長編
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-4- ※東堂視点
三月下旬、桜はまだ五分咲きで午前中は肌寒い。春休みが終わり入学式の頃には、満開になるだろう。
いつものように早起きをして、しっかりと朝食を摂ってから、俺は昔馴染みの友人が居る第三寮へ向かっていた。吹き抜け構造になっている寮の玄関の天井から朝の柔らかな光が差し込んで、通る度に気分がいい。
――斜め掛けの鞄に必要な書類を入れて肩にかけ、今日も部を新設する為のひと仕事が始まる。
助っ人が現れた件を修作に伝えなければと、一昨日の汐見とのやり取りを思い返していた。“現れた”というよりは俺が“スカウト”したんだが、と心の中で付け足す。しかも半ば強引だった。
偶然出会った日、彼女は入寮手続きに来ていたのだと後から聞いた。手続きさえ済んでしまえば、入学を待たずに寮への入居が可能だ。実際、俺も入学前に色々と動く必要があったので、早々と手続きを済ませ既に寮で暮らしている。指定された日付より早く入寮できたのも、大学の理解があったおかげだ。
ある程度の家具や家電は備え付けられているが、新生活に必要なものを揃える時間も必要になる。荷解きと買い出しがあるからすぐには挨拶に行けないかもと、汐見は言っていた。今日の午後からなら都合がつくらしいので、約束を取り付けておいた。
ならば午前中は書類の作業を進めておくのがいいと考え、早い時間から動き出したのだ。
合縁奇縁――そんな四字熟語が頭を過り、彼女と出会った桜並木近くの自販機前で立ち止まる。
去年の秋、巻ちゃんがイギリスの大学へ留学した事で俺の進路は一度宙ぶらりんとなった。受けようとしていた明早大にかつてのライバルは居ない。ならばどこを受けても同じだと落ち込んでいた矢先、トールウェッソン大学と筑士波大学が姉妹校であり、条件によっては簡単な試験で留学が出来ることを修作から聞いた。
途端に迷いは払拭され、巻ちゃんとチームメイトとして走り伝説を作るという夢を叶える為、わずかな希望を胸に筑士波大を受験しし、今に至る。
この件について隠していたわけではないが、部の中でも特に親しい部員にしか話していない。なので、汐見が筑士波を受けたことを知らなかったというのも本当だろう。同じく、俺も彼女の進路先を『東京の専門学校』だとフクから聞いていたので、てっきり都内で一人暮らしを始めるのだと思っていた。フクと話す時だけリラックスして笑う彼女を見かけては、幼馴染以上の関係では…と憶測していたし、それならば、互いに都内に居れば会うにも困らないだろうなと、聞いた当初はそんなことが頭を過ったものだ。
卒業式から三週間後にまた出会うとは、本当に不思議なめぐり合わせだ。まさに、これから自分たちがやろうとしている自転車競技部を設立するという大仕事においての適任の助っ人。入学時には部を正式に発足させる為には、時間も日数も人手も足りない。だから正直、彼女に再会して手伝って貰えることになったのはかなり運が良かった。
すぐに返事はせず、迷っていた様子を思い出した。
一瞬、断ろうとしていたようだったが、思い直してくれた汐見を。俺の人徳のなせる業…いや、彼女の優しさのおかげか。
決して自分の手柄にしていはいけない。午後に会えたら改めて引き受けてくれた事への礼を言おうと、俺は再び構内を歩き出した。
・・・・・・
自販機で買った二人分の飲み物を片手に、第三寮のとある部屋のドアをノックした。少し古びたこの寮には、各部屋にインターホンなどはない。
「お、尽八。朝からシャキっとしてるなぁ」
間もなく足音がしてドアが開き、見慣れた顔が眠たげな声を発した。
「お前もシャキッとしろ、修作。今日もやることが多いぞ。…まず、この書類を直せと言われてな」
「そうかぁー。ま、とりあえず中に入れよ」
鞄から書類を取り出そうとすると、修作は部屋のドアを大きく開き部屋に招いた。既に三度は訪れている、見慣れた部屋に靴を脱いで上がれば、相変わらずどことなく散らかっていた。第一寮とは違いロフトもなく随分コンパクトなワンルーム。散らかるのも無理はないか。ひとまず机があれば書類は広げられるから問題はないのだが。
買ってきたオレンジジュースを渡しつつ、早速必要な書類の確認が始まる。自転車競技部設立には、申請書含む28の書類を作成する必要があった。内容が細かく、二人がかかりでこなしてもなかなかの量だ。サークルと違って『部活』を新しく創るというの事は、ハードルが高い。その代わり、学校側に部として認めてもらえば補助金を一部出してもらえる制度がある。ただでさえ自転車競技は金がかかる。機材や備品もそうだが、日々の飲料水や補給食代もバカにならない。親からの仕送りでどうにかなっているが、少しでも金の負担は減らせる方がいい。それに、公式レースに出るためには正式な部活でないとエントリーが出来ない。これは最重要事項だ。もちろん平行して準備しておかなければならない事も山積みである。
