長編
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さよならの向こう側
-1.入学式-
四月、春とは思えない程に澄んだ青い空の日――今日は帝光中学の入学式。
マンモス校というだけあって新入生も大勢いる上、正門には新入部員の勧誘で先輩達もチラシを片手に集まっていた。押し付けられるまま苦笑いで受け取るが、たくさんありすぎて迷ってしまう。声をかけられたけれど、これから入学式もあるので止まることなく私は足早に体育館に向かった。あれでも控えめな勧誘だったんだろうな。入学式後、体育館から新入生が出て来てからが本番なんだろうなぁ。
椅子がズラリと並べられた体育館には既にもう何人も座っていた。私も前の方へ進み空いている椅子に座りふうと一息つく。
壇上手前の場所に春のあたたかな日差しが、大きな窓越しに差し込んでいる。眠気を誘う柔らかな光。理事長の話を聞いている最中にうとうとしないか心配だ。何せ、夕べは緊張であまり眠れなかったから。
中学校は家から通える範囲であれば特にこだわりはなかった。
都内に中学校はたくさんあったし、私が卒業した小学校でもみんな進学先は結構バラけていた。公立の中学でもよかったのだが、たまたまた親が勧めてきた学校がこの帝光中だった。
『設備もよく整っているみたいだし、いいんじゃないか』と、勧められるがままにその一言であっさり決めてしまった。秋頃に見学に行った事をよく覚えている。
マンモス校で設備が整っているということは、“図書室”も例外ではなかった。小学校の図書室とは比べものにならないほど広く、本の種類も充実しているのを目の当たりにした時、帝光中に通いたいと強く思った。この学校を勧めてくれた親に感謝だ。これから三年間を過ごす場所をそんな安易な理由で決めてしまっていいものかと問われると、わからない。ただ、自分の好きなものがある場所でなら楽しみもあるし、頑張れる気がした。
――新しくはじまる生活がとても楽しみだった。
入学式が終わると、あらかじめ郵送で知らされていた自分のクラスへ向かった。決められた席に座り担任の挨拶を聞き、その日は終了となった。来週から本格的に授業がスタートする。
ホームルームで担任から配られたパンフレットには部活や委員会、校内設備についての案内も書かれていた。マンモス校ってすごい。こういう案内だけでもちゃんとしたパンフレットが用意されているし、わざわざ教科書を買いにいかなくても、学校と提携している指定の業者から一式自宅に送ってもらうように事前に手配できるなんて。
クラスのメンバーのほとんどが他校から来てる中、小学校からの友達と偶然同じクラスになれた事はラッキーだった。とりあえずこの一年は、同じグループで過ごしそうな予感がした。
「知らない人ばっかりで緊張するね」
「みんないい人達だといいね。それより私は勉強についていけるか心配…」
「琴音ちゃんなら大丈夫でしょ。本好きだし」
「国語以外はダメかも…」
ホームルームが終わると、友達と少し雑談を交わして過ごした。すぐ帰る人もいれば、初日からコミュニケーションを取ろうと積極的に話しかけてる人や、私と同じく小学校の同級生と喋ってる人もいる。委員会には入る?部活はどうする?……と、話題が尽きないので、私はキリのいいところで先に教室を後にした。じゃあね、別れを告げつつも――帰るわけじゃない。
行きたい場所に、これから一人で行こうとしているからだ。
入学式なので、在校生の授業もお休みのようだ。いるのは正門で新入生を勧誘している先輩達だけ。
階段を上って廊下を歩いていてもひと気はなく、とても静かだ。こんなに明るいうちからまるで学校に忍び込んでいるような気分になる。誰も見てないというのに、足音を立てずに何となく、すり足で歩いてしまった。
去年の秋、見学に来た際に訪れた図書室の場所は覚えていた。他のことはよく忘れるのに、好きなことだけはよく覚えているなんてつくづく都合のいい記憶力だと思う。
教室棟とは別の校舎棟の三階、一番奥に図書室はあった。扉に手をかけゆっくり横に引くと、動く。鍵かかかっていない。
