企画もの
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►高尾25歳・夢主28歳 ※甥っ子が出ます
『はじめよっか?…家族』
部屋の片づけ、よーし!…と、私は眠る前に徹底的に掃除した部屋を見渡して一息ついた。
毎日簡単な片付けはしているから散らかっていたわけではなかったけれど、人が遊びに来るとなると何だか隅々まで掃除をしたくなる。
その性分のせいで、気づいたら夜遅くまで掃除をしていた。
その甲斐あって部屋はとてもキレイになって、キッチン周り、トイレもピカピカだ。何故に体力を削ってまで掃除を思い立ったのかというと理由がある。
明日はいいお天気だし和成くんと久々に繁華街へデートの予定だったのだが急遽、お家デートに変更になったからだ。
昨夜の電話にて――
仕事から帰ってくると彼からの着信があったのでかけ直してみたら、申し訳なさそうな声が耳に響いた。
「成美のやつが『今週の土曜日結婚記念日だから旦那とどうしてもデートしたい!』って言ってさァ…だからその日だけカズマを預かってくれって」
俺だってデートだっての…、と不満そうに小声でぶつぶつと言う彼を私はなだめた。
成美ちゃんは和成くんの2つ下の妹で、早くに結婚してもう一児の母だ。その息子はカズマくんという名前で3才の元気いっぱいの男の子。
和成くんが実家に遊びに行ったときに成美ちゃんとは何度か会ったことがあるし、実は二人で出掛けたこともある。
琴音さんみたいなお姉さん欲しかったんです!…なんて嬉しい言葉をもらい、恋の相談をされることもしばしばあった。
一体私のどこに憧れる要素なんてあるのかわからなかったし、私よりも成美ちゃんの方がしっかり者で見習いたいくらいだったけれど、和成くん同様、成美ちゃんも人懐っこくてすぐに打ち解けて仲良くなった。今じゃ彼女も“お母さん”かぁ…。時間の流れって早いなぁ。
「私は家でゆっくりするのも好きだよ?成美ちゃんの住んでる場所からだとこっちのが近いし、何なら二人とも私のアパートに来てもらっても大丈夫だけど」
「え、マジ?そりゃ助かるけど……、せっかくデートの予定だったのにごめんな」
受話器越しから聞こえてくる彼のため息から、二人の時間を過ごせなくてガッカリしているのが伝わってきた。
そんなに落ち込むことないし謝らなくてもいいのに。だって私は和成くんと会えればいつだってどこだって嬉しいのだ。私がフォローの意味も込めて素直な気持ちを告げると、彼は照れくさそうに「…そーゆーの反則なんですけど」と反論めいたことを言っていた。
受話器の向こうで照れ隠しに唇を尖らせている和成くんの顔が浮かんで、私は思わず苦笑する。あぁ何かやっぱり年下って感じで、かわいいなぁ。
明日は和成くんだけでなく、もう一人小さなお客様も連れてきてくれるから会えるのが楽しみだ。
和成くんはすごく気が利くし、何でも器用にこなして、それでいてお話も上手で、しっかり者。おまけに容姿もいいときた。
その上、年下特有のかわいさも備えているので、もう完璧というか…これじゃあどっちがずるいんだか。
どこをとってもハイスペックで、未だに何故こんなよく出来た人が私の彼氏なのかすごく不思議だ。
――和成くんと付き合いはじめたのは私が高校三年の時。WCが終わった少し後からだ。
WCで秀徳は優勝を逃し、三年の部員もマネージャー達も年明けにはすぐ引退が決まっていた。
それは決まっていたことだから驚くことではなかったけれど、内心は寂しくて仕方なかった。
各々引継ぎや荷物の整理が終わった後、ついにその日はやって来た。後輩達の前で三年が横一列に並び、主将の大坪くんが部員の前で引退の挨拶をしている中、私はみんなの前だというのに顔を真っ赤にしてボロボロと泣いた。三年生はみんな気持ちは同じで、思い出を脳裏に過ぎらせて涙をこらえている部員やマネージャーも多かったはずだ。
部活を引退すれば体育館に顔を出すこともほとんどなくなる。時々練習を見に行きたいのは山々だったが、引退後はすぐに受験勉強が控えていたので、積極的に体育館を見に行く者は少なかったと思う。
毎日のようにある部活…、当たり前のように顔を合わせることが出来たあの頃が懐かしく思えた。
