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►青峰25歳(職業:NBA選手)・夢主28歳
『今日どうする、映画行くか?あ、結婚するか?』
好きなアーティストの新曲をBGMに、私は朝から久々のデートに心を躍らせていた。
何を着ようかどこへ行こうかと考えては頬が緩んでしまう。
決めた。今日は新しく買った初夏にピッタリなシフォンの花柄ワンピースにざっくり編みのニットカーディガンにしよう。
会えない時間が想いを募らせるというのは本当なんだなって、大輝くんとの遠距離恋愛中の私はひしひしと実感していた。
交際9年目でも、いい歳してデートの前日はこんなにウキウキしちゃうのは、遠距離恋愛で効果が割増されるのも事実。
「よし…」
口紅を塗って鏡の前で口角を上げてニッコリ。前日にコラーゲン入りのフェイスパックもしたので、化粧ノリもいい感じだ。
向かうは成田空港――今日は大輝くんがアメリカから帰国する日だ。
『家で待ってろ。どうせ近所なんだから』…なんて素っ気ないメールが届いていたけど、どうしてそんなことを言うんだろう。相変わらず天の邪鬼だ。帰りの便を私が聞き出した時点で、私が空港まで迎えに行こうとしてることぐらいわかって欲しい。
NBAファイナルが終わりオフシーズンに入った6月初旬、大輝くんは1年ぶりに日本に帰って来ることになった。
会えるのは年末年始の休み以来だろうか。あの時は冬休みを使ってアメリカまでレギュラーシーズン前半戦の試合観に行ったのだ。
大輝くんは桐皇学園卒業後、いくつかの大学からスポーツ推薦を受けた中でなるべくのびのびとバスケができそうな環境を選んで入学した。同時に海外に行くことも見据えて英語も勉強していた。
彼の将来の夢は『プロのバスケ選手』しか見えてなかった。それはもう最初から当たり前のように。何せバスケ大好きな彼にとって、バスケをすることは息をすることに等しいぐらい、在って当然、挑戦し続けて当然のものだ。
高校一年のWCで誠凜に負けて以来、大輝くんは諦めたような目はしなくなった。
それからの彼は挑戦の連続で、大学内でもすっかり有名なバスケットプレイヤーになっていた。
順調に成績を残し大学バスケ界でも一目おかれ、日本のプロチームにスカウトされた彼は大学卒業後は一年だけと決めてそこで活躍した。最初から一年だけという契約で交渉して特例として合意して貰えたらしい。
…私にはその頃から分かっていた。大輝くんが本当に行きたい場所は、バスケット発生の地、本場アメリカだっていうことを。
予想通り、日本のプロチームで初のリーグ戦でMVPを獲った彼は、その後すぐにアメリカへ飛んだ。
紆余曲折を経て、大輝くんは念願のアメリカのプロチームに所属することが出来た……が、1つだけネタなのかと思うほど面白い出来事が起きた。何の因果か、火神くんと同じチームに所属している。
二人は犬猿の仲だ。そして高校の時からずっとライバルでもある。
努力しなくても試合に勝ってしまうが故にバスケがつまらなくて堪らなかったあの頃の大輝くんを試合で負かしてくれたのも火神くんだった。
あれから大輝くんは変わった。好きなものに夢中になれず退屈な日々を送り、次第に無気力になっていく彼を私は少し離れた場所から見守っていたけれど、火神くんとの試合をキッカケにまた“もち直した”…って例えればいいのかな。とにかく、昔の大輝くんに戻ったのだ。
仲が悪いと言えど、一度所属したチームは契約が切れるまで居続けることになるし、プロとして食べていくには我儘は言ってられないのを彼もわかっていたようで、何より、火神くんが所属していると分かったところでどのみち所属チームを選び直すことはなかっただろう。
・・・
・・・・・
・・・・・・
ターミナルに到着して荷物の受取所付近で待っていると大柄な男が二人、スポーツメーカーの大きなドラムバッグを軽々と肩に背負って歩いてきた。褐色の肌に短髪は昔と同じで変わっていない。
遠くから見てもすぐわかる…って、二人?
