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►宮地25歳・夢主25歳
『見てみろ!オレしかいねーぞ』
――昨日まで降っていた雨も無事に止み、見事に本日快晴。
リンゴーン、リンゴーン…と、空に響き渡る音。
歓声と人々の声に入り混じりるそれは、チャペルの祝福の音色だった。
今日は大坪くんの結婚式。
彼女さんは会社の同期で、交際3年を経てゴールインだそうだ。私の横には緑間くんや高尾くんをはじめ、秀徳高校バスケ部のメンバーも招待されていた。
名前を挙げた二人はまだ独身だが、バスケの中には既に所帯を持っている人もいて、奥さんやお子さんを連れている人もチラホラ見かけた。
木村くんも可愛らしい奥さんを連れ、1歳ぐらいの子供を抱いていた。木村くんももう立派なお父さんなんだなぁ。
私も朝から着慣れないドレスを着て、美容院で髪をセットしてもらってしっかりとめかしこんできた。今日くらいは落ち着いた振る舞いを心がけようという気分にもなる。
長い階段の一番上から、新郎新婦が腕を組みながらゆっくりと降りてくる。
純白のドレスに身を包み美しい花嫁さんが目に涙を浮かべながらも笑顔でその表情は一段と輝いていた。大坪くんもとっても嬉しそうだ。
おめでとー!といういくつもの歓声が響く中、
「大坪さんおめでとーございまっす!」
高尾くんの声が一際響き、大坪くんも花嫁さんもバスケ部一同に視線をくれた。
バスケ部が固まっていると威圧感があるようで、「まったく、相変わらず目立つやつらだな」と言って大坪さんは声を立てて笑っていた。
「真ちゃん目立つってよ」
「黙れ高尾」
私の背後でそんなやりとりが聞こえて思わず苦笑してしまった。バスケ部メンバーとは久々に会うにも関わらず、この二人は相変わらずなんだなぁ。
事前に渡されたフラワーシャワーの入ったカゴの中身をを手で掬っては二人へ投げると、それは春風に舞ってまるで桜の花弁のようにふわふわと飛んだ。
一段一段ゆっくりと階段を下りていく二人をちょうど真横から見た時、私は花嫁さんに視線が釘付けになった。
凛とした横顔、桃色の頬、長い睫毛に艶やかな唇。瞳は嬉し涙で潤んでいる。
本当に綺麗。花嫁さんはみんな綺麗っていうけど、私もウェディングドレスを着たらあんな風になれるのかな。
うっとりしつつ新郎新婦の後ろ姿を見送ると、固まって立っているバスケ部メンバーより少し後ろに下がった場所にいた清くんと目が合った。
向こうも私と目が合ったことに気がつくと、唇を尖らせてそっぽを向いた。
そして大坪さんたちの姿を捉えると皮肉そうな笑みを浮かべてフラワーシャワーを投げつけていた。
こんなときぐらい笑顔で祝福してあげるぐらいの心遣いが出来ないものなのだろうか。
いや、あのニタリとした笑みが清くんの笑顔なのかもしれない。
唇を尖らせてプイッとそっぽを向きたいのは私も同じだったけれども、それを私がやってしまうようなタイプだったなら私と清くんの関係はとっくに終わりを告げているだろう。
――…祝いの席だっていうのにまだ不貞腐れているのか。ハァ、とため息をつきながらも一昨日の夜のことが頭に浮かんだ。
事の発端は私が結婚情報誌を買ったことにある。
大坪くんから結婚の報告を聞いてからというもの、何となく毎月買ってしまっていた。
近しい人が結婚するというと、結婚とは具体的にどんなものか、結婚式の準備ってどんなものがあるのかと気になってくる。
実のところいい歳してまだその実態とやらを知らないから、これもいい勉強かなと思って参考程度に買ったのだ。
たまたま清くんが私の部屋に来た時にテーブルの上に置きっぱなしになっていたのが雑誌の表紙が『プロポーズの“言葉”大特集!』の号だった。
