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Judgment!
夕暮れの教室。オレンジ色に染まる窓際のカーテン。柔らかい秋の風。
部活が終わってから教室に忘れ物を取りに来ただけなのに、私は自分の椅子に座っていた。
いつも誰かしら居る教室に誰もいない光景は新鮮で、せっかくなので今日は部誌をここで書いてこうと思い私は机に広げた。
清水の紅葉はあとどれぐらい経てば見頃だろうか。夕陽の色は紅葉を連想させるほどに真っ赤だ。
私の席は運よく窓際で、日中も日当たりのいいこの場所は常に眠りを誘う。窓際の列の一番後ろなんて最高だ。
二年生の二学期にしてこんないい席を当てることができるなんて席替えで運を使い果たしたに違いないと思った。
ガラス窓越しに夕陽に顔を照らされ、その眩しさに目を細める。
外を見ればビルの合間に半分だけ沈んでいた。
備品のチェックと発注、練習試合のスケジュール組、練習メニューの見直しを全体で行う…などなど。
バスケの強豪校、洛山にはバスケ部員もたくさんいる為、それに対してマネージャーも複数人。
だが、誰一人としてヒマを持て余すような仕事をしてる者はいなかった。部員をサポートする役割として毎日忙しい。
部誌はマネージャーの中でも当番制で、部活が終わってすぐに書いてもよし、じっくりと家で書いてもよしとしている。
部活時間ギリギリまで別の仕事に追われていることもあるので、家で書いてくる人のが多いぐらいだ。
それを翌日までに主将に渡して確認してもらうのが決まりだから、もし今日書けなくても家で書いて明日持ってくればいいのだ…と、思ったのが心の油断だった。
ペンを走らせていた手が止まり、目を細めたついでにそのまま閉じて、ついに私は机に顔を突っ伏した。
特に今日は疲れていたのかもしれない。こうなるとは思っていたけど、抗えない。
ゆっくり深呼吸をして頭がぼんやりとする中、瞼の裏にオレンジ色が焼きついた。
少しだけ、少しだけ…と思いつつ眠気は容赦なく私を襲い、結局そのまま心地よい眠りについた。
夢の中で肩に少しだけ温かい感触。
しかしそれは夢ではなかったことを後に知ることになる。
窓際の方を向いて眠っていたつもりだったが、いつの間にか反対側に顔の向きをかえていた私が目を覚ます。
ゆっくりと瞼を開けると目の前には赤司くんの寝顔が飛び込んできた。机に頬杖をついて、寝息も立てずに固まったように眠っていた。
「…っ!」
驚いて突っ伏していた顔をあげると、肩から何かパサリと落ちて背もたれに引っかかった。
バスケ部のジャージ…赤司くんがかけてくれたんだ。
ほんの少しだけ開けた窓から吹き込んだ風はすっかり冷たくなってきている。ジャージをかけてくれたおかげで体が冷えずに済んだようだ。
静かに膝の上でジャージを畳みながら私は赤司くんを見つめた。
長い睫毛、白い肌、紅葉のような赤い髪。整った顔立ちは男の子なのに「美しい」と形容するのが相応しい。
普段、部活では主将とマネージャーとして関わっているだけなのでこんなに間近で見たことはなかった。ましてや寝顔など拝めるなんて初めてだ。
一年で主将になるという異例は、“キセキの世代”と呼ばれる彼なら納得がいく。
今年の春、洛山バスケ部はキセキの世代の、その中でも帝光バスケ部の主将を務めていた赤司くんを獲得した。
獲得したというよりは、赤司くんも最初から強豪校へ行くつもりでうちを選んだみたいだったので、本人曰く「洛山に来たのは必然だ」と言ってた。
まさかこんなに優秀かつ、カッコイイ後輩が入ってこようとは去年の今頃は思いもしなかった。
