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►新開21才(大学生)・夢主(契約社員:ホールマネージャー)
ハイパーセキュリティ
都内でも人気のカフェCadenceにバイトとして入ってからは一年半だが、そもそものキッカケは俺はこの店のスイーツ全般が好きだったからだ。パフェもケーキも、どれも美味しい。
季節のメニューが出る度に食べに来るほどだった。気が付いたら靖友のが先に「通いやすい場所にあるから」という理由でバイトとして働いていて、それから間もなく俺も面接し、ホール担当として採用になった。
この店の売りはスイーツだけじゃない。食事もできるしメニューは洋食に限るが結構ラインナップも多い。それに、店の雰囲気もレトロでオシャレだ。チェーン店じゃないからここでしか食べられないメニューが多いため、常連客も結構いる。俺も常連客の一人だったワケだしな。
仕事にも慣れてきてはじめて迎えた年末。冬休みということもあって店は連日繁盛していた。やってみてわかったが、接客業は嫌いじゃないってこと。向いてるかどうかはわからないが、俺自身がやって楽しいって思える仕事でよかった。バイトだってころころ変えるより、できるだけ同じ店で長く働いた方がいいだろうから。
『5番テーブル、料理出来ました』
「了解」
ベルトに引っかけられるポーチの中にトランシーバーを入れ、イヤホンマイクで指示を受けて俺は厨房から料理を受け取り5番テーブルまで運んだ。ホールの中の仕事は、オーダーを取ること、料理を運ぶこと……他にも細々した仕事はたくさんあるが、厨房との連携が必要になってくる。注文されたものを的確に、手早くお客様に運ぶこと。
その『連携』の要になっているのが“ホールマネージャー”だ。琴音は俺と同い年ながらテキパキと仕事をこなすリーダー的なポジション。高校の頃からこの店でバイトをし、卒業後に契約社員として働いているらしい。
彼女自身、ホールの補佐をしながらもホール・厨房など全体の動きを見渡して的確な指示をしてくる。どこの担当のヘルプもできるエキスパートだ。契約社員にスカウトされただけの事はある。
俺たちバイトじゃわからないことがあれば、すぐさま接客を代わってくれるのも彼女だ。小柄で、笑うと可愛くて、でも仕事は人一倍こなし、誰からも頼りにされるところはすごいカッコいいなって思う。
一度だけ帰りが一緒になった時に、お互いに遅番だったから何か食べて帰らないかと誘ってみたところOKしてもらって、居酒屋に入ったことがある。美味しいと焼き鳥に感動して頬張りながら笑った顔を見たり、昔よくやった失敗エピソードを聞いたり、友達みたいに楽しい時間が過ごせたのが――あれが始まりだった。仕事でのONの彼女とOFFの彼女のギャップにあてられ、俺が彼女のことを好きになったキッカケの日。
まだ告白はしてないが、どうにか年内に――と思って結局年末までずるずると引きずってしまった。俺の気持ちにとっくに気づいていた靖友には『早く言っちまえ!』って怒られたけど、どうにもあと一歩勇気が出ない。……女々しいのは重々、自覚してる。
『新開くん、アナザーお願いします』
アナザーとは、テーブルを回っておかわりを希望するお客様へ珈琲のおかわりを注ぐことだ。ウチの店ではオリジナルブレンド珈琲を注文した方のみ、無料でおかわりOKにしていた。料理を運び終えてイヤホンから琴音の声で指示が入り、コーヒーポットを取りに行こうと厨房付近まで歩いている途中、ぐいっと袖が引っ張られて俺は立ち止まった。
俺が引っ張られた方を振り向くと、常連客の見知った顔。これがはじめてじゃないので、あぁ、またかと心の中で独り言ちた。俺がシフトに入ってるときは決まってこの子がいるんだよな。
いつも女の子二人組で来て食事をしてケーキを頼んで、いつも三時間ぐらい長居してる。靖友が言うには、俺狙いで店に来てることは明確だろって。でも来る度にちゃんと店で食事してくれるわけだから客であることには変わりない。
ただ、ここ最近はシャツをぐいっとやられて引き留められるから――それはちょっと困ったな。