寄り道したり他愛ない話をして笑いあったり、時々緑間くんと一緒にリアカーに乗せてもらったりと、和成くんとの楽しい思い出ばかり頭に過ぎっては受験勉強にも全く集中できかなかった。
――マズイなぁ、これじゃあ大学も落ちちゃうよ…と、気持ちが沈んだまま過ごしていた矢先、告白してきたのは和成くんの方からだった。
呼び出されたのは部活前の体育館。誰もいない広すぎる場所に二人きりで向かいあった。会うのも久々だったので私は妙に緊張していたのを覚えてている。
『先輩の受験に差し支えたら悪いと思って我慢してたんスけど、全然ダメだった。一週間で限界――』
告白だけでも心臓が止まりそうなほど驚いたというのに、トドメとばかりに告げてきたそれは、和成くんらしい気遣い。
そんな人に特別に想ってもらえていたなんて何て贅沢者なんだろう。私は和成くんが私にくれる言葉の全部が嬉しくて、泣いてしまって、和成くんに苦笑いされながら抱きしめられた。
この思い出はもう10年も前だというのに思い返しては心の中があたたかくなる。
この時の記憶も感情も色褪せない。生涯、私の大事な思い出の一つになった日だった。
□ □ □
翌日午前11時。昼食の下ごしらえがちょうど終わった時、インターホンの音がした。
ドアを開ける前に、外側から賑やかな声が聞こえて自然と頬が緩む。
ドアを開けるとそこにはカズマくんを抱えた和成くんがいた。
大きな黒目は和成くんに似てちょっとつり目で、白くてまあるいほっぺはほんのり赤い。柔らかそう。要するに…3歳児かわいい!
「いらっしゃいカズマくん!かわいいねぇ」
デレデレしながら私はカズマくんの頭をなでると、ぷいっとそっぽを向かれてしまった。人見知りする子なんだろうか。
にしても、小さい子と触れ合う機会は久々なので心が躍る。私がそわそわしながらカズマくんを見つめるも、一向に私の方を見てくれない。
その時、ゴホンとわざとらしい咳払いで私はやっと和成くんに視線を移動した。
「ちょ、琴音さん、俺は?!」
「あ、和成くんもいらっしゃい」
「ついでかよ!」
笑いながら和成くんの頭もよしよしと背伸びをしながら撫でると彼は口元を歪ませて何とも言えない表情をしていた。照れているんだと思う。
部屋に上がってもらいとりあえず飲み物を出して、昼食が出来るまで待っててもらうことにした。カズマくんには買っておいたオレンジジュースを出すとちゃんと飲んでくれているみたいだった。
和成くんとカズマくんは何度も会っているのですっかり彼には懐いてるみたいだし、こう並んでみると親子みたいに似てる。カズマくんにとって和成くんは伯父に当たる人だから血が繋がってるし似ているのも納得だが、目元なんて特に似すぎ…。まるで幼い頃の和成くんがそこにいるみたいで、二人を見つめるたびに心臓がドキドキが高まっていくようだった。
昼食の支度をしながら横目でカズマくんを見ると時々目が合うのだが、すぐに逸らされてしまった。うーん、照れてるのかなぁ。
二人が仲良くカードゲームをして遊んでいる間に、私は食器を準備し始める。
手を動かしながらも次にやることを頭の中で巡らせつつ…今日のお昼ご飯は甘口のカレーライスと、デザートにりんごかな。
うさぎの形にしたら喜ぶなと思いつつ…、私はうさぎの形を切るのが苦手なので和成くんに助けてもらおう。
12時より前に昼食が出来上がりテーブルの上に運ぶと、二人ともキチンとお行儀よく座り直していた。
同じ顔して同じ行動をとるから本当に微笑ましくて私は思わずクス、と笑ってしまう。美味しい美味しいと食べてくれる彼と、特に何も言わないけれどガツガツとキレイに食べてくれたカズマくんを見て、一生懸命作ってよかったと安心した。
普段食べている味と違ったりしたら残しちゃうかなとか食べてくれないかなとか心配していたのだが、大丈夫だったみたいだ。
小さな手でスプーンを握りながらもって、器用に口に運んでいく。口のまわりにカレーがついていたのを隣に座っている和成くんがディッシュで拭いてあげている光景が微笑ましい。
「二人とも似てるねぇ。特に目元なんてそっくり」
デザートのりんごを食べながら改めて二人を交互に見比べて、無意識に頷いてしまった。
「そっかなー?俺のが男前じゃん?」
目を細めてニッと笑う和成くんをスルーして、私は「そんなことないよねー?」と言ってカズマくんのほっぺをゆっくりとつついた。そしたら、カズマくんは逃げなかった!触らせてくれたのだ!