独特なプレイスタイルとバスケの強さも、皆をまとめる指揮能力も、群を抜いて赤司くんがトップだった。
みんなも監督もそれを認めて、彼が主将であることを受け入れているのだ。
沈着冷静、凛々しく、潔く、熱いリーダーシップとは異なる、歴戦無敗の王のようなカリスマ性が赤司くんにはあった。
性格も基本的にはクール…な、はずなので、驚いていた。
私にジャージをかけてくれたり、隣の席でうたた寝している姿があまりにも想像できない事態すぎて。
想いを寄せていた相手が、手を伸ばせば届く距離にいる。
しかも、滅多に見れない寝顔という特典付きで。
普段なら絶対にできないしこんなチャンス滅多にないと思い、私は手をのばした。
花の密に誘われる蝶のように、手が自然と導かれ、彼の髪に触れようとした瞬間――、
「…寝てる人に悪戯なんて感心しないな」
「えっ!…寝たフリ、だった…?」
「今さっき起きたんだよ」
目を閉じてそのまま告げた赤司くんに私はさっきより何倍も驚いて手を引っ込めた。
見えてないのに、何故わかったんだろう。視えてるの?目を閉じていてもエンペラーアイの効果は発揮できるんだろうか。
ごめんなさい、と謝ると、赤司くんは何も言わずに微笑した。
「あ、赤司くん。ジャージをかけてくれてありがとう」
「あぁ。キミに風邪をひかれては困るからな」
「あと、起こさないでくれてありがとう」
「だいぶ疲れていたのか?僕もつられてうたた寝してしまった」
私が小首をかしげると、彼はため息をついた。
『赤司くんでもそんなことあるの?』と言わんばかりの視線に、彼は、失礼だな、と言って少し笑った。
こんな表情もするんだ、と私は内心で驚いたが声には出さなかった。
私は二年生、赤司くんは一年生。学年的には私の方が先輩だが、赤司くんは主将だから、お互い敬語は使わないようにしている。
出来るだけ丁寧に畳んだジャージを渡すと、赤司くんはそれを受け取り鞄の中にしまいながら椅子から立ち上がった。
「だいぶ暗くなってしまったな」
「ホントだ、もう真っ暗…」
うたた寝する前までは橙色で満ちていたグラウンドも、空の色も今度は群青色になり、すっかり夕日は沈みきってしまった。
あの時間帯のあの景色は何にも代えがたいほどに綺麗だけど、ほんのわずかな時間しか見れないというのがもったいないなぁと思う。
「家まで送ろう。こんなに遅くなったのも起こさなかった僕の責任だ」
「まだ人通りも多い時間帯だし、大丈夫だよ?」
部誌を鞄にしまおうとしていた手を止めて赤司くんの方を見ると、部活の時に見せる鋭い眼差しをして彼は言った。
「これは命令だ」
少し間をおいて私は吹き出したら、赤司くんは「おかしなことを言ったか?」と返してきた。
そうだ。赤司くんから“お願い”というのは一度たりともない。
厳しい口調だろうがやんわりとした口調だろうが彼にとってそれは命令なんだ。逆らうという選択肢はない。
笑ってしまった理由は別にある。
「おかしいよ。だってそんな嬉しい命令聞いたことない」
私がニコニコしながら言うと、赤司くんは少し驚いたように目を見開いて、それから相槌のかわりに穏やかな表情で笑った。
主将として凛々しく厳しく、部活でしか接したことのない彼と、部活以外で話せているのが不思議だった。
こんなにも穏やかに笑うことができる人だったのか。そのギャップにさらに惹かれてしまう。
私以外にもマネージャーだって何人かいる。既にこの彼のギャップを知ってたり、主将としての赤司くんを見て好きになったりしてる子もいるはずだ。
ライバルも多いし、前途多難な片思いになりそうだ。
