企画もの
name change
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
I wish.
ウィンターカップで桐皇は初戦で誠凛に敗れた。
観客席から見ていた私は心臓を直接鷲掴みにされたような、苦しい感覚になった。
まるで彼の悲しみや悔しさが一気に流れ込んでくるかのようだった。
しかし、当の本人である大輝くんは、悔しいというよりは妙に清々しい顔をしていた。
その翌日、バイト帰りにストリートコートを通りすがりに覗いてみると、彼がそこで練習をしていたので思わず足を止めた。
もう夜の10時を回っているというのに。一時期、全てのことに絶望したように部の練習も自主練もしなくなっていたが、今日はの彼の姿は昔のようにバスケを純粋に楽しんでいる姿を思い出させた。
昨日の試合で何か吹っ切れたのだろうか。月明かりと設備のライトが眩しくコートを照らして、ボールと彼に影を作った。
くっきり、はっきりと。影は俊敏に動く。
はじめはフェンスの外側から見ていただけの私も少し迷った後、そのコートに入って脇のベンチに座り傍で眺めることにした。
大輝くんは私が勝手に入ってきて眺めているのに気づいても、特に何を言うわけでもなくバスケを続けた。
しばらくして休憩がてら私の横に座ると、彼はそこではじめて口を開いた。
「よぉ暇人」
昔からだから慣れているが、この悪態も大輝くんがいつも通りの調子だということがわかるから私は特に怒ったりしない。
むしろいつも通りで安心した。落ち込んでいるなんて、彼らしくないから。前より熱の入った練習姿を見て嬉しいとさえ思う。
「結構前からフェンスの外で見てたろ?ストーカーかよ」
「やっぱり気づいてた?まぁそんな感じかな。昔から見守ってきた公認のストーカー」
「頼んでもねぇっつの」
フフ、と笑いながら言うと呆れたように大輝くんもつられて笑った。
『弟』のような存在で、目が離せなくて見守ってきたつもりでいたが、最近…いや、少し前から、そのことに違和感を覚えていた。
私は、大輝くんを弟などではなく、一人の男の子として見ている。勘違いなどではなく、確信してしまったのだ。
放っておけない。気にかけたい。見守りたい――この感情は、保護者みたいなものかと思っていたのに。
さつきちゃんが大輝くんと同じ高校に通うと知った時、私は安心したんだ。
保護者付きならあの暴君もそうそうな無茶はしないだろうって。さつきちゃんがいるなら私は保護者のポジションでなくても大丈夫なんだ。
そう気づいたときに、ならば?わたしは?考えて、考え抜いた。
自分に正直になって自問自答を繰り返したら答えは簡単に出てしまった。“恋愛感情”という、シンプルでわかりやすい解に。
表情や言動に出したつもりもないが、勘のいい大輝くんには既に気づかれているかもしれないと私は思った。
…本当にストーカーみたいだ。
休憩がてら、少し談笑した後、また練習の続きをやろと大輝くんはベンチから立ち上がった。
「ヒマしてんならパスぐらい出しやがれ」
そう言われるも私は笑って誤魔化して立ち上がろうとはしなかった。パスさえ下手な私に頼むなんて相当な意地悪だ。
ふと、座ったままの私の目の前に大輝くんの大きな手が写った。
いい月夜の晩だった。その光を浴びて不思議な衝動に駆られてしまったかのように、私は目の前にあるその手を掴んだ。
掴んだと呼ぶには弱々しい。実際は触れる程度。喉から言葉が出ないまま、心臓が一際大きく跳ねた。
それを合図にドクン、ドクンとうるさいぐらいに鳴りはじめる。
「あのね、お願いがあるの」
普通に話していた時には、声が出せていたの、今私から出た声は喉から絞り出したような掠れたものだ。
内心で自分の声に驚いた。緊張しているせいで、声も手も震えてしまいそうだったのを思い切り堪えた。
「どうしても欲しいものがあってね」
月を背後に大輝くんが振り向くと、彼の影が私の顔にかかった。視界が暗闇になるその中で視線が重なり合った。
触れていただけの手を今度こそ、しっかり、ギュッと掴むと、大輝くんは目を見開いた。
驚いたように口も開きかけるが彼からは言葉は出ない。
私が、“好き”の代わりに握った手には意味がある。一世一代の告白のようなものだった。
そして、目を見開いたということは彼はそれに気付いたということだった。
秘めておくべきだった胸の内。一生、しまい続けて、肩書きだけでも保護者ポジションでいるべきだったんだろうか。
だが私は、もう、手を握ってしまったのだ。
衝動に駆られるというのはこういうことだ。後戻りはもうできない。
しばらく沈黙が続いた後に、ぷはっ、と大輝くんは吹き出して笑い始めた。
くっくっと喉を鳴らし笑いながら、何を考えているんだろう。
