長編
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-2- ※夢主視点
卒業式から三週間後。春分の日を過ぎて、ようやくあたたかな陽気が訪れた。
茨城県つくば森市にある筑士波大学――その茨城キャンパス内にある女子寮に、私は父親の車で訪れていた。来月から入学する大学の入寮手続きが三月下旬からはじまり、構内では同じような学生がチラホラと歩いている。
基本的に、入学予定者は入居する学生宿舎の種類問わず、三月上旬から四月上旬までの間に一斉入居となる為、指定された日付で順番通り手続きに来るよう大学から届いた入居手続書類に記載されていた。入寮には条件があるが、新入生ならばほとんど何事もなく申請が通る。
学生寮は第一号から第五号寮まで用意されており、希望がなければ適当に割り当てられた。ただし、第一寮だけは抽選だった。玄関が吹き抜けになっており天井も高く部屋にはロフトがついているという、寮と呼ぶには豪華過ぎるワンルームらしい。その代わり、やや賃料は上がる。私は第一寮は希望しなかったので、割り当てられたのは第二号学生寮だった。広くはないが狭くもない、ごく普通の部屋だ。
第二寮の裏口にある駐車場に車を停めて、父には車内に残っていてもらい、先に手続きを済ます為に自分だけで受付に向かった。
「新入生の汐見琴音です。入寮手続きに来ました」
「学科は?寮生仮証明書ありますか?」
「体育専門学科です。お願いします」
質問に答えながら入居手続書類に同封されていた寮生仮証明書を提出すると、しばらくして受付の女性は琴音に部屋の鍵を渡した。
廊下を歩いて一番奥の角部屋が、これから卒業までの住処となる。鍵を差し込みドアを開けると、真正面の大きな窓から差し込んだ光がフローリングを明るく照らしていた。前の入居者が退居してから掃除もしっかりされているようだ。その証拠に、床もきれいに磨かれて光っている。
ドアの下の方にあるストッパーを下ろし、開けっ放しにしてから駐車場へ戻ると、早速二人がかりで荷物運びが始まった。
「お父さん、お店まで休みにしてもらってごめんね」
「一日くらい気にすることないよ。…あぁ、ついに実家を出てしまうんだなぁ…」
寂しそうに呟きながら、父は部屋の中へ荷を下ろすとまた車の方へ戻って行った。
同じ関東圏内なのに、大袈裟だなぁ。
高校最後の夏休み明け、三年が部活を引退した後になって専門学校から大学への進路変更したことを許してくれた事、両親にはとても感謝している。本来、高校卒業後は親戚が管理しているアパートを安く貸してもらい、都内から専門学校に通う予定でいた。しかし、二年の秋から途中入部した自転車競技部で、マネージャー兼マッサーの経験を経て、学問として体育を学びたい気持ちが徐々に芽生えていた。胸を張って運動が得意と言える程ではないが、身体を動かすのは好きだった。将来この職業に就きたいという明確なビジョンはないが、スポーツ理論や人体の仕組みや健康について研究する事へ興味が湧いてきたのだ。専門学校と大学では学費も違うし、第一志望の大学に受かれば寮暮らしになる。親に負担してもらうお金が多くなってしまい申し訳なさそうに告げれば、両親は「やりたいことがあるなら、やりなさい。応援するよ」と、当たり前のように背中を押してくれた。そのおかげで、私は筑士波大に受かる事が出来たのだ。
一通り荷物を運び終えてから、段ボールを部屋の隅に寄せて休憩することにした。荷解きから先は私の仕事だ。
学食も休みかもしれないし近くの店も混んでるかもと、母が作って持たせてくれた手作りのサンドイッチを食べ終えてから、私は二人分の飲み物を買いに寮の外へ出た。
・・・・・・
清々しい空気の中、深呼吸をしながら寮の入口付近に設置してある自動販売機を見ると、これと言って欲しい飲み物がなかった。というよりは、父が好きなメーカーの缶コーヒーがなかった。せっかくなので、少し離れた場所まで探すために私は構内を歩き出した。
これから何度も通るこの場所を歩くのは、オープンキャンパスで構内を一周した以来だ。
筑士波大学の敷地はとにかく広大だ。箱根学園もそれなりに広かったけど、大学となるとその比じゃない。循環バスが走り、南北中央に学食が三か所もある。メインのけやき通りは、四季折々で表情を変える贅沢な景観だ。大学敷地内は学生以外も自由に出入りが出来るので、近くに住むの住人の散歩やランニングコースにもなっているらしい。
のびのびとした環境に、新生活が楽しみで心が躍る。
桜の並木近くの自販機で目的の缶コーヒーを見つけると、迷わずそこで購入した。
「汐見じゃないか。久しぶりだな」
取り出し口へ手を伸ばして購入した物を取り出そうとした時、背後から名を呼ぶ声を耳にした。
心臓がドクンと大きく鳴る。突然、苗字を呼ばれたことに驚いたのもあるが、その一声だけで振り返る前に誰なのか、瞬時にわかってしまった。笑えば高らかに響く、透き通ったあの声だ。同時に、何故、“彼”がここに居るのか?と疑問が浮かんだ。
「…東堂くん」
ゆっくりと振り返れば、予想通りそこに立っていたのは東堂くんだった。ザァと風が吹いて桜の花弁が舞う中、背筋を伸ばして彼は美しく佇んでいた。互いに目を丸くしてしばらく見つめ合った後、先に口を開いたのは彼の方だった。
「筑士波大を受けてたのか…。フクからは専門学校だと聞いていたが…」
「東堂くんこそ、明早大に進学するってファンの子が話していたのを聞いてたけど…」
「ああ、少し事情が変わってな。わずかな希望を繋ぐ為にここに来た」
――希望?