大輝くんと同じ背ぐらいの大柄な男…見覚えがあると思ったら、火神くんだった。
何度か試合で見たことがあるし、高校の公式試合でも大活躍だった彼だ。忘れようにも忘れられない。ただ私が一方的に知っているだけできっと火神くんは私のことを知らないだろう。
私が駆け寄ると大輝くんは「おう」と手を軽くあげた。それと同時に火神くんが私視線を移した。近くで見ると本当に背が大きいなぁ。
「火神くん、こんにちわ!」
「…!、ちわっス」
突然の挨拶に驚いたのか火神くんは一瞬目を見開いたけれどちゃんと挨拶を返してくれていた。
大輝くんから聞いた印象と全然違う、礼儀正しい子なのかもしれない。
「はじめまして。大輝くんの彼女の――」
「おい、挨拶なんてしなくていーぞ」
自己紹介の台詞を遮って大輝くんは私の肩に手をのせて軽く自分の方に引き寄せた。
「たまたま同じ便に乗って来たたまたま同じチームメイトの奴だからよ」
「……なんて言い方してるの、大人げない」
なんつー悪態をつくんだ、いい歳して…。
私がジト目で睨むと大輝くんはギクリとして私の肩に乗せてる手を引っ込めた。
彼の方から先に引っ込めなければピシャリと叩いてやったところだ。
私は火神くんに向き直ると改めて自己紹介し、一方的ではあるけれど私は火神くんのことを高校のインターハイの時から知っていたことを伝えた。
すると、どうやら彼の方も私を認識していたようだった。意外だ。
「黒子が言ってた青峰の唯一の弱点って、あんたのことだったんだな」
「弱点?わたし?」
「アイツ、あんたには頭が上がらないらしいぜ」
火神くんが笑うと、それを見た大輝くんからは不機嫌そうな舌打ちががが聞こえた。テツのヤロー余計なことを…、とかぶつぶつ言ってるけれど、私が弱点ってことは『惚れた弱み』とか、そういう意味で捉えていいんだよね?
大輝くんは、普段は素直に口に出してくれないから、お友達に私のことを話してくれてたなんて嬉しい。
一気に上機嫌になった私は火神くんに詰め寄って「時間があれば3人でごはん食べに行かない?」と誘った。
すかさず大輝くんに腕を引っ張られて、私はよろけそうになる。
「おい何言ってんだふざけんな!」
「いいじゃない。ここは私が3人分奢るからさ」
「そーゆー問題じゃねぇだろ何で火神まで!」
声を荒げる大輝くんは凄みがあるけれどもう見慣れたので私は怖くもなんともなかった。
彼は、私が彼よりも頑固なことを誰よりもわかっているし一度言いだしたら聞かないって知ってるから。無駄だってわかってるのに、一応抗議はするようだ。
確かに、空港に着くまでは久々に会えるし二人きりだしデートだ!とテンションが上がっていたけれど、私にはそれ以上に聞きたい話があった。
大輝くんは久々に会っても面倒臭がってチームの話とか、どんな雰囲気かとか全然話してくれなかったから。
そんな話をしてもお前退屈だろってはぐらかすのだ。自分の彼が今どんなチームでどんな風に過ごしているのか気にならないはずがないのに。しかし今日は同じチームの火神くんに会えた。
これはチームでの大輝くんの話を聞くチャンスだ。
ついでに、私のこともチームメイトに自慢げに話してくれてたりしたら嬉しいのになぁ…。
さすがにそれは期待できないけれど、それ以外の話だって何でも聞きたいのだ。金髪のグラマーな美人と浮気してる様子はないか、とかもリサーチの必要ありだ。
私と大輝くんがギャンギャンと押し問答していると、火神くんから天の一声。
「オレは別にいいっスけど」
「テメーも空気呼んで断れ!」
火神くんの顔に自分の顔近付けて睨むも、私はその彼の背中に辛辣な言葉をかけた。