横目でチラっとホールの隅っこに立つ琴音を見ると、俺が客に呼び止められているのに気づいて彼女は自らコーヒーポットを持って客席を回っていった。
あぁ、手を煩わせちまったと肩を落とす俺の気持ちも知らず、目の前の常連客は話しかけてきた。
「今日のケーキもすっごい美味しかった!これいつまでやってるメニューなの?」
「それは来月いっぱいまでのメニューになります」
「じゃあ新開さんが居るときにまた必ず食べに来るね!」
ニッコリと笑うお客さんを前に俺の思考は一瞬固まる。…それってどういう意味だろう。やはり俺の居る日を必ず狙って来てるってことなんだろうか。シフトは店内以外の人には口外禁止ってことになってるんだが。
テーブルを順番に回ってきた琴音が、アイコンタクトで俺に他のテーブルへと指示を促した。俺が決まってあのお客さんに捕まるのはココ最近の日常で珍しい光景でもない。その度に琴音は見兼ねてヘルプしてくれるんだ。
「申し訳御座いません。接客を代わらせて頂きます」
「……またアンタ?新開さんと話してるんだから邪魔しないでよ」
その場を去ろうとしたが、俺と話す時のトーンとは打って変わって怒気を含んだ声を琴音は客から浴びせられていた。
一気に険悪な空気がその場に漂う。ただ、琴音の姿勢もピシッと整ったままでまるで怯んでいる様子はなかった。高い位置で一つに束ねた髪も、一文字に結んだ唇も、パッチリと開いた瞳も、いつもより凛々しく見えた。
「お客様がとある従業員に嘘をついてシフト表を入手したという話を耳にしました。当店はそのような迷惑行為は見過ごせません。お代は結構ですので本日はもうお帰り下さい。今後はどうぞ他の店でお食事をなさって下さいませ」
一言一句、聞き取りやすい声で客に告げ、頭を下げる琴音。丁寧な物言いだがその内容は酷なものだった。要するに、金輪際このカフェへの『出入り禁止』を言い渡されたのだ。琴音のことだからこの件、既に先回りして店長へも相談済なのだろう。確かにこの客が俺目当てに誰か他の店員を騙してシフト表を入手したのが事実なら、ストーカー…みたいなもんか?
顔を真っ赤にして腹を立てたその二人組は、怒って立ち去ってとりあえず事なきを得たが、その後、琴音は逃げるように足早に休憩室へ入っていったので俺も後を追った。扉を開けるとそこには、へなへなと壁に寄りかかって座り込む彼女の姿。慌てて駆け寄って肩を抱きとめた。
「琴音、お、おめさん大丈夫か…っ!?」
「は~、緊張したぁ…平手打ちされるかもって覚悟してたんだけど、無事だったよ」
顔を覗き込むと彼女はヘラっとした笑顔で笑っていたが、その額には汗が滲んでいた。よっぽど緊張してたんだな。
「あの人にしつこく頼み込まれてシフト表のコピー渡しちゃったって、坂道くんが私に相談してきたから、もう裏はとれてたんだ。あとはどう出禁を言い渡そうかと考えてたんだけど、直接言えたからよかった。年内に厄介事がひとつ片づいたよ」
「そんな、……だからって俺のために琴音が恨み買うような真似することはないだろ」
「みんながホールで快適に働くためにベストを尽くすのも、ホールマネージャーのお仕事だからね」
ふう、と一息ついて満足げに言う彼女の言葉に俺の心の奥底に火が灯ったみたいに温かくなる。いつも自分のことは後回しにして、自分以外のみんなのために一生懸命で、そんなお前だから俺はきっと好きになったんだろうな。
でも、緊張してる姿なんてはじめて見た。いつもテキパキと凛々しいイメージが強かったけど、こうやって弱々しくへたり込む姿も俺の目には可愛く映って仕方ない。
「今度は……、俺が守るから。お前を困らせるような奴がいたら俺が追っ払ってやる」
「あはは、大丈夫だよ。今回のことで私に恩を感じたりしなくていいんだよ?」
「別に恩に感じてるからってワケじゃないさ。必要に迫られなくたって俺は琴音を守りたいって思ってる」
「新開くん、優しいね」
「……誰にでもそうってワケじゃないさ」
抱きとめている細い肩を支える手に少しだけ力が入る。告白なんて、伝えようと思って狙ったタイミングで言えるタイプじゃないんだ、俺は。自然に想いが溢れて言葉になる。そんなタイミングがある。そう、ちょうど今みたいなタイミング。
