黒子くんと大学生マネージャー
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Hot illusion
昼夜問わずセミの音がけたたましくに響く、帰り道は街灯が多い都内だけなのだろうか。アスファルトに照り返す太陽も帰り道にはもういないが、夜は夜で、ただ蒸し暑いというのは夕方でも夜でも変わらない。
……この猛暑、どこまで続くのか。
夏休みもWCに向けて、誠凛バスケ部のみんなは毎日のように学校へ行きハードなの練習をこなしていた。
高校生よりも少し長い夏休みを存分に利用して、私も出来るだけバスケ部の手伝いができたらいいなと思っていた。
幸い、マネージャー募集も夏休み中は一時締め切ったようだ。合宿なども数回行われる都合だろう。
それをリコちゃんから聞いたとき、私はまだここにいていいんだなって、こっそり胸を撫で下ろした。
大学も夏休み中は講義もない。課題がチラホラでている程度であとは自由なので、思い切り部活にもバイトにも打ち込める。
今日も練習が終わった帰り道、黒子くんと帰路を共にしていた。部活が終わってどこかへ寄り道するのも楽しみの1つだ。
もちろん、私と違って黒子くんはすごい運動量をこなしてるわけだから寄り道といっても無理させない範囲だ。
夏休みが始まってすぐ、誠凛バスケ部は海での合宿を行った。
私はそれには都合が悪く行けなかった為、力になれなかったけれど、夏休み終わりに予定している山での合宿はどうにか都合をつけて参加したいと思っている。
黒子くんが合宿から帰ってきてから、二人でこうして帰り道を歩くは何だか久々だ。
…実際はほんの数日ぶり程度なんだろうから、これは錯覚だ。
会えない時間が長く感じてる。
黒子くんを横目で盗み見ると、目が合ってしまって私は慌てて前を向いた。目が合ってしまったのでは盗み見た意味がない。
うーん、どうもこっそりやろうとしても、黒子くん相手だと失敗に終わるなぁ。
慌てるのを誤魔化すように私は切り出した。
「合宿はどうだった?」
「砂浜でいつもの練習の3倍でした」
「さん!?そ、それは大変だったね。本当にお疲れ様」
想像している以上に地獄の合宿だったのだと、私は黒子くんを労るように小さく頭を下げた。
それから、黒子くんは合宿での話をぽつりぽつりと話し始めた。
民宿で秀徳高校に会った話や、火神くんの跳躍力の話などなど。リコちゃんの練習メニューはよく徹底されているものだから、必ず結果が出る。
そこに関しては安心だけども、朝晩とすごい量の食事をしっかり摂らされてからの練習…少食の黒子くんにはキツかっただろなぁと思う。
「でも確実に体力も向上したと思います。新しい技の手掛かりも掴めました」
嬉しそうに話すも、目には闘志が秘めていた。
秀徳との練習試合で課題も浮き彫りになったことだし、これからの練習が益々ハードなものを予感させる。
そして合宿の話の流れで、今度は今日の練習の話になった。
体育館が熱気で蒸し暑くてへとへとで倒れそうになったらしいのだが、少しもそんな様子は見せずにいたので気づかなかった。
倒れることもなく最後まで頑張っていた姿を私は知っていた。
えらかったね、と褒めると、「琴音さんにカッコ悪いとこ、見せられませんから」と調子のいいことが返ってきて、私は苦笑した。
他愛のない話だって楽しい。部活以外の話にもたくさんする。チームメイトの話、クラスでの話、テレビの話、最近見た本の話。
特に、私は去年高校を卒業したばかりなのに、学校での話を聞くと随分懐かしく思えた。
歩きながらコンビニの横を通過したとき、黒子くんは立ち止まった。私もつられて止まる。
「寄っていきましょうか」
ちょうど冷たいものが食べたかったので、私は正直に頷いて黒子くんと一緒にコンビニへ向かった。
歩き出したとき、不意にお互いの手が掠める程度に触れて私は反射的に引っ込めた。
一瞬のことだったので彼には気づかれなかった。