こういうのってあからさまに目につくところに置いてあると、結婚を催促しているみたいで嫌だから気をつけていたんだけども。
清くんが黙ってそれを手に取ってページを捲りはじめた時に、私は心の中で「しまった…」と思ったが、時既に遅し。
読み進めるごとに彼の眉間には皺が寄っていった。
「こんなん誰が言うか」
甘い数々のセリフを目の当たりにし、舌打ち混じりに清くんは吐き捨てるように言った。
付き合い始めた高校三年の時も、それより前も、あるいは生前も、彼の口が悪く皮肉屋なのは生まれつきなので仕方ない。
雑誌を清くんの目につくところに置いておいた私が悪かった。彼は興味なさそうに雑誌をテーブルに置かず床にポイッと投げ捨てるように手から放った。
普段はほとんど怒らない温厚な私もさすがにその悪態にはカチンときてしまった。
「何で投げるの?普通に置けばいいでしょ」
清くんは謝らない。謝ったとしても、それは私が謝った後でならの話だ。
謝らないの知ってるけどムカムカしてしまいいつものように流せなかった。
「それに、別に言ってもらおうなんて期待してないけど?」
床に投げられた雑誌を拾いながら冷たい口調で言うと、また清くんは舌打ちをした。
それを引き金にそれからは二人とも徐々に声を荒げての口論になった。年に一度あるかないかの口喧嘩。
「おま…、じゃあ誰に言われる気でいんだよ」
「清くんには関係ない」
「はぁ?んなこと言ってっと轢くぞ」
「轢けば?轢いてみなさいよ」
意味のない言い合いを繰り返し、口論がある程度して止めば気まずい沈黙が訪れ、彼は何も言わずに帰っていった。
その日は夕飯を作って食べていってもらう約束だったのに。清くんの好物、練習してたのになぁ。
材料も買ってあったのに…、結局一人で作って一人で平らげた。喧嘩してても食欲はある。
しかし、タイミングの悪いことに何でまた大坪くんの結婚式の二日前にケンカなんてしてるんだろう、私たち。
幸せを祝うこの良き日に、まさかケンカ中のカップルがいるなんて何だか心苦しい。私は心の中で大坪くんとお嫁さんに謝った。
「はい、女の子たち集まって~!」
花嫁さんの明るい掛け声で一昨日の夜の回想から我に返った私の肩を、高尾くんがぐいぐいと後ろから押した。
いつのまにかブーケトスの時間になっていたみたいだ。
新郎新婦は一度階段下までいくと、また少し上の段まで戻ってきたようだ。
視線は新郎新婦を追っていたはずなのに、気づかなかったなんて私はどれだけぼーっとしてたんだろう。祝いの席でこんな上の空で…反省しなくては。
「琴音先輩、行きなよホラホラ!独身女子が集まってるって!」
「ちょ、高尾くん大きな声で言わないで!」
大声で余計なことを言う高尾くんに押されるがまま階段下に集まっている女子の群れに混ざった。
ブーケトス…幸せのお裾分けと呼ばれている。
投げられたブーケを受け取った人は次に婚期の運を引き寄せるというのは周知の迷信だ。
私は別に取らなくてもいいわ…なんて思いつつ、本当は受け取りたい!と思いながらドキドキしているのはここにいる独身女子なら誰もが同じ心境だろう。
ただ、前のめりになりすぎるとあまりにも必死さが表に出てしまうから気をつけないと恥ずかしいことになる。
「いきますよー!」
花嫁が私たちに背中を向けて、両手でブーケを高々と上げた瞬間、その場の空気が緊張で張り詰めた。
えいっ!とかわいらしい声と共に空高く放たれたブーケは弧を描いて飛んだ。視線は一点集中…こっちへ来い!と思っていたが、途中で強い春風が吹いてブーケの起動は逸れていった。
着地点は私の方じゃない!と、焦りながらそのブーケを見守っていると、ポスン、とようやく誰かの手に渡ったと思ったら――独身女子のかたまりから少し離れた場所、階段下にいた清くんの手の中にブーケが収まっていた。
………え?
