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►真波19才(大学生)・夢主(契約社員:レジ・ホール補佐)
イレギュラーコンフェッション
「坂が好きなのもいい。ロード通勤だって禁止してないよ。でもそれは遅刻の理由にならないからね?」
店の裏にある駐輪場にこっそりとロードを停めに来た俺を仁王立ちで待ちかまえていたのは、二歳年上の先輩。
既に店の制服に着替え、その可愛らしいウェイトレスの制服とは似合わない皺を眉間に寄せていた。今日はまた一段と怒ってるなぁと瞬時に理解する。俺は手早くロードバイクに鍵をかけてとりあえず謝罪を込めて挨拶と会釈をした。
「朝から団体客が来て午前中からてんてこ舞いなの。さっさと着替えてホール出てきて」
あぁそうか、だから機嫌が悪かったのか。慌てて更衣室に入りチャキチャキと着替えながら、俺は頭の片隅で琴音さんの機嫌の悪さで午前の忙しさを察した。ウチの店のピークはだいたいランチタイムと夕飯時。午前は空いてる事が多いのだが、時々、団体の客がオープンから来ることがある。シフトは基本、ピーク時を中心に組んでるから、午前シフトが一人でも欠けると必然的に他の人にしわ寄せがいくことになる。欠けてたのは言わずもがな遅刻してきた俺なんだけど。
朝の山は一段と空気が澄んでて気持ちいいんだ。だからまぁ、その、店に来る前に少し走ろうと寄り道をしてた――その事も琴音さんには当たり前のように見抜かれていた。
慌てて制服に着替えたせいでボタンを掛け違えタイも外したまま、構わずにホールに出た時、琴音さんは俺の着崩れ具合に気づいたものの、料理を運ぶのが優先だからと判断したのか何の指摘もしなかった。してる余裕がないという感じだ。いつもなら早歩きで近づいて直してくれる場面だが、今日は諦めよう。俺もそのままホールで忙しなく働き始めた。
運よく、昼からのシフトの東堂さんが早めに出勤して来てくれたので、オープンからのピークに引き続いてノンストップでやって来るランチのピークタイムも、何とかさばくことが出来た。さすが、すごいや東堂さん。よく喋るけどその分、気もまわる。本人が望めばホールマネージャーへの昇格も時間の問題だろうなぁ。
・・・
・・・・・
・・・・・・
一段落してやっと昼休憩に入ったのは午後二時半過ぎ。まかないを適当に作ってもらってスタッフルームに行くと、一足先に椅子に座って休んでいた琴音さんと目が合った。“おつかれ”、と、一応挨拶はしてくれたからもう怒ってないのかな。遅刻した俺への怒りよりも、ひとまずピークタイムを終えたことに安堵している様子だ。
「とりあえず何とかなってよかったですねぇ」
俺の暢気さとは逆に、琴音さんからは呆れと怒りを含んだ声が返される。
「ですねぇ…じゃないでしょ!もう店長から何か言われても庇いきれないからね?」
「はは、俺クビになっちゃいますかね」
テーブルを挟んで向かい側に座りつつ、俺はパスタを食べ始めた。彼女はオニオングラタンスープだけだ。そんなサイドメニュー的なもので足りるのかなって思ったけど、きっと空腹もピークを過ぎてしまうとたくさん食べれないっていう感じだろうか。俺がちゃんと午前の出勤時間にきていれば、ここまで琴音さんを巻き込んで休憩時間が押すこともなかったんだろかと思うと、『ごはんそれだけですか?』なんて聞けなかった。うっかり聞いたなら、“誰のせいだと思ってんの!”って不機嫌な声が飛んできそうだ。
「遅刻癖が原因でクビになったら、もう琴音さんにも会えなくなっちゃいますね」
「そうだね。そうなるね」
「琴音さん、俺に会えなくなったら寂しい?」
「ハイハイ、さみしいさみしい」
「それなら俺、頑張ろうかな」
「うんうん、ありがと……、頑張ってね」
「じゃあ、頑張ります。とりあえず一ヶ月…いや、一週間から」
「期待は…してないけど…、ホントにできたら…見直す…よ」
もぐもぐと口を動かしながらもぼんやりと会話していると、だんだん琴音さんの相槌が適当になっていくのが分かった。食べ終えるとすぐにテーブルの上に顔を突っ伏して、そのうち相槌も返ってこなくなりスゥスゥと寝息を立てて眠り始めた。俺の席からは腕を枕にした隙間から長い睫が伏せているのが見えた。…そういえば琴音さん、6連勤だよな。代理で出勤してる日もあるし。
