長編
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さよならの向こう側
-6.二年の春-
再び桜の季節が訪れた。
図書室に吹き込むあたたかな春風、桜の香りが心地よい。窓際の特等席に座って、キリのいいところまで読み終えた本に押し花の栞を挟み、私は窓の外を眺めた。去年の今頃も同じ事をしていたなぁと、相変わらずな自分が可笑しくて口元が緩む。
入学式の後にこっそりと図書室に忍び込み、本を読んでいる間にうたた寝してしまった。その時に本に挟んであったのが、“桜の花びら”と“淡い桃色の押し花の栞”。わざわざ親切に挟んであったのだが、一体、誰が挟んだものなのか見当もつかない。返すにも返しようがないので、そのまま使わせてもらって、すっかりお気に入りの私物と化していた。
また、ここから新しい一年がはじまる。 勉強も部活も遊びも、学生生活を過ごしていく中で、今年は何冊読めるだろうか。今年も良い本に出逢えるといいな。何冊か読み返したいお気に入りの本もある。出会う本は様々でも、去年一年間、この栞は常に本から本へと移動して、私が読み終える度にお引っ越ししてるみたいだった。これからも大事に使っていくつもりだ。
遠くで聞こえる新入生のザワザワとした賑やかな声。部活に勧誘するために門の前に大勢いる二、三年生の声。去年も聞き覚えのあるそれは、来年もきっと、ここで聞けたらいいなと思う。
一年なんてあっという間だ。時の流れの速さに寂しさを覚えるけれど、思い返せば充実した毎日だったと思う。
――去年は静かな図書室に私一人だけだったけれど、今年は違う。
廊下から足音が近づいて来た時に、頭に思い浮かべた人物がやって来たので自然と気持ちが高揚する。綺麗な水色の髪、深い青色の瞳、白い肌。中性的な顔立ちは時折凛々しく、見入ってしまう程。
「やっぱりここに居たんですね、汐見さん」
彼が柔らかく笑う度、愛おしさが募っていく。
バスケスタイルに反映するため、出来るだけ普段から感情を表に出さないようにと気を付けている黒子くんも、近くにいればその微妙な表情の変化がよく分かる。声色も感情が入ると微妙に変わる。
私の向かいの席に座って、黒子くんも何冊か本を持ってきていたけれど、すぐに本を開くことはしない。
本も読みたいけれど、せっかく二人きりなのだから話をしないと勿体ない気がしたら。嬉しいことに彼も同じ事を考えていたみたいだ。今日は入学式だから、二年生は登校する必要もなかったのだが、部活の勧誘の手伝いをと思って来てみたら人手は足りていたようで、二人とも持て余した時間に図書室に訪れた……というワケだ。示し合わせたようにここが待ち合わせ場所になったのは、単なる偶然だろうか。何であれ、黒子くんとゆっくり過ごせる事が嬉しい。
「今日から僕たちも二年生ですね」
「うん。あっと言う間だね」
ぽつりぽつりと話し始める他愛のない会話が、とても幸せに感じる。好きな人と顔を合わせて話せるだけで、心に火が灯ったみたいにあたたかくなる。
黒子くんは一軍、私は三軍のマネージャーだから、部活ではほとんど顔を合わせることはないし、二年になってからはクラスも別々になってしまったので、この場所が唯一の黒子くんと過ごせる時間だ。春休み中、学校から二年のクラス案内が届いた時、黒子くんに思い切ってメールで聞いてみたら、自分とは別のクラスが返信に書かれていた時はショックで項垂れてしまった。
万が一人が来ても、窓際の席なので小さな声で喋っていればさして気に留める人もいないだろう。春休み中の練習のこと、読んだ本のこと、休日に家族で遠出した時の話など――何ひつ珍しい話題などないのに、話していても聞いていても心が躍ってしまうのは、私が黒子くんの事を好きだからだろう。
去年の夏に芽生えた恋は、まだ胸の内に秘めたまま育ち続けていた。『好き』って気持ちが先行して、『付き合いたい』とか『告白してみよう』とか、具体的な事は望んだりしていない。黒子くんも今は一軍の練習で忙しそうだし、今はまだ、こうして同じ時間を共有するだけでも充分だから。
窓から吹き込んだ風に乗って、黒子くんの髪に一枚の桜の花びらが飛んできた。思わず手を伸ばして取ってあげようとしたけれど、止めた。髪に花びらをくっつけたままの黒子くんが可愛らしくて、クスッと笑うと、彼は不思議そうなこちらを見つめていた。
「色の組み合わせがすごくキレイ」
水色の髪と、桃色の花びら。一枚だけじゃなくて、たくさん花びらが降り注げばもっと綺麗なのに。