反射的に聞き返そうになったが、口を噤んむ。
父を待たせてることもあって、簡単に挨拶だけしてから来た道を戻るために踵を返す。三週間ぶりに再会した東堂くんと話したい気持ちもあるが、ここまで荷物を運んでくれた父を放っておくわけにもいかない。小銭だけ持って部屋を出てきてしまったし、遅くなると心配するだろうから。
用事を察してか、東堂くんは特に引き止める言葉は発しなかった。だが、気づけば私の手首は掴まれていた。
ほんの少しだけ力をこめた、細く長い指に。
「用事が済んでからでいい。サークル棟に来てもらえないだろうか。大事な話がある」
驚きのあまり瞬きをしてゆっくり頷くと、満足気な笑みを浮かべ彼は手を離した。第二寮へ戻る道で校舎を曲がり、東堂くんの姿が見えなくなった後、胸の中で熱くなる衝動を抑えきれず、私は走り出していた。触れられた手首に、指の体温の名残を感じる。
もう、二度と会うことはないと思っていた。
例え会いたくても、そんな接点もないはずだった。仮に、出場するレースでも調べて観戦しに行けば一目見れるかもと、その程度しか考えなかった。
だが、運命の悪戯か――卒業式の日、手放したばかりの淡い恋心が間も開けずに再びぽうと火を灯す。まだ遠くまで行ってないその感情を、自分自身で手繰り寄せるのは容易かった。
-2- ※夢主視点
卒業式から三週間後。春分の日を過ぎて、ようやくあたたかな陽気が訪れた。
茨城県つくば森市にある筑士波大学――その茨城キャンパス内にある女子寮に、私は父親の車で訪れていた。来月から入学する大学の入寮手続きが三月下旬からはじまり、構内では同じような学生がチラホラと歩いている。
基本的に、入学予定者は入居する学生宿舎の種類問わず、三月上旬から四月上旬までの間に一斉入居となる為、指定された日付で順番通り手続きに来るよう大学から届いた入居手続書類に記載されていた。入寮には条件があるが、新入生ならばほとんど何事もなく申請が通る。
学生寮は第一号から第五号寮まで用意されており、希望がなければ適当に割り当てられた。ただし、第一寮だけは抽選だった。玄関が吹き抜けになっており天井も高く部屋にはロフトがついているという、寮と呼ぶには豪華過ぎるワンルームらしい。その代わり、やや賃料は上がる。私は第一寮は希望しなかったので、割り当てられたのは第二号学生寮だった。広くはないが狭くもない、ごく普通の部屋だ。
第二寮の裏口にある駐車場に車を停めて、父には車内に残っていてもらい、先に手続きを済ます為に自分だけで受付に向かった。
「新入生の汐見琴音です。入寮手続きに来ました」
「学科は?寮生仮証明書ありますか?」
「体育専門学科です。お願いします」
質問に答えながら入居手続書類に同封されていた寮生仮証明書を提出すると、しばらくして受付の女性は琴音に部屋の鍵を渡した。
廊下を歩いて一番奥の角部屋が、これから卒業までの住処となる。鍵を差し込みドアを開けると、真正面の大きな窓から差し込んだ光がフローリングを明るく照らしていた。前の入居者が退居してから掃除もしっかりされているようだ。その証拠に、床もきれいに磨かれて光っている。
ドアの下の方にあるストッパーを下ろし、開けっ放しにしてから駐車場へ戻ると、早速二人がかりで荷物運びが始まった。
「お父さん、お店まで休みにしてもらってごめんね」
「一日くらい気にすることないよ。…あぁ、ついに実家を出てしまうんだなぁ…」
寂しそうに呟きながら、父は部屋の中へ荷を下ろすとまた車の方へ戻って行った。
同じ関東圏内なのに、大袈裟だなぁ。