「……おじゃまします」
誰かいるのかもしれないからとりあえず挨拶をして入ると、静けさだけが返って来た。見学の時は受付の場所に図書委員の生徒が座っていたけれど、今は誰もいない。鍵をかけ忘れただけなのか、もしくは図書委員は休憩中でどこかへ行ってるだけなのか、はたまた…。考えもわからないけれど、忍び込めたのは運がいい。
私は大きく息を吸い込んで一歩、また一歩とズラリと並ぶ本棚へ近づいた。読みたい本がたくさんある。好きな作家が揃っている。心が高揚した。これで、わざわざ家から離れている市の図書室に行かなくても、おこづかいを節約して本代に使わなくても、ここにある本ならば好きに借りて読める。
そしてこの図書室は本の充実だけでなく、読書をするにも勉強するにも絶好の場所だった。椅子も机もたくさんあるし、何より窓際の席は特等席だ。
窓から、ふさふさと可愛い花をつけた桜の木を眺めることが出来る。自然と手が伸び窓を開ければ、あたたかい風が吹き込んで春の香りがめいいっぱい広がった。ここで本を読みたい。何時間だって居られそうな、私の好きな空間になりそうだ。
本棚から小説を一冊持ってきて、窓際の席で本を開いた。窓の外から、正門で賑わう生徒達の声が遠くで聞こえる。まだ新入生がいるということは、私ももう少しここに居ても大丈夫ってことかな、と勝手に解釈し、静かであたたかい空気の中私はページを捲った。
小学生の頃から本が好きだった。親が言うにはもっと前から『本』は好きだったよと教えてもらった。最初は絵本、次に漫画、それから小説とまではいかないが文字のみの児童文庫、それから小説。漫画も好きだけれど、どちらかというと文字のみの本のが好みだ。読み進めては想像力を膨らませ、空想の世界へ誘われるあの感覚が楽しい。
序章を読み終えたところで突然、眠気が襲ってきた。睡眠不足と、春の香りのせい。春眠暁を覚えずという言葉があるけれど、まさにそれだ。キリのいいところまで読み終えた頃、『見つかったら、勝手に入ったことを怒られるんじゃないか』とかいう心配さえ忘れていた。特等席で体もぽかぽかとして、妙な安堵感から思わずうつらうつらと瞼が重たくなってくる。
そしてとうとう、私は机に顔を突っ伏してしまった。眠気は判断力を奪う。でも目を閉じずにはいられない。遠くに響く騒めき、あたたかい春の陽気に好きな空間に包まれた心地よさ。
ふわりと風に乗って運ばれてきた桜の花びらが、私の頬にくっついた。
・・・
・・・・・
・・・・・・
ハッと目を覚まし、心臓の鼓動を速めながらと息を飲んだ。図書室の壁にかかっている時計を確認すれば、そこまで時間は経過していない…はずだ。まだ少しだけ外で生徒の声が聞こえるので、三十分も経っていないだろう。一瞬寝落ちただけで済んでよかった。目が覚めたら夕方だった、なんてことにならなくて。しかし、起きてもまだ微睡んでしまう。もう一度眠ることが許されるなら、また瞼を簡単に閉じてしまいそうだ。
読んだ本を元の場所に戻さなくてはと、ふと、手元に置いてある本に目を向けると見覚えのない栞が挟んであった。淡い桃色の押し花の栞。そして栞だけでなく桜の花びらも何枚かそのページに挟まっていた。
――誰か、来たんだ。
慌てて周囲を見やるもやはり誰もいない。でも、確かに誰か来て、私が寝ている間に本を手に取り栞を挟んだのだ。
とても可愛い栞だ。これは貰ってもいいんだろうか?もともと本に挟まっていたものであればそのままにして戻せばいいが、そうじゃない。誰が来たのかわからないので返すことも出来ない。
「…プレゼント?」
呟きながら、私は自分の体温がじわじわ上がっていくのを感じた。寝ているところを見られてしまった。恥ずかしい。きっと新入生だってバレてるはずだ。先生だったら起こしてくれただろうから、生徒のはず。新入生なのか、先輩なのか。でも、起こさないでくれたし本にわざわざ栞を挟んで閉じてくれていたし、いい人に違いない。桜の花びらまで挟んで素敵な計らいだ。
借りた本を本棚へ戻しながら、出来るだけこの居心地のいい空間で過ごしたいと思った。もし図書委員になれたなら、その願いは叶うだろうか。