「じゃあまた後日、火神くんと二人でごはん行ってそこで話聞くから今日じゃなくてもいいけど?」
「………そりゃなしだ」
しばらくの沈黙の後、大輝くんは諦めたのように項垂れてとぼとぼと歩き出した。
ぼやきながらドラムバッグを背負い直したその後姿はしょんぼりとしててちょっと可哀想。
チームメイトと彼女とご飯。何でこのメンツで飯なんだよチクショーと思われても、仕方ない。
酷だろうが何だろうが、私にはなかなか大輝くんのチームメイトに会える機会がないんだから、帰国早々申し訳ないがこのぐらいの我儘言ってもいいだろう。
普段から自分のことをあまり話してくれない大輝くんだって悪いんだ。
その後は、日本食メインのビュッフェのお店に連れてきた。リーズナブルなのに味はいいと評判のお店だったので、火神くんも満足してくれたようだ。
しかし、よく食べるというのを目の当たりにして本当に驚いた。山もりの炊き込みご飯だろうがものの数分で平らげてしまう。
リスのように頬袋にめいっぱい詰めてもぐもぐと美味しそうに食べている。大輝くんはもう見慣れたという感じで特に何の反応もしなかった。
目的通り、聞きたかった話を火神くんから聞けて私は大満足だ。火神くんは最初から覚悟していたのか、私が根掘り葉掘り聞くことを黙って耐えていてくれた。
聞いていて思ったことがある。やはり、私がまだ知らない大輝くんの話がたくさんあった。
特に驚いたのがチーム内の派閥争いを解決したこと。喧嘩っ早い彼からは想像もつかない。人間としても成長してってるってことなのかな。
チームメイトからの信頼も厚いようだ。火神くんが素直に誉めたら「寒気がしやがる」と大輝くんが悪態づいたので話の合間に二人がギャンギャンと揉めていた。
大型犬が二匹うるさく吠えてるみたいな図だ。仲が悪いといっても同じチームでは信頼し合っていいコンビプレイもできてるみたいだし、なんだかんだで気は合うのかも、この二人。
□ □ □
遅めのランチを終えて火神くんと別れた後、都内をブラリとしながら私は大輝くんと並んで歩いた。
大通りの街路樹の若葉がキラキラと光って、あと一ヶ月先に訪れる夏を思わせた。
6月上旬でこの蒸し暑さだ、…夏が来たらもっと暑くなるんだろう。
いつもなら、私から手を繋いだり大輝くんが手を引っ張ってくれたりするのだが、今日は特に手は空いたままだ。
私が火神くんに根ほり葉ほり質問したり3人でご飯をしようと言ったこと、まだイラついてるみたいで不機嫌が顔に出ている。
眉間に皺を寄せているので、私は大輝くんの前に回り込んだ。通せんぼしたので足を反射的に止めた彼。対面すると背が高いのを改めて感じる。
「…まだ怒ってるの?」
「あぁ?」
小首を傾げて尋ねると、彼はかったるそうに返事をしてそれを否定した。
怒ってねーよ、って言うけど怒ってるように見えるんだけど…。
きっともう一度聞いても同じ答えが返ってくるだけだろうと思って私はまた横に並んで歩き始めた。
先程と変わらず、手は繋がずに。無言が続いて何か妙な空気が走ってしまい、私は少し早歩きになって大輝くんの先を歩いた。
久々に会えたんだし、今日は楽しく過ごすはずだったのに…なんだかなぁ。
今更だが自分が悪いことをした気分になって私が後ろを向けずにいると、彼の方から話しかけてきた。
「あのよ、まだ今日時間あるけど…どうすっか。映画行くか?いや、…結婚すっか。他にすることねぇし」
――なんだって?
その言葉に驚きのあまり息が止まるかと思った。
だって、その、今、いい雰囲気だった?
そんなこと言う流れだった?