小さく和成くんの嘆き聞こえてきたけどそれをスルーして私はカズマくんに触っていると、3才の男の子は私のところまでちょこちょこと歩いてきて、腕の中に飛び込んできた。
足が蹴躓いたみたいにボスンッ!と。
かわいい…!
最初は目も合わせてくれなかったのは、ただ照れていただけなのだと悟った。きっと緊張してたんだね。慣れてきたらこんな風にスキンシップもしてくるなんて、とてもいい子。
――しかしその幸せは一瞬で終わってしまった。カズマくんは和成くんに抱え上げられ、私からすぐに離されてしまった。
「カズマ!そこ俺のだって!」
せっかく懐いてくれたのに引き離すなんてひどい。私は彼の額にデコピンをかました。
いでっ!と悲鳴をあげて和成くんが右手で額を押さえた隙に、カズマくんはまた私の方に来たので、両手を広げるとその中に飛び込んできてくれた。
そして、今度こそ和成くんに引き離されないようにギュッと抱きしめた。
カズくんと呼ぶと「なぁに」と返事をしてくれた。そこでまたデレデレして頬を寄せるとすっかり仲間はずれにされた気分になっている和成くんのジト目が向けられていた。
「…俺さえ名前で呼ばれるのに何年もかかったっつーのにカズマは、カズマは…」
「和成くん、3歳の子に妬かないでよ」
「妬くでしょそりゃ。カズマだって男だし、俺けっこーヤキモチ焼きだからさー。でも、琴音さんって子供好きなんだね。なんか嬉しいわ」
不機嫌そうな表情が一変、彼はフッと柔らかく微笑んだ。
その言葉に深い意味はあるのかな――あればいいなと思って私が微笑み返すと、ふと胸に違和感。くすぐったい感じ。
胸に圧力がかかっているような――と思って視線を下に向けると、抱っこされているカズマくんが両手で私の胸を押したり持ち上げようとしたりしていた。
そ、そこはおもちゃじゃないんだけど!?と私が目を丸くして驚いてるのも束の間、和成くんは「カズマぁ!」と叫びながら慌てて素早く私からまたカズマくんを持ち上げて引き離したのだった。
□ □ □
それから1時間後――、食休みしてから私が後片付けをしているうちに部屋の中は静かになっていた。
声のかわりにすうすう、と規則正しい寝息が聞こえてくると思って後ろを振り向くと、カズマくんがクッションを枕にして眠っていた。
その横に並んで和成くんが頬杖をつきながらうとうとと船をこいでいる。お腹いっぱいになって眠たい様子だ。
片付けも終わったので、カズマくんを起こさないように薄手のタオルケットをそっとかけた。寝顔もかわいいなぁ。
「私も一緒にお昼寝しようかな」
ぐっと背伸びをした後、カズマくんの方を見ながら横になる。3人で川の字になってお昼寝タイムだ。
カズマくんの寝顔を見ながらいい具合に眠気が襲ってきて私は目を閉じた。街へでかけて買い物をして、お茶して、…外でのデートも楽しいけれど、のんびりしながらたまにはこういう日もいいなぁ。
少し開けた窓から気持ちいい風が入ってきて頬を撫でて、心地よく眠りに落ちる寸前――、ふと背後に気配を感じて瞼をうっすらと開けた。
「っ!」
背中に伝わる体温、うなじにに柔らかい唇の感触、私よりも一回り大きな手がお腹に触れた。後ろから抱きしめられているような――いや、実際に抱きしめられている。
気づいて反射的に肩をビクッと震わせたら、すぐ耳元で和成くんの小さな笑い声がした。いつの間に私の後ろに回りこんできたのか、音もなくまるで忍者みたいだ。
