企画もの
name change
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
ざわめきの正体
背が伸びる。手足が筋張っていく。筋肉がついて身体が重くなる。成長痛で寝付けない夜もあった。
成長しているんだと自覚すると同時に、それは俺だけの話じゃないと当たり前のように周囲を見ていても思う。
例えば中学の頃は細身だった新開も、今では筋肉質の体つきになり、足の筋肉は見れば一目でスプリンターだとわかる程に隆々としていた。
『成長』…それは俺達、男だけに言えたことではない。幼馴染の琴音も女らしく成長していた。
出会った頃よりも背は高くなり、柔らかそうな体の線、長い睫に、白い頬、あどけなさを残した顔立ちは昔の面影が重なる。
性格は昔のままだが、やはり見た目は……変わるものだな。俺も、お前も。
一週間前、部活の帰り道、地面に蹴躓いてよろけそうになったあいつを後ろから支えた時に腕に触れてしまった。俺とは全然違う二の腕の柔らかな感触。ふっくらとした頬を朱色に染めて慌てて俺から離れ、丁寧に礼を言う琴音を真っ向から見据えた時に気づいた違和感――これは。
「寿一くん、ありがとう。助かったよ」
「たいしたことはない」
支えてくれたおかげで転ばずに済んだと安堵の笑みを浮かべる琴音を前に、不思議な感情に駆られ、正直、返事はしたものの上の空だった。ただの幼馴染だった琴音が、近い存在だったはずのあいつが、一瞬まったく別の女に見えたからだ。
□ □ □
――あの日から、胸の奥がざわめく。落ち着かない。心が乱れる。
部活中も目で追う様になってしまい、誰かと話していれば会話の内容が気になり、部員へのマッサージの施術中は“参考にしたい”と言いつつ傍で見張っていた。前まではこんな事ありはしなかったのに。
俺は、体力面でも精神面でも去年から自分を追い込む程に鍛えてきたから、これしきの心の乱れは練習やコンディションにまるで影響せず、何ら問題はなかったはずだ。
だが、何なんだこれは。胸の奥がざわざわと、琴音に反応している。何故、こんな事態が自分の中で起こっているのか自分でもわからなかった。
万が一…、万が一にもインターハイに向けてのコンディションにほんの少しでも影響するのならばその“正体”を突き止めておかなければならない。
自問自答を繰り返していても仕方がないので、俺は迷った末、部活前にうさぎ小屋に来ているであろう新開に相談する事にした。中学時代からの付き合いになる新開には話が切り出しやすい。
淡々と俺が事情を説明をすると、新開は大きく目を見開いた後に口元を緩ませて笑った。それは小馬鹿にしたような笑い方ではなく、微笑ましい、といったような笑い方だった。
「俺はそうなるんじゃないかと思ってたよ、寿一。遅すぎるぐらいだ」
「…どういう事だ新開。お前は知っているのか、この原因を」
「教えるのはカンタンだけどさ、その原因は自分で突き止めないと意味ないぜ?」
新開は人差し指を俺に向けていつもの仕留める合図をして見せた。口元は笑っていたが、奴の言葉には真剣さが伝わってくる。お前がそこまで言うのならばと、俺は何も聞かずに引き下がった。新開は答えを知っているようだ。しかし、自分で答えを見つけなければ意味がないと…、教えてもらうものではないということか。ならば他の奴に相談する案も却下、か。
ウサ吉にご飯を与えよう新開が小屋に近づいたので、俺もその場を去ろうとした時、校舎の曲がり角から声が聞こえた。
耳に慣れた声のはずなのに、また心がざわざわと音を立てる。
声のした方に視線を向ければ、琴音がこちらに向かって小走りしながら両手で何かを抱えて俺と新開の方に持ってきた。微かに鼻を掠める甘い香り…それは、抱えている焼き菓子の香りだった。
「やっぱり二人ともここに居たぁ」
「探してたのか?」
頷いて顔をあげた琴音は、走ってきたせいか額が少し汗ばんで、呼吸が乱れていた。こんな暑い中、走ってくるなんてよほど何か用事があったんだろうか。…いや、そうじゃない。だいたい、菓子を抱えて持ってきた時点で察しはついている。
