短編・中編
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嘘つきオオカミ
-7- ※夢主視点
荒北くんの魅力を知ってるいるのは自分だけ――そんな風に、高を括っていたワケじゃなかった。ただ、彼に片思いをしていた女子から話しかけられたのは、不意の出来事だった。
体育館でのバレーの授業中――
出席番号順の適当なチーム分けをした後、出番を待つ為にコートサイドで友達と固まって話していたら声をかけられた。
今日の四限目はB組・C組のクラスの合同バレー。半分ずつ体育館を使って男女別で試合を行う。総当たり戦の形式となり、人数が足りないのでクラスの中でもバレー部の子だけは複数チームを跨いでプレーしてくれるそうだ。他のチームが試合してる間は眺めているだで済むから、運動下手な私としては最低限の試合をこなすだけで済む分、胸を撫でおろしていた――その矢先。
「汐見さん、だよね?」
黒い艶髪のセミロング、目鼻立ちがくっきりとした隣のクラスの女子に話しかけれた。一、二年でも同じクラスになったことはないが、合同体育や学校行事などで見かけたことがあるような……直近だと、学年対抗のレースを見に来てたのが印象に残っている。
相槌を打って頷くと、彼女は何度か瞬きをして私を見つめた後、胸の前で手を組んだ。妙な緊張感が伝わってくる。
「荒北と付き合ってるって、チャリ部マネの友達に聞いたよ」
「あ、はい。お付き合いさせてもらってます」
「何で敬語?同学年じゃん!」
クスっと笑った顔がとても可愛い子だ。活発そうな性格にきれいな黒髪。どこのクラスにいても目立つようなキレイな子の部類だなぁと見つめながら冷静に分析してしまった。
「あいつ、ぶっきらぼうに見えて優しいとこあるよね」
「うん、面倒見もいいしね」
「汐見さんにも優しいんだね」
「優しいよ」
「……そっかぁ」
ぽつりと寂し気に呟いた後、一言二言交わして彼女は去っていった。一緒にいた友達はその様子を訝しな様子で見ていたけれど、特に彼女についての話題は続かなかった。
隣のクラスの子に自分の彼氏が褒められていた、というバレーの出番待ちの一幕。ちなみに、荒北くんがニセ彼氏ってことは友達も知らない。本当に付き合ってる事にしているから。部内トラブルがキッカケではじまった“嘘”なので、バレないようには徹底する必要があったからだ。
おそらく、先ほどの彼女は荒北くんと一年か二年に同じクラスになったことがあるのだろう。
そして瞬間的に気づいてしまった。
“あいつ”と呼び、“優しい”と言った彼女は、荒北くんが好きだったんだ。念たのめ付き合ってることを確認して、恋心を諦めたようなその呟きは、胸を締め付ける程に切なかった。
相手の幸せを静かに願ってるような感じだ。荒北くんと同じクラスになって純粋に恋をしていた。強気に文句を言ってくるような子の方がまだマシだった。
ニセ彼女の私には罪悪感が深く圧し掛かる。
考えても仕方ないのに、自分がついた嘘のせいで誰かを傷つけている事実が、頭の中でぐるぐるして全く集中できなかった。
――それ故、バレーの試合中にスパイクを顔面で受けるのも必然だったのかも知れない。
自分の出番の最中、ボールが顔面にヒットして漫画みたいにドサッ!と後ろに倒れてたのと同時に、タイムのホイッスルが鳴った。幸い後頭部を打たずに済んだが、鼻から水っぽい何かた垂れ落ち、身を起こすと体育着の胸の辺りを赤色で汚した。クリーンヒットした鼻はジンジンと痛み、鼻血が出ていた。
……鼻血なんていつぶりだろ?