慌てすぎだよ、って言われたけど、そりゃ慌てるでしょ!カズマくんが目の前で寝てるのにこんな状況…。幸い今もすやすやと眠ってくれてるので気づかれることはなさそうだけれど。
「か、和成くん、首くすぐったい…」
「琴音さん照れてんの?かわいい」
うなじにキスを落とされ、ゾワリと肌が粟立つと同時に顔に熱が昇っていく。あと少ししてもやめてくれなかったらこれはもう身をよじって離れるしかないなぁと思っていたが、和成くんはすぐ唇を離した。
その代わりに後ろからさらにギュッと抱きしめられる。これじゃもう逃れられない。
はぁ、とため息をついて、このままドキドキしながらお昼寝できるかなぁ、できないよなぁなんて考えていたら、和成くんが穏やかな声で話し始めた。
「たまにはこーゆーゆっくりした時間もいいよなぁ」
「うん。そうだね」
「なぁ、俺たちもはじめよっか」
「…何を?」
「家族」
穏やかに真っ直ぐに心に響いて来るその声のせいで、私の心臓は一際大きく高鳴る。
さっきだって『子供が好きで嬉しい』とか、意味深なことを言って、トドメにそんなことを告げてくるなんて私が動揺しないはずもなかった。
結婚を考えるには充分な年齢だけれど、焦ってするようなものじゃないからずっと和成くんの言葉を待っていた私にとって、それはまるで夢のような一言。
“家族をはじめる”
――その言葉が意味することをわかってる?
本当に?私と?そんな風に考えてくれているの?って、心の中で思っていた言葉が喉から出てこなくて、涙が出そうになる。
顔がさっきよりも熱くなる。顔だけじゃない、体温ごと全部上昇するみたいに。
きっと私の体に触れている和成くんには、動揺もドキドキも伝わってしまっているはずだ。
言葉がでないまま、ゆっくり一度だけ頷いたら、お腹に触っていた和成くんの手が肩へ移動してきた。
そして、私の視界はぐるりと半回転した。横たわっていたいる体勢が和成くんに倒され、仰向けにされた。
その上から彼の影が降りてきて、あっという間に押し倒されてしまったということに気づく。
「ドキドキしてんのも全部お見通し」
顔を真っ赤にしている私を見て、少年のような笑顔になる和成くん。かわいいのはどっちだ。ずるいのはどっちだ。
和成くんの魅力に翻弄されているのはいつも私の方なのに。体ごと覆い被され、触れるだけのキスをされて自然と目を閉じる。
顔が離れていったと思えば、また角度を変えて唇が重なりそうになった時――
「…っ!かずなりがおねえちゃんをいじめてる!」
大きなその声の方を向くと、カズマくんが起きて目をまん丸にして私たちを見ていた。み、みられてしまった…!
慌てて覆い被さっていた和成くんをドンッ!っと突き飛ばすと、私はカズマくんに近づいた。
すると半べそで私の胸にまた飛び込んできて泣き始めた。
突き飛ばされて床に尻餅をついた彼は「ずりぃ!」と悲しみを訴えていたが、とりあえず私は無視してカズマくんをよしよしとあやした。
寝起きでとんでもない光景が目に飛び込んできて怖くなっちゃったのかな!?
いじめられてないよ~、大丈夫だからね~と必死であやしてる横で、和成くんが「俺がいじめてんのは夜だけだって!」と、空気を読まずくだらないことを言うので私はカズマくんを抱えながらも空いた方の手で彼の頬を思い切りつねってやった。
そこ、くだらないこと言ってないであやすの手伝って!
