長編
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-5- ※東堂視点
大学の南地区――体育専門学科のエリアにある学内最大のショッピング施設は、三年前にオープンしたばかりでまだ新しい。店舗のひとつに茨城県内でも有名なチェーン店のスーパーマーケットが入っていて、食料品はそこでだいたい揃う。他、日用品が揃う薬局、文具店に雑貨店も入っている為、買い物に事欠かない。わざわざ大学の外まで買いに行く必要もない程の品揃えだった。
カフェも併設されており、あたたかな春にはテラス席がもっぱら人気で時間帯問わず座席はすぐに埋まってしまう。入学式を境に満開になる桜を眺めながら、珈琲を楽しむことができる特等席だ。
だが今は三月下旬。桜も五部咲でまだ少し肌寒い。外の座席では長居も出来ず身体が冷えるだろうと、午後二時頃に三人は店内で待ち合せをした。俺たちが到着すると、先に四人掛けの席に座っていた汐見を見つけ、足早に近づいた。
「すまない、待たせたな」
「ううん、今さっき来たとこだよ」
汐見は柔らかく微笑むと、俺から修作へと視線を移動させ、軽く会釈をした。偶然再会したあの日、連絡先を交換した汐見に、“筑士波大学自転車競技部メンバーでもある昔馴染みの友を紹介したい”とメールで伝えると、今日の午後からなら都合がつきそうと返信をもらっていた。彼女に旧友を紹介するにあたり、最短の日時が、今日。入学までに部の設立を目指す為にも、何事も早い方がいい。
ひとまず互いの紹介を始める前に、メニューを広げ各自飲み物をオーダーすることにした。俺はコーヒーを頼み、修作と汐見は同じハニーカフェラテを頼んでいた。『美味しそうだよなァ』と陽気に話しかけられ、彼女はホッとした様子を見せていた。
初対面というのは緊張するものだが、修作の元気で明るい印象が相手をリラックスさせたようだ。互いに名乗る前に波長が合いそうな雰囲気をひしひしと感じながら、俺は早速とばかりに咳払いをした。
「紹介しよう。小学校からの友人の修作だ。俺をレースに誘い、ロードに乗るキッカケとなった張本人だ」
「はじめまして。オレ、糸川修作。よろしく!」
「彼女は箱根学園の元マネージャ―の汐見だ。今回、自転車競技部を設立するにあたり助っ人を依頼させてもらった」
「汐見琴音です。ここでは体育専門学科所属です。よろしくお願いします」
「修作は同学年だぞ、汐見。敬語じゃなくていい」
「あ、そうだったね、つい…」
「俺は工学部で尽八は医療心理学部だから、みんなバラバラだなぁ」
「これだけ学部が多いとなかなか同じにならないね」
「だよなー」
顔を見合わせて微笑む二人はを見て、安堵した。これから同じ目標に向かって連携して動くのだ。気が合う方がいいに決まってる。その方が互いに仕事もしやすいだろう。一瞬、気づかないぐらいの小さな靄は、心の中で生まれてすぐに消えた。
飲み物をゆっくり味わいながら、まず修作との思い出話を汐見に聞かせることにした。同じ箱根町の出身で、小学校・中学校と同じ学校で過ごしたこと。高校からは箱根町を離れて埼玉へ引っ越す修作の為に、自転車部を設立し、受験前の五ヶ月だけ活動した事こと。興味が湧くような話だったのか、彼女は静かに頷きながら聞き入っていた。そして、俺たちの行動力に感心された。『筑士波大に自転車競技部がないなら、創ればいいっていう発想になるのも納得だね』と。
話の合間に修作の茶々が入っては、その都度やれやれと苦笑した。
「尽八は中学の頃から女子人気あったよなァ」
「中学の頃から…さすがだねぇ。あ、箱学の時はファンクラブとかあったんだよ」
「ホントだったのかファンクラブの話!」
「お前、嘘かと思ってたのか…」
「話盛ってんのかなーって」
「何の為にだ?」
