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名前のないラブレター
部誌を書こうと開いたら、そこに一通の手紙が挟まっていた。
私の名前が宛名として書かれた封筒は、部員の誰かのイタズラかと思って私は小さく笑って封を切った。
だが、それは誰かのイタズラなどではなかった。
『拝啓』、からはじまり丁寧かつ、繊細な文字で書かれたその手紙は間違いなく私宛てのラブレターだった。
何度読み返しても文中の「あなた」というのは私のことを指している。要約すると、こんな感じだ。
『突然名乗りもせず、手紙で伝えることしかできない意気地なしの僕を許して下さい。
あなたがバスケ部のマネージャーとして誠凛にくるようになってから、その一生懸命の姿に心打たれ、
あなたをお見かけする日が楽しみになっていました。
願わくば、ここにあなたに想いを寄せている人がいることを、心の片隅でいいので覚えていてくれたら光栄です』
シンプルではあるが、まるで詩のように綺麗な文章に思えた。
部誌をつけなくちゃならないのに、私のその手紙を何度も読み返しつつ固まっていた。
100%イタズラじゃないと言いきれるわけでもないのに、生まれて初めてもらったラブレターに感動していたのだ。
名乗ってもいない人物が書いた手紙を読んでドキドキとしている自分に、胸内で『中学生じゃあるまいし何動揺してんの』とツッコミをいれたが、心臓の音は正直だった。
しかし、これを書いたのは誰だろう。
運動部の部室は隣接しているので、実はバスケ部以外の学生とも数人、面識がある。
大学生が臨時マネージャーとして来ている姿が珍しいのか、わりと話しかけられることも多い。
部活前は私服姿なので、嫌でも学校の中では目立ってしまうのだ。
そう考えると、必ずしもバスケ部の誰かとは限らない。他の運動部の子が、部室に入って部誌に手紙を挟むのは容易いことなのだ。
ただ文章の雰囲気を見ると、とても話しかけてきた子たちの中でこんな繊細な文章を書くような子はいなかった気もするが…。
人は見かけじゃないというから、それも憶測でしかないけれど。
色々思考を巡らせていたら、部活が終わる時間帯になってしまったので、私を手紙を持って部室を後にした。
体育館へ向かう途中、一人の少年とすれ違った。黒子くんだ。
夕方の薄暗闇の中にいると溶けてしまいそうなぐらい存在感が薄い――と言われている彼は、最初は見失うことも多かったけど、部活の中で同じ時間を過ごしているうちに、居ることに気付かないことも、見失うこともなくなった。
反射的に黒子くんに向かって手を振ったら、手紙がパサリ、と地面の上に落ち、黒子くんはそれを拾ってくれた。
ちょうど宛名が上の面になって落ちたので、黒子くんにバッチリ見られてしまった。
「あ、ありがとう」
動揺を隠せずドモる私に彼は小首をかしげて見つめていた。
彼は勘がいいから、これが何か気付いてしまったかもしれない。
黒子くんは特に手紙に対して何も言わなかった。
「それでは、また後ほど」
「うん。また後でね」
静かに頷いて、黒子くんは部室へ、私は体育館へと向かった。
“また後ほど”――この意味は、後で待ち合わせをして帰る、という意味だ。
私が臨時マネージャーとしてバスケ部に来てから間もなく、家が同じ方向と言う理由で遅い時間になると黒子くんは一緒に帰ってくれるのだ。
秋になってから夕日が落ちるのも暗くなるのも早いので、最近は部活に来る日は必ずといっていいほど家まで送ってもらっている。
たまにはバニラシェイクをご馳走するぐらい、感謝の気持ちを返さないとなぁと私は独り言ちた。
「――さっきの手紙はラブレターですか?」
「えーと、…う、うん。多分」
帰りがけご馳走しようとMAJIバーガーに二人で寄り、シェイクを飲んでいる時に黒子くんは唐突に切り出した。
慌ててしまって正直に答えてしまう私を見て、黒子くんは柔らかく微笑んだ。
ああ、驚いた拍子にバニラシェイクを喉に詰まらせるところだった。
隠すほどのことでもないから話してもいいかなと思い、手紙を発見したことや、差出人の名前がなかったことや、その手紙の主は私に想いを寄せているらしい、ということだけかいつまんで話した。
もちろん、事細かな内容は話していない。そこまで誰かに話してしまったら、書いてくれた人にも失礼になるから。
