短編・中編
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イノセント・ラヴァ―
「山も海も、どっちも良さがあるからなぁ」
夏休み、山へ行こうか海へ行こうかとそんな話題を振られて選べないでいると、真波くんは『山にしましょうよ!』とニッコリと笑った。それは君が登りたいだけでは?そして登山ならまだしも、ロードバイクでぐんぐん登って私は置いてけぼりされるのは目に見えている。海なら一緒に泳いでくれるだろうか。砂浜の上を、手を取って歩いてくれる?想像したら楽しそうだけれど一つ大きな問題がある。
……っていうか、私たち付き合ってないよね?
インハイが控えているというのに、夏休み予定を組もうとしてるマイペースさが彼らしい。青い髪は深い海の色を連想させ、毛束がぴょんとアンテナのようにつむじ前方から跳ねているのが特徴の真波くん。いつも話しかけに来る部活の後輩だ。知らぬ間に名前で呼ばれ、懐かれ、毎度屈託ない微笑みを見せている。
夏休みの予定を話していた延長で、何故か二人で出かけるような流れになり、今に至る。上手く誘導されてるような?付き合ってもないのに二人で出かけるとか…、しかも山とか海とかちょっとしたイベントじゃないか。
荒北くんからは“不思議チャン”と呼ばれ、自由奔放、天然な性格の彼だが、なんだかんだと先輩に可愛がられるのは上手だ。処世術が身についてる感じがする。ぽやっとした見た目とは逆に、ロードに乗ると目付き変わる。実力も充分、クライマーとしての資質や登坂力はあの東堂くんも一目を置くほどだ。
…けど、本質はふわふとして掴みどころがない。どういうつもりで私に絡んで来てるのか謎だった。
「私より、同級生とかと行った方が楽しいんじゃない?」
「そんなことないですよ。琴音さんとだってきっと楽しいです」
「“きっと?”」
ちょうど部活終わりの真波くんを椅子に座らせ、足に触れて調子を確かめている最中だったので、言葉尻を捉えて彼に視線を向けた。…にしても、ふくらはぎがカチカチだ。部活以外の時間でどれだけ登ってきたんだ。疲労が抜けにくくなるから、坂を見つけては登る癖もほどほどにしなよと忠告したのに。
「あはは、そこ気にします?」
力が抜けた笑みで誤魔化し、真波くんは人差し指で頬を掻いた。遊びに誘っているのであれば、そこは“絶対”と言って欲しかったところだ。
指先で触れ、筋肉が固まっている部分を弱い力で押していく。具合にもよるが、疲労回復には強い力で押すのではなく、血流を良くするぐらいで丁度いい。
懐かれた理由は、マネージャー兼マッサーの私が珍しかったからなのか分からない。ただ、一緒に過ごしてるうちに私にとってもそれが心地いい関係になっていくのに時間はかからなかった。変わらない先輩と後輩のままで居ることは容易い――それでも、二人で出かけるのなら一歩進んだ関係になった方がいいと思った。
マッサージを終えて、真波くんの両手を取って私は彼を見上げた。座っている彼からは上目遣いに見える角度だ。
「わたし、海も山も真波くんも好きだから、どっちでもいいよ」
「よかった、じゃあ山――」
真波くんは言いかけた台詞ごと、パァッと明るくなった表情が固まった。よくよく見ると美青年の、太陽のような笑顔が眩しい。意識したことなかったけれど、アイドルみたいな顔立ちだ。
サラリと告げた私からの告白に気づいたらしい。周囲の部員にも聞こえたらしく、ザワザワと周りが騒がしくなる中で真波くんの顔が徐々に紅潮していった。年相応に照れたりするんだなぁと冷静に観察してみたり。
「オレ…出かけた先で、伝えよう、と」
視線は泳ぎ、面食らった様子だ。こんな表情見たことないから、相当珍しいが、もしかしたら後にも先にもこれっきりかも知れない。付き合う事になったら、今度は私ばかりが翻弄される未来が待っているような気がするからだ。
「えっ、そうだったの?意外だね…」
「……自分でも、事前に考えておくなんてらしくないとは思ってます」
