企画もの
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幕引きへのカウントダウン
『幼馴染』――望む望まぬ関係なく、気がついたらそのポジションに置かれていた自分に対して改めて思う。
ここは今となっては誰にも譲れない『特等席』なのだと。
幼い頃、ピアノが上手く弾けなくて泣いていたあの子は、十年の時を経て、文武両道、高身長なイケメンに育っていた。
名前は緑間真太郎…愛称はしんちゃん。私たちは家が隣同士の幼馴染だ。
「そんなところで寝ていると風邪を引くのだよ」
今日も大学の授業を終えてまっすぐ帰宅し、自宅で夕飯を食べてからしんちゃんの部屋に向かった。
お隣同士なので徒歩0分どころか、20歩もあれば緑間家の玄関先まで辿り着く。
おじさんとおばさんに挨拶してからしんちゃんの自室に入り、窓際の壁に寄りかかりながらうつらうつらしているとドアを開ける音。
そして、部屋の主の声で私は目を覚ました。
高校に入ってもバスケ部に入部した彼の帰宅時間は前よりも遅い。
遅くまで練習をしているのだろう。なので、バイトがない平日は私が先に帰宅することのが圧倒的に多いし、しんちゃんが自室に入る前に私が先に部屋でくつろいでいることが高確率だ。
しかし、これが昔からの日常なのでしんちゃんは決して怒ったりはしなかった。
「バスケ部の練習、大変?」
大きく伸びをしながら聞くと、しんちゃんはカバンを下ろして眼鏡の位置を指で整えながら答えた。
「問題ないのだよ。量が多ければ多いほどこなし甲斐がある」
「さすが、頑張り屋さんだね。ピアノ教室に通ってた頃の泣き虫しんちゃんと同一人物とは思えないよ」
「…っ、まだそれを言うか」
「ふふふ、私だけが知る特権ですから」
悪いことを企んでいるかのように不敵に笑むと、彼はやれやれと諦めてため息をついた。
『泣き虫しんちゃん』。
家も隣同士な上に通っていたピアノ教室も同じだったので、あの頃は朝から晩まで四六時中一緒にいたような気がする。
上手くピアノが弾けなかったり譜面が読めなくなるとしんちゃんはすぐに泣いていた。
私はそんなしんちゃんを見て、よく慰めたり励ましたりしていたのを覚えている。
――はじめての出会いはもっと遡る。
私が引っ越してきた時、しんちゃんはまだ1歳だった。
まあるくてやわらかそうなほっぺをつついたり、抱っこさせてもらった思い出が微かにある。当時の私は4歳。
見るもの全てが新鮮で、生まれて初めて両手でそっと抱えた赤ん坊を見て、『私が守ってあげなくちゃ』と妙な使命感に狩られたのを覚えている。
歳が3つ離れているので、かわいい弟ができたような気分だった。
家族ぐるみの付き合いなので、歳を重ねていっても私としんちゃんの距離は幼馴染のまま。
小学生になっても中学生になっても、私はよくしんちゃんの家に遊びに行っては彼の部屋で寛いでいた。
逆に、中学ぐらいから、しんちゃんは私の部屋には遊びに来なくなった。
『異性をそう易々とと部屋に入れるものではないのだよ』と言われ、そこではじめて、ちゃんと女の子として見ていていくれたことを知った。
それからというもの私ばかりがしんちゃんの部屋に遊びに行くことが多くなった。
しんちゃんは特にそれを禁じなかった。自分が私の部屋に入るのはダメだが、私を自分の部屋に入れるのはOKらしい。
今や育ちに育って、私の身長はあっという間に追い越されてしまった。
制服が皺にならいように丁寧にハンガーにかけるその後ろ姿は細身ではあるがバランスよく鍛えられ、身長は現時点で190を越えていた。
感慨深くその後ろ姿を見つめて、私はおもむろに立ち上がった。
そしてそのまま後ろから勢いよくギュッと抱きついた。身長差があるので背中にタックルをかましてるみたいになってしまったが、体の大きいしんちゃんはビクともしなかった。久々に抱きついてみてわかったが、しんちゃんは意外と腰が細い。
「…それは前にも、やるなと言ったのだよ」
「うん、言われた」
「怖いことをされたいのか」
「しんちゃんがそんなことするはずないよ」
「じゃあ一応聞くが、これは何の意味がある」
背中にピタリと頬をつけていたので、しんちゃんがため息をついたのが分かった。息を吸うとき少しだけ背中が膨らんだ。
しんちゃんが私に注意したって止めたって無駄なことぐらい、私と昔から一緒にいればわかるはずだよ?
