のスカウティングをしたり、ミーティングもしたなぁ。
リクエストをすれば決まって火神くんが手料理を振舞ってくれて、どれもこれも美味しくて感動したものだ。
既にテツヤくん以外のみんなと料理の準備をして、夜7時になりインターホンが鳴った。
開いてるから入って来いよと、久々だけれどぶっきらぼうな物言いで火神くんがインターホンマイクでテツヤくんに伝えた。
リビングに続くドアに影がかかった瞬間、私たちは手の中にあるクラッカーの紐に力を込めた。
パンッ!と弾けた音とテツヤくんがリビングへ入ってきたのはほぼ同時。
「「「ハッピーバースデー!!」」」
次々にクラッカーを鳴らして拍手で本日お誕生日のテツヤくんを迎えれば、彼は唖然として目を見開いていた。
クラッカーの最初の音に、珍しく「わぁ!」と声を上げて驚いた後、口元を緩ませて笑っている。
口々に「黒子おめでと~!」と先輩や同級生からの声に、私もおめでとうと声を重ねてまた拍手を送った。
「びっくりしました…。みなさん、ありがとうございます。感無量です」
目を細めて微笑むテツヤくんに、みんな珍しいものでも目撃したみたいなリアクションだ。
普段、あまり感情を表に出さないクールな印象が強かったものだから、それに驚いているのだろう。
私はよくこの表情を見ているけれど、やはり見る度にドキリとしてしまう。
二十歳になったテツヤくんの、益々端正になった顔立ちに繊細な微笑みはよく似合っている。
火神くんが作った料理の数々、持ち寄った食べ物を並べるとテーブルに乗りきらないほど豪華。
火神くんの料理の腕は相変わらずすごい。私も少し手伝わせてもらったけれど、彼は手早な上に調味料とかも凝っていて、ちょっとした一工夫もまるでお料理番組みたいだった。、間近で見ているととても勉強にになる。
リコちゃんが作ったものを自ら進んで日向くんが食べていたけど、真っ青な顔で「イケル!」と親指を立てていた。
日向くんにみんな敬意を払って拍手していたのを、リコちゃんが顔を真っ赤にして「何でよもう!」って大声で抗議したり。
…みんな変わらないなぁ。このわいわいとした居心地のよい空気にほっとする。
そういえば、リコちゃんと日向くんは時期は定かではないけれどお付き合いをしているようだ。すごくお似合いのカップルだし、高校のころからリコちゃんのことを好きだった日向くん、想いが報われてよかったなとしみじみと思う。
しばらくの間、料理を食べお酒を飲みつつ、近況や思い出話に花を咲かせながら盛り上がった。
テツヤくんが二十歳になったということで「これでやっと、全員で乾杯ができる!」、と、嬉々として乾杯の音頭を取る小金井くんに続いて、みんなも高々とグラスを掲げる。
もう既にテツヤくん以外は食事と共にお酒を飲んでいるというのに、またしきり直して乾杯だ。
テツヤくんはグラスを渡され、小金井くんになみなみと瓶ビールを注がれていた。
ちょっと戸惑った様子を見せたけど、今日の主役なので飲まないわけにはいかない。
『お酒は二十歳になってから』…を、ちゃんと守っていそうなテツヤくんはきっと、この一口がはじめてのお酒だろう。まぁ、甘酒とかを除いたとして…。
私はみんなより年上なのでそんなに強くはないけれど普通程度に飲めるし、去年二十歳になっているリコちゃんたちは飲み慣れているようだ。
この中でもっとも最後に二十歳を迎えたのはテツヤくんだった。
「おう、主役っ、飲み干せ!」
「では、いただきます」
テツヤくんは男らしくグッとジョッキを傾けると見事に一気飲みをした。
…だ、大丈夫かな!?
