長編
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-7.5- ※東堂視点
午後から入学式の俺を見送った後、修作と汐見は早々に“あの場所”へ向かって行ったようだった。先月行ったばかりの構内のカフェ――桜が満開のこの時期、テラス席から美しい景色を眺めながら優雅に過ごすことが出来る特等席。それが目的なのだと話していた。通常、飲み物とサンドイッチ、スイーツがメインだが、昼時になると焼き立てベーカリーがメニューに追加されるのも、あのカフェが人気の理由だ。入学式の今日、上の学年の先輩達のほとんどは春休み中で、ショッピング施設のある体育専門学科のエリアも混雑していないことを考えると、おそらく無事に席を確保できた頃だろうなと、思考を巡らせたところで、ふぅと息をついた。
先ほどまで三人で集まっていたのに、ふと一人になると一抹の寂しさを感じる。さっきまで賑やかだったせいか。
今頃、二人はテラス席で焼き立てのパンを食べつつ、おしゃべりに花を咲かせながら楽しいひと時を過ごしてるだろうな。
このまま二人が付き合い始めたりしないか…懸念事項ではある。
同好会として設立して間もなく、こんな少人数の中にカップルが成立しては色々とやりづらい。修作には想い人――空手部の女子マネの先輩がいるにしても、どこまで片思いを頑張れるかなど誰にも分りはしない。一生懸命になったところで、相手が気のない素振りをすれば目移りもすることだろう。例えば、年上でないにしても、近くにいる女子とかに。
…修作、もしそうなっては無念に散るしかない。汐見にはもう好きな奴がいるのだからな。
仲間が傷つく姿も、心を痛める姿も見たくはない。杞憂であるようにと、空を見上げて心の中で祈った。
桜並木を歩きながら、明早大も今日が入学式だった事を思い出した。筑士波大には自転車競技部がないことや、部を創る計画を卒業前に話していたものだから、昨夜励ましのメールが新開から届き、入学式についてもついでのように書いてあった。
明日付で『筑士波大学自転車競技部』は同好会として設立となる。ここまで来ればあと少しだ。ロード経験者を見つけて勧誘、単騎で上位を狙えるレースで実績を積み――六月の筑波山のレース出場する。学連主催の地元のレースだ。大学シリーズ戦は強豪である明早大や洋南大も確実にエントリーしてくるだろう。高校の時よりもハイレベルなレースの出場を、出来るだけ逃したくはない。
それに、巻ちゃんがいつ日本に戻ってきてもいいように準備は万端にしておきたい。トールウェッソンと姉妹校である筑士波大に来た一番の理由は、奴とチームメイトとして走るという己の夢の為。
俺の原動力は常にそこに在る。
ふと、桜の木の下で立ち止まってスマホをポケットから取り出し、先ほど一緒に撮った写真を確認した。スーツ姿の自分と、ぎこちなく笑う汐見が写っている。二枚目はやや緊張が解けて見慣れた笑顔だ。よく撮れてる方をフクに送ってやろうと、画面をタップするも、指が止まる。汐見から送っているだろうか?――と思ったが、いくら高校時代のチームメイトとは言え、他の男と映る写真をわざわざ片思いしてる相手に送るか?と、頭を振った。
汐見の“片思いの相手”、正しくは“片思いしてるが一生懸命になれない相手”というのはフクのことなのだろう。確認したわけじゃないが、他に思い当たる人物がいない。彼女一人で映ってる写真を撮ってやればよかったかと、心残りが胸を過った――その時、
「あの、新入生の方ですよね」
「どの学部ですか?」
「よければ、講堂まで案内しますよ!」
背後から声をかけられ振り返れば、スーツ姿の女子三人組に囲まれていた。同時に、矢継ぎ早に質問が飛んで来る。ああ、とか、いえ、とか適当に相槌を打てば、『カッコいいですね!』と間髪入れず高い声が響き、色めき立つ。
「すいません、人を待たせているので」
恐らく同学年だろうが、相手も敬語を使ってきたので同じように返した方がいいだろうと察し、丁寧な言葉遣いでやんわりと断った。背筋を一度正し軽く一礼する姿は、執事をイメージした所作だ。勿論、“待ち合わせをしてる”なんて適当な嘘である。
「医療心理学部の東堂尽八です。ご縁があれば、また」
見惚れている女子達に微笑みを向け、踵を返し歩きながら口元を緩ませた。慣れた光景に驚きはしないし、あの手の積極的は女子をあしらうのも上手くなった。大学でもファンクラブが発足してしまうな!…などと、中高時代の女子人気を思い返しながら、俺は足取り軽く桜のアーチを進んで行った。
自他ともに認める、器用な性格。だが、俺とて人の子。興味の範囲外のことに関しては鈍感な一面もある。今は恋愛事に興味はない。他に優先すべきことがあるからだ。恋人も欲しくないわけではないが、今じゃなくていい――しかし、『運命』はタイミングなどお構いなしに素知らぬ振りして突然訪れるものだということを、遠からず知ることになる。この時はまだ、気づいていなかった。