-1.入学式-
四月、春とは思えない程に澄んだ青い空の日――今日は帝光中学の入学式。
マンモス校というだけあって新入生も大勢いる上、正門には新入部員の勧誘で先輩達もチラシを片手に集まっていた。押し付けられるまま苦笑いで受け取るが、たくさんありすぎて迷ってしまう。声をかけられたけれど、これから入学式もあるので止まることなく私は足早に体育館に向かった。あれでも控えめな勧誘だったんだろうな。入学式後、体育館から新入生が出て来てからが本番なんだろうなぁ。
椅子がズラリと並べられた体育館には既にもう何人も座っていた。私も前の方へ進み空いている椅子に座りふうと一息つく。
壇上手前の場所に春のあたたかな日差しが、大きな窓越しに差し込んでいる。眠気を誘う柔らかな光。理事長の話を聞いている最中にうとうとしないか心配だ。何せ、夕べは緊張であまり眠れなかったから。
中学校は家から通える範囲であれば特にこだわりはなかった。
都内に中学校はたくさんあったし、私が卒業した小学校でもみんな進学先は結構バラけていた。公立の中学でもよかったのだが、たまたまた親が勧めてきた学校がこの帝光中だった。
『設備もよく整っているみたいだし、いいんじゃないか』と、勧められるがままにその一言であっさり決めてしまった。秋頃に見学に行った事をよく覚えている。
マンモス校で設備が整っているということは、“図書室”も例外ではなかった。小学校の図書室とは比べものにならないほど広く、本の種類も充実しているのを目の当たりにした時、帝光中に通いたいと強く思った。この学校を勧めてくれた親に感謝だ。これから三年間を過ごす場所をそんな安易な理由で決めてしまっていいものかと問われると、わからない。ただ、自分の好きなものがある場所でなら楽しみもあるし、頑張れる気がした。
――新しくはじまる生活がとても楽しみだった。
入学式が終わると、あらかじめ郵送で知らされていた自分のクラスへ向かった。決められた席に座り担任の挨拶を聞き、その日は終了となった。来週から本格的に授業がスタートする。
ホームルームで担任から配られたパンフレットには部活や委員会、校内設備についての案内も書かれていた。マンモス校ってすごい。こういう案内だけでもちゃんとしたパンフレットが用意されているし、わざわざ教科書を買いにいかなくても、学校と提携している指定の業者から一式自宅に送ってもらうように事前に手配できるなんて。
クラスのメンバーのほとんどが他校から来てる中、小学校からの友達と偶然同じクラスになれた事はラッキーだった。とりあえずこの一年は、同じグループで過ごしそうな予感がした。
「知らない人ばっかりで緊張するね」
「みんないい人達だといいね。それより私は勉強についていけるか心配…」
「琴音ちゃんなら大丈夫でしょ。本好きだし」
「国語以外はダメかも…」
ホームルームが終わると、友達と少し雑談を交わして過ごした。すぐ帰る人もいれば、初日からコミュニケーションを取ろうと積極的に話しかけてる人や、私と同じく小学校の同級生と喋ってる人もいる。委員会には入る?部活はどうする?……と、話題が尽きないので、私はキリのいいところで先に教室を後にした。じゃあね、別れを告げつつも――帰るわけじゃない。
行きたい場所に、これから一人で行こうとしているからだ。
入学式なので、在校生の授業もお休みのようだ。いるのは正門で新入生を勧誘している先輩達だけ。
階段を上って廊下を歩いていてもひと気はなく、とても静かだ。こんなに明るいうちからまるで学校に忍び込んでいるような気分になる。誰も見てないというのに、足音を立てずに何となく、すり足で歩いてしまった。
去年の秋、見学に来た際に訪れた図書室の場所は覚えていた。他のことはよく忘れるのに、好きなことだけはよく覚えているなんてつくづく都合のいい記憶力だと思う。
教室棟とは別の校舎棟の三階、一番奥に図書室はあった。扉に手をかけゆっくり横に引くと、動く。鍵かかかっていない。
「……おじゃまします」