「先に伝えちゃってごめんね。そしたらその日、改めて真波くんから伝えて?きっと――、ううん、“絶対”嬉しいから」
やっと視線が通って私が目を細めて笑うと、真波くんは一回り大きな手で今度は私の手を包み込んだ。指先の熱から、緊張や喜びが伝播する。今日、告白する日になるなんて予定してなかったし、突発的に好きを伝えたのも生まれて初めての事だ。でも、イレギュラーにはイレギュラーで対抗するしかないのだから、私が場所も考えず流れのまま告げてしまったのも仕方ない。
「あーあ、琴音さんには敵わないや」
「ふふっ、真波くんより二歳も上だからね。人生経験がある分ね!」
「でも彼氏いたことないですよね?」
「ちょ…っ!」
失礼な返しをされ勢いのまま立ち上がったら転びそうになり、真波くんの体に寄り掛かってしまう体勢になってしまった。
チャンスとばかりに、真波くんは包んでいた手を解いてすかさず私の背中に回した。ギュッと強く抱きしめられ、加速する彼の心音が体に伝わってきて、同じぐらいのリズムで私の心臓も高鳴り出した。
真波!部室で何をしているッ!と、大声をあげながら先輩クライマーが遠くの方から足早に近づいて来た。明らかに真波くんがふざけてやってるって勘違いしてるだろうな。東堂くん違うの、私たち今さっき、付き合うことになりました…って、そう告げたら驚かれるかな。しかし、教えなかったとしても、既に様子を見ていた部員から噂が流れるに決まってる。
「違うんですか?」
「………」
「その枠、俺の為に取っといてくれたんですよね」
「……そーゆーことにしておこうかな」
耳元で囁かれ、さすがに頬が熱くなってきた。
背後に気配を感じると、東堂くんは私の肩を掴んで真波くんから離そうと手を伸ばした。その瞬間、抱きしめられたままクルリと回転して、私と真波君の位置が入れ替わり、東堂くんの手は彼の背中に触れることになった…が、案の定、首根っこを掴まれていた。
どうせ引きはがされるのに、諦めの悪い真波くんは体が離れていく直前、首を少し伸ばして私の頬にキスをした。それ目の当たりにした東堂くんの唖然とした表情が目に映り、堪え切れず思わずクスッと笑ってしまうのだった。
「山も海も、どっちも良さがあるからなぁ」
夏休み、山へ行こうか海へ行こうかとそんな話題を振られて選べないでいると、真波くんは『山にしましょうよ!』とニッコリと笑った。それは君が登りたいだけでは?そして登山ならまだしも、ロードバイクでぐんぐん登って私は置いてけぼりされるのは目に見えている。海なら一緒に泳いでくれるだろうか。砂浜の上を、手を取って歩いてくれる?想像したら楽しそうだけれど一つ大きな問題がある。
……っていうか、私たち付き合ってないよね?
インハイが控えているというのに、夏休み予定を組もうとしてるマイペースさが彼らしい。青い髪は深い海の色を連想させ、毛束がぴょんとアンテナのようにつむじ前方から跳ねているのが特徴の真波くん。いつも話しかけに来る部活の後輩だ。知らぬ間に名前で呼ばれ、懐かれ、毎度屈託ない微笑みを見せている。
夏休みの予定を話していた延長で、何故か二人で出かけるような流れになり、今に至る。上手く誘導されてるような?付き合ってもないのに二人で出かけるとか…、しかも山とか海とかちょっとしたイベントじゃないか。
荒北くんからは“不思議チャン”と呼ばれ、自由奔放、天然な性格の彼だが、なんだかんだと先輩に可愛がられるのは上手だ。処世術が身についてる感じがする。ぽやっとした見た目とは逆に、ロードに乗ると目付き変わる。実力も充分、クライマーとしての資質や登坂力はあの東堂くんも一目を置くほどだ。
…けど、本質はふわふとして掴みどころがない。どういうつもりで私に絡んで来てるのか謎だった。
「私より、同級生とかと行った方が楽しいんじゃない?」
「そんなことないですよ。琴音さんとだってきっと楽しいです」
「“きっと?”」
ちょうど部活終わりの真波くんを椅子に座らせ、足に触れて調子を確かめている最中だったので、言葉尻を捉えて彼に視線を向けた。…にしても、ふくらはぎがカチカチだ。部活以外の時間でどれだけ登ってきたんだ。疲労が抜けにくくなるから、坂を見つけては登る癖もほどほどにしなよと忠告したのに。
