短編・中編
name change
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
プライオリティメランコリー
「尽八くんが好き」
二人きりの部室、もうすぐ帰る時間が近づいていた。別れの時間を惜しむ代わりに口をついて出てきた言葉に、尽八くんは目を丸くして驚いていた。
寮生活の彼と、実家住まいの私では、帰路が別々だ。だが時々、ファンクラブの目を避けれそうな日は、部活帰りに尽八くんは私を駅まで送ってくれる。送らなくていいよと断っても、『俺がそうしたいんだ』と言ってくれるので、ついお言葉に甘えてしまっていた。
受験勉強の合間に後輩たちに頼まれて、時々部活に顔を出して指導をする彼と、専門志望なので特に受験勉強もなく引退後も部活を時々手伝いしにくる私と、今日はタイミングが合った。示し合わせたワケなく会えた事や偶然も嬉しくて、つい口から零れてしまったんだ。校内では誰が見ているかわからないから、ほとんど声に出して伝えたりはしないのだけれど――
「琴音っ…、もう一度言ってくれないか!?」
「えっ、えーと、さっきのはつい…、久々に部活で会えたのが嬉しくて…」
「嬉しいのは俺もだ。だから、もう一度頼む!」
部室内のドアの前でズイっと詰め寄られて、意図せず壁ドンされる状況になった。整った美形が視界に迫り、心臓がドキドキと高鳴りだす。尽八くんは、自分がどれだけ整った顔立ちをしているか自覚しているはずだ。これはほとんどの女子が陥落してしまうシチュエーションではなかろうかと察した。
熱っぽい瞳で見つめられ、私は俯きながらさっきより声が小さくなりつつも、再度その言葉を声にした。
「……尽八くんが、好き」
体温がぐっと高くなり、自分の耳が赤くなっていく音が聞こえた気がした。改めて伝えると、部室で何言っちゃってるのって感じだ。
私たちはインハイ前の梅雨明けに付き合いだし、学校ではその関係は秘め事としていた。それは、友達にも寿一くん達にもだ。
どこでファンクラブの目が光ってるかわからないし、警戒する必要があった。私がその子達に絡まれれば尽八くんは庇うだろう。彼に迷惑をかけたくない一心で決めたはずだったのに。
…それなのに、ぽつりと零れた愛の告白。
既に交際しているわけだから、愛の告白というのもおかしいけど。
目の前でゴクリと唾を飲みこむ音が聞こえた。そして、彼は壁に接している手を私の肩に移動させ――その手は、ふるふると震えて抱きしめようか戸惑ってから静かに離れていった。胸の前で握った尽八くんの拳は、戦慄いていた。
「…ぐっ……勝ったぞ…、理性に…ッ!」
ゼェゼェと肩で息をして、落ち着いてから部室のドアを開けて二人とも外に出た。すっかり暗くなった秋の夕空――風が吹いて肌寒く感じるが、火照った顔にはちょうどよかった。
「密室で告げられるとマズイな。一瞬、部室という事を忘れた…」
「ごめん!私が考えなしに…っ」
「いや、お前は悪くないよ。恋人からの告白はいつだって嬉しいものだ。特に、俺の誕生日までなかなか告げてもらえなかった“言葉”だからな」
「…もう、それずっと言うんだから……」
クス、と嬉しそうな微笑みを向けられ、私の体温は余計に上がってしまった。辺りが薄暗いおかげで紅潮してる顔色がバレてないかもと安堵した。
扉を施錠し、部室の鍵を職員室まで届けたら帰らないと。
尽八くんは受験勉強で日々忙しく、電話は一日おきぐらいにするものの、デートは近頃は月一程度だ。自分の我儘が彼の重荷になりたくなくて、会いたい日も連絡を躊躇ってしまったりすることもしばしば。だから、部活帰りとは言え、二人で話せる時間があるのはとても貴重に感じる。
職員室に返してくるねと、足早にその場を立ち去ろうとしたら、後ろ手を引かれて立ち止まる事になった。
「待ってくれ!」
振り向けば尽八くんが眉間に皺を寄せていた。切なげな瞳と視線が交わり、触れた手の体温で私たちは同じように照れているのが分かった。
「学園内で堂々と交際出来ないのも、会える時間が少ないのも……色々、不自由させてすまないと思っている」
握られた手が汗ばみ指に力が込められ、緊張が伝播する。
「俺も琴音の事が好きだ。お前が思ってる以上に、愛する気持ちが尽きない。……受験が終わるまで進展はしないと己に掛けた枷が、今になってもどかしく感じるよ」
真っ直ぐ見つめて告げられる数倍返しの告白に、体中の血が一瞬で沸騰する感覚に陥る。夢みたいな甘いセリフに心臓が早鐘を打ち、身体がふわふわと浮かぶよう。キス以上をしていない関係についての本音が、私に向けられたものだと理解するのに数秒時間を要した。
しばらくの沈黙の後、どうやら尽八くんも相当恥ずかしかったみたいで、手をゆっくりと離してから歩き出した。『は、早く返さねばならんな、鍵を!』…と、動揺からか声は上ずっていたので、私は彼の背後で小さく笑ってしまった。私の彼氏は――、登れる上にトークも切れる、そしてあの美形に加え、なんて可愛いのだろう。私だけが知ってる意外な一面に、胸がいっぱいになった。
