長編
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さよならの向こう側
-4.一年の秋-
夜、眠る前の一時間を読書タイムにしてたのに、ここのところ読むスピードが落ちている。季節は“読書の秋!”…ってことで、今月は図書委員でも『読書推進月間』として新刊や図書委員お勧めの文庫を入荷したりしている最中だけれど、その肝心な図書委員の一人である私が、本好きな私が、しっかり読めてないだなんて。
今日だって数ページだけしか進んでない。例の押し花の栞をページに挟んで、ため息をついた。
どうしてこんな現象が起きているのか、自分では分かってる。恋愛小説を読んでいる時のドキドキとは違う、リアルな鼓動。黒子くんが好きだと自覚してしまった夏合宿の日から、自分の様子がおかしい。本を読むのにも集中出来ないぐらい、気が付けば黒子くんのことばかり考えている。
しかしながら、私が黒子くんを好きになったのは考えてみればごく自然な流れだったと思う。同じクラスで、同じ委員会で、同じ部活で――近くで見てきたから、好きにならないはずがない。それに、彼も本が好きなので共通の話題も多く、会話も楽しい。“好きになる”…という、予感も、予想もしていたところで、ドキドキしないワケじゃない。 私は相変わらず黒子くんと関わる機会も多く話したりもするけれど、その度に心臓の高鳴りで落ち着かない。様子が変だと気づかれやしないか心配になっていた。今のところ、何か言われたりはしていないけれど。できるだけ普段通りに振る舞うように気を付けないと。
でも、ちょっとぐらいは好意を表に出しても罰は当たらないかなと思いつつ、高揚する感情は自分では止めようもなく、日に日に加速していった。
・・・
・・・・・
・・・・・・
「――そういえば、先週発売した新刊はもう読みましたか?」
委員会の仕事中に黒子くんから切り出した話は、私達の間では定番となった本の話題だった。黒子くんも私も、お互いに好きな作家の名前をすっかり覚えてしまった。
「まだ冒頭しか読めてないんだよね。黒子くんは?シリーズの続編も最近出てたよね?」
「実は僕もまだ数ページしか…最近はなかなか時間がとれなくて…」
そうなんだ、と相槌を打ちつつも、私はその理由を知っていた。
黒子くんは夏期昇格テストの後ぐらいから、全体練習後に別の体育館で個人練習をしてるようだった。通常の練習だけでもハードなのに、さらにその後に残って練習だなんて。
以前は、本人も苦笑しながら「情けない話なんですが、ハードな練習に何度も吐きました」と話していたのに、今では残って自主練もこなしてるなんて、すごいことだ。
入部間もなく辞めていった者も、春から夏にかけて辞めていった者も、合宿後に辞めていった者もいる。そんな中で、黒子くんは諦めずに頑張って体力をつけたのだろう。三軍専属のマネージャーとして、近くで見守っていたから分かる。どんなに辛くても、彼は決して練習を休んだり怠けたりしない、根気強い性格なんだ。
「毎日一人で残って練習してるって聞いたけど、あまり無理しないでね」
「はい。でも、最近はもう一人…青峰くんも居るので、練習も前より楽しいですよ」
嬉しそうに話す黒子くんの頭の中には、その練習風景が浮かんでいるのだろうか。彼の口角が少しだけ上がった。
“青峰くん”――は、帝光バスケ部なら皆知っている名前だ。
今年は異例の年らしく、春から一軍入りしている一年が五名も居たのだ。彼らは帝光至上最強のスタメンになるのではと、既に監督や部員達も感じていた。実力主義の帝光バスケ部では、例え一年だろうと強い者はすぐにでも一軍に上げ、レギュラー入りし、スタメンになることを禁じられていない。結果が全ての完全実力主義の世界だ。その一年生の一人が、青峰くんだった。