自分でも驚いて声が出ない。周囲のざわめきがくぐもって聞こえる。顔を上げると駆けつけてくるチームメイトと、対角線上のコートの隅で試合を待機している寿一くんと目が合った。
□ □ □
汗拭き用にと持っていたミニタオルで鼻を押さえながら保健室へ行くと、先生はちょうど不在にしたので勝手ながらベッドに腰かけて休ませてもらうことにした。体育の先生曰く、上を向くのは逆効果で、前屈みで座り二十分は押さえてるのが正しいらしい。ちょうど昼休みだから次の授業に差し支えなくてよかったかも。お昼は食べそこねてしまうけども。
薄く白いカーテン越しに、保健室は柔らかい光で包まれていた。ベッドを利用している生徒は他にいないようだ。
静かな空間の中、体育の時間に別の事を考えてはいけないなと内心で深く反省した。特に球技の場合は。
私が負傷しても誰かが困るような事はないだろうけれど、これが大怪我だったのなら部活にも出れなくなってしまうところだった。
気をつけなくちゃ…と独り言ちてみても、起きた後では仕方ないのだが。十分もした頃には鼻血は止まっていたが、すぐ動くとまた出てきてしまいそうなのでもう少し休ませてもらうとした時、少しだけ開けていたベッドを囲うカーテンに外側からスッと手が伸びた。
「わっ!」
僅かに除いた隙間から見慣れた人物が現れるも、突然の来訪に心臓がバクバクした。太い眉、キリッとした目元に鋭い視線――幼馴染とは言え、急に現れると迫力がある。そう言えば、つい先ほどの合同授業で寿一くんにあの場面を目撃されていたことを思い出した。
「ボーっとしてて扉の音に気付かなかったよ…!びっくりしたぁ」
「琴音、大丈夫か」
「うん、ありがとう。もう鼻血は止まったから大丈夫。痛みも引いたよ」
「…そうか」
寿一くんは安堵の息をついた。心配してくれてたんだなぁって伝わってくる。
昔から運動が苦手なことは知られてるから、今更恥ずかしいとかはなかった。過去にもっと派手に転んだのを目撃されたこともあるし。その時、寿一くんが手を取って起こしてくれた記憶がある。昔から優しい人だ。
そんな彼の役に立ちたいと思って自転車競技部に途中入部して…荒北くんに守ってもらったのがニセ彼女のはじまりだったなぁ。つい数ヶ月前の春の出来事なのに、随分前に感じる。
「どうした」
「えっ?」
「隠しても無駄だ。集中力が欠けている」
「意外と鋭いんだなぁ寿一くんは……」
誤魔化すように微笑みながら視線をまじえていたつもりだが、あっさりとその作り笑顔はバレてしまった。
幼馴染と言っても、性別も違うし考え方も違う。相手の考えてる事が手に取るように解るはずないのに、お互い辛い時はわかってしまうなんて、難儀な質だ。去年の秋は寿一くんの事を考えると、とても他人事とは思えず私も心が軋んだものだ。
「さっきの体育の時間に、荒北くんに片思いしてる子が話しかけて来たんだ。それで、彼女のフリして会話してる自分にもやもやしちゃって。そもそも彼女っていうのも嘘だし……」
「気にすることはない。どう返そうが、彼女が荒北を諦め切れないのなら直接想いを告げるはずだ。お前が本当に不安なのは嘘をついている事ではないだろう」
「……っ」
「荒北の目が自分以外に向けられるのが不安なのか」
「……もぉ!何でわかるの!」
それっぽい理由を並べても、寿一くんの前では何の意味も成さなかった。的確に見透かされる。淡々と返すも顔は無表情のまま……相変わらずだ。でも、真剣さは伝わってくる。
――嘘をついている罪悪感?誰かを傷つけてる?
本当はそうじゃないって寿一くんに悟られちゃうぐらい、心の底の本音が隠せずだだ漏れなんだ。少しずつ頬が熱くなっていくのを感じる。熱が昇ってまた鼻血が出たら大変だ。大きく深呼吸をして、出来るだけ動揺しなように気持ちを落ち着かせた。
喉の奥に、声にならない劣等感や不安が停滞して溢れそう。
『あんな可愛い子に告白されたら断る理由ないだろうなぁ』とか、『告白する前にフラれた事になるの悲しいな』とか。
純粋さからかけ離れた醜い感情。吐露できない代わりに胸の内をぐるぐるしている。ぶっきらぼうに見えて優しいってところも、まるで私だけが見つけた宝物のように思っていた。恥ずかしい。“私だから気づいた”なんて思い違いだ。荒北くんのような素敵な人、他の女子が気付かないワケないじゃないか。
「荒北の事が、好きなのか」
「……うん」
私から重い溜息が漏れると、寿一くんは落ち着いた声で問いかけた。照れもなく自然と頷いて返事をすると、ベッドに座っている私と目を合わせるように、彼は態勢を屈めて顔を覗き込んできた。
「運も好機も条件も、誰しも平等ではない。勝ち取りたいものがあるならば、今持てる全てを使って掴み取るしかない。ロードレースと同じだ。前に進む以外の感情は持たない方がいい」