「取ってくれないんですか?」
「うーん、可愛いからそのままにしておこうよ」
「かわいい、ですか…?…じゃあ、」
本の上に乗っかっていた一枚の花びらを指先でつまむと、黒子くんは手を伸ばして私の前髪にくっつけてきた。
「これでお揃いですね」
口角を上げて目を細め、こちらをジッと見つめながら、囁くような声で告げて黒子くんは微笑んだ。ナチュラルに、こういうことをやってしまうから参ってしまう。遠回しに『かわいい』って言ってるみたいじゃないか。そうじゃないとしても、私は都合いいように解釈して思い上がってしまう。
顔の火照りを誤魔化すように笑って頷き、ほのぼのとした空気が二人の間で流れる中―― あまりにも唐突に空気が変わった。
トーンの低い、ゴホンッという咳払いがひとつ。
「……黒子」
「「っ……!!!」」
窓際の席から少し離れたところに立っていたのは、去年の春に一軍入りしていた緑間くんだった。驚きのあまり、二人共声も出せない程にビックリしてしまった。
しかし、何用で緑間くんがこの場所にいるんだろう。恐らく、咳払いはわざと自分がここにいるぞと伝えるため。……ということは、やはり図書室に来てからすぐ黒子くんに話しかけたわけじゃなく、私たちのやりとりが一段落するまで待っていたということだろう。
(うわ、は、恥ずかしい……)
顔を覆いたくなったが何とか我慢して、私は視線も合わせられず俯いた。
「赤司が探していたのだよ。見つけたら部室に来るようにと伝言を頼まれた。黒子が図書委員というのは知っていたからな。しかし、ここに居るかと思って来てみれば――……」
何か言いたそうにしていたが、その後に続く台詞はなく、緑間くんはそのまま黙って去っていった。言わんとしていることは予想がついただけに、口を噤んでもらえて助かった。もし、黒子くんからよく話を聞く“青峰くん”に目撃されていたなら、確実にからかわれていただろう。
再び二人だけになった図書室の中、気恥ずかしい空気がじわじわと滲み出す。わずかな沈黙の後、先に切り出したのは黒子くんの方だった。
「人から驚かれる事はあっても、僕が驚く事なんてそうそう無いんですが…。緑間くん、いつから居たんでしょうか。全く気が付きませんでした。いつもなら気づくはずなんですが――」
再び私に伸びてくる黒子くんの手。指先が私の髪に触れ、くっついている桜の花びらを取ってくれた。反射的に目を閉じて、彼の指先の気配がなくなってから再び目を開くと、穏やかな黒子くんの微笑みが映る。さっきとは違う、眉をひそめて照れている様子だ。
「別の事に気を取られすぎましたね」
一言だけ呟いて、黒子くんは椅子から立ち上がって小さく会釈してから図書室を後にした。
何とか平静を装って後ろ姿に手を振るも、彼の姿が見えなくなった途端、体中の血液が沸騰したみたいに熱くなる。彼が紡ぐ言葉のひとつひとつが心臓に突き刺さって抜けない、甘い棘みたいだ。
普段なら気づく事も気づかない程に気を取られていたなんて、その『別の事』っていうのは、私の事だと、思うんだけど――理解したところで、どうしたらいいかわからなくなる。
一年前、同じクラスになって、同じ委員会になって、よろしくと挨拶をした彼が、今ではこんなに心が近い距離にいる。
私は黒子くんが去った図書室で一人、火照った頬を春風にあてながら、落ちつくまで桜を眺めていた。
□ □ □
それから間もなく、黒子くんは背番号15番として正式にベンチ入りすることになった。それが決定した日、黒子くんはわざわざメールで連絡してきてくれた。自分事のように嬉しいと、返信をしたけれど、今度、本人に会った時にも直接改めておめでとう!ってお祝いしないと。
春からまた新入部員がたくさん入部して来たが、その分、練習についてこれず辞めていった者も多かった。増えたり減ったりは毎年のことのようだ。
目立つニュースと言えば、校内でもイケメンで有名な現役モデルの黄瀬くんが、入部二週間で一軍入りしたり、もともと一軍で活躍していた灰崎くんが辞めたりと、そんなところだ。
五月になってから、私の担当は三軍のマネージャーから二軍のマネージャーへと変わったものの、仕事内容としてはそこまで変わりはない。後輩へのレクチャーが追加されたぐらいだ。
帝光中は過去最強のメンバーで固められ、地区予選全ての試合を圧勝。危なげなく全中出場を決めた。
再び、全中連覇に向けて熱い夏がはじまり、黒子くんも一軍の六人目として出場する。応援により力が入るし、試合で活躍を観れるのが楽しみだ。こんなに夏が待ち遠しいのは、初めてだった。
