呪術廻戦
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遥かなエンパシー
-高専編4-
さて、どうしたものか。
飲食店は空いてる店を探せばどうにかなるとしても、お風呂と寝る場所に困ってしまう。島のホテルは空室があるとしても、こんな朝早くから泊めてくれないだろう。
思考を巡らせつつ、念のため印刷して持ってきた宿マップを広げつつ携帯で検索をはじめるより先に、後部座席に座ってた五条くんが身を乗り出した。素早くカーナビに電話番号を打ち込んで目的地を設定すると、再び背もたれに寄り掛かる。
「このホテルに行けば、多分どーにかなる」
そう告げると、五条くんは腕組みして居眠り寝し始めた。幸い、ここから近い古宇利島にあるホテルのようだ。
シートベルトを締めてブレーキを踏みながら、シフトレバーを握りドライブに切り替える。運転に集中するために、眠気覚ましにミントガムを噛んで一呼吸した。
二十分もしないうちに辿り着いた場所にあったのは、この島一番じゃないかという程の大きなリゾートホテルだった。駐車するときのバックブザーの音で、五条くんは僅かな時間の睡眠から目を覚ました。トランクから荷物を下ろし、キャリーの上に彼のボストンバッグを乗せて一緒に運ぼうとまとめている間に、ロビーまで足早に歩いて行ってしまった五条くんは、私が追いつく頃には振り向いてピースサインを向けていた。
……え?もう、話をつけたの?
詳しくは聞かなかったが、ブラックカードの所有者だからとか優待とかその類のものだろう。もしくは五条家の権限のおかげか。何にしてもこんな早朝から泊まらせてもらえるなんて有難い。私が探してたら、結局見つからず車内で寝てもらうか、ファミレスで休憩せざるを得なかっただろう。
ホテルマンに荷物を運ばれそのまま部屋へ案内されると、そこは最上階のスイートルーム。一人一部屋ずつ、確保されたことを彼から告げられる。いや、待って、たまたま空いていたにしても――
「私は普通の部屋でいいですよ…!」
「いいだろ別に。休めりゃどこでも」
「でも――」
「腹減ってるならルームサービスで適当に頼めよ。じゃ、昼過ぎぐらいにロビーでな」
ホテルマンからボストンバッグを受け取ると五条くんはさっさと部屋に入ってしまい、頑丈な扉が閉まる音が廊下に響いた。
部屋の説明をしそびれて立ちすくんでいたホテルマンに会釈して、その隣の部屋に案内された私は、念のため部屋の設備の説明を受けた。スイートに泊まるとこんなにも丁寧なのかと、初めて知った。海岸が一望できるバルコニーが付いており、室内にはキングサイズのベッドと三人掛けのソファ、大理石のテーブル。IHのミニキッチンには高級なコーヒーメーカーまで設置してある。泊まるというより住める設備だ。
ひとしきり説明を終えたホテルマンがお辞儀をしてから部屋を後にすると、ようやく一人の時間が訪れ、ほっとして深く息を吐いた。運転しかしてないのに疲れた。二十代前半にして、たった一日徹夜したくらいでこんなにヘバりたくないが、身体から力が抜けてしまう。
彼が任務をこなしている間に、五条くんが祓い終えた呪霊についてのデータを伊地知さんへ送っておいた。この後は、完了の報告だけ送って終了だ。仕事のできる補助監督ならば帳も下せるし報告書もしっかりしとしたものだろうが、私はあくまで移動の為に借り出された事務教員だから、ザックリした報告で了承を得ている。後日、術師と補助監督の複数名で再度現地入りし、本件の事後調査に入るようだ。
だだっ広い部屋に置いてあるソファに腰かけ、ルームサービスのメニュー表を開けばこれまた美味しそうな写真が並んでいた。温かいものが食べたいなと思えば、まさにピッタリなものがある。沖縄そばがメニューにあり、迷わずそれを頼むことにした。
早朝から、五臓六腑に染みわたる豚骨とカツオ出汁の優しい味。もちもちの太麺も堪らなく美味しかった。
