黒子くんと大学生マネージャー
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overheat distance
セミの声が締め切った窓の外で響いている。
クーラーがついている涼しい部屋に、緊張しつつ正座をして固まってしまう。今日は夏休み最後の日。私は、黒子くんの家にお邪魔していた。
水色と白を基調にした、爽やかな部屋。机とベッドと本棚、教科書が積まれた小さな簡易テーブル。
クローゼットにかけられた誠凛バスケ部レギュラーのユニフォーム。『11番』、紛れもなく黒子くんの番号だ。
部屋は2階にあり、彼が1階で飲み物を用意してくれている間に、私は首を動かして周りを見渡した。
キチンと整頓された部屋…私の部屋よりも整っているなぁ。部屋を見るとその人がどんな人物か分かるというが、確かに、物静かでおとなしく、礼儀正しい黒子くんを象徴するような整えられたきれいな部屋だった。ものもごちゃごちゃと置かれていない。私の部屋とは大違いだ。
本棚のラインナップも気になるところだけども、立ち上がってうろうろするわけにもいかない。
しばらくおとなしくしていると、ゆっくりとドアが開いた。
「お待たせしました」
黒子くんがトレーに麦茶を乗せて持ってきてくれた。紺と白のボーダーのTシャツとデニムと見慣れないラフな私服姿だ。
私服を見たことないわけではないが、すごく久々な感じがする。何せ普段は、練習練習の毎日なので私服で1日デートをしたことがある日なんてまだ数える程度しかない。
夏休み最終日の今日、部活も休みでバイトも休みで会える一日…こんな日はすごく久しぶりだ。
「どうぞ」
差し出された麦茶を飲んでみると、ふわりといい香りがしてほんのり甘くて美味しかった。
一口だけ飲んでグラスを置いて思わず、おいしいと呟いた。中身は麦茶ではなかったようだ。
「実はこれジャスミンティーなんです。母が今ハマってるみたいで…、僕もちょっと作ってみました」
「おいしい…!」
「リラックス効果もあるみたいなので、寝る前にもいいみたいですよ。琴音さんはジャスミンティーを飲むのは初めてでしたか?」
「うん、初めてだよ。本当にすごく美味しいよこれ。これから勉強するのに、リラックス効果発動したら眠くなっちゃうかもね」
ふふ、と笑うと黒子くんも小さく笑った。安堵するような和んだ空気が二人の間に漂った。
今日は平日。黒子くんのご家族は今日は揃って外出しているとのことで、ご挨拶もできないままお家に上がらせてもらっている。
部室もMAJIバーガーも図書館もストリートバスケのコートだって、誰に見られているかわからないような場所だ。
この間の夏の合宿でもほとんど二人きりになれることもなく終わったし。
だからこそ、この今、黒子くんの部屋に二人きりという空間で人目を気にせず過ごせるというのが純粋に嬉しい。
今日は、勉強をするという名目でやってきたのではなく、黒子くんから夏休みの宿題のチェックを頼まれたのだ。
宿題を終わらせてないであろう数名の部員に気遣ってリコちゃんと日向くんが夏休み最終日の部活を休みにしてくれたのだ。
火神くんは今頃慌てて宿題をこなしているに違いない。
「そういえば、火神くんから宿題終わらないから手伝ってくれってメールが来てましたが断りました」
「なんて言って断ったの?」
「『火神くんがこんなことで諦めるわけないですよね。信じてますから』って返しておきました」
思わず吹き出して笑ってしまった。そんなことを言われては火神くんもしつこく誘えない。それを分かっていてそう返した黒子くんもなかなかの策士だなぁと思った。
火神くんのプライドに火がついて、スピードをあげて宿題をこなしていることを祈ろう。
現役大学生とはいえ、高一で習ったものは既に忘れているものもあるから、あまりチェックにならないかもということを事前に伝えてあるが、黒子くんは「それでも大丈夫です」と言ってくれた。出来る限り見落としがないようにしなければ。解らない部分をすぐに解説できるように、に二人で横並びになって絨毯の上に座った。
折り畳み式の簡単なテーブルに宿題を一通り置いてもらい、私は目を通し始める。問題集を見やるとそこには――
「黒子くんって字がキレイだね。すごく見やすい」
「そうですか?普通だと思いますが…」
「私こーゆー字、好きだな」