しかし何故だろう。前よりもドキドキする。…いや、前もドキドキはしていたが、ドキドキするタイミングが早すぎる。
合宿から黒子くんは前より男らしくなった気がして落ち着かない。
会えなかったのはたった10日程度なのに…気のせいだろうか。
春と比べて背も少し伸びたのかな?育ち盛りの男の子の成長は目を見張るものがあるなぁと、私は改めて感心していた。
□ □ □
夏のコンビニは特に誘惑が多い。炭酸飲料にアイスに、蒸し暑さを少しでも和らげてくれる美味しいものがたくさんあるからだ。
夜でも客は結構いるものだ。駐車場には夏休みということもあって、コンビニ前で集まっている若者たちもいた。
「今日は何にしようかなぁ」
まっすぐアイスのコーナーに向かうと目移り。自然と口角を上がってしまう。
この迷っている時間がとてつもなく幸せな時間だ。
夏のコンビニのアイスのラインナップを侮ってはいけない。すごく充実しているのだ。
だいたいいつもは定番の棒アイスを選んでいるんだけども今日は何だかモナカも気になるし、ソフトクリーム系も…うーん、としばらく迷ってやっと手にしたのは久しぶりに選んだあのアイスだった。
「アイスの果実にしようかな。何だか今日は珍しくそんな気分…」
「それ、美味しいですよね。僕も今日はいつもと違うアイスにしてみます」
顔を見合わせて笑うと幸せが二倍になる。お互い、アイスが好きでよかったなぁ。
好物がバニラシェイクの黒子くんは、アイスでも飲み物でも甘い系のものは好きなようだ。
久々に選んだ『アイスの果実』とは、長年にわたって売れている果実の味をした丸い形をしたアイス。
色々なフルーツの味があるし、つまんで食べれるのでとても食べやすい。
黒子くんも定番は棒アイスだけど、珍しくモナカアイスを買っていた。今日はお互い定番を外すなんて珍しい日だ。
冷房がガンガンに効いていたコンビニを出ると、先程よりむわっとした暑い空気が纏わりつくようだった。
月明かりと外灯に照らされた夜道を私と黒子くんは再び並んで歩いた。
私の住んでいる場所は黒子くんの家までの通り道なので、私がマネージャーの仕事として部活に顔を出した帰り道は必ずといっていいほど送ってくれるのだ。
それに、いつも甘えてしまっている。年上なのに。夜道で襲われるとしても、私よりよっぽどかわいい黒子くんのが心配だから、逆に送ってあげたいぐらいだ。
…でも、もう、彼女だからいいのかな?
心の中の呟きが悟られていなかと私は視線を地面に向けた。
コンビニから歩き出してすぐ、二人ともアイスの袋を開けた。
アイスの果実をつまんで口に入れると、甘い味、冷たい温度が舌先にじんわりと広がっていく。
暗くて色まではっきりと分からなかったけど、今のは桃味だ。夜道で食べると、食べた後に味が分かって面白いなぁと思った。
体の中から冷やして、体の熱が外へ逃げていく心地よさだった。
「おいしい!暑さが和らぐね」
「本当ですね」
「そっちのモナカ美味しい?」
「美味しいですよ。よかったら、どうぞ」
黒子くんはかじっていない側のモナカをパキッと折って私に差し出した。
え、そんなにもらっちゃっていいの!?と私が慌てていると、彼はぐいっとさらにモナカを前に出してきたので、私は遠慮しつつも受け取った。
「ごめんね…ちゃっかりもらっちゃった」
「気にしないで下さい。美味しかったので、僕が琴音さんにも食べてほしかったんです」
「…私をあんまり甘やかしちゃダメだよ」
照れ隠しに俯いてそう言うと、彼は小さく笑っていた。どうもいつもリードされてしまう。
いつも穏やかで、優しくて、気も回る黒子くん。それに引き換え、いつもぼんやりしている私。
どっちが年下なんだかわからない。これではリードされちゃうのも当たり前だなぁと今更、納得する。
珍しく棒アイスじゃないのを選んだからちょっと感想を聞いただけのつもりだったのに、物欲しそうな目をしていたのだろうか。
黒子くんはすぐ私を甘やかすから、優しすぎて参ってしまう。
照れてるばかりでなく私も同じ分だけ優しくしてあげられたらいいのと思った。
