長編
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-3- ※夢主視点
第二寮の自室に戻ってから、高校時代の部活仲間に偶然会ったことを、缶コーヒーを飲みながら父に話した。
もちろん、それが男子ということも、卒業式に恋を自覚した相手ということも伏せて説明した。話があるみたいだと待たせている事を伝えると、父は『用事は終わったから』と早々に車へ戻ろうと腰を上げた。親しい友人の中に筑士波大へ進学した子はいないと知っていたから、さっそく同級生に会えてよかったな!と、私を励ましてくれた。
「何かあったらすぐ連絡するんだぞ」
「うん、ありがとう」
「チャラチャラした先輩に手を出されるなよ?」
「もう、そんなこと心配しなくても…」
ふぅと溜息をついて、心配性の父の車を見送ってから一度自室に戻り、部屋に設置された小さな洗面所の鏡の前に立つ。前髪を指で軽く整え、乾燥した唇にリップを塗り直した。
『大事な話』というのが、『告白』じゃないことは100%わかっているけど、東堂くんと会うとなると急に緊張が走る。身だしなみを気にする相手かと言えば、私にとっては該当する相手だ。さっきも、相変わらず美形ぶりに気後れしてしまいそうになった。
・・・・・・
そわそわと気持ちが落ち着かないままサークル棟に向かうと、扉を開けてすぐのところに簡単なテーブルとソファが並んでいた。誰でも使用できる、待ち合わせに使えるフリースペースのようだ。東堂くんは私の姿を見つけると、静かに右手を挙げた。
「急にすまなかったな」
「ううん、大丈夫。変わらず元気そうだね」
クスっと小さく笑うと、東堂くんは不敵な笑みを浮かべた。整った目鼻立ちにニヤリと口角が上がる口元、久々に見た本物の彼に再びファン心理も復活してしまいそうになる。
「うむ、俺はいつでも絶好調だ。だが入学前にやる事が多く忙しくてな。まぁ、座ってくれ」
そう促され向かいのソファに腰かけると、東堂くんは真正面からジッと私を見つめてきた。紫色の瞳が、窓からの光を受けて宝石みたいだと思った。入り口前で出来るだけリラックスしていこうと深呼吸した甲斐もなく、心臓が途端に鼓動し始める。
「単刀直入に言おう。俺は今、筑士波大に自転車競技部を設立しようと昔馴染みの友人と動いている。それを汐見にも手伝って欲しい」
淡々とした声で告げるその“大事な話”は、何となく頼み事だとは予想はしていた。自転車競技部が筑士波大にないことは初耳だったが。
正直、自分もこれから新生活の準備で忙しくなるという時期に、気が進まない。それ以上に、東堂くんと再び関わることに迷っていた。しばらく沈黙していると、彼はさらに話を続けた。
「箱学のマネージャーとして日々、人一倍の仕事をこなしていた汐見の事を俺は尊敬している。出来れば、また部のマネージャーとしてサポートを頼みたいのだが――」
「尊敬なんて、買い被り過ぎだよ」
「いや、本心だよ。しかしこの状況では、手を借りたくて褒めてるのだと勘違されても無理はないな」
「そんな風に言ってくれるのはありがたいけど……」
真剣な眼差しを向けられ、目を逸らすことが出来なかった。
これは本当に“頼み事”?
東堂くんの魅力と熱意によって、私を口説き落とす場では?
