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►巻島21才(大学生)・夢主(契約社員:厨房担当)
ワンアンドオンリー
今年の春から琴音がホールマネージャーから厨房へと担当が急遽変更になった。厨房を担当して長年働いていた女性社員が産休に入るからだそうだ。育休後は事務方の仕事を担当するみたいで、これまでホールマネージャーとして活き活きと働いていた琴音は、慣れない調理担当を任されることになってしまったのだ。
ま、担当変更なんて社員の間じゃよくある話だ。俺はというと、ホール担当としてバイトをはじめて三年――わりと長いとは言え、バイトはバイトだ。俺には関係のない話……そのはずだった。
「裕介くん助けて~!」
「……またか」
こいつの担当変更なんぞ知ったこっちゃないと言えばそれまでだったが、そうじゃない。一応、こいつには俺がバイトに入った時からよくしてもらってるし、同い年のメンバーの中では仲がいい方で…まぁ、要するにだ。頼られちまうとNOと言えない。
閉店後に食器の片付けをしていた背後から、弱々しく呼ぶ声をかけられ俺は振り向いて溜息をついた。
「パスタソースの種類増やしたいんだけど、色々混ぜてるうちに味がよくわかんなくなってきちゃった……」
柴犬がシュンとしたみたいな表情すんの、やめろ。ほっとけねぇって気持ちにさせんなショ…って、本人に告げられない愚痴を内心で零す。そもそも、厨房担当になったのは今年の春で、今は半年後の十二月――それなのに未だに作ってるうちに味が迷子になるって、厨房担当不向きすぎんだろ。以前、それを琴音にそのことをストレートに告げたが、『それは自分でも重々承知だから店長にも相談してるけど、とりあえず半年やってみてって言われた…』と、肩を落としていた。すでに不向きってことは自覚していた。おそらくすぐにでも厨房担当を面接して増員するか、もっと向いてる奴と琴音を交代するのが得策だろう。
こいつも可哀想と言えば可哀想だ。自分が自ら望んで厨房担当になったわけじゃないのだから。
営業時間中は比較的フルで忙しい。オーダーが入ってから何分以内にお客に料理を届けるというノルマがあるし、新メニューや季節限定のメニューを考えるのは厨房の仕事だ。店長も考えることはあるが、実際作るのは現場の人間なのだから、アイデアを出されてそれを試作するのも必然的に琴音の仕事になっちまうワケだ。
「こっち片付けたら行くから、ちょっと待ってろ」
皿を拭きながら横目で“戻ってろ”って促すと、あいつは嬉しそうに笑ってから頷いてまた厨房の方へ歩いていった。
毎度毎度、閉店後に色んな料理を試しに作っては味見をさせられ、俺がアドバイスをするってのを繰り返してる。
もともと少食の俺が食べるにはキツイ量の時だってあるが、アドバイスをちゃんと受け入れ参考にして、最後は『裕介くんのおかげで美味しくなった!』って喜んでくれるもんだから…頼まれると断れねェんだよな。
もし仲がよくなくたって、あの喜ぶお前の顔を一度でも見た奴がいたらきっと力になりたって思うだろう。そうに違いないって、そんな風に贔屓目で見ちまうのは、俺がお前を好きだからなんだろうけどさ。
俺が厨房に入ると、琴音はたくさんの調味料を前に首を傾げて唸っていた。目の前には泡立て器と銀の小さなボール。横にはパスタ鍋とフライパン、細々した器具が並べられていた。いつもの光景だ。そのソースを小皿によそって俺に渡してきたので、何も言わずに味見をした。悪くないトマトソースだ。じっくり炒めたタマネギの風味もよく出てるけど――
「悪くはねェ…が、ぼんやりした味だ」
「何か足りないよね?味が締まらないっていうか…ブラックペッパーも結構入れたんショ」
「それ俺か?似てねェ。真似すんなショ」
悪びれもなくアハハと笑う琴音の額にデコピンをかましてから、俺はもう一度ソースの味を確認した。まったくお前って奴は、誰のために閉店後に付き合ってやってると思ってんだ。ボランティアじゃねーんだぞ。
ふと、並べてある調味料をザッと確認してから俺は小瓶を二つ選んでボールの中に入れた。迷った時は思い切りも肝心だ。
「バルサミコ酢を入れりゃあたいてい味が締まるんだ。あとガーリックパウダー入れりゃどうにか――、ほらな」
かき混ぜて味見してを三度ほど繰り返して調整しながら、ピンときた味になって俺は口元をニンマリさせて視線を送った。小皿によそって渡して味見をさせると、琴音は目を見開く。あぁ、よかった、この味で正解だったか。
「美味しいっ!さすが裕介くん、味のセンス抜群だね!」
