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►荒北21才(大学生)・夢主(契約社員:厨房担当)
フランボワーズフレーバー
閉店後の片付けも終わり、外の看板を中へしまおうと外に出れば肌寒さに身震いした。
季節は十二月所旬――夕方には空が暗くなり月が顔を覗かせていた。まぁた風邪のひきやすい季節がきやがったと、俺は鼻をすすった。体脂肪が少ないせいで毎年冬になると風邪を引く。
気を付けてても結局、今年も引いちまうんだろなと諦めに似た気持ちが湧いてくる。
「あ、荒北さん。お先に失礼します!」
「おう、お疲れ小野田チャン」
半年前にこの店にバイトとしてやって来た小野田チャンは、俺と話すたびにビクビクおどおどしてやがったが、ここ最近は慣れてきたからか、ちゃんと目を見て話せるようになってきた。素直でいい後輩だし、接客も丁寧で店のメンバーからも客からも好かれてる。堅苦しい制服から私服へ着替え、一人、また一人と帰って行くのを横目で見送りながら、俺はエプロンの紐を後ろ手で解きながら厨房へ向かった。
そこには、まだコックコートを着たまま熱心に生クリームを泡立てる琴音の姿があった。つーか、もう九時回ってんのに、まだ何か作る気かよ。今日だって休日で客がたくさん来て大繁盛、ホール担当もヘトヘトになるぐらい働いたんだから厨房の奴らも同じはずだ。
なのに、まだ何かやる体力が残ってんのは感心するやら…呆れるやら。
俺がバイトで入った時、既にこいつは契約社員として働いていた。バイト時代からずっと厨房を担当してきたから、新メニュー開発に携わることも多々あり、今ではそれを任される立場になった。
穏やかでゆったりとした性格からは少しも垣間見えネェほど、調理に集中している時の琴音の動きは手早い。付き合い始めて、そのギャップがますます魅力的に見えちまうもんだから、俺は閉店後にこうして調理場を見に来るのが日課になっていた。さすがに営業中じゃあわざわざ見に来る余裕ねぇからな。
壁に寄りかかりながらしばらく見つめてると、やっと俺の視線に気づいた琴音が顔を上げた。
泡立てた生クリームが飛んだのか鼻の頭についていて、マヌケ面。俺に驚いてビクッと肩を震わせていた。ホント、集中してる時は何も見えてねェーんだな。
「や、靖友くん、いつからいたの?声かけてよぉ」
「普通気づくだろが、バァカ。…ったぁく、びっくりしてんじゃねーヨ」
舌打ちしながら隣までいくと、琴音は止めていた手をまた動かし始めた。こいつが閉店後に何か作り始めてる時は決まって新メニューを考えてる時だ。話を聞けば、そろそろクリスマスの特別メニューがはじまるってんで、そのケーキを試作してるそうだ。厨房の仕事もして新メニューも作るって…、営業時間にはできねーわけだから、結局、時間外にやるしかねェんだよな。こいつも疲れてるはずなのに、ホント熱心によくやるよ。
「いちごのケーキを作るんだけど、見た目も可愛くしたいからフランボワーズのクリームがいいかなって思って。もう少ししたらスポンジも焼き上がるから、よかったら靖友くん試食してくれる?」
「俺は甘ェのは得意じゃネェけど?ま、どーしてもってんなら――…」
「え、じゃあ明日新開くんにお願いしようかな…」
「出来たて食ってやるって言ってンだヨ!最後まで聞けボケナス!つーか新開に何食わせても“美味い”っつって終わりだろがァ!全然参考になんねェってンだよ!」
俺に怒鳴られてもアハハと軽く笑ってから、琴音は“それもそうだね”と相槌を打った。こいつと付き合ってから、人の話は最後まで聞けよと何度思ったことか。天の邪鬼な俺の意思も汲み取られず、琴音はへそを曲げることもなくスルーしちまうから俺が慌てるはめになんだよ。
スポンジが焼き終えても、その後飾り付けだの片付けだのしてたら恐らく帰りの時間がもっと遅くなるだろう。琴音は時間を気にしてる様子がまったくない。とにかく頭ん中に思い描いてるケーキを作るって、そればっか考えてるんだろう。
この試作だってまだほんの序の口。何個も作ってボツになることもあるしな。特に季節のメニューが当たれば売上にも客入りにも影響する。味ももちろんだが、スイーツはそれ以上に見た目もかなり重要になる。
タイマーの音が鳴り、琴音が俺に背を向けてオーブンを開けるとスポンジの甘い香りが鼻を掠めた。俺の目に映るのは、少し汚れたコックコート、小さな背中、飾りのないゴムで髪の毛をひとつに縛る色気のない姿。一生懸命なその姿が心を打つ。俺が勝手に守ってやりたいと、頼られたいと思っちまう。きっとストイックなお前は“守られるだけの女”なんて望んでないってのに。