規則的な寝息を聞いてると俺まで眠たくなってしまうけど、休憩時間が終わる少し前になったら起こしてあげよう。
眠たげな柔らかい声色で“見直すよ”と言われたその言葉が、“惚れ直すよ”だったらよかったのに。それだったらもっと嬉しかったのにと、自然にそう思った。
――前から知ってたけど、俺この人が好きなんだなぁ。
そっか、そうだな、そうだった。
俺がカフェCadenceにバイトに入った初日、教育係として付きっきりで面倒見てくれたのは琴音さんだった。
覚えるまでちゃんと丁寧にわかりやすくレクチャーしてくれたおかげで、嫌な思いをしたことは一度もなかった。周りの友達からもよく聞くけど、“先輩に恵まれたらラッキー”だってことを実感した。
遅刻もするし、客に対する対応もそこそこ、制服の着方ひとつ間が抜けていたりする俺も――遅刻は相変わらずだけど――、一通り仕事を問題なくこなせるようになったのは彼女のおかげだ。
彼女はきっと内心呆れていただろうけど、それでも後輩である俺を見限るような事はしなかった。琴音さんにとって教育係は“仕事の一環”であって、俺が期待してしまう個人的な想いなんてものは、おそらくひとカケラもないだろう。後輩以上の感情を持たれている?なんて勘違させる素振りも一切なかった。
だとしてもやっぱり、自分の気持ちは変わらない。
俺がこの人を好きなんだ。どこがいいのか?タイプだったから?そんなの、追求したところで好きの理由なんて全部後付だ。
……ずっと教育係のまま、俺に付きっきりだったらいいのに。
休憩時間があと少しで終わる。気持ちよさそうに眠っている顔をもっと近くで見たいのに、突っ伏しているせいで見れないのが惜しい。でもそんな寝方してたら、前髪の痕がおでこについちゃうのになぁ。不意に、彼女の無防備さに心が痛む。琴音さんは俺を男とて見てくれてない。あくまで後輩なんだ。この心地よい関係を、俺が「好き」と告げたら壊してしまうかも知れない。
告げたい、知っていて欲しいと願うのはエゴだ。もし告げたとしても、たいていの事は時間が経てば元に戻れる事が多いだろう。だけど、二度と同じ形にはならない。似たような形には戻れても、やはりそれは形が歪になる。好きな人が出来て、俺はこの歳で初めてそんな当たり前の事に気づいたんだ。
「遅刻しなくなったら……、見直すんじゃなくて惚れ直して」
目の前の相手が眠っているのを良いことに、俺は先程、彼女に言ってほしかった言葉を小声で要望していた。意識して声を出したつもりはなく、不意に喉から発していたのだ。
「俺を好きになってくださいよ」
遅刻をする・しないでどうして人を好きになるんだ?そもそも、そこが人を好きになる要素じゃないだろって、自分でも可笑しくなって笑いそうになった。何言ってんだろって。
バカな事言ってないでそろそろ琴音さんを起こすかと椅子から立ち上がり彼女の横に立って気づいた事がある。肩が上下していない。寝息が止まっている
――あ。
勘のいい俺が察するに、ほんの少し前から起きていたであろう琴音さん。見下ろせば髪の隙間から見える耳が真っ赤に染まっていた。俺の独り言みたいな告白が聞かれていたことは明らかだった。
今すぐに、冗談ですよ~と笑って誤魔化せばなかったことに出来るのに、いつものヘラヘラとした笑い声が俺から出てこない。出てこいと思っても拒絶しているみたいだった。誤魔化すのは、彼女の反応を見てからでも遅くないと咄嗟に判断したからだ。
琴音さんはゆっくりと顔を上げても俺を見ようとはしなかった。耳だけでなく心なしか頬も紅潮していて、朝会ったときと変わらず眉間に皺を寄せていた。困り顔?だけど、いつもと違う。
「……寝てる時に言うなんてずるいよ。ちゃんと起きてる時に言って」
いつものハキハキとした声とは打って変わって初々しい少女のようなか細い声で言うものだから、思わず俺が吹き出したら、笑うなぁ!って怒られた。らしくないけど愛らしい、そんな表情をさせてるのが俺なんだから、堪らなく嬉しい。
同じ気持ちの答え合わせは意外な形になってしまったけど、イレギュラーは得意なんだ。二度目の告白は、琴音さんのご要望通り、ちゃんと目を合わせて告げないと。