モナカもすごく美味しかった。中には薄い板チョコが挟まっていて、食べるたびにパリパリと小気味のいい音をたてた。
モナカを食べ終えてから、私も黒子くんにアイスの果実をあげようと差し出した。
だけど、開封口は1つ1つしか出てこないようになっていて、指が入れて取ることができない。
「黒子くん、両手出して受け皿みたいにして」
立ち止まってそう言うと彼は素直に両方の手の平を上にして出し、何かを掬うような形になった。
私はそこにアイスの果実をいくつかころころと乗せた。よし、これで零れない!と思いきや、何か大事なことを見落としていたようだ。
「…あれ?」
乗せた直後に私が気づくより早く、黒子くんがまたしても小さく笑った。
「あの…これだと両手がふさがって食べられません」
「あ、そうだね。ごめんごめん」
「琴音さんに食べさせてもらってもいいですか?このままだと手の熱で溶けてしまいます」
驚く暇も与えずに、黒子くんはアイスの果実みたいなまん丸の瞳で私をまっすぐ見つめていた。
あぁ、なんだかNOと言えない雰囲気。こういう意外と積極的なところも彼の魅力の1つではあるんだけど、不意をつかれることが多いので私はその度にドキマギしている。
とはいえ、もたもたしているうちに本当に溶けたら黒子くんの手がべとべとになってしまう。
私は無言でコクコクと頷くとすぐさまアイスを指でつまんで、黒子くんの口に運んだ。
1つ目を食べた黒子くんはまた口を小さく開けた。どんどん、食べさせてくださいって意味なのだろう。確かにもたもたしていても仕方ない。
何ていうか――人気がないのをいいことに、道の往来で何をやってるんだろう。わたしたち。
これじゃるで…
「バカップルみたいですね」
「い、言わないで…」
あまりにもストレートに発言する彼に私は頬が熱くなっていくのを感じた。言葉にすると恥ずかしくなるのに、黒子くんはいつもすぐ言葉に出すんだから。
せっかくアイスを食べてひんやり気分になったのに、私の顔だけ既にまた熱くなってしまっていた。
出来るだけ何も考えないように、3つ目、4つ目、…と黒子くんが食べるペースを見ながら口に運んだ。
おいしいです、と言って満足げな表情の彼を見て、ちょっと恥ずかしいことになったけど交換できてよかった。
最後の5つ目はソーダ味。街頭だけが頼りの場所で、うっすらと水色がわかったので、間違いない。これはソーダ味だ。
フルーツの味が主なのに、この味だけアイスの果実の中でも異色だ。
何せ、果実という商品名がつきつつも、味がこれだけ唯一フルーツ味ではない。つまんで黒子くんの髪の色と見比べるとソーダ味の色と似ていた。
「髪の色と似てるね」
そして、笑いながら口まで運ぶ。
黒子くんを好きになってから、どうも“水色”がお気に入りになっている。あの綺麗な髪の色、好きだなぁ。
4つ目を口に運んだあたりから気づいていたけど、あえて言わなかったことがある。
「黒子くん…、途中からはアイスは片手にしか乗ってなかったし、私が食べさせなくても自分でつまんで食べれたよね?」
「はい。でも琴音さんに食べさせてほしかったので、止めませんでした」
「もう…」
悪びれる様子もなく、彼は相変わらず正直すぎるまでに静かな口調で返してきたので苦笑してしまった。
食べさせてほしいと彼が望むなら、食べさせてあげたいって思っているからだ。これでは結局お互いを甘やかしていることになってしまうが、それでもいい。
いつも私の方が黒子くんの優しさに頼ってしまっているから。
…ちょっとぐらいバカップルみたいでも、たまにはいいよね?と内心で思いつつ私は人知れず照れた。
ちょうど黒子くんが食べたアイスが最後の1個だった。自分が持っていたアイスの袋を触っても1つも残っていなかった。
アイスも食べたし、歩きだそうと一歩踏み出した私の顔に影がかかった―――、並んでいた黒子くんが私に回り込んだ刹那、、唇にひんやりとした温度と柔らかい感触。一瞬、何が起きたのか分からず目を見開いた。