ノートから視線を黒子くんに移すと、思ったより互いが近くにいることに驚いて心臓がドキ、と高鳴った。驚いたのが気づかれないように私はまたすぐにノートに視線を戻した。テーブルにノートを広げてチェックしつつ、説明するときにどうしても顔が寄ってしまったりする。この距離感は気をつけないといけない。
別に何に気をつけるというわけでもないんだけど――この距離感はどうも何かを予感させた。
せっかくチェックを頼まれているのだから、ここは気合いを入れて集中してみないと見逃してしまう。
ふぅ、と私は一息ついて、問題集をめくった。まずは英語から――
□ □ □
全教科をチェックしたが、全てをじっくりと見たわけではなかった。
黒子くんはあらかじめ、自信のない回答部分と、自力では答えが埋められず空欄になっていた部分に付箋を貼っておいてくれたのだ。
しかもわざわざ色分けまでして。自信のない回答には青い付箋が、未回答には黄色い付箋が貼られていた。
チェックする側としてもこれはとても見やすかった。とりあえず埋めてある回答はざっくりと見て、その後に自信のない回答部分をチェック。
間違っていたら解説と、再回答を手助けする。それが終わったら、未回答部分を二人で一緒に問題から読んで、解説と回答。
といっても、未回答だった問題については解説だけ淡々としても仕方ないので、なるべく自力で回答を導き出せるようにヒントだけ教えて、最終的には黒子くんが自ら回答を埋める形になった。
途中で休憩もちゃんと挟んだ。どうも、問題集って一時間に1回ぐらいは休憩挟まないと頭が痛くなってしまう。
大学になってから宿題がなくなったせいで、高校までの学生時代ずっとこなしていた宿題の量がすごい多く見えた。
私も去年までこんな量をこなしていたのか…と驚く。そして部活で日々忙しいのに、黒子くんは夏休みが終わるまでにちゃんと宿題を終わらせていたのが本当に偉いと思う。
休憩では私が手土産で持ってきたゼリーを冷やしておいてもらったのでそれを食べた。
そして、一通り終わったのは開始から2時間ぐらい経過した頃…。
「これで終わりかな?」
「はい、ありがとうございました。琴音さんのおかげで解けなかった回答もちゃんと埋まりました」
「大丈夫だった?私説明するの下手だから…」
「そんなことありません。すごく解りやすかったですよ」
黒子くんは座りながら、深々とお辞儀をして改めてお礼を言ってくれた。
本当に自分が説明が下手だという自覚もあるし、むしろちゃんと教えてあげることが出来ていたのかどうか心配になったので私は慌てて黒子くんを止めた。
そんな、お辞儀なんてしなくていいって…!
私の集中力も何とか持ちこたえてくれてよかった。高校の時の勉強の記憶はさっぱり忘れているものだと思ったけれど、集中すれば何とか思い出せるものだ。
――それに、黒子くんのために!と脳みそがフル稼働してくれたのだろう。私の頭も随分、都合良くできているようだ。
積み上げられた問題集の横に置かれたグラスが空っぽなのに気づいて、彼はおかわりをもってこようとグラスをトレーにおいて立ち上がった。
その時に「あ」と声をあげたので、何かなと思って見てみると、未回答の黄色い付箋が1つだけ小さくはみ出ていた。全部見たつもりだったけど、見落としがあったようだ。
グラスをもって立ち上がりかけた黒子くんを私は引き留めてまた座らせた。
「あと1問残ってたみたい。先にやっちゃうおうか」
パラリと付箋の貼ってあるページをめくると、そこには回答が書かれていた。
「すいません、青い付箋と間違えて貼ってしまったのかも」
「そっか、じゃあ答え合わせになるね。…えーと」
耳にかかっていた髪をかき上げて問題を目で追っていく。
うーん、少し難問?…と思えたのは、私の集中力が一度途切れてしまったからだろか。問題集は数学だった。
ここの公式は…思い出せるようで出てこなくて、えーと、えーと…と小声で繰り返していると、横に座っている黒子くんの気配がぐっと近づいた。
視界には捕らえていないのにピタリとすぐ横にくっついているような気がした。
数秒後、それが気のせいでないことが解った。私の腕に黒子くんの肩がくっついた。肌触りのいいTシャツの感触が肌に触れて、ぞわりとした。
横目で見ると私を見つめている黒子くんと目があってドキ、としたが、すぐさま問題集に視線を移した
「琴音さん」
「ちょっと待ってね、もう少しで解けるから…」
「こっちを向いてもらえませんか?」
クーラーのきいた涼しい部屋。私の今日の格好は白のワンピースに薄手の水色の半袖カーディガン。
そうだ、普段この色の服は買わないのに、黒子くんの髪の色みたいでキレイだなと思って買ったんだ。