以前、誠凛との試合に負けてイライラしているしんちゃんに抱きついたことがある。
本当は頭をなでてよしよしと、昔みたいに慰めたいところだが今は身長差がありすぎてそれが出来ない。
その代わりの“抱きつき”だ。
その時も、「どういうつもりだ!」って怒られたんだったっけ。あの時のしんちゃんは怒りながらも珍しく慌てていた。
あの時抱きついた理由も、今抱きついてる理由も同じだ。
「“激励”だよ。来週からウィンターカップでしょ?優勝報告待ってるから」
「当たり前だ。俺は運命に従っている。優勝以外の運命などありえないのだよ」
相変わらずの自信家っぷり。しんちゃんは日々努力して自ら望む運命を引き寄せている。その努力は並大抵のものじゃない。
私なんかの激励では力になれないかもしれないけれど、これは私がやりたかっただけなんだ。
WCのチケットも買ったし、試合も必ず見に行こう。
しばらく目を閉じてピッタリと後ろからくっついていたが、しんちゃんは何も言わずそうさせてくれた。
前に抱きついた時はすぐに「離せ」と言ってきたのに。
シャツ越しの背中にあたたなか体温を感じると同時に、彼の心音が少し速いリズムを刻んでいることに気が付いた。
もしかして、照れてる?
「しんちゃん、聞いて。幼馴染としての激励はこれが最後になりそう。大会が終わったら、しんちゃんに伝えたいことがあるの」
抱きついていた腕に力をこめると、しんちゃんは黙ってしまった。
これが冗談などではなく、私が本気だということ悟ったのだと思った。
思いの外、私は緊張していなかった。告白する前に告白予告を伝えるなんて、ほとんどの気持ちがバレて伝わってしまってもおかしくないというのに。
しんちゃんの部屋としんちゃんの香りと、ここには心を安心させる要素がたくさんあったから、緊張はどこかへ飛んで行ってしまったんだ。
緊張より安堵感のが上回るなんて、不思議だ。
私は目を閉じて彼の背中に鼻先を寄せた。
「お願いだから何を伝えても嫌いにならないで」
か細い声が部屋の中に溶けて、再び沈黙が部屋を包んだ。
相槌の代わりにしんちゃんは腰に回されている私の手に触れてからこう言った。
「嫌いになどなるはずがない。何を言われようと受け止めてやるのだよ」
それを言ってもらえただけで、安堵感と喜びで涙が出そうになったが私はぐっと堪えて、ありがとう、と告げた。
どれぐらい抱きしめさせてもらっていただろうか。そろそろ真正面からしんちゃんの顔が見たいなぁと思った。
一言二言交わしては悪態をつきつつも、しんちゃんは自分から離れようとはせず、私の気が済むまで“激励”させてくれた。
「しんちゃんて何だかんだ言って優しいよね」
「うるさい黙れ」
「そーゆーとこ昔から変わってないね」
「知った風なことを言うな」
「だって知ってるもん」
――“親愛”が“恋”に変わったのはいつだろう。
覚えている記憶が正しければ、思春期の頃だ。家族みたいな存在だと思っていた幼馴染に私は恋をていたことを知った。
日々、凛々しく逞しく育っていくしんちゃんに。
私が告白をすることで、「幼馴染」という関係にどんな幕引きが訪れるのだろう。
拒絶されたら堪らなく悲しいけど、この気持ちを受け取ってくれると信じて前に進むしかない。
自分自身にそう誓ったのだから。
『幼馴染』――望む望まぬ関係なく、気がついたらそのポジションに置かれていた自分に対して改めて思う。
ここは今となっては誰にも譲れない『特等席』なのだと。
幼い頃、ピアノが上手く弾けなくて泣いていたあの子は、十年の時を経て、文武両道、高身長なイケメンに育っていた。
名前は緑間真太郎…愛称はしんちゃん。私たちは家が隣同士の幼馴染だ。
「そんなところで寝ていると風邪を引くのだよ」
