黒子くんと大学生マネージャー
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図書館の片隅にて
いつから、本を読む習慣がなくなったんだろう。
記憶を辿るも、中学か高校の頃には『読書』を目的として図書室にいく機会もなく過ごしていたような気がする。
「よっ…と」
本棚に向かい合って背伸びをして、上の棚にある目的の本を取る。
懐かしい指先の感覚に、ふと小学校の図書室が脳裏を過った。
子供のころはジャンル問わず本が大好きで、よく休み時間や放課後に読書を日課にしていたものだった。
今となっては学校の図書室や、地元の図書館に通うのは『勉強』をするときだけ。
特に高校3年の受験勉強まっただ中の頃、家で集中できないときは家から近い場所を活用していた。
だから、本を探すのも、本を読むものすごく久しぶりだった。
日曜日の午前。図書館に出入りしている利用者はまばらだ。
休みの日にしては運よく空いているので、快適にフロアを歩きながら目的の本を探した。
ジャンル別に棚が整頓されているのですぐに目的の本を探し出し、数冊手にとって私は周囲を見渡した。
ふと目に付いたのは、窓を背にした日当たりのいい端っこの席。
長テーブルが2つ並び、そこに椅子が向かい合った状態でいくつか並べられているが、まだそこには誰も座ってる人はいなかった。
椅子に座ると、背中にぽかぽかと暖かく、春の光が窓越しに差し込んでいるのが分かる。あったかい。
目的の前にまどろんではいけないと、数秒ぼんやりとした後、一度ギュッと目を閉じてから開けた。
すっかり読書から離れた生活を送っていたので、飽きずにちゃんと読めるだろうか…。胸中で呟きながら私は表紙を捲った。
選んで持ってきたのは全部で3冊。
バスケットボール入門という初心者向けの本。
スポーツトレーナーについて詳しく書かれた本。
苦手教科の参考書。
今年の春から、おじいちゃんの伝手で誠凛バスケ部の臨時マネージャーを務めることになったので、今よりもっとバスケの知識を頭に叩き込んでおく必要があるかなと前々から思っていた。
高校の時、帝光中の幻のシックスマン・黒子くんが出ていた試合を見た後からバスケに興味を持ち、それから基礎的なルールも覚えたのだが、それだけではまだ足りない。
スポーツトレーナーの本ではマッサージのやり方を参考に覚えて、少しでもみんなの役に立ちたい。
もともとマネージャーがいない部に臨時として来ているだけなのだから、頼りにされてないとしても、参加してる日ぐらいはやはり役に立ちたいのだ。彼らと数日過ごしただけで伝わる熱意と“日本一のチームになる”という夢に心を動かされずにはいられなかった。
一生懸命な彼らと見て、私も出来ることを頑張りたい。
集中してるせいか周りの音も気にならず、私は1、2冊を集中して黙々と読んだ。
さすがに全ページは読むのは無理なので、自分にとって必要だと思う部分を重点的に繰り返し読む。
2冊目を閉じてふう、と息をついたこで腕時計を見ると、もう午後一時をまわっていた。
周囲を一瞥すると人がさらに少なくなっている気がした。みんなお昼ご飯を食べに行ってるのかな。
とにかく自分の周囲が静かなのはいいことだ。続けて3冊目を読み始めたら、ページをめくる指の動きが自然と遅くなった。
2冊目までは集中して順調に読めたし頭にも入ってきたのに、苦手強化の参考書はページめくってもめくっても全く頭に入ってこない。
まぁ苦手だから脳が拒否してるといえばそりゃそうかもしれないけど。
「うーん、頭に入ってこない…」
正午になって背中をぽかぽかを温める太陽の光はさらにあたたかくなり、眠気を誘う。
脳が眠たい眠たいとうわ言を呟きだしてるみたいだ。いっそ混雑していれば人が気になって微睡む事もないだろう。
しかしこの長テーブルには私しかいないし、席も端っこだし、周囲に人もいない。冷たい飲み物でも飲んで目を覚ましがほうがいいとわかりつつも、椅子から立ち上がる気力はなく、ページをめくる指が完全に止まったのと同時に、ゆっくりと私は瞼を閉じた。
読書なんて久々だったのに一気に3冊なんて無茶だった上に、苦手な本を読むのも無謀だったかなぁなんて、意識が落ちる前に胸中で反省した。
桜はもう散ったけれども、まだ春。
春に限らず、春眠暁を覚えずという言葉は一年中、ある。
□ □ □
ふと、瞼の裏の光が遮られて暗闇になり、その違和感で私は目を覚ました。
寝ぼけ眼で机に突っ伏し、横に向けていた顔をゆっくり上げると目の前に広がるアクアブルーの色。
薄い水色の髪、白い肌、深い海の色をした瞳が私を見ていた。
黒子くんだ。口元を緩ませて笑う彼と視線がバチリと合ったけれど、私はまだ夢の中にいるのかなと思いそのまま机に再び顔を突っ伏し…
―――え?
