短編・中編
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嘘つきオオカミ
-3- ※夢主視点
荒北くんに“ニセ彼氏”をお願いしてから約二週間経った。
順調に付き合ってるってことにしてもらっている。
予想通り、あの日私に迫ってきた後輩は部内に噂を流し、それはあっと言う間に部員達にも知られてしまった。
部内カップルは珍しくはない。この自転車競技部にも、部員とマネージャーのカップルはいるし、他の運動部にだってお決まりのように最低一組以上は居る。
だから、珍しくないハズなんだけど。ここぞと注目されてしまったのは『荒北くんと私が』ということだった。
福富と荒北と汐見の三角関係の後に!?――とか、噂は色が付いて回ってもはや事実がうやむやに。結果、確実に残った噂は「今、荒北と汐見は順調に付き合っている」ということだけだった。
ゴール前を狙う嗅覚は獣そのもの、ライバル校からも荒北くんには『野獣』と呼ばれていて、その呼び名に劣らず彼は部内でも粗暴者として後輩達から恐れられていた。なので、“あの荒北に女が出来た”という珍しさから、私も脚光を浴びる事になる。
マネージャー仲間からも「脅されてない!?」ってとんでもない事を言われた。もちろんすぐに否定をした。私だけならまだしも、彼が余計なことで嫌な思いをしてないかだけ心配だった。
・・・
・・・・・
・・・・・・
――かくかくしかじかで……、要約した説明を寿一くん、新開くん、東堂くんにだけ話をした。説明を終えた後、寿一くんは少し驚いた様子を見せていたのだけど『お前がそれで安心するなら』とすぐに納得してくれた。マネージャーだけならまだしも、マッサーを兼ねているのでこれからも似たような事例があるかもしれないから得策だ、とのことだ。
マッサーは、施術をするのも教えるのも遠慮無く相手に触れることになる。私は昔から父親の整骨院の手伝いをしてるから、老若男女問わず触るのも慣れているけれど、触れられる側はそうじゃないのかも知れない。
私の話に新開くんは時折ウィンクしながら相槌を打ち、その横で荒北くんは舌打ちをしていた。一見、仲は良さそうに見えないけれど、このメンバーは長い時間を共にして信頼しあってるチームメイトだ。三年生は特にその結束が固いんだろうな。その中心には寿一くんがいて、このチームの要なんだ。幼馴染として誇らしい。
珍しいリアクションをしてきたなぁという人がいるとしたら一人だけ。髪をカチューシャで後ろに流して、ぴょんと前髪だけが揺れていた。東堂くんが椅子から立ち上がりピンと伸ばした人差し指をビシッと私に向けた。まるで決めポーズのように姿勢がいい。
「荒北と付き合ってるフリをせねばならんとは、流れとはいえ可哀想に。相手がこの箱学一の美形クライマー・東堂尽八であったならば役得だったものを、よりによって……全くもって運がないな!」
声がやたらと大きくて、私は部室の外にまで聞こえてしまうんじゃないかとヒヤヒヤした。確かに美形だけれども!って、そこは納得だ。ファンクラブが存在する程の東堂くんを知らない女子は、この箱学には居ないのだから。
荒北くんは眉間に皺を寄せて何か言おうとしたが、その前に私も負けじと声を張って言い返した。
「違うの!確かに咄嗟の嘘は荒北くんだったけど、その後も付き合ってることにして欲しいってお願いしたのは私からなんだ」
「む、そうだったか。しかし何も荒北に頼まなくとも幼馴染なら頼みやすいフクに……いや、虫除けならば奴の方が適任か」
視線が荒北くんに集まると口元を歪めながらそっぽを向いた。最小限でもこの三人には事実を伝えておくことは彼も合意している事だが、いざ本人たちを目の前に話をすると少し心の奥がこそばゆくなる。荒北くんはイライラしてるように見えた。
そもそもこの約束は、勘違いした後輩に何度も言い寄られるなどの“部内トラブル”を避けるためのものだ。だから、このままずっと荒北くんに彼氏のフリをしてもらうわけじゃない。
期限は『部活を引退するまで』と決めてある。部活を引退したら問答無用で私たちには大学受験に向けての勉強が待っているわけだから、そのタイミングで別れた事にしておいても不思議じゃない。
それに三年はみんな各々の進路に向けて忙しくなるから、私と荒北くんが別れることになったという事が知られても、追求してくるような人もいないだろう。
