黒子くんと大学生マネージャー
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ゼロカウント
――あれは二年前の暑い夏の記憶。
今でも鮮明に思い出せるのは、心に深く刻まれているから。
夏真っ盛りの遊び時というのに、来年の大学受験に向けてもう私の受検勉強は始まっていた。
夏期講習があったり、図書館に缶詰になったり、自室の机の上で頭から湯気がでるほど勉強している。
だが、受験勉強に早すぎるということはない。
一流大学を目指す友達は高一の時から塾に通って通常授業よりもワンランク上の勉強をしていた。
ここまで必死になっているのも、何も考えず進学校に入学してしまったせいだ。ほぼ、受かったのも運だというのに。
普通の授業でも頑張らないとついていけないのだから、大学受験なんて人一倍努力しないと失敗するだろう。
それならばと、さらに高い目標を目指し始めたのがそもそもの間違いだったんだろうか。
私が二年後の春に進学を目指すのは、都内でも文武両道で有名な『海常大学』だった。
時々、メールをしてくる仲のいい従兄弟の卓也…通称・たっくんが私が勉強漬けになっているというのを母親伝に知ったみたいで、気分転換に出かけないかと誘ってきた。彼もまた、私の知る限りで一流大学を目指す人物の一人だから、私以上にハードな勉強漬けになっているはずだ。たっくん自身もきっと気分転換したかったんだろう。
誘いのメールに返信を打とうとしていたらタイミングのいいことに電話がかかってきた。
「どっか行きたいとこある?」
「気分転換になればどこでも…」
私もたっくんもお互い疲労困憊の声色だ。勉強漬けなんてお互い今までしてこなかったことをやってるから、それはもう、疲れる。
家でごろごろもいいけど、机の上の教材が目に入れば休むにも気が散る。結局のところ暑くても外にでるのが一番気分転換にはいいのだ。
去年の今頃は――、目を閉じれば思い出が頭の中を駆けめぐる。花火にお祭りに海にプールに…プールは泳げないなりに楽しかったなぁ…と夏の代名詞を満喫しきってきた。今年と来年…終わるまでつらいなぁ。
それならば、目標をワンランク下の大学にすればいいかとも思うが、一度決めたことだから出来るだけ努力したい。
努力する前から諦めたら後悔しそうな気がする。
無事、大学生になったら、夏の行事を楽しめればいいんだけど。その為にも留年は避けたいし、今は必要な期間なんだと自分に言い聞かせることにした。
「俺、行きたいところあるんだけど。チケット手に入ったから観に行かないか?」
どうやらたっくんの方が行きたい場所があるみたいだ。
どこでもいいよ!連れてってくれるなら!
切羽詰まって叫び出しそうな気持ちをおさえて、私は電話越しに快くOKした。
□ □ □
連れて行かれたのは全国中学校バスケットボール大会。略して"全中"と呼ばれている有名な大会だ。
今日は最終日らしく、会場へ向かう道も人で溢れている。
そうえいば、たっくんはバスケットが好きだった事を思い出した。小さい頃に行った親戚同士の旅行でもバスケットボールを持ってきていたような。
空いてる席について会場の熱気を直に感じた。バッシュがコートに擦れる音、ボールが弾む音に、胸が高鳴ってきた。
「今年も、帝光中かな…」
ぼそりとした呟きに首を傾げると、どうやら「帝光中学」が全中出場常連校で去年は優勝したらしい。
今日優勝すれば全中二連覇となりさらに注目を浴びる学校になるだろうな、と教えてくれた。
広い会場の客席も満席で、マスコミ関係者っぽい人たちもいる。
ざわざわと聞こえる大勢の話し声も、試合開始に近くなってきたら妙に静かになった。緊張が伝染していくように、私もたっくんも口数が少なくなり、出場選手を眺めていた。
――<帝光中学>
レギュラー陣はみんなキレイな髪色をしているなぁとそんな印象を受ける。この学校に限らずだが、出場選手は中学生とは思えないほどの体格だ。よほど鍛えてきたんだろなと思える腕っ節、足の筋肉。見惚れてしまうぐらい皆引き締まった体をしていた。背もすごく高い。
特に今年は、帝光中は10年に1人の逸材が同じ年に5人も集まり、"キセキの世代"と呼ばれる彼らでスタメンが構成されているそうだ。
ただ、試合記録もない幻の6人目―シックスマン―と呼ばれてる選手がいるらしい。果たして今日、その幻と呼ばれてる人を見ることが出来るだろうか。