俺たちのやりとりがおかしかったのか、汐見は小さく笑い声を漏らした。昔馴染みの友人ならではの会話となると、必然的に俺がツッコミ役になるのが久々で新鮮だ。
ファンクラブは実際にあったが、もしなかったとしても俺が人気者ということには変わりなかっただろう。美しい顔立ちはやオーラは隠しようもなく、上品な仕草は人の目を引くし、食堂に行けば俺の事を横目で盗み見る女子も少なくなかった。美しいものを目で追いかけてしまうのは女子の習性みたいなものだろう。
…クラスや委員会も別で、入部するまで接点がなかった汐見も、俺の事は認識していたんだろうか。ファンクラブの存在も知っていたぐらいだ。まぁ、さすがに本人に聞くことは出来ないか。
「今度は汐見の話を聞かせよう」
「えっ、しなくていいよ…!」
「修作も知りたいだろうしな」
「入部したのも二年の秋からだし…、ヒルクライムレースとかインハイとか、東堂くんの活躍ならいっぱいあるけど私の話なんて…」
「遠慮するな。マネージャーは俺たちを支えてくれた大事な存在だよ」
「そう言ってもらえるのは嬉しいけど…」
「俺も琴音ちゃんの話、聞きたい。頼むよ尽八」
「修作くんまで…」
慌て出す汐見に構わず話を切り出すも、頭の片隅に、初対面のはずの二人が名前で呼び合っている事がやけに気になったが、あえて指摘しない事にした。気が合う方がいいに決まってると、つい先ほども頭を巡っていたような。誰とでもすぐ打ち解けられる修作の性格は、自分に持ってない長所だと思っている。自然体で打ち解けるというのは意外と難しい。言葉以上に雰囲気や取っつきやすい独自のキャラクター性でコミュニケーションを上手く取っている感じだ。
箱学の元主将・フクと汐見が幼馴染であること、実家が整骨院を経営していること、二年の秋からマネージャー兼マッサーとして入部してきたことを皮切りに、俺は記憶を辿るように語り始めた。皆に追いつきたい、早く役に立ちたいと努力していたことに感心し、ひとつひとつの積み重ねは周囲の信頼を得て、皆その小さな背中を頼りにしていた。マッサーとしての腕も良く、足の筋肉をほぐす指圧も適格だ。部員数に対してマネージャーが少ない為、雑務が回りきらない中でも効率的にこなせる方法を色々と思案していた事も知っている。現状の可能な範囲で打開策を見出す事…それもお前の才能だ、と、正直に告げれば、真っ向から誉められた彼女の頬が赤らんでいく。
そんな汐見を見て、正直、心がくすぐったくなった。褒められ慣れてない反応、それもまた、俺にはないものだ。
「今回の件、改めて礼を言うよ」
「ううん。お手伝い、微力ながら頑張るね」
「俺からもありがとう!琴音ちゃんってすごいんだな」
「す、すごくないよ!」
「俺もマッサージしてもらってもいい?最近、人使い荒い奴がいて疲れちゃってさ~」
「………俺のことじゃあるまいな?」
「こわっ!冗談だよ尽八、目で訴えるのやめろよなーマジっぽいんだよー」
鋭い視線を向けられ、誤魔化してヘラリと笑うこいつにつられて、汐見も声を立てて笑っていた。
ひとまずお互いの紹介がひとしきり終わった後、今後のスケジュールやの分業部分を簡単に打ち合わせしてから解散となった。
店を出る頃にはすっかり日が落ち、夕暮れがカフェ向かいの校舎を橙に照らしていた。筑波山の山あいに沈んでいく夕日が、燃えるように赤く美しかった。夕日が沈み切り空が群青へと変わるまで、三人でぽつりぽつりと会話を交わしながら時間は流れていった。
――果たして、入学までにどこまでやれるか。
部活として認めてもらうのは簡単じゃない。最初から自転車競技部がある大学に行けば苦労などせずに済んだかもしれないが、これは“苦労”ではなく、“試練”だ。何事もやってみるまでわからない。希望を抱き心を躍らせて、俺はおもむろに空を仰いだ。この空は、遥か遠い海外まで繋がっている。
今頃どうしているだろう、俺のライバルは。車体を傾け、相変わらずの独特のフォームで、山道を削るように走っているだろうか。