「さっきの授業、調理実習でマフィン作ったんだけど、材料配分間違えちゃってたくさん作っちゃったんだ。よかったら二人とも貰ってくれる?」
「え、俺も貰っていいのか?」
「もちろんだよ!」
目を細めて屈託なく笑う顔を新開に向けて、琴音はマフィンをふたつ、新開に渡していた。琴音の指先が新開の手に触れていた事に気がついて――また、だ。また、ざわざわと音がする。
俺に渡す時も指先が触れるか、俺にはいくつ渡すのか――なんて、まるで子供のような些細で幼稚な事ばかり考えてしまう。抱えてる袋を探って、琴音は俺に向き直って渡そうとしてくれた時、耳の奥がヒュッと鳴った。
胸のざわめきとは別の、自然の――風の音だ。
刹那、予測しても身構える事の出来ない程の速さの突風が吹き抜けた。辺りの木々の枝が揺れ、葉がいくつか擦れる音と共に舞い散っていった。俺と新開にとっては追い風だったそれは、目前の琴音にとっては向かい風だった。
「きゃっ……!」
菓子の紙袋を抱えてるせいで両手が塞がっているため、琴音の制服のスカートを抑える事も出来ず、突風に煽られた一瞬、ふわりと浮いた。いや、実際のところ、フワリどころじゃない。台風で傘がおちょこになったみたいに、バサッと激しくスカートがはためいて、俺と新開はその……スカートの中を意図せず見てしまった。
それはほんの一秒の出来事。風は何事もなかったかのように吹き終わり、三人の間に沈黙が走る。
気まずい沈黙を最初に打ち破ったのは新開の口笛だった。きっと場を和ませるつもりで吹いたヒュウ、という慣れた口笛も琴音を一瞬で赤面させる起爆剤でしかなく、白い頬はみるみると赤らんでいった。紅葉みたいだと思った。
一週間前によろけそうになって支えた時も白い頬を朱色に染めていたが、今日はそれの比じゃないぐらい真っ赤だ。
「ふ、二人とも忘れて…っ!」
紙袋で顔を隠して恥ずかしがっている琴音。言葉も弱々しく夏空に響いたと同時に、俺の胸のざわつきと心の乱れがピタリと止んだ。ざわざわ、が、今度は、ドッドッ、という、早鐘を打つ音に変化する。どういう事なんだ。ざわつきの正体を突き止められないまま、症状が変化していくなんて。
「偶然とは言え見ちまって悪かったよ。俺たちも見なかった事にするしすぐ忘れるからさ。なぁ、寿一?」
「いや、俺は絶対に忘れない」
「……寿一?」
自然と出た俺の返しに、新開の苦笑していた顔が固まった。
俺も何故そんな返しをしたのか自分でもよく分らない。ただ咄嗟に言葉が出てきてしまった。
見なかった事になど出来るはずはない。出来もしないことを『出来る』と嘘をつくことは俺には無理だ。それならば正直に言おう。
昔から、俺と比べて表情が豊かで愛らしいお前を傍で見てきたが、当たり前だがスカートの中までは見ることなどなかった。
さっきの出来事は偶然の事故によるものだが、今まで知らなかった一面を知れた出来事とも言えるだろう。
だから、俺が今、お前にかける言葉があるとすれば――
「ありがとう。俺は感謝している」
まだ顔を隠したままの琴音に一歩近づいて、俺は紙袋に入った菓子ごと抱きしめた。マフィンのいい香りと、夏の緑のニオイと、琴音の髪の香りが混ざる。
「え…っ、寿一くん!?ど、どうしたの?それに『ありがとう』って、ど、どういう事なの!?わ、私のパンツにご利益ないよ!?」
動揺して震える声も、小さな肩も今は俺の腕の中にある。まだ明確な解答が出たわけじゃないが、きっと、胸のざわつきも速まる鼓動も、琴音に全て起因しているのだろうということだけは、分かる。“抱きしめたい”と湧き上がる衝動が抑えられなかったのがその証拠だ。
すぐ後ろで新開の口笛がもう一度聞こえた後、去っていく足音。二人きりになった校舎裏でひとしきり抱きしめ終えて体を離した後で、琴音と視線が通うだろう。そしたら、正直に話そう。伝えてみなければ始まらない。