数秒の沈黙の後、笑がドッと起こりその中でも高尾くんの「ブフォ!」という吹き出しがまた一際大きく聞こえた。
みるみると清くんの顔は赤くなり、妙な呻き声をあげていると思って耳を澄ましたら…
「た~か~おぉぉ~~~」
「え、お、オレ!?俺が悪いの!?」
怒りの矛先は当たり前のように高尾くんに向けられていたが、とんだとばっちりである。悪いのは悪戯な春風なのだよ、って、きっと緑間くんも内心でツッコミを入れてるはずだ。
高尾くん、八つ当たりされて可哀想に…とは思うものの、先輩から後輩への理不尽な八つ当たりというのはもやは地球が滅亡するまで続く伝統であるから仕方ない。
卒業しようが現役バスケ部でなくなってもそれは変わらない。私からの助け舟は出さないでおくことにした。
それにしても、飛んできたものを受け取ってしまうのはバスケ部の習性なのだろうか。受け取るのが男性だとしても投げられたブーケが地面に落っこちるよりは、まだマシだったとは思うけど。
清くんはしっかりとブーケを両手で受け止めていたのだ。後輩たちに当たり散らすも皆笑いを堪えてるせいで肩を震わせていた。そんな中私は女の子たちと固まって遠慮なく大笑いしてやった。
「宮地ー!」
階段の上から大坪くんが新婦さんの肩を抱きながら彼の名前を呼んだ。
見上げればキリッといつもに増して凛々しい表情をした大坪くんに、清くんは視線を向けていた。この状況で、真顔になって何を言うんだ?と誰もがそわそわしていたら、
「おめでとう。幸せにな!」
――やっぱり、大坪くんは期待を裏切らなかった。再び会場から笑が巻き起こったのは言うまでもない。
「うるせぇ!ブライダルカーで轢くぞ!」と清くんは悪態づいていたが、その悪態の中にも祝う気持ちを巻き込んで叫んでいた。
ハネムーンに出掛けるのに車に空き缶をたくさんぶら下げているあの車を『ブライダルカー』と呼ぶこと、清くんはよく知っていたなぁと感心した。
・・・
・・・・・
・・・・・・
チャペルから披露宴会場へ各々が移動する中、私は清くんに「お前は残れ」と言われたので素直に従うことにした。
バスケ部のみんなも私達が付き合っていることを知っているので、気を利かせてくれたのか移動の際は声をかけずに先に行ったみたいだ。
先程まで大人数で賑わっていたこの場所に、ぽつんと私と清くんだけ取り残されるように向かい合って佇んだ。
地面一面にフラワーシャワーが落ちていて、薄ピンク色の絨毯が敷いてあるようだ。
「残れ」と言われたから残ったのに、しばらくしても何も言ってこない彼に私は訝しげな視線を送った。
早く披露宴会場に移動しないと…、お化粧も直したいし、お手洗いも行けたら行きたいのに。
言いたいことがあるならハッキリ言ってほしいのに、清くんはなかなか口を開かない。
一昨日のことを謝るつもりなんだろうか。
一年に1回、あるかないかの大喧嘩の際もそうだが、清くんはなかなか自分から謝らない。
素直じゃないのだ。そのくせ私がしびれを切らして謝ると「俺も悪かった」と頭を下げるのだ。付き合う前より我儘なところを見せてくれるのは、心を開いてくれてる証拠なの?
頭を掻いて何か言いたそうな清くんを一瞥し、はぁとため息が漏れた私がゆっくりと瞬きをしてる時に『それ』は投げられ私の手の中に収まった。
一瞬の出来事だったが、条件反射で手が出て受け取ったので落っことさずに済んだ。
手の中には、先ほど清くんが花嫁さんから不本意に受け取ったブーケだった。
本当は私も欲しかったブーケだから嬉しいけど…にしても、そんなにテキトーな投げ方する?
しかし、心ではそう思いつつも自然と口角が上がってしまう。やった、直接じゃないけどブーケをゲット出来た。
綺麗なその花をしっかりと眺めて私が清くんに向き直るより前に、彼の方から視線を感じた。
顔を上げれば、清くんが真っ直ぐこちらを見つめていた。
その面持ちはやけに真面目な表情。正面から見ると、改めて私は彼の顔立ちが好きだなと思った。
「見てみろ。俺しかいねーぞ」
決め顔で言われたその台詞に私が首をかしげてしまった。
何を言うのかと思えば…。
「……まぁ、確かにここには私たちしかいないけど」
「そうじゃねぇよバカ!」
声を荒げて怒鳴られてしまった。そこまで怒らなくてもいいのに。
ふと頭の中に、はじめて清くんから告白(のようなもの)をされた日のことが過った。
あの日、いくつもの努力や辛さを乗り越えてはじめて彼がスタメンに選ばれた日のことだ。
『好き』を『掻っ攫う』と乱暴に例えた。あの時は相当分かり難い謎かけかと思ったほどだ。私じゃなかったら真意なんて気づかないようなそんな台詞。
素直じゃない彼の言葉の裏には、必ず“真意”が存在していることが多い。
――じゃあ、さっきのも?