イレギュラーコンフェッション
「坂が好きなのもいい。ロード通勤だって禁止してないよ。でもそれは遅刻の理由にならないからね?」
店の裏にある駐輪場にこっそりとロードを停めに来た俺を仁王立ちで待ちかまえていたのは、二歳年上の先輩。
既に店の制服に着替え、その可愛らしいウェイトレスの制服とは似合わない皺を眉間に寄せていた。今日はまた一段と怒ってるなぁと瞬時に理解する。俺は手早くロードバイクに鍵をかけてとりあえず謝罪を込めて挨拶と会釈をした。
「朝から団体客が来て午前中からてんてこ舞いなの。さっさと着替えてホール出てきて」
あぁそうか、だから機嫌が悪かったのか。慌てて更衣室に入りチャキチャキと着替えながら、俺は頭の片隅で琴音さんの機嫌の悪さで午前の忙しさを察した。ウチの店のピークはだいたいランチタイムと夕飯時。午前は空いてる事が多いのだが、時々、団体の客がオープンから来ることがある。シフトは基本、ピーク時を中心に組んでるから、午前シフトが一人でも欠けると必然的に他の人にしわ寄せがいくことになる。欠けてたのは言わずもがな遅刻してきた俺なんだけど。
朝の山は一段と空気が澄んでて気持ちいいんだ。だからまぁ、その、店に来る前に少し走ろうと寄り道をしてた――その事も琴音さんには当たり前のように見抜かれていた。
慌てて制服に着替えたせいでボタンを掛け違えタイも外したまま、構わずにホールに出た時、琴音さんは俺の着崩れ具合に気づいたものの、料理を運ぶのが優先だからと判断したのか何の指摘もしなかった。してる余裕がないという感じだ。いつもなら早歩きで近づいて直してくれる場面だが、今日は諦めよう。俺もそのままホールで忙しなく働き始めた。
運よく、昼からのシフトの東堂さんが早めに出勤して来てくれたので、オープンからのピークに引き続いてノンストップでやって来るランチのピークタイムも、何とかさばくことが出来た。さすが、すごいや東堂さん。よく喋るけどその分、気もまわる。本人が望めばホールマネージャーへの昇格も時間の問題だろうなぁ。
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一段落してやっと昼休憩に入ったのは午後二時半過ぎ。まかないを適当に作ってもらってスタッフルームに行くと、一足先に椅子に座って休んでいた琴音さんと目が合った。“おつかれ”、と、一応挨拶はしてくれたからもう怒ってないのかな。遅刻した俺への怒りよりも、ひとまずピークタイムを終えたことに安堵している様子だ。
「とりあえず何とかなってよかったですねぇ」
俺の暢気さとは逆に、琴音さんからは呆れと怒りを含んだ声が返される。
「ですねぇ…じゃないでしょ!もう店長から何か言われても庇いきれないからね?」
「はは、俺クビになっちゃいますかね」
テーブルを挟んで向かい側に座りつつ、俺はパスタを食べ始めた。彼女はオニオングラタンスープだけだ。そんなサイドメニュー的なもので足りるのかなって思ったけど、きっと空腹もピークを過ぎてしまうとたくさん食べれないっていう感じだろうか。俺がちゃんと午前の出勤時間にきていれば、ここまで琴音さんを巻き込んで休憩時間が押すこともなかったんだろかと思うと、『ごはんそれだけですか?』なんて聞けなかった。うっかり聞いたなら、“誰のせいだと思ってんの!”って不機嫌な声が飛んできそうだ。
「遅刻癖が原因でクビになったら、もう琴音さんにも会えなくなっちゃいますね」
「そうだね。そうなるね」
「琴音さん、俺に会えなくなったら寂しい?」
「ハイハイ、さみしいさみしい」
「それなら俺、頑張ろうかな」
「うんうん、ありがと……、頑張ってね」
「じゃあ、頑張ります。とりあえず一ヶ月…いや、一週間から」
「期待は…してないけど…、ホントにできたら…見直す…よ」
もぐもぐと口を動かしながらもぼんやりと会話していると、だんだん琴音さんの相槌が適当になっていくのが分かった。食べ終えるとすぐにテーブルの上に顔を突っ伏して、そのうち相槌も返ってこなくなりスゥスゥと寝息を立てて眠り始めた。俺の席からは腕を枕にした隙間から長い睫が伏せているのが見えた。…そういえば琴音さん、6連勤だよな。代理で出勤してる日もあるし。