誰かいるのかもしれないからとりあえず挨拶をして入ると、静けさだけが返って来た。見学の時は受付の場所に図書委員の生徒が座っていたけれど、今は誰もいない。鍵をかけ忘れただけなのか、もしくは図書委員は休憩中でどこかへ行ってるだけなのか、はたまた…。考えもわからないけれど、忍び込めたのは運がいい。
私は大きく息を吸い込んで一歩、また一歩とズラリと並ぶ本棚へ近づいた。読みたい本がたくさんある。好きな作家が揃っている。心が高揚した。これで、わざわざ家から離れている市の図書室に行かなくても、おこづかいを節約して本代に使わなくても、ここにある本ならば好きに借りて読める。
そしてこの図書室は本の充実だけでなく、読書をするにも勉強するにも絶好の場所だった。椅子も机もたくさんあるし、何より窓際の席は特等席だ。
窓から、ふさふさと可愛い花をつけた桜の木を眺めることが出来る。自然と手が伸び窓を開ければ、あたたかい風が吹き込んで春の香りがめいいっぱい広がった。ここで本を読みたい。何時間だって居られそうな、私の好きな空間になりそうだ。
本棚から小説を一冊持ってきて、窓際の席で本を開いた。窓の外から、正門で賑わう生徒達の声が遠くで聞こえる。まだ新入生がいるということは、私ももう少しここに居ても大丈夫ってことかな、と勝手に解釈し、静かであたたかい空気の中私はページを捲った。
小学生の頃から本が好きだった。親が言うにはもっと前から『本』は好きだったよと教えてもらった。最初は絵本、次に漫画、それから小説とまではいかないが文字のみの児童文庫、それから小説。漫画も好きだけれど、どちらかというと文字のみの本のが好みだ。読み進めては想像力を膨らませ、空想の世界へ誘われるあの感覚が楽しい。
序章を読み終えたところで突然、眠気が襲ってきた。睡眠不足と、春の香りのせい。春眠暁を覚えずという言葉があるけれど、まさにそれだ。キリのいいところまで読み終えた頃、『見つかったら、勝手に入ったことを怒られるんじゃないか』とかいう心配さえ忘れていた。特等席で体もぽかぽかとして、妙な安堵感から思わずうつらうつらと瞼が重たくなってくる。
そしてとうとう、私は机に顔を突っ伏してしまった。眠気は判断力を奪う。でも目を閉じずにはいられない。遠くに響く騒めき、あたたかい春の陽気に好きな空間に包まれた心地よさ。
ふわりと風に乗って運ばれてきた桜の花びらが、私の頬にくっついた。
・・・
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・・・・・・
ハッと目を覚まし、心臓の鼓動を速めながらと息を飲んだ。図書室の壁にかかっている時計を確認すれば、そこまで時間は経過していない…はずだ。まだ少しだけ外で生徒の声が聞こえるので、三十分も経っていないだろう。一瞬寝落ちただけで済んでよかった。目が覚めたら夕方だった、なんてことにならなくて。しかし、起きてもまだ微睡んでしまう。もう一度眠ることが許されるなら、また瞼を簡単に閉じてしまいそうだ。
読んだ本を元の場所に戻さなくてはと、ふと、手元に置いてある本に目を向けると見覚えのない栞が挟んであった。淡い桃色の押し花の栞。そして栞だけでなく桜の花びらも何枚かそのページに挟まっていた。
――誰か、来たんだ。
慌てて周囲を見やるもやはり誰もいない。でも、確かに誰か来て、私が寝ている間に本を手に取り栞を挟んだのだ。
とても可愛い栞だ。これは貰ってもいいんだろうか?もともと本に挟まっていたものであればそのままにして戻せばいいが、そうじゃない。誰が来たのかわからないので返すことも出来ない。
「…プレゼント?」
呟きながら、私は自分の体温がじわじわ上がっていくのを感じた。寝ているところを見られてしまった。恥ずかしい。きっと新入生だってバレてるはずだ。先生だったら起こしてくれただろうから、生徒のはず。新入生なのか、先輩なのか。でも、起こさないでくれたし本にわざわざ栞を挟んで閉じてくれていたし、いい人に違いない。桜の花びらまで挟んで素敵な計らいだ。
借りた本を本棚へ戻しながら、出来るだけこの居心地のいい空間で過ごしたいと思った。もし図書委員になれたなら、その願いは叶うだろうか。