フルーツサワーを飲みながら隣に座る彼を心配しつつ私は彼の顔を覗き込めば、テツヤくんの顔はすぐに赤くなっていた。
もともと甘党のテツヤくんは初ビールの感想は「苦い…」と呟いただけだった。そして目がとろんとしてゆっくり瞬きをしている。
ああ、これはもしかしたらテツヤくんは一番先に寝ちゃうかもしれないなぁと悟った。
「一気飲みとはやるじゃねーか、黒子ぉ。俺も先輩として負けられない!」
既に酔いがまわって目が据わっている状態の小金井くんは、テツヤくんと肩を組みつつテンション高く意気込んだ。
テツヤくんの飲みっぷりに気をよくした日向くんたちは、自分らも飲みつつ、テツヤくんにどんどんお酒を次いでいた。ビールがダメならサワーだ!カクテルだ!と甘い系のお酒を回すも、甘いお酒も結構アルコール度数が高いものも中にはある。
仲の良かったバスケ部メンバーが、みんな揃って二十歳以上になってお酒を飲み交わせば、それはもう何時間でも盛り上がれるぞってぐらいってワイワイと騒いだ。私も気が緩んで結構お酒が進んでしまった。あまり強い方じゃないけれど、火神くんがササッと作ってくれたおつまみがすごく美味しくて、みんなお酒も進んでしまう。お酒がなくなったら、降旗くんたちがコンビニへ買い出しにいって、またどっさりとお酒を買って戻ってきた。
――まるであの頃に戻ったみたいな、この楽しく心地よい空気。
時計を見るのも忘れて、食べて飲んで笑って、あっと言う間に夜は更けていった。
・・・
・・・・・
・・・・・・
夜11時を回ったところで、日向くんはリコちゃんを送っていくといって帰って行った。
酔いが回ったリコちゃんは「泊まる~~!帰りたくない~~!」と駄々っ子みたいになっていたのが可愛かった。
でも、リコちゃんのお父さん厳しい人だったはずだ。玄関で仁王立ちでもして娘の帰りを待ってるんじゃないだろうか。…ってことは、日向くん、無事に帰れるかな。
二人を皮切りに、次の日早朝からバイトがあるからと帰っていく人が数名。
家の用事があるからと、水戸部くん。明日定期通院があるからと木吉くんも帰っていった。
残ったメンバーは「朝まで飲むぞ!」と意気揚々。
既に出来上がった空気で、懐かしい話とか、実は今だから言える笑い話でさらに盛り上がり、お酒のテンションもあって楽しい時間はまだまだ続きそうだ。
「泊まってける奴は泊まってっていいぜ。ただし、雑魚寝だけどな。あ、マネージャーは別の部屋あるんでそこ使ってくれ、…です」
この中で女一人だけになった私に気を遣ってそう伝える火神くんは、あの頃と変わらず私を“マネージャー”と呼ぶ。
もう、臨時マネージャーじゃなくなってから何年も経つというのに。でもそう呼ばれ続けるのは何だかこそばゆくなる。愛称みたいなものだ。
ありがとう、と微笑むと火神くんは私からパっと目を逸らした。何だかいつもと様子が違う彼に首を傾げると、降旗くんがクッと笑い出した。
「火神の奴、あの頃から琴音さんに対してそんな感じだよなぁ。緊張してんのか…もしかして狙ってるとか!?」
からかうように告げたので、火神くんはさらに顔が赤くなっていた。
降旗くんに続いて福田くんも「そーだそーだ」と頷いている。お酒のテンションでみんな口が軽くなっているようだ。
またまた冗談を!、と、私は苦笑しつつも戸惑いながら火神くんに目を向ければ、やはり照れた顔でそっぽを向いていた。
お酒で赤くなっているのか、本気で照れているのか分からないけれど、何も言い返さないということは…やはり本当なのだろうか。
笑いを含んだ声でみんなが勝手なことを口々に喋り出したので、さすがに火神くんもこちらに向き直ってテーブルをドン!と叩いた。
私の隣でうつらうつらしていたテツヤくんの肩がビクリと震えたのを、視界の端っこで捉えた。
ぼうっとどこか虚空を見つめているテツヤくんは唇も微動だにせず。
はじめてのアルコールで結構ガッツリ飲んだので、お酒を飲んで眠くなるという感覚もはじめてだろう。
「狙ってるとかおかしな言い方すんな!…俺の身近な女子に普通の人いなかったからな。ほら、カントクもあんなだしアレックスもあんなだろ!?だからマネージャーの、お、おしとやかな感じが貴重っつーか…とにかく、そんだけだ」
「カントクが“あんな”って…、火神、今ここにカントクいなくてよかったな。ぶっ飛ばされてたと思う」