お腹を満たしてからシャワーを浴びて、これまた広すぎるバスタブに湯を溜めてジェットバスで疲れを癒した。慣れない仕事に、緊張疲れがひどい。特に、五条くんを後ろに乗せていると思うと気が気じゃなかった。いつも以上に周囲に気を配って集中して運転していた。万が一にも事故など起こしたら、この任務に遅れが生じてしまうかと思うとハンドルを握る手も汗ばんだ。
――『非術師のお前だけは“特別扱い”しなくていい』
学長からの言葉を、バスタブに浸かりながら思い返していた。両手で掬って、指の間から零れる湯を見つめながら、随分難しい事を頼まれたものだと実感している。今回の任務だって彼だからこんなスピードでこなせたのだ。同じレベルで難なくこなせる者など他にいない。頭では理解しているが事実を目の当たりにすると、揺らぎそうになる。
それでも非術師の私だけは、出来るだけ余計なフィルタを外して五条くんと接することを心がけようと思った。
空腹が満たされ体があたたまり、リラックスした状態の私の眠気はピークに達していた。最低限のスキンケアをしてバスローブを羽織ったままウトウトしながら携帯のアラームをセットしてから、途端、ベッドに沈んだ。よほど疲れていたのか、一分もしないうちに意識が底へ沈む。身を預ければ浮かんでいるような上質なベッドが心地よく、すぐに深い眠りについたのだった。
・・・
・・・・・
・・・・・・
「あ、起きた」
お腹のあたりにくすぐったさを覚えて目をうっすらと開けると、目の前に五条くんが居た。何故か私に馬乗りになっている。おかしな夢だなと思って再び目を閉じようとしたら、バスローブの襟元がはだけて直に鎖骨に指を這わせる感触に鳥肌が立った。
「よく寝た?まだ寝ぼけてんの?」
「あの、え、何を……」
「無防備に寝てるからさァ。襲いたくもなるよな」
サングラスを外しサイドチェストに置くと、伏し目がちな瞳の先は、私の体の下から上へ移動して視線が交わる。五条くんは任務の時に着ていた制服ではなく、ラフなTシャツとスウェットパンツに着替えていた。本来なら、私も予備の白シャツに着替えてロビーで待ち合わせていたはずだが、携帯のアラームにも気づかないほど深く眠っていたらしい。
しかしぼんやりした頭は瞬時に冴え、この状況を理解した。五条くんの、半分冗談、半分本気みたいな表情。
好きでもない女とやりたくなるほど、若さゆえの生理現象が起きてるってことなのだろうか。……これはマズイ。
バスローブ越しに両手を胸に添わせようとした瞬間、私も手を伸ばす。手の平同士が重なり合うと、今度は顔が近づいてきたので私は声で制止した。
「スカート捲りの延長ですか?」
彼のピタリと動きが止まったので、追い打ちとばかりに言葉を続けた。
「私は先生で五条くんは生徒です」
「だから?」
「生徒が先生を押し倒してはダメですよ」
「じゃあお前が乗っかる?」
「逆でもダメです。こういった関係はお互いの合意があっての事ですから」
「……ジョーダンのひとつも通じねーの、つまんねぇ奴」
ベッと舌を出して嫌悪感を露わにし、五条くんの体は離れ馬乗りから解放された私は安堵していた。襲われたらどうしようと心臓がバクバクしていたのだが、動揺は決して表に出さなかった。
「遅れたのはそっちだろ。さっさと来いよ」
サングラスを素早く手に取り、一瞥もせずに背を向けたままぶっきらぼうに告げると五条くんは部屋を出て行った。確かに遅れたのは私だが、その報復にしては重過ぎる。
……はぁ、流した汗がまた吹き出てきた。
きっと悪気はなかっただろうし、本気でもなかったのだと思うことで納得した。深呼吸で整えて冷静さを取り戻す。そうじゃないと今後の関係に亀裂が入るし、この後も接し辛くなるだけだ。それに、もし彼が本気だったのなら力づくでどうにでもなってしまうだろう。多分、私は声も出す間もない。
五条くんは随分とラフな服装をしていた。それなら私も、堅苦しいスーツを着るのはもうやめておこう。予備のシャツはあるが、スーツは肩が凝る。ホテル備え付けのナイトウェアのサイズが合わなかった時に着ようと持ってきていたワントーンのロングワンピを、キャリーから取り出した。サンダルは足がむくんだ時でも運転がしやすいようにと選んだ、底が平たいタイプ。