涼しい服装のはずでクーラーもきいているのに、体温がどんどん上がっていくみたいだ。黒子くんの声がやわらかく耳で響く。
あの声でお願いされると何でも聞いてあげたくなってしまう。
「解けなくてもいいですから」
黒子くんの声が直接耳へ入ってくるほど近づかれた。耳元で囁かれて体がビクッと震えて強ばるのを彼は見逃さなかった。
私より一回り大きな手が優しく頬を触っていく。ひやりとした冷たい手。相変わらずの低体温は、私の熱くなっていく顔に心地よい冷たさを与えた。
頬に添えらた手で黒子くんの方に顔を向けられると、お互いの鼻先が触れるぐらい彼は近くにいた。視線が合わさり、私はやはり照れてしまいすぐに目を伏せた。
それを見た黒子くんが少しだけ苦笑した。私の方が年上なのに、これではどちらが年上なのかわからなくなるほど、黒子くんのリードっぷりはいつも通りだ。
「私ばっかりドキドキしてるよ…」
「僕だってドキドキしてますよ。してないはずないじゃないですか」
「本当に?」
「はい、今日一日ずっと。そのワンピースもかわいいです」
「…誉めても何もでませんよ」
「大丈夫です。勝手に貰います」
頬に添えられていた手が動いて私の顔を少しだけ傾けた。ひときわ心臓が高鳴った。
伏せていた視線を彼に戻すと、ゆっくりと唇が近づいてきたので私は思わず目を閉じた。
黒子くんの薄い、形のいい唇が重なり、お互いの感触が解るぐらいしばらくそうしていた。
小さく音を立てて唇が離れていったその時、私はその音がで恥ずかしくなって、顔がさらに熱くなった。
自分の耳が赤くなっていく音が聞こえた気がした。心の奥底から沸々としていたものが溢れ出しそうになる。
誰も見ていない。ここには二人しかいない。
ここでなら、今なら伝えたかった言葉を黒子くんに伝えられる。たった一言が、声に出して言うならば、それは今だと悟った。
「好き」
口から零れるように出てきた私の言葉に黒子くんは目を見開いていた。
何かを予感させたこの距離感の正体に私はじわじわと追いつめられる。
久しぶりの二人きり。そしてはじめての二人きりの空間。きっと自制心が崩れそうなのは私の方だったんだと、キスされた一瞬で解ってしまった。
「黒子くん大好き…」
「琴音さん、突然どうしたんですか?」
「出会ったときから、いつも優しくて、まっすぐ私を見てくれて…」
顔が熱い。熱に浮かされたように言うと、黒子くんの顔も紅潮していった。色白なので赤くなるとすぐに目立ってしまう。
そんな姿も可愛らしかった。私はそんなに恥ずかしいことを言ったつもりもないけれど、私が自分からこんなに言うのは本当に珍しいことだろう。
思えば、今まで彼の方から幸せな言葉と、幸せをもらってばかりで何も返せていなかった。
自分から黒子くんの胸に寄り添っていくと、お互いの顔が見れない体勢になったので私はさらに言葉を続けた。
ずっと思っていた、ずっと考えて自分の中で引っかかっていたことを、私は黒子くんに告げる。
「黒子くんはいつも嬉しい言葉をたくさんくれるから。本当はもっと返したいんだけどいつも上手く言えなくて…」
私はギュッと自分から黒子くんの背中に手を回して抱きついた。体が密着して、密着した部分からお互いの体温が伝わっていく。
伝われ、伝われと念じて黒子くんの胸におでこをくっつけた。
「黒子くん、好き、大好き」
「…僕も大好きです」
黒子くんの手も私の背中にまわり、完全に抱きしめ合う形になった。あたたかい。
今まで言えなかった分を今、一気に告げるかのように私は黒子くんの耳元で譫言のように好きを繰り返していた。
恥ずかしいから言えなかったというのもあるけれど、言葉にすると溢れてしまうから、今の今まで自制していたのかも知れない。
「そんなに好きと言われてしまうと、理性が飛びそうです」
私の耳元で彼がぽつりと呟いた言葉が確かに聞こえた。
その意味を理解するよりも早く、黒子くんは私の背中に回していた手を離して、その片方の手で私の顎先を掴んでくいっと上げた。
一瞬の動作に驚いていた。と、同時に、私が目を閉じるよりも先に黒子くんの唇がやや強引に唇に押し当てられれる。
先ほどの触れるだけのキスとは明らかに違う。角度を変えてピタリと重なった唇から生温く柔らかい彼の舌が割り込まれた。
一度離れると、また角度を変えて唇が触れた。部屋の中に二人の息と舌先のいやらしい音が響く。
「っん…」
口の端からだらしなく吐息が漏れた。呼吸をするのもままならず私は目を伏せてただされるがままに黒子くんからのキスを受ける。