私の気持ちにはいつから気付いていたのか、途中から悟ったのか、どちらだろう。しかし、吹き出すなんてひどい!と思ったけど怒れなかった。
大輝くんはしっかりと私の手を握り返してくれていたから。
「全部くれてやる」
ひとしきり笑った後に、一言、大輝くんは言った。
ハッキリとした口調で、低い声で、その言葉は夜空に吸い込まれていくみたい。聞き間違いでないかと思って私は聞き返すと、「だから、くれてやるって」と、またハッキリと恥ずかしがる様子もなくそう言った。
「お前の頼みを断ったことが今までにあったかよ」
「…むしろ、断られたことの方が多いくらいだよ。何か頼んでも『無理。メンドくせぇ』って断られてたよ?」
「あー…そうだっけ?忘れちまったな、ンなこたぁ」
繋いでいない方の手で頭を掻きながら適当に返す大輝くんは、やっぱりいつも通りだった。
すぐ嘘つく。すぐわがままを言う。だけどここぞというとき、頼りになる。
強情で意地っ張りで、でも時々優しい。
心は頑丈そうに見えて、本当は誰よりも繊細な人。…小さい頃から、変わっていない。
突然、ぐいっと手を引っ張られて私はベンチから立ち上がった。
前のめりにぐらついたが私が倒れた先は大輝くんの腕の中だった。
両腕でがっしりと抱きしめられて、私はその中にすっぽりと収まった。大きなぬいぐるみを子供がハグするような、幼稚な抱きしめられ方に照れてしまう。
少しだけ、汗のにおいがした。
「ずっと同じ気持ちだったってのに、ずいぶん遠回りしちまったなァ」
頭上で気の抜けた大輝くんの声。緊張しているのは私だけ?と思ったけら、そうではなかった。
ぴたりと密着しているから、彼の心臓が早鐘を打っていることはバレバレで、もちろんそれは私も同じだった。
“ずっと同じ気持ち”…、その一言で互いが互いをずっと想い合っていたことを知る。
昔から一緒に、近くにいすぎたせいで、気付くのも遅くなったり、伝えるのが遅くなったのは仕方ない。
これからいくらでも挽回しようじゃないか。遅すぎることなんてない。
もう、昔には戻れない程、自分の中で大事な存在になっているんだ。ようやく、スタートラインに立てたような気分になった。
「くれてやる代わりに返品はなしだ」
ふざけてそんなことを言うもんだから、私は大輝くんを見上げて、返品なんてしないよ?と言うと、彼は黙ったまま、視線を顔ごと逸らした。
少しだけ唇をとがらせている。照れているときの仕草は、昔から変わらないなぁ。
ウィンターカップで桐皇は初戦で誠凛に敗れた。
観客席から見ていた私は心臓を直接鷲掴みにされたような、苦しい感覚になった。
まるで彼の悲しみや悔しさが一気に流れ込んでくるかのようだった。
しかし、当の本人である大輝くんは、悔しいというよりは妙に清々しい顔をしていた。
その翌日、バイト帰りにストリートコートを通りすがりに覗いてみると、彼がそこで練習をしていたので思わず足を止めた。
もう夜の10時を回っているというのに。一時期、全てのことに絶望したように部の練習も自主練もしなくなっていたが、今日はの彼の姿は昔のようにバスケを純粋に楽しんでいる姿を思い出させた。
昨日の試合で何か吹っ切れたのだろうか。月明かりと設備のライトが眩しくコートを照らして、ボールと彼に影を作った。
くっきり、はっきりと。影は俊敏に動く。
はじめはフェンスの外側から見ていただけの私も少し迷った後、そのコートに入って脇のベンチに座り傍で眺めることにした。
大輝くんは私が勝手に入ってきて眺めているのに気づいても、特に何を言うわけでもなくバスケを続けた。
しばらくして休憩がてら私の横に座ると、彼はそこではじめて口を開いた。
「よぉ暇人」
昔からだから慣れているが、この悪態も大輝くんがいつも通りの調子だということがわかるから私は特に怒ったりしない。
むしろいつも通りで安心した。落ち込んでいるなんて、彼らしくないから。前より熱の入った練習姿を見て嬉しいとさえ思う。
「結構前からフェンスの外で見てたろ?ストーカーかよ」
「やっぱり気づいてた?まぁそんな感じかな。昔から見守ってきた公認のストーカー」
「頼んでもねぇっつの」
フフ、と笑いながら言うと呆れたように大輝くんもつられて笑った。
『弟』のような存在で、目が離せなくて見守ってきたつもりでいたが、最近…いや、少し前から、そのことに違和感を覚えていた。
私は、大輝くんを弟などではなく、一人の男の子として見ている。勘違いなどではなく、確信してしまったのだ。
放っておけない。気にかけたい。見守りたい――この感情は、保護者みたいなものかと思っていたのに。
さつきちゃんが大輝くんと同じ高校に通うと知った時、私は安心したんだ。