あまりにも唐突すぎるプロポーズに私はが足を止めると、大輝くんは私の背中にドンッと当たって軽く体重を預けた。
後ろから抱きしめるわけでもなく、すぐ後ろにピタリと後ろにくっついている。
後ろから抱きしめないのが不自然なほどの近い距離。大輝くんはこの台詞を言うタイミングを迷っていたから、眉間に皺を寄せていたんだろうか。
チェンジオブペースが得意な彼だけど、本当に雰囲気おかまいなしだなと思う。彼らしいといえばそうだけど。
でも、プロポーズの言葉ぐらい私だってちゃんと目を見て真剣に言って欲しい。
私の背中に投げかけるように、テキトーに言われたら嫌だよ。
「…ちゃんと言ってよ」
動揺を隠しつつ出来るだけ静かな声色で告げると、すぐ後ろからフゥ、と息が聞こえた。
それはため息とは違う類のもので、緊張が伝わってきた。
「いいのかよ。ちゃんと言ったらお前断る余地なくなんぞ」
…断るわけないのに!と、私が言い返すより早く大輝くんは続けて言った。
「俺と一緒になるってことは、お前は今あるもの全部置いてくってことだ」
低い声が私の鼓膜に響いた瞬間、脳裏に色々なものが過ぎった。
彼の言う“今あるもの”について。
育ってきた街、家族、友達、仕事…諸々の環境を置いて、それら全てと離れ、共にアメリカに来いと伝えるのは相当勇気が要ることなのか。
怖い物知らずの大輝くんのはずなのに、万が一にも私がNOと言うことだけは、怖かった?自惚れてもいいのかな?
大輝くんは自分のことしか考えていないように見えて、誰よりも私のことを考えてくれていた。
ちゃんとプロポーズしてしまったら断る余地を与えないと、そこまで気に掛けてくれていたんだ。私が思ってるよりもずっと、彼は成長していた。
彼がアメリカに行ってからの遠距離恋愛は正直、辛かった。一年年のうち会えるのは数回だけなんて嫌だと思った。
かといって彼が日本に帰ってくるわけじゃない。彼とバスケは切っても切れないものだから。
でも、それでも、私はついていきたい。連れてって欲しい。
何を置いていこうと、私は大輝くんと離れた人生なんて考えられない。
「…大輝くんを好きになった時から覚悟は出来てるよ。だから、ちゃんと言って?」
知らず知らずに、肩が震えた。喉から絞り出した声も、情けないことに震えていた。
今までのたくさんの思い出が一気に脳裏に映し出され、そして想いを告げたあの日の夜のことがハッキリと、輪郭をなぞるように鮮明に思い浮かんだ。
『全部くれてやる』と、心ごと差し出した大輝くんを。
もらったよ、確かにあの時からもらったんだ。楽しいことも嬉しいことも怒ったことも悲しいことも、ひっくるめて全部、大事な思い出。
それは、“今まで”だけじゃ満足しないんだ。これからも、もっと近くで私は二人の思い出を作っていきたい。
今度は大輝くんが回り込んで私の正面に立ち、両肩に手を掛けた。
そして泣きそうになって顔を俯かせている私を覗き込んだ。
視界が滲む。大輝くんは私の顔を見て、クッ、と笑った。目の縁から熱い水が零れたら、きっと大輝くんの顔に落ちてしまうかなぁ。
「琴音、結婚すんぞ。…これでいいかよ」
一世一代のプロポーズに大輝くんはめずらしく照れていて、その姿がカッコよくもあり可愛くもある。
期待していた言葉が、体に流れて途端に痺れていく。感動と喜びで、全身が覆われていくみたい。
うん、うん、と何度も頷くと、彼は思いきり私を抱きしめた。強い腕の中でとめどなく溢れる涙は、そのまま彼の服に染みこんでいった。
…後日知ることになるのだが、大輝くんは今回の帰国時に私にプロポーズしようと考えていたらしい。
本当は会ったらすぐ言おうと思っていたらしいのだが、運悪く火神くんと同じ便になってしまって、伝えようとした衝動があの場で一度鎮火されてしまったとのことだ。
でも、ちゃんと伝えてくれたじゃないか。
伝えるタイミングがいつだってどこだって――人が行き交う街路樹の下だって、私は充分幸せだよ。ずっと、待ち望んでいたあなたからの言葉だから。
