呪術廻戦
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遥かなエンパシー
-高専編5-
ホテル内のエントランスは吹き抜けになっており、ガラスの天井から自然光が差し込んで開放的だ。廊下の所々にヤシの木が設置され、土産屋にはカラフルなハイビスカス柄のシャツやムームーが賑やかにディスプレイされていた。
ロビーに並ぶ革張りのソファの前には全面ガラスの窓があり、日没まで開放され風が通り抜ける。目の前の白い砂浜と透き通った海は、このホテルの宿泊者だけが利用できるプライベートビーチだ。
「お待たせしました」
ゆったりとソファに身を預け携帯を操作していた五条くんに声を掛けると、彼は物珍しい表情になる。サングラス越しでも目を見開いたのが分かった。私のラフな服装に驚いているようだ。確かに、これまでスーツ姿しか見せていないから珍しいの、かも。
「……琴音さ、最初から観光するつもりだった?」
「ち、違うんです。これはパジャマ代わりにもなるかと持ってきただけで……、サンダルも運転で足がむくんだ時用にと……」
「言い訳しなくていいって」
「ホントに違うんですって」
おもむろに立ち上がり、向かい合えば真剣な眼差しを向けられた。横から差し込む日差しでサングラスが透けて、瞳が海の底みたいな群青に光る。あー…、と何か言いたげに髪をかき上げる仕草に違和感を覚える。これは、もしや――、心の中の答えが的中する前に再び五条くんは口を開いた。
「さっきは俺、お前に――」
「……はい」
「惜しかったよなァ~」
「いえ……、あっ、え?」
「謝ると思った?バァーカ」
“ごめん”とか“悪かった”とか、おそらく一生に一度の謝罪の台詞を聞けると予想していたのだが、あっさりと外れて私は落胆した。何を期待したんだろう。五条くんは常に自分中心のルールで世界が回っていて、常識は通用しない。私もまだまだ彼への理解度が足りていないようだ。
「ロビーには来ないわ遅れる連絡もないわ、んで部屋に行けばノックしても返事なし。だから呪力で外から鍵開けて勝手に入ったんだよ」
「心配してくれたんですね。そこは、ありがとうございます」
「“そこは”、ねぇ…」
クス、と笑うと五条くんも気が抜けたようにつられて笑った。本気じゃないにしろ、襲われそうになったのは事実だ。皮肉ぐらい言い返してもいいいはず。心配してくれて様子を見に来てくれた事だけは、純粋に嬉しかった。
本日晴天、雲一つない最高のドライブ日和。
午後は始まったばかりで、確かに室内にいるなんて勿体ない。四月の沖縄は暑すぎなくて過ごしやすい。車のウィンドウを開けてドライブするのも気持ちよさそうだ。
「観光、どこに行きます?」
「お前が決めていいよ」
「お詫びのつもりですか?」
「いーや」
せっかくのいい天気だしな、と、再び目の前に広がるビーチを眺めた五条くんは柔らかい声で呟いた。久々に彼のこんな表情を見た気がする。張り詰めていた苛々も鋭い目付きも近づきがたかった雰囲気も、遠い昔の事のように感じた。
ここに来る前は――、どうして沖縄での任務なのかと偶然を恨めしく思った。五条くんにとって辛い場所ではないのかと。だが実際はどうだ。今目の前にいる彼の様子は、予想に反してとても穏やかだ。
性格は相変わらずの傍若無人なのに、行き先を決めさせてくれるなんて、やっぱりお詫びのつもりなんだろうなと都合のいいように解釈しておこう。
「美ら海水族館に行ってから、夕方からはまたこの島に戻ってオーシャンタワーに登りたいです」
いつか沖縄へ行けるなら…と、考えていた場所を告げると、眉をひそめて露骨に嫌な顔をされた。やはり、“美ら海水族館”に正直に引っ掛かったようだ。
「俺、二年前に水族館行った」
「知ってます。だから行くんです」
「……お前いい性格してんね」
「出発前に『気を使わなくていい』って言ったの、五条くんじゃないですか。それに、二年前は護衛任務でしたよね。今日は“観光”ですから、名物の黒潮の海もちゃんと見ましょうよ。私、前からジンベイザメを見てみたかったんです。あと、古宇利島のオーシャンタワーからの景色は人気なんですよ。今日は天気もいいですし絶好のチャンスです。日没は幻想的な橙が島を包みこんで――」
「急に饒舌。オタクか?」
突然の興奮気味な早口に、五条くん苦笑した。呆れ笑いでも構わない。今日と言う日が、戦う日々の束の間の休息になればいい。少しでも彼にとってそんな瞬間になればいいと願った。