スポンジを冷ましている間にフルーツを切ったり、粉砂糖やらチョコの飾りやらをテキパキと準備しているあいつは、相変わらず壁にかかった時計など見ることもしない。営業時間中であれば、オーダーから何分以内に料理を出すというノルマがあるから、常に時間との勝負だが…試作の時は納得できるもの完成させるために慌てずじっくり丁寧に作っていた。これじゃあ、終電は間に合いそーにねェな。
「店出るころには終電ねーぞ」
「そうだね」
「また二階の事務所に泊まってく気じゃねーだろなァ?」
「そうかも」
「寝袋でも置いてあんのかよ」
「あったような?」
手を動かしてるせいで俺の話など耳に入っても右から左へ流れてってる感じだ。適当な返事が続くもんだから、俺はあいつがフルーツをカットしている向かいに回って、おもむろにパイプ椅子に座った。かまってもらえなくて拗ねてるガキみたいじゃねーか。クソ、誰のためにここに居ると思ってんだ。まぁ俺が好きで待ってンだから仕方ねぇんだけども。
「俺のアパートこっから近ェし、泊まってけばァ?」
トントントン、とリズミカルに動いていた包丁の音が止まり、座ってる俺が琴音の顔を覗き込めば、その頬色はカットされてるイチゴのようにじわじわと真っ赤になっていく。確かに、試食に協力してやりたいって気持ちも嘘じゃないが、俺だって男だ。
下心ぐらいはもちろんある。あわよくばという気持ちは全然ある。当たり前のようにある。
「……うん、そうする」
その真意に気づいた琴音は、俺に視線を向けると少し困ったような顔で小さく頷いた。絶対に俺にしか見せないであろう表情に胸の奥がぐっと詰まるのを感じた。
「ハッ、素直で可愛いねぇ琴音チャンは。そーゆーとこ好きだぜ」
「しゅ、集中できなくなるからもう言わないで!」
口元がニヤけそうになるのを堪えて俺はこの先の甘い時間が楽しみで仕方なかった。…と、その前に、ケーキ試食してアドバイスを言うんだった。甘いのはそこまで得意じゃないが、こいつが初めて作る新メニューを最初に食べるのが俺って事実が気持ちを高揚させる。こうやって少しずつ独占欲が芽生えてくんだろな。夢中にさせるどころか俺が夢中になっていく予感しかしねーけど、琴音が相手ならそれも悪くねェかもな。
フランボワーズフレーバー
閉店後の片付けも終わり、外の看板を中へしまおうと外に出れば肌寒さに身震いした。
季節は十二月所旬――夕方には空が暗くなり月が顔を覗かせていた。まぁた風邪のひきやすい季節がきやがったと、俺は鼻をすすった。体脂肪が少ないせいで毎年冬になると風邪を引く。
気を付けてても結局、今年も引いちまうんだろなと諦めに似た気持ちが湧いてくる。
「あ、荒北さん。お先に失礼します!」
「おう、お疲れ小野田チャン」
半年前にこの店にバイトとしてやって来た小野田チャンは、俺と話すたびにビクビクおどおどしてやがったが、ここ最近は慣れてきたからか、ちゃんと目を見て話せるようになってきた。素直でいい後輩だし、接客も丁寧で店のメンバーからも客からも好かれてる。堅苦しい制服から私服へ着替え、一人、また一人と帰って行くのを横目で見送りながら、俺はエプロンの紐を後ろ手で解きながら厨房へ向かった。
そこには、まだコックコートを着たまま熱心に生クリームを泡立てる琴音の姿があった。つーか、もう九時回ってんのに、まだ何か作る気かよ。今日だって休日で客がたくさん来て大繁盛、ホール担当もヘトヘトになるぐらい働いたんだから厨房の奴らも同じはずだ。
なのに、まだ何かやる体力が残ってんのは感心するやら…呆れるやら。
俺がバイトで入った時、既にこいつは契約社員として働いていた。バイト時代からずっと厨房を担当してきたから、新メニュー開発に携わることも多々あり、今ではそれを任される立場になった。
穏やかでゆったりとした性格からは少しも垣間見えネェほど、調理に集中している時の琴音の動きは手早い。付き合い始めて、そのギャップがますます魅力的に見えちまうもんだから、俺は閉店後にこうして調理場を見に来るのが日課になっていた。さすがに営業中じゃあわざわざ見に来る余裕ねぇからな。
壁に寄りかかりながらしばらく見つめてると、やっと俺の視線に気づいた琴音が顔を上げた。
泡立てた生クリームが飛んだのか鼻の頭についていて、マヌケ面。俺に驚いてビクッと肩を震わせていた。ホント、集中してる時は何も見えてねェーんだな。
「や、靖友くん、いつからいたの?声かけてよぉ」