彼の舌先の動きを応えるように私も舌先を動かしてみたら、すぐに絡み合って、今までに感じたことのない痺れるような感覚が脳を揺らす。
口の中だけじゃなくて、体も顔も耳も手も全部。熱い。
力が抜けそうになると、黒子くんがもう片方の手で私の背中をしっかりと押さえ、支えてくれた。
好き、と言う言葉をたくさん伝えたことでこうなることは予測していなかった。
しかし、彼氏の部屋にいくという時点である程度のことは覚悟してきたつもりだ。改めて思う。黒子くんは男の子なんだ。
バスケ部員の中で華奢な体つきというだけで、私から見たら逞しい。私が抵抗してもいとも簡単に押さえつけられてしまう程度の力だってあるはずなんだ。
長い時間夢を見ていたかのような錯覚に陥る。唇が離れた時、ゆっくり目を開けると黒子くんの紅潮した顔が目の前にあった。
頭がぼんやりとして視界も揺れていた。色んな感情が混ざって目が潤んでいるのが自分でも分かった。
私の顎に添えられていた彼の手は、いつの間にか肩に移動されている。
「いきなり、…すいません」
「どうして謝るの?」
「突然その、嫌じゃなかったかなと…」
「ううん、す、すごく嬉しいよ」
普段の奥手な私からでは想像できないようなことを告げられ、黒子くんも驚いたに違いない。
赤面しつつもしどろもどろに言うと、彼は少し驚いたような表情を見せた。何か言いたそうに口を開いたが、特に何も言わず、その代わり喉がゴクリと鳴ったのを私は聞き逃さなかった。真剣な表情からも、左肩に置かれた手からも緊張が伝わってくる。
ドッ、ドッ、と心臓が早鐘を打つ。
「僕もです」
すると、体をぐっと抱き寄せて私の肩に顔を乗せ首筋にキスを繰り返した。
やわらかい感触が首筋のいたるところに触れてくすぐったい。肩に置かれていた黒子くんの手が少しずつ下降していく。
指が鎖骨をなぞり、くすぐったいなと思ったのもつかの間、さらに彼の手が徐々に下に降りてきて黒子くん片手が胸の上あたりを掠める程度に、触れた。
その手は触れることを迷っているようだった。
「――琴音さんをもっと知りたい」
消えてしまうほど小さな呟きが耳元で聴こえて、私の心臓は一際跳ねた。
驚きのあまり私は体が硬直する。顔に火がついたように熱くなり、首まで赤くなってしまっているんじゃないぐほどに一気に体温が上がっていく。
意志は固まっている。声が出ないなら、ここで小さく頷けばいい。そうすれば黒子くんにも気持ちが伝わるはずだ。
ゆっくり首を縦に傾けたその時――
ピリリリリリ…、ピリリリリリリ…
携帯の着信音が鳴り響き、咄嗟に私は黒子くんから体を離した。私の胸に触れていた彼の手もパッと放れる。
まるで冷や水を浴びせられたかのようなタイミングで私の鞄に入っている携帯から着信音が鳴った。
この音で冷静になったから離れたものの、もう少しで一線を越えてしまっていたのだろうか。
「ご、ごめんね」
謝りつつ携帯を取り出すとそこには『火神くん』の文字…。慌てて出ると、宿題が終わらず泣きついてきた火神くんからのヘルプ!の電話だった。
黒子くんに断られて、その後きっと他の部員や友人にも頼んだけれど断られたのだろう。頼れるのはマネージャーだけなんす!と最後の砦にすがるような声だったので、私はしばらく迷った後、珍しく半泣きの声に”わかった”と返事をしてしまった。
火神くんの声が大きいせいで、黒子くんにも聞こえていたらしく、私が話す前にだいたい事情を察してくれたようだ。
「僕が火神くんに断ったときに、琴音さんにも電話がこないように根回しすればよかったですね」
「多分、どのみちかかってきたと思うから…火神くん必死ぽかったし」
「火神くんは本当に空気が読めない人ですね」
「…そ、そうだね」
「…はい、本当に」
「「………………………」」
沈黙してみるみるお互い顔が赤くなっていく黒子くんと私。
クーラーの涼しさなど意味もなく、気恥ずかしさで紅潮した顔がしばらく収まりそうにない。
「あの、」
しばらくの沈黙の末、それを先に破ってくれたのは黒子くんだった。
「僕も行きます。火神くんと琴音さんを二人きりにするわけにはいかないので」
「心配するようなことは何もないと思うけど…」
「それでも行きます」
私が断れなかったせいで黒子くんを巻き込む形になってしまった。謝ると黒子くんは「大丈夫ですよ」と言って、少し笑った。
優しく私の頭を撫でると、黒子くんは問題集を整頓してベッド脇においてあった鞄につめはじめた。
火神くんに写させてあげるのかな?
