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片恋ロングライド
インハイが終わってからも練習の日々は淡々と過ぎ去り、もうじき夏休みが終わろうとしている8月最後の週。
オフ日の自主練前、定期的に寒咲自転車店へ向かうのはもう習慣になっていた。幼馴染が親の代から経営しているその店は信頼も厚く、昔馴染み故にオーダーに融通が効くし相談もしやすかった。メンテナンスの腕も確かだ。
ここ最近オーバーワーク気味なので今日の練習は量を減らす代わりに質を上げることにしよう……と、店に向かいながらメニューを練り直す。自分のコンディションに合わせたメニューを組むこと、体調を管理することに、これまで以上に俺は慎重になっていた。
今年のインターハイに優勝したからといって油断はできない。もう来年に向けて動きださなければならない。優勝を“まぐれの一回”にさせないためにも。各校の三年も在校生に意志を託してもう来年に向けてきっと練習し始めている頃だ。
王者・箱学――奴らは来年、王者奪還に向けて死に物狂いで挑んでくるだろう。いや、『挑む』なんてもんじゃない。奪われものを当たり前のように『取り返し』にくるはずだ。だからこそ、部活がオフだろうと休日だろと自主トレは欠かせない。
それは、昨日より1秒でも速く進む為に、もっと強くなるためにだ――…って、こんな風に気合を入れまくってる日に限って、琴音さんに会えるなんて、運は自分のやる気と連動してんのかと錯覚する。
寒咲さんに新しいギアの調子を見てもらってから自主練に向かうはずだったのに、店先から「いらっしゃいませ!」と明るい笑顔で出迎えてくれたのは琴音さんだった。シフトもランダムでいつ会えるのかもわからない、この店の臨時アルバイトだ。彼女は寒咲さんとは高校時代の同級生で、俺より4つ年上の大学生だ。
「あっ…、俊輔くんだ!久しぶり!」
「ちわす。久しぶりです」
「開店一番乗りだよ。相変わらず朝早いね」
「いや、もう9時過ぎですけど」
「私には早朝だよぉ。でもたまの早起きは三文の得だね。話題の俊輔くんに会えたし」
開店直後なので俺以外にまだ客は誰もいなかったのは幸い。
寒咲さんは店内にいるみたいだし、琴音さんと久々にゆっくり話せるチャンスだ。
店先のアスファルトに向けてシャワーがついたホースで水をかけていた琴音さんは、夏らしく白いTシャツにデニムのショートパンツというシンプルな服装だ。打ち水をしてるおかげで周囲の気温が少し下がったような気もするが、俺の体温は上がった。彼女の、白くて日焼け知らずの肌に視線が奪われる。この上にショップのエプロンつけるのかと思うと余計に……色々まずい気がする。寒崎さん、気づいててわざとか?
「総北、優勝おめでとう!」
ホースを持ったまま俺の方に近づいて、彼女は嬉しそうに告げてきた。顔はこちらに向けながらも手はちゃんと動かして打ち水をしていているので器用だなと思った。“ゴール見てたよ!”とか、“感動した!”とか、興奮気味に、まるで自分事のように琴音さんは喜んでくれたので何だか照れくさい。
「…ありがとうございます」
普通としか言いようがない返ししか出来ない自分に内心でゲンナリした。あぁ、勿体ないな。なかなか会えないってのに――どうしてこの人の前だと、気の利いた言葉ひとつ出てこないんだ、俺は。
解りきった答えで今更自分を問い詰めてみても仕方がないのだが。
ジリジリと照りつける太陽に、熱を容赦なく放出するアスファルト、蝉の声に・・・琴音さんの笑った顔と打ち水。
そうだ、はじめて彼女に出会った一年前もこんな暑くて堪らない夏日だったかと思い出した。
女子に告白されたり、手紙をもらったり、応援されることはザラだったものの、同級生や同じ学校の子を自分から好きになった事など一度もなかった。今となっては、琴音さん以外は恋愛対象から外れてしまってる。
――『キミが今泉俊輔くん?通司くんと幹ちゃんから話はよく聞いてるよ。会えて嬉しいな』