文句を言いつつも、おそらく私の行きたい場所に一日一緒に回ってくれるだろう。美ら海水族館の大きな水槽を前に、感動もなくボーっと眺めて退屈そうにしている五条くんの未来が見える。ただ、きっと私の気が済むまで居てくれるはずだ。せめてオーシャンタワーからのうっとりするような夕陽には、感動して欲しいところだ。
駐車場に停めてある車に乗り込む前に、ホテルのカフェでテイクアウトしたグァバジュースを一口飲んでドリンクホルダーに置いた。五条くんも同じ物を頼み、助手席に座ってズズズと音を立てながら啜っている。車内オーディオのボタンを押すと既にセットされていたFM沖縄がスピーカーから流れ、聞いた事のある民謡が車内に響いた。途端、のどかな空気が漂う。
「旅は道連れですね」
「なんだそれ」
「長い人生、お互いに助け合うことが大切って意味です」
「助けてばっかだわ、俺」
「……それは、確かに」
「弱い奴らに気を使うのはホント疲れるよ」
不満を漏らしながらストローでカップの中の氷を乱暴につつく五条くんを横目に、私はホテルの売店で買った大きめのサングラスを装着した。安物だが、日差し対策でかけたほうがい日中は運転がしやすい。
「じゃあ疲れたらたまにこうして、ドライブでもしましょうか」
「ま、妥協案だな」
「サービスエリアの人気グルメ付きで」
「いいねそれ」
喉を鳴らして笑う彼の声を合図に車のキーを回し、ホテルの駐車場から発進した車は古宇利大橋を抜けて向けて走り出した。まるで海の上を走っているような気分が味わえる、絶景のドライブコースが間もなく私たちを待っている。
彼がまた沖縄に訪れる機会があればその時は――
苦い記憶が過った後に、ただの事務教員とありきたりな観光をした思い出が過ればいい。一人の教員と一人の生徒の、修学旅行とも呼べない旅の時間がゆったりと流れていった。
□ □ □
東京に戻ってから一週間後、五条くんの一人称が「俺」の他に「僕」が混ざるようになり、口調も徐々に柔らかく変化していった。心境の変化があったのか、理由は定かではない。
心が洗われるような沖縄の景色のおかげかも知れないなと、根拠もなく胸中で独り言ちた。
エメラエルドグリーンの海の色、地平線に見える朝陽、島を照らす燃えるような夕焼け、悠々と泳ぐ魚の群れ。どれもこれも、感動するような美しいものばかり。記憶の中に深く刻まれた鮮やかな色が、今でも目に焼き付いている。
end.
-高専編5-
ホテル内のエントランスは吹き抜けになっており、ガラスの天井から自然光が差し込んで開放的だ。廊下の所々にヤシの木が設置され、土産屋にはカラフルなハイビスカス柄のシャツやムームーが賑やかにディスプレイされていた。
ロビーに並ぶ革張りのソファの前には全面ガラスの窓があり、日没まで開放され風が通り抜ける。目の前の白い砂浜と透き通った海は、このホテルの宿泊者だけが利用できるプライベートビーチだ。
「お待たせしました」
ゆったりとソファに身を預け携帯を操作していた五条くんに声を掛けると、彼は物珍しい表情になる。サングラス越しでも目を見開いたのが分かった。私のラフな服装に驚いているようだ。確かに、これまでスーツ姿しか見せていないから珍しいの、かも。
「……琴音さ、最初から観光するつもりだった?」
「ち、違うんです。これはパジャマ代わりにもなるかと持ってきただけで……、サンダルも運転で足がむくんだ時用にと……」
「言い訳しなくていいって」
「ホントに違うんですって」
おもむろに立ち上がり、向かい合えば真剣な眼差しを向けられた。横から差し込む日差しでサングラスが透けて、瞳が海の底みたいな群青に光る。あー…、と何か言いたげに髪をかき上げる仕草に違和感を覚える。これは、もしや――、心の中の答えが的中する前に再び五条くんは口を開いた。
「さっきは俺、お前に――」
「……はい」
「惜しかったよなァ~」
「いえ……、あっ、え?」
「謝ると思った?バァーカ」
“ごめん”とか“悪かった”とか、おそらく一生に一度の謝罪の台詞を聞けると予想していたのだが、あっさりと外れて私は落胆した。何を期待したんだろう。五条くんは常に自分中心のルールで世界が回っていて、常識は通用しない。私もまだまだ彼への理解度が足りていないようだ。
「ロビーには来ないわ遅れる連絡もないわ、んで部屋に行けばノックしても返事なし。だから呪力で外から鍵開けて勝手に入ったんだよ」
「心配してくれたんですね。そこは、ありがとうございます」
「“そこは”、ねぇ…」
クス、と笑うと五条くんも気が抜けたようにつられて笑った。本気じゃないにしろ、襲われそうになったのは事実だ。皮肉ぐらい言い返してもいいいはず。心配してくれて様子を見に来てくれた事だけは、純粋に嬉しかった。