私はあえて黙っていると清くんはその先の言葉を続けた。
「俺には間違いなくお前しかいないし、お前には間違いなく俺しかいないってことだよ。…わかったか!」
なにそれ?なにその言い方?
びっくりした。
一昨日のことを謝るもなしにプロポーズ…のつもり?
告げられた後の私は一体どんな表情をしていただろう。呆気にとられた顔をしていたと思う。
その場で鏡をすぐ出せるほど冷静でいられたなら確認したいぐらいだった。ポカンと口を開けて固まっていたら清くんから「口閉じろ」とまた怒鳴られた。
途端に、心にあたたかい風が吹き込んできたみたいに、心に、体に、喜びが伝わっていった。
今のがプロポーズだってわかるの、きっと世界中どこを探しても私だけだろう。
もし私だけじゃなくたって、清くんの言葉、誰にもあげたりはしない。譲ったりもしたくない。
プロポーズは、どんな言葉が欲しいか、どこで言われるか、なんてことは重要じゃない。
結局のところ『誰』に言われるかが重要なのだ。私は迷わずに間違いなく目の前のこの人がいい。
「うん。わかった」
「…おう」
「一応聞くけどさ、それってプロポーズのつもりなんだよね?」
「他に何があるっつーんだよ。いちいち聞くな」
そっか、そうだね、と、笑って私が頷くと、清くんは小さく相槌を打った後、目を細めて少しだけ笑った。
出会ったあの頃と変わらず、素直じゃなくてキツイ物言いさえ愛おしく感じるのは、私が好きになったこの人だからなのだろう。
轢くと言われても、焼くと怒られても、切ると脅されても、すぐキレられても、いつだってそこには愛情が込められているはずだから大丈夫。
自覚はあるけど、私もつくづく清くんに甘いなぁと思う。
ふわりとゆれる春風と共に、胸の中をくすぐったい気持ちが通り抜けていった。
『見てみろ!オレしかいねーぞ』
――昨日まで降っていた雨も無事に止み、見事に本日快晴。
リンゴーン、リンゴーン…と、空に響き渡る音。
歓声と人々の声に入り混じりるそれは、チャペルの祝福の音色だった。
今日は大坪くんの結婚式。
彼女さんは会社の同期で、交際3年を経てゴールインだそうだ。私の横には緑間くんや高尾くんをはじめ、秀徳高校バスケ部のメンバーも招待されていた。
名前を挙げた二人はまだ独身だが、バスケの中には既に所帯を持っている人もいて、奥さんやお子さんを連れている人もチラホラ見かけた。
木村くんも可愛らしい奥さんを連れ、1歳ぐらいの子供を抱いていた。木村くんももう立派なお父さんなんだなぁ。
私も朝から着慣れないドレスを着て、美容院で髪をセットしてもらってしっかりとめかしこんできた。今日くらいは落ち着いた振る舞いを心がけようという気分にもなる。
長い階段の一番上から、新郎新婦が腕を組みながらゆっくりと降りてくる。
純白のドレスに身を包み美しい花嫁さんが目に涙を浮かべながらも笑顔でその表情は一段と輝いていた。大坪くんもとっても嬉しそうだ。
おめでとー!といういくつもの歓声が響く中、
「大坪さんおめでとーございまっす!」
高尾くんの声が一際響き、大坪くんも花嫁さんもバスケ部一同に視線をくれた。
バスケ部が固まっていると威圧感があるようで、「まったく、相変わらず目立つやつらだな」と言って大坪さんは声を立てて笑っていた。
「真ちゃん目立つってよ」
「黙れ高尾」
私の背後でそんなやりとりが聞こえて思わず苦笑してしまった。バスケ部メンバーとは久々に会うにも関わらず、この二人は相変わらずなんだなぁ。
事前に渡されたフラワーシャワーの入ったカゴの中身をを手で掬っては二人へ投げると、それは春風に舞ってまるで桜の花弁のようにふわふわと飛んだ。
一段一段ゆっくりと階段を下りていく二人をちょうど真横から見た時、私は花嫁さんに視線が釘付けになった。
凛とした横顔、桃色の頬、長い睫毛に艶やかな唇。瞳は嬉し涙で潤んでいる。
本当に綺麗。花嫁さんはみんな綺麗っていうけど、私もウェディングドレスを着たらあんな風になれるのかな。
うっとりしつつ新郎新婦の後ろ姿を見送ると、固まって立っているバスケ部メンバーより少し後ろに下がった場所にいた清くんと目が合った。