真っ直ぐな瞳で告げてくるものだから、いつも寿一くんの言うことは正しいと感じてしまう。欲しいものがあるなら掴みとるしかないって…ブレがない、軸がしっかりした一言に思い知らされる。ごくシンプルだ。遠慮をするる必要ないって、背中を押してくれてるみたいだ。劣等感や不安、マイナス感情では前には進めない。まだ何も決まったわけじゃないし、他の誰かになんてなれないのだから、私は私でいいんだともっと自信をつけたい。
寿一くんの心強い助言が嬉しい。広がった暗雲から光が差し込んで闇が消え去り、青空が見えたような気分だ。
「ロードレースと同じかぁ。じゃあどんな形でもゴールまで頑張ろうかな」
「その意気だ。自信を持て」
例えてそう返すと、寿一くんも満足そうに微笑んでから立ち上がった。幼馴染でないと見逃してしまいそうなちょっとした表情の変化だ。久々に見たかも……とまじまじ見上げていると、廊下から走ってくる足音がして二人で扉の方へ視線を移した。
ガラッ!と乱暴に開く保健室の扉――、そこには荒北くんが居た。ゼエゼエと肩で息をして慌てて走って来た様子だ。さっきの寿一くんとの会話、あと少し来るのが早かったら聞かれてしまっていたかもと内心冷や冷やした。
「おい!汐見ケガしたって!?…って、福ちゃんもいたのか」
「も、もう何ともないから大丈夫だよ」
「琴音は心配ない。俺のような幼馴染がいるからな」
「俺ァ見せつけられんのか?」
「じゅ、寿一くんふざけすぎ!」
フッと静かな声。口角をやや上げて、寿一くんは私の頭にポンと手を置いてから保健室から出て行ってしまった。あの鉄仮面が笑った…と荒北くんは呟いて驚愕していた。相当珍しいものを見たとしばらく呆然としていた彼は、ハッと我に返ると、先ほどの寿一くんのように私の頭に手を置いた。表情はこちらから見られないようにそっぽを向いている。少しだけ赤くなってる耳だけ見えた。
「すぐ知らせろっての。俺にも心配させろヨ」
「……うん、来てくれてありがとう」
荒北くんからこの一言を告げてもらうのがどれだけ貴重なことなのか。運命がひとつでもズレていたら私にはかけてもらえなかった言葉。今、隣りにいてくれる事に胸の奥がジンと熱くなる。誰にもこのポジションを譲りたくない――強く願って、髪に触れている彼の手の上から自分の右手を重ねて触れた。接触した部分から体温が上昇しているのが分かってしまう。
いっそ、指先から全部が伝わったらいいのに。
-7- ※夢主視点
荒北くんの魅力を知ってるいるのは自分だけ――そんな風に、高を括っていたワケじゃなかった。ただ、彼に片思いをしていた女子から話しかけられたのは、不意の出来事だった。
体育館でのバレーの授業中――
出席番号順の適当なチーム分けをした後、出番を待つ為にコートサイドで友達と固まって話していたら声をかけられた。
今日の四限目はB組・C組のクラスの合同バレー。半分ずつ体育館を使って男女別で試合を行う。総当たり戦の形式となり、人数が足りないのでクラスの中でもバレー部の子だけは複数チームを跨いでプレーしてくれるそうだ。他のチームが試合してる間は眺めているだで済むから、運動下手な私としては最低限の試合をこなすだけで済む分、胸を撫でおろしていた――その矢先。
「汐見さん、だよね?」
黒い艶髪のセミロング、目鼻立ちがくっきりとした隣のクラスの女子に話しかけれた。一、二年でも同じクラスになったことはないが、合同体育や学校行事などで見かけたことがあるような……直近だと、学年対抗のレースを見に来てたのが印象に残っている。
相槌を打って頷くと、彼女は何度か瞬きをして私を見つめた後、胸の前で手を組んだ。妙な緊張感が伝わってくる。
「荒北と付き合ってるって、チャリ部マネの友達に聞いたよ」
「あ、はい。お付き合いさせてもらってます」
「何で敬語?同学年じゃん!」
クスっと笑った顔がとても可愛い子だ。活発そうな性格にきれいな黒髪。どこのクラスにいても目立つようなキレイな子の部類だなぁと見つめながら冷静に分析してしまった。
「あいつ、ぶっきらぼうに見えて優しいとこあるよね」
「うん、面倒見もいいしね」
「汐見さんにも優しいんだね」
「優しいよ」
「……そっかぁ」
ぽつりと寂し気に呟いた後、一言二言交わして彼女は去っていった。一緒にいた友達はその様子を訝しな様子で見ていたけれど、特に彼女についての話題は続かなかった。
隣のクラスの子に自分の彼氏が褒められていた、というバレーの出番待ちの一幕。ちなみに、荒北くんがニセ彼氏ってことは友達も知らない。本当に付き合ってる事にしているから。部内トラブルがキッカケではじまった“嘘”なので、バレないようには徹底する必要があったからだ。