本日晴天、雲一つない最高のドライブ日和。
午後は始まったばかりで、確かに室内にいるなんて勿体ない。四月の沖縄は暑すぎなくて過ごしやすい。車のウィンドウを開けてドライブするのも気持ちよさそうだ。
「観光、どこに行きます?」
「お前が決めていいよ」
「お詫びのつもりですか?」
「いーや」
せっかくのいい天気だしな、と、再び目の前に広がるビーチを眺めた五条くんは柔らかい声で呟いた。久々に彼のこんな表情を見た気がする。張り詰めていた苛々も鋭い目付きも近づきがたかった雰囲気も、遠い昔の事のように感じた。
ここに来る前は――、どうして沖縄での任務なのかと偶然を恨めしく思った。五条くんにとって辛い場所ではないのかと。だが実際はどうだ。今目の前にいる彼の様子は、予想に反してとても穏やかだ。
性格は相変わらずの傍若無人なのに、行き先を決めさせてくれるなんて、やっぱりお詫びのつもりなんだろうなと都合のいいように解釈しておこう。
「美ら海水族館に行ってから、夕方からはまたこの島に戻ってオーシャンタワーに登りたいです」
いつか沖縄へ行けるなら…と、考えていた場所を告げると、眉をひそめて露骨に嫌な顔をされた。やはり、“美ら海水族館”に正直に引っ掛かったようだ。
「俺、二年前に水族館行った」
「知ってます。だから行くんです」
「……お前いい性格してんね」
「出発前に『気を使わなくていい』って言ったの、五条くんじゃないですか。それに、二年前は護衛任務でしたよね。今日は“観光”ですから、名物の黒潮の海もちゃんと見ましょうよ。私、前からジンベイザメを見てみたかったんです。あと、古宇利島のオーシャンタワーからの景色は人気なんですよ。今日は天気もいいですし絶好のチャンスです。日没は幻想的な橙が島を包みこんで――」
「急に饒舌。オタクか?」
突然の興奮気味な早口に、五条くん苦笑した。呆れ笑いでも構わない。今日と言う日が、戦う日々の束の間の休息になればいい。少しでも彼にとってそんな瞬間になればいいと願った。
文句を言いつつも、おそらく私の行きたい場所に一日一緒に回ってくれるだろう。美ら海水族館の大きな水槽を前に、感動もなくボーっと眺めて退屈そうにしている五条くんの未来が見える。ただ、きっと私の気が済むまで居てくれるはずだ。せめてオーシャンタワーからのうっとりするような夕陽には、感動して欲しいところだ。
駐車場に停めてある車に乗り込む前に、ホテルのカフェでテイクアウトしたグァバジュースを一口飲んでドリンクホルダーに置いた。五条くんも同じ物を頼み、助手席に座ってズズズと音を立てながら啜っている。車内オーディオのボタンを押すと既にセットされていたFM沖縄がスピーカーから流れ、聞いた事のある民謡が車内に響いた。途端、のどかな空気が漂う。
「旅は道連れですね」
「なんだそれ」
「長い人生、お互いに助け合うことが大切って意味です」
「助けてばっかだわ、俺」
「……それは、確かに」
「弱い奴らに気を使うのはホント疲れるよ」
不満を漏らしながらストローでカップの中の氷を乱暴につつく五条くんを横目に、私はホテルの売店で買った大きめのサングラスを装着した。安物だが、日差し対策でかけたほうがい日中は運転がしやすい。
「じゃあ疲れたらたまにこうして、ドライブでもしましょうか」
「ま、妥協案だな」
「サービスエリアの人気グルメ付きで」
「いいねそれ」
喉を鳴らして笑う彼の声を合図に車のキーを回し、ホテルの駐車場から発進した車は古宇利大橋を抜けて向けて走り出した。まるで海の上を走っているような気分が味わえる、絶景のドライブコースが間もなく私たちを待っている。
彼がまた沖縄に訪れる機会があればその時は――
苦い記憶が過った後に、ただの事務教員とありきたりな観光をした思い出が過ればいい。一人の教員と一人の生徒の、修学旅行とも呼べない旅の時間がゆったりと流れていった。
□ □ □
東京に戻ってから一週間後、五条くんの一人称が「俺」の他に「僕」が混ざるようになり、口調も徐々に柔らかく変化していった。心境の変化があったのか、理由は定かではない。
心が洗われるような沖縄の景色のおかげかも知れないなと、根拠もなく胸中で独り言ちた。
エメラエルドグリーンの海の色、地平線に見える朝陽、島を照らす燃えるような夕焼け、悠々と泳ぐ魚の群れ。どれもこれも、感動するような美しいものばかり。記憶の中に深く刻まれた鮮やかな色が、今でも目に焼き付いている。
end.