長編
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-10- ※夢主視点
四月の最終週――GWを目前にしたキャンパス内は、穏やかな空気に包まれていた。入学して初めての長い休み。大学生活に慣れるまで気を張っていた一年にとっては、やっと肩の力を抜ける連休となる。
午後の最終講義が終わった後、トークルームに連絡が来てないか確認するのがルーティンになりつつある。特にメッセージが届いてなければ、部室の鍵をキャンパス棟に借りに行く流れだ。また、鍵を借りた時は他の部員が無駄足を踏まないようにトークルームで連絡を入れることになっている。立ち止まって一言送った後、私は一番乗りで部室へ向かった。
『講義長引いてる!遅れるかも!』と、修作くんからメッセージが飛んできたので、スタンプで了解と返事をした。みんな学科も別々だし、コマ割りも各々だ。メッセージツールで簡単にやりとりできるから問題ないけれど、この広い大学構内で偶然会えることは滅多にない。だから、部活で会える機会は貴重だ。入学前、東堂くんに敷地内で声をかけらたことも奇跡に近い。お互いに同じ大学にいることさえ知らず、四年間すれ違って過ごして卒業する可能性だってあったわけだ。
「おつかれ。今日も汐見が一番乗りのようだな」
棚を整頓しつつ待っていると、東堂くんが挨拶と共に部室のドアを開けた。すぐ後ろに見えたのは、体格のいい一人の男子生徒。ドアを開けてすぐさま視線が通って、驚いて声が漏れそうになった。何せ、その顔には見覚えがあったから。
東堂くんが新入部員を連れてくるなら、何となく今日がその日なんじゃないかと予感していた。GW前に会えればいいなという、私の勝手な希望的予想だった。それは嬉しいことに
当たった……なのに、それなのに。
記憶の中にインプットされたうちの一人でなければ、仮入部か本入部かわからなくとも、新入部員に対してこやかな笑顔を向けていたことだろう。
「紹介しよう。マネージャーの汐見琴音だ。部の創設から手伝って貰ってる」
「汐見です。よ、よろしくお願いします」
東堂くんが私の横に並び、相手に手の平を向けながら紹介してくれたので、思わず頭を下げた。やはり、初対面の時に出る癖なのか、相手が誰であろうと敬語になってしまう。
続けて、目の前のガッシリした体つきの男子生徒に目線と手の平を向け、私に“彼のこと”を紹介してくれた。骨太体型で、服の上からでも筋肉質な体だとわかる。背もゆうに180㎝以上はありそうだ。東堂くんの身長も170以上はあるのに、クライマーはしなやかで細身というせいもあってか、近くで対比すると極端に現れる体格の差に目を見張った。
「今日付けで自転車競技部に本入部となる、田所迅だ」
「同じ一年だ。よろしくな!」
「あ、……はい、よろしくお願いします」
手を差し出され握り返すも、私の小さな手では指が届かず手と手が上手く交わせない。田所くんの大きな手にすっぽり包まれてるみたいな握手になってしまった。
「同じ一年だろ。敬語はいらねーよ。学部はまぁ、お互いに見かけてないし別か?俺は情報工学部。そっちは?」
「えーと…、体育専門学科です」
「敬語はいいっての」
「気にするな。彼女の癖みたいなものだよ。じきに取れる」
思い出したように頷いた東堂くんの言葉に、少しだけ気恥ずかしくなりながら、私は田所くんの手をゆっくり離した。
指が手の甲に触れた感触で分かる。指の腹の皮膚が固く、長年グリップを握ってきた手だ。
ロード経験者どころじゃない。こんな印象的な選手、覚えてるに決まってる。田所くんは去年、箱根学園が惜敗した――総北高校の選手の一人だ。
特に彼は、一日目のグリーンゼッケンを獲って表彰台に上がっていた。一日目の最初のゼッケンは、常勝連覇を狙う箱根学園が獲るものだと確信していたから、リザルトの放送を聞いた瞬間、マネージャーたちと顔を見合わせて唖然としたものだ。後輩の泉田くんの毎日の努力する姿も見て来ただけに、ショックを隠し切れなかった。
不意に、去年の夏の記憶が脳裏に過る。
熱い激闘の三日間、炎天下、声が枯れるまで箱学を応援した。照り付ける太陽に、蜃気楼で揺らぐ地面。汗が飛び散ってもすぐに蒸発するぐらいの熱気の中、全てを出し切って激闘を戦い抜いた選手たちを見守った。目を真っ赤にして、仲間たちと悔し泣きをしたインターハイ最終日からまだ一年も経ってない。胸を締め付ける感覚が鮮明に蘇って、胸がジクリと痛む。