ストレートに誉めてられると胸の中がこそばゆくなる。こいつが素直に喜んで微笑むもんだから、その笑った顔が可愛いもんだから俺も口元が緩んじまう。ソースの材料を忘れないうちにと琴音は手早くメモをとりだした。
その後は特に難しいことはない。パスタを茹で、細かく刻んだオリーブを混ぜながらフライパンで煮立てたソースと麺を絡め、皿に盛りつけて出来上がり。今日は一食で済みそうだし、ちょうど夕飯代わりにもなるから調度良かった。
琴音が厨房担当になってから半年、試食に付き合わされたのが俺でよかった。そうでなけりゃ、他の誰かとグッと距離が縮まっていた事だろう。俺以外の誰かと――…って、考えたくもねェ。
“とりあえず半年”が過ぎ、琴音がこのまま厨房担当になるかホールマネージャーに戻るかは店長の判断次第だ。戻るのであれば――今後もう、こんな二人きりの時間はなくなるんだよな。だってもう、試作なんて作る必要なくなるわけだから。
「今更だけど、たくさん付き合わせちゃってごめんね。これまでの分もちゃんとお礼しないとね」
寂しいって気持ちを見透かされた気がしてドキッとしたが、鈍いこいつが俺の内心など知る由もない。誰もいなくなったカフェのテーブルで向かい合って試作のパスタを食べてる時に、突然、琴音が改まって切り出すもんだから慌てた。偶然とはいえ妙なタイミング。
「じゃあ今度、手料理作ってくれ。お礼はそれでいいショ」
「手料理?…って、いつも作ってる気がするけど」
「そりゃ客のための試作メニューだろ」
「本当にそんなのでいいの?じゃあ、何がいい?」
「何でもいい。お前が得意なのでいいから。不味くても残さず食ってやる」
らしくもなく、緊張して相手の目も見れずに俺はパスタを食べながら頭の隅っこで考える。『俺の為の手料理』って、自分の気持ち悟られても構わない覚悟で言えたならよかったのに。店内には二人きりだしチャンスだったが、思い描いてるみたいにスマートに言えねェもんだ。つくづくリズムが狂わされる。
「そんな男前なこと言われると、惚れちまうショ」
「だから真似すんなショ。全然似てねェからな、それ!」
くるくるとフォークの先でパスタを絡めて、眉をハの字に寄せて唇を尖らせる琴音の変顔。今度は口調だけでなく顔真似までしやがって、ホント似てねェのに、クハッ!て吹き出して笑っちまった。悔しいが、こんな女他に探してもよっぽど見つからねェっショ。“惚れた方が負け”、という言葉があるが、負けで結構。俺はコイツに心を奪われたせいで一生勝てる気がしない。
ワンアンドオンリー
今年の春から琴音がホールマネージャーから厨房へと担当が急遽変更になった。厨房を担当して長年働いていた女性社員が産休に入るからだそうだ。育休後は事務方の仕事を担当するみたいで、これまでホールマネージャーとして活き活きと働いていた琴音は、慣れない調理担当を任されることになってしまったのだ。
ま、担当変更なんて社員の間じゃよくある話だ。俺はというと、ホール担当としてバイトをはじめて三年――わりと長いとは言え、バイトはバイトだ。俺には関係のない話……そのはずだった。
「裕介くん助けて~!」
「……またか」
こいつの担当変更なんぞ知ったこっちゃないと言えばそれまでだったが、そうじゃない。一応、こいつには俺がバイトに入った時からよくしてもらってるし、同い年のメンバーの中では仲がいい方で…まぁ、要するにだ。頼られちまうとNOと言えない。
閉店後に食器の片付けをしていた背後から、弱々しく呼ぶ声をかけられ俺は振り向いて溜息をついた。
「パスタソースの種類増やしたいんだけど、色々混ぜてるうちに味がよくわかんなくなってきちゃった……」
柴犬がシュンとしたみたいな表情すんの、やめろ。ほっとけねぇって気持ちにさせんなショ…って、本人に告げられない愚痴を内心で零す。そもそも、厨房担当になったのは今年の春で、今は半年後の十二月――それなのに未だに作ってるうちに味が迷子になるって、厨房担当不向きすぎんだろ。以前、それを琴音にそのことをストレートに告げたが、『それは自分でも重々承知だから店長にも相談してるけど、とりあえず半年やってみてって言われた…』と、肩を落としていた。すでに不向きってことは自覚していた。おそらくすぐにでも厨房担当を面接して増員するか、もっと向いてる奴と琴音を交代するのが得策だろう。
こいつも可哀想と言えば可哀想だ。自分が自ら望んで厨房担当になったわけじゃないのだから。
営業時間中は比較的フルで忙しい。オーダーが入ってから何分以内にお客に料理を届けるというノルマがあるし、新メニューや季節限定のメニューを考えるのは厨房の仕事だ。店長も考えることはあるが、実際作るのは現場の人間なのだから、アイデアを出されてそれを試作するのも必然的に琴音の仕事になっちまうワケだ。