『今日どうする、映画行くか?あ、結婚するか?』
好きなアーティストの新曲をBGMに、私は朝から久々のデートに心を躍らせていた。
何を着ようかどこへ行こうかと考えては頬が緩んでしまう。
決めた。今日は新しく買った初夏にピッタリなシフォンの花柄ワンピースにざっくり編みのニットカーディガンにしよう。
会えない時間が想いを募らせるというのは本当なんだなって、大輝くんとの遠距離恋愛中の私はひしひしと実感していた。
交際9年目でも、いい歳してデートの前日はこんなにウキウキしちゃうのは、遠距離恋愛で効果が割増されるのも事実。
「よし…」
口紅を塗って鏡の前で口角を上げてニッコリ。前日にコラーゲン入りのフェイスパックもしたので、化粧ノリもいい感じだ。
向かうは成田空港――今日は大輝くんがアメリカから帰国する日だ。
『家で待ってろ。どうせ近所なんだから』…なんて素っ気ないメールが届いていたけど、どうしてそんなことを言うんだろう。相変わらず天の邪鬼だ。帰りの便を私が聞き出した時点で、私が空港まで迎えに行こうとしてることぐらいわかって欲しい。
NBAファイナルが終わりオフシーズンに入った6月初旬、大輝くんは1年ぶりに日本に帰って来ることになった。
会えるのは年末年始の休み以来だろうか。あの時は冬休みを使ってアメリカまでレギュラーシーズン前半戦の試合観に行ったのだ。
大輝くんは桐皇学園卒業後、いくつかの大学からスポーツ推薦を受けた中でなるべくのびのびとバスケができそうな環境を選んで入学した。同時に海外に行くことも見据えて英語も勉強していた。
彼の将来の夢は『プロのバスケ選手』しか見えてなかった。それはもう最初から当たり前のように。何せバスケ大好きな彼にとって、バスケをすることは息をすることに等しいぐらい、在って当然、挑戦し続けて当然のものだ。
高校一年のWCで誠凜に負けて以来、大輝くんは諦めたような目はしなくなった。
それからの彼は挑戦の連続で、大学内でもすっかり有名なバスケットプレイヤーになっていた。
順調に成績を残し大学バスケ界でも一目おかれ、日本のプロチームにスカウトされた彼は大学卒業後は一年だけと決めてそこで活躍した。最初から一年だけという契約で交渉して特例として合意して貰えたらしい。
…私にはその頃から分かっていた。大輝くんが本当に行きたい場所は、バスケット発生の地、本場アメリカだっていうことを。
予想通り、日本のプロチームで初のリーグ戦でMVPを獲った彼は、その後すぐにアメリカへ飛んだ。
紆余曲折を経て、大輝くんは念願のアメリカのプロチームに所属することが出来た……が、1つだけネタなのかと思うほど面白い出来事が起きた。何の因果か、火神くんと同じチームに所属している。
二人は犬猿の仲だ。そして高校の時からずっとライバルでもある。
努力しなくても試合に勝ってしまうが故にバスケがつまらなくて堪らなかったあの頃の大輝くんを試合で負かしてくれたのも火神くんだった。
あれから大輝くんは変わった。好きなものに夢中になれず退屈な日々を送り、次第に無気力になっていく彼を私は少し離れた場所から見守っていたけれど、火神くんとの試合をキッカケにまた“もち直した”…って例えればいいのかな。とにかく、昔の大輝くんに戻ったのだ。
仲が悪いと言えど、一度所属したチームは契約が切れるまで居続けることになるし、プロとして食べていくには我儘は言ってられないのを彼もわかっていたようで、何より、火神くんが所属していると分かったところでどのみち所属チームを選び直すことはなかっただろう。
・・・
・・・・・
・・・・・・
ターミナルに到着して荷物の受取所付近で待っていると大柄な男が二人、スポーツメーカーの大きなドラムバッグを軽々と肩に背負って歩いてきた。褐色の肌に短髪は昔と同じで変わっていない。
遠くから見てもすぐわかる…って、二人?
