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温泉へ行こう!
部活に夏期講習に合宿にと目一杯の予定はあっと言う間に過ぎ、夏休みも今日で終わる。
受験に向けて勉強、ウィンターカップに向けてバスケ三昧の日々だったわけで、当然…カノジョともロクにデートも出来てなかった。
それでも文句ひとつ言わずに付き合ってくれているのは、こいつがマネージャーだからって要素も大きい。
冬の大会に向けての気持ちは、俺たちレギュラーと同じぐらい強いから。
『次こそ勝つ』って気持ち。どのチームと当たっても、どんな悪条件だろうと、不撓不屈こそが秀徳の信念だ。
…――とは言え、付き合って間もないのにたいしてデートできないのはやっぱ何か物足りねぇ気がする。
ウィンターカップが終わるまではキス以上はしないという約束をしたものの、…それはさておきとしても、会いたいし遊びたい気持ちはある。
お前がバスケ部のマネージャーでなく、付き合ってるのが俺じゃなかったら、カップルの間に何の制約もなく勉強もそこそこに楽しく遊ぶ夏休みを満喫できたんだろなって思うと…俺が相手で退屈させてやしないかって心配になる。
夏休み最後の日、夏期講習も部活もない一日オフの日があったから“どこか出かけるか”と誘ったら、汐見は嬉しそうに頷いた。
遊園地か、ショッピングか、プールか…汐見が行きたいところでいいと言うと少し驚いた表情をしていた。俺が気を利かせたのがそんなに珍しかったのか。
8月の下旬にしてはここ最近、夏らしくない低い気温が続いたため、汐見はふと思いついたように告げたのは…『日帰り温泉』だった。
ちょうどお台場の近くにゆっくりできる大きな温泉施設のことを汐見は俺に説明してくれたので、俺は適当に頷いて了解した。
いいんだ、どこでも、お前が行きたい場所なら。
夏期講習と部活の応酬で指折り数える間もなく迎えた8月の最終日――そんで、今に至る。
「宮くん、お待たせ!」
目まぐるしく過ぎていった日々やら何やら、色々頭の中で思い返しながら温泉につかりつつ、サッと上がって休憩できる大部屋で待ってると、後ろから聞き慣れた明るい声。
振り向けばそこには浴衣を着た汐見の姿。
この施設は浴衣を何種類か貸してくれるみたいで、あいつは桃色の浴衣に赤い帯と、女子が好きそうな感じの色を選んでいたのだが…まぁ、正直似合う。
似合ってるしすげぇ可愛いなどと思っていても口に出せない俺に、汐見は何故だが熱い視線を送りつつゆっくりと息をついた。
「…宮くん、浴衣すごい似合うね。カッコイイ!背も高いし絵になるよ」
「誉めても何もでねーぞ。…お前こそ――」
思わず言いそうになった言葉を飲み込んでその代わりに俺はマジマジと傍にいる汐見を見つめた。
湯上がりで上気した頬に、いつも下ろしている髪を高く結んで白いうなじが露わになっていた。
石鹸の香りが鼻をかすめて、そわそわと胸騒ぎがする。視線を泳がせている俺を不思議に思って汐見は小首を傾げたが、俺は顔を背け、ひとまわり小さな手を強引に握った。
「ほら、行くぞ!何か食うんだろ」
速まる心臓の音は聞こえるはずもないのだが、誤魔化すように大きな声を出す俺の胸中など知らずに汐見は嬉しそうに手を引かれて歩き出す。
部活ではジャージだし、学校では制服だし、私服もまぁ女子って感じで可愛いんだが――浴衣の破壊力はそれとは別物だ。
感じたことのない色気を、汐見から感じてしまった。他の知り合いには絶対に見せたくない姿だったから、今日ここに学校の…特に部活の奴らは居ませんようにと願った。
食事を済ませてからは広い施設内を歩いて回ったのだが、賑わっているしかなり充実している。