「…っ!」
勢いよく顔を上げて目を見開いて驚くと、彼はまたクス、と小さく笑った。
ど、ど、どうしてここに黒子くんが!?
何も言えずにいると、黒子くんは口元は笑ったまま、“すいません、驚かせてしまって”、と謝ってきた。
謝っているのに笑ってるのって、私そんなにおかしな驚き方をしていたんだろうか。恥ずかしい。
驚き方以前に、図書館であんなに机に顔を突っ伏して寝ている状態を見られたことが何よりも恥ずかしかった。
今日の彼は休日なので私服姿。白い七分袖のシャツに紺色のズボンという爽やかな服装が似合っていて、私服を見るのは初めてだったので何だか新鮮だ。
「起きたら黒子くんがいて…、驚いたよ」
「僕も、すぐ気づいてもらえたのでびっくりしました」
さすがに目の前にいるのでは気づくと思うのだけど…、彼は影が薄いと自分で言うだけあって、目の前にいても気づかれない経験があるのだろうか。
顔を赤くさせて数秒相槌も打てずに黙っていた後、私は誤魔化すように切り出した。
「黒子くんここの図書館、よく来るの?」
「はい。家からも近いですし、よく来ますよ。琴音さんもですか?」
質問が返ってきてたので、うたた寝をしていた流れまでを正直に説明すると、黒子くんは妙に納得したように頷いた。
勉強熱心なんですね、と、図書館で居眠りをした私にさえ優しい言葉をかけてくれて、とても恐縮な気持ちだった。
きっと、黒子くんが思っているような真面目な人間じゃないんだ、私は。臨時マネージャーとしてきっとそのうちみんなの足を引っ張るから、迷惑だけはかけたくないからってそんな前のめりな気持ちだけで今日だって図書館にやって来た。
覚えることの方がまだきっと多いから、ちゃんとした『勉強』なんて程遠かった。
それに、読んでいただけでいざそれをちゃんと実行出来るか、覚えているかどうかは別の話だし…しかも居眠りしちゃってたし…。
言い訳で口ごもっていると、黒子くんは気を遣ってか話題を変える一言を投げてきた。
「そこの席、いいですよね。この季節は特にあたたかくて。僕もお気に入りの席なんです。本を読みながらその世界に引き込まれるのも、眠たくなってうとうとしてしまうのも幸せな時間ですよね」
目を細めて微笑む黒子くんの優しい声が、二人の空間に響く。つられたように自分の口元が緩むのが分かった。
何故だか、彼の笑った顔を見ると心の奥に明かりが灯ったみたいに温かくなる。とても和む。
私が、うん、と頷くと二人で顔を見合わせて笑った。
□ □ □
それからお互いに会話するわけでもなく、しばらく読書に集中していたのだが相変わらず周囲に人はいない。
窓の外、遠くでさわさわと風に揺れる葉音や、互いに、本のページを捲る音だけが聞こえる。
今日は駅周辺で催し物でもやっているのだろうか。でなければ午後からのこの図書館の空き様はおかしい。