-5- ※東堂視点
大学の南地区――体育専門学科のエリアにある学内最大のショッピング施設は、三年前にオープンしたばかりでまだ新しい。店舗のひとつに茨城県内でも有名なチェーン店のスーパーマーケットが入っていて、食料品はそこでだいたい揃う。他、日用品が揃う薬局、文具店に雑貨店も入っている為、買い物に事欠かない。わざわざ大学の外まで買いに行く必要もない程の品揃えだった。
カフェも併設されており、あたたかな春にはテラス席がもっぱら人気で時間帯問わず座席はすぐに埋まってしまう。入学式を境に満開になる桜を眺めながら、珈琲を楽しむことができる特等席だ。
だが今は三月下旬。桜も五部咲でまだ少し肌寒い。外の座席では長居も出来ず身体が冷えるだろうと、午後二時頃に三人は店内で待ち合せをした。俺たちが到着すると、先に四人掛けの席に座っていた汐見を見つけ、足早に近づいた。
「すまない、待たせたな」
「ううん、今さっき来たとこだよ」
汐見は柔らかく微笑むと、俺から修作へと視線を移動させ、軽く会釈をした。偶然再会したあの日、連絡先を交換した汐見に、“筑士波大学自転車競技部メンバーでもある昔馴染みの友を紹介したい”とメールで伝えると、今日の午後からなら都合がつきそうと返信をもらっていた。彼女に旧友を紹介するにあたり、最短の日時が、今日。入学までに部の設立を目指す為にも、何事も早い方がいい。
ひとまず互いの紹介を始める前に、メニューを広げ各自飲み物をオーダーすることにした。俺はコーヒーを頼み、修作と汐見は同じハニーカフェラテを頼んでいた。『美味しそうだよなァ』と陽気に話しかけられ、彼女はホッとした様子を見せていた。
初対面というのは緊張するものだが、修作の元気で明るい印象が相手をリラックスさせたようだ。互いに名乗る前に波長が合いそうな雰囲気をひしひしと感じながら、俺は早速とばかりに咳払いをした。
「紹介しよう。小学校からの友人の修作だ。俺をレースに誘い、ロードに乗るキッカケとなった張本人だ」
「はじめまして。オレ、糸川修作。よろしく!」
「彼女は箱根学園の元マネージャ―の汐見だ。今回、自転車競技部を設立するにあたり助っ人を依頼させてもらった」
「汐見琴音です。ここでは体育専門学科所属です。よろしくお願いします」
「修作は同学年だぞ、汐見。敬語じゃなくていい」
「あ、そうだったね、つい…」
「俺は工学部で尽八は医療心理学部だから、みんなバラバラだなぁ」
「これだけ学部が多いとなかなか同じにならないね」
「だよなー」
顔を見合わせて微笑む二人はを見て、安堵した。これから同じ目標に向かって連携して動くのだ。気が合う方がいいに決まってる。その方が互いに仕事もしやすいだろう。一瞬、気づかないぐらいの小さな靄は、心の中で生まれてすぐに消えた。
飲み物をゆっくり味わいながら、まず修作との思い出話を汐見に聞かせることにした。同じ箱根町の出身で、小学校・中学校と同じ学校で過ごしたこと。高校からは箱根町を離れて埼玉へ引っ越す修作の為に、自転車部を設立し、受験前の五ヶ月だけ活動した事こと。興味が湧くような話だったのか、彼女は静かに頷きながら聞き入っていた。そして、俺たちの行動力に感心された。『筑士波大に自転車競技部がないなら、創ればいいっていう発想になるのも納得だね』と。
話の合間に修作の茶々が入っては、その都度やれやれと苦笑した。
「尽八は中学の頃から女子人気あったよなァ」
「中学の頃から…さすがだねぇ。あ、箱学の時はファンクラブとかあったんだよ」
「ホントだったのかファンクラブの話!」
「お前、嘘かと思ってたのか…」
「話盛ってんのかなーって」
「何の為にだ?」
俺たちのやりとりがおかしかったのか、汐見は小さく笑い声を漏らした。昔馴染みの友人ならではの会話となると、必然的に俺がツッコミ役になるのが久々で新鮮だ。