そもそも平凡な私がこんな事態を起こしているのは理由がある。マネージャーだからだ。『男所帯の運動部のマネージャー』には不思議な魅力があるという。これはもう一種のバフだ。効果魔法だ。普段はモテない私が珍しいことに後輩に言い寄られていたのは、一種のマネージャーマジックってやつかもしれない。きっと引退して何者でもなくなれば、その錯覚を起こしてる後輩がいたとしても目が覚めるだろうと思った。
不意にヒュウと口笛が聞こえたと思えば、新開くんは私と荒北くんに交互に視線を送っていた。
「本当に付きあっちまえばいいのに。なぁ、寿一」
「なァに馬鹿言ってんだ新開、テメェ」
「それは当人同士の問題だろう」
「福ちゃんも真面目に答えなくていーんだよ?」
「そうだぞ新開!汐見が可哀想過ぎるではないか!」
「るっせェ東堂!このダサカチューシャ!」
話題にされていることに照れつつも、このチームメイトならではの会話のテンポのよさに私は思わず口元が緩んでしまう。噛み合ってるやら合ってないやらだけど、すごくいいチームメイトに囲まれて寿一くんはこの部で切磋琢磨してきたんだね。心があったかくなって、四人のやりとりをいつの間にか笑いながら聞いてると、「汐見もニヤついてんじゃねェヨ!」って怒鳴られてしまった。
『本当に付き合っちゃえば』みたいな話題の時に、荒北くんは否定しているのに私が笑ってたらまるで肯定してるみたいだもんね。すごく紛らわしいタイミングで口元を緩ませてしまったことに反省した。
あくまで私から頼んだこと。
期限は部活を引退するまで。
この二点を東堂くんには誤解されないように念を押しておいた。
一見、粗暴者に見える荒北くんは本当は優しいから、私の申し出を断れなかっただけなのかも知れない。なのに受け入れてくれたのは、すごくありがたいことだ。
『運がないな!』と東堂くんは私に言ったけども、そうじゃない。荒北くんは口は悪いけどお人好しなところがある。入部以来、何度か彼と関わるうちにそれを知っていたわけで……つけ込まれてしまった彼の方こそ、運がないのだ。かと言って、決して狙っていたわけじゃない。あの日『このまま付き合ってる事にして欲しい』ってお願いも、咄嗟の思いつきだ。
真剣に怒鳴ってくれた荒北くんの言葉に、私は甘えてしまったのだ。それを彼は受け入れてくれたことに対して感謝しかないが、一抹の不安が心の中を過ぎる。
――本当に迷惑じゃない?
期限付きとはいえ、このまま甘えてしまっても大丈夫だろうか。
-3- ※夢主視点
荒北くんに“ニセ彼氏”をお願いしてから約二週間経った。
順調に付き合ってるってことにしてもらっている。
予想通り、あの日私に迫ってきた後輩は部内に噂を流し、それはあっと言う間に部員達にも知られてしまった。
部内カップルは珍しくはない。この自転車競技部にも、部員とマネージャーのカップルはいるし、他の運動部にだってお決まりのように最低一組以上は居る。
だから、珍しくないハズなんだけど。ここぞと注目されてしまったのは『荒北くんと私が』ということだった。
福富と荒北と汐見の三角関係の後に!?――とか、噂は色が付いて回ってもはや事実がうやむやに。結果、確実に残った噂は「今、荒北と汐見は順調に付き合っている」ということだけだった。
ゴール前を狙う嗅覚は獣そのもの、ライバル校からも荒北くんには『野獣』と呼ばれていて、その呼び名に劣らず彼は部内でも粗暴者として後輩達から恐れられていた。なので、“あの荒北に女が出来た”という珍しさから、私も脚光を浴びる事になる。
マネージャー仲間からも「脅されてない!?」ってとんでもない事を言われた。もちろんすぐに否定をした。私だけならまだしも、彼が余計なことで嫌な思いをしてないかだけ心配だった。
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――かくかくしかじかで……、要約した説明を寿一くん、新開くん、東堂くんにだけ話をした。説明を終えた後、寿一くんは少し驚いた様子を見せていたのだけど『お前がそれで安心するなら』とすぐに納得してくれた。マネージャーだけならまだしも、マッサーを兼ねているのでこれからも似たような事例があるかもしれないから得策だ、とのことだ。
マッサーは、施術をするのも教えるのも遠慮無く相手に触れることになる。私は昔から父親の整骨院の手伝いをしてるから、老若男女問わず触るのも慣れているけれど、触れられる側はそうじゃないのかも知れない。
私の話に新開くんは時折ウィンクしながら相槌を打ち、その横で荒北くんは舌打ちをしていた。一見、仲は良さそうに見えないけれど、このメンバーは長い時間を共にして信頼しあってるチームメイトだ。三年生は特にその結束が固いんだろうな。その中心には寿一くんがいて、このチームの要なんだ。幼馴染として誇らしい。