大輝くんと同じ背ぐらいの大柄な男…見覚えがあると思ったら、火神くんだった。
何度か試合で見たことがあるし、高校の公式試合でも大活躍だった彼だ。忘れようにも忘れられない。ただ私が一方的に知っているだけできっと火神くんは私のことを知らないだろう。
私が駆け寄ると大輝くんは「おう」と手を軽くあげた。それと同時に火神くんが私視線を移した。近くで見ると本当に背が大きいなぁ。
「火神くん、こんにちわ!」
「…!、ちわっス」
突然の挨拶に驚いたのか火神くんは一瞬目を見開いたけれどちゃんと挨拶を返してくれていた。
大輝くんから聞いた印象と全然違う、礼儀正しい子なのかもしれない。
「はじめまして。大輝くんの彼女の――」
「おい、挨拶なんてしなくていーぞ」
自己紹介の台詞を遮って大輝くんは私の肩に手をのせて軽く自分の方に引き寄せた。
「たまたま同じ便に乗って来たたまたま同じチームメイトの奴だからよ」
「……なんて言い方してるの、大人げない」
なんつー悪態をつくんだ、いい歳して…。
私がジト目で睨むと大輝くんはギクリとして私の肩に乗せてる手を引っ込めた。
彼の方から先に引っ込めなければピシャリと叩いてやったところだ。
私は火神くんに向き直ると改めて自己紹介し、一方的ではあるけれど私は火神くんのことを高校のインターハイの時から知っていたことを伝えた。
すると、どうやら彼の方も私を認識していたようだった。意外だ。
「黒子が言ってた青峰の唯一の弱点って、あんたのことだったんだな」
「弱点?わたし?」
「アイツ、あんたには頭が上がらないらしいぜ」
火神くんが笑うと、それを見た大輝くんからは不機嫌そうな舌打ちががが聞こえた。テツのヤロー余計なことを…、とかぶつぶつ言ってるけれど、私が弱点ってことは『惚れた弱み』とか、そういう意味で捉えていいんだよね?
大輝くんは、普段は素直に口に出してくれないから、お友達に私のことを話してくれてたなんて嬉しい。
一気に上機嫌になった私は火神くんに詰め寄って「時間があれば3人でごはん食べに行かない?」と誘った。
すかさず大輝くんに腕を引っ張られて、私はよろけそうになる。
「おい何言ってんだふざけんな!」
「いいじゃない。ここは私が3人分奢るからさ」
「そーゆー問題じゃねぇだろ何で火神まで!」
声を荒げる大輝くんは凄みがあるけれどもう見慣れたので私は怖くもなんともなかった。
彼は、私が彼よりも頑固なことを誰よりもわかっているし一度言いだしたら聞かないって知ってるから。無駄だってわかってるのに、一応抗議はするようだ。
確かに、空港に着くまでは久々に会えるし二人きりだしデートだ!とテンションが上がっていたけれど、私にはそれ以上に聞きたい話があった。
大輝くんは久々に会っても面倒臭がってチームの話とか、どんな雰囲気かとか全然話してくれなかったから。
そんな話をしてもお前退屈だろってはぐらかすのだ。自分の彼が今どんなチームでどんな風に過ごしているのか気にならないはずがないのに。しかし今日は同じチームの火神くんに会えた。
これはチームでの大輝くんの話を聞くチャンスだ。
ついでに、私のこともチームメイトに自慢げに話してくれてたりしたら嬉しいのになぁ…。
さすがにそれは期待できないけれど、それ以外の話だって何でも聞きたいのだ。金髪のグラマーな美人と浮気してる様子はないか、とかもリサーチの必要ありだ。
私と大輝くんがギャンギャンと押し問答していると、火神くんから天の一声。
「オレは別にいいっスけど」
「テメーも空気呼んで断れ!」
火神くんの顔に自分の顔近付けて睨むも、私はその彼の背中に辛辣な言葉をかけた。