保護者付きならあの暴君もそうそうな無茶はしないだろうって。さつきちゃんがいるなら私は保護者のポジションでなくても大丈夫なんだ。
そう気づいたときに、ならば?わたしは?考えて、考え抜いた。
自分に正直になって自問自答を繰り返したら答えは簡単に出てしまった。“恋愛感情”という、シンプルでわかりやすい解に。
表情や言動に出したつもりもないが、勘のいい大輝くんには既に気づかれているかもしれないと私は思った。
…本当にストーカーみたいだ。
休憩がてら、少し談笑した後、また練習の続きをやろと大輝くんはベンチから立ち上がった。
「ヒマしてんならパスぐらい出しやがれ」
そう言われるも私は笑って誤魔化して立ち上がろうとはしなかった。パスさえ下手な私に頼むなんて相当な意地悪だ。
ふと、座ったままの私の目の前に大輝くんの大きな手が写った。
いい月夜の晩だった。その光を浴びて不思議な衝動に駆られてしまったかのように、私は目の前にあるその手を掴んだ。
掴んだと呼ぶには弱々しい。実際は触れる程度。喉から言葉が出ないまま、心臓が一際大きく跳ねた。
それを合図にドクン、ドクンとうるさいぐらいに鳴りはじめる。
「あのね、お願いがあるの」
普通に話していた時には、声が出せていたの、今私から出た声は喉から絞り出したような掠れたものだ。
内心で自分の声に驚いた。緊張しているせいで、声も手も震えてしまいそうだったのを思い切り堪えた。
「どうしても欲しいものがあってね」
月を背後に大輝くんが振り向くと、彼の影が私の顔にかかった。視界が暗闇になるその中で視線が重なり合った。
触れていただけの手を今度こそ、しっかり、ギュッと掴むと、大輝くんは目を見開いた。
驚いたように口も開きかけるが彼からは言葉は出ない。
私が、“好き”の代わりに握った手には意味がある。一世一代の告白のようなものだった。
そして、目を見開いたということは彼はそれに気付いたということだった。
秘めておくべきだった胸の内。一生、しまい続けて、肩書きだけでも保護者ポジションでいるべきだったんだろうか。
だが私は、もう、手を握ってしまったのだ。
衝動に駆られるというのはこういうことだ。後戻りはもうできない。
しばらく沈黙が続いた後に、ぷはっ、と大輝くんは吹き出して笑い始めた。
くっくっと喉を鳴らし笑いながら、何を考えているんだろう。
私の気持ちにはいつから気付いていたのか、途中から悟ったのか、どちらだろう。しかし、吹き出すなんてひどい!と思ったけど怒れなかった。
大輝くんはしっかりと私の手を握り返してくれていたから。
「全部くれてやる」
ひとしきり笑った後に、一言、大輝くんは言った。
ハッキリとした口調で、低い声で、その言葉は夜空に吸い込まれていくみたい。聞き間違いでないかと思って私は聞き返すと、「だから、くれてやるって」と、またハッキリと恥ずかしがる様子もなくそう言った。
「お前の頼みを断ったことが今までにあったかよ」
「…むしろ、断られたことの方が多いくらいだよ。何か頼んでも『無理。メンドくせぇ』って断られてたよ?」
「あー…そうだっけ?忘れちまったな、ンなこたぁ」
繋いでいない方の手で頭を掻きながら適当に返す大輝くんは、やっぱりいつも通りだった。
すぐ嘘つく。すぐわがままを言う。だけどここぞというとき、頼りになる。
強情で意地っ張りで、でも時々優しい。
心は頑丈そうに見えて、本当は誰よりも繊細な人。…小さい頃から、変わっていない。
突然、ぐいっと手を引っ張られて私はベンチから立ち上がった。
前のめりにぐらついたが私が倒れた先は大輝くんの腕の中だった。
両腕でがっしりと抱きしめられて、私はその中にすっぽりと収まった。大きなぬいぐるみを子供がハグするような、幼稚な抱きしめられ方に照れてしまう。
少しだけ、汗のにおいがした。
「ずっと同じ気持ちだったってのに、ずいぶん遠回りしちまったなァ」
頭上で気の抜けた大輝くんの声。緊張しているのは私だけ?と思ったけら、そうではなかった。
ぴたりと密着しているから、彼の心臓が早鐘を打っていることはバレバレで、もちろんそれは私も同じだった。
“ずっと同じ気持ち”…、その一言で互いが互いをずっと想い合っていたことを知る。
昔から一緒に、近くにいすぎたせいで、気付くのも遅くなったり、伝えるのが遅くなったのは仕方ない。
これからいくらでも挽回しようじゃないか。遅すぎることなんてない。
もう、昔には戻れない程、自分の中で大事な存在になっているんだ。ようやく、スタートラインに立てたような気分になった。
「くれてやる代わりに返品はなしだ」
ふざけてそんなことを言うもんだから、私は大輝くんを見上げて、返品なんてしないよ?と言うと、彼は黙ったまま、視線を顔ごと逸らした。
少しだけ唇をとがらせている。照れているときの仕草は、昔から変わらないなぁ。