悟られない程度の僅かな違和感だったにも関わらず、東堂くんは私の様子に気付いていた。
「“今日”からは、同じ赤いジャージを着る仲間だ」
無意識に目線が彷徨ってい私の耳に、凛とした声が届いて背筋が伸びた。紹介してもらってる最中に、一瞬でも失礼な間を作ってしまったのはよくないことだ。
「私、高校では箱学の自転車競技部のマネージャーとマッサーをしてました。総北の選手だって気づいて思わず黙ってしまって……あの、変な意味じゃないんですが……」
「なんとなく、俺を見た時の雰囲気でそんな気はしてたからな。気にしてねぇよ」
「……ごめんなさい」
「謝んなって」
「あの、もう一回握手してもらえますか?」
「勿論だ。改めてよろしくな!」
第一印象が良くないと、あとで後悔してしまう。このタイミングでの入部なんて、渡りに船なのに。これから仲間として一丸となって頑張っていく為にも、切り替えなければ。
田所くんの右手を今度はしっかりと両手で包むようにして、再び握手を交わした。すると、しばらくして離そうと力を緩めた私の手を取って、彼はまじまじと観察し始めた。
「小せぇ手。マッサーもやってたなんてすげぇな」
人に手の平を見つめられるなんてそうそうないことなので、変に緊張が走って肩が強張っていくのを感じた。彼自身はスキンシップに慣れているのか、至って普通のテンションだ。私もマッサーをやるようになって人に触ることは慣れていたつもりだけれど、急に触れられて動揺を隠せない。けれど、純粋に感心されている気持ちが伝わって来て、照れくさくなってしまう。頬の紅潮を誤魔化すように出た言葉は、敬語が無自覚に解けていた。
「結構ね、女子にしては力ある方なんだ。特に指圧にはコツがあって――」
ゴホンと東堂くんが咳払いをした拍子に、私と田所くんは近づきすぎていた事に気付いて慌てて後退して距離を取った。色んな回想をしたり気が張っていたりで、東堂くんの目前だったことを不覚にも忘れていた。決して無視していたわけではないけれど、田所くんに気を取られていたのは確かだ。
“田所迅くん”――かつてのライバルは今日からはチームメイトなのだと、握手を以て認識を改めなければ。一番いいタイミングでやって来てくれた、ありがたい新入部員だ。
「もう一人、共に部を創った昔馴染みの糸川修作という男については、後で紹介することにしよう」
「おう、頼んだぜ!……にしても、まさかあの山神東堂と一緒のチームで走ることになるとはな。人生何があるかわかんねーもんだ」
ガハハ!と大きく口を開けて豪快に笑う田所くんに気圧されつつも、入部のキッカケとなった日の事が気になって質問すると、彼は目を瞑り腕を組み、深く溜息をついて語り出した。
「最初はオバケかと思ってよ」
この一言を皮切りに、東堂くんが筑波山での自主練をしていた時に、同じくロードで山を登る田所くんに遭遇したこと詳しく説明してくれた。
「あんな急勾配を音もなく登ってくなんて、人だと思う方が不自然だよな」
「……確かに、私も初めて東堂くんの登り見たとき驚いたなぁ。フォームもすごくキレイで見とれちゃった」
「俺は山神・東堂尽八だからな。目を奪われるのも無理はない」
「ふふっ、そうだね」
「水を差すようで悪ィけど、食堂で他の奴もオバケって言ってたの聞いたぜ」
「オバケにしては美しすぎるだろう。速すぎて見えなかったのか?」
「ガハハハ!大学でも全然変わってねぇな東堂!」
「む、どういう意味だ田所迅」
詰め寄る東堂くんに、気にすんなよ!と、あまりフォローにも言い訳にもなってない台詞で返す田所くん――二人のやりとりが目新しい。
箱学にマネージャーとして入部して以来、思い返してみても彼が他校の生徒と話している様子はこれまでに一度しか見た事がない。とあるヒルクライムレースの完走後、主催のテントからやや離れた場所で、鮮やかな緑色の長い髪の選手に東堂くんは楽しげに話しかけていたのを覚えている。と言っても、遠巻きに見かけただけだし、会話の内容までは聞こえてこなかった。
クライマーが得意とするレースで競い合う仲ならまだしも、田所くんはスプリンター。脚質の違う二人は、インターハイ以外のレースで遭遇することもなかったんだろうな。
私も、田所くんのことを知って行くためにコミュニケーションを図っていこう。もっとマネージャーとして貢献できることがあるはずだ。
出走できる選手が三人揃ったことで、仕切り直し。
再び、筑士波自転車競技部は二度目のスタートラインに立ち、“課外活動団体”の認定というゴールは手の届く範囲まで近づいていた。