向こうも私と目が合ったことに気がつくと、唇を尖らせてそっぽを向いた。
そして大坪さんたちの姿を捉えると皮肉そうな笑みを浮かべてフラワーシャワーを投げつけていた。
こんなときぐらい笑顔で祝福してあげるぐらいの心遣いが出来ないものなのだろうか。
いや、あのニタリとした笑みが清くんの笑顔なのかもしれない。
唇を尖らせてプイッとそっぽを向きたいのは私も同じだったけれども、それを私がやってしまうようなタイプだったなら私と清くんの関係はとっくに終わりを告げているだろう。
――…祝いの席だっていうのにまだ不貞腐れているのか。ハァ、とため息をつきながらも一昨日の夜のことが頭に浮かんだ。
事の発端は私が結婚情報誌を買ったことにある。
大坪くんから結婚の報告を聞いてからというもの、何となく毎月買ってしまっていた。
近しい人が結婚するというと、結婚とは具体的にどんなものか、結婚式の準備ってどんなものがあるのかと気になってくる。
実のところいい歳してまだその実態とやらを知らないから、これもいい勉強かなと思って参考程度に買ったのだ。
たまたま清くんが私の部屋に来た時にテーブルの上に置きっぱなしになっていたのが雑誌の表紙が『プロポーズの“言葉”大特集!』の号だった。
こういうのってあからさまに目につくところに置いてあると、結婚を催促しているみたいで嫌だから気をつけていたんだけども。
清くんが黙ってそれを手に取ってページを捲りはじめた時に、私は心の中で「しまった…」と思ったが、時既に遅し。
読み進めるごとに彼の眉間には皺が寄っていった。
「こんなん誰が言うか」
甘い数々のセリフを目の当たりにし、舌打ち混じりに清くんは吐き捨てるように言った。
付き合い始めた高校三年の時も、それより前も、あるいは生前も、彼の口が悪く皮肉屋なのは生まれつきなので仕方ない。
雑誌を清くんの目につくところに置いておいた私が悪かった。彼は興味なさそうに雑誌をテーブルに置かず床にポイッと投げ捨てるように手から放った。
普段はほとんど怒らない温厚な私もさすがにその悪態にはカチンときてしまった。
「何で投げるの?普通に置けばいいでしょ」
清くんは謝らない。謝ったとしても、それは私が謝った後でならの話だ。
謝らないの知ってるけどムカムカしてしまいいつものように流せなかった。
「それに、別に言ってもらおうなんて期待してないけど?」
床に投げられた雑誌を拾いながら冷たい口調で言うと、また清くんは舌打ちをした。
それを引き金にそれからは二人とも徐々に声を荒げての口論になった。年に一度あるかないかの口喧嘩。
「おま…、じゃあ誰に言われる気でいんだよ」
「清くんには関係ない」
「はぁ?んなこと言ってっと轢くぞ」
「轢けば?轢いてみなさいよ」
意味のない言い合いを繰り返し、口論がある程度して止めば気まずい沈黙が訪れ、彼は何も言わずに帰っていった。
その日は夕飯を作って食べていってもらう約束だったのに。清くんの好物、練習してたのになぁ。
材料も買ってあったのに…、結局一人で作って一人で平らげた。喧嘩してても食欲はある。
しかし、タイミングの悪いことに何でまた大坪くんの結婚式の二日前にケンカなんてしてるんだろう、私たち。
幸せを祝うこの良き日に、まさかケンカ中のカップルがいるなんて何だか心苦しい。私は心の中で大坪くんとお嫁さんに謝った。
「はい、女の子たち集まって~!」
花嫁さんの明るい掛け声で一昨日の夜の回想から我に返った私の肩を、高尾くんがぐいぐいと後ろから押した。
いつのまにかブーケトスの時間になっていたみたいだ。
新郎新婦は一度階段下までいくと、また少し上の段まで戻ってきたようだ。
視線は新郎新婦を追っていたはずなのに、気づかなかったなんて私はどれだけぼーっとしてたんだろう。祝いの席でこんな上の空で…反省しなくては。
「琴音先輩、行きなよホラホラ!独身女子が集まってるって!」
「ちょ、高尾くん大きな声で言わないで!」
大声で余計なことを言う高尾くんに押されるがまま階段下に集まっている女子の群れに混ざった。
ブーケトス…幸せのお裾分けと呼ばれている。