首を縦に振るしかないと追い詰められている気がするのは、私が彼に気があるからだろう。
本当は――、入学後にサークルや部活に入ることは考えてなかった。もともと、学業以外の時間はバイトに精を出そうと決めていたからだ。学費とは別に寮の費用も生活費も親に負担してもらってるし、小遣いぐらいは自分で稼ごうと、進路を専門から大学へ変更した時から考えていた事だった。
「今のところ部活にもサークルにも入部するつもりはなくて…」
隠すことなくバイトの件を話せば、親御さんの負担を減らす為とは感心だな、と東堂くんは深く頷いた。事情を知ってそれでも無理強いしてくるような性格ではないと分かっていたけれど、こうもあっさりと引き下がられると焦りが生じる。
「ならば仕方ないか…」
彼は口元に手をあて、何か別の方法を思案している様子を見せる。
マネージャーの中で筑士波大に進学した女子の事を聞かれるのかと、懸念が過った。
卒業式の日に恋を自覚したといっても、告白したわけでもフラれたわけでもない。二人の間には何も起きておらず、私が勝手に好きになって勝手に傷心しただけだ。告白もしないうちに終わるような淡い失恋をした子は、箱根学園にたくさん居ただろうな。私はその大勢のうちの一人だ。
ここに来て密に関われば、再び東堂くんに恋をすると思う。関わって距離が近くなり、相手が高嶺の花だと知れば知る程、今度はかすり傷では済まないかも知れない。
それなのに、私以外の誰かがその“手伝い”を担うのを想像したら、咄嗟に言葉が喉まで押し寄せた。
「――六月から!」
思ったより大きな声が出てしまい、彼は肩をビクッと震わせた。
「バイトは、六月から働ける所を探すつもりでいるの。新しい生活に慣れてからにしようかと…、だから、それまででよければ…」
「手伝ってくれるか!?汐見琴音っ!」
ソファから立ち上がり前のめり姿勢でテーブルに手をつき、顔を近づけて東堂くんは大きな声を上げた。先ほど私が発した声量とは比べ物にならないぐらいよく通る声に、周囲に居た生徒から注目が集まる。キラキラと瞳が輝きだす表情は、少年のようだ。
よほど人手が足りてないから喜んでいるだけなのだと、浮かれそうになる自分を内心で窘めながら、私は首を縦に振った。
『尊敬するよ』――告げられた誉め言葉は、気分よく請け負ってもらう為だけのものだったのかと思ったけど、そうじゃない。東堂くんがお世辞を言うタイプでないことは高校の頃から知っている。だから、本心から誉めてくれて、頼りたいという気持ちが真っ直ぐに届いてきた。
近づかなければもう失恋することもない。傷つかない道もある。だけど、直感的に疎遠になる方が辛いと感じてしまった。東堂くんには、どうしたって人を惹きつける才能がある。当人を目の当たりにしたら魅力に抗えない。自分に出来る役割を精一杯こなすだけと決意して、機嫌良く笑う彼を私は静かに眺めていた。
-3- ※夢主視点
第二寮の自室に戻ってから、高校時代の部活仲間に偶然会ったことを、缶コーヒーを飲みながら父に話した。
もちろん、それが男子ということも、卒業式に恋を自覚した相手ということも伏せて説明した。話があるみたいだと待たせている事を伝えると、父は『用事は終わったから』と早々に車へ戻ろうと腰を上げた。親しい友人の中に筑士波大へ進学した子はいないと知っていたから、さっそく同級生に会えてよかったな!と、私を励ましてくれた。
「何かあったらすぐ連絡するんだぞ」
「うん、ありがとう」
「チャラチャラした先輩に手を出されるなよ?」
「もう、そんなこと心配しなくても…」
ふぅと溜息をついて、心配性の父の車を見送ってから一度自室に戻り、部屋に設置された小さな洗面所の鏡の前に立つ。前髪を指で軽く整え、乾燥した唇にリップを塗り直した。
『大事な話』というのが、『告白』じゃないことは100%わかっているけど、東堂くんと会うとなると急に緊張が走る。身だしなみを気にする相手かと言えば、私にとっては該当する相手だ。さっきも、相変わらず美形ぶりに気後れしてしまいそうになった。
・・・・・・
そわそわと気持ちが落ち着かないままサークル棟に向かうと、扉を開けてすぐのところに簡単なテーブルとソファが並んでいた。誰でも使用できる、待ち合わせに使えるフリースペースのようだ。東堂くんは私の姿を見つけると、静かに右手を挙げた。
「急にすまなかったな」
「ううん、大丈夫。変わらず元気そうだね」
クスっと小さく笑うと、東堂くんは不敵な笑みを浮かべた。整った目鼻立ちにニヤリと口角が上がる口元、久々に見た本物の彼に再びファン心理も復活してしまいそうになる。
「うむ、俺はいつでも絶好調だ。だが入学前にやる事が多く忙しくてな。まぁ、座ってくれ」
そう促され向かいのソファに腰かけると、東堂くんは真正面からジッと私を見つめてきた。紫色の瞳が、窓からの光を受けて宝石みたいだと思った。入り口前で出来るだけリラックスしていこうと深呼吸した甲斐もなく、心臓が途端に鼓動し始める。
「単刀直入に言おう。俺は今、筑士波大に自転車競技部を設立しようと昔馴染みの友人と動いている。それを汐見にも手伝って欲しい」
淡々とした声で告げるその“大事な話”は、何となく頼み事だとは予想はしていた。自転車競技部が筑士波大にないことは初耳だったが。
正直、自分もこれから新生活の準備で忙しくなるという時期に、気が進まない。それ以上に、東堂くんと再び関わることに迷っていた。しばらく沈黙していると、彼はさらに話を続けた。
「箱学のマネージャーとして日々、人一倍の仕事をこなしていた汐見の事を俺は尊敬している。出来れば、また部のマネージャーとしてサポートを頼みたいのだが――」
「尊敬なんて、買い被り過ぎだよ」
「いや、本心だよ。しかしこの状況では、手を借りたくて褒めてるのだと勘違されても無理はないな」
「そんな風に言ってくれるのはありがたいけど……」
真剣な眼差しを向けられ、目を逸らすことが出来なかった。
これは本当に“頼み事”?
