長編
name change
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
Re:Re:
-9- ※夢主視点
午前の講義が終わって別棟の中央食堂へ向かう途中、ポケットの中のスマホが振動した。手で探って取り出して確認すると、東堂くんからのメッセージだった。
【TS自転車競技部】というトークルーム。修作くんを紹介してもらったタイミングで早々に作られ、現部員三名がそこに参加していた。TSとは、筑士波の略称だ。
『筑波山でロード経験者と遭遇した。部員が揃うかも知れない』――期待が込められた文面に、胸が弾む。何度かメッセージをやりとりしている中で気づいたこと、それは、東堂くんは不確定なことはあまり送って来ない。先を読み、先手を打ち、ほぼ確定できる要素だけを分かりやすく文面にするものだから、この“~知れない”という最後の一文に、彼の希望を感じ取れて微笑ましくなった。
公式の大学レースは選手が三人以上いないと出走できない。加えて、正式な“課外活動団体”ということも条件となる。二つの目標が一度に叶うとなると、気持ちが逸るのも無理はない。
私が返信を打つ前に、修作くんもリアルタイムで確認していたのか、『よかったな!』というスタンプだけ押された。ディフォルメされたクマが道着を着ている、ファンシーなイラストだ。続けて、ニッコリ笑った白猫のスタンプを押して、“入部してくれるといいね!”と、私からも返信をした。
実のところ、夏休み前までに新入部員が見つからなければ、一年の間は公式レースに出れないかもと内心で弱気になっていた。もし今年はダメでも来年には……なんて気休めにもならないことを考えたりして。
――だが、実際はどうだろう。私の心配など余所に、全てが順当に進んでいくように見える。やはり東堂くんは、運や縁を引き寄せる力を持ってるんだなぁと感心せざるを得ない。
その後、部室で会っても東堂くんは筑波山で出会った“彼”の話を切り出す様子はなかった。修作くんが問い詰めても、練習に出ればわかる、と一言返すだけだった。
まぁ確かに、詳しく聞いてしまえばこちらの期待も高まってしまう。万が一、見学だけして入部しないという可能性もあるわけだから、あえて詳細を聞かないほうがいいのかも。新入部員を熱望してる最中に、落胆するのも辛いものがあるわけだし。
ロードバイクのフレームを肩に担ぎ、練習へと向かうため部室を出ていく直前、東堂くんは振り返った。
「汐見。Lサイズのジャージ一式を追加で頼めるか?」
「うん。今からだと届くのは一週間後ぐらいになるけど、大丈夫?」
「構わんよ。もし使うことになるとしても、少し先になるからな」
そう告げて部室を後にした東堂くんと、後に続いて出て行った修作くんを見送ってから、私は壁際に設置されたブックシェルフに腰掛けて、膝の上でノートパソコンを広げた。もともと実家で使っていた自分用の小さなパソコンだが、今のところマネージャー仕事にも役立っている。
Lサイズ、ということは体格が大きな人かな。クライマーだと細身な人が多いイメージだから、クライマー以外の脚質かな……まだ会ったこともないけれど、新たな仲間を想像しながら、発注したサイトを開きログインした。
誰が任されても分かるように、備品含め発注周りをネット経由で頼む場合、あらかじめアカウントやメールは共有できるものにしている。それに、ジャージをデザインしたのは東堂くんだけど、発注の際は私も隣で見ていたので何となくわかる。出来上がったジャージの実物は想像以上に鮮やかで綺麗な赤色で、感動したのは最近のことだ。
部室から窓の外に視線を移せば、すっかり葉桜に置き換わった緑の景色に時間の流れの早さを感じた。地面には僅かばかりの桃色が散って、点々と飾っている。間もなく新緑の季節の本番を迎えようとした。
五月に入ったら、『筑士波大学自転車競技部』のマネージャーとして最後の一ヶ月が始まる。同好会である現在も、部員が三人以上というのは必須。六月になっていきなり退部したりはせず、レースを走れる人数が揃うまでは名前を貸して所属扱いにしてもらうつもりだ。せっかく一から創った自転車競技部を、廃部になんてさせたくないから。だが、バイトが始まれば放課後の時間はそちらに充てることになり、実質のマネ業からは離れることになる。
……わかってたけど、バタバタしてあっという間に四月が終わっていくなぁ。
愛だの恋だの云々よりも、部の創設に携われた充実感で日々満たされてる気もする……と、思い込んでみたところで、患ってしまった病は重く、頭ではわかっているのに心音は今日も正直だった。
練習に向かって行く姿を見送った際、目の前に映る東堂くんの横顔に、反射的に私の胸は高鳴っていた。想いを手放すことと、条件反射でときめくことは矛盾しているけれど、美しいものを目にして高揚しない方が難しい。決して開き直ってるわけじゃない。ただ、マネージャーを務めてる間は、なるべく明るい気持ちでいた方がいいと思ってる。割り切ったほうが仕事にも集中出来るし、メンタル的にも安定するから。