投げられたブーケを受け取った人は次に婚期の運を引き寄せるというのは周知の迷信だ。
私は別に取らなくてもいいわ…なんて思いつつ、本当は受け取りたい!と思いながらドキドキしているのはここにいる独身女子なら誰もが同じ心境だろう。
ただ、前のめりになりすぎるとあまりにも必死さが表に出てしまうから気をつけないと恥ずかしいことになる。
「いきますよー!」
花嫁が私たちに背中を向けて、両手でブーケを高々と上げた瞬間、その場の空気が緊張で張り詰めた。
えいっ!とかわいらしい声と共に空高く放たれたブーケは弧を描いて飛んだ。視線は一点集中…こっちへ来い!と思っていたが、途中で強い春風が吹いてブーケの起動は逸れていった。
着地点は私の方じゃない!と、焦りながらそのブーケを見守っていると、ポスン、とようやく誰かの手に渡ったと思ったら――独身女子のかたまりから少し離れた場所、階段下にいた清くんの手の中にブーケが収まっていた。
………え?
数秒の沈黙の後、笑がドッと起こりその中でも高尾くんの「ブフォ!」という吹き出しがまた一際大きく聞こえた。
みるみると清くんの顔は赤くなり、妙な呻き声をあげていると思って耳を澄ましたら…
「た~か~おぉぉ~~~」
「え、お、オレ!?俺が悪いの!?」
怒りの矛先は当たり前のように高尾くんに向けられていたが、とんだとばっちりである。悪いのは悪戯な春風なのだよ、って、きっと緑間くんも内心でツッコミを入れてるはずだ。
高尾くん、八つ当たりされて可哀想に…とは思うものの、先輩から後輩への理不尽な八つ当たりというのはもやは地球が滅亡するまで続く伝統であるから仕方ない。
卒業しようが現役バスケ部でなくなってもそれは変わらない。私からの助け舟は出さないでおくことにした。
それにしても、飛んできたものを受け取ってしまうのはバスケ部の習性なのだろうか。受け取るのが男性だとしても投げられたブーケが地面に落っこちるよりは、まだマシだったとは思うけど。
清くんはしっかりとブーケを両手で受け止めていたのだ。後輩たちに当たり散らすも皆笑いを堪えてるせいで肩を震わせていた。そんな中私は女の子たちと固まって遠慮なく大笑いしてやった。
「宮地ー!」
階段の上から大坪くんが新婦さんの肩を抱きながら彼の名前を呼んだ。
見上げればキリッといつもに増して凛々しい表情をした大坪くんに、清くんは視線を向けていた。この状況で、真顔になって何を言うんだ?と誰もがそわそわしていたら、
「おめでとう。幸せにな!」
――やっぱり、大坪くんは期待を裏切らなかった。再び会場から笑が巻き起こったのは言うまでもない。
「うるせぇ!ブライダルカーで轢くぞ!」と清くんは悪態づいていたが、その悪態の中にも祝う気持ちを巻き込んで叫んでいた。
ハネムーンに出掛けるのに車に空き缶をたくさんぶら下げているあの車を『ブライダルカー』と呼ぶこと、清くんはよく知っていたなぁと感心した。
・・・
・・・・・
・・・・・・
チャペルから披露宴会場へ各々が移動する中、私は清くんに「お前は残れ」と言われたので素直に従うことにした。
バスケ部のみんなも私達が付き合っていることを知っているので、気を利かせてくれたのか移動の際は声をかけずに先に行ったみたいだ。
先程まで大人数で賑わっていたこの場所に、ぽつんと私と清くんだけ取り残されるように向かい合って佇んだ。
地面一面にフラワーシャワーが落ちていて、薄ピンク色の絨毯が敷いてあるようだ。
「残れ」と言われたから残ったのに、しばらくしても何も言ってこない彼に私は訝しげな視線を送った。
早く披露宴会場に移動しないと…、お化粧も直したいし、お手洗いも行けたら行きたいのに。
言いたいことがあるならハッキリ言ってほしいのに、清くんはなかなか口を開かない。
一昨日のことを謝るつもりなんだろうか。
一年に1回、あるかないかの大喧嘩の際もそうだが、清くんはなかなか自分から謝らない。
素直じゃないのだ。そのくせ私がしびれを切らして謝ると「俺も悪かった」と頭を下げるのだ。付き合う前より我儘なところを見せてくれるのは、心を開いてくれてる証拠なの?