彼女が俺に話しかけてきた一言目をずっと覚えている。“年上の女性”に対して心が揺れてしまうの必然だったのかもしれない。第一印象から何らブレない、笑うと可愛く、夏の向日葵みたいに明るい。朗らかで優しい琴音さんへの気持ちは去年からずっと変わっていない。
インハイに集中したくて無理矢理心の奥底に沈めて秘めていた想い…、そして、インハイが終わったこのタイミングで偶然の再会。胸の真ん中に火がついて、焚き火のように火の粉を上げて燃えていく。会いたくて堪らなかった事さえ、インハイのために集中して心を無にして忘れていたんだった。
…たが今日、枷が外れた。感情が溢れる。思い返せばこの片思いも、もう一年になるのか。
他人との関わりを最小限にして過ごしてきた俺にとって、思いもよらない出会いだった。まるで計算されてなかったルート。臨時でバイトに入っている琴音さんのシフトは分からないし、教えてほしいと頼むことも出来なかったから、俺がこの店に立ち寄って偶然彼女に会える確率はごく僅か。偶然会える度に一人勝手に運命を感じてた。
インハイも終わって一段落したのだから、そろそろ俺は一年間に及ぶ片想いの胸の内を伝えたいところだが、琴音さんはいつでも誰にでも優しいものだから全く勝算が読めなかった。それに一番確認したいことは今でも聞けないままでいる。
“寒咲さんと付き合ってるのか”――ってこと。肯定されたらショックが大きいから怖くて聞けなかった。それに、寒咲さんでなくとも他に付き合ってる奴がいるかもしれない。他に好きな人がいたら、俺の入る隙なんてないかもな。
けど、自分から動かないと何もはじまらないんだ。
確認しない事には俺は前へは進めない。
「――俺、前から聞きたい事があって、」
意を決して口を開けば、琴音さんは首を傾げて瞬きをした。それだけで胸の鼓動が速まる。大人ぶってカッコつけてみても、惚れた方が負けなんだって思い知らされてる気分だ。言葉がすんなりと後に続かずいる俺を気にしつつも、ふと琴音さんは手に持ったシャワー部分である水の出口を覗き込んでいた。さっきまで出ていた水がピタリと止まっている。
俺も不思議に思ってホースを視線で辿ると原因はすぐに解った。琴音さんが長く伸びたホースを踏んでいたために水がそこで止まっていたんだ。
「ホース踏んでますよ」
「え?…あぁっ!」
俺が踏んでる部分を指差して教えてあげると彼女はすぐに足を離した――が、シャワー部分をは自分の顔に向けたままだったのでそこから勢いよく水が噴出した。…一瞬の出来事だった。
俺の目の前で彼女は顔も髪も服も上半身びっしょりと水で濡れてしまった。
目の当たりにして唖然とする。ドジだ。この人すごいドジだ。何度かドジしてるところを目の当たりにしたことがあるけども、今のはここ一番のドジだ。普通、水が出てくる部分を上に向けて覗き込んだりしないだろうに。
自分が何とも思ってない奴なら内心で小馬鹿にして終わりだが、好きな人となると俺もつくづく調子のいい。
水に濡れてしまったのは災難だが、ドジが可愛く思えてくる。あまりに突然の出来事に琴音さんはホースの口を地面に向けた後、キョトンとして、今、一瞬、何が起きたのか理解できてない様子だった。
「もうやだなぁ、ドジで笑っちゃうよ」
水に濡れて額にはりついた前髪を指で横に流しながら、琴音さんは声をたてて笑いはじめた。つられて俺もクッと喉を鳴らすと、彼女は物珍しいものでも見たとばかりに目を丸くしていた。確かに俺が人前で笑うことはそうそうないが、そんなに見つめられると…どんな風にリアクションをすればいいのか分からない。
「でも俊輔くんが笑ってくれたから、まぁいっか!」
冗談に過ぎないことを言われて真に受けそうになる。きっと他の奴にも同じようなこと言うんだろうと思うと嫌になるが、自分に向けられた言葉となるとこそばゆくて堪らなかった。
…俺が笑ってくれたからいっかとかさ、何だよ、それ。
琴音さんは笑っているが、状況は穏やかじゃあない。他の客が来ないことを祈るばかりだ。