もちろん、バニラシェイク10回分程度は火神くんに奢ってもらうつもりだろうか。
大声で抗議しながらも結局はノートを写させてもらう火神くんが容易に想像できた。私もちゃんと火神くんに何か奢ってもらおう。
先程、彼の首筋が触れた首筋も指でなぞられた鎖骨も全部が熱い。あの先を考えてしまうと、何もかもに集中できなそうだ。
夏の暑さのせいでこうなったのだと思いたいけれど、それはきっと違うのだろう。
惹かれ合ってる者同士が触れたくなるのは当たり前のことなんだから季節なんて関係ない。
触れられたいのも、触れたいのも、私にとっては黒子くんただ一人。
これからもこの胸の高鳴りと共に、ありったけの愛情はただ一人に向かっていくのだろう。
真っ直ぐに、変わらずに、そして時には少し大胆になって。
セミの声が締め切った窓の外で響いている。
クーラーがついている涼しい部屋に、緊張しつつ正座をして固まってしまう。今日は夏休み最後の日。私は、黒子くんの家にお邪魔していた。
水色と白を基調にした、爽やかな部屋。机とベッドと本棚、教科書が積まれた小さな簡易テーブル。
クローゼットにかけられた誠凛バスケ部レギュラーのユニフォーム。『11番』、紛れもなく黒子くんの番号だ。
部屋は2階にあり、彼が1階で飲み物を用意してくれている間に、私は首を動かして周りを見渡した。
キチンと整頓された部屋…私の部屋よりも整っているなぁ。部屋を見るとその人がどんな人物か分かるというが、確かに、物静かでおとなしく、礼儀正しい黒子くんを象徴するような整えられたきれいな部屋だった。ものもごちゃごちゃと置かれていない。私の部屋とは大違いだ。
本棚のラインナップも気になるところだけども、立ち上がってうろうろするわけにもいかない。
しばらくおとなしくしていると、ゆっくりとドアが開いた。
「お待たせしました」
黒子くんがトレーに麦茶を乗せて持ってきてくれた。紺と白のボーダーのTシャツとデニムと見慣れないラフな私服姿だ。
私服を見たことないわけではないが、すごく久々な感じがする。何せ普段は、練習練習の毎日なので私服で1日デートをしたことがある日なんてまだ数える程度しかない。
夏休み最終日の今日、部活も休みでバイトも休みで会える一日…こんな日はすごく久しぶりだ。
「どうぞ」
差し出された麦茶を飲んでみると、ふわりといい香りがしてほんのり甘くて美味しかった。
一口だけ飲んでグラスを置いて思わず、おいしいと呟いた。中身は麦茶ではなかったようだ。
「実はこれジャスミンティーなんです。母が今ハマってるみたいで…、僕もちょっと作ってみました」
「おいしい…!」
「リラックス効果もあるみたいなので、寝る前にもいいみたいですよ。琴音さんはジャスミンティーを飲むのは初めてでしたか?」
「うん、初めてだよ。本当にすごく美味しいよこれ。これから勉強するのに、リラックス効果発動したら眠くなっちゃうかもね」
ふふ、と笑うと黒子くんも小さく笑った。安堵するような和んだ空気が二人の間に漂った。
今日は平日。黒子くんのご家族は今日は揃って外出しているとのことで、ご挨拶もできないままお家に上がらせてもらっている。
部室もMAJIバーガーも図書館もストリートバスケのコートだって、誰に見られているかわからないような場所だ。
この間の夏の合宿でもほとんど二人きりになれることもなく終わったし。
だからこそ、この今、黒子くんの部屋に二人きりという空間で人目を気にせず過ごせるというのが純粋に嬉しい。
今日は、勉強をするという名目でやってきたのではなく、黒子くんから夏休みの宿題のチェックを頼まれたのだ。
宿題を終わらせてないであろう数名の部員に気遣ってリコちゃんと日向くんが夏休み最終日の部活を休みにしてくれたのだ。
火神くんは今頃慌てて宿題をこなしているに違いない。
「そういえば、火神くんから宿題終わらないから手伝ってくれってメールが来てましたが断りました」
「なんて言って断ったの?」
「『火神くんがこんなことで諦めるわけないですよね。信じてますから』って返しておきました」
思わず吹き出して笑ってしまった。そんなことを言われては火神くんもしつこく誘えない。それを分かっていてそう返した黒子くんもなかなかの策士だなぁと思った。
火神くんのプライドに火がついて、スピードをあげて宿題をこなしていることを祈ろう。
現役大学生とはいえ、高一で習ったものは既に忘れているものもあるから、あまりチェックにならないかもということを事前に伝えてあるが、黒子くんは「それでも大丈夫です」と言ってくれた。出来る限り見落としがないようにしなければ。解らない部分をすぐに解説できるように、に二人で横並びになって絨毯の上に座った。
折り畳み式の簡単なテーブルに宿題を一通り置いてもらい、私は目を通し始める。問題集を見やるとそこには――
「黒子くんって字がキレイだね。すごく見やすい」
