短編・中編
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嘘つきオオカミ
-4- ※夢主視点
「荒北さん。汐見先輩のどんなところが好きなんですかぁ?」
数日後の部室にて、突如、空間に響いた一際明るくて元気な声――一年の真波くんがニッコリとした屈託のない笑顔で荒北くんに話しかけていた。通りのいい声に、さきほどまでガヤガヤしていた部室が静まり返り空気がピキッと張りつめる。
聞こえるのは、ローラー台が勢いよく回転している一定の音だけ。他の部員達は動きを止めて聞き耳を立てているのは容易に分かる。
真波くんは突然何を質問してるのやら。今年の新入生でクライマーとして最も期待値が高いけど最も捉えどころのない不思議な性格って噂だから、そりゃ突拍子もないことを言い出したりしてるけど……突拍子なさ過ぎない?
荒北くんは私を一瞥したので、とりあえず小さく頷いてみた。そもそも付き合ってる事自体が“嘘”なのだ。荒北くんがどんな回答で真波くんを回避したとしてもはまったく異論はない。
好都合な事に他の女子マネは部室の外だし、何度も言い寄ってきた後輩は部室にいる。荒北くんは目を細めて、舌打ちしながら真波くんを見据えた。
「全部」
思わず私も絶句したが……、うまく具体的な事は言わずに、それでも彼氏彼女だということを疑われないようなナイスな回答だ。むしろそんな回答を聞いたからには他の人たちもこれ以上追及してくることはないだろう。一瞬、部員達からザワッと声が湧く。屈託ない笑顔はそのままで、真波くんは人差し指で頬を掻いた。
「いやぁ、さすが荒北さん。男らしいですね」
自然と部員達の視線が私に集まって、嘘だと分かっているのに顔に熱が昇ってきてしまう。私をみんなから隠すように荒北くんが傍にくると「見せモンじゃねぇぞ」と手を払うように振って皆の視線を分散させた。
後輩達からも“怖い先輩”と思われているから、かばってもらえて助かる。私と彼の事情を知っている少数の一人、近くにいた新開くんが肩を震わせながら笑っていた。寿一くんはまるで動じることなくローラー台を回し続け、東堂くんは荒北くんに近寄るなりビシッと指さしてとんでもないことを告げてきた。
「回答が陳腐過ぎるぞ、荒北」
「……この前説明したけど聞いてたァ?」
演技の一環である事は知ってるはずなのに、東堂くんの感想はあまりにも正直過ぎた。
眉間に皺を寄せ、怒りの感情に任せて大声を出さないように、震え声で荒北くんが言い返してるのを聞いて、まるでコントみたいだなと思った。新開くんはついに堪えきれず、ブハッと吹き出して笑い出した。
しかし、嘘の関係とは言え、誰かに守ってもらえるって幸せなことだ。
・・・
・・・・・
・・・・・・
その日、部活が終わってから荒北くんにマッサージの練習台になってもらった。
入部してから何度目かの機会なので、筋肉の付き方が変わってきてることに気がついた。もともと痩せ型の彼に、しっかりと締まった無駄のない筋肉がよく備わっている。しかし、体脂肪も一桁代だろうなぁと思うと、体温や筋力の低下だけが心配だ。
椅子に座ってもらってグッと指に力を入れると荒北くんが呻いた。部員たちの足は日々、酷使されながらも鍛えられていく上で疲労回復も鍵になる。マネージャーとして早く仕事を覚えなくちゃと思うし、マッサーとしても勉強になることはたくさんありそうだ。
施術が終わると、荒北くんは律儀にお礼を告げてから「送る」と一言。ニセ彼氏になった日から、電車通学の私を駅まで送ってくれるのだ。自分は寮から学校までチャリだから、送るのなんてついでだと言っていた。
自転車部に入部するまで無所属だった私は、授業が終わればまっすぐ帰宅する生徒だった。店の手伝いもあったし寄り道もほとんどしなかった。一人で歩くのは慣れてる通学路も、誰かに送ってもらえるのは心強いなぁ。
「あれから変な奴ァ出てきてねーか?」
荒北くんはロードから降りて車体を手で支えながら、学校から最寄り駅までの道を私と並んで歩いた。
「うん、おかげさまで。もし荒北くんじゃなかったら、この前の後輩にもまだ言い寄られてたかも知れないね」
「俺は嫌われもんだし怖がられてっからなァ」