いよいよ、試合開始!握りしめる手の中がじんわりと汗ばむ。
目が自然とボールを追って忙しなく動く。中学最高レベルの試合を目の当たりにしてスピード感と迫力に驚いた。
プロの試合を見たことがないけれど、遜色ないんじゃないかと思うほどだ。生まれて初めてバスケの公式試合を目の当たりにして、私は息を飲んだ。
「すごい…」
ダンクを決めた帝光の選手に周囲は歓声を上げ、ふと漏れた私の一言などすぐにかき消えた。
1Q~2Qまで、中学レベルとは思えないほどのスピード、技術、チームプレイ、熱気。圧倒されて、静かに血が騒ぐような興奮を覚えた。
すごい。中学生のバスケとは思えないほどだ。
今日はたまたま誘われて気分転換程度できたはずだった。こんな夢中になって見ている自分がいるなんて意外だ。
バスケットは好きでも嫌いでもない。体育の授業で受けたり、有名なバスケット漫画を読んでいた程度。
なのに今、もう試合から少しも目が離せないでいる。
2Qの終盤、背番号8番の子が下げられ、そこから帝光中の勢いはペースダウンしてしまったのだが、3Q目から出てきた背番号15番の、水色の髪の少年――彼を起点に試合の流れが突然、変わった。他の選手と比べて一回りぐらい小さな体つき。きっとある程度筋肉はあるんだろうけど、あの中では華奢に見えた。ただ、意思の強そうな瞳はしっかりとボールを見据えていることに気がづいた。
点を取りにくる他の彼らと違って、その少年はパスの中継役に徹していた。
パスが繋がると、他の選手がダンクを決めたり長距離の3Pシュートを決めたり、フォームがまったくない状態でシュートを放って点を決めたりしている。
その華麗な技に見入ってしまうところだが、どうにも水色の髪の少年が出てきてからすぐに、私は目が離せなくなってしまった。
簡単にスティールやパスをしているようにみえるけれど、本当はもっと仕掛けがあって、あれが彼特有の技なのではないかと思うほどだ。4Q目も続けて出て活躍していたので、私は彼がキセキの世代の6人目ので間違いないと確信した。
時間はあっという間に過ぎ、後半勢いを増した帝光中が優勝し、見事二連覇を飾って今年の全中はフィナーレとなった。
「すごかったねぇ、試合」
「最高の気分転換になったろ?」
人並みの感嘆の息しか出てこない。拍手を送りながら肩の力を抜いて私は息をついた。
「気分転換どころかもう、夢中になって見てたよ」
今日は誘ってもらえてよかったと心から思った。
とてもすごい試合を観戦して興奮冷めやらず、その日は高ぶった気持ちを味わっていたかったので今日はもう勉強しないことにした。
明日からまた頑張れそうだ。こんな楽しい気分転換に誘ってくれた従兄弟に感謝しなくちゃ。
――その時は、来年の全中も見たいなって思ってたのに、結局、それは叶うことはなかった。
高校三年の夏は、従兄弟も私も夏期宿泊合宿という勉強するためだけに寝泊りする地獄の行事と全中の日程が重なってしまったのだ。
必要なことだったから仕方ないのだけど、見に行けなかったのは惜しかったなぁ。
薄い水色の髪色が綺麗な、色白の少年――"キセキの世代"の幻の6人目。
また、彼が出てる試合が見れたらいいのに、と願った。
願ったのだけども、まさかそれが本当に実現するなんて、その時の私は少しも予想していなかった。
□ □ □
全中の試合を見た夏から、1年と8ヶ月後。
猛勉強の甲斐あり、なんとか志望の大学に受かったので、今年の春からは大学生になった。
あの試合を見て以来バスケに興味が沸いたものの、受験が落ち着くまで、何かを見たり読んだりするのは我慢したけどようやく手が出せる。
勉強に明け暮れていた氷河期から脱出してやっと自由な時間ができたことが心底嬉しい。
新しい生活に心を躍らせて気分よく口元を緩ませていたら、おじいちゃんがこちらをみてつられて笑っていた。
ちょうど私が大学に入学と同時に両親が転勤になり、卒業まではおじいちゃんの家に住ませてもらう事になったのだ。
大学といえばサークル。バスケット同好会のサークルがあれば入ってみようかという話を夕飯時にしていたら、おじいちゃんが何か閃いたように私に告げた。
「サークルじゃなくてうちのバスケ部手伝わないかい?」
うちのバスケ部?うちっていうと、……誠凛高校だよね?