「そうですか?普通だと思いますが…」
「私こーゆー字、好きだな」
ノートから視線を黒子くんに移すと、思ったより互いが近くにいることに驚いて心臓がドキ、と高鳴った。驚いたのが気づかれないように私はまたすぐにノートに視線を戻した。テーブルにノートを広げてチェックしつつ、説明するときにどうしても顔が寄ってしまったりする。この距離感は気をつけないといけない。
別に何に気をつけるというわけでもないんだけど――この距離感はどうも何かを予感させた。
せっかくチェックを頼まれているのだから、ここは気合いを入れて集中してみないと見逃してしまう。
ふぅ、と私は一息ついて、問題集をめくった。まずは英語から――
□ □ □
全教科をチェックしたが、全てをじっくりと見たわけではなかった。
黒子くんはあらかじめ、自信のない回答部分と、自力では答えが埋められず空欄になっていた部分に付箋を貼っておいてくれたのだ。
しかもわざわざ色分けまでして。自信のない回答には青い付箋が、未回答には黄色い付箋が貼られていた。
チェックする側としてもこれはとても見やすかった。とりあえず埋めてある回答はざっくりと見て、その後に自信のない回答部分をチェック。
間違っていたら解説と、再回答を手助けする。それが終わったら、未回答部分を二人で一緒に問題から読んで、解説と回答。
といっても、未回答だった問題については解説だけ淡々としても仕方ないので、なるべく自力で回答を導き出せるようにヒントだけ教えて、最終的には黒子くんが自ら回答を埋める形になった。
途中で休憩もちゃんと挟んだ。どうも、問題集って一時間に1回ぐらいは休憩挟まないと頭が痛くなってしまう。
大学になってから宿題がなくなったせいで、高校までの学生時代ずっとこなしていた宿題の量がすごい多く見えた。
私も去年までこんな量をこなしていたのか…と驚く。そして部活で日々忙しいのに、黒子くんは夏休みが終わるまでにちゃんと宿題を終わらせていたのが本当に偉いと思う。
休憩では私が手土産で持ってきたゼリーを冷やしておいてもらったのでそれを食べた。
そして、一通り終わったのは開始から2時間ぐらい経過した頃…。
「これで終わりかな?」
「はい、ありがとうございました。琴音さんのおかげで解けなかった回答もちゃんと埋まりました」
「大丈夫だった?私説明するの下手だから…」
「そんなことありません。すごく解りやすかったですよ」
黒子くんは座りながら、深々とお辞儀をして改めてお礼を言ってくれた。
本当に自分が説明が下手だという自覚もあるし、むしろちゃんと教えてあげることが出来ていたのかどうか心配になったので私は慌てて黒子くんを止めた。
そんな、お辞儀なんてしなくていいって…!
私の集中力も何とか持ちこたえてくれてよかった。高校の時の勉強の記憶はさっぱり忘れているものだと思ったけれど、集中すれば何とか思い出せるものだ。
――それに、黒子くんのために!と脳みそがフル稼働してくれたのだろう。私の頭も随分、都合良くできているようだ。
積み上げられた問題集の横に置かれたグラスが空っぽなのに気づいて、彼はおかわりをもってこようとグラスをトレーにおいて立ち上がった。
その時に「あ」と声をあげたので、何かなと思って見てみると、未回答の黄色い付箋が1つだけ小さくはみ出ていた。全部見たつもりだったけど、見落としがあったようだ。
グラスをもって立ち上がりかけた黒子くんを私は引き留めてまた座らせた。
「あと1問残ってたみたい。先にやっちゃうおうか」
パラリと付箋の貼ってあるページをめくると、そこには回答が書かれていた。
「すいません、青い付箋と間違えて貼ってしまったのかも」
「そっか、じゃあ答え合わせになるね。…えーと」
耳にかかっていた髪をかき上げて問題を目で追っていく。
うーん、少し難問?…と思えたのは、私の集中力が一度途切れてしまったからだろか。問題集は数学だった。
ここの公式は…思い出せるようで出てこなくて、えーと、えーと…と小声で繰り返していると、横に座っている黒子くんの気配がぐっと近づいた。
視界には捕らえていないのにピタリとすぐ横にくっついているような気がした。
数秒後、それが気のせいでないことが解った。私の腕に黒子くんの肩がくっついた。肌触りのいいTシャツの感触が肌に触れて、ぞわりとした。
横目で見ると私を見つめている黒子くんと目があってドキ、としたが、すぐさま問題集に視線を移した
「琴音さん」
「ちょっと待ってね、もう少しで解けるから…」
「こっちを向いてもらえませんか?」
クーラーのきいた涼しい部屋。私の今日の格好は白のワンピースに薄手の水色の半袖カーディガン。
そうだ、普段この色の服は買わないのに、黒子くんの髪の色みたいでキレイだなと思って買ったんだ。
涼しい服装のはずでクーラーもきいているのに、体温がどんどん上がっていくみたいだ。黒子くんの声がやわらかく耳で響く。