「本当は優しいのにね」
「んなお世辞は要らねェヨ」
頭をガシガシと乱暴に掻いて、照れを誤魔化しているみたいに見えた。ちっとも怖くなんてない。
引退は秋だから――、彼氏のフリをしてもらうにもあと半年もある。私には『守って貰える』というメリットがあるが、荒北くんにはどんなメリットがあるんだろう。いや、疲れるばかりで得なんてないはずだ。
私が無意識に立ち止まると、荒北くんもそれに気づいて自転車を止めた。不思議そうに首を傾げる彼に、私はを思い切って切り出した。
「付き合ってもらって感謝してるけど、本当に引退まで付き合ってもらってていいの?荒北くんには何の得もないし……、ホントに好きな子が出来た時に彼氏のフリが邪魔になったりしない?」
「好きな子ォ!?」
「う、うん」
「いーよそんなん。今はいらねェし」
溜息混じりで荒北くんは呆れていた。自分に得がないのは百も承知ってことだろうか。長い手がスッと伸びて私の頭に優しく乗っかった。ポンポンと撫でられ、子供をあやすような感じだと思った。
「損得なんざ考えてねェ。汐見は福ちゃんの幼馴染だかんな。それが理由だ。つーか、俺がやんなくても福ちゃんがやってただろうし、なら俺がやっても同じ事だろ」
男らしいことを淡々と告げる荒北くんに、私は胸の奥がジンと熱くなる。けどどうしてか、喜びの感情の中にチクリと棘が混じっている。あくまで“寿一くんの幼馴染”だから気に掛けたのであって、そうじゃなかったら……そこまで考えて、自分の図々しさに恥ずかしくなった。荒北くんの優しさは充分過ぎるほどなのに、これ以上何かを期待したり望んだり、“誰の幼馴染でもない私だったら?”なんて考えてはいけない。こんな状況だって、私には本来贅沢過ぎるぐらいなのに。
笑いかけて「ありがとう」を伝えると、荒北くんはそっぽを向いてしまった。照れてる様子が分かりやすくて可愛い。
これからしばらく、荒北くんとこの関係でいられることが嬉しい。期限付きの終わりがくる関係だとしても、今は純粋に楽しい気持ちや嬉しい気持ちを遠慮なく心に注いでおこう。
私が本当に彼を好きになってしまうのは時間の問題だろうなって……予感がする。
-4- ※夢主視点
「荒北さん。汐見先輩のどんなところが好きなんですかぁ?」
数日後の部室にて、突如、空間に響いた一際明るくて元気な声――一年の真波くんがニッコリとした屈託のない笑顔で荒北くんに話しかけていた。通りのいい声に、さきほどまでガヤガヤしていた部室が静まり返り空気がピキッと張りつめる。
聞こえるのは、ローラー台が勢いよく回転している一定の音だけ。他の部員達は動きを止めて聞き耳を立てているのは容易に分かる。
真波くんは突然何を質問してるのやら。今年の新入生でクライマーとして最も期待値が高いけど最も捉えどころのない不思議な性格って噂だから、そりゃ突拍子もないことを言い出したりしてるけど……突拍子なさ過ぎない?
荒北くんは私を一瞥したので、とりあえず小さく頷いてみた。そもそも付き合ってる事自体が“嘘”なのだ。荒北くんがどんな回答で真波くんを回避したとしてもはまったく異論はない。
好都合な事に他の女子マネは部室の外だし、何度も言い寄ってきた後輩は部室にいる。荒北くんは目を細めて、舌打ちしながら真波くんを見据えた。
「全部」
思わず私も絶句したが……、うまく具体的な事は言わずに、それでも彼氏彼女だということを疑われないようなナイスな回答だ。むしろそんな回答を聞いたからには他の人たちもこれ以上追及してくることはないだろう。一瞬、部員達からザワッと声が湧く。屈託ない笑顔はそのままで、真波くんは人差し指で頬を掻いた。
「いやぁ、さすが荒北さん。男らしいですね」
自然と部員達の視線が私に集まって、嘘だと分かっているのに顔に熱が昇ってきてしまう。私をみんなから隠すように荒北くんが傍にくると「見せモンじゃねぇぞ」と手を払うように振って皆の視線を分散させた。
後輩達からも“怖い先輩”と思われているから、かばってもらえて助かる。私と彼の事情を知っている少数の一人、近くにいた新開くんが肩を震わせながら笑っていた。寿一くんはまるで動じることなくローラー台を回し続け、東堂くんは荒北くんに近寄るなりビシッと指さしてとんでもないことを告げてきた。