-7.5- ※東堂視点
午後から入学式の俺を見送った後、修作と汐見は早々に“あの場所”へ向かって行ったようだった。先月行ったばかりの構内のカフェ――桜が満開のこの時期、テラス席から美しい景色を眺めながら優雅に過ごすことが出来る特等席。それが目的なのだと話していた。通常、飲み物とサンドイッチ、スイーツがメインだが、昼時になると焼き立てベーカリーがメニューに追加されるのも、あのカフェが人気の理由だ。入学式の今日、上の学年の先輩達のほとんどは春休み中で、ショッピング施設のある体育専門学科のエリアも混雑していないことを考えると、おそらく無事に席を確保できた頃だろうなと、思考を巡らせたところで、ふぅと息をついた。
先ほどまで三人で集まっていたのに、ふと一人になると一抹の寂しさを感じる。さっきまで賑やかだったせいか。
今頃、二人はテラス席で焼き立てのパンを食べつつ、おしゃべりに花を咲かせながら楽しいひと時を過ごしてるだろうな。
このまま二人が付き合い始めたりしないか…懸念事項ではある。
同好会として設立して間もなく、こんな少人数の中にカップルが成立しては色々とやりづらい。修作には想い人――空手部の女子マネの先輩がいるにしても、どこまで片思いを頑張れるかなど誰にも分りはしない。一生懸命になったところで、相手が気のない素振りをすれば目移りもすることだろう。例えば、年上でないにしても、近くにいる女子とかに。
…修作、もしそうなっては無念に散るしかない。汐見にはもう好きな奴がいるのだからな。
仲間が傷つく姿も、心を痛める姿も見たくはない。杞憂であるようにと、空を見上げて心の中で祈った。
桜並木を歩きながら、明早大も今日が入学式だった事を思い出した。筑士波大には自転車競技部がないことや、部を創る計画を卒業前に話していたものだから、昨夜励ましのメールが新開から届き、入学式についてもついでのように書いてあった。
明日付で『筑士波大学自転車競技部』は同好会として設立となる。ここまで来ればあと少しだ。ロード経験者を見つけて勧誘、単騎で上位を狙えるレースで実績を積み――六月の筑波山のレース出場する。学連主催の地元のレースだ。大学シリーズ戦は強豪である明早大や洋南大も確実にエントリーしてくるだろう。高校の時よりもハイレベルなレースの出場を、出来るだけ逃したくはない。
それに、巻ちゃんがいつ日本に戻ってきてもいいように準備は万端にしておきたい。トールウェッソンと姉妹校である筑士波大に来た一番の理由は、奴とチームメイトとして走るという己の夢の為。
俺の原動力は常にそこに在る。
ふと、桜の木の下で立ち止まってスマホをポケットから取り出し、先ほど一緒に撮った写真を確認した。スーツ姿の自分と、ぎこちなく笑う汐見が写っている。二枚目はやや緊張が解けて見慣れた笑顔だ。よく撮れてる方をフクに送ってやろうと、画面をタップするも、指が止まる。汐見から送っているだろうか?――と思ったが、いくら高校時代のチームメイトとは言え、他の男と映る写真をわざわざ片思いしてる相手に送るか?と、頭を振った。
汐見の“片思いの相手”、正しくは“片思いしてるが一生懸命になれない相手”というのはフクのことなのだろう。確認したわけじゃないが、他に思い当たる人物がいない。彼女一人で映ってる写真を撮ってやればよかったかと、心残りが胸を過った――その時、
「あの、新入生の方ですよね」
「どの学部ですか?」
「よければ、講堂まで案内しますよ!」
背後から声をかけられ振り返れば、スーツ姿の女子三人組に囲まれていた。同時に、矢継ぎ早に質問が飛んで来る。ああ、とか、いえ、とか適当に相槌を打てば、『カッコいいですね!』と間髪入れず高い声が響き、色めき立つ。
「すいません、人を待たせているので」
恐らく同学年だろうが、相手も敬語を使ってきたので同じように返した方がいいだろうと察し、丁寧な言葉遣いでやんわりと断った。背筋を一度正し軽く一礼する姿は、執事をイメージした所作だ。勿論、“待ち合わせをしてる”なんて適当な嘘である。
「医療心理学部の東堂尽八です。ご縁があれば、また」
見惚れている女子達に微笑みを向け、踵を返し歩きながら口元を緩ませた。慣れた光景に驚きはしないし、あの手の積極的は女子をあしらうのも上手くなった。大学でもファンクラブが発足してしまうな!…などと、中高時代の女子人気を思い返しながら、俺は足取り軽く桜のアーチを進んで行った。
自他ともに認める、器用な性格。だが、俺とて人の子。興味の範囲外のことに関しては鈍感な一面もある。今は恋愛事に興味はない。他に優先すべきことがあるからだ。恋人も欲しくないわけではないが、今じゃなくていい――しかし、『運命』はタイミングなどお構いなしに素知らぬ振りして突然訪れるものだということを、遠からず知ることになる。この時はまだ、気づいていなかった。