教室に置きっぱなしにしてあった忘れものと、部誌、筆記用具を鞄の中にしまって立ち上がって、うーん、と背伸びをした時に、ふと気付いた。
ここは二年の教室だ。
部室からも遠い校舎棟に何故、彼は来たんだろう。
しかも、一年生の校舎棟は別の棟だ。
今更気づいたけれど、目覚めてまず視界に飛び込んできたのが赤司くんだったので驚いて思考が正常に働かなかったから、それは仕方のないことだ。
「あの、そういえばなんで、ここに……」
私がもたもたと帰り支度している間、赤司くんは教室の入り口に立って待っていてくれた。
自分の席から赤司くんに話しかけようと声をかけると、彼はこちらを見つめていた。
お互いに目を逸らさなかった。沈黙の先から言葉が喉でつまって出てこないが、私の言わんとしていることを彼は察してしまったようだ。
私に体ごと向き直り一歩こちらへ踏み出した時に、自分の背中の筋肉が緊張で張り詰めたのがわかった。
教室もほぼ暗闇で包まれていて、明かりといえば外に設置してある電灯の光が窓から入ってくる程度だ。
「わざわざ二年の校舎棟に来た理由も、僕が君の隣の席で寝ていた理由も、」
凛とした声と共に、一歩、また一歩と赤司くんは近づいてくる。
思わず後ずさってたところで、私の背後には窓だ。これ以上はもう下がれない。
「告げたら今にでも僕たちの関係は変わってしまうな」
とうとう私の目の前までやってきて、息がかかる至近距離まで顔を近づけてきた。
少しも目を逸らすことはできなかった。
私は、まるで射竦められた獲物のようだった。生まれながらに持つ妖艶なオッドアイの中に私が写り、琥珀色に吸い込まれる感覚。
体が強張り心臓が早鐘を打ち、私は微動だにできない。目の前にいるのは好きな人のはずなのにこの感覚は何だろう。恐怖ではない。動揺だ。
彼は私の気持ちを知った上で言っているんだと本能で理解したが、本気で言ってるのか、からかわれているだけなのかそれが読めなかった。
…私の気持ちに気付いてそんな罠をわざと仕掛けてるの?
誰もいない教室に二人きり。暗闇の中で至近距離。拒絶できるはずもない。
さらに少し近づいてお互いの鼻先が触れあった時、私は覚悟をして目を固く閉じた。
―――が、待てども私の唇に何か触れることはなかった。
目を開けようとした瞬間、唇にではなく額に、チュ、と音をたてて、やわらかいものが触れた。赤司くんの唇だ。
私の顔を覗き込んできた赤司くんのアップで私の視界はいっぱいになったり、心臓が驚いて口から出そうになった。
緊張で我慢していたからか、枷が外れたように一気に顔が紅潮してしまった。
「さぁ、帰ろうか」
目前の少年はフッ、と上品に、悪びれもなく何事もなかったかのように微笑んだ。
彼の声色はいつも通り落ち着いていた。動揺したり緊張していたのは私だけだった。
やはり、エンペラーアイで心まで見透かされてるのだと今、確信した。
彼に見抜けないことなんてないと最初から分かっていたような気がする。
並んで歩いた帰り道、話したことといえばお互いの授業の話や部活の話を話して終わってしまった。
彼は宣言通り、律儀に私を家の前まで送ってくれた。
赤司くんは、先程の教室での出来事に関して特に何も言ってこなかった。
家の門の前で別れた後、彼の姿が見えなくなるまで見送ったが、一度もこちらを振り返ることはなかった。
『告げたら今にでも僕たちの関係は変わってしまうな』――、と言われたものの、冷静になればあれは狂言のように聞こえる。
私からも何も告げなかったし彼からも何も告げられていないが、もう私たちの関係は変わってしまったんじゃないだろうか。
それに、既に私の気持ちを知っているとして、わざわざ改めて心を奪うような真似をするなんてどうして?