高校最後の夏休み明け、三年が部活を引退した後になって専門学校から大学への進路変更したことを許してくれた事、両親にはとても感謝している。本来、高校卒業後は親戚が管理しているアパートを安く貸してもらい、都内から専門学校に通う予定でいた。しかし、二年の秋から途中入部した自転車競技部で、マネージャー兼マッサーの経験を経て、学問として体育を学びたい気持ちが徐々に芽生えていた。胸を張って運動が得意と言える程ではないが、身体を動かすのは好きだった。将来この職業に就きたいという明確なビジョンはないが、スポーツ理論や人体の仕組みや健康について研究する事へ興味が湧いてきたのだ。専門学校と大学では学費も違うし、第一志望の大学に受かれば寮暮らしになる。親に負担してもらうお金が多くなってしまい申し訳なさそうに告げれば、両親は「やりたいことがあるなら、やりなさい。応援するよ」と、当たり前のように背中を押してくれた。そのおかげで、私は筑士波大に受かる事が出来たのだ。
一通り荷物を運び終えてから、段ボールを部屋の隅に寄せて休憩することにした。荷解きから先は私の仕事だ。
学食も休みかもしれないし近くの店も混んでるかもと、母が作って持たせてくれた手作りのサンドイッチを食べ終えてから、私は二人分の飲み物を買いに寮の外へ出た。
・・・・・・
清々しい空気の中、深呼吸をしながら寮の入口付近に設置してある自動販売機を見ると、これと言って欲しい飲み物がなかった。というよりは、父が好きなメーカーの缶コーヒーがなかった。せっかくなので、少し離れた場所まで探すために私は構内を歩き出した。
これから何度も通るこの場所を歩くのは、オープンキャンパスで構内を一周した以来だ。
筑士波大学の敷地はとにかく広大だ。箱根学園もそれなりに広かったけど、大学となるとその比じゃない。循環バスが走り、南北中央に学食が三か所もある。メインのけやき通りは、四季折々で表情を変える贅沢な景観だ。大学敷地内は学生以外も自由に出入りが出来るので、近くに住むの住人の散歩やランニングコースにもなっているらしい。
のびのびとした環境に、新生活が楽しみで心が躍る。
桜の並木近くの自販機で目的の缶コーヒーを見つけると、迷わずそこで購入した。
「汐見じゃないか。久しぶりだな」
取り出し口へ手を伸ばして購入した物を取り出そうとした時、背後から名を呼ぶ声を耳にした。
心臓がドクンと大きく鳴る。突然、苗字を呼ばれたことに驚いたのもあるが、その一声だけで振り返る前に誰なのか、瞬時にわかってしまった。笑えば高らかに響く、透き通ったあの声だ。同時に、何故、“彼”がここに居るのか?と疑問が浮かんだ。
「…東堂くん」
ゆっくりと振り返れば、予想通りそこに立っていたのは東堂くんだった。ザァと風が吹いて桜の花弁が舞う中、背筋を伸ばして彼は美しく佇んでいた。互いに目を丸くしてしばらく見つめ合った後、先に口を開いたのは彼の方だった。
「筑士波大を受けてたのか…。フクからは専門学校だと聞いていたが…」
「東堂くんこそ、明早大に進学するってファンの子が話していたのを聞いてたけど…」
「ああ、少し事情が変わってな。わずかな希望を繋ぐ為にここに来た」
――希望?
反射的に聞き返そうになったが、口を噤んむ。
父を待たせてることもあって、簡単に挨拶だけしてから来た道を戻るために踵を返す。三週間ぶりに再会した東堂くんと話したい気持ちもあるが、ここまで荷物を運んでくれた父を放っておくわけにもいかない。小銭だけ持って部屋を出てきてしまったし、遅くなると心配するだろうから。
用事を察してか、東堂くんは特に引き止める言葉は発しなかった。だが、気づけば私の手首は掴まれていた。
ほんの少しだけ力をこめた、細く長い指に。
「用事が済んでからでいい。サークル棟に来てもらえないだろうか。大事な話がある」
驚きのあまり瞬きをしてゆっくり頷くと、満足気な笑みを浮かべ彼は手を離した。第二寮へ戻る道で校舎を曲がり、東堂くんの姿が見えなくなった後、胸の中で熱くなる衝動を抑えきれず、私は走り出していた。触れられた手首に、指の体温の名残を感じる。
もう、二度と会うことはないと思っていた。
例え会いたくても、そんな接点もないはずだった。仮に、出場するレースでも調べて観戦しに行けば一目見れるかもと、その程度しか考えなかった。
だが、運命の悪戯か――卒業式の日、手放したばかりの淡い恋心が間も開けずに再びぽうと火を灯す。まだ遠くまで行ってないその感情を、自分自身で手繰り寄せるのは容易かった。