規則的な寝息を聞いてると俺まで眠たくなってしまうけど、休憩時間が終わる少し前になったら起こしてあげよう。
眠たげな柔らかい声色で“見直すよ”と言われたその言葉が、“惚れ直すよ”だったらよかったのに。それだったらもっと嬉しかったのにと、自然にそう思った。
――前から知ってたけど、俺この人が好きなんだなぁ。
そっか、そうだな、そうだった。
俺がカフェCadenceにバイトに入った初日、教育係として付きっきりで面倒見てくれたのは琴音さんだった。
覚えるまでちゃんと丁寧にわかりやすくレクチャーしてくれたおかげで、嫌な思いをしたことは一度もなかった。周りの友達からもよく聞くけど、“先輩に恵まれたらラッキー”だってことを実感した。
遅刻もするし、客に対する対応もそこそこ、制服の着方ひとつ間が抜けていたりする俺も――遅刻は相変わらずだけど――、一通り仕事を問題なくこなせるようになったのは彼女のおかげだ。
彼女はきっと内心呆れていただろうけど、それでも後輩である俺を見限るような事はしなかった。琴音さんにとって教育係は“仕事の一環”であって、俺が期待してしまう個人的な想いなんてものは、おそらくひとカケラもないだろう。後輩以上の感情を持たれている?なんて勘違させる素振りも一切なかった。
だとしてもやっぱり、自分の気持ちは変わらない。
俺がこの人を好きなんだ。どこがいいのか?タイプだったから?そんなの、追求したところで好きの理由なんて全部後付だ。
……ずっと教育係のまま、俺に付きっきりだったらいいのに。
休憩時間があと少しで終わる。気持ちよさそうに眠っている顔をもっと近くで見たいのに、突っ伏しているせいで見れないのが惜しい。でもそんな寝方してたら、前髪の痕がおでこについちゃうのになぁ。不意に、彼女の無防備さに心が痛む。琴音さんは俺を男とて見てくれてない。あくまで後輩なんだ。この心地よい関係を、俺が「好き」と告げたら壊してしまうかも知れない。
告げたい、知っていて欲しいと願うのはエゴだ。もし告げたとしても、たいていの事は時間が経てば元に戻れる事が多いだろう。だけど、二度と同じ形にはならない。似たような形には戻れても、やはりそれは形が歪になる。好きな人が出来て、俺はこの歳で初めてそんな当たり前の事に気づいたんだ。
「遅刻しなくなったら……、見直すんじゃなくて惚れ直して」
目の前の相手が眠っているのを良いことに、俺は先程、彼女に言ってほしかった言葉を小声で要望していた。意識して声を出したつもりはなく、不意に喉から発していたのだ。
「俺を好きになってくださいよ」
遅刻をする・しないでどうして人を好きになるんだ?そもそも、そこが人を好きになる要素じゃないだろって、自分でも可笑しくなって笑いそうになった。何言ってんだろって。
バカな事言ってないでそろそろ琴音さんを起こすかと椅子から立ち上がり彼女の横に立って気づいた事がある。肩が上下していない。寝息が止まっている
――あ。
勘のいい俺が察するに、ほんの少し前から起きていたであろう琴音さん。見下ろせば髪の隙間から見える耳が真っ赤に染まっていた。俺の独り言みたいな告白が聞かれていたことは明らかだった。
今すぐに、冗談ですよ~と笑って誤魔化せばなかったことに出来るのに、いつものヘラヘラとした笑い声が俺から出てこない。出てこいと思っても拒絶しているみたいだった。誤魔化すのは、彼女の反応を見てからでも遅くないと咄嗟に判断したからだ。
琴音さんはゆっくりと顔を上げても俺を見ようとはしなかった。耳だけでなく心なしか頬も紅潮していて、朝会ったときと変わらず眉間に皺を寄せていた。困り顔?だけど、いつもと違う。
「……寝てる時に言うなんてずるいよ。ちゃんと起きてる時に言って」
いつものハキハキとした声とは打って変わって初々しい少女のようなか細い声で言うものだから、思わず俺が吹き出したら、笑うなぁ!って怒られた。らしくないけど愛らしい、そんな表情をさせてるのが俺なんだから、堪らなく嬉しい。
同じ気持ちの答え合わせは意外な形になってしまったけど、イレギュラーは得意なんだ。二度目の告白は、琴音さんのご要望通り、ちゃんと目を合わせて告げないと。