あの声でお願いされると何でも聞いてあげたくなってしまう。
「解けなくてもいいですから」
黒子くんの声が直接耳へ入ってくるほど近づかれた。耳元で囁かれて体がビクッと震えて強ばるのを彼は見逃さなかった。
私より一回り大きな手が優しく頬を触っていく。ひやりとした冷たい手。相変わらずの低体温は、私の熱くなっていく顔に心地よい冷たさを与えた。
頬に添えらた手で黒子くんの方に顔を向けられると、お互いの鼻先が触れるぐらい彼は近くにいた。視線が合わさり、私はやはり照れてしまいすぐに目を伏せた。
それを見た黒子くんが少しだけ苦笑した。私の方が年上なのに、これではどちらが年上なのかわからなくなるほど、黒子くんのリードっぷりはいつも通りだ。
「私ばっかりドキドキしてるよ…」
「僕だってドキドキしてますよ。してないはずないじゃないですか」
「本当に?」
「はい、今日一日ずっと。そのワンピースもかわいいです」
「…誉めても何もでませんよ」
「大丈夫です。勝手に貰います」
頬に添えられていた手が動いて私の顔を少しだけ傾けた。ひときわ心臓が高鳴った。
伏せていた視線を彼に戻すと、ゆっくりと唇が近づいてきたので私は思わず目を閉じた。
黒子くんの薄い、形のいい唇が重なり、お互いの感触が解るぐらいしばらくそうしていた。
小さく音を立てて唇が離れていったその時、私はその音がで恥ずかしくなって、顔がさらに熱くなった。
自分の耳が赤くなっていく音が聞こえた気がした。心の奥底から沸々としていたものが溢れ出しそうになる。
誰も見ていない。ここには二人しかいない。
ここでなら、今なら伝えたかった言葉を黒子くんに伝えられる。たった一言が、声に出して言うならば、それは今だと悟った。
「好き」
口から零れるように出てきた私の言葉に黒子くんは目を見開いていた。
何かを予感させたこの距離感の正体に私はじわじわと追いつめられる。
久しぶりの二人きり。そしてはじめての二人きりの空間。きっと自制心が崩れそうなのは私の方だったんだと、キスされた一瞬で解ってしまった。
「黒子くん大好き…」
「琴音さん、突然どうしたんですか?」
「出会ったときから、いつも優しくて、まっすぐ私を見てくれて…」
顔が熱い。熱に浮かされたように言うと、黒子くんの顔も紅潮していった。色白なので赤くなるとすぐに目立ってしまう。
そんな姿も可愛らしかった。私はそんなに恥ずかしいことを言ったつもりもないけれど、私が自分からこんなに言うのは本当に珍しいことだろう。
思えば、今まで彼の方から幸せな言葉と、幸せをもらってばかりで何も返せていなかった。
自分から黒子くんの胸に寄り添っていくと、お互いの顔が見れない体勢になったので私はさらに言葉を続けた。
ずっと思っていた、ずっと考えて自分の中で引っかかっていたことを、私は黒子くんに告げる。
「黒子くんはいつも嬉しい言葉をたくさんくれるから。本当はもっと返したいんだけどいつも上手く言えなくて…」
私はギュッと自分から黒子くんの背中に手を回して抱きついた。体が密着して、密着した部分からお互いの体温が伝わっていく。
伝われ、伝われと念じて黒子くんの胸におでこをくっつけた。
「黒子くん、好き、大好き」
「…僕も大好きです」
黒子くんの手も私の背中にまわり、完全に抱きしめ合う形になった。あたたかい。
今まで言えなかった分を今、一気に告げるかのように私は黒子くんの耳元で譫言のように好きを繰り返していた。
恥ずかしいから言えなかったというのもあるけれど、言葉にすると溢れてしまうから、今の今まで自制していたのかも知れない。
「そんなに好きと言われてしまうと、理性が飛びそうです」
私の耳元で彼がぽつりと呟いた言葉が確かに聞こえた。
その意味を理解するよりも早く、黒子くんは私の背中に回していた手を離して、その片方の手で私の顎先を掴んでくいっと上げた。
一瞬の動作に驚いていた。と、同時に、私が目を閉じるよりも先に黒子くんの唇がやや強引に唇に押し当てられれる。
先ほどの触れるだけのキスとは明らかに違う。角度を変えてピタリと重なった唇から生温く柔らかい彼の舌が割り込まれた。
一度離れると、また角度を変えて唇が触れた。部屋の中に二人の息と舌先のいやらしい音が響く。
「っん…」
口の端からだらしなく吐息が漏れた。呼吸をするのもままならず私は目を伏せてただされるがままに黒子くんからのキスを受ける。
彼の舌先の動きを応えるように私も舌先を動かしてみたら、すぐに絡み合って、今までに感じたことのない痺れるような感覚が脳を揺らす。
口の中だけじゃなくて、体も顔も耳も手も全部。熱い。
力が抜けそうになると、黒子くんがもう片方の手で私の背中をしっかりと押さえ、支えてくれた。
好き、と言う言葉をたくさん伝えたことでこうなることは予測していなかった。