「…差出人が不明というのは、薄気味悪くはないですか?」
「え、どうして?」
「幽霊のしわざかもしれないです」
「それはないでしょ」
「じゃあ、ストーカーかもしれないですよ?」
「それはもっとないよ!」
真顔で言う黒子くんに、一拍置いてからから私は吹き出した。あまりにもその可能性がなさすぎて笑ってしまった。
ストーカーって?私のストーカーなんていたらむしろ会ってみたいぐらいだ。
差出人は十中八九、運動部の誰かだというのは分かっている。
もしかしたらただのイタズラなのかもしれないけれど、この手紙をもらえて私は素直に嬉しい。
「薄気味悪くなんてないよ。生まれてはじめてもらったラブレターだからすごく嬉しい。差出人が書いてないから返事もしようがないんだけど…、これは大事にとっておくことにするよ」
あれから何度も読み返したので文章はもう覚えてしまった。それを心の中でそっと反芻させると自然と頬が緩んでしまう。
手紙を持ってニマニマしている私に、黒子くんは「そうですか…」と相槌を打った。
薄気味悪いのはこの手紙ではなく、久しぶりに嬉しいことがあってニヤついてる私のことだと自分自身で断定した。
「内容は細かくは話せないけどすごく繊細でキレイな文章なんだ。元気がない時に読み返してお守りみたいにしようかなぁ」
「そこまで大事にしてくれていると知ったら、その手紙を書いた人も喜ぶと思いますよ」
あ、また笑った。
先ほどに続いて黒子くんはふんわりと微笑む。とても癒されるし、マイナスイオンが出ているみたいだ。
最近見ることが多くなった彼の笑顔は、心を温かにさせ、和ませるなぁと思った。
――ただ一瞬、ほんの一瞬、目が泳いだのは何故?
MAJIバーガーを出てからは、お互い買いたい本があったので駅ビルの本屋へ行き、それからまた帰り道を並んで歩いた。
すっかり遅くなってしまったので駅から少し離れた道になると、急に人気がなくなった。一人で帰ってたら夜道が怖かっただろうなぁ。
買った本の話と黒子くんのお勧めの文庫本の話をしながら歩き、そろそろ私の家が見えてきた頃、黒子くんは「あの、」と言ってから急に立ち止まった。
私は足が止まらず2、3歩進んでしまい、後ろを振り返ろうとしたら――
「そのまま振り返らずに聞いてください」
と、声で制止された。
何だろう?…と思ったけど、とりあえず言われた通り振り向きかけていた顔を正面に戻して、私は後方からの声に耳を傾けた。
「あの手紙を書いたのは僕です」
思わず目を見開いて驚いた。と同時に、私の心に光が灯ったみたいに合図のような何かを感じた。
黒子くんの告白に驚いたのは事実だが、思ったよりは驚いてないというか…上手く表現できないけれど。
“そんな気はしていた”自分自身にも驚いていた。それは、つまり――。
私の中で答えが出る前に黒子くんは続けて話し出す。
「素知らぬふりをして試すようなことをして、すいません。意気地がない上にあなたに失礼なことをしてしまいました。…でも、あの手紙に書いたことは、誓って全部本当です」
心底申し訳なく思っているのだろう。普段から小さい黒子くんの声がさらにか細く、空気に消えていってしまいそうな弱々しい声だった。
ただ、最後の部分の『誓って全部本当です』だけは、ハッキリとした声で告げられた。
そんな風に思っていてくれたなんて、とても嬉しい。手紙もその言葉も全部、私にはもったいないほどの最高の贈り物だ。
黒子くんの背後では月が輝き、私は後ろからの月明かりで目の前に自分の影ができた。
少し後ろに伸びるのは彼の影。手紙をくれた君は実在している。ほら、差出人は幽霊なんかじゃなかったじゃない。
「少しだけ驚いたけど、別に怒ったりしてないから大丈夫だよ?」
そう言いながら振り返り黒子くんと目が合うと、彼はバツが悪そうに顔を俯かせた。
心のどこかで私は気付いていたんじゃないだろうか。
あんなに繊細でキレイな文章、書いた人は文学少年だと。それは黒子くんなのだと。
…いや、違う。答えはこうだ。
「黒子くんからだったらいいのになって思ってた」
心の片隅で、無意識に惹かれ続けていたことに気がついたいた。
顔を上げた黒子くんは大きな目を1回、2回とゆっくり瞬きをする。
強張っていた表情が泣きそうな笑顔に変わった瞬間、ドキリと心臓が高鳴った。
これからは、心の奥底で蓄積し続けた宝物のような感情を、私も少しずつでいいから黒子くんに贈ろう。