その影は月明かりも街頭の明かりも視界からシャットアウトさせる。彼が瞼をゆっくりと開けると、私の目の中に群青色の海が広がる。
暗闇での、黒子くんの瞳の色だ。
「何の味がしましたか?」
黒子くんは顔が近いまま、まだ唇と唇の距離がわずかな距離の状態で、私に尋ねてきた。お互いの息がかかりそう。
途端に心臓が早鐘を打ち始めた。不意打ちへの驚きと、ときめきで、ドッ、ドッ、ドッ、ドッとうるさく、リズムよく高鳴る。
最初のキスも不意打ちだった。黒子くんは相手の隙をつくのが特に上手いから、分かっていても避けられない素早さだ。
味を答えないと、またキスされてしまうことは明確。
「一瞬過ぎて分からなかったかも」
最後に食べたソーダ味だと、わかっているのに。わかりきっているのに。
私は答えを言う代わりに挑発じみたことを言ってしまった。
いつもはこんなこと言えないのに今日はどうしたんだろう。
まるで現実味がないみたいに気持ちがふわふわして、顔が最高潮に熱い。
赤面しているのが自分でも分かった。ただ、譫言みたいに呟いてしまった言葉が頭の中でリフレインして余計に恥ずかしくなった。
黒子くんは驚いたような表情をしたのは、私が答えた意味を理解しているからだ。
少しだけ微笑んで「次はちゃんとわかるように、します」と、吐息混じりに呟いて顔を近づけてきた。
唇が、あと少し。ほんの数ミリ。重なる前に、目を閉じた。分かりきっていた答えは、やわらかで甘いソーダの味。
らしくないことを言えたのは、夏の暑さのせいだ。人気のない帰り道でこんな展開になっているのは、夏の暑さのせいだ。
暑さのせいにしていなければ、恥ずかしくて正気が保てない。
でも、これ以上暑い日がきたら、私は黒子くんとどうなってしまうんだろう。
まだ夏は、はじまったばかりだというのに。
昼夜問わずセミの音がけたたましくに響く、帰り道は街灯が多い都内だけなのだろうか。アスファルトに照り返す太陽も帰り道にはもういないが、夜は夜で、ただ蒸し暑いというのは夕方でも夜でも変わらない。
……この猛暑、どこまで続くのか。
夏休みもWCに向けて、誠凛バスケ部のみんなは毎日のように学校へ行きハードなの練習をこなしていた。
高校生よりも少し長い夏休みを存分に利用して、私も出来るだけバスケ部の手伝いができたらいいなと思っていた。
幸い、マネージャー募集も夏休み中は一時締め切ったようだ。合宿なども数回行われる都合だろう。
それをリコちゃんから聞いたとき、私はまだここにいていいんだなって、こっそり胸を撫で下ろした。
大学も夏休み中は講義もない。課題がチラホラでている程度であとは自由なので、思い切り部活にもバイトにも打ち込める。
今日も練習が終わった帰り道、黒子くんと帰路を共にしていた。部活が終わってどこかへ寄り道するのも楽しみの1つだ。
もちろん、私と違って黒子くんはすごい運動量をこなしてるわけだから寄り道といっても無理させない範囲だ。
夏休みが始まってすぐ、誠凛バスケ部は海での合宿を行った。
私はそれには都合が悪く行けなかった為、力になれなかったけれど、夏休み終わりに予定している山での合宿はどうにか都合をつけて参加したいと思っている。
黒子くんが合宿から帰ってきてから、二人でこうして帰り道を歩くは何だか久々だ。
…実際はほんの数日ぶり程度なんだろうから、これは錯覚だ。
会えない時間が長く感じてる。
黒子くんを横目で盗み見ると、目が合ってしまって私は慌てて前を向いた。目が合ってしまったのでは盗み見た意味がない。
うーん、どうもこっそりやろうとしても、黒子くん相手だと失敗に終わるなぁ。
慌てるのを誤魔化すように私は切り出した。
「合宿はどうだった?」
「砂浜でいつもの練習の3倍でした」
「さん!?そ、それは大変だったね。本当にお疲れ様」
想像している以上に地獄の合宿だったのだと、私は黒子くんを労るように小さく頭を下げた。
それから、黒子くんは合宿での話をぽつりぽつりと話し始めた。