すっかり水を含んだ白いTシャツは肌にピタリとくっついて、当然のように下に身につけているものまで透かしている。視線を泳がせながらも身につけてる白色の下から透ける色まで確認ちまった。目のやり場に困ると思いつつもしっかり見てしまう男の性が情けない。どんなに気を張ってても、あんたの前じゃきっと俺の理性なんてちっぽけに変わるんだろう。
体温がさっきよりもグンと上がった気がするし、顔に熱が昇るのがわかった。これは決して太陽のせいじゃないんだ。
リュックの中に入っているタオルを渡し、俺は顔を背けたまま予備で持ってきた長袖ジャージを琴音さんにに羽織らせた。
彼女は律儀にお辞儀をして顔を上げると、『洗って返すね』と言って苦笑していた。
「別に洗って返さなくてもいいですから。琴音さんがバイト終わる頃にまた来ます。返すのはその時で」
「え、ホントにいいの?」
「はい。……だから、Tシャツ乾かしてる間はちゃんとそれ着といて下さいよ」
――Tシャツ透けてる姿なんて他の奴に見られたくないんで、と、心の中で付け足した。
このジャージを返してもらう時、飯にでも誘ってみよう。鈍感な琴音さんは『じゃあ、みんなで行こう』なんて言い出しそうだがそこは制止するつもりだ。二人きりで、って言い返してやるんだ。
これからは、一年間片想いしてきた気持ちを存分に表に出して分からせてやる。俺がどれだけ琴音さんを好きかって事を。長い片思いの道を走ってきた分、思い切り気持ちを伝えないと気が済まない。もしあんたがもう誰かの彼女だったとしても、俺は諦められないだろう。
インハイが終わってからも練習の日々は淡々と過ぎ去り、もうじき夏休みが終わろうとしている8月最後の週。
オフ日の自主練前、定期的に寒咲自転車店へ向かうのはもう習慣になっていた。幼馴染が親の代から経営しているその店は信頼も厚く、昔馴染み故にオーダーに融通が効くし相談もしやすかった。メンテナンスの腕も確かだ。
ここ最近オーバーワーク気味なので今日の練習は量を減らす代わりに質を上げることにしよう……と、店に向かいながらメニューを練り直す。自分のコンディションに合わせたメニューを組むこと、体調を管理することに、これまで以上に俺は慎重になっていた。
今年のインターハイに優勝したからといって油断はできない。もう来年に向けて動きださなければならない。優勝を“まぐれの一回”にさせないためにも。各校の三年も在校生に意志を託してもう来年に向けてきっと練習し始めている頃だ。
王者・箱学――奴らは来年、王者奪還に向けて死に物狂いで挑んでくるだろう。いや、『挑む』なんてもんじゃない。奪われものを当たり前のように『取り返し』にくるはずだ。だからこそ、部活がオフだろうと休日だろと自主トレは欠かせない。
それは、昨日より1秒でも速く進む為に、もっと強くなるためにだ――…って、こんな風に気合を入れまくってる日に限って、琴音さんに会えるなんて、運は自分のやる気と連動してんのかと錯覚する。
寒咲さんに新しいギアの調子を見てもらってから自主練に向かうはずだったのに、店先から「いらっしゃいませ!」と明るい笑顔で出迎えてくれたのは琴音さんだった。シフトもランダムでいつ会えるのかもわからない、この店の臨時アルバイトだ。彼女は寒咲さんとは高校時代の同級生で、俺より4つ年上の大学生だ。
「あっ…、俊輔くんだ!久しぶり!」
「ちわす。久しぶりです」
「開店一番乗りだよ。相変わらず朝早いね」
「いや、もう9時過ぎですけど」
「私には早朝だよぉ。でもたまの早起きは三文の得だね。話題の俊輔くんに会えたし」
開店直後なので俺以外にまだ客は誰もいなかったのは幸い。
寒咲さんは店内にいるみたいだし、琴音さんと久々にゆっくり話せるチャンスだ。
店先のアスファルトに向けてシャワーがついたホースで水をかけていた琴音さんは、夏らしく白いTシャツにデニムのショートパンツというシンプルな服装だ。打ち水をしてるおかげで周囲の気温が少し下がったような気もするが、俺の体温は上がった。彼女の、白くて日焼け知らずの肌に視線が奪われる。この上にショップのエプロンつけるのかと思うと余計に……色々まずい気がする。寒崎さん、気づいててわざとか?