午前中を使って作業を進め、ひと段落した頃、ジュースを一口飲んでから切り出した。
「ところで修作、お前に紹介したい人がいる」
「何っ!?女子か!?」
間髪入れずの返答がそれかと、思わず眉をひそめた。普段はのんびりとしてるこいつのリアクションが大きくなるのは、この手の話ばかりだ。
「ああ、女子だ」
「彼女か!?」
「違う」
「可愛いか!?」
「まぁ…、そうだな」
「性格は!?」
「謙虚で優しく、真面目な努力家だ」
「紹介しろよ尽八ーーッ!」
「だから紹介すると最初から言ってるが!?聞け修作、話が進まん!」
一言告げれば“女子”というワードに興奮して詰め寄られ、深く溜息をついた。お前、空手部の女子の先輩はどうした!?…と、聞き返したくなったが、余計に話が長くなりそうなので心の中に留めておくことにした。
汐見琴音が箱学の元マネージャーであること、兼務でマッサーを務めていたこと、その仕事ぶりは尊敬するほどだったことを伝え、そんな彼女が今回、設立を手伝ってくれるのだと簡単に説明した。修作の目が爛々と輝きだし、如何にも楽しみな様子が伝わって来る。『尽八から女子の話が出るの初めてだな!』と、やたらと騒ぎ出す。汐見を前にしたこいつが何を言い出すのかやたら心配になった。
「世話になったマネージャーだ。変な目で見るなよ?」
「心配すんなって!オレ年上好きだし」
「お前の妙な言動で逃げられたら困るからな」
「少しは友達を信用しろよー」
ちぇっ、と面白くなさそうに舌打ちをするが、実際、女子が絡むとテンションのギアが上がる修作に、前もって念を押すのは当たり前だろう。紹介しなくて済むのであればそうしたいところだが、協力してもらうんだ。そういうわけにはいかない。
女子に会えるというだけで浮足立つ様子を見て、よほど縁がなかったのかと少しばかり不憫に思う。俺は常に女子に視線を向けられ、黄色い歓声を浴びて来た人生だ。箱学ではファンクラブまで存在した。しかし慣れ過ぎてしまったが故に、これまでに女絡みの話で胸が躍った経験はない。幼さが残る純粋な友人が、少しだけ羨ましくなった。奴が期限を損ねてしまうから、決して口には出さないけどな。
-4- ※東堂視点
三月下旬、桜はまだ五分咲きで午前中は肌寒い。春休みが終わり入学式の頃には、満開になるだろう。
いつものように早起きをして、しっかりと朝食を摂ってから、俺は昔馴染みの友人が居る第三寮へ向かっていた。吹き抜け構造になっている寮の玄関の天井から朝の柔らかな光が差し込んで、通る度に気分がいい。
――斜め掛けの鞄に必要な書類を入れて肩にかけ、今日も部を新設する為のひと仕事が始まる。
助っ人が現れた件を修作に伝えなければと、一昨日の汐見とのやり取りを思い返していた。“現れた”というよりは俺が“スカウト”したんだが、と心の中で付け足す。しかも半ば強引だった。
偶然出会った日、彼女は入寮手続きに来ていたのだと後から聞いた。手続きさえ済んでしまえば、入学を待たずに寮への入居が可能だ。実際、俺も入学前に色々と動く必要があったので、早々と手続きを済ませ既に寮で暮らしている。指定された日付より早く入寮できたのも、大学の理解があったおかげだ。
ある程度の家具や家電は備え付けられているが、新生活に必要なものを揃える時間も必要になる。荷解きと買い出しがあるからすぐには挨拶に行けないかもと、汐見は言っていた。今日の午後からなら都合がつくらしいので、約束を取り付けておいた。
ならば午前中は書類の作業を進めておくのがいいと考え、早い時間から動き出したのだ。
合縁奇縁――そんな四字熟語が頭を過り、彼女と出会った桜並木近くの自販機前で立ち止まる。
去年の秋、巻ちゃんがイギリスの大学へ留学した事で俺の進路は一度宙ぶらりんとなった。受けようとしていた明早大にかつてのライバルは居ない。ならばどこを受けても同じだと落ち込んでいた矢先、トールウェッソン大学と筑士波大学が姉妹校であり、条件によっては簡単な試験で留学が出来ることを修作から聞いた。
途端に迷いは払拭され、巻ちゃんとチームメイトとして走り伝説を作るという夢を叶える為、わずかな希望を胸に筑士波大を受験しし、今に至る。
この件について隠していたわけではないが、部の中でも特に親しい部員にしか話していない。なので、汐見が筑士波を受けたことを知らなかったというのも本当だろう。同じく、俺も彼女の進路先を『東京の専門学校』だとフクから聞いていたので、てっきり都内で一人暮らしを始めるのだと思っていた。フクと話す時だけリラックスして笑う彼女を見かけては、幼馴染以上の関係では…と憶測していたし、それならば、互いに都内に居れば会うにも困らないだろうなと、聞いた当初はそんなことが頭を過ったものだ。