-10- ※夢主視点
四月の最終週――GWを目前にしたキャンパス内は、穏やかな空気に包まれていた。入学して初めての長い休み。大学生活に慣れるまで気を張っていた一年にとっては、やっと肩の力を抜ける連休となる。
午後の最終講義が終わった後、トークルームに連絡が来てないか確認するのがルーティンになりつつある。特にメッセージが届いてなければ、部室の鍵をキャンパス棟に借りに行く流れだ。また、鍵を借りた時は他の部員が無駄足を踏まないようにトークルームで連絡を入れることになっている。立ち止まって一言送った後、私は一番乗りで部室へ向かった。
『講義長引いてる!遅れるかも!』と、修作くんからメッセージが飛んできたので、スタンプで了解と返事をした。みんな学科も別々だし、コマ割りも各々だ。メッセージツールで簡単にやりとりできるから問題ないけれど、この広い大学構内で偶然会えることは滅多にない。だから、部活で会える機会は貴重だ。入学前、東堂くんに敷地内で声をかけらたことも奇跡に近い。お互いに同じ大学にいることさえ知らず、四年間すれ違って過ごして卒業する可能性だってあったわけだ。
「おつかれ。今日も汐見が一番乗りのようだな」
棚を整頓しつつ待っていると、東堂くんが挨拶と共に部室のドアを開けた。すぐ後ろに見えたのは、体格のいい一人の男子生徒。ドアを開けてすぐさま視線が通って、驚いて声が漏れそうになった。何せ、その顔には見覚えがあったから。
東堂くんが新入部員を連れてくるなら、何となく今日がその日なんじゃないかと予感していた。GW前に会えればいいなという、私の勝手な希望的予想だった。それは嬉しいことに
当たった……なのに、それなのに。
記憶の中にインプットされたうちの一人でなければ、仮入部か本入部かわからなくとも、新入部員に対してこやかな笑顔を向けていたことだろう。
「紹介しよう。マネージャーの汐見琴音だ。部の創設から手伝って貰ってる」
「汐見です。よ、よろしくお願いします」
東堂くんが私の横に並び、相手に手の平を向けながら紹介してくれたので、思わず頭を下げた。やはり、初対面の時に出る癖なのか、相手が誰であろうと敬語になってしまう。
続けて、目の前のガッシリした体つきの男子生徒に目線と手の平を向け、私に“彼のこと”を紹介してくれた。骨太体型で、服の上からでも筋肉質な体だとわかる。背もゆうに180㎝以上はありそうだ。東堂くんの身長も170以上はあるのに、クライマーはしなやかで細身というせいもあってか、近くで対比すると極端に現れる体格の差に目を見張った。
「今日付けで自転車競技部に本入部となる、田所迅だ」
「同じ一年だ。よろしくな!」
「あ、……はい、よろしくお願いします」
手を差し出され握り返すも、私の小さな手では指が届かず手と手が上手く交わせない。田所くんの大きな手にすっぽり包まれてるみたいな握手になってしまった。
「同じ一年だろ。敬語はいらねーよ。学部はまぁ、お互いに見かけてないし別か?俺は情報工学部。そっちは?」
「えーと…、体育専門学科です」
「敬語はいいっての」
「気にするな。彼女の癖みたいなものだよ。じきに取れる」
思い出したように頷いた東堂くんの言葉に、少しだけ気恥ずかしくなりながら、私は田所くんの手をゆっくり離した。
指が手の甲に触れた感触で分かる。指の腹の皮膚が固く、長年グリップを握ってきた手だ。
ロード経験者どころじゃない。こんな印象的な選手、覚えてるに決まってる。田所くんは去年、箱根学園が惜敗した――総北高校の選手の一人だ。
特に彼は、一日目のグリーンゼッケンを獲って表彰台に上がっていた。一日目の最初のゼッケンは、常勝連覇を狙う箱根学園が獲るものだと確信していたから、リザルトの放送を聞いた瞬間、マネージャーたちと顔を見合わせて唖然としたものだ。後輩の泉田くんの毎日の努力する姿も見て来ただけに、ショックを隠し切れなかった。
不意に、去年の夏の記憶が脳裏に過る。
熱い激闘の三日間、炎天下、声が枯れるまで箱学を応援した。照り付ける太陽に、蜃気楼で揺らぐ地面。汗が飛び散ってもすぐに蒸発するぐらいの熱気の中、全てを出し切って激闘を戦い抜いた選手たちを見守った。目を真っ赤にして、仲間たちと悔し泣きをしたインターハイ最終日からまだ一年も経ってない。胸を締め付ける感覚が鮮明に蘇って、胸がジクリと痛む。
悟られない程度の僅かな違和感だったにも関わらず、東堂くんは私の様子に気付いていた。
「“今日”からは、同じ赤いジャージを着る仲間だ」