里芋の煮付けを口まで運ぼうとした箸が思わず止まった。
「おじいちゃんバスケ部の顧問やってたの?」
「言ってなかったっけか?と言っても顧問らしいことは何もしとりゃせんがなぁ」
ハッハッハ、と笑いながらおじいちゃんはお茶を啜った。
そういえばバスケの話題なんておじいちゃんの前で話したのも初めてだし、知るキッカケがなかっただけだったんだなぁ。
話を聞くと、昨年新設したばかりのバスケ部にマネージャーがいないらしく、人手が足りないということだ。
「マネージャー募集をかけてるんじゃがすぐ見つかりそうになくてなぁ。毎日でなくても構わないから見つかるまでお願いできないかい?」
「うん、いいよ。まだサークルにも入ってないし時間もある程度自由がきくと思うし」
「そうか、そりゃあよかった。ナイスタイミングってやつかねぇ」
学校側にも身内が手伝うことを予め許可を取ってくれていたみたいで、おじいちゃんも意外と用意周到だ。
毎日でなくとも空いてる時間で手伝ってくれれば構わないとのことだったで、私はすぐにOKした。
何より、いつもお世話になっているおじいちゃんの頼みだし、断る理由はない。
大学のサークルも同好会も興味があったけど、どうやら本気で日本一を目指しているチームらしいので、そのお手伝いを少しでもできるなんてサークルよりも頑張り甲斐がありそうだなと思った。
「明日大学は?」
「えーと…、明日は授業は午前だけだよ」
大学の方は必須科目もあるものの、スケジュール組むのにも自由度が増して何だか不思議な感覚だ。
ちょっと前までは高校生だったのに。そうか~…、としばらく間をあけておじいちゃんは考え込んでいた。
数秒後、うんうん、と頷いてもう一度私の方を見つめる。
「琴音。午前中に部員達にも話しておくから、早速明日おいで」
□ □ □
翌日、おじいちゃんが校門で待っててくれて、そこから待ち合わせして体育館へ向かった。
その場所へ近づくにつれてホイッスルの音や、バッシュの音、掛け声やバスケットボールが弾む音が聞こえる。
徐々にその音の場所へ近づいていくと、一昨年の夏に見た全中の試合がフラッシュバックして気持ちが高揚した。
お、落ち着いていかないと…。
おじいちゃん――ここでは武田先生――が来ると、ホイッスルが数回鳴り、みんな練習を一時中断して一カ所に集まって整列した。
練習をストップさせてまでするような自己紹介は用意してないのに…と思うと後ろめたくなってしまった。
おじいちゃんが私を簡単に紹介してくれたのであとは一言挨拶だけすればいい。
深呼吸して一礼しながら、整列しているバスケ部のみんなを見渡した。
「はじめまして。顧問の武田先生の孫の、武田琴音と言います。どうぞよろしくお願いします」
見渡した時にただ1人、一点に私の視線が集中した。
視界には見覚えのある水色の髪の少年。相変わらず影が薄い感じなのだが、私にとっては瞬間的にその影は濃さを増した。
…キセキの世代、幻の――、
「シックスマン…」
心の中のが声が出てしまい自分でも驚いた。
水色の髪の少年は自分を見て驚かれていることに首を傾げたが、少し考えてから私に会釈してくれた。
はじめて見たバスケの試合で、一番印象に残った選手。それが彼だ。去年の夏よりも髪も背も少し伸びている気がした。
部員たちは不思議そうに私と彼を見合わせていた。
黒子と知り合いですか?という質問に私は慌てて首を振った。私が一方的に覚えてるだけで、彼は初対面である。
シックスマンの彼は"黒子くん"というらしい。心臓が跳ねた。直後、今まで体験したことないような高鳴り。
「少しでも力になれるように頑張ります」
改めて挨拶して一礼すると、部員たちから拍手が起こる。
かくして、私の大学生活と平行して、臨時のマネージャーライフがはじまった。
――何かが、起こる予感がするけど、きっと大丈夫。
――あれは二年前の暑い夏の記憶。
今でも鮮明に思い出せるのは、心に深く刻まれているから。
夏真っ盛りの遊び時というのに、来年の大学受験に向けてもう私の受検勉強は始まっていた。
夏期講習があったり、図書館に缶詰になったり、自室の机の上で頭から湯気がでるほど勉強している。