土産コーナーにちょっとしたゲーセンみたいなコーナーや、マッサージコーナー、男女共有の休憩スペース…は、さっき俺が汐見を待っていたところで…、あとは、女専用の休憩室もあんのか。
汐見は以前一度だけ遊びに来たことがあったみたいで、その頃とほとんど施設内は変わってないそうだ。
なので色々と紹介も交えつつ順序よく俺を案内してくれた。
確かにこんなに充実してりゃ丸一日居れるよな。遊んで休んで食べて、温泉で癒されて…って、たまにはこーゆーゆっくりした時間もいい。
忙しかった夏休みの最終日が嘘みたいに今日は一日ゆっくりしていられるのが、嬉しい。
並んで足湯につかりながら汐見が大きく息をついた。まるで年寄りみたいだが気持ちは分かる。
足からじんわりあったかくなって体までぽかぽかしてくるのだ。肩までつかる温泉と違ってこれはこれでいいもんだ。
「たまにはのんびりするのもいいよね。お互い勉強と部活で忙しかったし…」
「つーか、忙しすぎてほとんど遊びに行ったりできなかったな。…なんだ、その、悪かったな」
どのタイミングで言おうかと考えいた喉につかえていた言葉をようやく絞りだすと、汐見は沈黙した後、カッと目を見開いた。
「え、えええ?宮くんが謝ったぁ!?」
「うるせぇ!俺だって謝る時ぐらいあるっつーんだよ!轢くぞ!」
驚いたかと思ったら次には声を立てて笑い出したこいつは、俺の気なんて知らないんだろう。
逆を言えば俺だってこいつの気なんて知りゃしないんだ。
「でも宮くん。全然謝るようなことじゃないけど。今こうして遊びに来てるわけだし充分だよ」
笑いつつもちゃんとフォローのつもりで優しい事を言ってくれる、こいつの気なんて知らねーよ。
口ではそう言うが、本当は寂しかったんじゃないだろうか?しかし寂しくてもこいつはそれを言ったりしないだろうな。
自分のワガママで誰かを困らせたくないって思って気を遣うようなタイプだし。
…そんでもって、俺は、心のどこかで『二人でなかなかデートできなくて寂しかった』って、お前にはそう思っていて欲しいんだ。
これじゃあ俺の方がよっぽどワガママだ。
「それに、今年できなかったことは来年の夏に回せばいいよ。それとも私と宮くんは今年の夏で終わりなの?」
「…ンなわけあるか。あってたまるか。くだらねーこと言ってんな」
足湯から伝わる熱とは別の熱で顔が熱くなる。
俺が主導権を握ってるかに見える俺たちの関係も、結局は汐見の方が有利なんじゃないかと、時々そんな事を思う。それが事実でも悪くねーなって思えちまうのは、相手がこいつだからなんだろうな。俺と違って素直で真っ直ぐな奴だ。
体が温まったところでそろそろ別の場所に行こうと移動したのが卓球場。
何故かここだけ、どのコーナーよりも広くいくつも卓球台が置いてあった。温泉と言や卓球だが、広すぎだろ、ここ。
そのおかげで待つこともなく俺と汐見は卓球勝負をして汗を流した。汗をかいたらまた温泉に入ればいい。動けばまた腹が減って何か食べたくなるだろう。
運動が苦手だったような気がする汐見だが――卓球はそこそこ上手くて、結果から言えば俺が負けた。
悔しくて続けて3勝負連続で挑んだがやっぱり負けた。
俺に勝ったのがよほど嬉しかったのかぴょんぴょんと跳ねて喜ぶ姿が可愛らしくも憎い。
立て続けに勝負をしたせいで腕が少しだけダルい。バスケとは違った動きをするわけだから使い慣れてない部分の筋肉が疲労した感覚だ。
大部屋で休むかと卓球場から移動してる長い廊下の途中、汐見が「いい汗かいたね!」と、全勝が嬉しくてまだニコニコしたままで告げた時、不意にドサ、と小さな音がした。気に留めずに2、3歩進んだその時に俺はその“音”が何の音だったのか、汐見の姿を見て気づい…――浴衣の共襟部分が開いて肌蹴て、た。