黒子くんは自主練で使用している体育館で青峰くんに出会い、仲良くなったらしい。
ここ数日は特に遅くまで、彼は残って練習しているはずだと直感していた。まぁ、少し考えてみれば分かること――秋季昇格テストが近いからだ。
帝光バスケ部では、季節に一度だけ昇格テストを行っている。そのテストで改めて部員一人一人の実力を監督やコーチがチェックするのだ。昇格もあれば、降格もある。
「昇格テスト、そろそろだよね」
「緊張してきました…」
「あんなに頑張ってるんだもん。大丈夫、頑張って!」
「汐見さんからの励まし、嬉しいです。合宿前も応援してくれましたよね」
素直に喜んでくれる黒子くんに、胸が詰まる。夏のこともちゃんと覚えてくれてた。嬉しさが込みあげて取り乱す前に、一呼吸置いてから、私はポケットから“ある物”を取り出して彼に渡した。
「…あの、言葉だけじゃちょっと説得力ないかなって思って。これ、よかったら」
小さな黒い小袋に入ったものを取り出し、深い青色の丸い石が飾られたストラップを黒子くんの手の平に乗せた。まじまじと見つめながら彼は首を傾げている。
「これは…?」
「ソーダライトって呼ばれてるパワーストーンだよ。『新しい道が切り開ける力』があるみたいなんだ。雑貨屋でたまたま見つけたんだけど…ちょっと胡散臭い?」
友達と遠出した時にたまたま見つけて買ってきた、ちょっとしたお土産みたいなものだった。会話の流れで自然に渡せればよかったのだが、やはり意識してかしこまってしまった。パワーストーンの効果とやらを過信しているわけじゃない。気休めに過ぎないけれど、とにかく、黒子くんの為に何かしたかった…のだと思う。
「胡散臭くなんてないですよ。本当に僕が貰ってもいいんですか?」
「勿論だよ」
声に違和感はなかっただろうか。大丈夫だったかな。もし、彼の質問に真意があるとすれば、少しでも間をおいたのなら私の気持ちは悟られていたことだろう。そんな形で思いを知られてしまうのは本意ではなく、気持ちを伝えるにはまだ先でいい。勇気が足りない。それに、今はきっと昇格テストに集中したい彼の邪魔をしたくないから。
「ありがとうございます。大事にします」
頷く私を見て、黒子くんは律儀にもう一度お礼を告げた。半ば押し付けたようなものなのに、恐縮してしまう。“ありがとう”は、私の方が言いたいぐらいだ。黒子くんは手の平に乗せたストラップを優しく握ると、目を細めて口元を緩ませた。
彼は誰にでも分け隔てなく優しい人なんだ。私の中で黒子くんは“特別”でも、彼にとって私は“特別”ではない。わかってるのに体温が上がる。らしくもなく一喜一憂し、黒子くんの一言一句にこそばゆくなる。
□ □ □
それから二週間後に秋季昇格テストが行われた。
事前準備はマネージャーも手伝い、部員達が見守る中で始まる。一軍、二軍、三軍もそれぞれ別々の体育館で行われるテストなので、その日は部活開始時から緊張感で空気がピリついていた。 皆、昇格したくてこの日に向けて努力してきているのだ。試合に出たいのは誰もが同じだった。それは日々、部員らの練習を間近で見ている私達マネージャーも痛感している。三軍だって、一軍や二軍に負けないぐらいの練習量を日々こなしている。
部員の中に意中の人がいるマネージャーは、心の中で強く応援していることだろう。私もその内の一人だ。
黒子くん、頑張って――、気持ちが伝わるように強く強く願った。
――だが、その願いは届くことはなかった。
パワーストーンなんて、気休め以下のものにしかならなかった。
事実を受け入れるにも辛く、顧問が黒子くんに下した評価は想像以上に受け入れ難いほどに過酷なものだった。
黒子くんの結果は、下から五名以内。これは、伸びしろなしと判断され顧問に直接退部勧められられてしまう範囲だ。ショックなことに、黒子くんの名前はその中にあった。