考えても分からないまま、頭の中では堂々巡りし続け私は途中で考えるのを止めた。『それは赤司くんだから』という理由が一番しっくりくる。
今のところ、私はその理由で自分を納得させることにした。
夕暮れの教室。オレンジ色に染まる窓際のカーテン。柔らかい秋の風。
部活が終わってから教室に忘れ物を取りに来ただけなのに、私は自分の椅子に座っていた。
いつも誰かしら居る教室に誰もいない光景は新鮮で、せっかくなので今日は部誌をここで書いてこうと思い私は机に広げた。
清水の紅葉はあとどれぐらい経てば見頃だろうか。夕陽の色は紅葉を連想させるほどに真っ赤だ。
私の席は運よく窓際で、日中も日当たりのいいこの場所は常に眠りを誘う。窓際の列の一番後ろなんて最高だ。
二年生の二学期にしてこんないい席を当てることができるなんて席替えで運を使い果たしたに違いないと思った。
ガラス窓越しに夕陽に顔を照らされ、その眩しさに目を細める。
外を見ればビルの合間に半分だけ沈んでいた。
備品のチェックと発注、練習試合のスケジュール組、練習メニューの見直しを全体で行う…などなど。
バスケの強豪校、洛山にはバスケ部員もたくさんいる為、それに対してマネージャーも複数人。
だが、誰一人としてヒマを持て余すような仕事をしてる者はいなかった。部員をサポートする役割として毎日忙しい。
部誌はマネージャーの中でも当番制で、部活が終わってすぐに書いてもよし、じっくりと家で書いてもよしとしている。
部活時間ギリギリまで別の仕事に追われていることもあるので、家で書いてくる人のが多いぐらいだ。
それを翌日までに主将に渡して確認してもらうのが決まりだから、もし今日書けなくても家で書いて明日持ってくればいいのだ…と、思ったのが心の油断だった。
ペンを走らせていた手が止まり、目を細めたついでにそのまま閉じて、ついに私は机に顔を突っ伏した。
特に今日は疲れていたのかもしれない。こうなるとは思っていたけど、抗えない。
ゆっくり深呼吸をして頭がぼんやりとする中、瞼の裏にオレンジ色が焼きついた。
少しだけ、少しだけ…と思いつつ眠気は容赦なく私を襲い、結局そのまま心地よい眠りについた。
夢の中で肩に少しだけ温かい感触。
しかしそれは夢ではなかったことを後に知ることになる。
窓際の方を向いて眠っていたつもりだったが、いつの間にか反対側に顔の向きをかえていた私が目を覚ます。
ゆっくりと瞼を開けると目の前には赤司くんの寝顔が飛び込んできた。机に頬杖をついて、寝息も立てずに固まったように眠っていた。
「…っ!」
驚いて突っ伏していた顔をあげると、肩から何かパサリと落ちて背もたれに引っかかった。
バスケ部のジャージ…赤司くんがかけてくれたんだ。
ほんの少しだけ開けた窓から吹き込んだ風はすっかり冷たくなってきている。ジャージをかけてくれたおかげで体が冷えずに済んだようだ。
静かに膝の上でジャージを畳みながら私は赤司くんを見つめた。
長い睫毛、白い肌、紅葉のような赤い髪。整った顔立ちは男の子なのに「美しい」と形容するのが相応しい。
普段、部活では主将とマネージャーとして関わっているだけなのでこんなに間近で見たことはなかった。ましてや寝顔など拝めるなんて初めてだ。
一年で主将になるという異例は、“キセキの世代”と呼ばれる彼なら納得がいく。
今年の春、洛山バスケ部はキセキの世代の、その中でも帝光バスケ部の主将を務めていた赤司くんを獲得した。
獲得したというよりは、赤司くんも最初から強豪校へ行くつもりでうちを選んだみたいだったので、本人曰く「洛山に来たのは必然だ」と言ってた。
まさかこんなに優秀かつ、カッコイイ後輩が入ってこようとは去年の今頃は思いもしなかった。