頭の片隅でそんなことを考え出してはそろそろ苦手な参考書に向き合うのもタイムアップ。集中力切れのころだ。
音も立てずに静かに栞を挟んで小さく息を吐いて、黒子くんを盗み見ると、彼も私の方を見ていた。
偶然にしては狙ったかのようなタイミングに私の心臓が鼓動しはじめる。
あまりにも図書館が静かだから、ドッ、ドッ、ドッ、と、いう心音が聞こえてしまったらどうしようか。
彼は、私と同じように栞を挟んでパタリと読んでいた本を閉じた。
「静かですね」
「うん…」
「こんなに静かだと、世界に二人だけ取り残されたみたいですね」
――黒子くんのその言葉に私は息を飲んだ。
深い意味はきっと、ないのに。
目を閉じて少しだけ首を傾けるその動作に合わせて、水色の髪が揺れた。さらりと、繊細な絹糸が一本一本流れるみたい。
伏せた瞳に長い睫。冗談を言っているのにそれが真剣味を帯びてに伝わってくる声色。
薄い唇の口角が気づかれないほど微妙に上がって、微笑んでいる。
本当に、周囲には誰一人いなくなったように静まりかえった空間。息をする音さえ堪えなくてはいけない、
静寂を破ってはいけない感覚になる。心臓の音も、彼に聞こえてしまう。
この状況に、人知れず私は高揚して仕方ない。
だって、一瞬でも思ってしまった。それでもいいと。二人だけ取り残されたなら、それでもいい。
ロマンチックな言葉を自分の都合よく鵜呑みにした。手の中に汗がじんわりと滲んでふと我に返る。
これは、なに?何を考えているんだろう、私は……
無言の私を怪訝に思ってか、今度は大きな瞳が私を捉えた。
まあるいその中に窓から差し込む光が反射して、自分の姿が映った。情けなく赤面している、自分が。
光を浴びて淡くなったその色にに吸い込まれそうになりながら、私はようやく相槌を打った。
「そうだね」、と、本当に一言。これが喉から出るまでに何秒のタメを作ってしまったんだろう。
「小説の台詞みたいだね」
赤らんでいる頬を両手で抑えて、どうにか顔の熱が手に移るようにしても、なかなか照れは収まってくれなかった。
ならば、黒子くんがロマンチックな台詞を言うもんだから、つい照れてしまったってことにしておいてもらおう。
あくまで、その“台詞”のせいにしてしまえばいい。私のリアクションに黒子くんは、「本の読みすぎですよね」、と苦笑した。
黒子くんがおもむろに席を立ち上がったので、私も立ち上がり本3冊胸に抱えた。返す本棚はだいたい覚えてるから大丈夫。
午後二時近くなる頃、このタイミングだと相手が言おうとしていることはなんとなく察しがついていた。
「お腹、空きましたね。もしよければどこか食べに行きませんか?」
「じゃあ、マジバにする?春の限定メニューあったと思うんだ」
「賛成です。そこにもお気に入りの席があるんです」
「ふふ、空いてるといいね」
彼が誘ってこなかったら私から誘っていたところだ。お腹が空いては読書にも集中できないので、ごはんは大事!