民宿で秀徳高校に会った話や、火神くんの跳躍力の話などなど。リコちゃんの練習メニューはよく徹底されているものだから、必ず結果が出る。
そこに関しては安心だけども、朝晩とすごい量の食事をしっかり摂らされてからの練習…少食の黒子くんにはキツかっただろなぁと思う。
「でも確実に体力も向上したと思います。新しい技の手掛かりも掴めました」
嬉しそうに話すも、目には闘志が秘めていた。
秀徳との練習試合で課題も浮き彫りになったことだし、これからの練習が益々ハードなものを予感させる。
そして合宿の話の流れで、今度は今日の練習の話になった。
体育館が熱気で蒸し暑くてへとへとで倒れそうになったらしいのだが、少しもそんな様子は見せずにいたので気づかなかった。
倒れることもなく最後まで頑張っていた姿を私は知っていた。
えらかったね、と褒めると、「琴音さんにカッコ悪いとこ、見せられませんから」と調子のいいことが返ってきて、私は苦笑した。
他愛のない話だって楽しい。部活以外の話にもたくさんする。チームメイトの話、クラスでの話、テレビの話、最近見た本の話。
特に、私は去年高校を卒業したばかりなのに、学校での話を聞くと随分懐かしく思えた。
歩きながらコンビニの横を通過したとき、黒子くんは立ち止まった。私もつられて止まる。
「寄っていきましょうか」
ちょうど冷たいものが食べたかったので、私は正直に頷いて黒子くんと一緒にコンビニへ向かった。
歩き出したとき、不意にお互いの手が掠める程度に触れて私は反射的に引っ込めた。
一瞬のことだったので彼には気づかれなかった。
しかし何故だろう。前よりもドキドキする。…いや、前もドキドキはしていたが、ドキドキするタイミングが早すぎる。
合宿から黒子くんは前より男らしくなった気がして落ち着かない。
会えなかったのはたった10日程度なのに…気のせいだろうか。
春と比べて背も少し伸びたのかな?育ち盛りの男の子の成長は目を見張るものがあるなぁと、私は改めて感心していた。
□ □ □
夏のコンビニは特に誘惑が多い。炭酸飲料にアイスに、蒸し暑さを少しでも和らげてくれる美味しいものがたくさんあるからだ。
夜でも客は結構いるものだ。駐車場には夏休みということもあって、コンビニ前で集まっている若者たちもいた。
「今日は何にしようかなぁ」
まっすぐアイスのコーナーに向かうと目移り。自然と口角を上がってしまう。
この迷っている時間がとてつもなく幸せな時間だ。
夏のコンビニのアイスのラインナップを侮ってはいけない。すごく充実しているのだ。
だいたいいつもは定番の棒アイスを選んでいるんだけども今日は何だかモナカも気になるし、ソフトクリーム系も…うーん、としばらく迷ってやっと手にしたのは久しぶりに選んだあのアイスだった。
「アイスの果実にしようかな。何だか今日は珍しくそんな気分…」
「それ、美味しいですよね。僕も今日はいつもと違うアイスにしてみます」
顔を見合わせて笑うと幸せが二倍になる。お互い、アイスが好きでよかったなぁ。
好物がバニラシェイクの黒子くんは、アイスでも飲み物でも甘い系のものは好きなようだ。
久々に選んだ『アイスの果実』とは、長年にわたって売れている果実の味をした丸い形をしたアイス。
色々なフルーツの味があるし、つまんで食べれるのでとても食べやすい。
黒子くんも定番は棒アイスだけど、珍しくモナカアイスを買っていた。今日はお互い定番を外すなんて珍しい日だ。
冷房がガンガンに効いていたコンビニを出ると、先程よりむわっとした暑い空気が纏わりつくようだった。
月明かりと外灯に照らされた夜道を私と黒子くんは再び並んで歩いた。
私の住んでいる場所は黒子くんの家までの通り道なので、私がマネージャーの仕事として部活に顔を出した帰り道は必ずといっていいほど送ってくれるのだ。
それに、いつも甘えてしまっている。年上なのに。夜道で襲われるとしても、私よりよっぽどかわいい黒子くんのが心配だから、逆に送ってあげたいぐらいだ。
…でも、もう、彼女だからいいのかな?
