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モア・スウィート
ガサリ、と手元から音がする。誰もいない部室で一人。
私は静かに机に置いてあるお菓子にそろりと手を伸ばした。
伸ばしては引っ込め、引っ込めては伸ばし、手が迷っている合間にもキュルルルという何ともマヌケな腹の虫が鳴っていた。
委員会の仕事が突然飛び込みで入ってきてしまい昼休みをつぶされ、昼飯を食べそびれてしまったのがそもそもの空腹の原因。
午後の授業前に友達からもらったカロリーメイトを半分食べただけだから、まったく足りるはずもなかった。
放課後、間もなく部活もはじまって、バタバタと動いている最中は空腹は気にならなかったが、やっと落ち着いて部誌をつけようとした途端、急激な空腹。
と、腹の音――in部室。
机に置いてあるのは言わずもがな敦くんのお菓子だ。
彼の周りには常に食べ物があるし、部室にポテチなんて置いておくのは彼ぐらいだから、思考を巡らせなくともすぐに解ることだった。
大好きなお菓子を勝手に食べたら怒られるかな。じゃあ、本人に聞いてから…とも思ったが、許可を得るだけのために練習中の彼に話しかけるわけにもいかない。
…だが、食べたいのは今だ。ポテチを目の前にゴクリと喉が鳴った。
ぐぎゅる…と、空腹音も限界に達し、私はついにそれに手をのばして袋を開けた。
同時に部室のドアが開いた。反射的に顔を上げると、部室のドアを開けたのはポテチの持ち主だった。
「あっ…!」
驚いて声をあげたのは私が先だった。
敦くんはしばらくドアを開けたまま視線を動かして、私とポテチを交互に見ると、「あぁ」と理解したように頷いた。
「勝手にごめんなさい!今日お昼ご飯食べれなくてお腹が空きすぎてて、敦くんのお菓子だとわかりつつもつい…!」
「ん?別いいいよ~てゆーか怒ってないし」
慌てて言い訳を並べる私に怒鳴ることもなく、敦くんは部室のドアを閉めてから自分のロッカーを開けてごそごそと漁りはじめた。
ロッカーには大量のお菓子が詰められていて、それを大きな両手でいっぱい抱えてきてそのまま私の目の前の机に置いてくれた。
ポテチ1つだけ置いてあった机の上が、一気に、さまざまなお菓子で埋め尽くされた。
「これ全部食べていいから。てゆーか俺も食べるし、一緒に食べよーよ」
ふぅー、と一息つくと敦くんは私の隣の椅子に座ってお菓子を食べ始めた。練習は大丈夫?と聞くと、ひとやすみひとやすみ~とのんびりした口調が返って来た。
大事なお菓子を勝手に食べられようとしていたのに怒らないなんて意外すぎる。
てっきり、頭を肩手でつかまれて『俺のお菓子に勝手に手ェ出すなんて…ひねりつぶすよ?』とか凄まれておしおきされるのかと、一瞬覚悟を決めたのに。
「ありがとう」
一言お礼を言うと、敦くんは無言で頷いた。既に彼の口の中には頬張ったお菓子でいっぱいになっていて相槌を打つことも難しいようだ。
お菓子を食べている姿は頬袋がリスのように膨らんでいて、かわいい。
お言葉に甘えて先ほどのポテチを食べたら、いつも以上に美味しく感じた。空っぽの胃にうまみが染み渡るみたいだった。
夢中で食べていたらあっという間に一袋食べ終えてしまった。
胃に食べ物がはいって落ち着いたからか、空腹でフラフラしていた気持ち悪さは治ったようだ。
敦くんのおかげだなぁと思い改めてお礼を言うと彼はまたしても無言のまま首を横に振った。
それから、ゴクン、とお菓子を飲みこむと敦くんはようやく口を開いた。
「今日何か部活前ふらふらしてたからヘンだなって思ってたんだ~。だからマネジと同じクラスのやつに聞いてみたら『昼休み忙しそうにしてた』って聞いたから、雅子ちんに許可もらってお菓子渡しにきたんだよね~」