「じゃあまた後日、火神くんと二人でごはん行ってそこで話聞くから今日じゃなくてもいいけど?」
「………そりゃなしだ」
しばらくの沈黙の後、大輝くんは諦めたのように項垂れてとぼとぼと歩き出した。
ぼやきながらドラムバッグを背負い直したその後姿はしょんぼりとしててちょっと可哀想。
チームメイトと彼女とご飯。何でこのメンツで飯なんだよチクショーと思われても、仕方ない。
酷だろうが何だろうが、私にはなかなか大輝くんのチームメイトに会える機会がないんだから、帰国早々申し訳ないがこのぐらいの我儘言ってもいいだろう。
普段から自分のことをあまり話してくれない大輝くんだって悪いんだ。
その後は、日本食メインのビュッフェのお店に連れてきた。リーズナブルなのに味はいいと評判のお店だったので、火神くんも満足してくれたようだ。
しかし、よく食べるというのを目の当たりにして本当に驚いた。山もりの炊き込みご飯だろうがものの数分で平らげてしまう。
リスのように頬袋にめいっぱい詰めてもぐもぐと美味しそうに食べている。大輝くんはもう見慣れたという感じで特に何の反応もしなかった。
目的通り、聞きたかった話を火神くんから聞けて私は大満足だ。火神くんは最初から覚悟していたのか、私が根掘り葉掘り聞くことを黙って耐えていてくれた。
聞いていて思ったことがある。やはり、私がまだ知らない大輝くんの話がたくさんあった。
特に驚いたのがチーム内の派閥争いを解決したこと。喧嘩っ早い彼からは想像もつかない。人間としても成長してってるってことなのかな。
チームメイトからの信頼も厚いようだ。火神くんが素直に誉めたら「寒気がしやがる」と大輝くんが悪態づいたので話の合間に二人がギャンギャンと揉めていた。
大型犬が二匹うるさく吠えてるみたいな図だ。仲が悪いといっても同じチームでは信頼し合っていいコンビプレイもできてるみたいだし、なんだかんだで気は合うのかも、この二人。
□ □ □
遅めのランチを終えて火神くんと別れた後、都内をブラリとしながら私は大輝くんと並んで歩いた。
大通りの街路樹の若葉がキラキラと光って、あと一ヶ月先に訪れる夏を思わせた。
6月上旬でこの蒸し暑さだ、…夏が来たらもっと暑くなるんだろう。
いつもなら、私から手を繋いだり大輝くんが手を引っ張ってくれたりするのだが、今日は特に手は空いたままだ。
私が火神くんに根ほり葉ほり質問したり3人でご飯をしようと言ったこと、まだイラついてるみたいで不機嫌が顔に出ている。
眉間に皺を寄せているので、私は大輝くんの前に回り込んだ。通せんぼしたので足を反射的に止めた彼。対面すると背が高いのを改めて感じる。
「…まだ怒ってるの?」
「あぁ?」
小首を傾げて尋ねると、彼はかったるそうに返事をしてそれを否定した。
怒ってねーよ、って言うけど怒ってるように見えるんだけど…。
きっともう一度聞いても同じ答えが返ってくるだけだろうと思って私はまた横に並んで歩き始めた。
先程と変わらず、手は繋がずに。無言が続いて何か妙な空気が走ってしまい、私は少し早歩きになって大輝くんの先を歩いた。
久々に会えたんだし、今日は楽しく過ごすはずだったのに…なんだかなぁ。
今更だが自分が悪いことをした気分になって私が後ろを向けずにいると、彼の方から話しかけてきた。
「あのよ、まだ今日時間あるけど…どうすっか。映画行くか?いや、…結婚すっか。他にすることねぇし」
――なんだって?
その言葉に驚きのあまり息が止まるかと思った。
だって、その、今、いい雰囲気だった?
そんなこと言う流れだった?