俺はもう、お前をただの幼馴染として見ることは出来ないのだと、心の内を伝えよう。
背が伸びる。手足が筋張っていく。筋肉がついて身体が重くなる。成長痛で寝付けない夜もあった。
成長しているんだと自覚すると同時に、それは俺だけの話じゃないと当たり前のように周囲を見ていても思う。
例えば中学の頃は細身だった新開も、今では筋肉質の体つきになり、足の筋肉は見れば一目でスプリンターだとわかる程に隆々としていた。
『成長』…それは俺達、男だけに言えたことではない。幼馴染の琴音も女らしく成長していた。
出会った頃よりも背は高くなり、柔らかそうな体の線、長い睫に、白い頬、あどけなさを残した顔立ちは昔の面影が重なる。
性格は昔のままだが、やはり見た目は……変わるものだな。俺も、お前も。
一週間前、部活の帰り道、地面に蹴躓いてよろけそうになったあいつを後ろから支えた時に腕に触れてしまった。俺とは全然違う二の腕の柔らかな感触。ふっくらとした頬を朱色に染めて慌てて俺から離れ、丁寧に礼を言う琴音を真っ向から見据えた時に気づいた違和感――これは。
「寿一くん、ありがとう。助かったよ」
「たいしたことはない」
支えてくれたおかげで転ばずに済んだと安堵の笑みを浮かべる琴音を前に、不思議な感情に駆られ、正直、返事はしたものの上の空だった。ただの幼馴染だった琴音が、近い存在だったはずのあいつが、一瞬まったく別の女に見えたからだ。
□ □ □
――あの日から、胸の奥がざわめく。落ち着かない。心が乱れる。
部活中も目で追う様になってしまい、誰かと話していれば会話の内容が気になり、部員へのマッサージの施術中は“参考にしたい”と言いつつ傍で見張っていた。前まではこんな事ありはしなかったのに。
俺は、体力面でも精神面でも去年から自分を追い込む程に鍛えてきたから、これしきの心の乱れは練習やコンディションにまるで影響せず、何ら問題はなかったはずだ。
だが、何なんだこれは。胸の奥がざわざわと、琴音に反応している。何故、こんな事態が自分の中で起こっているのか自分でもわからなかった。
万が一…、万が一にもインターハイに向けてのコンディションにほんの少しでも影響するのならばその“正体”を突き止めておかなければならない。
自問自答を繰り返していても仕方がないので、俺は迷った末、部活前にうさぎ小屋に来ているであろう新開に相談する事にした。中学時代からの付き合いになる新開には話が切り出しやすい。
淡々と俺が事情を説明をすると、新開は大きく目を見開いた後に口元を緩ませて笑った。それは小馬鹿にしたような笑い方ではなく、微笑ましい、といったような笑い方だった。
「俺はそうなるんじゃないかと思ってたよ、寿一。遅すぎるぐらいだ」
「…どういう事だ新開。お前は知っているのか、この原因を」
「教えるのはカンタンだけどさ、その原因は自分で突き止めないと意味ないぜ?」
新開は人差し指を俺に向けていつもの仕留める合図をして見せた。口元は笑っていたが、奴の言葉には真剣さが伝わってくる。お前がそこまで言うのならばと、俺は何も聞かずに引き下がった。新開は答えを知っているようだ。しかし、自分で答えを見つけなければ意味がないと…、教えてもらうものではないということか。ならば他の奴に相談する案も却下、か。
ウサ吉にご飯を与えよう新開が小屋に近づいたので、俺もその場を去ろうとした時、校舎の曲がり角から声が聞こえた。
耳に慣れた声のはずなのに、また心がざわざわと音を立てる。
声のした方に視線を向ければ、琴音がこちらに向かって小走りしながら両手で何かを抱えて俺と新開の方に持ってきた。微かに鼻を掠める甘い香り…それは、抱えている焼き菓子の香りだった。
「やっぱり二人ともここに居たぁ」
「探してたのか?」
頷いて顔をあげた琴音は、走ってきたせいか額が少し汗ばんで、呼吸が乱れていた。こんな暑い中、走ってくるなんてよほど何か用事があったんだろうか。…いや、そうじゃない。だいたい、菓子を抱えて持ってきた時点で察しはついている。