お互い借りていた本をいったん本棚に返して、また腹ごしらえしたら戻ってくればいい。
どうやら黒子くんは、自宅で読むよりもできるだけオフの日は図書館で読むことの方が好きみたいだ。
また戻ってきた時に、あのお気に入りの席が空いてるといいんだけど。
並んで歩いて他愛のない話をして、図書館を後にして向かうは行き着けのMAJIバーガー。
部活帰りにもよく寄っている場所だけど、メニューもたくさんあるので飽きない。黒子くんがお気に入りのバニラシェイクも注文しようかな。
内心、普段通りに喋れているか、笑えているか、違和感はないか、心配だった。
何せまだ、私の胸の鼓動は落ち着かない。
――『世界に二人だけ取り残されたみたいですね』
何度も何度も頭の中でリフレインするあの声、台詞。
小説で読んだ台詞の一部を覚えていてそれが口から出ただけ。そう思ってもどうしてか胸が熱くなる。
冗談を真に受けるなんてどうかしてる。
今日はらしくもなく久々に読書目的で図書館に行って、慣れないことをしたから、どうかしてるんだ。きっと。
この気持ちが恋のはじまりだと知るのは、もう少し先のお話。
いつから、本を読む習慣がなくなったんだろう。
記憶を辿るも、中学か高校の頃には『読書』を目的として図書室にいく機会もなく過ごしていたような気がする。
「よっ…と」
本棚に向かい合って背伸びをして、上の棚にある目的の本を取る。
懐かしい指先の感覚に、ふと小学校の図書室が脳裏を過った。
子供のころはジャンル問わず本が大好きで、よく休み時間や放課後に読書を日課にしていたものだった。
今となっては学校の図書室や、地元の図書館に通うのは『勉強』をするときだけ。
特に高校3年の受験勉強まっただ中の頃、家で集中できないときは家から近い場所を活用していた。
だから、本を探すのも、本を読むものすごく久しぶりだった。
日曜日の午前。図書館に出入りしている利用者はまばらだ。
休みの日にしては運よく空いているので、快適にフロアを歩きながら目的の本を探した。
ジャンル別に棚が整頓されているのですぐに目的の本を探し出し、数冊手にとって私は周囲を見渡した。
ふと目に付いたのは、窓を背にした日当たりのいい端っこの席。
長テーブルが2つ並び、そこに椅子が向かい合った状態でいくつか並べられているが、まだそこには誰も座ってる人はいなかった。
椅子に座ると、背中にぽかぽかと暖かく、春の光が窓越しに差し込んでいるのが分かる。あったかい。
目的の前にまどろんではいけないと、数秒ぼんやりとした後、一度ギュッと目を閉じてから開けた。
すっかり読書から離れた生活を送っていたので、飽きずにちゃんと読めるだろうか…。胸中で呟きながら私は表紙を捲った。
選んで持ってきたのは全部で3冊。
バスケットボール入門という初心者向けの本。
スポーツトレーナーについて詳しく書かれた本。
苦手教科の参考書。
今年の春から、おじいちゃんの伝手で誠凛バスケ部の臨時マネージャーを務めることになったので、今よりもっとバスケの知識を頭に叩き込んでおく必要があるかなと前々から思っていた。
高校の時、帝光中の幻のシックスマン・黒子くんが出ていた試合を見た後からバスケに興味を持ち、それから基礎的なルールも覚えたのだが、それだけではまだ足りない。
スポーツトレーナーの本ではマッサージのやり方を参考に覚えて、少しでもみんなの役に立ちたい。
もともとマネージャーがいない部に臨時として来ているだけなのだから、頼りにされてないとしても、参加してる日ぐらいはやはり役に立ちたいのだ。彼らと数日過ごしただけで伝わる熱意と“日本一のチームになる”という夢に心を動かされずにはいられなかった。
一生懸命な彼らと見て、私も出来ることを頑張りたい。
集中してるせいか周りの音も気にならず、私は1、2冊を集中して黙々と読んだ。
さすがに全ページは読むのは無理なので、自分にとって必要だと思う部分を重点的に繰り返し読む。
2冊目を閉じてふう、と息をついたこで腕時計を見ると、もう午後一時をまわっていた。
周囲を一瞥すると人がさらに少なくなっている気がした。みんなお昼ご飯を食べに行ってるのかな。
とにかく自分の周囲が静かなのはいいことだ。続けて3冊目を読み始めたら、ページをめくる指の動きが自然と遅くなった。
2冊目までは集中して順調に読めたし頭にも入ってきたのに、苦手強化の参考書はページめくってもめくっても全く頭に入ってこない。
まぁ苦手だから脳が拒否してるといえばそりゃそうかもしれないけど。
「うーん、頭に入ってこない…」
正午になって背中をぽかぽかを温める太陽の光はさらにあたたかくなり、眠気を誘う。
脳が眠たい眠たいとうわ言を呟きだしてるみたいだ。いっそ混雑していれば人が気になって微睡む事もないだろう。
しかしこの長テーブルには私しかいないし、席も端っこだし、周囲に人もいない。冷たい飲み物でも飲んで目を覚ましがほうがいいとわかりつつも、椅子から立ち上がる気力はなく、ページをめくる指が完全に止まったのと同時に、ゆっくりと私は瞼を閉じた。
読書なんて久々だったのに一気に3冊なんて無茶だった上に、苦手な本を読むのも無謀だったかなぁなんて、意識が落ちる前に胸中で反省した。
桜はもう散ったけれども、まだ春。
春に限らず、春眠暁を覚えずという言葉は一年中、ある。
□ □ □
ふと、瞼の裏の光が遮られて暗闇になり、その違和感で私は目を覚ました。
寝ぼけ眼で机に突っ伏し、横に向けていた顔をゆっくり上げると目の前に広がるアクアブルーの色。
薄い水色の髪、白い肌、深い海の色をした瞳が私を見ていた。
黒子くんだ。口元を緩ませて笑う彼と視線がバチリと合ったけれど、私はまだ夢の中にいるのかなと思いそのまま机に再び顔を突っ伏し…
―――え?