「このバカ…ッ!帯、落ちてんぞ!」
「えっ?あ…っ!」
火が付いたように自分の耳が赤くなるのを自覚しながら、俺は慌てて床に落ちてる帯を引っ掴んだ。
そして汐見の浴衣の襟元を素早く直して帯を腰に巻き付ける。卓球の時に動いたから帯が緩んでたんだろう。卓球場にはたくさん人もいたし、あの場で帯が落っこちなかったのが不幸中の幸い。ちょうどこの廊下も人気がなく、汐見の浴衣が肌蹴た瞬間には俺しかいなかったから、浴衣の中は俺以外は見てなかっただろうし、俺は、…まぁ、俺はバッチリ見たけど。
別に俺が念力で帯を緩めたわけじゃないから勘弁して欲しい。
全てはこいつのドジのせいだ。上下ピンクのフリフリの下着が見えちまったことも俺のせいじゃねぇ。
「ったくこのドジ!浴衣なんて普段着慣れねーもんなんだから落っこちないようにキツく締めとけ!」
帯をぐるぐると巻きながら、もう緩んで落っこちてこないようにと仕上げにギュッと力を込めると、沸々と赤面していた汐見が目を瞑って小さく呻いた。
「あっ、待って、く、くるしいよ宮くん…っ」
「わ、わりぃ…!」
反射的に手を離すと、汐見はちゃんと自分で帯を調節して結んでいた。
顔に熱が昇って自分の力が込めすぎだったことにも気が付かなかったわけだが。
――そんなことよりも、何だかものすごく刺激の強いものを至近距離で受けてしまった気がする。何だよ、今の表情は。
これまで見たことないような赤面した苦しそうな表情に心臓が揺さぶられて仕方ない。
ウィンターカップが終わるまではキス以上はできないというルールのもと、今はごく健全なカップルであるわけだが、そのルールを早々に破らせようとけしかけてるのかと、そう勘違いさせてもおかしくないような顔、見せんじゃねーよ。冬までまだ長いっつーのに。
一段落すると汐見は照れくさそうに俺に向かって、『お騒がせしました』と、会釈した。
「…なぁ、ここ二階は宿になってんだっけ?」
今度こそ、廊下を歩いて休憩できる大部屋に向かいながら、俺はふと汐見から聞いた話を思い出して質問すると、あいつは俺の真意に気づくわけもなく頷いて丁寧に説明しはじめた。
露天風呂がついている部屋があって泊まれるが、そこそこに高いらしい。
宿泊用の部屋数も少ししかないので予約は早めにとらないとすぐ満室になってしまうとか。
俺は素っ気なく相槌を打つだけで他には何も言わなかった。
それだけ情報をもらえりゃ充分足りる。
冬休み入る前に予約して、年末でなくとも冬休みのどっかで泊まりに、サプライズで汐見を誘って――なんて、一人でぐるぐる考えているのも束の間。
「高いけど、でも、あの、一度は泊まってみたくて…、冬休みに泊まりに来ようか?」
ぽつりと呟くその声は消え入りそうなほど小さく、だが確かにハッキリと聞こえてきたので俺は聞き返せなかった。
聞き返すのは野暮ってもんだ。心臓がまたうるさく、体中の血が沸々となる。鈍感なのかそうじゃないのか、こいつ、まったくわからねぇ。
汐見は俺の方を見ようとはしなかったが、いつもは髪で隠れている耳も今日は結んでいるせいでよく見える。
小さな形のいい耳が朱に染まっていた。冬の大会が終わるまではキス以上はしないってルール、解禁されるのを心待ちにしてんのは俺だけじゃないって思ってもいいのか。
「先に言うんじゃねーよ」
赤くなった汐見の耳を軽くつまんで熱を確かめる。きっと自分の耳も同じ色をしてるんだろうな。
付き合っていくうちにこいつの色んな面を目の当たりにして、気持ちが益々加速していく。