おそらく、先ほどの彼女は荒北くんと一年か二年に同じクラスになったことがあるのだろう。
そして瞬間的に気づいてしまった。
“あいつ”と呼び、“優しい”と言った彼女は、荒北くんが好きだったんだ。念たのめ付き合ってることを確認して、恋心を諦めたようなその呟きは、胸を締め付ける程に切なかった。
相手の幸せを静かに願ってるような感じだ。荒北くんと同じクラスになって純粋に恋をしていた。強気に文句を言ってくるような子の方がまだマシだった。
ニセ彼女の私には罪悪感が深く圧し掛かる。
考えても仕方ないのに、自分がついた嘘のせいで誰かを傷つけている事実が、頭の中でぐるぐるして全く集中できなかった。
――それ故、バレーの試合中にスパイクを顔面で受けるのも必然だったのかも知れない。
自分の出番の最中、ボールが顔面にヒットして漫画みたいにドサッ!と後ろに倒れてたのと同時に、タイムのホイッスルが鳴った。幸い後頭部を打たずに済んだが、鼻から水っぽい何かた垂れ落ち、身を起こすと体育着の胸の辺りを赤色で汚した。クリーンヒットした鼻はジンジンと痛み、鼻血が出ていた。
……鼻血なんていつぶりだろ?
自分でも驚いて声が出ない。周囲のざわめきがくぐもって聞こえる。顔を上げると駆けつけてくるチームメイトと、対角線上のコートの隅で試合を待機している寿一くんと目が合った。
□ □ □
汗拭き用にと持っていたミニタオルで鼻を押さえながら保健室へ行くと、先生はちょうど不在にしたので勝手ながらベッドに腰かけて休ませてもらうことにした。体育の先生曰く、上を向くのは逆効果で、前屈みで座り二十分は押さえてるのが正しいらしい。ちょうど昼休みだから次の授業に差し支えなくてよかったかも。お昼は食べそこねてしまうけども。
薄く白いカーテン越しに、保健室は柔らかい光で包まれていた。ベッドを利用している生徒は他にいないようだ。
静かな空間の中、体育の時間に別の事を考えてはいけないなと内心で深く反省した。特に球技の場合は。
私が負傷しても誰かが困るような事はないだろうけれど、これが大怪我だったのなら部活にも出れなくなってしまうところだった。
気をつけなくちゃ…と独り言ちてみても、起きた後では仕方ないのだが。十分もした頃には鼻血は止まっていたが、すぐ動くとまた出てきてしまいそうなのでもう少し休ませてもらうとした時、少しだけ開けていたベッドを囲うカーテンに外側からスッと手が伸びた。
「わっ!」
僅かに除いた隙間から見慣れた人物が現れるも、突然の来訪に心臓がバクバクした。太い眉、キリッとした目元に鋭い視線――幼馴染とは言え、急に現れると迫力がある。そう言えば、つい先ほどの合同授業で寿一くんにあの場面を目撃されていたことを思い出した。
「ボーっとしてて扉の音に気付かなかったよ…!びっくりしたぁ」
「琴音、大丈夫か」
「うん、ありがとう。もう鼻血は止まったから大丈夫。痛みも引いたよ」
「…そうか」
寿一くんは安堵の息をついた。心配してくれてたんだなぁって伝わってくる。
昔から運動が苦手なことは知られてるから、今更恥ずかしいとかはなかった。過去にもっと派手に転んだのを目撃されたこともあるし。その時、寿一くんが手を取って起こしてくれた記憶がある。昔から優しい人だ。
そんな彼の役に立ちたいと思って自転車競技部に途中入部して…荒北くんに守ってもらったのがニセ彼女のはじまりだったなぁ。つい数ヶ月前の春の出来事なのに、随分前に感じる。
「どうした」
「えっ?」
「隠しても無駄だ。集中力が欠けている」
「意外と鋭いんだなぁ寿一くんは……」
誤魔化すように微笑みながら視線をまじえていたつもりだが、あっさりとその作り笑顔はバレてしまった。
幼馴染と言っても、性別も違うし考え方も違う。相手の考えてる事が手に取るように解るはずないのに、お互い辛い時はわかってしまうなんて、難儀な質だ。去年の秋は寿一くんの事を考えると、とても他人事とは思えず私も心が軋んだものだ。
「さっきの体育の時間に、荒北くんに片思いしてる子が話しかけて来たんだ。それで、彼女のフリして会話してる自分にもやもやしちゃって。そもそも彼女っていうのも嘘だし……」
「気にすることはない。どう返そうが、彼女が荒北を諦め切れないのなら直接想いを告げるはずだ。お前が本当に不安なのは嘘をついている事ではないだろう」
「……っ」
「荒北の目が自分以外に向けられるのが不安なのか」
「……もぉ!何でわかるの!」
それっぽい理由を並べても、寿一くんの前では何の意味も成さなかった。的確に見透かされる。淡々と返すも顔は無表情のまま……相変わらずだ。でも、真剣さは伝わってくる。
――嘘をついている罪悪感?誰かを傷つけてる?