「…っ!」
勢いよく顔を上げて目を見開いて驚くと、彼はまたクス、と小さく笑った。
ど、ど、どうしてここに黒子くんが!?
何も言えずにいると、黒子くんは口元は笑ったまま、“すいません、驚かせてしまって”、と謝ってきた。
謝っているのに笑ってるのって、私そんなにおかしな驚き方をしていたんだろうか。恥ずかしい。
驚き方以前に、図書館であんなに机に顔を突っ伏して寝ている状態を見られたことが何よりも恥ずかしかった。
今日の彼は休日なので私服姿。白い七分袖のシャツに紺色のズボンという爽やかな服装が似合っていて、私服を見るのは初めてだったので何だか新鮮だ。
「起きたら黒子くんがいて…、驚いたよ」
「僕も、すぐ気づいてもらえたのでびっくりしました」
さすがに目の前にいるのでは気づくと思うのだけど…、彼は影が薄いと自分で言うだけあって、目の前にいても気づかれない経験があるのだろうか。
顔を赤くさせて数秒相槌も打てずに黙っていた後、私は誤魔化すように切り出した。
「黒子くんここの図書館、よく来るの?」
「はい。家からも近いですし、よく来ますよ。琴音さんもですか?」
質問が返ってきてたので、うたた寝をしていた流れまでを正直に説明すると、黒子くんは妙に納得したように頷いた。
勉強熱心なんですね、と、図書館で居眠りをした私にさえ優しい言葉をかけてくれて、とても恐縮な気持ちだった。
きっと、黒子くんが思っているような真面目な人間じゃないんだ、私は。臨時マネージャーとしてきっとそのうちみんなの足を引っ張るから、迷惑だけはかけたくないからってそんな前のめりな気持ちだけで今日だって図書館にやって来た。
覚えることの方がまだきっと多いから、ちゃんとした『勉強』なんて程遠かった。
それに、読んでいただけでいざそれをちゃんと実行出来るか、覚えているかどうかは別の話だし…しかも居眠りしちゃってたし…。
言い訳で口ごもっていると、黒子くんは気を遣ってか話題を変える一言を投げてきた。
「そこの席、いいですよね。この季節は特にあたたかくて。僕もお気に入りの席なんです。本を読みながらその世界に引き込まれるのも、眠たくなってうとうとしてしまうのも幸せな時間ですよね」
目を細めて微笑む黒子くんの優しい声が、二人の空間に響く。つられたように自分の口元が緩むのが分かった。
何故だか、彼の笑った顔を見ると心の奥に明かりが灯ったみたいに温かくなる。とても和む。
私が、うん、と頷くと二人で顔を見合わせて笑った。
□ □ □
それからお互いに会話するわけでもなく、しばらく読書に集中していたのだが相変わらず周囲に人はいない。
窓の外、遠くでさわさわと風に揺れる葉音や、互いに、本のページを捲る音だけが聞こえる。
今日は駅周辺で催し物でもやっているのだろうか。でなければ午後からのこの図書館の空き様はおかしい。
頭の片隅でそんなことを考え出してはそろそろ苦手な参考書に向き合うのもタイムアップ。集中力切れのころだ。
音も立てずに静かに栞を挟んで小さく息を吐いて、黒子くんを盗み見ると、彼も私の方を見ていた。
偶然にしては狙ったかのようなタイミングに私の心臓が鼓動しはじめる。
あまりにも図書館が静かだから、ドッ、ドッ、ドッ、と、いう心音が聞こえてしまったらどうしようか。
彼は、私と同じように栞を挟んでパタリと読んでいた本を閉じた。
「静かですね」
「うん…」
「こんなに静かだと、世界に二人だけ取り残されたみたいですね」