だが、受験勉強に早すぎるということはない。
一流大学を目指す友達は高一の時から塾に通って通常授業よりもワンランク上の勉強をしていた。
ここまで必死になっているのも、何も考えず進学校に入学してしまったせいだ。ほぼ、受かったのも運だというのに。
普通の授業でも頑張らないとついていけないのだから、大学受験なんて人一倍努力しないと失敗するだろう。
それならばと、さらに高い目標を目指し始めたのがそもそもの間違いだったんだろうか。
私が二年後の春に進学を目指すのは、都内でも文武両道で有名な『海常大学』だった。
時々、メールをしてくる仲のいい従兄弟の卓也…通称・たっくんが私が勉強漬けになっているというのを母親伝に知ったみたいで、気分転換に出かけないかと誘ってきた。彼もまた、私の知る限りで一流大学を目指す人物の一人だから、私以上にハードな勉強漬けになっているはずだ。たっくん自身もきっと気分転換したかったんだろう。
誘いのメールに返信を打とうとしていたらタイミングのいいことに電話がかかってきた。
「どっか行きたいとこある?」
「気分転換になればどこでも…」
私もたっくんもお互い疲労困憊の声色だ。勉強漬けなんてお互い今までしてこなかったことをやってるから、それはもう、疲れる。
家でごろごろもいいけど、机の上の教材が目に入れば休むにも気が散る。結局のところ暑くても外にでるのが一番気分転換にはいいのだ。
去年の今頃は――、目を閉じれば思い出が頭の中を駆けめぐる。花火にお祭りに海にプールに…プールは泳げないなりに楽しかったなぁ…と夏の代名詞を満喫しきってきた。今年と来年…終わるまでつらいなぁ。
それならば、目標をワンランク下の大学にすればいいかとも思うが、一度決めたことだから出来るだけ努力したい。
努力する前から諦めたら後悔しそうな気がする。
無事、大学生になったら、夏の行事を楽しめればいいんだけど。その為にも留年は避けたいし、今は必要な期間なんだと自分に言い聞かせることにした。
「俺、行きたいところあるんだけど。チケット手に入ったから観に行かないか?」
どうやらたっくんの方が行きたい場所があるみたいだ。
どこでもいいよ!連れてってくれるなら!
切羽詰まって叫び出しそうな気持ちをおさえて、私は電話越しに快くOKした。
□ □ □
連れて行かれたのは全国中学校バスケットボール大会。略して"全中"と呼ばれている有名な大会だ。
今日は最終日らしく、会場へ向かう道も人で溢れている。
そうえいば、たっくんはバスケットが好きだった事を思い出した。小さい頃に行った親戚同士の旅行でもバスケットボールを持ってきていたような。
空いてる席について会場の熱気を直に感じた。バッシュがコートに擦れる音、ボールが弾む音に、胸が高鳴ってきた。
「今年も、帝光中かな…」
ぼそりとした呟きに首を傾げると、どうやら「帝光中学」が全中出場常連校で去年は優勝したらしい。
今日優勝すれば全中二連覇となりさらに注目を浴びる学校になるだろうな、と教えてくれた。
広い会場の客席も満席で、マスコミ関係者っぽい人たちもいる。
ざわざわと聞こえる大勢の話し声も、試合開始に近くなってきたら妙に静かになった。緊張が伝染していくように、私もたっくんも口数が少なくなり、出場選手を眺めていた。
――<帝光中学>
レギュラー陣はみんなキレイな髪色をしているなぁとそんな印象を受ける。この学校に限らずだが、出場選手は中学生とは思えないほどの体格だ。よほど鍛えてきたんだろなと思える腕っ節、足の筋肉。見惚れてしまうぐらい皆引き締まった体をしていた。背もすごく高い。
特に今年は、帝光中は10年に1人の逸材が同じ年に5人も集まり、"キセキの世代"と呼ばれる彼らでスタメンが構成されているそうだ。
ただ、試合記録もない幻の6人目―シックスマン―と呼ばれてる選手がいるらしい。果たして今日、その幻と呼ばれてる人を見ることが出来るだろうか。
いよいよ、試合開始!握りしめる手の中がじんわりと汗ばむ。
目が自然とボールを追って忙しなく動く。中学最高レベルの試合を目の当たりにしてスピード感と迫力に驚いた。