あまりにも唐突すぎるプロポーズに私はが足を止めると、大輝くんは私の背中にドンッと当たって軽く体重を預けた。
後ろから抱きしめるわけでもなく、すぐ後ろにピタリと後ろにくっついている。
後ろから抱きしめないのが不自然なほどの近い距離。大輝くんはこの台詞を言うタイミングを迷っていたから、眉間に皺を寄せていたんだろうか。
チェンジオブペースが得意な彼だけど、本当に雰囲気おかまいなしだなと思う。彼らしいといえばそうだけど。
でも、プロポーズの言葉ぐらい私だってちゃんと目を見て真剣に言って欲しい。
私の背中に投げかけるように、テキトーに言われたら嫌だよ。
「…ちゃんと言ってよ」
動揺を隠しつつ出来るだけ静かな声色で告げると、すぐ後ろからフゥ、と息が聞こえた。
それはため息とは違う類のもので、緊張が伝わってきた。
「いいのかよ。ちゃんと言ったらお前断る余地なくなんぞ」
…断るわけないのに!と、私が言い返すより早く大輝くんは続けて言った。
「俺と一緒になるってことは、お前は今あるもの全部置いてくってことだ」
低い声が私の鼓膜に響いた瞬間、脳裏に色々なものが過ぎった。
彼の言う“今あるもの”について。
育ってきた街、家族、友達、仕事…諸々の環境を置いて、それら全てと離れ、共にアメリカに来いと伝えるのは相当勇気が要ることなのか。
怖い物知らずの大輝くんのはずなのに、万が一にも私がNOと言うことだけは、怖かった?自惚れてもいいのかな?
大輝くんは自分のことしか考えていないように見えて、誰よりも私のことを考えてくれていた。
ちゃんとプロポーズしてしまったら断る余地を与えないと、そこまで気に掛けてくれていたんだ。私が思ってるよりもずっと、彼は成長していた。
彼がアメリカに行ってからの遠距離恋愛は正直、辛かった。一年年のうち会えるのは数回だけなんて嫌だと思った。
かといって彼が日本に帰ってくるわけじゃない。彼とバスケは切っても切れないものだから。
でも、それでも、私はついていきたい。連れてって欲しい。
何を置いていこうと、私は大輝くんと離れた人生なんて考えられない。
「…大輝くんを好きになった時から覚悟は出来てるよ。だから、ちゃんと言って?」
知らず知らずに、肩が震えた。喉から絞り出した声も、情けないことに震えていた。
今までのたくさんの思い出が一気に脳裏に映し出され、そして想いを告げたあの日の夜のことがハッキリと、輪郭をなぞるように鮮明に思い浮かんだ。
『全部くれてやる』と、心ごと差し出した大輝くんを。
もらったよ、確かにあの時からもらったんだ。楽しいことも嬉しいことも怒ったことも悲しいことも、ひっくるめて全部、大事な思い出。
それは、“今まで”だけじゃ満足しないんだ。これからも、もっと近くで私は二人の思い出を作っていきたい。
今度は大輝くんが回り込んで私の正面に立ち、両肩に手を掛けた。
そして泣きそうになって顔を俯かせている私を覗き込んだ。
視界が滲む。大輝くんは私の顔を見て、クッ、と笑った。目の縁から熱い水が零れたら、きっと大輝くんの顔に落ちてしまうかなぁ。
「琴音、結婚すんぞ。…これでいいかよ」
一世一代のプロポーズに大輝くんはめずらしく照れていて、その姿がカッコよくもあり可愛くもある。
期待していた言葉が、体に流れて途端に痺れていく。感動と喜びで、全身が覆われていくみたい。
うん、うん、と何度も頷くと、彼は思いきり私を抱きしめた。強い腕の中でとめどなく溢れる涙は、そのまま彼の服に染みこんでいった。
…後日知ることになるのだが、大輝くんは今回の帰国時に私にプロポーズしようと考えていたらしい。
本当は会ったらすぐ言おうと思っていたらしいのだが、運悪く火神くんと同じ便になってしまって、伝えようとした衝動があの場で一度鎮火されてしまったとのことだ。
でも、ちゃんと伝えてくれたじゃないか。
伝えるタイミングがいつだってどこだって――人が行き交う街路樹の下だって、私は充分幸せだよ。ずっと、待ち望んでいたあなたからの言葉だから。