-6.二年の春-
再び桜の季節が訪れた。
図書室に吹き込むあたたかな春風、桜の香りが心地よい。窓際の特等席に座って、キリのいいところまで読み終えた本に押し花の栞を挟み、私は窓の外を眺めた。去年の今頃も同じ事をしていたなぁと、相変わらずな自分が可笑しくて口元が緩む。
入学式の後にこっそりと図書室に忍び込み、本を読んでいる間にうたた寝してしまった。その時に本に挟んであったのが、“桜の花びら”と“淡い桃色の押し花の栞”。わざわざ親切に挟んであったのだが、一体、誰が挟んだものなのか見当もつかない。返すにも返しようがないので、そのまま使わせてもらって、すっかりお気に入りの私物と化していた。
また、ここから新しい一年がはじまる。 勉強も部活も遊びも、学生生活を過ごしていく中で、今年は何冊読めるだろうか。今年も良い本に出逢えるといいな。何冊か読み返したいお気に入りの本もある。出会う本は様々でも、去年一年間、この栞は常に本から本へと移動して、私が読み終える度にお引っ越ししてるみたいだった。これからも大事に使っていくつもりだ。
遠くで聞こえる新入生のザワザワとした賑やかな声。部活に勧誘するために門の前に大勢いる二、三年生の声。去年も聞き覚えのあるそれは、来年もきっと、ここで聞けたらいいなと思う。
一年なんてあっという間だ。時の流れの速さに寂しさを覚えるけれど、思い返せば充実した毎日だったと思う。
――去年は静かな図書室に私一人だけだったけれど、今年は違う。
廊下から足音が近づいて来た時に、頭に思い浮かべた人物がやって来たので自然と気持ちが高揚する。綺麗な水色の髪、深い青色の瞳、白い肌。中性的な顔立ちは時折凛々しく、見入ってしまう程。
「やっぱりここに居たんですね、汐見さん」
彼が柔らかく笑う度、愛おしさが募っていく。
バスケスタイルに反映するため、出来るだけ普段から感情を表に出さないようにと気を付けている黒子くんも、近くにいればその微妙な表情の変化がよく分かる。声色も感情が入ると微妙に変わる。
私の向かいの席に座って、黒子くんも何冊か本を持ってきていたけれど、すぐに本を開くことはしない。
本も読みたいけれど、せっかく二人きりなのだから話をしないと勿体ない気がしたら。嬉しいことに彼も同じ事を考えていたみたいだ。今日は入学式だから、二年生は登校する必要もなかったのだが、部活の勧誘の手伝いをと思って来てみたら人手は足りていたようで、二人とも持て余した時間に図書室に訪れた……というワケだ。示し合わせたようにここが待ち合わせ場所になったのは、単なる偶然だろうか。何であれ、黒子くんとゆっくり過ごせる事が嬉しい。
「今日から僕たちも二年生ですね」
「うん。あっと言う間だね」
ぽつりぽつりと話し始める他愛のない会話が、とても幸せに感じる。好きな人と顔を合わせて話せるだけで、心に火が灯ったみたいにあたたかくなる。
黒子くんは一軍、私は三軍のマネージャーだから、部活ではほとんど顔を合わせることはないし、二年になってからはクラスも別々になってしまったので、この場所が唯一の黒子くんと過ごせる時間だ。春休み中、学校から二年のクラス案内が届いた時、黒子くんに思い切ってメールで聞いてみたら、自分とは別のクラスが返信に書かれていた時はショックで項垂れてしまった。
万が一人が来ても、窓際の席なので小さな声で喋っていればさして気に留める人もいないだろう。春休み中の練習のこと、読んだ本のこと、休日に家族で遠出した時の話など――何ひつ珍しい話題などないのに、話していても聞いていても心が躍ってしまうのは、私が黒子くんの事を好きだからだろう。
去年の夏に芽生えた恋は、まだ胸の内に秘めたまま育ち続けていた。『好き』って気持ちが先行して、『付き合いたい』とか『告白してみよう』とか、具体的な事は望んだりしていない。黒子くんも今は一軍の練習で忙しそうだし、今はまだ、こうして同じ時間を共有するだけでも充分だから。
窓から吹き込んだ風に乗って、黒子くんの髪に一枚の桜の花びらが飛んできた。思わず手を伸ばして取ってあげようとしたけれど、止めた。髪に花びらをくっつけたままの黒子くんが可愛らしくて、クスッと笑うと、彼は不思議そうなこちらを見つめていた。
「色の組み合わせがすごくキレイ」
水色の髪と、桃色の花びら。一枚だけじゃなくて、たくさん花びらが降り注げばもっと綺麗なのに。
「取ってくれないんですか?」
「うーん、可愛いからそのままにしておこうよ」
「かわいい、ですか…?…じゃあ、」