胸中で誰に向けるでもない言い訳をして、私は問い合わせ先のメッセージ欄へとキーボードを打ち始めた。
-9- ※夢主視点
午前の講義が終わって別棟の中央食堂へ向かう途中、ポケットの中のスマホが振動した。手で探って取り出して確認すると、東堂くんからのメッセージだった。
【TS自転車競技部】というトークルーム。修作くんを紹介してもらったタイミングで早々に作られ、現部員三名がそこに参加していた。TSとは、筑士波の略称だ。
『筑波山でロード経験者と遭遇した。部員が揃うかも知れない』――期待が込められた文面に、胸が弾む。何度かメッセージをやりとりしている中で気づいたこと、それは、東堂くんは不確定なことはあまり送って来ない。先を読み、先手を打ち、ほぼ確定できる要素だけを分かりやすく文面にするものだから、この“~知れない”という最後の一文に、彼の希望を感じ取れて微笑ましくなった。
公式の大学レースは選手が三人以上いないと出走できない。加えて、正式な“課外活動団体”ということも条件となる。二つの目標が一度に叶うとなると、気持ちが逸るのも無理はない。
私が返信を打つ前に、修作くんもリアルタイムで確認していたのか、『よかったな!』というスタンプだけ押された。ディフォルメされたクマが道着を着ている、ファンシーなイラストだ。続けて、ニッコリ笑った白猫のスタンプを押して、“入部してくれるといいね!”と、私からも返信をした。
実のところ、夏休み前までに新入部員が見つからなければ、一年の間は公式レースに出れないかもと内心で弱気になっていた。もし今年はダメでも来年には……なんて気休めにもならないことを考えたりして。
――だが、実際はどうだろう。私の心配など余所に、全てが順当に進んでいくように見える。やはり東堂くんは、運や縁を引き寄せる力を持ってるんだなぁと感心せざるを得ない。
その後、部室で会っても東堂くんは筑波山で出会った“彼”の話を切り出す様子はなかった。修作くんが問い詰めても、練習に出ればわかる、と一言返すだけだった。
まぁ確かに、詳しく聞いてしまえばこちらの期待も高まってしまう。万が一、見学だけして入部しないという可能性もあるわけだから、あえて詳細を聞かないほうがいいのかも。新入部員を熱望してる最中に、落胆するのも辛いものがあるわけだし。
ロードバイクのフレームを肩に担ぎ、練習へと向かうため部室を出ていく直前、東堂くんは振り返った。
「汐見。Lサイズのジャージ一式を追加で頼めるか?」
「うん。今からだと届くのは一週間後ぐらいになるけど、大丈夫?」
「構わんよ。もし使うことになるとしても、少し先になるからな」
そう告げて部室を後にした東堂くんと、後に続いて出て行った修作くんを見送ってから、私は壁際に設置されたブックシェルフに腰掛けて、膝の上でノートパソコンを広げた。もともと実家で使っていた自分用の小さなパソコンだが、今のところマネージャー仕事にも役立っている。
Lサイズ、ということは体格が大きな人かな。クライマーだと細身な人が多いイメージだから、クライマー以外の脚質かな……まだ会ったこともないけれど、新たな仲間を想像しながら、発注したサイトを開きログインした。
誰が任されても分かるように、備品含め発注周りをネット経由で頼む場合、あらかじめアカウントやメールは共有できるものにしている。それに、ジャージをデザインしたのは東堂くんだけど、発注の際は私も隣で見ていたので何となくわかる。出来上がったジャージの実物は想像以上に鮮やかで綺麗な赤色で、感動したのは最近のことだ。
部室から窓の外に視線を移せば、すっかり葉桜に置き換わった緑の景色に時間の流れの早さを感じた。地面には僅かばかりの桃色が散って、点々と飾っている。間もなく新緑の季節の本番を迎えようとした。
五月に入ったら、『筑士波大学自転車競技部』のマネージャーとして最後の一ヶ月が始まる。同好会である現在も、部員が三人以上というのは必須。六月になっていきなり退部したりはせず、レースを走れる人数が揃うまでは名前を貸して所属扱いにしてもらうつもりだ。せっかく一から創った自転車競技部を、廃部になんてさせたくないから。だが、バイトが始まれば放課後の時間はそちらに充てることになり、実質のマネ業からは離れることになる。
……わかってたけど、バタバタしてあっという間に四月が終わっていくなぁ。
愛だの恋だの云々よりも、部の創設に携われた充実感で日々満たされてる気もする……と、思い込んでみたところで、患ってしまった病は重く、頭ではわかっているのに心音は今日も正直だった。
練習に向かって行く姿を見送った際、目の前に映る東堂くんの横顔に、反射的に私の胸は高鳴っていた。想いを手放すことと、条件反射でときめくことは矛盾しているけれど、美しいものを目にして高揚しない方が難しい。決して開き直ってるわけじゃない。ただ、マネージャーを務めてる間は、なるべく明るい気持ちでいた方がいいと思ってる。割り切ったほうが仕事にも集中出来るし、メンタル的にも安定するから。
胸中で誰に向けるでもない言い訳をして、私は問い合わせ先のメッセージ欄へとキーボードを打ち始めた。