珍しいリアクションをしてきたなぁという人がいるとしたら一人だけ。髪をカチューシャで後ろに流して、ぴょんと前髪だけが揺れていた。東堂くんが椅子から立ち上がりピンと伸ばした人差し指をビシッと私に向けた。まるで決めポーズのように姿勢がいい。
「荒北と付き合ってるフリをせねばならんとは、流れとはいえ可哀想に。相手がこの箱学一の美形クライマー・東堂尽八であったならば役得だったものを、よりによって……全くもって運がないな!」
声がやたらと大きくて、私は部室の外にまで聞こえてしまうんじゃないかとヒヤヒヤした。確かに美形だけれども!って、そこは納得だ。ファンクラブが存在する程の東堂くんを知らない女子は、この箱学には居ないのだから。
荒北くんは眉間に皺を寄せて何か言おうとしたが、その前に私も負けじと声を張って言い返した。
「違うの!確かに咄嗟の嘘は荒北くんだったけど、その後も付き合ってることにして欲しいってお願いしたのは私からなんだ」
「む、そうだったか。しかし何も荒北に頼まなくとも幼馴染なら頼みやすいフクに……いや、虫除けならば奴の方が適任か」
視線が荒北くんに集まると口元を歪めながらそっぽを向いた。最小限でもこの三人には事実を伝えておくことは彼も合意している事だが、いざ本人たちを目の前に話をすると少し心の奥がこそばゆくなる。荒北くんはイライラしてるように見えた。
そもそもこの約束は、勘違いした後輩に何度も言い寄られるなどの“部内トラブル”を避けるためのものだ。だから、このままずっと荒北くんに彼氏のフリをしてもらうわけじゃない。
期限は『部活を引退するまで』と決めてある。部活を引退したら問答無用で私たちには大学受験に向けての勉強が待っているわけだから、そのタイミングで別れた事にしておいても不思議じゃない。
それに三年はみんな各々の進路に向けて忙しくなるから、私と荒北くんが別れることになったという事が知られても、追求してくるような人もいないだろう。
そもそも平凡な私がこんな事態を起こしているのは理由がある。マネージャーだからだ。『男所帯の運動部のマネージャー』には不思議な魅力があるという。これはもう一種のバフだ。効果魔法だ。普段はモテない私が珍しいことに後輩に言い寄られていたのは、一種のマネージャーマジックってやつかもしれない。きっと引退して何者でもなくなれば、その錯覚を起こしてる後輩がいたとしても目が覚めるだろうと思った。
不意にヒュウと口笛が聞こえたと思えば、新開くんは私と荒北くんに交互に視線を送っていた。
「本当に付きあっちまえばいいのに。なぁ、寿一」
「なァに馬鹿言ってんだ新開、テメェ」
「それは当人同士の問題だろう」
「福ちゃんも真面目に答えなくていーんだよ?」
「そうだぞ新開!汐見が可哀想過ぎるではないか!」
「るっせェ東堂!このダサカチューシャ!」
話題にされていることに照れつつも、このチームメイトならではの会話のテンポのよさに私は思わず口元が緩んでしまう。噛み合ってるやら合ってないやらだけど、すごくいいチームメイトに囲まれて寿一くんはこの部で切磋琢磨してきたんだね。心があったかくなって、四人のやりとりをいつの間にか笑いながら聞いてると、「汐見もニヤついてんじゃねェヨ!」って怒鳴られてしまった。
『本当に付き合っちゃえば』みたいな話題の時に、荒北くんは否定しているのに私が笑ってたらまるで肯定してるみたいだもんね。すごく紛らわしいタイミングで口元を緩ませてしまったことに反省した。
あくまで私から頼んだこと。
期限は部活を引退するまで。
この二点を東堂くんには誤解されないように念を押しておいた。
一見、粗暴者に見える荒北くんは本当は優しいから、私の申し出を断れなかっただけなのかも知れない。なのに受け入れてくれたのは、すごくありがたいことだ。
『運がないな!』と東堂くんは私に言ったけども、そうじゃない。荒北くんは口は悪いけどお人好しなところがある。入部以来、何度か彼と関わるうちにそれを知っていたわけで……つけ込まれてしまった彼の方こそ、運がないのだ。かと言って、決して狙っていたわけじゃない。あの日『このまま付き合ってる事にして欲しい』ってお願いも、咄嗟の思いつきだ。
真剣に怒鳴ってくれた荒北くんの言葉に、私は甘えてしまったのだ。それを彼は受け入れてくれたことに対して感謝しかないが、一抹の不安が心の中を過ぎる。
――本当に迷惑じゃない?
期限付きとはいえ、このまま甘えてしまっても大丈夫だろうか。