プロの試合を見たことがないけれど、遜色ないんじゃないかと思うほどだ。生まれて初めてバスケの公式試合を目の当たりにして、私は息を飲んだ。
「すごい…」
ダンクを決めた帝光の選手に周囲は歓声を上げ、ふと漏れた私の一言などすぐにかき消えた。
1Q~2Qまで、中学レベルとは思えないほどのスピード、技術、チームプレイ、熱気。圧倒されて、静かに血が騒ぐような興奮を覚えた。
すごい。中学生のバスケとは思えないほどだ。
今日はたまたま誘われて気分転換程度できたはずだった。こんな夢中になって見ている自分がいるなんて意外だ。
バスケットは好きでも嫌いでもない。体育の授業で受けたり、有名なバスケット漫画を読んでいた程度。
なのに今、もう試合から少しも目が離せないでいる。
2Qの終盤、背番号8番の子が下げられ、そこから帝光中の勢いはペースダウンしてしまったのだが、3Q目から出てきた背番号15番の、水色の髪の少年――彼を起点に試合の流れが突然、変わった。他の選手と比べて一回りぐらい小さな体つき。きっとある程度筋肉はあるんだろうけど、あの中では華奢に見えた。ただ、意思の強そうな瞳はしっかりとボールを見据えていることに気がづいた。
点を取りにくる他の彼らと違って、その少年はパスの中継役に徹していた。
パスが繋がると、他の選手がダンクを決めたり長距離の3Pシュートを決めたり、フォームがまったくない状態でシュートを放って点を決めたりしている。
その華麗な技に見入ってしまうところだが、どうにも水色の髪の少年が出てきてからすぐに、私は目が離せなくなってしまった。
簡単にスティールやパスをしているようにみえるけれど、本当はもっと仕掛けがあって、あれが彼特有の技なのではないかと思うほどだ。4Q目も続けて出て活躍していたので、私は彼がキセキの世代の6人目ので間違いないと確信した。
時間はあっという間に過ぎ、後半勢いを増した帝光中が優勝し、見事二連覇を飾って今年の全中はフィナーレとなった。
「すごかったねぇ、試合」
「最高の気分転換になったろ?」
人並みの感嘆の息しか出てこない。拍手を送りながら肩の力を抜いて私は息をついた。
「気分転換どころかもう、夢中になって見てたよ」
今日は誘ってもらえてよかったと心から思った。
とてもすごい試合を観戦して興奮冷めやらず、その日は高ぶった気持ちを味わっていたかったので今日はもう勉強しないことにした。
明日からまた頑張れそうだ。こんな楽しい気分転換に誘ってくれた従兄弟に感謝しなくちゃ。
――その時は、来年の全中も見たいなって思ってたのに、結局、それは叶うことはなかった。
高校三年の夏は、従兄弟も私も夏期宿泊合宿という勉強するためだけに寝泊りする地獄の行事と全中の日程が重なってしまったのだ。
必要なことだったから仕方ないのだけど、見に行けなかったのは惜しかったなぁ。
薄い水色の髪色が綺麗な、色白の少年――"キセキの世代"の幻の6人目。
また、彼が出てる試合が見れたらいいのに、と願った。
願ったのだけども、まさかそれが本当に実現するなんて、その時の私は少しも予想していなかった。
□ □ □
全中の試合を見た夏から、1年と8ヶ月後。
猛勉強の甲斐あり、なんとか志望の大学に受かったので、今年の春からは大学生になった。
あの試合を見て以来バスケに興味が沸いたものの、受験が落ち着くまで、何かを見たり読んだりするのは我慢したけどようやく手が出せる。
勉強に明け暮れていた氷河期から脱出してやっと自由な時間ができたことが心底嬉しい。
新しい生活に心を躍らせて気分よく口元を緩ませていたら、おじいちゃんがこちらをみてつられて笑っていた。
ちょうど私が大学に入学と同時に両親が転勤になり、卒業まではおじいちゃんの家に住ませてもらう事になったのだ。
大学といえばサークル。バスケット同好会のサークルがあれば入ってみようかという話を夕飯時にしていたら、おじいちゃんが何か閃いたように私に告げた。
「サークルじゃなくてうちのバスケ部手伝わないかい?」
うちのバスケ部?うちっていうと、……誠凛高校だよね?