…とは言え、和成くんばかりを責められない。
雰囲気に流されてしまうところだった私も悪いのだから、充分に反省しなくちゃ。
さっきのこと、成美ちゃんがカズマくんをお迎えに来て二人きりになった後でもう一度改めて聞いてみよう。
夢みたいに嬉しい言葉が待っていると信じて。
『はじめよっか?…家族』
部屋の片づけ、よーし!…と、私は眠る前に徹底的に掃除した部屋を見渡して一息ついた。
毎日簡単な片付けはしているから散らかっていたわけではなかったけれど、人が遊びに来るとなると何だか隅々まで掃除をしたくなる。
その性分のせいで、気づいたら夜遅くまで掃除をしていた。
その甲斐あって部屋はとてもキレイになって、キッチン周り、トイレもピカピカだ。何故に体力を削ってまで掃除を思い立ったのかというと理由がある。
明日はいいお天気だし和成くんと久々に繁華街へデートの予定だったのだが急遽、お家デートに変更になったからだ。
昨夜の電話にて――
仕事から帰ってくると彼からの着信があったのでかけ直してみたら、申し訳なさそうな声が耳に響いた。
「成美のやつが『今週の土曜日結婚記念日だから旦那とどうしてもデートしたい!』って言ってさァ…だからその日だけカズマを預かってくれって」
俺だってデートだっての…、と不満そうに小声でぶつぶつと言う彼を私はなだめた。
成美ちゃんは和成くんの2つ下の妹で、早くに結婚してもう一児の母だ。その息子はカズマくんという名前で3才の元気いっぱいの男の子。
和成くんが実家に遊びに行ったときに成美ちゃんとは何度か会ったことがあるし、実は二人で出掛けたこともある。
琴音さんみたいなお姉さん欲しかったんです!…なんて嬉しい言葉をもらい、恋の相談をされることもしばしばあった。
一体私のどこに憧れる要素なんてあるのかわからなかったし、私よりも成美ちゃんの方がしっかり者で見習いたいくらいだったけれど、和成くん同様、成美ちゃんも人懐っこくてすぐに打ち解けて仲良くなった。今じゃ彼女も“お母さん”かぁ…。時間の流れって早いなぁ。
「私は家でゆっくりするのも好きだよ?成美ちゃんの住んでる場所からだとこっちのが近いし、何なら二人とも私のアパートに来てもらっても大丈夫だけど」
「え、マジ?そりゃ助かるけど……、せっかくデートの予定だったのにごめんな」
受話器越しから聞こえてくる彼のため息から、二人の時間を過ごせなくてガッカリしているのが伝わってきた。
そんなに落ち込むことないし謝らなくてもいいのに。だって私は和成くんと会えればいつだってどこだって嬉しいのだ。私がフォローの意味も込めて素直な気持ちを告げると、彼は照れくさそうに「…そーゆーの反則なんですけど」と反論めいたことを言っていた。
受話器の向こうで照れ隠しに唇を尖らせている和成くんの顔が浮かんで、私は思わず苦笑する。あぁ何かやっぱり年下って感じで、かわいいなぁ。
明日は和成くんだけでなく、もう一人小さなお客様も連れてきてくれるから会えるのが楽しみだ。
和成くんはすごく気が利くし、何でも器用にこなして、それでいてお話も上手で、しっかり者。おまけに容姿もいいときた。
その上、年下特有のかわいさも備えているので、もう完璧というか…これじゃあどっちがずるいんだか。
どこをとってもハイスペックで、未だに何故こんなよく出来た人が私の彼氏なのかすごく不思議だ。
――和成くんと付き合いはじめたのは私が高校三年の時。WCが終わった少し後からだ。
WCで秀徳は優勝を逃し、三年の部員もマネージャー達も年明けにはすぐ引退が決まっていた。
それは決まっていたことだから驚くことではなかったけれど、内心は寂しくて仕方なかった。
各々引継ぎや荷物の整理が終わった後、ついにその日はやって来た。後輩達の前で三年が横一列に並び、主将の大坪くんが部員の前で引退の挨拶をしている中、私はみんなの前だというのに顔を真っ赤にしてボロボロと泣いた。三年生はみんな気持ちは同じで、思い出を脳裏に過ぎらせて涙をこらえている部員やマネージャーも多かったはずだ。
部活を引退すれば体育館に顔を出すこともほとんどなくなる。時々練習を見に行きたいのは山々だったが、引退後はすぐに受験勉強が控えていたので、積極的に体育館を見に行く者は少なかったと思う。
毎日のようにある部活…、当たり前のように顔を合わせることが出来たあの頃が懐かしく思えた。