本当はそうじゃないって寿一くんに悟られちゃうぐらい、心の底の本音が隠せずだだ漏れなんだ。少しずつ頬が熱くなっていくのを感じる。熱が昇ってまた鼻血が出たら大変だ。大きく深呼吸をして、出来るだけ動揺しなように気持ちを落ち着かせた。
喉の奥に、声にならない劣等感や不安が停滞して溢れそう。
『あんな可愛い子に告白されたら断る理由ないだろうなぁ』とか、『告白する前にフラれた事になるの悲しいな』とか。
純粋さからかけ離れた醜い感情。吐露できない代わりに胸の内をぐるぐるしている。ぶっきらぼうに見えて優しいってところも、まるで私だけが見つけた宝物のように思っていた。恥ずかしい。“私だから気づいた”なんて思い違いだ。荒北くんのような素敵な人、他の女子が気付かないワケないじゃないか。
「荒北の事が、好きなのか」
「……うん」
私から重い溜息が漏れると、寿一くんは落ち着いた声で問いかけた。照れもなく自然と頷いて返事をすると、ベッドに座っている私と目を合わせるように、彼は態勢を屈めて顔を覗き込んできた。
「運も好機も条件も、誰しも平等ではない。勝ち取りたいものがあるならば、今持てる全てを使って掴み取るしかない。ロードレースと同じだ。前に進む以外の感情は持たない方がいい」
真っ直ぐな瞳で告げてくるものだから、いつも寿一くんの言うことは正しいと感じてしまう。欲しいものがあるなら掴みとるしかないって…ブレがない、軸がしっかりした一言に思い知らされる。ごくシンプルだ。遠慮をするる必要ないって、背中を押してくれてるみたいだ。劣等感や不安、マイナス感情では前には進めない。まだ何も決まったわけじゃないし、他の誰かになんてなれないのだから、私は私でいいんだともっと自信をつけたい。
寿一くんの心強い助言が嬉しい。広がった暗雲から光が差し込んで闇が消え去り、青空が見えたような気分だ。
「ロードレースと同じかぁ。じゃあどんな形でもゴールまで頑張ろうかな」
「その意気だ。自信を持て」
例えてそう返すと、寿一くんも満足そうに微笑んでから立ち上がった。幼馴染でないと見逃してしまいそうなちょっとした表情の変化だ。久々に見たかも……とまじまじ見上げていると、廊下から走ってくる足音がして二人で扉の方へ視線を移した。
ガラッ!と乱暴に開く保健室の扉――、そこには荒北くんが居た。ゼエゼエと肩で息をして慌てて走って来た様子だ。さっきの寿一くんとの会話、あと少し来るのが早かったら聞かれてしまっていたかもと内心冷や冷やした。
「おい!汐見ケガしたって!?…って、福ちゃんもいたのか」
「も、もう何ともないから大丈夫だよ」
「琴音は心配ない。俺のような幼馴染がいるからな」
「俺ァ見せつけられんのか?」
「じゅ、寿一くんふざけすぎ!」
フッと静かな声。口角をやや上げて、寿一くんは私の頭にポンと手を置いてから保健室から出て行ってしまった。あの鉄仮面が笑った…と荒北くんは呟いて驚愕していた。相当珍しいものを見たとしばらく呆然としていた彼は、ハッと我に返ると、先ほどの寿一くんのように私の頭に手を置いた。表情はこちらから見られないようにそっぽを向いている。少しだけ赤くなってる耳だけ見えた。
「すぐ知らせろっての。俺にも心配させろヨ」
「……うん、来てくれてありがとう」
荒北くんからこの一言を告げてもらうのがどれだけ貴重なことなのか。運命がひとつでもズレていたら私にはかけてもらえなかった言葉。今、隣りにいてくれる事に胸の奥がジンと熱くなる。誰にもこのポジションを譲りたくない――強く願って、髪に触れている彼の手の上から自分の右手を重ねて触れた。接触した部分から体温が上昇しているのが分かってしまう。
いっそ、指先から全部が伝わったらいいのに。