「日向先輩にもな。カントクは今、日向先輩の彼女だぞ」
「おいお前ら、絶対言うなよ」
あぁ、そういう意味のだったのか。内心、ほっとしつつ私も正直過ぎる火神くんの物言いに笑ってしまった。
「あんなだし」なんて失礼だけれど、確かにリコちゃんやアレックスさんやインパクト強いもんなぁ。
比べたら私はどこにでもいるような「普通」の女子だろう。
女視点で女性を見た場合と、男視点で女性を見た場合じゃまったく重点が変わってくるものだ。
「おしとやかだなんて全然そんなことないのに。火神くんお世辞うまいなぁ」
向かいに座る火神くんに、一応誉めて貰ったお礼を告げれば、彼はまた私から視線を逸らした。
男の子のこういう反応は、初々しくてかわいいなぁって思ってしまうほどには私も歳をとったものだ。と言っても23歳…社会人1年目だし世間的にも充分若い方だろうけど、今日集まった面子では私が一番年上なので年上だからつい錯覚してしまう。
前々から火神くんが関わる女性は結構個性的な人が多いのは聞いていたけど、それは今も変わらないらしい。
それ故に、久々に会った「普通」の私がレアキャラに見えたのだろう。そうだ。うん。むしろ、そうでないと困る。意識したら変な汗が顔から吹き出しそうだ。
「…おっ、お世辞じゃねーです。酔ってるから言うってわけじゃねーけど、俺はホントはアンタみたいな――」
テーブルから身を乗り出した火神くんが私に詰め寄るように言葉を向けたその時、私の隣の席でさきほどまで眠たそうにしていたテツヤくんが突然、私の腰にガッシリと両腕を回してしがみついた。
一瞬、テーブル越しに詰め寄られて仰け反りかけた私の動きが止まる。
「だめです。火神くんにも誰にも琴音さんは渡しません」
声のトーンはいつもと同じなのだが、ゆっくりと話すその口調は明らかに酔っている事が分かった。
「僕が一番琴音さんのことを好きですから。絶対離しません。これからもずっと大事にします」
倒れ込むみたいな体勢で状態の私にしがみついてくる…だけかと思えば、そのままテツヤくんは私の胸元に顔を寄せてさらに力強く抱きしめた。
押しつけられた顔の部分に今日着てきたニット生地の皺が寄っている。
わ、わ、わ、と慌てて引き離そうとしてもまったく離れずテツヤくんはそのままの状態で喋りはじめる。
黒子、うらやましいぞー!なんて囃されて私は顔が真っ赤になってしまった。
テツヤくんが16歳のときからお付き合いさせてもらっている事をみんなも知っているけど、みんなの前でイチャつくのは辞めようって約束して、ずっとそれを守り抜いてきたのに、何故、今ここで突然!?
テツヤくんは酔ってるんだ。酔った勢いでこうなってるんだ。
「いつも僕のことを真っ直ぐ見つめてくれる瞳も、優しいところも、あとそうですね…まぁ全部好きなんですが…キスする時に僕のシャツを握るところとか、震えた睫とか好きです」
私を抱きしめながらそのまま喋るので、息がかかって胸元が熱い。
みんなに言い聞かせるように告げるテツヤくんの声に、血が沸騰する。
そんな事みんなに教えてもどうーでもいい情報でしょ!とツッコミを入れたかったが、周囲は面白がって更に囃し立てるので、恥ずかしさでか小声になる私の異議などみんなの声でかき消えてしまう。
「それに感じてる時の声が堪らなく可愛いのでさらに苛めたくなっ」
「わァァーッ!ちょちょ、ちょ!テツヤくん!」
耳まで真っ赤になってしまった私にお構いなしにさらに過激な発言を淡々と告げようとしていたので、私は自分でもびっくりするぐらいの大きな声を出してテツヤくんの耳をつねって制止した。
私の腰にしがみついていた手の力を少し緩め、もぞ、と顔が胸元で動いて上目遣いで見上げてきた。
焦点が定まってないようなぼんやりとした瞳が今度こそしっかり私を捉えて、その瞳の中に恥ずかしさで遣りきれないといった私の表情が写る。
「何を言ってるの何を!完全に酔ってるね!?」
「酔ってません。酔ってませんから…それに全部事実です。なので火神くん諦めてください」
結局それが言いたかったのだろうか。テツヤくんは視線は私と交わしたままの状態で告げた。
「取らねーよ!邪魔もしねーから安心しとけ!」
噛みつくように声を荒げてから火神くんは大きくため息をついていた。