心の中の呟きが悟られていなかと私は視線を地面に向けた。
コンビニから歩き出してすぐ、二人ともアイスの袋を開けた。
アイスの果実をつまんで口に入れると、甘い味、冷たい温度が舌先にじんわりと広がっていく。
暗くて色まではっきりと分からなかったけど、今のは桃味だ。夜道で食べると、食べた後に味が分かって面白いなぁと思った。
体の中から冷やして、体の熱が外へ逃げていく心地よさだった。
「おいしい!暑さが和らぐね」
「本当ですね」
「そっちのモナカ美味しい?」
「美味しいですよ。よかったら、どうぞ」
黒子くんはかじっていない側のモナカをパキッと折って私に差し出した。
え、そんなにもらっちゃっていいの!?と私が慌てていると、彼はぐいっとさらにモナカを前に出してきたので、私は遠慮しつつも受け取った。
「ごめんね…ちゃっかりもらっちゃった」
「気にしないで下さい。美味しかったので、僕が琴音さんにも食べてほしかったんです」
「…私をあんまり甘やかしちゃダメだよ」
照れ隠しに俯いてそう言うと、彼は小さく笑っていた。どうもいつもリードされてしまう。
いつも穏やかで、優しくて、気も回る黒子くん。それに引き換え、いつもぼんやりしている私。
どっちが年下なんだかわからない。これではリードされちゃうのも当たり前だなぁと今更、納得する。
珍しく棒アイスじゃないのを選んだからちょっと感想を聞いただけのつもりだったのに、物欲しそうな目をしていたのだろうか。
黒子くんはすぐ私を甘やかすから、優しすぎて参ってしまう。
照れてるばかりでなく私も同じ分だけ優しくしてあげられたらいいのと思った。
モナカもすごく美味しかった。中には薄い板チョコが挟まっていて、食べるたびにパリパリと小気味のいい音をたてた。
モナカを食べ終えてから、私も黒子くんにアイスの果実をあげようと差し出した。
だけど、開封口は1つ1つしか出てこないようになっていて、指が入れて取ることができない。
「黒子くん、両手出して受け皿みたいにして」
立ち止まってそう言うと彼は素直に両方の手の平を上にして出し、何かを掬うような形になった。
私はそこにアイスの果実をいくつかころころと乗せた。よし、これで零れない!と思いきや、何か大事なことを見落としていたようだ。
「…あれ?」
乗せた直後に私が気づくより早く、黒子くんがまたしても小さく笑った。
「あの…これだと両手がふさがって食べられません」
「あ、そうだね。ごめんごめん」
「琴音さんに食べさせてもらってもいいですか?このままだと手の熱で溶けてしまいます」
驚く暇も与えずに、黒子くんはアイスの果実みたいなまん丸の瞳で私をまっすぐ見つめていた。
あぁ、なんだかNOと言えない雰囲気。こういう意外と積極的なところも彼の魅力の1つではあるんだけど、不意をつかれることが多いので私はその度にドキマギしている。
とはいえ、もたもたしているうちに本当に溶けたら黒子くんの手がべとべとになってしまう。
私は無言でコクコクと頷くとすぐさまアイスを指でつまんで、黒子くんの口に運んだ。
1つ目を食べた黒子くんはまた口を小さく開けた。どんどん、食べさせてくださいって意味なのだろう。確かにもたもたしていても仕方ない。
何ていうか――人気がないのをいいことに、道の往来で何をやってるんだろう。わたしたち。
これじゃるで…
「バカップルみたいですね」
「い、言わないで…」
あまりにもストレートに発言する彼に私は頬が熱くなっていくのを感じた。言葉にすると恥ずかしくなるのに、黒子くんはいつもすぐ言葉に出すんだから。
せっかくアイスを食べてひんやり気分になったのに、私の顔だけ既にまた熱くなってしまっていた。