頭を掻いて何か言いたそうな清くんを一瞥し、はぁとため息が漏れた私がゆっくりと瞬きをしてる時に『それ』は投げられ私の手の中に収まった。
一瞬の出来事だったが、条件反射で手が出て受け取ったので落っことさずに済んだ。
手の中には、先ほど清くんが花嫁さんから不本意に受け取ったブーケだった。
本当は私も欲しかったブーケだから嬉しいけど…にしても、そんなにテキトーな投げ方する?
しかし、心ではそう思いつつも自然と口角が上がってしまう。やった、直接じゃないけどブーケをゲット出来た。
綺麗なその花をしっかりと眺めて私が清くんに向き直るより前に、彼の方から視線を感じた。
顔を上げれば、清くんが真っ直ぐこちらを見つめていた。
その面持ちはやけに真面目な表情。正面から見ると、改めて私は彼の顔立ちが好きだなと思った。
「見てみろ。俺しかいねーぞ」
決め顔で言われたその台詞に私が首をかしげてしまった。
何を言うのかと思えば…。
「……まぁ、確かにここには私たちしかいないけど」
「そうじゃねぇよバカ!」
声を荒げて怒鳴られてしまった。そこまで怒らなくてもいいのに。
ふと頭の中に、はじめて清くんから告白(のようなもの)をされた日のことが過った。
あの日、いくつもの努力や辛さを乗り越えてはじめて彼がスタメンに選ばれた日のことだ。
『好き』を『掻っ攫う』と乱暴に例えた。あの時は相当分かり難い謎かけかと思ったほどだ。私じゃなかったら真意なんて気づかないようなそんな台詞。
素直じゃない彼の言葉の裏には、必ず“真意”が存在していることが多い。
――じゃあ、さっきのも?
私はあえて黙っていると清くんはその先の言葉を続けた。
「俺には間違いなくお前しかいないし、お前には間違いなく俺しかいないってことだよ。…わかったか!」
なにそれ?なにその言い方?
びっくりした。
一昨日のことを謝るもなしにプロポーズ…のつもり?
告げられた後の私は一体どんな表情をしていただろう。呆気にとられた顔をしていたと思う。
その場で鏡をすぐ出せるほど冷静でいられたなら確認したいぐらいだった。ポカンと口を開けて固まっていたら清くんから「口閉じろ」とまた怒鳴られた。
途端に、心にあたたかい風が吹き込んできたみたいに、心に、体に、喜びが伝わっていった。
今のがプロポーズだってわかるの、きっと世界中どこを探しても私だけだろう。
もし私だけじゃなくたって、清くんの言葉、誰にもあげたりはしない。譲ったりもしたくない。
プロポーズは、どんな言葉が欲しいか、どこで言われるか、なんてことは重要じゃない。
結局のところ『誰』に言われるかが重要なのだ。私は迷わずに間違いなく目の前のこの人がいい。
「うん。わかった」
「…おう」
「一応聞くけどさ、それってプロポーズのつもりなんだよね?」
「他に何があるっつーんだよ。いちいち聞くな」
そっか、そうだね、と、笑って私が頷くと、清くんは小さく相槌を打った後、目を細めて少しだけ笑った。
出会ったあの頃と変わらず、素直じゃなくてキツイ物言いさえ愛おしく感じるのは、私が好きになったこの人だからなのだろう。
轢くと言われても、焼くと怒られても、切ると脅されても、すぐキレられても、いつだってそこには愛情が込められているはずだから大丈夫。
自覚はあるけど、私もつくづく清くんに甘いなぁと思う。
ふわりとゆれる春風と共に、胸の中をくすぐったい気持ちが通り抜けていった。