どうか、火神くんにも『どこにでもいる普通の女性』と恋の縁がありますように…私は心の中でそう願った。
高校卒業後も、火神くんが関わる女性はやっぱり個性的な人が多いみたいだ。
それも縁といえば縁だと思うんだけど、やはり本人はおしとやかな女性に憧れ続けているらしい。
普段なこんな話もできないけれど、お酒の席で知らなかったみんなの新しい一面が垣間見えた。
…しかし、私をガッシリとホールドしているテツヤくんをどうするか。
私の胸に顔を押しつけてくる、まるで縋るような体勢でしがみつかれたかと思えば、むくっと起きて今度はちゃんと座り直して正面からギュッとされてしまった。
抱きしめる力は緩めてくれたけれど酔った勢いなのか、みんなの前だというのに私を離してくれる気はないみたいだ。
□ □ □
「離して!」と、強く言おうが優しく言おうがまったく離してくれる気配がなかったので、結局酔っぱらったテツヤくんを連れて別の部屋で一眠りさせることにした。
あのままの体勢だと私も苦しかったし、あそこで眠ってしまうよりはいいだろう。
「テツヤくんの酔いが醒めるまでちょっと休ませてもらうね。本当に何させないので安心して」
広いリビングから出る前に念のため伝えると、火神くんはちょっと間をおいてから頷いた。
具体的なことは言わないけれどどういう意味なのかわかってくれているだろう。
テツヤくんが酔っぱらったせいでみんなに恥ずかしいところを見られてしまったけれど、お酒の力で明日になったらみんなの記憶も曖昧になっていればいいのにと願うしかない。さっきのことはみんな忘れて欲しいものだ。
私が大声を出してテツヤくんの言葉を遮ってなかったら、何をバラされていたのかわかったもんじゃない。
愛しい恋人だけれど、何をされても怒らないわけじゃないし、他の人に知られたら恥ずかしいことだってあるのに…!
私もお酒が入って少し酔っているけれど、その点に関してはしっかり怒りが湧いていた。
かと言って、私の何倍も酔っているテツヤくんに今怒ってもあまり効果はなさそうだ。
明日になって「僕そんな事言ったんですか?覚えてません」とか言われたら、怒り損だ。
別室の片隅に布団が重ねてあったので、それを簡単に敷いてからとりあえず横になって休むことにした。
このまま寝ちゃいそうだけど、少し眠って酔いが醒めるならそれもいいか。どのみち、あのまま飲み続けていてもリビングで寝ていたような気もする。
先に一組の布団を敷いてテツヤくんを寝かせてあげてから私がもう一組敷こうとすると、後ろから手を引っ張られて私はテツヤくんの胸元へ転がり込んでしまった。
「こうするので一組だけでいいですよ」
くるりと体を反転させられ、あっと言う間にテツヤくんの腕の中にすっぽりと、まるで抱き枕のように包まれてしまった。
くっついた体温があったかい。どうやら彼の酔いは少しも醒めてないようだ。
「テツヤくん、はじめてのお酒で悪酔いしちゃったね…」
諦めて体の力を抜いておとなしくしていると、フッと笑った息が頭上から聞こえてきた。
「すごく酔ってるわけではないんですよ。本当に少しだけで…」
「…え?」
思わず、驚きがそのまま声に出た。あれで、あの状態で酔ってないとしたら一体アレは何だったんだ。
みんなの前でかなり恥ずかしかったんだけど。私が何か言う前にテツヤくんは私の背中に回した手に少し力を込めてもっと近くにと抱き寄せた。
鼻先がテツヤくんの鎖骨に触れて、ほわりとお酒の香りが漂う。
「酔ったフリをして牽制しました。他のみんなが琴音さんに手を出さないようにと」
「みんなそんなことしないよ?私とテツヤくんが長く付き合ってるの知ってるんだし」
「知ってたって、好きになったらきっと手は出しますよ。僕だったらそうします。もし、あなたが僕以外の誰かと付き合っていたとしても、目の前に琴音さんの手が握れるチャンスがあるなら僕は迷わず握ります」
先程の、明らかに酔っていた口調とは違い、いつものような淡々とした口調に戻っていた。
酔ったフリ…にしてはホントに酔ってるみたいだけど、お酒の勢いを利用して言いたいことを言ってやった、という感じだろうか。
きっと、火神くんと私の会話を聞いていたからだろう。
両手をテツヤくんの胸に当てると、心臓がドクンドクンと早いリズムを刻んでいた。
お酒のせいもあるけれど、もしかして、ちょっと緊張してる――?