出来るだけ何も考えないように、3つ目、4つ目、…と黒子くんが食べるペースを見ながら口に運んだ。
おいしいです、と言って満足げな表情の彼を見て、ちょっと恥ずかしいことになったけど交換できてよかった。
最後の5つ目はソーダ味。街頭だけが頼りの場所で、うっすらと水色がわかったので、間違いない。これはソーダ味だ。
フルーツの味が主なのに、この味だけアイスの果実の中でも異色だ。
何せ、果実という商品名がつきつつも、味がこれだけ唯一フルーツ味ではない。つまんで黒子くんの髪の色と見比べるとソーダ味の色と似ていた。
「髪の色と似てるね」
そして、笑いながら口まで運ぶ。
黒子くんを好きになってから、どうも“水色”がお気に入りになっている。あの綺麗な髪の色、好きだなぁ。
4つ目を口に運んだあたりから気づいていたけど、あえて言わなかったことがある。
「黒子くん…、途中からはアイスは片手にしか乗ってなかったし、私が食べさせなくても自分でつまんで食べれたよね?」
「はい。でも琴音さんに食べさせてほしかったので、止めませんでした」
「もう…」
悪びれる様子もなく、彼は相変わらず正直すぎるまでに静かな口調で返してきたので苦笑してしまった。
食べさせてほしいと彼が望むなら、食べさせてあげたいって思っているからだ。これでは結局お互いを甘やかしていることになってしまうが、それでもいい。
いつも私の方が黒子くんの優しさに頼ってしまっているから。
…ちょっとぐらいバカップルみたいでも、たまにはいいよね?と内心で思いつつ私は人知れず照れた。
ちょうど黒子くんが食べたアイスが最後の1個だった。自分が持っていたアイスの袋を触っても1つも残っていなかった。
アイスも食べたし、歩きだそうと一歩踏み出した私の顔に影がかかった―――、並んでいた黒子くんが私に回り込んだ刹那、、唇にひんやりとした温度と柔らかい感触。一瞬、何が起きたのか分からず目を見開いた。
その影は月明かりも街頭の明かりも視界からシャットアウトさせる。彼が瞼をゆっくりと開けると、私の目の中に群青色の海が広がる。
暗闇での、黒子くんの瞳の色だ。
「何の味がしましたか?」
黒子くんは顔が近いまま、まだ唇と唇の距離がわずかな距離の状態で、私に尋ねてきた。お互いの息がかかりそう。
途端に心臓が早鐘を打ち始めた。不意打ちへの驚きと、ときめきで、ドッ、ドッ、ドッ、ドッとうるさく、リズムよく高鳴る。
最初のキスも不意打ちだった。黒子くんは相手の隙をつくのが特に上手いから、分かっていても避けられない素早さだ。
味を答えないと、またキスされてしまうことは明確。
「一瞬過ぎて分からなかったかも」
最後に食べたソーダ味だと、わかっているのに。わかりきっているのに。
私は答えを言う代わりに挑発じみたことを言ってしまった。
いつもはこんなこと言えないのに今日はどうしたんだろう。
まるで現実味がないみたいに気持ちがふわふわして、顔が最高潮に熱い。
赤面しているのが自分でも分かった。ただ、譫言みたいに呟いてしまった言葉が頭の中でリフレインして余計に恥ずかしくなった。
黒子くんは驚いたような表情をしたのは、私が答えた意味を理解しているからだ。
少しだけ微笑んで「次はちゃんとわかるように、します」と、吐息混じりに呟いて顔を近づけてきた。
唇が、あと少し。ほんの数ミリ。重なる前に、目を閉じた。分かりきっていた答えは、やわらかで甘いソーダの味。
らしくないことを言えたのは、夏の暑さのせいだ。人気のない帰り道でこんな展開になっているのは、夏の暑さのせいだ。
暑さのせいにしていなければ、恥ずかしくて正気が保てない。
でも、これ以上暑い日がきたら、私は黒子くんとどうなってしまうんだろう。
まだ夏は、はじまったばかりだというのに。