きっと俺はこの先、何度も赤面し翻弄されちまうけど、それも悪くないって思えるのはやっぱり、惚れた弱みってやつなんだろうな。
部活に夏期講習に合宿にと目一杯の予定はあっと言う間に過ぎ、夏休みも今日で終わる。
受験に向けて勉強、ウィンターカップに向けてバスケ三昧の日々だったわけで、当然…カノジョともロクにデートも出来てなかった。
それでも文句ひとつ言わずに付き合ってくれているのは、こいつがマネージャーだからって要素も大きい。
冬の大会に向けての気持ちは、俺たちレギュラーと同じぐらい強いから。
『次こそ勝つ』って気持ち。どのチームと当たっても、どんな悪条件だろうと、不撓不屈こそが秀徳の信念だ。
…――とは言え、付き合って間もないのにたいしてデートできないのはやっぱ何か物足りねぇ気がする。
ウィンターカップが終わるまではキス以上はしないという約束をしたものの、…それはさておきとしても、会いたいし遊びたい気持ちはある。
お前がバスケ部のマネージャーでなく、付き合ってるのが俺じゃなかったら、カップルの間に何の制約もなく勉強もそこそこに楽しく遊ぶ夏休みを満喫できたんだろなって思うと…俺が相手で退屈させてやしないかって心配になる。
夏休み最後の日、夏期講習も部活もない一日オフの日があったから“どこか出かけるか”と誘ったら、汐見は嬉しそうに頷いた。
遊園地か、ショッピングか、プールか…汐見が行きたいところでいいと言うと少し驚いた表情をしていた。俺が気を利かせたのがそんなに珍しかったのか。
8月の下旬にしてはここ最近、夏らしくない低い気温が続いたため、汐見はふと思いついたように告げたのは…『日帰り温泉』だった。
ちょうどお台場の近くにゆっくりできる大きな温泉施設のことを汐見は俺に説明してくれたので、俺は適当に頷いて了解した。
いいんだ、どこでも、お前が行きたい場所なら。
夏期講習と部活の応酬で指折り数える間もなく迎えた8月の最終日――そんで、今に至る。
「宮くん、お待たせ!」
目まぐるしく過ぎていった日々やら何やら、色々頭の中で思い返しながら温泉につかりつつ、サッと上がって休憩できる大部屋で待ってると、後ろから聞き慣れた明るい声。
振り向けばそこには浴衣を着た汐見の姿。
この施設は浴衣を何種類か貸してくれるみたいで、あいつは桃色の浴衣に赤い帯と、女子が好きそうな感じの色を選んでいたのだが…まぁ、正直似合う。
似合ってるしすげぇ可愛いなどと思っていても口に出せない俺に、汐見は何故だが熱い視線を送りつつゆっくりと息をついた。
「…宮くん、浴衣すごい似合うね。カッコイイ!背も高いし絵になるよ」
「誉めても何もでねーぞ。…お前こそ――」
思わず言いそうになった言葉を飲み込んでその代わりに俺はマジマジと傍にいる汐見を見つめた。
湯上がりで上気した頬に、いつも下ろしている髪を高く結んで白いうなじが露わになっていた。
石鹸の香りが鼻をかすめて、そわそわと胸騒ぎがする。視線を泳がせている俺を不思議に思って汐見は小首を傾げたが、俺は顔を背け、ひとまわり小さな手を強引に握った。
「ほら、行くぞ!何か食うんだろ」
速まる心臓の音は聞こえるはずもないのだが、誤魔化すように大きな声を出す俺の胸中など知らずに汐見は嬉しそうに手を引かれて歩き出す。
部活ではジャージだし、学校では制服だし、私服もまぁ女子って感じで可愛いんだが――浴衣の破壊力はそれとは別物だ。
感じたことのない色気を、汐見から感じてしまった。他の知り合いには絶対に見せたくない姿だったから、今日ここに学校の…特に部活の奴らは居ませんようにと願った。
食事を済ませてからは広い施設内を歩いて回ったのだが、賑わっているしかなり充実している。