東堂くんの魅力と熱意によって、私を口説き落とす場では?
首を縦に振るしかないと追い詰められている気がするのは、私が彼に気があるからだろう。
本当は――、入学後にサークルや部活に入ることは考えてなかった。もともと、学業以外の時間はバイトに精を出そうと決めていたからだ。学費とは別に寮の費用も生活費も親に負担してもらってるし、小遣いぐらいは自分で稼ごうと、進路を専門から大学へ変更した時から考えていた事だった。
「今のところ部活にもサークルにも入部するつもりはなくて…」
隠すことなくバイトの件を話せば、親御さんの負担を減らす為とは感心だな、と東堂くんは深く頷いた。事情を知ってそれでも無理強いしてくるような性格ではないと分かっていたけれど、こうもあっさりと引き下がられると焦りが生じる。
「ならば仕方ないか…」
彼は口元に手をあて、何か別の方法を思案している様子を見せる。
マネージャーの中で筑士波大に進学した女子の事を聞かれるのかと、懸念が過った。
卒業式の日に恋を自覚したといっても、告白したわけでもフラれたわけでもない。二人の間には何も起きておらず、私が勝手に好きになって勝手に傷心しただけだ。告白もしないうちに終わるような淡い失恋をした子は、箱根学園にたくさん居ただろうな。私はその大勢のうちの一人だ。
ここに来て密に関われば、再び東堂くんに恋をすると思う。関わって距離が近くなり、相手が高嶺の花だと知れば知る程、今度はかすり傷では済まないかも知れない。
それなのに、私以外の誰かがその“手伝い”を担うのを想像したら、咄嗟に言葉が喉まで押し寄せた。
「――六月から!」
思ったより大きな声が出てしまい、彼は肩をビクッと震わせた。
「バイトは、六月から働ける所を探すつもりでいるの。新しい生活に慣れてからにしようかと…、だから、それまででよければ…」
「手伝ってくれるか!?汐見琴音っ!」
ソファから立ち上がり前のめり姿勢でテーブルに手をつき、顔を近づけて東堂くんは大きな声を上げた。先ほど私が発した声量とは比べ物にならないぐらいよく通る声に、周囲に居た生徒から注目が集まる。キラキラと瞳が輝きだす表情は、少年のようだ。
よほど人手が足りてないから喜んでいるだけなのだと、浮かれそうになる自分を内心で窘めながら、私は首を縦に振った。
『尊敬するよ』――告げられた誉め言葉は、気分よく請け負ってもらう為だけのものだったのかと思ったけど、そうじゃない。東堂くんがお世辞を言うタイプでないことは高校の頃から知っている。だから、本心から誉めてくれて、頼りたいという気持ちが真っ直ぐに届いてきた。
近づかなければもう失恋することもない。傷つかない道もある。だけど、直感的に疎遠になる方が辛いと感じてしまった。東堂くんには、どうしたって人を惹きつける才能がある。当人を目の当たりにしたら魅力に抗えない。自分に出来る役割を精一杯こなすだけと決意して、機嫌良く笑う彼を私は静かに眺めていた。