「あはは、そこ気にします?」
力が抜けた笑みで誤魔化し、真波くんは人差し指で頬を掻いた。遊びに誘っているのであれば、そこは“絶対”と言って欲しかったところだ。
指先で触れ、筋肉が固まっている部分を弱い力で押していく。具合にもよるが、疲労回復には強い力で押すのではなく、血流を良くするぐらいで丁度いい。
懐かれた理由は、マネージャー兼マッサーの私が珍しかったからなのか分からない。ただ、一緒に過ごしてるうちに私にとってもそれが心地いい関係になっていくのに時間はかからなかった。変わらない先輩と後輩のままで居ることは容易い――それでも、二人で出かけるのなら一歩進んだ関係になった方がいいと思った。
マッサージを終えて、真波くんの両手を取って私は彼を見上げた。座っている彼からは上目遣いに見える角度だ。
「わたし、海も山も真波くんも好きだから、どっちでもいいよ」
「よかった、じゃあ山――」
真波くんは言いかけた台詞ごと、パァッと明るくなった表情が固まった。よくよく見ると美青年の、太陽のような笑顔が眩しい。意識したことなかったけれど、アイドルみたいな顔立ちだ。
サラリと告げた私からの告白に気づいたらしい。周囲の部員にも聞こえたらしく、ザワザワと周りが騒がしくなる中で真波くんの顔が徐々に紅潮していった。年相応に照れたりするんだなぁと冷静に観察してみたり。
「オレ…出かけた先で、伝えよう、と」
視線は泳ぎ、面食らった様子だ。こんな表情見たことないから、相当珍しいが、もしかしたら後にも先にもこれっきりかも知れない。付き合う事になったら、今度は私ばかりが翻弄される未来が待っているような気がするからだ。
「えっ、そうだったの?意外だね…」
「……自分でも、事前に考えておくなんてらしくないとは思ってます」
「先に伝えちゃってごめんね。そしたらその日、改めて真波くんから伝えて?きっと――、ううん、“絶対”嬉しいから」
やっと視線が通って私が目を細めて笑うと、真波くんは一回り大きな手で今度は私の手を包み込んだ。指先の熱から、緊張や喜びが伝播する。今日、告白する日になるなんて予定してなかったし、突発的に好きを伝えたのも生まれて初めての事だ。でも、イレギュラーにはイレギュラーで対抗するしかないのだから、私が場所も考えず流れのまま告げてしまったのも仕方ない。
「あーあ、琴音さんには敵わないや」
「ふふっ、真波くんより二歳も上だからね。人生経験がある分ね!」
「でも彼氏いたことないですよね?」
「ちょ…っ!」
失礼な返しをされ勢いのまま立ち上がったら転びそうになり、真波くんの体に寄り掛かってしまう体勢になってしまった。
チャンスとばかりに、真波くんは包んでいた手を解いてすかさず私の背中に回した。ギュッと強く抱きしめられ、加速する彼の心音が体に伝わってきて、同じぐらいのリズムで私の心臓も高鳴り出した。
真波!部室で何をしているッ!と、大声をあげながら先輩クライマーが遠くの方から足早に近づいて来た。明らかに真波くんがふざけてやってるって勘違いしてるだろうな。東堂くん違うの、私たち今さっき、付き合うことになりました…って、そう告げたら驚かれるかな。しかし、教えなかったとしても、既に様子を見ていた部員から噂が流れるに決まってる。
「違うんですか?」
「………」
「その枠、俺の為に取っといてくれたんですよね」
「……そーゆーことにしておこうかな」
耳元で囁かれ、さすがに頬が熱くなってきた。
背後に気配を感じると、東堂くんは私の肩を掴んで真波くんから離そうと手を伸ばした。その瞬間、抱きしめられたままクルリと回転して、私と真波君の位置が入れ替わり、東堂くんの手は彼の背中に触れることになった…が、案の定、首根っこを掴まれていた。
どうせ引きはがされるのに、諦めの悪い真波くんは体が離れていく直前、首を少し伸ばして私の頬にキスをした。それ目の当たりにした東堂くんの唖然とした表情が目に映り、堪え切れず思わずクスッと笑ってしまうのだった。