――『俺にとって、琴音は特別だからだよ』って、気が付いたら声に出ていた。
ハイパーセキュリティ
都内でも人気のカフェCadenceにバイトとして入ってからは一年半だが、そもそものキッカケは俺はこの店のスイーツ全般が好きだったからだ。パフェもケーキも、どれも美味しい。
季節のメニューが出る度に食べに来るほどだった。気が付いたら靖友のが先に「通いやすい場所にあるから」という理由でバイトとして働いていて、それから間もなく俺も面接し、ホール担当として採用になった。
この店の売りはスイーツだけじゃない。食事もできるしメニューは洋食に限るが結構ラインナップも多い。それに、店の雰囲気もレトロでオシャレだ。チェーン店じゃないからここでしか食べられないメニューが多いため、常連客も結構いる。俺も常連客の一人だったワケだしな。
仕事にも慣れてきてはじめて迎えた年末。冬休みということもあって店は連日繁盛していた。やってみてわかったが、接客業は嫌いじゃないってこと。向いてるかどうかはわからないが、俺自身がやって楽しいって思える仕事でよかった。バイトだってころころ変えるより、できるだけ同じ店で長く働いた方がいいだろうから。
『5番テーブル、料理出来ました』
「了解」
ベルトに引っかけられるポーチの中にトランシーバーを入れ、イヤホンマイクで指示を受けて俺は厨房から料理を受け取り5番テーブルまで運んだ。ホールの中の仕事は、オーダーを取ること、料理を運ぶこと……他にも細々した仕事はたくさんあるが、厨房との連携が必要になってくる。注文されたものを的確に、手早くお客様に運ぶこと。
その『連携』の要になっているのが“ホールマネージャー”だ。琴音は俺と同い年ながらテキパキと仕事をこなすリーダー的なポジション。高校の頃からこの店でバイトをし、卒業後に契約社員として働いているらしい。
彼女自身、ホールの補佐をしながらもホール・厨房など全体の動きを見渡して的確な指示をしてくる。どこの担当のヘルプもできるエキスパートだ。契約社員にスカウトされただけの事はある。
俺たちバイトじゃわからないことがあれば、すぐさま接客を代わってくれるのも彼女だ。小柄で、笑うと可愛くて、でも仕事は人一倍こなし、誰からも頼りにされるところはすごいカッコいいなって思う。
一度だけ帰りが一緒になった時に、お互いに遅番だったから何か食べて帰らないかと誘ってみたところOKしてもらって、居酒屋に入ったことがある。美味しいと焼き鳥に感動して頬張りながら笑った顔を見たり、昔よくやった失敗エピソードを聞いたり、友達みたいに楽しい時間が過ごせたのが――あれが始まりだった。仕事でのONの彼女とOFFの彼女のギャップにあてられ、俺が彼女のことを好きになったキッカケの日。
まだ告白はしてないが、どうにか年内に――と思って結局年末までずるずると引きずってしまった。俺の気持ちにとっくに気づいていた靖友には『早く言っちまえ!』って怒られたけど、どうにもあと一歩勇気が出ない。……女々しいのは重々、自覚してる。
『新開くん、アナザーお願いします』
アナザーとは、テーブルを回っておかわりを希望するお客様へ珈琲のおかわりを注ぐことだ。ウチの店ではオリジナルブレンド珈琲を注文した方のみ、無料でおかわりOKにしていた。料理を運び終えてイヤホンから琴音の声で指示が入り、コーヒーポットを取りに行こうと厨房付近まで歩いている途中、ぐいっと袖が引っ張られて俺は立ち止まった。
俺が引っ張られた方を振り向くと、常連客の見知った顔。これがはじめてじゃないので、あぁ、またかと心の中で独り言ちた。俺がシフトに入ってるときは決まってこの子がいるんだよな。
いつも女の子二人組で来て食事をしてケーキを頼んで、いつも三時間ぐらい長居してる。靖友が言うには、俺狙いで店に来てることは明確だろって。でも来る度にちゃんと店で食事してくれるわけだから客であることには変わりない。
ただ、ここ最近はシャツをぐいっとやられて引き留められるから――それはちょっと困ったな。
横目でチラっとホールの隅っこに立つ琴音を見ると、俺が客に呼び止められているのに気づいて彼女は自らコーヒーポットを持って客席を回っていった。