そしていつか、私からも名前のないラブレターを黒子くん宛てに書こうと思った。
部誌を書こうと開いたら、そこに一通の手紙が挟まっていた。
私の名前が宛名として書かれた封筒は、部員の誰かのイタズラかと思って私は小さく笑って封を切った。
だが、それは誰かのイタズラなどではなかった。
『拝啓』、からはじまり丁寧かつ、繊細な文字で書かれたその手紙は間違いなく私宛てのラブレターだった。
何度読み返しても文中の「あなた」というのは私のことを指している。要約すると、こんな感じだ。
『突然名乗りもせず、手紙で伝えることしかできない意気地なしの僕を許して下さい。
あなたがバスケ部のマネージャーとして誠凛にくるようになってから、その一生懸命の姿に心打たれ、
あなたをお見かけする日が楽しみになっていました。
願わくば、ここにあなたに想いを寄せている人がいることを、心の片隅でいいので覚えていてくれたら光栄です』
シンプルではあるが、まるで詩のように綺麗な文章に思えた。
部誌をつけなくちゃならないのに、私のその手紙を何度も読み返しつつ固まっていた。
100%イタズラじゃないと言いきれるわけでもないのに、生まれて初めてもらったラブレターに感動していたのだ。
名乗ってもいない人物が書いた手紙を読んでドキドキとしている自分に、胸内で『中学生じゃあるまいし何動揺してんの』とツッコミをいれたが、心臓の音は正直だった。
しかし、これを書いたのは誰だろう。
運動部の部室は隣接しているので、実はバスケ部以外の学生とも数人、面識がある。
大学生が臨時マネージャーとして来ている姿が珍しいのか、わりと話しかけられることも多い。
部活前は私服姿なので、嫌でも学校の中では目立ってしまうのだ。
そう考えると、必ずしもバスケ部の誰かとは限らない。他の運動部の子が、部室に入って部誌に手紙を挟むのは容易いことなのだ。
ただ文章の雰囲気を見ると、とても話しかけてきた子たちの中でこんな繊細な文章を書くような子はいなかった気もするが…。
人は見かけじゃないというから、それも憶測でしかないけれど。
色々思考を巡らせていたら、部活が終わる時間帯になってしまったので、私を手紙を持って部室を後にした。
体育館へ向かう途中、一人の少年とすれ違った。黒子くんだ。
夕方の薄暗闇の中にいると溶けてしまいそうなぐらい存在感が薄い――と言われている彼は、最初は見失うことも多かったけど、部活の中で同じ時間を過ごしているうちに、居ることに気付かないことも、見失うこともなくなった。
反射的に黒子くんに向かって手を振ったら、手紙がパサリ、と地面の上に落ち、黒子くんはそれを拾ってくれた。
ちょうど宛名が上の面になって落ちたので、黒子くんにバッチリ見られてしまった。
「あ、ありがとう」
動揺を隠せずドモる私に彼は小首をかしげて見つめていた。
彼は勘がいいから、これが何か気付いてしまったかもしれない。
黒子くんは特に手紙に対して何も言わなかった。
「それでは、また後ほど」
「うん。また後でね」
静かに頷いて、黒子くんは部室へ、私は体育館へと向かった。
“また後ほど”――この意味は、後で待ち合わせをして帰る、という意味だ。
私が臨時マネージャーとしてバスケ部に来てから間もなく、家が同じ方向と言う理由で遅い時間になると黒子くんは一緒に帰ってくれるのだ。
秋になってから夕日が落ちるのも暗くなるのも早いので、最近は部活に来る日は必ずといっていいほど家まで送ってもらっている。
たまにはバニラシェイクをご馳走するぐらい、感謝の気持ちを返さないとなぁと私は独り言ちた。
「――さっきの手紙はラブレターですか?」
「えーと、…う、うん。多分」
帰りがけご馳走しようとMAJIバーガーに二人で寄り、シェイクを飲んでいる時に黒子くんは唐突に切り出した。
慌ててしまって正直に答えてしまう私を見て、黒子くんは柔らかく微笑んだ。
ああ、驚いた拍子にバニラシェイクを喉に詰まらせるところだった。
隠すほどのことでもないから話してもいいかなと思い、手紙を発見したことや、差出人の名前がなかったことや、その手紙の主は私に想いを寄せているらしい、ということだけかいつまんで話した。
もちろん、事細かな内容は話していない。そこまで誰かに話してしまったら、書いてくれた人にも失礼になるから。
「…差出人が不明というのは、薄気味悪くはないですか?」
「え、どうして?」