――黒子くんのその言葉に私は息を飲んだ。
深い意味はきっと、ないのに。
目を閉じて少しだけ首を傾けるその動作に合わせて、水色の髪が揺れた。さらりと、繊細な絹糸が一本一本流れるみたい。
伏せた瞳に長い睫。冗談を言っているのにそれが真剣味を帯びてに伝わってくる声色。
薄い唇の口角が気づかれないほど微妙に上がって、微笑んでいる。
本当に、周囲には誰一人いなくなったように静まりかえった空間。息をする音さえ堪えなくてはいけない、
静寂を破ってはいけない感覚になる。心臓の音も、彼に聞こえてしまう。
この状況に、人知れず私は高揚して仕方ない。
だって、一瞬でも思ってしまった。それでもいいと。二人だけ取り残されたなら、それでもいい。
ロマンチックな言葉を自分の都合よく鵜呑みにした。手の中に汗がじんわりと滲んでふと我に返る。
これは、なに?何を考えているんだろう、私は……
無言の私を怪訝に思ってか、今度は大きな瞳が私を捉えた。
まあるいその中に窓から差し込む光が反射して、自分の姿が映った。情けなく赤面している、自分が。
光を浴びて淡くなったその色にに吸い込まれそうになりながら、私はようやく相槌を打った。
「そうだね」、と、本当に一言。これが喉から出るまでに何秒のタメを作ってしまったんだろう。
「小説の台詞みたいだね」
赤らんでいる頬を両手で抑えて、どうにか顔の熱が手に移るようにしても、なかなか照れは収まってくれなかった。
ならば、黒子くんがロマンチックな台詞を言うもんだから、つい照れてしまったってことにしておいてもらおう。
あくまで、その“台詞”のせいにしてしまえばいい。私のリアクションに黒子くんは、「本の読みすぎですよね」、と苦笑した。
黒子くんがおもむろに席を立ち上がったので、私も立ち上がり本3冊胸に抱えた。返す本棚はだいたい覚えてるから大丈夫。
午後二時近くなる頃、このタイミングだと相手が言おうとしていることはなんとなく察しがついていた。
「お腹、空きましたね。もしよければどこか食べに行きませんか?」
「じゃあ、マジバにする?春の限定メニューあったと思うんだ」
「賛成です。そこにもお気に入りの席があるんです」
「ふふ、空いてるといいね」
彼が誘ってこなかったら私から誘っていたところだ。お腹が空いては読書にも集中できないので、ごはんは大事!
お互い借りていた本をいったん本棚に返して、また腹ごしらえしたら戻ってくればいい。
どうやら黒子くんは、自宅で読むよりもできるだけオフの日は図書館で読むことの方が好きみたいだ。
また戻ってきた時に、あのお気に入りの席が空いてるといいんだけど。
並んで歩いて他愛のない話をして、図書館を後にして向かうは行き着けのMAJIバーガー。
部活帰りにもよく寄っている場所だけど、メニューもたくさんあるので飽きない。黒子くんがお気に入りのバニラシェイクも注文しようかな。
内心、普段通りに喋れているか、笑えているか、違和感はないか、心配だった。
何せまだ、私の胸の鼓動は落ち着かない。
――『世界に二人だけ取り残されたみたいですね』
何度も何度も頭の中でリフレインするあの声、台詞。
小説で読んだ台詞の一部を覚えていてそれが口から出ただけ。そう思ってもどうしてか胸が熱くなる。
冗談を真に受けるなんてどうかしてる。
今日はらしくもなく久々に読書目的で図書館に行って、慣れないことをしたから、どうかしてるんだ。きっと。
この気持ちが恋のはじまりだと知るのは、もう少し先のお話。