無意識に目線が彷徨ってい私の耳に、凛とした声が届いて背筋が伸びた。紹介してもらってる最中に、一瞬でも失礼な間を作ってしまったのはよくないことだ。
「私、高校では箱学の自転車競技部のマネージャーとマッサーをしてました。総北の選手だって気づいて思わず黙ってしまって……あの、変な意味じゃないんですが……」
「なんとなく、俺を見た時の雰囲気でそんな気はしてたからな。気にしてねぇよ」
「……ごめんなさい」
「謝んなって」
「あの、もう一回握手してもらえますか?」
「勿論だ。改めてよろしくな!」
第一印象が良くないと、あとで後悔してしまう。このタイミングでの入部なんて、渡りに船なのに。これから仲間として一丸となって頑張っていく為にも、切り替えなければ。
田所くんの右手を今度はしっかりと両手で包むようにして、再び握手を交わした。すると、しばらくして離そうと力を緩めた私の手を取って、彼はまじまじと観察し始めた。
「小せぇ手。マッサーもやってたなんてすげぇな」
人に手の平を見つめられるなんてそうそうないことなので、変に緊張が走って肩が強張っていくのを感じた。彼自身はスキンシップに慣れているのか、至って普通のテンションだ。私もマッサーをやるようになって人に触ることは慣れていたつもりだけれど、急に触れられて動揺を隠せない。けれど、純粋に感心されている気持ちが伝わって来て、照れくさくなってしまう。頬の紅潮を誤魔化すように出た言葉は、敬語が無自覚に解けていた。
「結構ね、女子にしては力ある方なんだ。特に指圧にはコツがあって――」
ゴホンと東堂くんが咳払いをした拍子に、私と田所くんは近づきすぎていた事に気付いて慌てて後退して距離を取った。色んな回想をしたり気が張っていたりで、東堂くんの目前だったことを不覚にも忘れていた。決して無視していたわけではないけれど、田所くんに気を取られていたのは確かだ。
“田所迅くん”――かつてのライバルは今日からはチームメイトなのだと、握手を以て認識を改めなければ。一番いいタイミングでやって来てくれた、ありがたい新入部員だ。
「もう一人、共に部を創った昔馴染みの糸川修作という男については、後で紹介することにしよう」
「おう、頼んだぜ!……にしても、まさかあの山神東堂と一緒のチームで走ることになるとはな。人生何があるかわかんねーもんだ」
ガハハ!と大きく口を開けて豪快に笑う田所くんに気圧されつつも、入部のキッカケとなった日の事が気になって質問すると、彼は目を瞑り腕を組み、深く溜息をついて語り出した。
「最初はオバケかと思ってよ」
この一言を皮切りに、東堂くんが筑波山での自主練をしていた時に、同じくロードで山を登る田所くんに遭遇したこと詳しく説明してくれた。
「あんな急勾配を音もなく登ってくなんて、人だと思う方が不自然だよな」
「……確かに、私も初めて東堂くんの登り見たとき驚いたなぁ。フォームもすごくキレイで見とれちゃった」
「俺は山神・東堂尽八だからな。目を奪われるのも無理はない」
「ふふっ、そうだね」
「水を差すようで悪ィけど、食堂で他の奴もオバケって言ってたの聞いたぜ」
「オバケにしては美しすぎるだろう。速すぎて見えなかったのか?」
「ガハハハ!大学でも全然変わってねぇな東堂!」
「む、どういう意味だ田所迅」
詰め寄る東堂くんに、気にすんなよ!と、あまりフォローにも言い訳にもなってない台詞で返す田所くん――二人のやりとりが目新しい。
箱学にマネージャーとして入部して以来、思い返してみても彼が他校の生徒と話している様子はこれまでに一度しか見た事がない。とあるヒルクライムレースの完走後、主催のテントからやや離れた場所で、鮮やかな緑色の長い髪の選手に東堂くんは楽しげに話しかけていたのを覚えている。と言っても、遠巻きに見かけただけだし、会話の内容までは聞こえてこなかった。
クライマーが得意とするレースで競い合う仲ならまだしも、田所くんはスプリンター。脚質の違う二人は、インターハイ以外のレースで遭遇することもなかったんだろうな。
私も、田所くんのことを知って行くためにコミュニケーションを図っていこう。もっとマネージャーとして貢献できることがあるはずだ。
出走できる選手が三人揃ったことで、仕切り直し。
再び、筑士波自転車競技部は二度目のスタートラインに立ち、“課外活動団体”の認定というゴールは手の届く範囲まで近づいていた。
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