里芋の煮付けを口まで運ぼうとした箸が思わず止まった。
「おじいちゃんバスケ部の顧問やってたの?」
「言ってなかったっけか?と言っても顧問らしいことは何もしとりゃせんがなぁ」
ハッハッハ、と笑いながらおじいちゃんはお茶を啜った。
そういえばバスケの話題なんておじいちゃんの前で話したのも初めてだし、知るキッカケがなかっただけだったんだなぁ。
話を聞くと、昨年新設したばかりのバスケ部にマネージャーがいないらしく、人手が足りないということだ。
「マネージャー募集をかけてるんじゃがすぐ見つかりそうになくてなぁ。毎日でなくても構わないから見つかるまでお願いできないかい?」
「うん、いいよ。まだサークルにも入ってないし時間もある程度自由がきくと思うし」
「そうか、そりゃあよかった。ナイスタイミングってやつかねぇ」
学校側にも身内が手伝うことを予め許可を取ってくれていたみたいで、おじいちゃんも意外と用意周到だ。
毎日でなくとも空いてる時間で手伝ってくれれば構わないとのことだったで、私はすぐにOKした。
何より、いつもお世話になっているおじいちゃんの頼みだし、断る理由はない。
大学のサークルも同好会も興味があったけど、どうやら本気で日本一を目指しているチームらしいので、そのお手伝いを少しでもできるなんてサークルよりも頑張り甲斐がありそうだなと思った。
「明日大学は?」
「えーと…、明日は授業は午前だけだよ」
大学の方は必須科目もあるものの、スケジュール組むのにも自由度が増して何だか不思議な感覚だ。
ちょっと前までは高校生だったのに。そうか~…、としばらく間をあけておじいちゃんは考え込んでいた。
数秒後、うんうん、と頷いてもう一度私の方を見つめる。
「琴音。午前中に部員達にも話しておくから、早速明日おいで」
□ □ □
翌日、おじいちゃんが校門で待っててくれて、そこから待ち合わせして体育館へ向かった。
その場所へ近づくにつれてホイッスルの音や、バッシュの音、掛け声やバスケットボールが弾む音が聞こえる。
徐々にその音の場所へ近づいていくと、一昨年の夏に見た全中の試合がフラッシュバックして気持ちが高揚した。
お、落ち着いていかないと…。
おじいちゃん――ここでは武田先生――が来ると、ホイッスルが数回鳴り、みんな練習を一時中断して一カ所に集まって整列した。
練習をストップさせてまでするような自己紹介は用意してないのに…と思うと後ろめたくなってしまった。
おじいちゃんが私を簡単に紹介してくれたのであとは一言挨拶だけすればいい。
深呼吸して一礼しながら、整列しているバスケ部のみんなを見渡した。
「はじめまして。顧問の武田先生の孫の、武田琴音と言います。どうぞよろしくお願いします」
見渡した時にただ1人、一点に私の視線が集中した。
視界には見覚えのある水色の髪の少年。相変わらず影が薄い感じなのだが、私にとっては瞬間的にその影は濃さを増した。
…キセキの世代、幻の――、
「シックスマン…」
心の中のが声が出てしまい自分でも驚いた。
水色の髪の少年は自分を見て驚かれていることに首を傾げたが、少し考えてから私に会釈してくれた。
はじめて見たバスケの試合で、一番印象に残った選手。それが彼だ。去年の夏よりも髪も背も少し伸びている気がした。
部員たちは不思議そうに私と彼を見合わせていた。
黒子と知り合いですか?という質問に私は慌てて首を振った。私が一方的に覚えてるだけで、彼は初対面である。
シックスマンの彼は"黒子くん"というらしい。心臓が跳ねた。直後、今まで体験したことないような高鳴り。
「少しでも力になれるように頑張ります」
改めて挨拶して一礼すると、部員たちから拍手が起こる。
かくして、私の大学生活と平行して、臨時のマネージャーライフがはじまった。
――何かが、起こる予感がするけど、きっと大丈夫。