「こっち片付けたら行くから、ちょっと待ってろ」
皿を拭きながら横目で“戻ってろ”って促すと、あいつは嬉しそうに笑ってから頷いてまた厨房の方へ歩いていった。
毎度毎度、閉店後に色んな料理を試しに作っては味見をさせられ、俺がアドバイスをするってのを繰り返してる。
もともと少食の俺が食べるにはキツイ量の時だってあるが、アドバイスをちゃんと受け入れ参考にして、最後は『裕介くんのおかげで美味しくなった!』って喜んでくれるもんだから…頼まれると断れねェんだよな。
もし仲がよくなくたって、あの喜ぶお前の顔を一度でも見た奴がいたらきっと力になりたって思うだろう。そうに違いないって、そんな風に贔屓目で見ちまうのは、俺がお前を好きだからなんだろうけどさ。
俺が厨房に入ると、琴音はたくさんの調味料を前に首を傾げて唸っていた。目の前には泡立て器と銀の小さなボール。横にはパスタ鍋とフライパン、細々した器具が並べられていた。いつもの光景だ。そのソースを小皿によそって俺に渡してきたので、何も言わずに味見をした。悪くないトマトソースだ。じっくり炒めたタマネギの風味もよく出てるけど――
「悪くはねェ…が、ぼんやりした味だ」
「何か足りないよね?味が締まらないっていうか…ブラックペッパーも結構入れたんショ」
「それ俺か?似てねェ。真似すんなショ」
悪びれもなくアハハと笑う琴音の額にデコピンをかましてから、俺はもう一度ソースの味を確認した。まったくお前って奴は、誰のために閉店後に付き合ってやってると思ってんだ。ボランティアじゃねーんだぞ。
ふと、並べてある調味料をザッと確認してから俺は小瓶を二つ選んでボールの中に入れた。迷った時は思い切りも肝心だ。
「バルサミコ酢を入れりゃあたいてい味が締まるんだ。あとガーリックパウダー入れりゃどうにか――、ほらな」
かき混ぜて味見してを三度ほど繰り返して調整しながら、ピンときた味になって俺は口元をニンマリさせて視線を送った。小皿によそって渡して味見をさせると、琴音は目を見開く。あぁ、よかった、この味で正解だったか。
「美味しいっ!さすが裕介くん、味のセンス抜群だね!」
ストレートに誉めてられると胸の中がこそばゆくなる。こいつが素直に喜んで微笑むもんだから、その笑った顔が可愛いもんだから俺も口元が緩んじまう。ソースの材料を忘れないうちにと琴音は手早くメモをとりだした。
その後は特に難しいことはない。パスタを茹で、細かく刻んだオリーブを混ぜながらフライパンで煮立てたソースと麺を絡め、皿に盛りつけて出来上がり。今日は一食で済みそうだし、ちょうど夕飯代わりにもなるから調度良かった。
琴音が厨房担当になってから半年、試食に付き合わされたのが俺でよかった。そうでなけりゃ、他の誰かとグッと距離が縮まっていた事だろう。俺以外の誰かと――…って、考えたくもねェ。
“とりあえず半年”が過ぎ、琴音がこのまま厨房担当になるかホールマネージャーに戻るかは店長の判断次第だ。戻るのであれば――今後もう、こんな二人きりの時間はなくなるんだよな。だってもう、試作なんて作る必要なくなるわけだから。
「今更だけど、たくさん付き合わせちゃってごめんね。これまでの分もちゃんとお礼しないとね」
寂しいって気持ちを見透かされた気がしてドキッとしたが、鈍いこいつが俺の内心など知る由もない。誰もいなくなったカフェのテーブルで向かい合って試作のパスタを食べてる時に、突然、琴音が改まって切り出すもんだから慌てた。偶然とはいえ妙なタイミング。
「じゃあ今度、手料理作ってくれ。お礼はそれでいいショ」
「手料理?…って、いつも作ってる気がするけど」
「そりゃ客のための試作メニューだろ」
「本当にそんなのでいいの?じゃあ、何がいい?」
「何でもいい。お前が得意なのでいいから。不味くても残さず食ってやる」
らしくもなく、緊張して相手の目も見れずに俺はパスタを食べながら頭の隅っこで考える。『俺の為の手料理』って、自分の気持ち悟られても構わない覚悟で言えたならよかったのに。店内には二人きりだしチャンスだったが、思い描いてるみたいにスマートに言えねェもんだ。つくづくリズムが狂わされる。
「そんな男前なこと言われると、惚れちまうショ」
「だから真似すんなショ。全然似てねェからな、それ!」
くるくるとフォークの先でパスタを絡めて、眉をハの字に寄せて唇を尖らせる琴音の変顔。今度は口調だけでなく顔真似までしやがって、ホント似てねェのに、クハッ!て吹き出して笑っちまった。悔しいが、こんな女他に探してもよっぽど見つからねェっショ。“惚れた方が負け”、という言葉があるが、負けで結構。俺はコイツに心を奪われたせいで一生勝てる気がしない。