「総北、優勝おめでとう!」
ホースを持ったまま俺の方に近づいて、彼女は嬉しそうに告げてきた。顔はこちらに向けながらも手はちゃんと動かして打ち水をしていているので器用だなと思った。“ゴール見てたよ!”とか、“感動した!”とか、興奮気味に、まるで自分事のように琴音さんは喜んでくれたので何だか照れくさい。
「…ありがとうございます」
普通としか言いようがない返ししか出来ない自分に内心でゲンナリした。あぁ、勿体ないな。なかなか会えないってのに――どうしてこの人の前だと、気の利いた言葉ひとつ出てこないんだ、俺は。
解りきった答えで今更自分を問い詰めてみても仕方がないのだが。
ジリジリと照りつける太陽に、熱を容赦なく放出するアスファルト、蝉の声に・・・琴音さんの笑った顔と打ち水。
そうだ、はじめて彼女に出会った一年前もこんな暑くて堪らない夏日だったかと思い出した。
女子に告白されたり、手紙をもらったり、応援されることはザラだったものの、同級生や同じ学校の子を自分から好きになった事など一度もなかった。今となっては、琴音さん以外は恋愛対象から外れてしまってる。
――『キミが今泉俊輔くん?通司くんと幹ちゃんから話はよく聞いてるよ。会えて嬉しいな』
彼女が俺に話しかけてきた一言目をずっと覚えている。“年上の女性”に対して心が揺れてしまうの必然だったのかもしれない。第一印象から何らブレない、笑うと可愛く、夏の向日葵みたいに明るい。朗らかで優しい琴音さんへの気持ちは去年からずっと変わっていない。
インハイに集中したくて無理矢理心の奥底に沈めて秘めていた想い…、そして、インハイが終わったこのタイミングで偶然の再会。胸の真ん中に火がついて、焚き火のように火の粉を上げて燃えていく。会いたくて堪らなかった事さえ、インハイのために集中して心を無にして忘れていたんだった。
…たが今日、枷が外れた。感情が溢れる。思い返せばこの片思いも、もう一年になるのか。
他人との関わりを最小限にして過ごしてきた俺にとって、思いもよらない出会いだった。まるで計算されてなかったルート。臨時でバイトに入っている琴音さんのシフトは分からないし、教えてほしいと頼むことも出来なかったから、俺がこの店に立ち寄って偶然彼女に会える確率はごく僅か。偶然会える度に一人勝手に運命を感じてた。
インハイも終わって一段落したのだから、そろそろ俺は一年間に及ぶ片想いの胸の内を伝えたいところだが、琴音さんはいつでも誰にでも優しいものだから全く勝算が読めなかった。それに一番確認したいことは今でも聞けないままでいる。
“寒咲さんと付き合ってるのか”――ってこと。肯定されたらショックが大きいから怖くて聞けなかった。それに、寒咲さんでなくとも他に付き合ってる奴がいるかもしれない。他に好きな人がいたら、俺の入る隙なんてないかもな。
けど、自分から動かないと何もはじまらないんだ。
確認しない事には俺は前へは進めない。
「――俺、前から聞きたい事があって、」
意を決して口を開けば、琴音さんは首を傾げて瞬きをした。それだけで胸の鼓動が速まる。大人ぶってカッコつけてみても、惚れた方が負けなんだって思い知らされてる気分だ。言葉がすんなりと後に続かずいる俺を気にしつつも、ふと琴音さんは手に持ったシャワー部分である水の出口を覗き込んでいた。さっきまで出ていた水がピタリと止まっている。