任務で来たはずなのに、服装が意図せずリゾートスタイルそのものになってしまった事に気付き、鏡を見て苦笑するしかなかった。
-高専編4-
さて、どうしたものか。
飲食店は空いてる店を探せばどうにかなるとしても、お風呂と寝る場所に困ってしまう。島のホテルは空室があるとしても、こんな朝早くから泊めてくれないだろう。
思考を巡らせつつ、念のため印刷して持ってきた宿マップを広げつつ携帯で検索をはじめるより先に、後部座席に座ってた五条くんが身を乗り出した。素早くカーナビに電話番号を打ち込んで目的地を設定すると、再び背もたれに寄り掛かる。
「このホテルに行けば、多分どーにかなる」
そう告げると、五条くんは腕組みして居眠り寝し始めた。幸い、ここから近い古宇利島にあるホテルのようだ。
シートベルトを締めてブレーキを踏みながら、シフトレバーを握りドライブに切り替える。運転に集中するために、眠気覚ましにミントガムを噛んで一呼吸した。
二十分もしないうちに辿り着いた場所にあったのは、この島一番じゃないかという程の大きなリゾートホテルだった。駐車するときのバックブザーの音で、五条くんは僅かな時間の睡眠から目を覚ました。トランクから荷物を下ろし、キャリーの上に彼のボストンバッグを乗せて一緒に運ぼうとまとめている間に、ロビーまで足早に歩いて行ってしまった五条くんは、私が追いつく頃には振り向いてピースサインを向けていた。
……え?もう、話をつけたの?
詳しくは聞かなかったが、ブラックカードの所有者だからとか優待とかその類のものだろう。もしくは五条家の権限のおかげか。何にしてもこんな早朝から泊まらせてもらえるなんて有難い。私が探してたら、結局見つからず車内で寝てもらうか、ファミレスで休憩せざるを得なかっただろう。
ホテルマンに荷物を運ばれそのまま部屋へ案内されると、そこは最上階のスイートルーム。一人一部屋ずつ、確保されたことを彼から告げられる。いや、待って、たまたま空いていたにしても――
「私は普通の部屋でいいですよ…!」
「いいだろ別に。休めりゃどこでも」
「でも――」
「腹減ってるならルームサービスで適当に頼めよ。じゃ、昼過ぎぐらいにロビーでな」
ホテルマンからボストンバッグを受け取ると五条くんはさっさと部屋に入ってしまい、頑丈な扉が閉まる音が廊下に響いた。
部屋の説明をしそびれて立ちすくんでいたホテルマンに会釈して、その隣の部屋に案内された私は、念のため部屋の設備の説明を受けた。スイートに泊まるとこんなにも丁寧なのかと、初めて知った。海岸が一望できるバルコニーが付いており、室内にはキングサイズのベッドと三人掛けのソファ、大理石のテーブル。IHのミニキッチンには高級なコーヒーメーカーまで設置してある。泊まるというより住める設備だ。
ひとしきり説明を終えたホテルマンがお辞儀をしてから部屋を後にすると、ようやく一人の時間が訪れ、ほっとして深く息を吐いた。運転しかしてないのに疲れた。二十代前半にして、たった一日徹夜したくらいでこんなにヘバりたくないが、身体から力が抜けてしまう。
彼が任務をこなしている間に、五条くんが祓い終えた呪霊についてのデータを伊地知さんへ送っておいた。この後は、完了の報告だけ送って終了だ。仕事のできる補助監督ならば帳も下せるし報告書もしっかりしとしたものだろうが、私はあくまで移動の為に借り出された事務教員だから、ザックリした報告で了承を得ている。後日、術師と補助監督の複数名で再度現地入りし、本件の事後調査に入るようだ。
だだっ広い部屋に置いてあるソファに腰かけ、ルームサービスのメニュー表を開けばこれまた美味しそうな写真が並んでいた。温かいものが食べたいなと思えば、まさにピッタリなものがある。沖縄そばがメニューにあり、迷わずそれを頼むことにした。
早朝から、五臓六腑に染みわたる豚骨とカツオ出汁の優しい味。もちもちの太麺も堪らなく美味しかった。
お腹を満たしてからシャワーを浴びて、これまた広すぎるバスタブに湯を溜めてジェットバスで疲れを癒した。慣れない仕事に、緊張疲れがひどい。特に、五条くんを後ろに乗せていると思うと気が気じゃなかった。いつも以上に周囲に気を配って集中して運転していた。万が一にも事故など起こしたら、この任務に遅れが生じてしまうかと思うとハンドルを握る手も汗ばんだ。
