呪術廻戦
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遥かなエンパシー
-高専編3-
出発の日、高専で待ち合わせてから学用車で空港へと向かった。車の中でスケジュールの要点だけを伝え終えた後、五条くんは後部座席のシートにもたれかかってうつらうつらと舟をこぎはじめた。常に任務に駆り出され、彼はいつ休んでるのだろう。
「横にあるブランケット、使って下さいね」
「…ん」
移動中は休んでもらう為にも、あらかじめブランケットは洗って乾燥機でふわふわにして持ち込んでおいた。五条くんはそれに手を伸ばし膝にかけると、間もなく寝息を立て始めた。サングラスの隙間から見えるあどけない寝顔が、ルームミラー越しに見える。まだ十八歳だ。普通の高校生だったなら遊び盛りの年頃。だけど呪術高専にいる生徒達は、そんな“普通”の生活とは遠いところで生きている。
主に運転しかしないものの、任務の同行は初なので緊張のあまり昨夜は眠りが浅かった。私は欠伸を噛み殺し、集中してハンドルを握り直した。
・・・・・・
早朝出発にした甲斐があり、道が空いてるうちに目的地の羽田空港へ到着した。任務から戻るまで、車はこのまま駐車場へ停めておく。個人的な旅行であれば駐車場代がもったいないところだが、経費で落ちるのだから問題ない。
二泊三日分の荷物の割に五条くんは小さなボストンバッグひとつ。私も最小限の荷物にまとめたが、やはりある程度はかさばってしまい、結局、機内持ち込み可能な大きさの小型キャリーになってしまった。
カウンターでチケットを発券し、予定の便まで空港内のカフェで朝食を摂る。これが気軽な観光ならばどれだけよかったか。五条くんにとっては“あの時”ぶりの沖縄の地。ぽつりぽつりと会話をするが言葉選びが慎重になってしまう。勘のいい彼からは、大きな溜息をつかれ、呆れられた。
「気ィ使ってんのバレバレ。そーゆーのいいから」
「え、あ……」
「お前下手だし」
「……はい」
「それより、さ」
まだ時間があるからと、五条くんは任務の話を促してきた。伊地知さんが細かくまとめてくれた任務概要のリストを渡すと、五条くんはサングラスのフレームを片手で上にずらして目を通しはじめた。
「そこには二泊三日の任務となってますが、それ以上の日数を要することも考慮して、帰りのチケットは学長の指示で予約してません」
「あそ。じゃあ今取っといて?三日目には帰れるから。任務は一日で終わらせて二日目は遊べばいい。琴音さ、水着持ってきてんだろ?」
「も、持って来てませんよ!」
「つまんねー」
遠慮なく舌打ちをして、五条くんはリストをテーブルへと雑に放った。そして、私の分の手つかずのサンドイッチをひょいと掴むとそのまま食べてしまった。どのみち、緊張で飲み物ぐらいしか喉が通らなかったから取られても構わないけれど。飛行機の中でエネルギーバーみたいな補給職だけ食べればお腹も落ち着くはずだ。
任務概要を確認しても動じないこの余裕――やはり、常軌を逸していると改めて思った。本島から車で向かう六つの島々にいる一級呪霊を叩く。移動時間を含めて一日で完遂するなんて、本気で言ってるんだろうか。
概要リストを見ると、那覇空港からレンタカーを借りた後、どの島から回ればいいかという最適ルートの記載もある。もちろん各呪霊が封印されている場所も。既に解かれた場所に関しては五条くんの感知頼みとなるが、まだそう遠くへは行ってないだろうという予測のもとだ。さすが伊地知さん。細かいリサーチ能力に頭が下がる。
瀬長島からスタートし、古宇利島で終わるルート。移動時間は予想できても、各島でかかる任務の時間は読めないはずなのに、五条くんはやけに自信たっぷりだ。
あっという間に二つ目のサンドイッチも完食し、テーブルに備え付けられたペーパーナプキンで指を拭いながら、向かいに座る私に視線を向けた。二年前のような怖い鋭い目つきではなくなったが、時々、妙に冷たい雰囲気を感じる時がある。沖縄の海のように澄んだ青色の瞳に見つめられると、捕われたように目が逸らせない。