「監督、許可してくれたの?!」
「うん~。『あいつに空腹で倒れられたら困る』…って言ってた」
「…そっか。迷惑かけちゃったね」
マネージャー、真面目にやってきてよかったなぁ。素行がよく思われているんだろう。
それにしても監督にまで気遣いさせてしまったのかと思うと申し訳ない。
“許可をもらった”ということは敦くんが監督に言ってくれたんだ。気にかけてくれたことが嬉しくて、私が改めてありがとうとお礼言ってニコッと笑ってみせると、敦くんは照れ隠しにそっぽを向いた。
「私のことよく見ていてくれてるんだね」
「…べつにそんなんじゃねーし」
彼の態度から照れ隠しの強がりが垣間見えてかわいらしく思えた。体は大きいけど中身はお菓子が大好きな少年だった。
人に聞いてまで私のこと心配してくれてたんだなぁと思うと、何ていい後輩なんだろうと感激してしまう。
半年前、敦くんが陽泉バスケ部に入部してしばらくは話しかけるのさえ難しかった。
彼は、練習には出るがバスケは心から熱心になれないと豪語していた。
先輩にも敬語も使わない、返事も態度も適当で、慣れるまですごくとっつきにくかった。よく言えば、おおらかなだけなんだけど…。
だからこうして仲良く話せるどころか、気にかけてもらえる存在になれるなんてあの頃は思ってもみなかったなぁ。
仲良くなったキッカケもお菓子だった。
新作のお菓子を試しに「食べる?」と聞いたら無色だった表情に色がついたように彼は笑った。
実際は口角をあげてニンマリと笑っただけだろうけれど、その時の私には彼の笑った顔が貴重すぎて『満面の笑み』ぐらいには見えたのだ。
――と、胸中で懐かしむと自然と笑みが零れた。
敦くんはそんな私をしばらく横目で見てから、机の上に大量に置かれたお菓子をセレクトしはじめた。
う~ん、と唸りながら時々首をかしげながら選んでくれている。まるで何かを思い出しながら選んでいるように見えた。
しばらくして選び終えると、それをそのまま私にドサッと渡してきた。
抱えきれないほど多かったので、両手からこぼれたお菓子の箱が1つ床に転がった。あ、これは私の大好きな秋限定のマロン味のパイの実だ。
「お昼食べてないのにポテチだけじゃ足りないでしょ?これも食べなよ~」
「え?こ、こんなに?!」
「うん。全部マネジの好きなやつだから食べれるでしょ~?」
はじめて心を開いてくれたと感じた時のように、敦くんはそう言って口角を上げてニンマリと笑った。
しばらく表情をぼんやりとい見つめて、紫色の彼の瞳の中に写った自分に気付いた時、私はハッと、我に返って、瞬きをした。
不思議と敦くんに見入ってしまった自分に驚いた。
そして、渡されたままに抱えているお菓子を見ると、彼の言うとおり全部私が好きなお菓子だった。
今まで敦くんとお菓子交換したり、会話する中で教えたことのある私の好きなお菓子全部が自分の腕に抱えられていた。
どれもこれも、ぜんぶ。
――今までの全部、覚えててくれたの?
そういえば先程、あの大量のお菓子から何か思い出すように選んでくれていた。
過去に、私が好きだと言ったお菓子を思い出してくれていたというのか。その証拠がにほら、私は好物ばかりを抱えている。
そもそも昼食を食べ損ねたのだって自分のミスだし、誰かにフォローされていいものじゃないのに、ここまで優しくしてもらえたり気遣ってもらえるといっそ申し訳なさを感じる。
敦くん、ごめんね。心の中で呟いただけで声にはでなかった。
出せなかったという方が正解だ。顔がぽうっと熱を浴びたみたいに温かくなる。
…この胸が熱くなる感情は、なに?