――『非術師のお前だけは“特別扱い”しなくていい』
学長からの言葉を、バスタブに浸かりながら思い返していた。両手で掬って、指の間から零れる湯を見つめながら、随分難しい事を頼まれたものだと実感している。今回の任務だって彼だからこんなスピードでこなせたのだ。同じレベルで難なくこなせる者など他にいない。頭では理解しているが事実を目の当たりにすると、揺らぎそうになる。
それでも非術師の私だけは、出来るだけ余計なフィルタを外して五条くんと接することを心がけようと思った。
空腹が満たされ体があたたまり、リラックスした状態の私の眠気はピークに達していた。最低限のスキンケアをしてバスローブを羽織ったままウトウトしながら携帯のアラームをセットしてから、途端、ベッドに沈んだ。よほど疲れていたのか、一分もしないうちに意識が底へ沈む。身を預ければ浮かんでいるような上質なベッドが心地よく、すぐに深い眠りについたのだった。
・・・
・・・・・
・・・・・・
「あ、起きた」
お腹のあたりにくすぐったさを覚えて目をうっすらと開けると、目の前に五条くんが居た。何故か私に馬乗りになっている。おかしな夢だなと思って再び目を閉じようとしたら、バスローブの襟元がはだけて直に鎖骨に指を這わせる感触に鳥肌が立った。
「よく寝た?まだ寝ぼけてんの?」
「あの、え、何を……」
「無防備に寝てるからさァ。襲いたくもなるよな」
サングラスを外しサイドチェストに置くと、伏し目がちな瞳の先は、私の体の下から上へ移動して視線が交わる。五条くんは任務の時に着ていた制服ではなく、ラフなTシャツとスウェットパンツに着替えていた。本来なら、私も予備の白シャツに着替えてロビーで待ち合わせていたはずだが、携帯のアラームにも気づかないほど深く眠っていたらしい。
しかしぼんやりした頭は瞬時に冴え、この状況を理解した。五条くんの、半分冗談、半分本気みたいな表情。
好きでもない女とやりたくなるほど、若さゆえの生理現象が起きてるってことなのだろうか。……これはマズイ。
バスローブ越しに両手を胸に添わせようとした瞬間、私も手を伸ばす。手の平同士が重なり合うと、今度は顔が近づいてきたので私は声で制止した。
「スカート捲りの延長ですか?」
彼のピタリと動きが止まったので、追い打ちとばかりに言葉を続けた。
「私は先生で五条くんは生徒です」
「だから?」
「生徒が先生を押し倒してはダメですよ」
「じゃあお前が乗っかる?」
「逆でもダメです。こういった関係はお互いの合意があっての事ですから」
「……ジョーダンのひとつも通じねーの、つまんねぇ奴」
ベッと舌を出して嫌悪感を露わにし、五条くんの体は離れ馬乗りから解放された私は安堵していた。襲われたらどうしようと心臓がバクバクしていたのだが、動揺は決して表に出さなかった。
「遅れたのはそっちだろ。さっさと来いよ」
サングラスを素早く手に取り、一瞥もせずに背を向けたままぶっきらぼうに告げると五条くんは部屋を出て行った。確かに遅れたのは私だが、その報復にしては重過ぎる。
……はぁ、流した汗がまた吹き出てきた。
きっと悪気はなかっただろうし、本気でもなかったのだと思うことで納得した。深呼吸で整えて冷静さを取り戻す。そうじゃないと今後の関係に亀裂が入るし、この後も接し辛くなるだけだ。それに、もし彼が本気だったのなら力づくでどうにでもなってしまうだろう。多分、私は声も出す間もない。
五条くんは随分とラフな服装をしていた。それなら私も、堅苦しいスーツを着るのはもうやめておこう。予備のシャツはあるが、スーツは肩が凝る。ホテル備え付けのナイトウェアのサイズが合わなかった時に着ようと持ってきていたワントーンのロングワンピを、キャリーから取り出した。サンダルは足がむくんだ時でも運転がしやすいようにと選んだ、底が平たいタイプ。
任務で来たはずなのに、服装が意図せずリゾートスタイルそのものになってしまった事に気付き、鏡を見て苦笑するしかなかった。