ファンクラブは実際にあったが、もしなかったとしても俺が人気者ということには変わりなかっただろう。美しい顔立ちはやオーラは隠しようもなく、上品な仕草は人の目を引くし、食堂に行けば俺の事を横目で盗み見る女子も少なくなかった。美しいものを目で追いかけてしまうのは女子の習性みたいなものだろう。
…クラスや委員会も別で、入部するまで接点がなかった汐見も、俺の事は認識していたんだろうか。ファンクラブの存在も知っていたぐらいだ。まぁ、さすがに本人に聞くことは出来ないか。
「今度は汐見の話を聞かせよう」
「えっ、しなくていいよ…!」
「修作も知りたいだろうしな」
「入部したのも二年の秋からだし…、ヒルクライムレースとかインハイとか、東堂くんの活躍ならいっぱいあるけど私の話なんて…」
「遠慮するな。マネージャーは俺たちを支えてくれた大事な存在だよ」
「そう言ってもらえるのは嬉しいけど…」
「俺も琴音ちゃんの話、聞きたい。頼むよ尽八」
「修作くんまで…」
慌て出す汐見に構わず話を切り出すも、頭の片隅に、初対面のはずの二人が名前で呼び合っている事がやけに気になったが、あえて指摘しない事にした。気が合う方がいいに決まってると、つい先ほども頭を巡っていたような。誰とでもすぐ打ち解けられる修作の性格は、自分に持ってない長所だと思っている。自然体で打ち解けるというのは意外と難しい。言葉以上に雰囲気や取っつきやすい独自のキャラクター性でコミュニケーションを上手く取っている感じだ。
箱学の元主将・フクと汐見が幼馴染であること、実家が整骨院を経営していること、二年の秋からマネージャー兼マッサーとして入部してきたことを皮切りに、俺は記憶を辿るように語り始めた。皆に追いつきたい、早く役に立ちたいと努力していたことに感心し、ひとつひとつの積み重ねは周囲の信頼を得て、皆その小さな背中を頼りにしていた。マッサーとしての腕も良く、足の筋肉をほぐす指圧も適格だ。部員数に対してマネージャーが少ない為、雑務が回りきらない中でも効率的にこなせる方法を色々と思案していた事も知っている。現状の可能な範囲で打開策を見出す事…それもお前の才能だ、と、正直に告げれば、真っ向から誉められた彼女の頬が赤らんでいく。
そんな汐見を見て、正直、心がくすぐったくなった。褒められ慣れてない反応、それもまた、俺にはないものだ。
「今回の件、改めて礼を言うよ」
「ううん。お手伝い、微力ながら頑張るね」
「俺からもありがとう!琴音ちゃんってすごいんだな」
「す、すごくないよ!」
「俺もマッサージしてもらってもいい?最近、人使い荒い奴がいて疲れちゃってさ~」
「………俺のことじゃあるまいな?」
「こわっ!冗談だよ尽八、目で訴えるのやめろよなーマジっぽいんだよー」
鋭い視線を向けられ、誤魔化してヘラリと笑うこいつにつられて、汐見も声を立てて笑っていた。
ひとまずお互いの紹介がひとしきり終わった後、今後のスケジュールやの分業部分を簡単に打ち合わせしてから解散となった。
店を出る頃にはすっかり日が落ち、夕暮れがカフェ向かいの校舎を橙に照らしていた。筑波山の山あいに沈んでいく夕日が、燃えるように赤く美しかった。夕日が沈み切り空が群青へと変わるまで、三人でぽつりぽつりと会話を交わしながら時間は流れていった。
――果たして、入学までにどこまでやれるか。
部活として認めてもらうのは簡単じゃない。最初から自転車競技部がある大学に行けば苦労などせずに済んだかもしれないが、これは“苦労”ではなく、“試練”だ。何事もやってみるまでわからない。希望を抱き心を躍らせて、俺はおもむろに空を仰いだ。この空は、遥か遠い海外まで繋がっている。
今頃どうしているだろう、俺のライバルは。車体を傾け、相変わらずの独特のフォームで、山道を削るように走っているだろうか。