私はお菓子を抱えたまま俯いて椅子に座ったが、顔が熱くて上げれられない。
「あれあれ~どうしたの~?」
不思議なものでも見たかのような声をだして、紫原くんはしゃがみこんで私の顔を下から覗き込もうとした。
右から覗き込まれれば私は左を向き、左から覗き込まれれば私は右を向いた。何となく目が合わせずらい。
「もしかして、気づいちゃった?俺がいつも気にかけてることとか、マネジと話したこと全部大事に覚えてるとか」
「う、うん…」
「ふ~ん、そっかぁ…まぁ、別にいいんだけどさ~。でもさ、そっちも覚えてるってことはそれって都合のいいように受けとってもいーんだよね?」
「…え?」
確信をついたような台詞に心臓が高鳴った。
そう言われてみれば、そうだ。話した方の私もしっかり覚えていた。彼との会話も出来事も、回想しようと思えばすぐに思い出せるほどには、記憶が鮮明だ。
――わたしより先に、わたしの気持ちに気づいていた?
逸らしていた顔をおそるおそる正面に戻すと、敦くんは機嫌がよさそうに微笑んでいた。
目が合うとすかさず、その大きな体がすばやく動き、逃げる間もなく私の抱えているお菓子ごと抱きしめた。
ガバッ!という、そんな音が出そうな勢いだった。驚いて、わぁ!という声が出てしまった。
そんなことしたらお菓子がつぶれちゃうのに、敦くんはおかまいなしに私を抱きしめてくる。お菓子は手から零れ落ちていくつか床に落ちた。
「俺の大好きな子になら、持ってるお菓子全部あげてもいいよ~」
「あ、敦くん、苦しいよ」
恥ずかしさが最高潮になり、押しのけようにももちろん敵うはずもなく、私はそのままおとなしく抱きしめられるしかなかった。
頬をぴたりとくっつけられて、私の熱が敦くんに伝わっていく。
彼の頬はひんやりとしていて気持ちよかった。ぬくいぬくい、と言って頬を寄せる敦くんはまるで大好きなおもちゃをみつけて喜んでいる子供のようだった。
大好きって気持ちが体中に染み込んで伝わってくるみたい。私のことを大事に想っていてくれたのなら、こんなに嬉しいことはない。
嬉しいよ、って台詞は、彼が気が済むまで私を抱きしめ終わってからにしようと思った。
これからは、惜しみなく与えられるお菓子も、愛も、未来には溢れるほどに満ち足りている。
そのビジョンに私は幸せで目が眩みそうになった。
ガサリ、と手元から音がする。誰もいない部室で一人。
私は静かに机に置いてあるお菓子にそろりと手を伸ばした。
伸ばしては引っ込め、引っ込めては伸ばし、手が迷っている合間にもキュルルルという何ともマヌケな腹の虫が鳴っていた。
委員会の仕事が突然飛び込みで入ってきてしまい昼休みをつぶされ、昼飯を食べそびれてしまったのがそもそもの空腹の原因。
午後の授業前に友達からもらったカロリーメイトを半分食べただけだから、まったく足りるはずもなかった。
放課後、間もなく部活もはじまって、バタバタと動いている最中は空腹は気にならなかったが、やっと落ち着いて部誌をつけようとした途端、急激な空腹。
と、腹の音――in部室。
机に置いてあるのは言わずもがな敦くんのお菓子だ。
彼の周りには常に食べ物があるし、部室にポテチなんて置いておくのは彼ぐらいだから、思考を巡らせなくともすぐに解ることだった。
大好きなお菓子を勝手に食べたら怒られるかな。じゃあ、本人に聞いてから…とも思ったが、許可を得るだけのために練習中の彼に話しかけるわけにもいかない。
…だが、食べたいのは今だ。ポテチを目の前にゴクリと喉が鳴った。
ぐぎゅる…と、空腹音も限界に達し、私はついにそれに手をのばして袋を開けた。
同時に部室のドアが開いた。反射的に顔を上げると、部室のドアを開けたのはポテチの持ち主だった。
「あっ…!」
驚いて声をあげたのは私が先だった。
敦くんはしばらくドアを開けたまま視線を動かして、私とポテチを交互に見ると、「あぁ」と理解したように頷いた。
「勝手にごめんなさい!今日お昼ご飯食べれなくてお腹が空きすぎてて、敦くんのお菓子だとわかりつつもつい…!」
「ん?別いいいよ~てゆーか怒ってないし」
慌てて言い訳を並べる私に怒鳴ることもなく、敦くんは部室のドアを閉めてから自分のロッカーを開けてごそごそと漁りはじめた。
ロッカーには大量のお菓子が詰められていて、それを大きな両手でいっぱい抱えてきてそのまま私の目の前の机に置いてくれた。
ポテチ1つだけ置いてあった机の上が、一気に、さまざまなお菓子で埋め尽くされた。