しかし、彼氏の部屋にいくという時点である程度のことは覚悟してきたつもりだ。改めて思う。黒子くんは男の子なんだ。
バスケ部員の中で華奢な体つきというだけで、私から見たら逞しい。私が抵抗してもいとも簡単に押さえつけられてしまう程度の力だってあるはずなんだ。
長い時間夢を見ていたかのような錯覚に陥る。唇が離れた時、ゆっくり目を開けると黒子くんの紅潮した顔が目の前にあった。
頭がぼんやりとして視界も揺れていた。色んな感情が混ざって目が潤んでいるのが自分でも分かった。
私の顎に添えられていた彼の手は、いつの間にか肩に移動されている。
「いきなり、…すいません」
「どうして謝るの?」
「突然その、嫌じゃなかったかなと…」
「ううん、す、すごく嬉しいよ」
普段の奥手な私からでは想像できないようなことを告げられ、黒子くんも驚いたに違いない。
赤面しつつもしどろもどろに言うと、彼は少し驚いたような表情を見せた。何か言いたそうに口を開いたが、特に何も言わず、その代わり喉がゴクリと鳴ったのを私は聞き逃さなかった。真剣な表情からも、左肩に置かれた手からも緊張が伝わってくる。
ドッ、ドッ、と心臓が早鐘を打つ。
「僕もです」
すると、体をぐっと抱き寄せて私の肩に顔を乗せ首筋にキスを繰り返した。
やわらかい感触が首筋のいたるところに触れてくすぐったい。肩に置かれていた黒子くんの手が少しずつ下降していく。
指が鎖骨をなぞり、くすぐったいなと思ったのもつかの間、さらに彼の手が徐々に下に降りてきて黒子くん片手が胸の上あたりを掠める程度に、触れた。
その手は触れることを迷っているようだった。
「――琴音さんをもっと知りたい」
消えてしまうほど小さな呟きが耳元で聴こえて、私の心臓は一際跳ねた。
驚きのあまり私は体が硬直する。顔に火がついたように熱くなり、首まで赤くなってしまっているんじゃないぐほどに一気に体温が上がっていく。
意志は固まっている。声が出ないなら、ここで小さく頷けばいい。そうすれば黒子くんにも気持ちが伝わるはずだ。
ゆっくり首を縦に傾けたその時――
ピリリリリリ…、ピリリリリリリ…
携帯の着信音が鳴り響き、咄嗟に私は黒子くんから体を離した。私の胸に触れていた彼の手もパッと放れる。
まるで冷や水を浴びせられたかのようなタイミングで私の鞄に入っている携帯から着信音が鳴った。
この音で冷静になったから離れたものの、もう少しで一線を越えてしまっていたのだろうか。
「ご、ごめんね」
謝りつつ携帯を取り出すとそこには『火神くん』の文字…。慌てて出ると、宿題が終わらず泣きついてきた火神くんからのヘルプ!の電話だった。
黒子くんに断られて、その後きっと他の部員や友人にも頼んだけれど断られたのだろう。頼れるのはマネージャーだけなんす!と最後の砦にすがるような声だったので、私はしばらく迷った後、珍しく半泣きの声に”わかった”と返事をしてしまった。
火神くんの声が大きいせいで、黒子くんにも聞こえていたらしく、私が話す前にだいたい事情を察してくれたようだ。
「僕が火神くんに断ったときに、琴音さんにも電話がこないように根回しすればよかったですね」
「多分、どのみちかかってきたと思うから…火神くん必死ぽかったし」
「火神くんは本当に空気が読めない人ですね」
「…そ、そうだね」
「…はい、本当に」
「「………………………」」
沈黙してみるみるお互い顔が赤くなっていく黒子くんと私。
クーラーの涼しさなど意味もなく、気恥ずかしさで紅潮した顔がしばらく収まりそうにない。
「あの、」
しばらくの沈黙の末、それを先に破ってくれたのは黒子くんだった。
「僕も行きます。火神くんと琴音さんを二人きりにするわけにはいかないので」
「心配するようなことは何もないと思うけど…」
「それでも行きます」
私が断れなかったせいで黒子くんを巻き込む形になってしまった。謝ると黒子くんは「大丈夫ですよ」と言って、少し笑った。
優しく私の頭を撫でると、黒子くんは問題集を整頓してベッド脇においてあった鞄につめはじめた。
火神くんに写させてあげるのかな?
もちろん、バニラシェイク10回分程度は火神くんに奢ってもらうつもりだろうか。
大声で抗議しながらも結局はノートを写させてもらう火神くんが容易に想像できた。私もちゃんと火神くんに何か奢ってもらおう。
先程、彼の首筋が触れた首筋も指でなぞられた鎖骨も全部が熱い。あの先を考えてしまうと、何もかもに集中できなそうだ。
夏の暑さのせいでこうなったのだと思いたいけれど、それはきっと違うのだろう。
惹かれ合ってる者同士が触れたくなるのは当たり前のことなんだから季節なんて関係ない。
触れられたいのも、触れたいのも、私にとっては黒子くんただ一人。
これからもこの胸の高鳴りと共に、ありったけの愛情はただ一人に向かっていくのだろう。
真っ直ぐに、変わらずに、そして時には少し大胆になって。