独特なプレイスタイルとバスケの強さも、皆をまとめる指揮能力も、群を抜いて赤司くんがトップだった。
みんなも監督もそれを認めて、彼が主将であることを受け入れているのだ。
沈着冷静、凛々しく、潔く、熱いリーダーシップとは異なる、歴戦無敗の王のようなカリスマ性が赤司くんにはあった。
性格も基本的にはクール…な、はずなので、驚いていた。
私にジャージをかけてくれたり、隣の席でうたた寝している姿があまりにも想像できない事態すぎて。
想いを寄せていた相手が、手を伸ばせば届く距離にいる。
しかも、滅多に見れない寝顔という特典付きで。
普段なら絶対にできないしこんなチャンス滅多にないと思い、私は手をのばした。
花の密に誘われる蝶のように、手が自然と導かれ、彼の髪に触れようとした瞬間――、
「…寝てる人に悪戯なんて感心しないな」
「えっ!…寝たフリ、だった…?」
「今さっき起きたんだよ」
目を閉じてそのまま告げた赤司くんに私はさっきより何倍も驚いて手を引っ込めた。
見えてないのに、何故わかったんだろう。視えてるの?目を閉じていてもエンペラーアイの効果は発揮できるんだろうか。
ごめんなさい、と謝ると、赤司くんは何も言わずに微笑した。
「あ、赤司くん。ジャージをかけてくれてありがとう」
「あぁ。キミに風邪をひかれては困るからな」
「あと、起こさないでくれてありがとう」
「だいぶ疲れていたのか?僕もつられてうたた寝してしまった」
私が小首をかしげると、彼はため息をついた。
『赤司くんでもそんなことあるの?』と言わんばかりの視線に、彼は、失礼だな、と言って少し笑った。
こんな表情もするんだ、と私は内心で驚いたが声には出さなかった。
私は二年生、赤司くんは一年生。学年的には私の方が先輩だが、赤司くんは主将だから、お互い敬語は使わないようにしている。
出来るだけ丁寧に畳んだジャージを渡すと、赤司くんはそれを受け取り鞄の中にしまいながら椅子から立ち上がった。
「だいぶ暗くなってしまったな」
「ホントだ、もう真っ暗…」
うたた寝する前までは橙色で満ちていたグラウンドも、空の色も今度は群青色になり、すっかり夕日は沈みきってしまった。
あの時間帯のあの景色は何にも代えがたいほどに綺麗だけど、ほんのわずかな時間しか見れないというのがもったいないなぁと思う。
「家まで送ろう。こんなに遅くなったのも起こさなかった僕の責任だ」
「まだ人通りも多い時間帯だし、大丈夫だよ?」
部誌を鞄にしまおうとしていた手を止めて赤司くんの方を見ると、部活の時に見せる鋭い眼差しをして彼は言った。
「これは命令だ」
少し間をおいて私は吹き出したら、赤司くんは「おかしなことを言ったか?」と返してきた。
そうだ。赤司くんから“お願い”というのは一度たりともない。
厳しい口調だろうがやんわりとした口調だろうが彼にとってそれは命令なんだ。逆らうという選択肢はない。
笑ってしまった理由は別にある。
「おかしいよ。だってそんな嬉しい命令聞いたことない」
私がニコニコしながら言うと、赤司くんは少し驚いたように目を見開いて、それから相槌のかわりに穏やかな表情で笑った。
主将として凛々しく厳しく、部活でしか接したことのない彼と、部活以外で話せているのが不思議だった。
こんなにも穏やかに笑うことができる人だったのか。そのギャップにさらに惹かれてしまう。
私以外にもマネージャーだって何人かいる。既にこの彼のギャップを知ってたり、主将としての赤司くんを見て好きになったりしてる子もいるはずだ。
ライバルも多いし、前途多難な片思いになりそうだ。
教室に置きっぱなしにしてあった忘れものと、部誌、筆記用具を鞄の中にしまって立ち上がって、うーん、と背伸びをした時に、ふと気付いた。
ここは二年の教室だ。