「幽霊のしわざかもしれないです」
「それはないでしょ」
「じゃあ、ストーカーかもしれないですよ?」
「それはもっとないよ!」
真顔で言う黒子くんに、一拍置いてからから私は吹き出した。あまりにもその可能性がなさすぎて笑ってしまった。
ストーカーって?私のストーカーなんていたらむしろ会ってみたいぐらいだ。
差出人は十中八九、運動部の誰かだというのは分かっている。
もしかしたらただのイタズラなのかもしれないけれど、この手紙をもらえて私は素直に嬉しい。
「薄気味悪くなんてないよ。生まれてはじめてもらったラブレターだからすごく嬉しい。差出人が書いてないから返事もしようがないんだけど…、これは大事にとっておくことにするよ」
あれから何度も読み返したので文章はもう覚えてしまった。それを心の中でそっと反芻させると自然と頬が緩んでしまう。
手紙を持ってニマニマしている私に、黒子くんは「そうですか…」と相槌を打った。
薄気味悪いのはこの手紙ではなく、久しぶりに嬉しいことがあってニヤついてる私のことだと自分自身で断定した。
「内容は細かくは話せないけどすごく繊細でキレイな文章なんだ。元気がない時に読み返してお守りみたいにしようかなぁ」
「そこまで大事にしてくれていると知ったら、その手紙を書いた人も喜ぶと思いますよ」
あ、また笑った。
先ほどに続いて黒子くんはふんわりと微笑む。とても癒されるし、マイナスイオンが出ているみたいだ。
最近見ることが多くなった彼の笑顔は、心を温かにさせ、和ませるなぁと思った。
――ただ一瞬、ほんの一瞬、目が泳いだのは何故?
MAJIバーガーを出てからは、お互い買いたい本があったので駅ビルの本屋へ行き、それからまた帰り道を並んで歩いた。
すっかり遅くなってしまったので駅から少し離れた道になると、急に人気がなくなった。一人で帰ってたら夜道が怖かっただろうなぁ。
買った本の話と黒子くんのお勧めの文庫本の話をしながら歩き、そろそろ私の家が見えてきた頃、黒子くんは「あの、」と言ってから急に立ち止まった。
私は足が止まらず2、3歩進んでしまい、後ろを振り返ろうとしたら――
「そのまま振り返らずに聞いてください」
と、声で制止された。
何だろう?…と思ったけど、とりあえず言われた通り振り向きかけていた顔を正面に戻して、私は後方からの声に耳を傾けた。
「あの手紙を書いたのは僕です」
思わず目を見開いて驚いた。と同時に、私の心に光が灯ったみたいに合図のような何かを感じた。
黒子くんの告白に驚いたのは事実だが、思ったよりは驚いてないというか…上手く表現できないけれど。
“そんな気はしていた”自分自身にも驚いていた。それは、つまり――。
私の中で答えが出る前に黒子くんは続けて話し出す。
「素知らぬふりをして試すようなことをして、すいません。意気地がない上にあなたに失礼なことをしてしまいました。…でも、あの手紙に書いたことは、誓って全部本当です」
心底申し訳なく思っているのだろう。普段から小さい黒子くんの声がさらにか細く、空気に消えていってしまいそうな弱々しい声だった。
ただ、最後の部分の『誓って全部本当です』だけは、ハッキリとした声で告げられた。
そんな風に思っていてくれたなんて、とても嬉しい。手紙もその言葉も全部、私にはもったいないほどの最高の贈り物だ。
黒子くんの背後では月が輝き、私は後ろからの月明かりで目の前に自分の影ができた。
少し後ろに伸びるのは彼の影。手紙をくれた君は実在している。ほら、差出人は幽霊なんかじゃなかったじゃない。
「少しだけ驚いたけど、別に怒ったりしてないから大丈夫だよ?」
そう言いながら振り返り黒子くんと目が合うと、彼はバツが悪そうに顔を俯かせた。
心のどこかで私は気付いていたんじゃないだろうか。
あんなに繊細でキレイな文章、書いた人は文学少年だと。それは黒子くんなのだと。
…いや、違う。答えはこうだ。
「黒子くんからだったらいいのになって思ってた」
心の片隅で、無意識に惹かれ続けていたことに気がついたいた。
顔を上げた黒子くんは大きな目を1回、2回とゆっくり瞬きをする。
強張っていた表情が泣きそうな笑顔に変わった瞬間、ドキリと心臓が高鳴った。
これからは、心の奥底で蓄積し続けた宝物のような感情を、私も少しずつでいいから黒子くんに贈ろう。
そしていつか、私からも名前のないラブレターを黒子くん宛てに書こうと思った。