「なんか不安?」
「……いえ」
「ソッコーで終わらせる代わりに初日は徹夜になるから、お前も栄養ドリンク買っといた方がいいよ。移動は琴音センセにかかってんだから」
「は、はい、頑張ります」
「その意気その意気」
口角を上げ、五条くんは満足そうに笑う。ガムシロップを数個、カフェラテに入れてストローでくるくるとかき混ぜ、鼻歌を口ずさみ始める。これは彼の通常運転なのか、はたまた、私の緊張を和らげるためにいつも通りの振舞いをしてくれているのかは分からないけれど、少し肩の力が抜けたのは事実だ。無断キャンセルになってしまうだろうから、一日目のホテルには後で連絡を入れておこう。
搭乗時間になって予定通りの便に乗り込み、二人並んで座ってわずかな時間を睡眠にあてる。今のうちに休んでおかないと体が持たないだろう。彼が宣言するのだから、おそらく到着してから夜通しの任務となり、そして問題なく完遂するはず。むしろ、完遂するまで一日目は終わらないということだ。
それは日を跨ぐ頃か、翌日の真夜中か。
□ □ □
――全て片付いたのは、透き通った海が広がる地平線の向こうから、朝陽が昇る頃だった。
最低限の食事休憩などを挟みつつ、六つの島々を縦横に移動して夜が明けた。運転しかしてないはずなのに、もともと体力もない私にとってはなかなかハードな一日だ。補助監督の方々は日々もっと大変なのかと、労いたい気持ちになった。
最後の島では、浜辺沿いにある洞窟の中に五条くんは一人で向かって行った。そこから少し離れたビーチ付近の路肩に車を停めて一時間ぐらい経過した頃に、一筋のまばゆい光が空を照らして思わず目を細める。エメラルドグリーンの海が煌めき、輝いてあまりにも美しい光景だった。
ジャケットは助手席に置いてるが、丸一日着たシャツはクタクタになり、汗ばんだ肌が気持ち悪い。化粧もとっくによれている。
今は任務を終えて戻って来る五条くんを待っている最中だというのに、目の前に広がる光景に感動して一瞬、忘れていた。既に帳は解除されている事に。
「いい眺めだなぁ」
六体の一級呪霊を祓い、徹夜明けとはとても思えないような明るさを振りまいて、意気揚々と戻って来た五条くんは浜辺を歩きながら声を掛けて来た。砂の上を歩く度に、大きな足跡が残る。五条くんは私に手を振ってから、立ち止まって海を眺めていた。
「お疲れ様でした…っ!」
その背中に近づいて声をかけると、五条くんは振り向いて私の髪をわしゃわしゃと乱暴に撫でた。
「お前もお疲れ。な、終わったろ?」
「本当に一日で終わらせちゃうなんて、すごいです」
「一体だけは既に封印解かれたし感知に時間かかるかと思ってたけど、意外と近くにいてさ。完全に解かれたワケじゃなかったからラッキーだった。…さすがに疲れたわ」
朝陽を浴びながら背伸びをして、五条くんは大きな欠伸をした。
ところどころ着ていた制服も汚れている。
「でもってこのオーシャンビュー!有終の美!」
「ですね。こんなキレイな海、はじめて見ました」
まるで五条くんの瞳の色みたいだと、自然と零れそうになった言葉を飲み込んだ。これを口説く台詞と捉える自分が変なのか。あくまで任務に同行している教員の立場でおかしなことを告げてはいけないと、頭を振って冷静さを取り戻した。
「とりあえず飯、風呂、寝るだな。そんで起きたら観光な」
右手を天へ掲げて声を張って叫ぶ彼に、一拍置いて慌て出す。
「するんですか、観光?」
「するする」
目を丸くしている私にニッコリと笑いかけ、五条くんは再び浜辺を歩き出した。押し問答になっても、結局私が根負けすることになるだろうから抗議しないことにした。『何の為に最短で終わらせたと思ってんだよ』とか『どうせ東京に戻ったらまた任務で駆り出される日々だ』とか。この最強呪術師ばかりに頼っている現状を理解してるだけに、そう言い返されるのを想像すると辛いし言い返せない。
ひとまず休む場所を確保しなければ。