寄り道したり他愛ない話をして笑いあったり、時々緑間くんと一緒にリアカーに乗せてもらったりと、和成くんとの楽しい思い出ばかり頭に過ぎっては受験勉強にも全く集中できかなかった。
――マズイなぁ、これじゃあ大学も落ちちゃうよ…と、気持ちが沈んだまま過ごしていた矢先、告白してきたのは和成くんの方からだった。
呼び出されたのは部活前の体育館。誰もいない広すぎる場所に二人きりで向かいあった。会うのも久々だったので私は妙に緊張していたのを覚えてている。
『先輩の受験に差し支えたら悪いと思って我慢してたんスけど、全然ダメだった。一週間で限界――』
告白だけでも心臓が止まりそうなほど驚いたというのに、トドメとばかりに告げてきたそれは、和成くんらしい気遣い。
そんな人に特別に想ってもらえていたなんて何て贅沢者なんだろう。私は和成くんが私にくれる言葉の全部が嬉しくて、泣いてしまって、和成くんに苦笑いされながら抱きしめられた。
この思い出はもう10年も前だというのに思い返しては心の中があたたかくなる。
この時の記憶も感情も色褪せない。生涯、私の大事な思い出の一つになった日だった。
□ □ □
翌日午前11時。昼食の下ごしらえがちょうど終わった時、インターホンの音がした。
ドアを開ける前に、外側から賑やかな声が聞こえて自然と頬が緩む。
ドアを開けるとそこにはカズマくんを抱えた和成くんがいた。
大きな黒目は和成くんに似てちょっとつり目で、白くてまあるいほっぺはほんのり赤い。柔らかそう。要するに…3歳児かわいい!
「いらっしゃいカズマくん!かわいいねぇ」
デレデレしながら私はカズマくんの頭をなでると、ぷいっとそっぽを向かれてしまった。人見知りする子なんだろうか。
にしても、小さい子と触れ合う機会は久々なので心が躍る。私がそわそわしながらカズマくんを見つめるも、一向に私の方を見てくれない。
その時、ゴホンとわざとらしい咳払いで私はやっと和成くんに視線を移動した。
「ちょ、琴音さん、俺は?!」
「あ、和成くんもいらっしゃい」
「ついでかよ!」
笑いながら和成くんの頭もよしよしと背伸びをしながら撫でると彼は口元を歪ませて何とも言えない表情をしていた。照れているんだと思う。
部屋に上がってもらいとりあえず飲み物を出して、昼食が出来るまで待っててもらうことにした。カズマくんには買っておいたオレンジジュースを出すとちゃんと飲んでくれているみたいだった。
和成くんとカズマくんは何度も会っているのですっかり彼には懐いてるみたいだし、こう並んでみると親子みたいに似てる。カズマくんにとって和成くんは伯父に当たる人だから血が繋がってるし似ているのも納得だが、目元なんて特に似すぎ…。まるで幼い頃の和成くんがそこにいるみたいで、二人を見つめるたびに心臓がドキドキが高まっていくようだった。
昼食の支度をしながら横目でカズマくんを見ると時々目が合うのだが、すぐに逸らされてしまった。うーん、照れてるのかなぁ。
二人が仲良くカードゲームをして遊んでいる間に、私は食器を準備し始める。
手を動かしながらも次にやることを頭の中で巡らせつつ…今日のお昼ご飯は甘口のカレーライスと、デザートにりんごかな。
うさぎの形にしたら喜ぶなと思いつつ…、私はうさぎの形を切るのが苦手なので和成くんに助けてもらおう。
12時より前に昼食が出来上がりテーブルの上に運ぶと、二人ともキチンとお行儀よく座り直していた。
同じ顔して同じ行動をとるから本当に微笑ましくて私は思わずクス、と笑ってしまう。美味しい美味しいと食べてくれる彼と、特に何も言わないけれどガツガツとキレイに食べてくれたカズマくんを見て、一生懸命作ってよかったと安心した。
普段食べている味と違ったりしたら残しちゃうかなとか食べてくれないかなとか心配していたのだが、大丈夫だったみたいだ。
小さな手でスプーンを握りながらもって、器用に口に運んでいく。口のまわりにカレーがついていたのを隣に座っている和成くんがディッシュで拭いてあげている光景が微笑ましい。
「二人とも似てるねぇ。特に目元なんてそっくり」
デザートのりんごを食べながら改めて二人を交互に見比べて、無意識に頷いてしまった。
「そっかなー?俺のが男前じゃん?」
目を細めてニッと笑う和成くんをスルーして、私は「そんなことないよねー?」と言ってカズマくんのほっぺをゆっくりとつついた。そしたら、カズマくんは逃げなかった!触らせてくれたのだ!