土産コーナーにちょっとしたゲーセンみたいなコーナーや、マッサージコーナー、男女共有の休憩スペース…は、さっき俺が汐見を待っていたところで…、あとは、女専用の休憩室もあんのか。
汐見は以前一度だけ遊びに来たことがあったみたいで、その頃とほとんど施設内は変わってないそうだ。
なので色々と紹介も交えつつ順序よく俺を案内してくれた。
確かにこんなに充実してりゃ丸一日居れるよな。遊んで休んで食べて、温泉で癒されて…って、たまにはこーゆーゆっくりした時間もいい。
忙しかった夏休みの最終日が嘘みたいに今日は一日ゆっくりしていられるのが、嬉しい。
並んで足湯につかりながら汐見が大きく息をついた。まるで年寄りみたいだが気持ちは分かる。
足からじんわりあったかくなって体までぽかぽかしてくるのだ。肩までつかる温泉と違ってこれはこれでいいもんだ。
「たまにはのんびりするのもいいよね。お互い勉強と部活で忙しかったし…」
「つーか、忙しすぎてほとんど遊びに行ったりできなかったな。…なんだ、その、悪かったな」
どのタイミングで言おうかと考えいた喉につかえていた言葉をようやく絞りだすと、汐見は沈黙した後、カッと目を見開いた。
「え、えええ?宮くんが謝ったぁ!?」
「うるせぇ!俺だって謝る時ぐらいあるっつーんだよ!轢くぞ!」
驚いたかと思ったら次には声を立てて笑い出したこいつは、俺の気なんて知らないんだろう。
逆を言えば俺だってこいつの気なんて知りゃしないんだ。
「でも宮くん。全然謝るようなことじゃないけど。今こうして遊びに来てるわけだし充分だよ」
笑いつつもちゃんとフォローのつもりで優しい事を言ってくれる、こいつの気なんて知らねーよ。
口ではそう言うが、本当は寂しかったんじゃないだろうか?しかし寂しくてもこいつはそれを言ったりしないだろうな。
自分のワガママで誰かを困らせたくないって思って気を遣うようなタイプだし。
…そんでもって、俺は、心のどこかで『二人でなかなかデートできなくて寂しかった』って、お前にはそう思っていて欲しいんだ。
これじゃあ俺の方がよっぽどワガママだ。
「それに、今年できなかったことは来年の夏に回せばいいよ。それとも私と宮くんは今年の夏で終わりなの?」
「…ンなわけあるか。あってたまるか。くだらねーこと言ってんな」
足湯から伝わる熱とは別の熱で顔が熱くなる。
俺が主導権を握ってるかに見える俺たちの関係も、結局は汐見の方が有利なんじゃないかと、時々そんな事を思う。それが事実でも悪くねーなって思えちまうのは、相手がこいつだからなんだろうな。俺と違って素直で真っ直ぐな奴だ。
体が温まったところでそろそろ別の場所に行こうと移動したのが卓球場。
何故かここだけ、どのコーナーよりも広くいくつも卓球台が置いてあった。温泉と言や卓球だが、広すぎだろ、ここ。
そのおかげで待つこともなく俺と汐見は卓球勝負をして汗を流した。汗をかいたらまた温泉に入ればいい。動けばまた腹が減って何か食べたくなるだろう。
運動が苦手だったような気がする汐見だが――卓球はそこそこ上手くて、結果から言えば俺が負けた。
悔しくて続けて3勝負連続で挑んだがやっぱり負けた。
俺に勝ったのがよほど嬉しかったのかぴょんぴょんと跳ねて喜ぶ姿が可愛らしくも憎い。
立て続けに勝負をしたせいで腕が少しだけダルい。バスケとは違った動きをするわけだから使い慣れてない部分の筋肉が疲労した感覚だ。
大部屋で休むかと卓球場から移動してる長い廊下の途中、汐見が「いい汗かいたね!」と、全勝が嬉しくてまだニコニコしたままで告げた時、不意にドサ、と小さな音がした。気に留めずに2、3歩進んだその時に俺はその“音”が何の音だったのか、汐見の姿を見て気づい…――浴衣の共襟部分が開いて肌蹴て、た。