気持ちいい太陽の光を浴びながら深呼吸をして、私は五条くんの足跡を辿るように追いかけた。
-高専編3-
出発の日、高専で待ち合わせてから学用車で空港へと向かった。車の中でスケジュールの要点だけを伝え終えた後、五条くんは後部座席のシートにもたれかかってうつらうつらと舟をこぎはじめた。常に任務に駆り出され、彼はいつ休んでるのだろう。
「横にあるブランケット、使って下さいね」
「…ん」
移動中は休んでもらう為にも、あらかじめブランケットは洗って乾燥機でふわふわにして持ち込んでおいた。五条くんはそれに手を伸ばし膝にかけると、間もなく寝息を立て始めた。サングラスの隙間から見えるあどけない寝顔が、ルームミラー越しに見える。まだ十八歳だ。普通の高校生だったなら遊び盛りの年頃。だけど呪術高専にいる生徒達は、そんな“普通”の生活とは遠いところで生きている。
主に運転しかしないものの、任務の同行は初なので緊張のあまり昨夜は眠りが浅かった。私は欠伸を噛み殺し、集中してハンドルを握り直した。
・・・・・・
早朝出発にした甲斐があり、道が空いてるうちに目的地の羽田空港へ到着した。任務から戻るまで、車はこのまま駐車場へ停めておく。個人的な旅行であれば駐車場代がもったいないところだが、経費で落ちるのだから問題ない。
二泊三日分の荷物の割に五条くんは小さなボストンバッグひとつ。私も最小限の荷物にまとめたが、やはりある程度はかさばってしまい、結局、機内持ち込み可能な大きさの小型キャリーになってしまった。
カウンターでチケットを発券し、予定の便まで空港内のカフェで朝食を摂る。これが気軽な観光ならばどれだけよかったか。五条くんにとっては“あの時”ぶりの沖縄の地。ぽつりぽつりと会話をするが言葉選びが慎重になってしまう。勘のいい彼からは、大きな溜息をつかれ、呆れられた。
「気ィ使ってんのバレバレ。そーゆーのいいから」
「え、あ……」
「お前下手だし」
「……はい」
「それより、さ」
まだ時間があるからと、五条くんは任務の話を促してきた。伊地知さんが細かくまとめてくれた任務概要のリストを渡すと、五条くんはサングラスのフレームを片手で上にずらして目を通しはじめた。
「そこには二泊三日の任務となってますが、それ以上の日数を要することも考慮して、帰りのチケットは学長の指示で予約してません」
「あそ。じゃあ今取っといて?三日目には帰れるから。任務は一日で終わらせて二日目は遊べばいい。琴音さ、水着持ってきてんだろ?」
「も、持って来てませんよ!」
「つまんねー」
遠慮なく舌打ちをして、五条くんはリストをテーブルへと雑に放った。そして、私の分の手つかずのサンドイッチをひょいと掴むとそのまま食べてしまった。どのみち、緊張で飲み物ぐらいしか喉が通らなかったから取られても構わないけれど。飛行機の中でエネルギーバーみたいな補給職だけ食べればお腹も落ち着くはずだ。
任務概要を確認しても動じないこの余裕――やはり、常軌を逸していると改めて思った。本島から車で向かう六つの島々にいる一級呪霊を叩く。移動時間を含めて一日で完遂するなんて、本気で言ってるんだろうか。
概要リストを見ると、那覇空港からレンタカーを借りた後、どの島から回ればいいかという最適ルートの記載もある。もちろん各呪霊が封印されている場所も。既に解かれた場所に関しては五条くんの感知頼みとなるが、まだそう遠くへは行ってないだろうという予測のもとだ。さすが伊地知さん。細かいリサーチ能力に頭が下がる。
瀬長島からスタートし、古宇利島で終わるルート。移動時間は予想できても、各島でかかる任務の時間は読めないはずなのに、五条くんはやけに自信たっぷりだ。
あっという間に二つ目のサンドイッチも完食し、テーブルに備え付けられたペーパーナプキンで指を拭いながら、向かいに座る私に視線を向けた。二年前のような怖い鋭い目つきではなくなったが、時々、妙に冷たい雰囲気を感じる時がある。沖縄の海のように澄んだ青色の瞳に見つめられると、捕われたように目が逸らせない。