卒業式から三週間後にまた出会うとは、本当に不思議なめぐり合わせだ。まさに、これから自分たちがやろうとしている自転車競技部を設立するという大仕事においての適任の助っ人。入学時には部を正式に発足させる為には、時間も日数も人手も足りない。だから正直、彼女に再会して手伝って貰えることになったのはかなり運が良かった。
すぐに返事はせず、迷っていた様子を思い出した。
一瞬、断ろうとしていたようだったが、思い直してくれた汐見を。俺の人徳のなせる業…いや、彼女の優しさのおかげか。
決して自分の手柄にしていはいけない。午後に会えたら改めて引き受けてくれた事への礼を言おうと、俺は再び構内を歩き出した。
・・・・・・
自販機で買った二人分の飲み物を片手に、第三寮のとある部屋のドアをノックした。少し古びたこの寮には、各部屋にインターホンなどはない。
「お、尽八。朝からシャキっとしてるなぁ」
間もなく足音がしてドアが開き、見慣れた顔が眠たげな声を発した。
「お前もシャキッとしろ、修作。今日もやることが多いぞ。…まず、この書類を直せと言われてな」
「そうかぁー。ま、とりあえず中に入れよ」
鞄から書類を取り出そうとすると、修作は部屋のドアを大きく開き部屋に招いた。既に三度は訪れている、見慣れた部屋に靴を脱いで上がれば、相変わらずどことなく散らかっていた。第一寮とは違いロフトもなく随分コンパクトなワンルーム。散らかるのも無理はないか。ひとまず机があれば書類は広げられるから問題はないのだが。
買ってきたオレンジジュースを渡しつつ、早速必要な書類の確認が始まる。自転車競技部設立には、申請書含む28の書類を作成する必要があった。内容が細かく、二人がかかりでこなしてもなかなかの量だ。サークルと違って『部活』を新しく創るというの事は、ハードルが高い。その代わり、学校側に部として認めてもらえば補助金を一部出してもらえる制度がある。ただでさえ自転車競技は金がかかる。機材や備品もそうだが、日々の飲料水や補給食代もバカにならない。親からの仕送りでどうにかなっているが、少しでも金の負担は減らせる方がいい。それに、公式レースに出るためには正式な部活でないとエントリーが出来ない。これは最重要事項だ。もちろん平行して準備しておかなければならない事も山積みである。
午前中を使って作業を進め、ひと段落した頃、ジュースを一口飲んでから切り出した。
「ところで修作、お前に紹介したい人がいる」
「何っ!?女子か!?」
間髪入れずの返答がそれかと、思わず眉をひそめた。普段はのんびりとしてるこいつのリアクションが大きくなるのは、この手の話ばかりだ。
「ああ、女子だ」
「彼女か!?」
「違う」
「可愛いか!?」
「まぁ…、そうだな」
「性格は!?」
「謙虚で優しく、真面目な努力家だ」
「紹介しろよ尽八ーーッ!」
「だから紹介すると最初から言ってるが!?聞け修作、話が進まん!」
一言告げれば“女子”というワードに興奮して詰め寄られ、深く溜息をついた。お前、空手部の女子の先輩はどうした!?…と、聞き返したくなったが、余計に話が長くなりそうなので心の中に留めておくことにした。
汐見琴音が箱学の元マネージャーであること、兼務でマッサーを務めていたこと、その仕事ぶりは尊敬するほどだったことを伝え、そんな彼女が今回、設立を手伝ってくれるのだと簡単に説明した。修作の目が爛々と輝きだし、如何にも楽しみな様子が伝わって来る。『尽八から女子の話が出るの初めてだな!』と、やたらと騒ぎ出す。汐見を前にしたこいつが何を言い出すのかやたら心配になった。
「世話になったマネージャーだ。変な目で見るなよ?」
「心配すんなって!オレ年上好きだし」
「お前の妙な言動で逃げられたら困るからな」
「少しは友達を信用しろよー」
ちぇっ、と面白くなさそうに舌打ちをするが、実際、女子が絡むとテンションのギアが上がる修作に、前もって念を押すのは当たり前だろう。紹介しなくて済むのであればそうしたいところだが、協力してもらうんだ。そういうわけにはいかない。
女子に会えるというだけで浮足立つ様子を見て、よほど縁がなかったのかと少しばかり不憫に思う。俺は常に女子に視線を向けられ、黄色い歓声を浴びて来た人生だ。箱学ではファンクラブまで存在した。しかし慣れ過ぎてしまったが故に、これまでに女絡みの話で胸が躍った経験はない。幼さが残る純粋な友人が、少しだけ羨ましくなった。奴が期限を損ねてしまうから、決して口には出さないけどな。