「このバカ…ッ!帯、落ちてんぞ!」
「えっ?あ…っ!」
火が付いたように自分の耳が赤くなるのを自覚しながら、俺は慌てて床に落ちてる帯を引っ掴んだ。
そして汐見の浴衣の襟元を素早く直して帯を腰に巻き付ける。卓球の時に動いたから帯が緩んでたんだろう。卓球場にはたくさん人もいたし、あの場で帯が落っこちなかったのが不幸中の幸い。ちょうどこの廊下も人気がなく、汐見の浴衣が肌蹴た瞬間には俺しかいなかったから、浴衣の中は俺以外は見てなかっただろうし、俺は、…まぁ、俺はバッチリ見たけど。
別に俺が念力で帯を緩めたわけじゃないから勘弁して欲しい。
全てはこいつのドジのせいだ。上下ピンクのフリフリの下着が見えちまったことも俺のせいじゃねぇ。
「ったくこのドジ!浴衣なんて普段着慣れねーもんなんだから落っこちないようにキツく締めとけ!」
帯をぐるぐると巻きながら、もう緩んで落っこちてこないようにと仕上げにギュッと力を込めると、沸々と赤面していた汐見が目を瞑って小さく呻いた。
「あっ、待って、く、くるしいよ宮くん…っ」
「わ、わりぃ…!」
反射的に手を離すと、汐見はちゃんと自分で帯を調節して結んでいた。
顔に熱が昇って自分の力が込めすぎだったことにも気が付かなかったわけだが。
――そんなことよりも、何だかものすごく刺激の強いものを至近距離で受けてしまった気がする。何だよ、今の表情は。
これまで見たことないような赤面した苦しそうな表情に心臓が揺さぶられて仕方ない。
ウィンターカップが終わるまではキス以上はできないというルールのもと、今はごく健全なカップルであるわけだが、そのルールを早々に破らせようとけしかけてるのかと、そう勘違いさせてもおかしくないような顔、見せんじゃねーよ。冬までまだ長いっつーのに。
一段落すると汐見は照れくさそうに俺に向かって、『お騒がせしました』と、会釈した。
「…なぁ、ここ二階は宿になってんだっけ?」
今度こそ、廊下を歩いて休憩できる大部屋に向かいながら、俺はふと汐見から聞いた話を思い出して質問すると、あいつは俺の真意に気づくわけもなく頷いて丁寧に説明しはじめた。
露天風呂がついている部屋があって泊まれるが、そこそこに高いらしい。
宿泊用の部屋数も少ししかないので予約は早めにとらないとすぐ満室になってしまうとか。
俺は素っ気なく相槌を打つだけで他には何も言わなかった。
それだけ情報をもらえりゃ充分足りる。
冬休み入る前に予約して、年末でなくとも冬休みのどっかで泊まりに、サプライズで汐見を誘って――なんて、一人でぐるぐる考えているのも束の間。
「高いけど、でも、あの、一度は泊まってみたくて…、冬休みに泊まりに来ようか?」
ぽつりと呟くその声は消え入りそうなほど小さく、だが確かにハッキリと聞こえてきたので俺は聞き返せなかった。
聞き返すのは野暮ってもんだ。心臓がまたうるさく、体中の血が沸々となる。鈍感なのかそうじゃないのか、こいつ、まったくわからねぇ。
汐見は俺の方を見ようとはしなかったが、いつもは髪で隠れている耳も今日は結んでいるせいでよく見える。
小さな形のいい耳が朱に染まっていた。冬の大会が終わるまではキス以上はしないってルール、解禁されるのを心待ちにしてんのは俺だけじゃないって思ってもいいのか。
「先に言うんじゃねーよ」
赤くなった汐見の耳を軽くつまんで熱を確かめる。きっと自分の耳も同じ色をしてるんだろうな。
付き合っていくうちにこいつの色んな面を目の当たりにして、気持ちが益々加速していく。
きっと俺はこの先、何度も赤面し翻弄されちまうけど、それも悪くないって思えるのはやっぱり、惚れた弱みってやつなんだろうな。