小さく和成くんの嘆き聞こえてきたけどそれをスルーして私はカズマくんに触っていると、3才の男の子は私のところまでちょこちょこと歩いてきて、腕の中に飛び込んできた。
足が蹴躓いたみたいにボスンッ!と。
かわいい…!
最初は目も合わせてくれなかったのは、ただ照れていただけなのだと悟った。きっと緊張してたんだね。慣れてきたらこんな風にスキンシップもしてくるなんて、とてもいい子。
――しかしその幸せは一瞬で終わってしまった。カズマくんは和成くんに抱え上げられ、私からすぐに離されてしまった。
「カズマ!そこ俺のだって!」
せっかく懐いてくれたのに引き離すなんてひどい。私は彼の額にデコピンをかました。
いでっ!と悲鳴をあげて和成くんが右手で額を押さえた隙に、カズマくんはまた私の方に来たので、両手を広げるとその中に飛び込んできてくれた。
そして、今度こそ和成くんに引き離されないようにギュッと抱きしめた。
カズくんと呼ぶと「なぁに」と返事をしてくれた。そこでまたデレデレして頬を寄せるとすっかり仲間はずれにされた気分になっている和成くんのジト目が向けられていた。
「…俺さえ名前で呼ばれるのに何年もかかったっつーのにカズマは、カズマは…」
「和成くん、3歳の子に妬かないでよ」
「妬くでしょそりゃ。カズマだって男だし、俺けっこーヤキモチ焼きだからさー。でも、琴音さんって子供好きなんだね。なんか嬉しいわ」
不機嫌そうな表情が一変、彼はフッと柔らかく微笑んだ。
その言葉に深い意味はあるのかな――あればいいなと思って私が微笑み返すと、ふと胸に違和感。くすぐったい感じ。
胸に圧力がかかっているような――と思って視線を下に向けると、抱っこされているカズマくんが両手で私の胸を押したり持ち上げようとしたりしていた。
そ、そこはおもちゃじゃないんだけど!?と私が目を丸くして驚いてるのも束の間、和成くんは「カズマぁ!」と叫びながら慌てて素早く私からまたカズマくんを持ち上げて引き離したのだった。
□ □ □
それから1時間後――、食休みしてから私が後片付けをしているうちに部屋の中は静かになっていた。
声のかわりにすうすう、と規則正しい寝息が聞こえてくると思って後ろを振り向くと、カズマくんがクッションを枕にして眠っていた。
その横に並んで和成くんが頬杖をつきながらうとうとと船をこいでいる。お腹いっぱいになって眠たい様子だ。
片付けも終わったので、カズマくんを起こさないように薄手のタオルケットをそっとかけた。寝顔もかわいいなぁ。
「私も一緒にお昼寝しようかな」
ぐっと背伸びをした後、カズマくんの方を見ながら横になる。3人で川の字になってお昼寝タイムだ。
カズマくんの寝顔を見ながらいい具合に眠気が襲ってきて私は目を閉じた。街へでかけて買い物をして、お茶して、…外でのデートも楽しいけれど、のんびりしながらたまにはこういう日もいいなぁ。
少し開けた窓から気持ちいい風が入ってきて頬を撫でて、心地よく眠りに落ちる寸前――、ふと背後に気配を感じて瞼をうっすらと開けた。
「っ!」
背中に伝わる体温、うなじにに柔らかい唇の感触、私よりも一回り大きな手がお腹に触れた。後ろから抱きしめられているような――いや、実際に抱きしめられている。
気づいて反射的に肩をビクッと震わせたら、すぐ耳元で和成くんの小さな笑い声がした。いつの間に私の後ろに回りこんできたのか、音もなくまるで忍者みたいだ。
慌てすぎだよ、って言われたけど、そりゃ慌てるでしょ!カズマくんが目の前で寝てるのにこんな状況…。幸い今もすやすやと眠ってくれてるので気づかれることはなさそうだけれど。