部室からも遠い校舎棟に何故、彼は来たんだろう。
しかも、一年生の校舎棟は別の棟だ。
今更気づいたけれど、目覚めてまず視界に飛び込んできたのが赤司くんだったので驚いて思考が正常に働かなかったから、それは仕方のないことだ。
「あの、そういえばなんで、ここに……」
私がもたもたと帰り支度している間、赤司くんは教室の入り口に立って待っていてくれた。
自分の席から赤司くんに話しかけようと声をかけると、彼はこちらを見つめていた。
お互いに目を逸らさなかった。沈黙の先から言葉が喉でつまって出てこないが、私の言わんとしていることを彼は察してしまったようだ。
私に体ごと向き直り一歩こちらへ踏み出した時に、自分の背中の筋肉が緊張で張り詰めたのがわかった。
教室もほぼ暗闇で包まれていて、明かりといえば外に設置してある電灯の光が窓から入ってくる程度だ。
「わざわざ二年の校舎棟に来た理由も、僕が君の隣の席で寝ていた理由も、」
凛とした声と共に、一歩、また一歩と赤司くんは近づいてくる。
思わず後ずさってたところで、私の背後には窓だ。これ以上はもう下がれない。
「告げたら今にでも僕たちの関係は変わってしまうな」
とうとう私の目の前までやってきて、息がかかる至近距離まで顔を近づけてきた。
少しも目を逸らすことはできなかった。
私は、まるで射竦められた獲物のようだった。生まれながらに持つ妖艶なオッドアイの中に私が写り、琥珀色に吸い込まれる感覚。
体が強張り心臓が早鐘を打ち、私は微動だにできない。目の前にいるのは好きな人のはずなのにこの感覚は何だろう。恐怖ではない。動揺だ。
彼は私の気持ちを知った上で言っているんだと本能で理解したが、本気で言ってるのか、からかわれているだけなのかそれが読めなかった。
…私の気持ちに気付いてそんな罠をわざと仕掛けてるの?
誰もいない教室に二人きり。暗闇の中で至近距離。拒絶できるはずもない。
さらに少し近づいてお互いの鼻先が触れあった時、私は覚悟をして目を固く閉じた。
―――が、待てども私の唇に何か触れることはなかった。
目を開けようとした瞬間、唇にではなく額に、チュ、と音をたてて、やわらかいものが触れた。赤司くんの唇だ。
私の顔を覗き込んできた赤司くんのアップで私の視界はいっぱいになったり、心臓が驚いて口から出そうになった。
緊張で我慢していたからか、枷が外れたように一気に顔が紅潮してしまった。
「さぁ、帰ろうか」
目前の少年はフッ、と上品に、悪びれもなく何事もなかったかのように微笑んだ。
彼の声色はいつも通り落ち着いていた。動揺したり緊張していたのは私だけだった。
やはり、エンペラーアイで心まで見透かされてるのだと今、確信した。
彼に見抜けないことなんてないと最初から分かっていたような気がする。
並んで歩いた帰り道、話したことといえばお互いの授業の話や部活の話を話して終わってしまった。
彼は宣言通り、律儀に私を家の前まで送ってくれた。
赤司くんは、先程の教室での出来事に関して特に何も言ってこなかった。
家の門の前で別れた後、彼の姿が見えなくなるまで見送ったが、一度もこちらを振り返ることはなかった。
『告げたら今にでも僕たちの関係は変わってしまうな』――、と言われたものの、冷静になればあれは狂言のように聞こえる。
私からも何も告げなかったし彼からも何も告げられていないが、もう私たちの関係は変わってしまったんじゃないだろうか。
それに、既に私の気持ちを知っているとして、わざわざ改めて心を奪うような真似をするなんてどうして?
考えても分からないまま、頭の中では堂々巡りし続け私は途中で考えるのを止めた。『それは赤司くんだから』という理由が一番しっくりくる。
今のところ、私はその理由で自分を納得させることにした。