「回答が陳腐過ぎるぞ、荒北」
「……この前説明したけど聞いてたァ?」
演技の一環である事は知ってるはずなのに、東堂くんの感想はあまりにも正直過ぎた。
眉間に皺を寄せ、怒りの感情に任せて大声を出さないように、震え声で荒北くんが言い返してるのを聞いて、まるでコントみたいだなと思った。新開くんはついに堪えきれず、ブハッと吹き出して笑い出した。
しかし、嘘の関係とは言え、誰かに守ってもらえるって幸せなことだ。
・・・
・・・・・
・・・・・・
その日、部活が終わってから荒北くんにマッサージの練習台になってもらった。
入部してから何度目かの機会なので、筋肉の付き方が変わってきてることに気がついた。もともと痩せ型の彼に、しっかりと締まった無駄のない筋肉がよく備わっている。しかし、体脂肪も一桁代だろうなぁと思うと、体温や筋力の低下だけが心配だ。
椅子に座ってもらってグッと指に力を入れると荒北くんが呻いた。部員たちの足は日々、酷使されながらも鍛えられていく上で疲労回復も鍵になる。マネージャーとして早く仕事を覚えなくちゃと思うし、マッサーとしても勉強になることはたくさんありそうだ。
施術が終わると、荒北くんは律儀にお礼を告げてから「送る」と一言。ニセ彼氏になった日から、電車通学の私を駅まで送ってくれるのだ。自分は寮から学校までチャリだから、送るのなんてついでだと言っていた。
自転車部に入部するまで無所属だった私は、授業が終わればまっすぐ帰宅する生徒だった。店の手伝いもあったし寄り道もほとんどしなかった。一人で歩くのは慣れてる通学路も、誰かに送ってもらえるのは心強いなぁ。
「あれから変な奴ァ出てきてねーか?」
荒北くんはロードから降りて車体を手で支えながら、学校から最寄り駅までの道を私と並んで歩いた。
「うん、おかげさまで。もし荒北くんじゃなかったら、この前の後輩にもまだ言い寄られてたかも知れないね」
「俺は嫌われもんだし怖がられてっからなァ」
「本当は優しいのにね」
「んなお世辞は要らねェヨ」
頭をガシガシと乱暴に掻いて、照れを誤魔化しているみたいに見えた。ちっとも怖くなんてない。
引退は秋だから――、彼氏のフリをしてもらうにもあと半年もある。私には『守って貰える』というメリットがあるが、荒北くんにはどんなメリットがあるんだろう。いや、疲れるばかりで得なんてないはずだ。
私が無意識に立ち止まると、荒北くんもそれに気づいて自転車を止めた。不思議そうに首を傾げる彼に、私はを思い切って切り出した。
「付き合ってもらって感謝してるけど、本当に引退まで付き合ってもらってていいの?荒北くんには何の得もないし……、ホントに好きな子が出来た時に彼氏のフリが邪魔になったりしない?」
「好きな子ォ!?」
「う、うん」
「いーよそんなん。今はいらねェし」
溜息混じりで荒北くんは呆れていた。自分に得がないのは百も承知ってことだろうか。長い手がスッと伸びて私の頭に優しく乗っかった。ポンポンと撫でられ、子供をあやすような感じだと思った。
「損得なんざ考えてねェ。汐見は福ちゃんの幼馴染だかんな。それが理由だ。つーか、俺がやんなくても福ちゃんがやってただろうし、なら俺がやっても同じ事だろ」
男らしいことを淡々と告げる荒北くんに、私は胸の奥がジンと熱くなる。けどどうしてか、喜びの感情の中にチクリと棘が混じっている。あくまで“寿一くんの幼馴染”だから気に掛けたのであって、そうじゃなかったら……そこまで考えて、自分の図々しさに恥ずかしくなった。荒北くんの優しさは充分過ぎるほどなのに、これ以上何かを期待したり望んだり、“誰の幼馴染でもない私だったら?”なんて考えてはいけない。こんな状況だって、私には本来贅沢過ぎるぐらいなのに。
笑いかけて「ありがとう」を伝えると、荒北くんはそっぽを向いてしまった。照れてる様子が分かりやすくて可愛い。
これからしばらく、荒北くんとこの関係でいられることが嬉しい。期限付きの終わりがくる関係だとしても、今は純粋に楽しい気持ちや嬉しい気持ちを遠慮なく心に注いでおこう。
私が本当に彼を好きになってしまうのは時間の問題だろうなって……予感がする。