「か、和成くん、首くすぐったい…」
「琴音さん照れてんの?かわいい」
うなじにキスを落とされ、ゾワリと肌が粟立つと同時に顔に熱が昇っていく。あと少ししてもやめてくれなかったらこれはもう身をよじって離れるしかないなぁと思っていたが、和成くんはすぐ唇を離した。
その代わりに後ろからさらにギュッと抱きしめられる。これじゃもう逃れられない。
はぁ、とため息をついて、このままドキドキしながらお昼寝できるかなぁ、できないよなぁなんて考えていたら、和成くんが穏やかな声で話し始めた。
「たまにはこーゆーゆっくりした時間もいいよなぁ」
「うん。そうだね」
「なぁ、俺たちもはじめよっか」
「…何を?」
「家族」
穏やかに真っ直ぐに心に響いて来るその声のせいで、私の心臓は一際大きく高鳴る。
さっきだって『子供が好きで嬉しい』とか、意味深なことを言って、トドメにそんなことを告げてくるなんて私が動揺しないはずもなかった。
結婚を考えるには充分な年齢だけれど、焦ってするようなものじゃないからずっと和成くんの言葉を待っていた私にとって、それはまるで夢のような一言。
“家族をはじめる”
――その言葉が意味することをわかってる?
本当に?私と?そんな風に考えてくれているの?って、心の中で思っていた言葉が喉から出てこなくて、涙が出そうになる。
顔がさっきよりも熱くなる。顔だけじゃない、体温ごと全部上昇するみたいに。
きっと私の体に触れている和成くんには、動揺もドキドキも伝わってしまっているはずだ。
言葉がでないまま、ゆっくり一度だけ頷いたら、お腹に触っていた和成くんの手が肩へ移動してきた。
そして、私の視界はぐるりと半回転した。横たわっていたいる体勢が和成くんに倒され、仰向けにされた。
その上から彼の影が降りてきて、あっという間に押し倒されてしまったということに気づく。
「ドキドキしてんのも全部お見通し」
顔を真っ赤にしている私を見て、少年のような笑顔になる和成くん。かわいいのはどっちだ。ずるいのはどっちだ。
和成くんの魅力に翻弄されているのはいつも私の方なのに。体ごと覆い被され、触れるだけのキスをされて自然と目を閉じる。
顔が離れていったと思えば、また角度を変えて唇が重なりそうになった時――
「…っ!かずなりがおねえちゃんをいじめてる!」
大きなその声の方を向くと、カズマくんが起きて目をまん丸にして私たちを見ていた。み、みられてしまった…!
慌てて覆い被さっていた和成くんをドンッ!っと突き飛ばすと、私はカズマくんに近づいた。
すると半べそで私の胸にまた飛び込んできて泣き始めた。
突き飛ばされて床に尻餅をついた彼は「ずりぃ!」と悲しみを訴えていたが、とりあえず私は無視してカズマくんをよしよしとあやした。
寝起きでとんでもない光景が目に飛び込んできて怖くなっちゃったのかな!?
いじめられてないよ~、大丈夫だからね~と必死であやしてる横で、和成くんが「俺がいじめてんのは夜だけだって!」と、空気を読まずくだらないことを言うので私はカズマくんを抱えながらも空いた方の手で彼の頬を思い切りつねってやった。
そこ、くだらないこと言ってないであやすの手伝って!
…とは言え、和成くんばかりを責められない。
雰囲気に流されてしまうところだった私も悪いのだから、充分に反省しなくちゃ。
さっきのこと、成美ちゃんがカズマくんをお迎えに来て二人きりになった後でもう一度改めて聞いてみよう。
夢みたいに嬉しい言葉が待っていると信じて。