「琴音さんが僕の大事な人だと、知らしめたかったんです。普段だったらあんな事みんなの前で言わないんですが、誕生日だし許してもらえるだろうと思って…。あなたが思っている以上に、僕は我が儘で独占欲が強くて狡い奴なんです」
はぁ、と熱のこもった息をついて、テツヤくんは首を傾けて私の肩口に顔を埋めた。
まるで、自分の汚い部分を吐露しているみたいだ。同時に反省もしているように聞こえた。
「本当に狡い人は自分のこと狡いなんて言ったりしないし、本音だって打ち明けないよ?」
そんな彼が可愛くて、私はクス、と笑いが漏れる。付き合いが長くなって、こうやって独占欲を時々さらけ出してくるテツヤくんが愛おしくて堪らない。
時折、今回のように予想以上のことをされて驚くときもあるけれど。
今回の場合は酔った勢いに任せてああなってしまったけれど、行動の真意の根元はやはり彼の純粋さ故なんだろう。
「独占なんてしなくても、私はもうテツヤくん以外見えてないのに」
テツヤくんが私の言葉に反応して、サラリと細くてキレイな水色の髪が私の頬を掠めた。
彼が安心するように、私は彼の胸に置いていた手を伸ばして頭を撫でてあげた。先程、彼が告げたのはまるで弱音のようだった。
許して欲しい、受け入れて欲しい、そんな物言いだったから。
頼まれなくたって私はテツヤくんのありのままを受け入れる。もう付き合って5年も経つんだ。
今更、テツヤくんから離れることはできないし、離れる必要もない。彼以外、知りたいとも思わないのだと心から誓える。
「テツヤくんお誕生日おめでとう。これからもそのままの素敵なテツヤくんでいてね」
テツヤくんの胸に当てていた両手の上から私は静かに顔を寄せた。心臓の鼓動が耳にまで伝わってきそうだ。
服越しに伝わるテツヤくんの体温があったかくて私もつい、微睡んでしまう。
「ありがとうございます」
抱きしめられながら耳元で囁かれくすぐったさに身を捩ると、さらにギュッとされた。
「しかし、…この状況でこれ以上のことが出来ないのが辛いです」
「人様の家でこれ以上イチャつくのはルール違反だから、我慢してね?」
「何かの試練ですか…」
酔った勢いで恥ずかしい事をみんなの前で言われたのだ。これぐらいお灸を据えてやってもいいだろう。
肝心な誕生日プレゼントは自分のアパートに置いてきた。
帰りにうちに寄ってもらって渡したいと伝えると、「プレゼントと泊まりはセットですよね?」と念を押された。
こーゆーことをサラリと言ってしまうところが存外男らしくて私は思わず苦笑しまう。
彼の言葉の意味は、考えなくてもすぐにわかるだけに、私は顔に熱がこもるのを感じながらゆっくりと頷いた。
二人分の体温がとてもあたたかい。うとうと、心地いい眠気がやって来て思わず目を閉じた。
――来年も、再来年も、
一年に1度、キミが生まれてきてくれたことをお祝いするとても素晴らしき日に、心をこめて『おめでとう』を伝えよう。
これからもずっと、二人が大人になってもおじいちゃんとおばあちゃんになっても、毎年誕生日をお祝いして感謝して一緒に居られたらいいな。
私はずっとずっと先の未来まで想いを馳せた。