本の上に乗っかっていた一枚の花びらを指先でつまむと、黒子くんは手を伸ばして私の前髪にくっつけてきた。
「これでお揃いですね」
口角を上げて目を細め、こちらをジッと見つめながら、囁くような声で告げて黒子くんは微笑んだ。ナチュラルに、こういうことをやってしまうから参ってしまう。遠回しに『かわいい』って言ってるみたいじゃないか。そうじゃないとしても、私は都合いいように解釈して思い上がってしまう。
顔の火照りを誤魔化すように笑って頷き、ほのぼのとした空気が二人の間で流れる中―― あまりにも唐突に空気が変わった。
トーンの低い、ゴホンッという咳払いがひとつ。
「……黒子」
「「っ……!!!」」
窓際の席から少し離れたところに立っていたのは、去年の春に一軍入りしていた緑間くんだった。驚きのあまり、二人共声も出せない程にビックリしてしまった。
しかし、何用で緑間くんがこの場所にいるんだろう。恐らく、咳払いはわざと自分がここにいるぞと伝えるため。……ということは、やはり図書室に来てからすぐ黒子くんに話しかけたわけじゃなく、私たちのやりとりが一段落するまで待っていたということだろう。
(うわ、は、恥ずかしい……)
顔を覆いたくなったが何とか我慢して、私は視線も合わせられず俯いた。
「赤司が探していたのだよ。見つけたら部室に来るようにと伝言を頼まれた。黒子が図書委員というのは知っていたからな。しかし、ここに居るかと思って来てみれば――……」
何か言いたそうにしていたが、その後に続く台詞はなく、緑間くんはそのまま黙って去っていった。言わんとしていることは予想がついただけに、口を噤んでもらえて助かった。もし、黒子くんからよく話を聞く“青峰くん”に目撃されていたなら、確実にからかわれていただろう。
再び二人だけになった図書室の中、気恥ずかしい空気がじわじわと滲み出す。わずかな沈黙の後、先に切り出したのは黒子くんの方だった。
「人から驚かれる事はあっても、僕が驚く事なんてそうそう無いんですが…。緑間くん、いつから居たんでしょうか。全く気が付きませんでした。いつもなら気づくはずなんですが――」
再び私に伸びてくる黒子くんの手。指先が私の髪に触れ、くっついている桜の花びらを取ってくれた。反射的に目を閉じて、彼の指先の気配がなくなってから再び目を開くと、穏やかな黒子くんの微笑みが映る。さっきとは違う、眉をひそめて照れている様子だ。
「別の事に気を取られすぎましたね」
一言だけ呟いて、黒子くんは椅子から立ち上がって小さく会釈してから図書室を後にした。
何とか平静を装って後ろ姿に手を振るも、彼の姿が見えなくなった途端、体中の血液が沸騰したみたいに熱くなる。彼が紡ぐ言葉のひとつひとつが心臓に突き刺さって抜けない、甘い棘みたいだ。
普段なら気づく事も気づかない程に気を取られていたなんて、その『別の事』っていうのは、私の事だと、思うんだけど――理解したところで、どうしたらいいかわからなくなる。
一年前、同じクラスになって、同じ委員会になって、よろしくと挨拶をした彼が、今ではこんなに心が近い距離にいる。
私は黒子くんが去った図書室で一人、火照った頬を春風にあてながら、落ちつくまで桜を眺めていた。
□ □ □
それから間もなく、黒子くんは背番号15番として正式にベンチ入りすることになった。それが決定した日、黒子くんはわざわざメールで連絡してきてくれた。自分事のように嬉しいと、返信をしたけれど、今度、本人に会った時にも直接改めておめでとう!ってお祝いしないと。
春からまた新入部員がたくさん入部して来たが、その分、練習についてこれず辞めていった者も多かった。増えたり減ったりは毎年のことのようだ。
目立つニュースと言えば、校内でもイケメンで有名な現役モデルの黄瀬くんが、入部二週間で一軍入りしたり、もともと一軍で活躍していた灰崎くんが辞めたりと、そんなところだ。
五月になってから、私の担当は三軍のマネージャーから二軍のマネージャーへと変わったものの、仕事内容としてはそこまで変わりはない。後輩へのレクチャーが追加されたぐらいだ。
帝光中は過去最強のメンバーで固められ、地区予選全ての試合を圧勝。危なげなく全中出場を決めた。
再び、全中連覇に向けて熱い夏がはじまり、黒子くんも一軍の六人目として出場する。応援により力が入るし、試合で活躍を観れるのが楽しみだ。こんなに夏が待ち遠しいのは、初めてだった。
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