「これ全部食べていいから。てゆーか俺も食べるし、一緒に食べよーよ」
ふぅー、と一息つくと敦くんは私の隣の椅子に座ってお菓子を食べ始めた。練習は大丈夫?と聞くと、ひとやすみひとやすみ~とのんびりした口調が返って来た。
大事なお菓子を勝手に食べられようとしていたのに怒らないなんて意外すぎる。
てっきり、頭を肩手でつかまれて『俺のお菓子に勝手に手ェ出すなんて…ひねりつぶすよ?』とか凄まれておしおきされるのかと、一瞬覚悟を決めたのに。
「ありがとう」
一言お礼を言うと、敦くんは無言で頷いた。既に彼の口の中には頬張ったお菓子でいっぱいになっていて相槌を打つことも難しいようだ。
お菓子を食べている姿は頬袋がリスのように膨らんでいて、かわいい。
お言葉に甘えて先ほどのポテチを食べたら、いつも以上に美味しく感じた。空っぽの胃にうまみが染み渡るみたいだった。
夢中で食べていたらあっという間に一袋食べ終えてしまった。
胃に食べ物がはいって落ち着いたからか、空腹でフラフラしていた気持ち悪さは治ったようだ。
敦くんのおかげだなぁと思い改めてお礼を言うと彼はまたしても無言のまま首を横に振った。
それから、ゴクン、とお菓子を飲みこむと敦くんはようやく口を開いた。
「今日何か部活前ふらふらしてたからヘンだなって思ってたんだ~。だからマネジと同じクラスのやつに聞いてみたら『昼休み忙しそうにしてた』って聞いたから、雅子ちんに許可もらってお菓子渡しにきたんだよね~」
「監督、許可してくれたの?!」
「うん~。『あいつに空腹で倒れられたら困る』…って言ってた」
「…そっか。迷惑かけちゃったね」
マネージャー、真面目にやってきてよかったなぁ。素行がよく思われているんだろう。
それにしても監督にまで気遣いさせてしまったのかと思うと申し訳ない。
“許可をもらった”ということは敦くんが監督に言ってくれたんだ。気にかけてくれたことが嬉しくて、私が改めてありがとうとお礼言ってニコッと笑ってみせると、敦くんは照れ隠しにそっぽを向いた。
「私のことよく見ていてくれてるんだね」
「…べつにそんなんじゃねーし」
彼の態度から照れ隠しの強がりが垣間見えてかわいらしく思えた。体は大きいけど中身はお菓子が大好きな少年だった。
人に聞いてまで私のこと心配してくれてたんだなぁと思うと、何ていい後輩なんだろうと感激してしまう。
半年前、敦くんが陽泉バスケ部に入部してしばらくは話しかけるのさえ難しかった。
彼は、練習には出るがバスケは心から熱心になれないと豪語していた。
先輩にも敬語も使わない、返事も態度も適当で、慣れるまですごくとっつきにくかった。よく言えば、おおらかなだけなんだけど…。
だからこうして仲良く話せるどころか、気にかけてもらえる存在になれるなんてあの頃は思ってもみなかったなぁ。
仲良くなったキッカケもお菓子だった。
新作のお菓子を試しに「食べる?」と聞いたら無色だった表情に色がついたように彼は笑った。
実際は口角をあげてニンマリと笑っただけだろうけれど、その時の私には彼の笑った顔が貴重すぎて『満面の笑み』ぐらいには見えたのだ。
――と、胸中で懐かしむと自然と笑みが零れた。
敦くんはそんな私をしばらく横目で見てから、机の上に大量に置かれたお菓子をセレクトしはじめた。
う~ん、と唸りながら時々首をかしげながら選んでくれている。まるで何かを思い出しながら選んでいるように見えた。
しばらくして選び終えると、それをそのまま私にドサッと渡してきた。
抱えきれないほど多かったので、両手からこぼれたお菓子の箱が1つ床に転がった。あ、これは私の大好きな秋限定のマロン味のパイの実だ。
「お昼食べてないのにポテチだけじゃ足りないでしょ?これも食べなよ~」
「え?こ、こんなに?!」
「うん。全部マネジの好きなやつだから食べれるでしょ~?」
はじめて心を開いてくれたと感じた時のように、敦くんはそう言って口角を上げてニンマリと笑った。
しばらく表情をぼんやりとい見つめて、紫色の彼の瞳の中に写った自分に気付いた時、私はハッと、我に返って、瞬きをした。
不思議と敦くんに見入ってしまった自分に驚いた。
そして、渡されたままに抱えているお菓子を見ると、彼の言うとおり全部私が好きなお菓子だった。
今まで敦くんとお菓子交換したり、会話する中で教えたことのある私の好きなお菓子全部が自分の腕に抱えられていた。
どれもこれも、ぜんぶ。
――今までの全部、覚えててくれたの?