あぁ、手を煩わせちまったと肩を落とす俺の気持ちも知らず、目の前の常連客は話しかけてきた。
「今日のケーキもすっごい美味しかった!これいつまでやってるメニューなの?」
「それは来月いっぱいまでのメニューになります」
「じゃあ新開さんが居るときにまた必ず食べに来るね!」
ニッコリと笑うお客さんを前に俺の思考は一瞬固まる。…それってどういう意味だろう。やはり俺の居る日を必ず狙って来てるってことなんだろうか。シフトは店内以外の人には口外禁止ってことになってるんだが。
テーブルを順番に回ってきた琴音が、アイコンタクトで俺に他のテーブルへと指示を促した。俺が決まってあのお客さんに捕まるのはココ最近の日常で珍しい光景でもない。その度に琴音は見兼ねてヘルプしてくれるんだ。
「申し訳御座いません。接客を代わらせて頂きます」
「……またアンタ?新開さんと話してるんだから邪魔しないでよ」
その場を去ろうとしたが、俺と話す時のトーンとは打って変わって怒気を含んだ声を琴音は客から浴びせられていた。
一気に険悪な空気がその場に漂う。ただ、琴音の姿勢もピシッと整ったままでまるで怯んでいる様子はなかった。高い位置で一つに束ねた髪も、一文字に結んだ唇も、パッチリと開いた瞳も、いつもより凛々しく見えた。
「お客様がとある従業員に嘘をついてシフト表を入手したという話を耳にしました。当店はそのような迷惑行為は見過ごせません。お代は結構ですので本日はもうお帰り下さい。今後はどうぞ他の店でお食事をなさって下さいませ」
一言一句、聞き取りやすい声で客に告げ、頭を下げる琴音。丁寧な物言いだがその内容は酷なものだった。要するに、金輪際このカフェへの『出入り禁止』を言い渡されたのだ。琴音のことだからこの件、既に先回りして店長へも相談済なのだろう。確かにこの客が俺目当てに誰か他の店員を騙してシフト表を入手したのが事実なら、ストーカー…みたいなもんか?
顔を真っ赤にして腹を立てたその二人組は、怒って立ち去ってとりあえず事なきを得たが、その後、琴音は逃げるように足早に休憩室へ入っていったので俺も後を追った。扉を開けるとそこには、へなへなと壁に寄りかかって座り込む彼女の姿。慌てて駆け寄って肩を抱きとめた。
「琴音、お、おめさん大丈夫か…っ!?」
「は~、緊張したぁ…平手打ちされるかもって覚悟してたんだけど、無事だったよ」
顔を覗き込むと彼女はヘラっとした笑顔で笑っていたが、その額には汗が滲んでいた。よっぽど緊張してたんだな。
「あの人にしつこく頼み込まれてシフト表のコピー渡しちゃったって、坂道くんが私に相談してきたから、もう裏はとれてたんだ。あとはどう出禁を言い渡そうかと考えてたんだけど、直接言えたからよかった。年内に厄介事がひとつ片づいたよ」
「そんな、……だからって俺のために琴音が恨み買うような真似することはないだろ」
「みんながホールで快適に働くためにベストを尽くすのも、ホールマネージャーのお仕事だからね」
ふう、と一息ついて満足げに言う彼女の言葉に俺の心の奥底に火が灯ったみたいに温かくなる。いつも自分のことは後回しにして、自分以外のみんなのために一生懸命で、そんなお前だから俺はきっと好きになったんだろうな。
でも、緊張してる姿なんてはじめて見た。いつもテキパキと凛々しいイメージが強かったけど、こうやって弱々しくへたり込む姿も俺の目には可愛く映って仕方ない。
「今度は……、俺が守るから。お前を困らせるような奴がいたら俺が追っ払ってやる」
「あはは、大丈夫だよ。今回のことで私に恩を感じたりしなくていいんだよ?」
「別に恩に感じてるからってワケじゃないさ。必要に迫られなくたって俺は琴音を守りたいって思ってる」
「新開くん、優しいね」
「……誰にでもそうってワケじゃないさ」
抱きとめている細い肩を支える手に少しだけ力が入る。告白なんて、伝えようと思って狙ったタイミングで言えるタイプじゃないんだ、俺は。自然に想いが溢れて言葉になる。そんなタイミングがある。そう、ちょうど今みたいなタイミング。
――『俺にとって、琴音は特別だからだよ』って、気が付いたら声に出ていた。