「普通気づくだろが、バァカ。…ったぁく、びっくりしてんじゃねーヨ」
舌打ちしながら隣までいくと、琴音は止めていた手をまた動かし始めた。こいつが閉店後に何か作り始めてる時は決まって新メニューを考えてる時だ。話を聞けば、そろそろクリスマスの特別メニューがはじまるってんで、そのケーキを試作してるそうだ。厨房の仕事もして新メニューも作るって…、営業時間にはできねーわけだから、結局、時間外にやるしかねェんだよな。こいつも疲れてるはずなのに、ホント熱心によくやるよ。
「いちごのケーキを作るんだけど、見た目も可愛くしたいからフランボワーズのクリームがいいかなって思って。もう少ししたらスポンジも焼き上がるから、よかったら靖友くん試食してくれる?」
「俺は甘ェのは得意じゃネェけど?ま、どーしてもってんなら――…」
「え、じゃあ明日新開くんにお願いしようかな…」
「出来たて食ってやるって言ってンだヨ!最後まで聞けボケナス!つーか新開に何食わせても“美味い”っつって終わりだろがァ!全然参考になんねェってンだよ!」
俺に怒鳴られてもアハハと軽く笑ってから、琴音は“それもそうだね”と相槌を打った。こいつと付き合ってから、人の話は最後まで聞けよと何度思ったことか。天の邪鬼な俺の意思も汲み取られず、琴音はへそを曲げることもなくスルーしちまうから俺が慌てるはめになんだよ。
スポンジが焼き終えても、その後飾り付けだの片付けだのしてたら恐らく帰りの時間がもっと遅くなるだろう。琴音は時間を気にしてる様子がまったくない。とにかく頭ん中に思い描いてるケーキを作るって、そればっか考えてるんだろう。
この試作だってまだほんの序の口。何個も作ってボツになることもあるしな。特に季節のメニューが当たれば売上にも客入りにも影響する。味ももちろんだが、スイーツはそれ以上に見た目もかなり重要になる。
タイマーの音が鳴り、琴音が俺に背を向けてオーブンを開けるとスポンジの甘い香りが鼻を掠めた。俺の目に映るのは、少し汚れたコックコート、小さな背中、飾りのないゴムで髪の毛をひとつに縛る色気のない姿。一生懸命なその姿が心を打つ。俺が勝手に守ってやりたいと、頼られたいと思っちまう。きっとストイックなお前は“守られるだけの女”なんて望んでないってのに。
スポンジを冷ましている間にフルーツを切ったり、粉砂糖やらチョコの飾りやらをテキパキと準備しているあいつは、相変わらず壁にかかった時計など見ることもしない。営業時間中であれば、オーダーから何分以内に料理を出すというノルマがあるから、常に時間との勝負だが…試作の時は納得できるもの完成させるために慌てずじっくり丁寧に作っていた。これじゃあ、終電は間に合いそーにねェな。
「店出るころには終電ねーぞ」
「そうだね」
「また二階の事務所に泊まってく気じゃねーだろなァ?」
「そうかも」
「寝袋でも置いてあんのかよ」
「あったような?」
手を動かしてるせいで俺の話など耳に入っても右から左へ流れてってる感じだ。適当な返事が続くもんだから、俺はあいつがフルーツをカットしている向かいに回って、おもむろにパイプ椅子に座った。かまってもらえなくて拗ねてるガキみたいじゃねーか。クソ、誰のためにここに居ると思ってんだ。まぁ俺が好きで待ってンだから仕方ねぇんだけども。
「俺のアパートこっから近ェし、泊まってけばァ?」
トントントン、とリズミカルに動いていた包丁の音が止まり、座ってる俺が琴音の顔を覗き込めば、その頬色はカットされてるイチゴのようにじわじわと真っ赤になっていく。確かに、試食に協力してやりたいって気持ちも嘘じゃないが、俺だって男だ。
下心ぐらいはもちろんある。あわよくばという気持ちは全然ある。当たり前のようにある。
「……うん、そうする」
その真意に気づいた琴音は、俺に視線を向けると少し困ったような顔で小さく頷いた。絶対に俺にしか見せないであろう表情に胸の奥がぐっと詰まるのを感じた。
「ハッ、素直で可愛いねぇ琴音チャンは。そーゆーとこ好きだぜ」
「しゅ、集中できなくなるからもう言わないで!」
口元がニヤけそうになるのを堪えて俺はこの先の甘い時間が楽しみで仕方なかった。…と、その前に、ケーキ試食してアドバイスを言うんだった。甘いのはそこまで得意じゃないが、こいつが初めて作る新メニューを最初に食べるのが俺って事実が気持ちを高揚させる。こうやって少しずつ独占欲が芽生えてくんだろな。夢中にさせるどころか俺が夢中になっていく予感しかしねーけど、琴音が相手ならそれも悪くねェかもな。