そういえば先程、あの大量のお菓子から何か思い出すように選んでくれていた。
過去に、私が好きだと言ったお菓子を思い出してくれていたというのか。その証拠がにほら、私は好物ばかりを抱えている。
そもそも昼食を食べ損ねたのだって自分のミスだし、誰かにフォローされていいものじゃないのに、ここまで優しくしてもらえたり気遣ってもらえるといっそ申し訳なさを感じる。
敦くん、ごめんね。心の中で呟いただけで声にはでなかった。
出せなかったという方が正解だ。顔がぽうっと熱を浴びたみたいに温かくなる。
…この胸が熱くなる感情は、なに?
私はお菓子を抱えたまま俯いて椅子に座ったが、顔が熱くて上げれられない。
「あれあれ~どうしたの~?」
不思議なものでも見たかのような声をだして、紫原くんはしゃがみこんで私の顔を下から覗き込もうとした。
右から覗き込まれれば私は左を向き、左から覗き込まれれば私は右を向いた。何となく目が合わせずらい。
「もしかして、気づいちゃった?俺がいつも気にかけてることとか、マネジと話したこと全部大事に覚えてるとか」
「う、うん…」
「ふ~ん、そっかぁ…まぁ、別にいいんだけどさ~。でもさ、そっちも覚えてるってことはそれって都合のいいように受けとってもいーんだよね?」
「…え?」
確信をついたような台詞に心臓が高鳴った。
そう言われてみれば、そうだ。話した方の私もしっかり覚えていた。彼との会話も出来事も、回想しようと思えばすぐに思い出せるほどには、記憶が鮮明だ。
――わたしより先に、わたしの気持ちに気づいていた?
逸らしていた顔をおそるおそる正面に戻すと、敦くんは機嫌がよさそうに微笑んでいた。
目が合うとすかさず、その大きな体がすばやく動き、逃げる間もなく私の抱えているお菓子ごと抱きしめた。
ガバッ!という、そんな音が出そうな勢いだった。驚いて、わぁ!という声が出てしまった。
そんなことしたらお菓子がつぶれちゃうのに、敦くんはおかまいなしに私を抱きしめてくる。お菓子は手から零れ落ちていくつか床に落ちた。
「俺の大好きな子になら、持ってるお菓子全部あげてもいいよ~」
「あ、敦くん、苦しいよ」
恥ずかしさが最高潮になり、押しのけようにももちろん敵うはずもなく、私はそのままおとなしく抱きしめられるしかなかった。
頬をぴたりとくっつけられて、私の熱が敦くんに伝わっていく。
彼の頬はひんやりとしていて気持ちよかった。ぬくいぬくい、と言って頬を寄せる敦くんはまるで大好きなおもちゃをみつけて喜んでいる子供のようだった。
大好きって気持ちが体中に染み込んで伝わってくるみたい。私のことを大事に想っていてくれたのなら、こんなに嬉しいことはない。
嬉しいよ、って台詞は、彼が気が済むまで私を抱きしめ終わってからにしようと思った。
これからは、惜しみなく与えられるお菓子も、愛も、未来には溢れるほどに満ち足りている。
そのビジョンに私は幸せで目が眩みそうになった。