「なんか不安?」
「……いえ」
「ソッコーで終わらせる代わりに初日は徹夜になるから、お前も栄養ドリンク買っといた方がいいよ。移動は琴音センセにかかってんだから」
「は、はい、頑張ります」
「その意気その意気」
口角を上げ、五条くんは満足そうに笑う。ガムシロップを数個、カフェラテに入れてストローでくるくるとかき混ぜ、鼻歌を口ずさみ始める。これは彼の通常運転なのか、はたまた、私の緊張を和らげるためにいつも通りの振舞いをしてくれているのかは分からないけれど、少し肩の力が抜けたのは事実だ。無断キャンセルになってしまうだろうから、一日目のホテルには後で連絡を入れておこう。
搭乗時間になって予定通りの便に乗り込み、二人並んで座ってわずかな時間を睡眠にあてる。今のうちに休んでおかないと体が持たないだろう。彼が宣言するのだから、おそらく到着してから夜通しの任務となり、そして問題なく完遂するはず。むしろ、完遂するまで一日目は終わらないということだ。
それは日を跨ぐ頃か、翌日の真夜中か。
□ □ □
――全て片付いたのは、透き通った海が広がる地平線の向こうから、朝陽が昇る頃だった。
最低限の食事休憩などを挟みつつ、六つの島々を縦横に移動して夜が明けた。運転しかしてないはずなのに、もともと体力もない私にとってはなかなかハードな一日だ。補助監督の方々は日々もっと大変なのかと、労いたい気持ちになった。
最後の島では、浜辺沿いにある洞窟の中に五条くんは一人で向かって行った。そこから少し離れたビーチ付近の路肩に車を停めて一時間ぐらい経過した頃に、一筋のまばゆい光が空を照らして思わず目を細める。エメラルドグリーンの海が煌めき、輝いてあまりにも美しい光景だった。
ジャケットは助手席に置いてるが、丸一日着たシャツはクタクタになり、汗ばんだ肌が気持ち悪い。化粧もとっくによれている。
今は任務を終えて戻って来る五条くんを待っている最中だというのに、目の前に広がる光景に感動して一瞬、忘れていた。既に帳は解除されている事に。
「いい眺めだなぁ」
六体の一級呪霊を祓い、徹夜明けとはとても思えないような明るさを振りまいて、意気揚々と戻って来た五条くんは浜辺を歩きながら声を掛けて来た。砂の上を歩く度に、大きな足跡が残る。五条くんは私に手を振ってから、立ち止まって海を眺めていた。
「お疲れ様でした…っ!」
その背中に近づいて声をかけると、五条くんは振り向いて私の髪をわしゃわしゃと乱暴に撫でた。
「お前もお疲れ。な、終わったろ?」
「本当に一日で終わらせちゃうなんて、すごいです」
「一体だけは既に封印解かれたし感知に時間かかるかと思ってたけど、意外と近くにいてさ。完全に解かれたワケじゃなかったからラッキーだった。…さすがに疲れたわ」
朝陽を浴びながら背伸びをして、五条くんは大きな欠伸をした。
ところどころ着ていた制服も汚れている。
「でもってこのオーシャンビュー!有終の美!」
「ですね。こんなキレイな海、はじめて見ました」
まるで五条くんの瞳の色みたいだと、自然と零れそうになった言葉を飲み込んだ。これを口説く台詞と捉える自分が変なのか。あくまで任務に同行している教員の立場でおかしなことを告げてはいけないと、頭を振って冷静さを取り戻した。
「とりあえず飯、風呂、寝るだな。そんで起きたら観光な」
右手を天へ掲げて声を張って叫ぶ彼に、一拍置いて慌て出す。
「するんですか、観光?」
「するする」
目を丸くしている私にニッコリと笑いかけ、五条くんは再び浜辺を歩き出した。押し問答になっても、結局私が根負けすることになるだろうから抗議しないことにした。『何の為に最短で終わらせたと思ってんだよ』とか『どうせ東京に戻ったらまた任務で駆り出される日々だ』とか。この最強呪術師ばかりに頼っている現状を理解してるだけに、そう言い返されるのを想像すると辛いし言い返せない。
ひとまず休む場所を確保しなければ。
気持ちいい太陽の光を浴びながら深呼吸をして、私は五条くんの足跡を辿るように追いかけた。