-4.一年の秋-
夜、眠る前の一時間を読書タイムにしてたのに、ここのところ読むスピードが落ちている。季節は“読書の秋!”…ってことで、今月は図書委員でも『読書推進月間』として新刊や図書委員お勧めの文庫を入荷したりしている最中だけれど、その肝心な図書委員の一人である私が、本好きな私が、しっかり読めてないだなんて。
今日だって数ページだけしか進んでない。例の押し花の栞をページに挟んで、ため息をついた。
どうしてこんな現象が起きているのか、自分では分かってる。恋愛小説を読んでいる時のドキドキとは違う、リアルな鼓動。黒子くんが好きだと自覚してしまった夏合宿の日から、自分の様子がおかしい。本を読むのにも集中出来ないぐらい、気が付けば黒子くんのことばかり考えている。
しかしながら、私が黒子くんを好きになったのは考えてみればごく自然な流れだったと思う。同じクラスで、同じ委員会で、同じ部活で――近くで見てきたから、好きにならないはずがない。それに、彼も本が好きなので共通の話題も多く、会話も楽しい。“好きになる”…という、予感も、予想もしていたところで、ドキドキしないワケじゃない。 私は相変わらず黒子くんと関わる機会も多く話したりもするけれど、その度に心臓の高鳴りで落ち着かない。様子が変だと気づかれやしないか心配になっていた。今のところ、何か言われたりはしていないけれど。できるだけ普段通りに振る舞うように気を付けないと。
でも、ちょっとぐらいは好意を表に出しても罰は当たらないかなと思いつつ、高揚する感情は自分では止めようもなく、日に日に加速していった。
・・・
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「――そういえば、先週発売した新刊はもう読みましたか?」
委員会の仕事中に黒子くんから切り出した話は、私達の間では定番となった本の話題だった。黒子くんも私も、お互いに好きな作家の名前をすっかり覚えてしまった。
「まだ冒頭しか読めてないんだよね。黒子くんは?シリーズの続編も最近出てたよね?」
「実は僕もまだ数ページしか…最近はなかなか時間がとれなくて…」
そうなんだ、と相槌を打ちつつも、私はその理由を知っていた。
黒子くんは夏期昇格テストの後ぐらいから、全体練習後に別の体育館で個人練習をしてるようだった。通常の練習だけでもハードなのに、さらにその後に残って練習だなんて。
以前は、本人も苦笑しながら「情けない話なんですが、ハードな練習に何度も吐きました」と話していたのに、今では残って自主練もこなしてるなんて、すごいことだ。
入部間もなく辞めていった者も、春から夏にかけて辞めていった者も、合宿後に辞めていった者もいる。そんな中で、黒子くんは諦めずに頑張って体力をつけたのだろう。三軍専属のマネージャーとして、近くで見守っていたから分かる。どんなに辛くても、彼は決して練習を休んだり怠けたりしない、根気強い性格なんだ。
「毎日一人で残って練習してるって聞いたけど、あまり無理しないでね」
「はい。でも、最近はもう一人…青峰くんも居るので、練習も前より楽しいですよ」
嬉しそうに話す黒子くんの頭の中には、その練習風景が浮かんでいるのだろうか。彼の口角が少しだけ上がった。
“青峰くん”――は、帝光バスケ部なら皆知っている名前だ。
今年は異例の年らしく、春から一軍入りしている一年が五名も居たのだ。彼らは帝光至上最強のスタメンになるのではと、既に監督や部員達も感じていた。実力主義の帝光バスケ部では、例え一年だろうと強い者はすぐにでも一軍に上げ、レギュラー入りし、スタメンになることを禁じられていない。結果が全ての完全実力主義の世界だ。その一年生の一人が、青峰くんだった。