「尽八くんが好き」
二人きりの部室、もうすぐ帰る時間が近づいていた。別れの時間を惜しむ代わりに口をついて出てきた言葉に、尽八くんは目を丸くして驚いていた。
寮生活の彼と、実家住まいの私では、帰路が別々だ。だが時々、ファンクラブの目を避けれそうな日は、部活帰りに尽八くんは私を駅まで送ってくれる。送らなくていいよと断っても、『俺がそうしたいんだ』と言ってくれるので、ついお言葉に甘えてしまっていた。
受験勉強の合間に後輩たちに頼まれて、時々部活に顔を出して指導をする彼と、専門志望なので特に受験勉強もなく引退後も部活を時々手伝いしにくる私と、今日はタイミングが合った。示し合わせたワケなく会えた事や偶然も嬉しくて、つい口から零れてしまったんだ。校内では誰が見ているかわからないから、ほとんど声に出して伝えたりはしないのだけれど――
「琴音っ…、もう一度言ってくれないか!?」
「えっ、えーと、さっきのはつい…、久々に部活で会えたのが嬉しくて…」
「嬉しいのは俺もだ。だから、もう一度頼む!」
部室内のドアの前でズイっと詰め寄られて、意図せず壁ドンされる状況になった。整った美形が視界に迫り、心臓がドキドキと高鳴りだす。尽八くんは、自分がどれだけ整った顔立ちをしているか自覚しているはずだ。これはほとんどの女子が陥落してしまうシチュエーションではなかろうかと察した。
熱っぽい瞳で見つめられ、私は俯きながらさっきより声が小さくなりつつも、再度その言葉を声にした。
「……尽八くんが、好き」
体温がぐっと高くなり、自分の耳が赤くなっていく音が聞こえた気がした。改めて伝えると、部室で何言っちゃってるのって感じだ。
私たちはインハイ前の梅雨明けに付き合いだし、学校ではその関係は秘め事としていた。それは、友達にも寿一くん達にもだ。
どこでファンクラブの目が光ってるかわからないし、警戒する必要があった。私がその子達に絡まれれば尽八くんは庇うだろう。彼に迷惑をかけたくない一心で決めたはずだったのに。
…それなのに、ぽつりと零れた愛の告白。
既に交際しているわけだから、愛の告白というのもおかしいけど。
目の前でゴクリと唾を飲みこむ音が聞こえた。そして、彼は壁に接している手を私の肩に移動させ――その手は、ふるふると震えて抱きしめようか戸惑ってから静かに離れていった。胸の前で握った尽八くんの拳は、戦慄いていた。
「…ぐっ……勝ったぞ…、理性に…ッ!」
ゼェゼェと肩で息をして、落ち着いてから部室のドアを開けて二人とも外に出た。すっかり暗くなった秋の夕空――風が吹いて肌寒く感じるが、火照った顔にはちょうどよかった。
「密室で告げられるとマズイな。一瞬、部室という事を忘れた…」
「ごめん!私が考えなしに…っ」
「いや、お前は悪くないよ。恋人からの告白はいつだって嬉しいものだ。特に、俺の誕生日までなかなか告げてもらえなかった“言葉”だからな」
「…もう、それずっと言うんだから……」
クス、と嬉しそうな微笑みを向けられ、私の体温は余計に上がってしまった。辺りが薄暗いおかげで紅潮してる顔色がバレてないかもと安堵した。
扉を施錠し、部室の鍵を職員室まで届けたら帰らないと。
尽八くんは受験勉強で日々忙しく、電話は一日おきぐらいにするものの、デートは近頃は月一程度だ。自分の我儘が彼の重荷になりたくなくて、会いたい日も連絡を躊躇ってしまったりすることもしばしば。だから、部活帰りとは言え、二人で話せる時間があるのはとても貴重に感じる。
職員室に返してくるねと、足早にその場を立ち去ろうとしたら、後ろ手を引かれて立ち止まる事になった。
「待ってくれ!」
振り向けば尽八くんが眉間に皺を寄せていた。切なげな瞳と視線が交わり、触れた手の体温で私たちは同じように照れているのが分かった。
「学園内で堂々と交際出来ないのも、会える時間が少ないのも……色々、不自由させてすまないと思っている」
握られた手が汗ばみ指に力が込められ、緊張が伝播する。
「俺も琴音の事が好きだ。お前が思ってる以上に、愛する気持ちが尽きない。……受験が終わるまで進展はしないと己に掛けた枷が、今になってもどかしく感じるよ」
真っ直ぐ見つめて告げられる数倍返しの告白に、体中の血が一瞬で沸騰する感覚に陥る。夢みたいな甘いセリフに心臓が早鐘を打ち、身体がふわふわと浮かぶよう。キス以上をしていない関係についての本音が、私に向けられたものだと理解するのに数秒時間を要した。
しばらくの沈黙の後、どうやら尽八くんも相当恥ずかしかったみたいで、手をゆっくりと離してから歩き出した。『は、早く返さねばならんな、鍵を!』…と、動揺からか声は上ずっていたので、私は彼の背後で小さく笑ってしまった。私の彼氏は――、登れる上にトークも切れる、そしてあの美形に加え、なんて可愛いのだろう。私だけが知ってる意外な一面に、胸がいっぱいになった。