今日も大学の授業を終えてまっすぐ帰宅し、自宅で夕飯を食べてからしんちゃんの部屋に向かった。
お隣同士なので徒歩0分どころか、20歩もあれば緑間家の玄関先まで辿り着く。
おじさんとおばさんに挨拶してからしんちゃんの自室に入り、窓際の壁に寄りかかりながらうつらうつらしているとドアを開ける音。
そして、部屋の主の声で私は目を覚ました。
高校に入ってもバスケ部に入部した彼の帰宅時間は前よりも遅い。
遅くまで練習をしているのだろう。なので、バイトがない平日は私が先に帰宅することのが圧倒的に多いし、しんちゃんが自室に入る前に私が先に部屋でくつろいでいることが高確率だ。
しかし、これが昔からの日常なのでしんちゃんは決して怒ったりはしなかった。
「バスケ部の練習、大変?」
大きく伸びをしながら聞くと、しんちゃんはカバンを下ろして眼鏡の位置を指で整えながら答えた。
「問題ないのだよ。量が多ければ多いほどこなし甲斐がある」
「さすが、頑張り屋さんだね。ピアノ教室に通ってた頃の泣き虫しんちゃんと同一人物とは思えないよ」
「…っ、まだそれを言うか」
「ふふふ、私だけが知る特権ですから」
悪いことを企んでいるかのように不敵に笑むと、彼はやれやれと諦めてため息をついた。
『泣き虫しんちゃん』。
家も隣同士な上に通っていたピアノ教室も同じだったので、あの頃は朝から晩まで四六時中一緒にいたような気がする。
上手くピアノが弾けなかったり譜面が読めなくなるとしんちゃんはすぐに泣いていた。
私はそんなしんちゃんを見て、よく慰めたり励ましたりしていたのを覚えている。
――はじめての出会いはもっと遡る。
私が引っ越してきた時、しんちゃんはまだ1歳だった。
まあるくてやわらかそうなほっぺをつついたり、抱っこさせてもらった思い出が微かにある。当時の私は4歳。
見るもの全てが新鮮で、生まれて初めて両手でそっと抱えた赤ん坊を見て、『私が守ってあげなくちゃ』と妙な使命感に狩られたのを覚えている。
歳が3つ離れているので、かわいい弟ができたような気分だった。
家族ぐるみの付き合いなので、歳を重ねていっても私としんちゃんの距離は幼馴染のまま。
小学生になっても中学生になっても、私はよくしんちゃんの家に遊びに行っては彼の部屋で寛いでいた。
逆に、中学ぐらいから、しんちゃんは私の部屋には遊びに来なくなった。
『異性をそう易々とと部屋に入れるものではないのだよ』と言われ、そこではじめて、ちゃんと女の子として見ていていくれたことを知った。
それからというもの私ばかりがしんちゃんの部屋に遊びに行くことが多くなった。
しんちゃんは特にそれを禁じなかった。自分が私の部屋に入るのはダメだが、私を自分の部屋に入れるのはOKらしい。
今や育ちに育って、私の身長はあっという間に追い越されてしまった。
制服が皺にならいように丁寧にハンガーにかけるその後ろ姿は細身ではあるがバランスよく鍛えられ、身長は現時点で190を越えていた。
感慨深くその後ろ姿を見つめて、私はおもむろに立ち上がった。
そしてそのまま後ろから勢いよくギュッと抱きついた。身長差があるので背中にタックルをかましてるみたいになってしまったが、体の大きいしんちゃんはビクともしなかった。久々に抱きついてみてわかったが、しんちゃんは意外と腰が細い。
「…それは前にも、やるなと言ったのだよ」
「うん、言われた」
「怖いことをされたいのか」
「しんちゃんがそんなことするはずないよ」
「じゃあ一応聞くが、これは何の意味がある」
背中にピタリと頬をつけていたので、しんちゃんがため息をついたのが分かった。息を吸うとき少しだけ背中が膨らんだ。
しんちゃんが私に注意したって止めたって無駄なことぐらい、私と昔から一緒にいればわかるはずだよ?