黒子くんは自主練で使用している体育館で青峰くんに出会い、仲良くなったらしい。
ここ数日は特に遅くまで、彼は残って練習しているはずだと直感していた。まぁ、少し考えてみれば分かること――秋季昇格テストが近いからだ。
帝光バスケ部では、季節に一度だけ昇格テストを行っている。そのテストで改めて部員一人一人の実力を監督やコーチがチェックするのだ。昇格もあれば、降格もある。
「昇格テスト、そろそろだよね」
「緊張してきました…」
「あんなに頑張ってるんだもん。大丈夫、頑張って!」
「汐見さんからの励まし、嬉しいです。合宿前も応援してくれましたよね」
素直に喜んでくれる黒子くんに、胸が詰まる。夏のこともちゃんと覚えてくれてた。嬉しさが込みあげて取り乱す前に、一呼吸置いてから、私はポケットから“ある物”を取り出して彼に渡した。
「…あの、言葉だけじゃちょっと説得力ないかなって思って。これ、よかったら」
小さな黒い小袋に入ったものを取り出し、深い青色の丸い石が飾られたストラップを黒子くんの手の平に乗せた。まじまじと見つめながら彼は首を傾げている。
「これは…?」
「ソーダライトって呼ばれてるパワーストーンだよ。『新しい道が切り開ける力』があるみたいなんだ。雑貨屋でたまたま見つけたんだけど…ちょっと胡散臭い?」
友達と遠出した時にたまたま見つけて買ってきた、ちょっとしたお土産みたいなものだった。会話の流れで自然に渡せればよかったのだが、やはり意識してかしこまってしまった。パワーストーンの効果とやらを過信しているわけじゃない。気休めに過ぎないけれど、とにかく、黒子くんの為に何かしたかった…のだと思う。
「胡散臭くなんてないですよ。本当に僕が貰ってもいいんですか?」
「勿論だよ」
声に違和感はなかっただろうか。大丈夫だったかな。もし、彼の質問に真意があるとすれば、少しでも間をおいたのなら私の気持ちは悟られていたことだろう。そんな形で思いを知られてしまうのは本意ではなく、気持ちを伝えるにはまだ先でいい。勇気が足りない。それに、今はきっと昇格テストに集中したい彼の邪魔をしたくないから。
「ありがとうございます。大事にします」
頷く私を見て、黒子くんは律儀にもう一度お礼を告げた。半ば押し付けたようなものなのに、恐縮してしまう。“ありがとう”は、私の方が言いたいぐらいだ。黒子くんは手の平に乗せたストラップを優しく握ると、目を細めて口元を緩ませた。
彼は誰にでも分け隔てなく優しい人なんだ。私の中で黒子くんは“特別”でも、彼にとって私は“特別”ではない。わかってるのに体温が上がる。らしくもなく一喜一憂し、黒子くんの一言一句にこそばゆくなる。
□ □ □
それから二週間後に秋季昇格テストが行われた。
事前準備はマネージャーも手伝い、部員達が見守る中で始まる。一軍、二軍、三軍もそれぞれ別々の体育館で行われるテストなので、その日は部活開始時から緊張感で空気がピリついていた。 皆、昇格したくてこの日に向けて努力してきているのだ。試合に出たいのは誰もが同じだった。それは日々、部員らの練習を間近で見ている私達マネージャーも痛感している。三軍だって、一軍や二軍に負けないぐらいの練習量を日々こなしている。
部員の中に意中の人がいるマネージャーは、心の中で強く応援していることだろう。私もその内の一人だ。
黒子くん、頑張って――、気持ちが伝わるように強く強く願った。
――だが、その願いは届くことはなかった。
パワーストーンなんて、気休め以下のものにしかならなかった。
事実を受け入れるにも辛く、顧問が黒子くんに下した評価は想像以上に受け入れ難いほどに過酷なものだった。
黒子くんの結果は、下から五名以内。これは、伸びしろなしと判断され顧問に直接退部勧められられてしまう範囲だ。ショックなことに、黒子くんの名前はその中にあった。