俺も不思議に思ってホースを視線で辿ると原因はすぐに解った。琴音さんが長く伸びたホースを踏んでいたために水がそこで止まっていたんだ。
「ホース踏んでますよ」
「え?…あぁっ!」
俺が踏んでる部分を指差して教えてあげると彼女はすぐに足を離した――が、シャワー部分をは自分の顔に向けたままだったのでそこから勢いよく水が噴出した。…一瞬の出来事だった。
俺の目の前で彼女は顔も髪も服も上半身びっしょりと水で濡れてしまった。
目の当たりにして唖然とする。ドジだ。この人すごいドジだ。何度かドジしてるところを目の当たりにしたことがあるけども、今のはここ一番のドジだ。普通、水が出てくる部分を上に向けて覗き込んだりしないだろうに。
自分が何とも思ってない奴なら内心で小馬鹿にして終わりだが、好きな人となると俺もつくづく調子のいい。
水に濡れてしまったのは災難だが、ドジが可愛く思えてくる。あまりに突然の出来事に琴音さんはホースの口を地面に向けた後、キョトンとして、今、一瞬、何が起きたのか理解できてない様子だった。
「もうやだなぁ、ドジで笑っちゃうよ」
水に濡れて額にはりついた前髪を指で横に流しながら、琴音さんは声をたてて笑いはじめた。つられて俺もクッと喉を鳴らすと、彼女は物珍しいものでも見たとばかりに目を丸くしていた。確かに俺が人前で笑うことはそうそうないが、そんなに見つめられると…どんな風にリアクションをすればいいのか分からない。
「でも俊輔くんが笑ってくれたから、まぁいっか!」
冗談に過ぎないことを言われて真に受けそうになる。きっと他の奴にも同じようなこと言うんだろうと思うと嫌になるが、自分に向けられた言葉となるとこそばゆくて堪らなかった。
…俺が笑ってくれたからいっかとかさ、何だよ、それ。
琴音さんは笑っているが、状況は穏やかじゃあない。他の客が来ないことを祈るばかりだ。
すっかり水を含んだ白いTシャツは肌にピタリとくっついて、当然のように下に身につけているものまで透かしている。視線を泳がせながらも身につけてる白色の下から透ける色まで確認ちまった。目のやり場に困ると思いつつもしっかり見てしまう男の性が情けない。どんなに気を張ってても、あんたの前じゃきっと俺の理性なんてちっぽけに変わるんだろう。
体温がさっきよりもグンと上がった気がするし、顔に熱が昇るのがわかった。これは決して太陽のせいじゃないんだ。
リュックの中に入っているタオルを渡し、俺は顔を背けたまま予備で持ってきた長袖ジャージを琴音さんにに羽織らせた。
彼女は律儀にお辞儀をして顔を上げると、『洗って返すね』と言って苦笑していた。
「別に洗って返さなくてもいいですから。琴音さんがバイト終わる頃にまた来ます。返すのはその時で」
「え、ホントにいいの?」
「はい。……だから、Tシャツ乾かしてる間はちゃんとそれ着といて下さいよ」
――Tシャツ透けてる姿なんて他の奴に見られたくないんで、と、心の中で付け足した。
このジャージを返してもらう時、飯にでも誘ってみよう。鈍感な琴音さんは『じゃあ、みんなで行こう』なんて言い出しそうだがそこは制止するつもりだ。二人きりで、って言い返してやるんだ。
これからは、一年間片想いしてきた気持ちを存分に表に出して分からせてやる。俺がどれだけ琴音さんを好きかって事を。長い片思いの道を走ってきた分、思い切り気持ちを伝えないと気が済まない。もしあんたがもう誰かの彼女だったとしても、俺は諦められないだろう。