「さっきの授業、調理実習でマフィン作ったんだけど、材料配分間違えちゃってたくさん作っちゃったんだ。よかったら二人とも貰ってくれる?」
「え、俺も貰っていいのか?」
「もちろんだよ!」
目を細めて屈託なく笑う顔を新開に向けて、琴音はマフィンをふたつ、新開に渡していた。琴音の指先が新開の手に触れていた事に気がついて――また、だ。また、ざわざわと音がする。
俺に渡す時も指先が触れるか、俺にはいくつ渡すのか――なんて、まるで子供のような些細で幼稚な事ばかり考えてしまう。抱えてる袋を探って、琴音は俺に向き直って渡そうとしてくれた時、耳の奥がヒュッと鳴った。
胸のざわめきとは別の、自然の――風の音だ。
刹那、予測しても身構える事の出来ない程の速さの突風が吹き抜けた。辺りの木々の枝が揺れ、葉がいくつか擦れる音と共に舞い散っていった。俺と新開にとっては追い風だったそれは、目前の琴音にとっては向かい風だった。
「きゃっ……!」
菓子の紙袋を抱えてるせいで両手が塞がっているため、琴音の制服のスカートを抑える事も出来ず、突風に煽られた一瞬、ふわりと浮いた。いや、実際のところ、フワリどころじゃない。台風で傘がおちょこになったみたいに、バサッと激しくスカートがはためいて、俺と新開はその……スカートの中を意図せず見てしまった。
それはほんの一秒の出来事。風は何事もなかったかのように吹き終わり、三人の間に沈黙が走る。
気まずい沈黙を最初に打ち破ったのは新開の口笛だった。きっと場を和ませるつもりで吹いたヒュウ、という慣れた口笛も琴音を一瞬で赤面させる起爆剤でしかなく、白い頬はみるみると赤らんでいった。紅葉みたいだと思った。
一週間前によろけそうになって支えた時も白い頬を朱色に染めていたが、今日はそれの比じゃないぐらい真っ赤だ。
「ふ、二人とも忘れて…っ!」
紙袋で顔を隠して恥ずかしがっている琴音。言葉も弱々しく夏空に響いたと同時に、俺の胸のざわつきと心の乱れがピタリと止んだ。ざわざわ、が、今度は、ドッドッ、という、早鐘を打つ音に変化する。どういう事なんだ。ざわつきの正体を突き止められないまま、症状が変化していくなんて。
「偶然とは言え見ちまって悪かったよ。俺たちも見なかった事にするしすぐ忘れるからさ。なぁ、寿一?」
「いや、俺は絶対に忘れない」
「……寿一?」
自然と出た俺の返しに、新開の苦笑していた顔が固まった。
俺も何故そんな返しをしたのか自分でもよく分らない。ただ咄嗟に言葉が出てきてしまった。
見なかった事になど出来るはずはない。出来もしないことを『出来る』と嘘をつくことは俺には無理だ。それならば正直に言おう。
昔から、俺と比べて表情が豊かで愛らしいお前を傍で見てきたが、当たり前だがスカートの中までは見ることなどなかった。
さっきの出来事は偶然の事故によるものだが、今まで知らなかった一面を知れた出来事とも言えるだろう。
だから、俺が今、お前にかける言葉があるとすれば――
「ありがとう。俺は感謝している」
まだ顔を隠したままの琴音に一歩近づいて、俺は紙袋に入った菓子ごと抱きしめた。マフィンのいい香りと、夏の緑のニオイと、琴音の髪の香りが混ざる。
「え…っ、寿一くん!?ど、どうしたの?それに『ありがとう』って、ど、どういう事なの!?わ、私のパンツにご利益ないよ!?」
動揺して震える声も、小さな肩も今は俺の腕の中にある。まだ明確な解答が出たわけじゃないが、きっと、胸のざわつきも速まる鼓動も、琴音に全て起因しているのだろうということだけは、分かる。“抱きしめたい”と湧き上がる衝動が抑えられなかったのがその証拠だ。
すぐ後ろで新開の口笛がもう一度聞こえた後、去っていく足音。二人きりになった校舎裏でひとしきり抱きしめ終えて体を離した後で、琴音と視線が通うだろう。そしたら、正直に話そう。伝えてみなければ始まらない。
俺はもう、お前をただの幼馴染として見ることは出来ないのだと、心の内を伝えよう。