以前、誠凛との試合に負けてイライラしているしんちゃんに抱きついたことがある。
本当は頭をなでてよしよしと、昔みたいに慰めたいところだが今は身長差がありすぎてそれが出来ない。
その代わりの“抱きつき”だ。
その時も、「どういうつもりだ!」って怒られたんだったっけ。あの時のしんちゃんは怒りながらも珍しく慌てていた。
あの時抱きついた理由も、今抱きついてる理由も同じだ。
「“激励”だよ。来週からウィンターカップでしょ?優勝報告待ってるから」
「当たり前だ。俺は運命に従っている。優勝以外の運命などありえないのだよ」
相変わらずの自信家っぷり。しんちゃんは日々努力して自ら望む運命を引き寄せている。その努力は並大抵のものじゃない。
私なんかの激励では力になれないかもしれないけれど、これは私がやりたかっただけなんだ。
WCのチケットも買ったし、試合も必ず見に行こう。
しばらく目を閉じてピッタリと後ろからくっついていたが、しんちゃんは何も言わずそうさせてくれた。
前に抱きついた時はすぐに「離せ」と言ってきたのに。
シャツ越しの背中にあたたなか体温を感じると同時に、彼の心音が少し速いリズムを刻んでいることに気が付いた。
もしかして、照れてる?
「しんちゃん、聞いて。幼馴染としての激励はこれが最後になりそう。大会が終わったら、しんちゃんに伝えたいことがあるの」
抱きついていた腕に力をこめると、しんちゃんは黙ってしまった。
これが冗談などではなく、私が本気だということ悟ったのだと思った。
思いの外、私は緊張していなかった。告白する前に告白予告を伝えるなんて、ほとんどの気持ちがバレて伝わってしまってもおかしくないというのに。
しんちゃんの部屋としんちゃんの香りと、ここには心を安心させる要素がたくさんあったから、緊張はどこかへ飛んで行ってしまったんだ。
緊張より安堵感のが上回るなんて、不思議だ。
私は目を閉じて彼の背中に鼻先を寄せた。
「お願いだから何を伝えても嫌いにならないで」
か細い声が部屋の中に溶けて、再び沈黙が部屋を包んだ。
相槌の代わりにしんちゃんは腰に回されている私の手に触れてからこう言った。
「嫌いになどなるはずがない。何を言われようと受け止めてやるのだよ」
それを言ってもらえただけで、安堵感と喜びで涙が出そうになったが私はぐっと堪えて、ありがとう、と告げた。
どれぐらい抱きしめさせてもらっていただろうか。そろそろ真正面からしんちゃんの顔が見たいなぁと思った。
一言二言交わしては悪態をつきつつも、しんちゃんは自分から離れようとはせず、私の気が済むまで“激励”させてくれた。
「しんちゃんて何だかんだ言って優しいよね」
「うるさい黙れ」
「そーゆーとこ昔から変わってないね」
「知った風なことを言うな」
「だって知ってるもん」
――“親愛”が“恋”に変わったのはいつだろう。
覚えている記憶が正しければ、思春期の頃だ。家族みたいな存在だと思っていた幼馴染に私は恋をていたことを知った。
日々、凛々しく逞しく育っていくしんちゃんに。
私が告白をすることで、「幼馴染」という関係にどんな幕引きが訪れるのだろう。
拒絶されたら堪らなく悲しいけど、この気持ちを受け取ってくれると信じて前に進むしかない。
自分自身にそう誓ったのだから。